INSTITUTION PROFILE / 全固体電池
International Electrotechnical Commission
― 全固体電池の「測り方」をまだ決めていない国際標準化団体
IEC(国際電気標準会議)は、電気・電子分野の国際規格をつくる非営利の会員制団体です。 電池の性能試験や安全要求の国際規格も、IECの技術委員会で決まります。 ただし2026年9月時点で、全固体電池に特化したIEC規格はなく、電池の委員会には専用の作業項目もありません。 またIECには規格を守らせる権限がなく、使うかどうかは各国と各企業が決めます。 本稿では、IECが全固体電池にどこまで影響を持つのかに絞って整理します。
- 30秒でわかるIEC
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- 全固体電池で何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 関わっている国と委員会
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるIEC
IECは規格を作る機関で、使わせる機関ではありません。 IEC自身が、自らの規格を「任意の、合意にもとづく国際規格(voluntary, consensus-based)」と説明しています 事実。 それでも影響力が大きいのは、WTOの貿易の技術的障害(TBT)協定で、加盟国が 国際規格を国内規格や強制的な技術規則の基礎に使うと約束しているからです 事実。 各国がIEC規格を国内の規格や規制に取り込めば、その国では事実上の拘束力を持ちます。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
全固体電池の記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では電池を作りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. 全固体電池で何をしているか
IECで電池を担当するのはTC 21(二次電池)とその分科委員会SC 21Aです。 2026年9月時点の作業計画を見ると、全固体電池を名前に含む作業項目はありません 事実。 関係しそうな動きは次のとおりです。
| 委員会 | 担当範囲 | 全固体電池に関係する動き(2026年9月時点) |
|---|---|---|
| TC 21 二次電池 | あらゆる二次電池の性能・安全・試験。鉛・フロー・高温電池の規格と、電池の設置時の安全。幹事国はフランス | 作業中17件に全固体電池の案件はない。EV用リチウムイオンセルの規格IEC 62660-1(性能)・62660-2(信頼性・誤用)の第3版をTC 69と合同で改訂中(発行予定2027年11月)。戦略事業計画(2025年1月)は、全固体リチウム金属電池の研究を車載分野の「新しい動き」として挙げている |
| SC 21A 非酸性電解液の二次電池 | リチウム系・ニッケル系・ナトリウムイオン系のセルと電池の性能・安全 | 作業中14件は既存規格の改訂とナトリウムイオン電池の新規格で、全固体電池の案件はない |
| TC 113 ナノテクノロジー | 電気・電子製品向けのナノ材料の規格 | 予備作業項目 PWI 113-171「リチウムイオン電池用ナノ酸化物固体電解質」の材料仕様(2024年12月登録)。次の段階へ進む目標時期(2025年12月)を過ぎても予備段階のまま |
※IECウェブストアで「solid-state battery」を検索すると、有効な規格は0件でした(2026年9月) 事実。TC 113の案件は電池ではなく材料の仕様書のひな形で、数値は買い手と売り手が個別に決める形式です。
全固体電池は、固体どうしの界面や拘束圧など、液体電解質の電池にはない条件で性能が変わります。 それを同じ条件で比べる国際的な物差しは、2026年9月時点でIEC規格になっていません。 EV用セルの規格(IEC 62660シリーズ)の第3版改訂は進んでいますが、 公開されているプロジェクト情報からは、全固体電池が対象に入るかどうかは確認できません 未確定/将来。 材料メーカーが固体電解質を売り込むときに、IEC規格の試験条件を引用できる段階にはまだ来ていない、ということです。
日本との関係
| 項目 | 確認できたこと | 区分 |
|---|---|---|
| 日本の加盟 | 1910年に加盟した正会員。国内委員会の窓口はJISC(日本産業標準調査会) | 事実 |
| NEDOの前身事業 | NEDOのSOLiD-EV(2018〜2022年度)は、日本主導の国際規格化を念頭に置いた安全性・耐久性の試験評価法を開発した | 事実 |
| IEC側の日本提案 | TC 21・SC 21A・TC 69・TC 113の作業計画を確認したが、日本が提案した全固体電池の作業項目は確認できなかった | 未確定/将来 |
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | IECが持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 国際規格を作成・発行する権限。技術委員会の範囲の承認、4つの適合性評価制度(認証の仕組み)の運営 | 規格の採用を強制する権限(採用は各国・各企業の判断)。製品の販売を止める権限。研究開発に資金を出す権限(本稿で確認したIECの資料に記載はない) |
| 地域 | 約170か国が参加(92の国内委員会と、途上国向けの参加プログラム)。WTOのTBT協定で、加盟国は国際規格を国内規格・技術規則の基礎に使うと約束している | 各国が国内規制に取り込むかどうかの決定。取り込まれない国では拘束力がない |
| 時間 | 作業項目の登録から発行まで2〜4年ほどの計画で進める(例:62660-1第3版は約2年、SC 21Aのナトリウムイオン電池の新規格は約4年) | 全固体電池専用の規格の発行時期。作業項目がないため見通しも立たない |
| 規模 | 専門家 約3万人、技術委員会118・分科委員会105・作業部会876。TC 21の作業中17件、SC 21Aの作業中14件 | 全固体電池の専任の作業部会・プロジェクトチーム(確認できない) |
「約170か国」は国内委員会の数(92)より多く、会員ではない国の参加(途上国向けの参加プログラム)も含むとみられます 本稿の計算。総会で投票権を持つ正会員は64です 事実。 「専門家 約3万人」もIECの全分野の合計で、電池の委員会に何人が参加しているかは本稿で確認した資料に載っていません 未確定/将来。 またIECの専門家は個人の資格で参加し、所属企業や国内委員会を代表しないとされています 事実。 そのため、どの電池メーカーがIECの全固体電池の議論に関わっているかは、IECの一次情報からはわかりません。
5. 関わっている国と委員会
本シリーズの企業(トヨタ、Solid Power、CATLなど)とIECの関係は、IECの一次情報では確認できません。 前章のとおり、IECの専門家は個人の資格で参加し、所属企業を代表しないためです 事実。
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 全固体電池の試験方法は、当面既存のリチウムイオン電池の規格の枠内で扱われるか、新しい提案を待つことになる | TC 21・SC 21Aに専用の作業項目がない。一方でTC 21の戦略事業計画は全固体リチウム金属電池を新しい動きとして認識し、EV用セル規格62660の第3版改訂が進行中 | 推測 |
| 仮に新規提案があっても、IEC規格として発行されるのは早くて2028年以降 | 電池分野の作業計画では、登録から発行予定まで約2〜4年かかっている(62660-1第3版は2025年12月→2027年11月、SC 21Aのナトリウムイオン電池の新規格は2025年2月→2028年12月) | 推測 |
| 固体電解質の材料仕様の国際規格化も、すぐには進まない | TC 113の予備作業項目は、次の段階へ進む目標時期(2025年12月)を過ぎても予備段階のまま | 推測 |
7. 用語集
- 国内委員会(NC)
- 各国でIECに加盟する組織。1国に1つ。専門家を技術委員会に送り、投票する。日本はJISC。
- TC/SC
- 技術委員会(Technical Committee)と分科委員会(Subcommittee)。分野ごとに規格をつくる単位。
- PWI(予備作業項目)
- 正式な新規提案(NP)の前段階として登録された検討テーマ。規格づくりの正式な工程に入る前の段階。
- JWG(合同作業部会)
- 複数の技術委員会が合同で設ける作業部会。EV用電池はTC 21とTC 69のJWG 69 Liが担当。
- WTOのTBT協定
- 貿易の技術的障害に関する協定。加盟国は国際規格を国内規格や技術規則の基礎に使うと約束している。
- IEC 62660
- EVの駆動用リチウムイオンセルの規格群。第1部が性能試験、第2部が信頼性・誤用試験、第3部が安全要求。
AI生成の概念図8. 出典
- IEC Who we are(1906年の設立、電気・電子分野の国際規格をつくる組織)。 https://www.iec.ch/who-we-are
- IEC About us(約170か国、専門家 約3万人)。 https://www.iec.ch/about-us
- IEC What we do(非営利の会員制団体、発行規格 約1万本、4つの適合性評価制度)。 https://www.iec.ch/what-we-do
- IEC Contact IEC Secretariat(本部所在地 ジュネーブ)。 https://www.iec.ch/contact
- IEC National Committees(正会員64・準会員28・計92、1国1委員会、個人や企業は会員になれないこと、専門家は個人の資格で参加し所属を代表しないこと、日本の加盟年と国内委員会)。 https://www.iec.ch/members
- IEC Technical committees and subcommittees(技術委員会118・分科委員会105・作業部会876、規格は任意の合意にもとづく国際規格として発行されること)。 https://www.iec.ch/technical-committees-and-subcommittees
- IEC IEC and global trade(WTOのTBT協定のもとで、加盟国が国際規格を国内規格・強制的な技術規則の基礎に使うと約束していること)。 https://www.iec.ch/what-we-do/iec-and-global-trade
- IEC TC 21 Dashboard - Scope(二次電池の範囲、SC 21Aとの分担、TC 69などとの協力、幹事国フランス)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:7:::::FSP_ORG_ID:1290
- IEC TC 21 Dashboard - Work programme(作業中17件、IEC 62660-1・62660-2第3版の改訂、ナトリウムイオン電池の新規格)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:23:::::FSP_ORG_ID:1290
- IEC TC 21 Dashboard - Publications(IEC 62660-1:2018・62660-2:2018・62660-3:2022の題名。第3部は安全要求)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:22:0::::FSP_ORG_ID:1290
- IEC IEC 62660-1 ED3 プロジェクト詳細(JWG 69 Li、登録2025年12月、発行予定2027年11月、IEC 62660-1:2018の改訂)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:38:0::::FSP_ORG_ID,FSP_APEX_PAGE,FSP_PROJECT_ID:1290,23,137087
- IEC TC 21 Strategic Business Plan(SMB/8365/R、2025年1月)。TC 21とSC 21Aの分担、JWG 69 Li、全固体リチウム金属電池の研究を車載分野の新しい動きとする記述。 https://assets.iec.ch/further_informations/1290/SMB_8365e_R.pdf
- IEC SC 21A Dashboard - Work programme(作業中14件、ナトリウムイオン電池の新規格IEC 63635・63636)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:23:::::FSP_ORG_ID:1410
- IEC TC 69 Dashboard - Work programme(EV用リチウムイオンセル規格62660の改訂に参加)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:23:::::FSP_ORG_ID:1255
- IEC TC 113 プロジェクト詳細 PWI 113-171(リチウムイオン電池用ナノ酸化物固体電解質の材料仕様、2024年12月登録、次段階の目標2025年12月)。 https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:38:0::::FSP_ORG_ID,FSP_APEX_PAGE,FSP_PROJECT_ID:1315,23,130582
- IEC Webstore 規格カタログの検索結果「solid-state battery」(有効な規格0件、2026年9月)。 https://webstore.iec.ch/en/iec-search/result?q=solid-state%20battery&p=1
- NEDO 事業紹介「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)」(SOLiD-EV。日本主導による国際規格化を念頭に置いた安全性・耐久性の試験評価法の開発)。 https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100146.html
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年9月23日/Troy Technical
本稿の数値と作業計画はIECの公式サイト(2026年9月の閲覧時点)とTC 21の戦略事業計画に基づきます。IECの作業計画は随時更新されます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。