TECHNOLOGY EXPLAINER
光ファイバー
― 直径125 µmのガラスが、100 kmを運ぶ
光通信のすべての部品は、最後にこの細いガラスにつながります。 国際規格 ITU-T G.652 は、標準的なシングルモードファイバーの損失をC帯で最大0.30 dB/kmと定めています。 研究の最前線では、石英ガラスの記録0.1397 dB/kmと、ガラスの代わりに空気で光を導く中空コアファイバーの0.091 dB/kmが並びました。 この記事は、その差がどこから生まれるのかを、材料と製法の側から読み解きます。
- 光ファイバーとは何か(3行でつかむ)
- 構造:屈折率は「添加物」で作る
- シングルモードとマルチモード
- 損失:光はどこで失われるのか
- 分散:色によって到着時刻がずれる
- 素材技術者の視点①:ガラスを「作る」工程
- 1本に何本も通す:マルチコアファイバー
- ガラスを通さない:中空コアファイバー
- 素材技術者の視点②:「ガラスを極める」か「ガラスを捨てる」か
- 課題と未確定事項
- 用語集/参考資料/出典対応表
事実=規格・論文・公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標であり、実績が確認できていない事項
このほか、構造の整理や材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。
規格値(ITU-T)、査読論文・学会発表の記録値、企業の製品典型値は性格が異なるため、そのつど書き分けます。
1. 光ファイバーとは何か(3行でつかむ)
光ファイバーとは、「屈折率の高いガラス(コア)を屈折率の低いガラス(クラッド)で包み、光を閉じ込めて遠くへ運ぶ細い繊維」です。 通信用の石英系ファイバーの外径は125 µmと国際標準で決まっています事実。
- 何でできているか:主成分は二酸化ケイ素(SiO2)。屈折率を上げるために二酸化ゲルマニウム(GeO2)、下げるためにフッ素(F)を添加します事実
- 何が性能を決めるか:光がどれだけ減るか(損失)と、光のパルスがどれだけ広がるか(分散)。標準的なシングルモードファイバーの規格 ITU-T G.652.D は、ケーブルの損失を1530〜1565 nmで最大0.30 dB/kmと定めています事実
- いま何が変わりつつあるか:同じ125 µmの中にコアを複数入れるマルチコアファイバーと、コアを空気にする中空コアファイバー。前者は大西洋横断の海底ケーブルへの採用が発表され、後者は石英ガラスの記録を下回る損失が論文で報告されました事実
この記事はファイバーそのもの(ガラス・構造・製法・伝送特性)を扱います。 ファイバー同士やチップとのつなぎ方は本シリーズ「光コネクタとファイバー実装」編、 1本のファイバーに複数の波長を載せる技術は「波長多重とマイクロリング」編、 チップ上の導波路やファイバー結合器は作成済みの「シリコンフォトニクス」編、 光部品をスイッチのパッケージに入れる話は「Co-packaged Optics」編で扱います(本記事による整理)。
2. 構造:屈折率は「添加物」で作る
光ファイバーの中心には光が通るコアがあり、その周りをクラッドが包んでいます。 コアの屈折率がクラッドより高いため、光は境界で全反射を繰り返しながらコアの中を進みます事実。 電子情報通信学会の「知識ベース」は、屈折率の作り方を次のように説明しています。
- 石英系光ファイバーは SiO2 が主成分で、添加物として GeO2 と F が用いられる事実
- 純石英に GeO2 を添加すると屈折率が高くなり、F を添加すると低くなる事実
- GeO2ドープコア型は、コアが GeO2 添加石英、クラッドが純石英事実
- 純石英コア型は、コアが純石英、クラッドが F 添加石英事実
- 一般的な材料添加で得られる屈折率差は1%以下である事実
ここで押さえておきたいのは、屈折率の差はわずか1%以下だということです事実。 コアとクラッドは、ほとんど同じガラスです。 わずかな組成の差だけで光を閉じ込めているので、組成の揺らぎや界面の乱れがそのまま伝送特性に効きます(本記事による解説)。
3. シングルモードとマルチモード
光ファイバーは、中を伝わる光の「通り方(モード)」の数で2つに分かれます。 伝搬できるモードが1つのものがシングルモードファイバー、2つ以上のものがマルチモードファイバーです。 「知識ベース」は、コア直径をシングルモードで約8〜10 µm、マルチモードで50 µmまたは62.5 µmとしています事実。
| 項目 | シングルモード(ITU-T G.652.D) | マルチモード(ITU-T G.651.1) |
|---|---|---|
| 光の通り道 | モードフィールド径 8.6〜9.2 µm(公称値の範囲、1310 nm) | コア径 50 µm(公差 ±2.5 µm) |
| クラッド径 | 125.0 µm(公差 0.7 µm) | 125 µm(公差 1 µm) |
| 規格が定める主な伝送特性 | 損失、波長分散、偏波モード分散 | モード間の到着時刻差(モード帯域 500 MHz·km以上、850 nm・1300 nm) |
| 想定する使い方 | 1310 nm帯向けに最適化、1550 nm帯でも使用可 | 850 nmの送受信器で 1 Gbit/s・550 m(1000BASE-SX) |
| 引張の保証(プルーフ応力) | 最小 0.69 GPa | 最小 0.69 GPa |
すべて事実(ITU-T G.652[出典1]、ITU-T G.651.1[出典2])。G.651.1自身が、マルチモードは電気通信網では一般的でなくなった一方、建物内のイーサネット配線では10 Gbit/sを超える速度で広く使われ続けている、と説明しています。
マルチモードはコアが太いぶん光を入れやすい一方、モードごとに通る道のりが違うため、距離が延びるほどパルスが崩れます。 G.651.1が性能を「MHz·km(帯域×距離)」で規定しているのはそのためです事実。 長い距離を運ぶ主役は、モードが1つしかないシングルモードです(本記事による解説)。
4. 損失:光はどこで失われるのか
損失は dB/km(1 kmあたり何デシベル減るか)で表します。 3 dBで光の強さは約半分、10 dBで10分の1、20 dBで100分の1です。 ITU-T G.652.D が定めるケーブルの損失の上限は次のとおりです事実。
| 波長 | G.652.D ケーブルの損失(最大) | 規格上の注記 |
|---|---|---|
| 1310〜1625 nm | 0.40 dB/km | 1260 nmまで広げる場合は、1310 nmの値にレイリー散乱ぶん 0.07 dB/kmを加える |
| 1383 nm(水素エージング後) | 0.40 dB/km | 水素エージング試験は型式試験として実施 |
| 1530〜1565 nm(C帯) | 0.30 dB/km | 最も損失が小さい帯域 |
| 屋内・ドロップなど短いケーブル | 上表の値は適用しない | 例として屋内ケーブルは 1.0 dB/km 以下(IEC 60794-2-11) |
すべて事実(ITU-T G.652 (08/2024) Table 2[出典1])。同勧告の付録は、連結されたリンクの代表値として C帯 0.275 dB/km、1260〜1360 nm 0.5 dB/km を示しています。
規格の注記に、損失の中身が透けて見えます。 波長を1310 nmから1260 nmへ短くするだけで、レイリー散乱ぶん0.07 dB/kmを足せとしています事実。 レイリー散乱は、ガラスの中の密度や組成の微細な揺らぎが光を散らす現象で、波長が短いほど強くなります(本記事による解説)。 1383 nm付近は、ガラス中の水酸基(OH)による吸収が現れる波長として知られ、G.652.D はここにも水素エージング後の上限を設けています事実。
損失の値を100 kmに当てはめます本稿の計算。残る割合は 10^(−損失dB÷10) です。
- G.652.D の上限 0.40 dB/km:40 dB → 0.01%(1万分の1)
- G.652.D の C帯上限 0.30 dB/km:30 dB → 0.1%(1000分の1)
- 住友電工の記録 0.1397 dB/km(1566 nm):約14.0 dB → 約4.0%
- 中空コアファイバー 0.091 dB/km(1550 nm):9.1 dB → 約12%
前提と限界:ファイバー単体の損失だけを100 km分積み上げた値で、接続・コネクタ・曲げの損失は含みません。 規格値(上限)、学会で発表された記録値、査読論文の測定値は性格が異なり、同じ条件で測った比較ではありません。
5. 分散:色によって到着時刻がずれる
光のパルスには、わずかに異なる波長(色)が含まれています。 ガラスの屈折率は波長によって違うので、色ごとに進む速さが違い、遠くへ行くほどパルスが広がります。これが波長分散です(本記事による解説)。 G.652.D のファイバーは、分散がゼロになる波長(ゼロ分散波長)が1300〜1324 nmにあります事実。 一方、損失が最も小さいのは1550 nm帯で、ここでは分散はゼロではありません。 G.652 の付録は、1550 nmでの代表値を17 ps/(nm·km)としています事実。
- 前提:分散 17 ps/(nm·km)(G.652 付録の代表値)、距離 100 km、信号のスペクトル幅を 0.1 nm と仮定
- 17 × 100 × 0.1 = 170 ps 本稿の計算
- 10 Gbit/s の1ビットの長さは 100 ps。広がりが1ビットより長くなる計算です
前提と限界:スペクトル幅0.1 nmは本稿が置いた仮定で、変調方式や光源によって大きく変わります。 実際のシステムでは分散補償やデジタル信号処理で対処しており、 G.652 付録自身も「1550 nm帯で使う場合には何らかの分散補償がしばしば用いられる」と述べています事実。 デジタル信号処理による補償は本シリーズ「コヒーレント光通信とDSP」編で扱います。
このように、1本のガラスの中で損失が最小の波長と分散がゼロの波長が一致していません。 ゼロ分散波長を1550 nm側へずらした「分散シフトファイバー」などが開発されてきたのは、この食い違いを屈折率分布の設計で解こうとしたものです。 「知識ベース」は、コア内の多層の屈折率変化を制御することでゼロ分散波長を長波長側にシフトさせる、と説明しています事実。
6. 素材技術者の視点①:ガラスを「作る」工程
光ファイバーは、太いガラスの棒(母材、プリフォーム)を作り、それを加熱して細く引き伸ばして作ります。 「知識ベース」は、製造工程をスート母材の作製、透明ガラス化、線引きの3つに分けています事実。
母材の作り方には複数の方式があり、それぞれ性格が違います。 NTT・古河電工・住友電工・フジクラの4社は、VAD法が2015年に IEEE マイルストーンに認定された際の資料で、次のように比較しています事実。
| 方式 | 開発元 | 4社資料の記述 |
|---|---|---|
| VAD法(気相軸付け法) | 1977年、NTT(当時 電電公社)・古河電工・住友電工・フジクラ(当時 藤倉電線)の共同研究の過程で発明 | 一軸方向に引き上げながら多孔質ガラスを成長させるので大型の母材を作れる。量産化に適した製法 |
| MCVD法 | 1974年、AT&Tベル研究所 | 不純物の混入が少なく低損失化に適するが、ガラス管の内側に堆積するため母材の太さと長さに制限。熱酸化反応のため反応速度が遅い |
| OVD法 | コーニング社 | 心棒の周りに堆積。太さ方向には大型化できるが長さは心棒で制限。透明化の前に心棒を引き抜く必要があり、接触面に傷が入りやすい |
すべて事実(NTT ニュースリリース 2015年5月21日、4社共同発表[出典4])。「知識ベース」[出典3]はこのほか PCVD法を挙げ、VAD法を「低損失化に必要不可欠な脱水が容易な製造法」としています。
光ファイバーと聞くと、溶けたガラスを引き伸ばす姿を思い浮かべます。 しかし母材づくりの中心にあるのは、気相反応で微粒子を作り、それを積み上げて多孔体にし、焼結して緻密化するという工程です。 「知識ベース」は、スート母材が0.1〜1 µm程度の空隙を持った網目構造であり、電気炉で温度を上げると 「融解燃結が進み,体積が収縮し母材中の空隙がつぶれ」透明なガラスになると書いています事実。
これは、セラミックスや粉末冶金の技術者にとって見慣れた言葉の並びです。 違うのは要求の厳しさです。第4章で見たとおり、損失は1 kmあたり0.3 dB未満が求められ、 「知識ベース」は、多孔体の段階で水分を抜く「脱水」を「低損失化に必要不可欠」としています事実。第4章で触れた1383 nm付近の吸収の原因とされる水酸基を、ここで抜いておくわけです(本記事による解説)。 多孔体は表面積が大きく、ガスが中まで通るので、緻密化の前が不純物を抜く唯一の機会になります(本記事による解説)。
もうひとつの読みどころは線引き後の樹脂被覆です。 「知識ベース」は被覆の役割を、表面の傷の防止、側圧の緩和、不要モードの除去、取扱い性の向上の4つとしています事実。 そして住友電工は、2017年に損失の世界記録を更新した際、その手段を「ガラスおよび樹脂被覆の技術を更に向上させ」と説明しました事実。 光が通らないはずの樹脂が、損失の記録に名を連ねている——被覆が側圧を和らげ、微小な曲がりを抑えることが、損失にまで効いてくるからだと読めます(本記事による解説)。
7. 1本に何本も通す:マルチコアファイバー
1本のファイバーで運べる情報量には限りがあります。 そこで同じ125 µmのガラスの中に、コアを複数並べるのがマルチコアファイバー(MCF)です。 NICTは、標準外径のファイバーであれば、ケーブル化の際に既存の製造設備を使用できるとしています事実。
| 発表 | 内容 | 性格 |
|---|---|---|
| NICT(2022年5月) | 標準外径(0.125 mm)の4コアファイバーで、801波長・20 THzの帯域を使い毎秒1.02ペタビット、51.7 kmの伝送実験に成功。CLEO 2022のポストデッドライン論文 | 研究用ファイバーによる伝送実験 |
| 住友電工(2023年9月) | 2コアの極低損失MCF「2C Z-PLUS Fiber ULL」の量産化を発表。損失 0.158 dB/km(1550 nm、典型値)、対向伝搬クロストーク −43 dB以下、ガラス径125 µm・被覆径250 µm | 製品(典型値) |
| NTT(2024年11月) | 4コアMCFの建設・保守・運用技術をラインナップ化。側面画像から自動で回転調心して融着接続する技術、石英系PLCを2層に積んだファンイン・ファンアウト(FIFO)、直径約20 mmに最大8,000コアのケーブル | 要素技術の確立。2027年頃を目途に実用展開と国際標準化を目指す |
| Meta・NEC・住友電工(2026年9月) | 米国—フランス間 約7,000 kmの大西洋横断海底ケーブル「Petal」に2コアMCFを採用。24ファイバーペア(48心)で48コアペア | 2029年の運用開始予定 |
NICT[出典8]、住友電工[出典10・11]、NTT[出典9]の発表によります。性能値・構成は事実。NTTの実用展開・国際標準化の時期と、Petalの運用開始は未確定/将来です。「世界初」などの表現は各社の主張です。
NTTの発表で素材技術者の目を引くのは、「つなぐ」ことが実用化の壁だったという点です。 コアが中心以外にあるため、2本のMCFを接続するには回転方向の位置合わせが必須になります事実。 NTTは、端面を直接見る代わりにファイバーの側面画像の輝度分布から回転角を導き、既存の可搬型融着接続器に組み込めるようにしたとしています事実。 1本のコアのファイバーとの接続には、平面光波回路(PLC)を高さ方向に2層積み、1層あたり2コアずつを分岐する構成を採りました事実。 コネクタ側の課題は本シリーズ「光コネクタとファイバー実装」編でも触れます。
8. ガラスを通さない:中空コアファイバー
2025年、Petrovich、Poletti らの研究グループが Nature Photonics に、コアが空気の光ファイバーの測定結果を報告しました事実。 論文の要旨が示している数値は次のとおりです。
| 項目 | 論文要旨の記載 |
|---|---|
| 従来の石英系ファイバーの最先端 | 損失 0.14 dB/km、0.2 dB/km未満となる帯域 26 THz。「過去40年、ほとんど変わっていない」 |
| 今回の中空コアファイバー | 1,550 nmで 0.091 dB/km。0.2 dB/km未満の帯域は 66 THz |
| 伝送速度 | 伝わる速さが 45%速い |
| 構造 | 固体のガラスコアの代わりに、空気のコアを精密に設計したガラス微細構造が囲む |
すべて事実(Petrovich ら, Nature Photonics 19, 1203–1208 (2025) の要旨[出典7])。研究段階の測定値であり、量産品の仕様ではありません。
- 前提:真空中の光速 約30万 km/s。石英ファイバー中の群屈折率を 1.47 と仮定
- 空気中(屈折率≒1):1 kmあたり 約3.3 µs
- 石英ファイバー中:3.3 × 1.47 = 1 kmあたり 約4.9 µs 本稿の計算
- 差は1 kmあたり約1.6 µs、1,000 kmで約1.6 ms
前提と限界:群屈折率1.47は本稿が置いた仮定で、ファイバーの種類と波長で変わります。 4.9 ÷ 3.3 ≒ 1.47 となり、論文の「45%速い」とおおむね整合します。 金融取引やデータセンター間の同期のように、容量より遅延が効く用途で意味を持つ数字です(本記事による解説)。
9. 素材技術者の視点②:「ガラスを極める」か「ガラスを捨てる」か
損失を下げる方向は、いま2つに分かれています。
- ガラスを極める:住友電工はコアを純石英で構成した「純石英コア光ファイバ」を1988年に実用化し、 2017年に0.1419 dB/km、2024年に0.1397 dB/km(1566 nm)を学会で発表しました事実。 「知識ベース」によれば、純石英コア型はクラッドのほうにフッ素を添加して屈折率を下げます事実。 つまり光が主に通るコアには添加物を入れず、屈折率差はクラッド側で作るという設計です
- ガラスを捨てる:中空コアファイバーは、光の大部分を空気の中に通します。 論文は、石英系ファイバーの損失と帯域が「過去40年ほとんど変わっていない」と書いたうえで、0.091 dB/kmを報告しました事実
この2つは、「光が通る場所から、損失の原因になる物質をどこまで減らせるか」という同じ問いへの答えです。 前者はコアから添加物を抜き、後者はコアからガラスそのものを抜きました(本記事による解説)。
材料の側から見ると、要求される技術は大きく違います。 前者は組成と熱履歴の制御——添加物の分布、脱水、焼結、線引きの温度と張力——を極限まで詰める技術です。 後者は形状の制御——空気の穴を囲む薄いガラス膜の厚さと配置を、何kmにもわたって崩さずに引き伸ばす技術です。 論文が「meticulously engineered glass microstructure(精密に設計されたガラスの微細構造)」と書いているとおりです事実。 どちらも最後はガラスの線引きという同じ工程に行き着くことが、この分野の面白さです(本記事による解説)。
10. 課題と未確定事項
(1) マルチコアファイバーの標準化はこれから
NTTは4コアMCF光伝送路について「2027年頃を目途とした」実用展開と国際標準化の推進を目指すとしています未確定/将来。 本稿が参照した ITU-T G.652 (08/2024) は、従来型のシングルモードファイバーの勧告です。 MCFの接続・ファンイン・ファンアウト・ケーブルの規格がどう定まるかは、現時点では確定していません(本記事による解説)。
(2) 海底ケーブルへの採用は「計画」の段階
Petal は2029年の運用開始を予定しています未確定/将来。 2コアMCFを全ファイバーに使う大洋横断ケーブルが、実際の運用でどのような信頼性を示すかは、まだ実績がありません。
(3) 中空コアファイバーの量産実績は確認できなかった
0.091 dB/kmは査読論文の測定値です事実。 本稿の調査範囲では、この性能の中空コアファイバーが量産され商用網に敷設されたとする一次情報は確認できませんでした。 製造長、接続損失、既存ファイバーとの接続方法についても、本稿では扱っていません。
(4) 記録値と製品値は別物
0.1397 dB/kmは学会で発表された記録値、0.158 dB/km(2コアMCF)や住友電工が示す製品の値は典型値、G.652.Dの0.30 dB/kmは規格の上限です事実。 数字の性格が違うので、単純に並べて優劣を決めることはできません(本記事による解説)。
- 光ファイバーは、屈折率差1%以下のガラスで光を閉じ込めています。屈折率はGeO2で上げ、Fで下げます事実
- G.652.D の損失上限はC帯で0.30 dB/km。100 kmで光は1000分の1になります本稿の計算
- 母材は「気相で微粒子を作り、多孔体にし、焼結する」粉体プロセスで作られます。多孔体の段階の脱水が低損失の鍵です事実
- 樹脂被覆も損失を左右します。住友電工は記録更新の手段に樹脂被覆の技術を挙げています事実
- マルチコアは「つなぐ技術」が実用化の鍵。2コアMCFの大西洋横断ケーブルが2029年運用開始予定です未確定/将来
- 中空コアは0.091 dB/kmを報告。光が45%速く伝わります事実
11. 用語集
- コア/クラッド
- 光が通る中心部(コア)と、それを包む屈折率の低い部分(クラッド)。
- シングルモードファイバー
- 伝搬できるモードが1つのファイバー。コア直径は約8〜10 µm。長距離用。
- マルチモードファイバー
- 複数のモードが伝わるファイバー。コア直径50 µmまたは62.5 µm。短距離用。
- モードフィールド径(MFD)
- 光が実効的に広がっている範囲の直径。接続損失の見積もりに使う。
- dB/km
- 1 kmあたりの損失。10 dBで光の強さが10分の1になる。
- レイリー散乱
- ガラス中の微細な密度・組成の揺らぎによる散乱。波長が短いほど強い。
- 波長分散
- 波長ごとに伝わる速さが違うため、パルスが広がる現象。単位は ps/(nm·km)。
- ゼロ分散波長
- 波長分散がゼロになる波長。G.652では1300〜1324 nm。
- C帯
- 1530〜1565 nmの波長帯。石英ファイバーの損失が最も小さい帯域。
- 母材(プリフォーム)
- 光ファイバーのもとになる円柱状のガラスの塊。加熱して線引きする。
- スート
- 火炎加水分解で生じたガラスの微粒子。堆積させて多孔質母材を作る。
- VAD法
- 気相軸付け法。スートを軸方向に成長させる母材製法。1977年に日本で発明。
- 線引き
- 母材を炉で加熱し、細い繊維状に引き伸ばす工程。直後に樹脂を被覆する。
- マルチコアファイバー(MCF)
- 1本のファイバーの中に複数のコアを持つファイバー。
- ファンイン・ファンアウト(FIFO)
- MCFの各コアと、通常のファイバー複数本をつなぎ分ける部品。
- 中空コアファイバー
- コアが空気で、周囲のガラス微細構造で光を導くファイバー。
- プルーフ応力
- 製造時にファイバー全長にかける引張の保証値。G.652では0.69 GPa以上。
12. 参考資料(一次情報)
- ITU-T「G.652 (08/24) Characteristics of a single-mode optical fibre and cable」(勧告本文PDFは無料公開) https://www.itu.int/rec/T-REC-G.652-202408-I/en
- ITU-T「G.651.1 (11/18) Characteristics of a 50/125 µm multimode graded index optical fibre cable for the optical access network」 https://www.itu.int/rec/T-REC-G.651.1-201811-I/en
- 電子情報通信学会「知識ベース」5群2編3章「光ファイバ」(中島和秀・大橋正治、ver.1 2017年5月23日、PDF) https://www.ieice-hbkb.org/files/05/05gun_02hen_03.pdf
- NTT・古河電工・住友電工・フジクラ「高品質な光ファイバの量産性に優れた製造法である『VAD法』が世界的に権威のあるIEEEマイルストーンに認定」2015年5月21日 https://group.ntt/jp/newsrelease/2015/05/21/150521a.html
- 住友電工「石英ガラス光ファイバの低損失化に関して学会発表」2024年3月(OFC 2024 “Record Low Loss Optical Fiber With 0.1397 dB/km”) https://sumitomoelectric.com/jp/press/2024/03/prs036
- 住友電工「光ファイバ伝送損失の世界記録を更新」2017年3月(OFC 2017 ポストデッドライン論文) https://sei.co.jp/company/press/2017/03/prs029.html
- M. Petrovich, E. Numkam Fokoua, …, F. Poletti(著者12名)「Broadband optical fibre with an attenuation lower than 0.1 decibel per kilometre」Nature Photonics 19, 1203–1208 (2025) https://doi.org/10.1038/s41566-025-01747-5
- NICT「世界初、4コア光ファイバで毎秒1ペタビット伝送に成功」2022年5月19日 https://www.nict.go.jp/press/2022/05/19-1.html
- NTT「1本の光ファイバで4倍の大容量化を実現する、マルチコア光ファイバ技術の建設・運用・保守技術をラインナップ化」2024年11月15日 https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/11/15/241115a.html
- 住友電工「世界初 極低損失マルチコア光ファイバの量産化に成功」2023年9月 https://sumitomoelectric.com/jp/press/2023/09/prs115
- Meta・NEC・住友電工「世界初の商用ペタビット級光海底ケーブルシステム『Petal』の構築に向けて協業」2026年9月 https://sumitomoelectric.com/jp/press/2026/09/prs105
13. 主張と出典の対応表(監査)
| 本文の主張 | 根拠 | 区分 |
|---|---|---|
| G.652 が1310 nm付近にゼロ分散波長を持つシングルモードファイバーの勧告で、1550 nm帯でも使えること。G.652.D のモードフィールド径 8.6〜9.2 µm(1310 nm)、クラッド径 125.0 µm(公差0.7 µm)、ケーブル遮断波長 最大1260 nm、プルーフ応力 最小0.69 GPa、ゼロ分散波長 1300〜1324 nm、ケーブル損失 最大0.40 dB/km(1310〜1625 nm)・0.40 dB/km(1383 nm、水素エージング後)・0.30 dB/km(1530〜1565 nm)。1260 nmへ広げる場合に0.07 dB/kmのレイリー散乱ぶんを加えること。短いケーブルには適用しないこと(屋内1.0 dB/km以下の例)。付録の代表値(C帯0.275 dB/km、1260〜1360 nm 0.5 dB/km、D1550=17 ps/(nm·km))。1550 nm帯では分散補償がしばしば用いられること | 出典1 https://www.itu.int/rec/T-REC-G.652-202408-I/en | 事実 |
| G.651.1 のコア径50 µm(公差2.5 µm)、クラッド径125 µm(公差1 µm)、開口数0.20、モード帯域 最小500 MHz·km(850 nm・1300 nm)、プルーフ応力0.69 GPa、1 Gbit/sで550 m(1000BASE-SX)、OM2相当であること。マルチモードは電気通信網では一般的でなくなった一方、建物内配線で広く使われ続けていること | 出典2 https://www.itu.int/rec/T-REC-G.651.1-201811-I/en | 事実 |
| 主成分がSiO2で、GeO2で屈折率を上げFで下げること。GeO2ドープコア型と純石英コア型の構成。材料添加による屈折率差が1%以下であること。外径125 µmが標準であること。コア直径(シングルモード約8〜10 µm、マルチモード50/62.5 µm)。製造工程が3段階であること、MCVD・OVD・PCVD・VAD法。VAD法が大型母材・量産・脱水に適すること。火炎加水分解の反応式。スート母材が0.1〜1 µm程度の空隙を持つ網目構造であること、電気炉で焼結・収縮して透明化すること。約2,000℃のカーボン炉で約数100 m/分で線引きし被覆すること。被覆の4つの役割。多層の屈折率変化でゼロ分散波長をシフトさせること | 出典3 https://www.ieice-hbkb.org/files/05/05gun_02hen_03.pdf | 事実 |
| VAD法が1977年に4社の共同研究の過程で発明され、2015年にIEEEマイルストーンに認定されたこと。VAD法・MCVD法(1974年、AT&Tベル研究所)・OVD法(コーニング社)の比較の記述 | 出典4 https://group.ntt/jp/newsrelease/2015/05/21/150521a.html | 事実 |
| 住友電工が波長1566 nmで0.1397 dB/kmを実現しOFC 2024で発表したこと。1988年に純石英コア光ファイバ(Z Fiber)を実用化したこと。純石英コア光ファイバの定義 | 出典5 https://sumitomoelectric.com/jp/press/2024/03/prs036 | 事実 |
| 2017年に0.1419 dB/km(1560 nm)を実現し、その手段を「ガラスおよび樹脂被覆の技術を更に向上させ」と説明したこと | 出典6 https://sei.co.jp/company/press/2017/03/prs029.html | 事実 |
| 中空コアファイバーが1,550 nmで0.091 dB/km、0.2 dB/km未満の帯域66 THz、伝送速度45%増。従来の石英系ファイバーの最先端が0.14 dB/km・26 THzで、過去40年ほとんど変わっていないこと。空気のコアを精密に設計したガラス微細構造が囲む構造であること。掲載誌・巻・頁・年 | 出典7 https://doi.org/10.1038/s41566-025-01747-5 | 事実 |
| NICTが標準外径4コアファイバーで毎秒1.02ペタビット・51.7 km伝送に成功(801波長、20 THz)。CLEO 2022のポストデッドライン論文であること | 出典8 https://www.nict.go.jp/press/2022/05/19-1.html | 事実 |
| NTTが4コアMCFの建設・保守・運用技術をラインナップ化したこと。回転調心が必須であること、側面画像の輝度分布による自動回転調心、マーカー、石英系PLCの2層構造のFIFO、直径約20 mmに最大8,000コアのケーブル | 出典9 https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/11/15/241115a.html | 事実 |
| 2コアMCF「2C Z-PLUS Fiber ULL」の量産化発表、損失0.158 dB/km(典型値)、対向伝搬クロストーク −43 dB以下、ガラス径125 µm・被覆径250 µm | 出典10 https://sumitomoelectric.com/jp/press/2023/09/prs115 | 事実 |
| Petalが米国—フランス間 約7,000 kmで、2コアMCF・24ファイバーペア(48心)・48コアペア構成であること | 出典11 https://sumitomoelectric.com/jp/press/2026/09/prs105 | 事実 |
| Petalの2029年運用開始予定。NTTの4コア光伝送路の2027年頃を目途とした実用展開・国際標準化 | 各社の計画・見通しであり実績ではない。出典11 https://sumitomoelectric.com/jp/press/2026/09/prs105 / 出典9 | 未確定/将来 |
| 100 km後に残る光の割合(0.01%・0.1%・約4%・約12%)。分散による広がり170 ps。中空コアとの遅延差(1 kmあたり約1.6 µs、1,000 kmで約1.6 ms) | 本稿の計算。10^(−dB/10) による換算、スペクトル幅0.1 nm、群屈折率1.47、光速約30万 km/s は本稿が置いた前提。接続・曲げ損失は含まない | 本稿の計算 |
| レイリー散乱が波長の短いほど強いこと、1383 nm付近がOH吸収の波長として知られること | 一般的な物理の説明として記載した解説。規格上の根拠は出典1の注記(0.07 dB/kmの加算、1383 nmの上限) | 解説 |
| 多孔体の段階が不純物を抜く唯一の機会であるという読み取り。樹脂被覆が微小な曲がりを抑えて損失に効くという読み取り。「ガラスを極める/捨てる」の対比。マルチモードが長距離に向かない理由の整理 | 公表内容にもとづく本記事の解説。各社・各機関が表明した見解ではない | 解説 |
| 中空コアファイバーの量産・商用敷設の実績 | 本稿の調査範囲では一次情報を確認できなかったため記載していない | 解説 |
| 図1・図2・図5・図6が説明のための作図、図3が本稿の計算を含む作図であること。ヒーロー画像と図4がAI生成イメージであること | 本記事による注記 | 解説 |
最終更新:2026年9月25日/出典は一次情報(ITU-T勧告、学会の知識ベース、査読論文、企業・公的研究機関の公式発表)に限定し、調査会社の市場推計は使用していません。 規格値(上限)、学会発表の記録値、製品の典型値、査読論文の測定値は性格が異なるため区別して記載しています。 中空コアファイバーの量産・商用敷設の実績、マルチコアファイバーの接続規格の確定時期は、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用です。図1・図2・図5・図6はベクター作図、図3は本稿の計算を含むベクター作図、ヒーロー画像と図4はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・製造設備・製品の実物を示すものではありません。