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バッチ培養と連続培養|細胞培養技術 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

バッチ培養と連続培養
― 「足す」か「入れ替え続ける」か、そして工程をつなぐか

細胞培養の運転方式は、何も足さないバッチ、栄養を足していく流加(フェドバッチ)、培地を入れ替え続ける灌流(パーフュージョン)に分かれます。 抗体医薬の主流は流加培養ですが、灌流培養では細胞密度が1 mLあたり2億個を超えた報告があります。 灌流培養と精製を直結する「連続生産」は、国際ガイドライン ICH Q13(2022年採択)の対象になりました。 鍵を握る部品のひとつが、細胞を槽に残して液だけを抜く中空糸膜です。

構成:査読論文(PubMed Central 掲載の原著・総説)、ICH Q13、米国 FDA・厚生労働省・PMDA の公表資料を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

暗い背景の中、透明な曲線状の溝を淡い琥珀色の液体が途切れずになめらかに流れている概念イメージ
概念図(AI生成イメージ)。「止めずに流し続ける製造」という考え方を雰囲気として表現したものです。実在の装置・流路・培養液を示すものではありません。
この記事の構成
  1. 運転方式とは何か(3行でつかむ)
  2. 4つの方式 ― バッチ・流加・灌流・連続生産
  3. 細胞密度 ― 流加の数千万個から、灌流の2億個まで
  4. 本稿の計算:流加と灌流、生産槽の大きさと生産性
  5. 細胞保持装置 ― ATF と TFF
  6. 素材技術者の視点①:中空糸膜は「細胞を止め、抗体を通す」膜
  7. ICH Q13 と FDA・日本の位置づけ
  8. 素材技術者の視点②:30日運転は、材料にとって「寿命試験」
  9. 確認できなかったこと・残る課題
  10. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料・査読論文に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=構想・見通しであり、実績が確認できていない事項
このほか、方式の整理や材料・工程上の読み取りは「解説」として区別しています。

1. 運転方式とは何か(3行でつかむ)

運転方式とは、「培養の途中で、何を、いつ、どれだけ出し入れするか」の決め方です。 同じ細胞・同じ培養槽でも、方式によって到達する細胞密度、1回の運転の長さ、必要な槽の大きさが変わります。

  • 主流:2016年のライフサイクル評価の論文は、流加培養がスケールアップのしやすさ(最大 20,000 L)、頑健さ、高い容積あたり生産性から、抗体の大規模生産の標準的な基盤技術になったとしています事実
  • 典型的な姿:抗体製造の総説(2010年)は、生産細胞株の典型を比生産速度 20〜70 pg/細胞/日、10〜14日の流加培養で最高生細胞密度 500万〜3,000万個/mLとしています事実
  • もう一つの道:灌流培養の論文は、バッチと流加が最も広く使われる一方、灌流培養への関心が高まっているとし、健全な培養を長く、高い細胞密度で続けられること、製品が槽内に留まる時間が短いことを利点に挙げています事実
この記事でいちばん大事な一行

高密度の灌流培養を調べた Clincke ら(2013)は、最大2億1,400万個/mLに達したとき、限界を決めたのは細胞の増殖ではなく、 高い細胞密度で粘くなった培養液に対する膜の能力と、pCO2だったと報告しています事実。 灌流培養の上限は、生物ではなく、膜と流体と気体移動という「工学」で決まっていた——そう読めます(本記事による解説)。

2. 4つの方式 ― バッチ・流加・灌流・連続生産

4つの運転方式:何を入れ、何を出すか(本記事による整理) 青い部分が培養液。矢印は液の出入りです。 バッチ 流加(フェドバッチ) 灌流(パーフュージョン) 連続生産 フィード ハーベスト 最初に培地を入れ 途中で何も足さない 終了後に全量を回収 濃縮した栄養液を足す 液量は増えていく 10〜14日、全量を回収 細胞は装置で槽に残す 液だけを連続で抜く 灌流培養と精製を直結 2つ以上の単位操作を 直接つなぐ ICH Q13 の中心 ※ 流加の「10〜14日」は Li ら[参考資料1]、灌流は Clincke ら[参考資料2]、連続生産は ICH Q13[参考資料4]の記載によります。 ※ 連続生産の右側の四角は精製工程(クロマトグラフィーなど)を表す模式です。4列に整理したのは本記事によるものです。
図1 概念図(ベクター作図)。各方式の特徴は Li ら[参考資料1]、Clincke ら[参考資料2]、ICH Q13[参考資料4]の記載によります。容器・装置の形と大きさ、液面の高さは模式的なもので、実際の比率や装置の形状を示すものではありません。
方式出し入れ一次情報で確認できた特徴
バッチ途中で何も足さない(本記事による解説)流加と並んで最も広く使われる方式[参考資料2]
流加(フェドバッチ)濃縮した栄養液(フィード)を途中で足す。液量は増える培地開発は初期培地とフィード濃縮液の両方を作る[参考資料1]。低い糖・グルタミン濃度を保つ頻繁な/連続的な供給は副生物を減らしうるが、操作の複雑さとバリデーション費用から大規模製造では好まれてこなかった[参考資料1]。液量の増加が撹拌条件を変え、濃いフィードで液量増加を抑えることがスケールアップを楽にする[参考資料3]
灌流(パーフュージョン)新しい培地を入れ続け、細胞を槽に残して液だけを抜き続ける灌流速度(1日に入れ替える量)は 1〜10 槽容積/日で運転した例。細胞密度を細胞の抜き取り(ブリード)で安定させる[参考資料2]。工業用の細胞株で 0.5〜2 槽容積/日が報告されている[参考資料5]
連続生産2つ以上の単位操作を直接つなぎ、原料を入れ続け製品を出し続けるICH Q13 の附属書 III は、灌流培養の槽、連続的な捕捉クロマトグラフィー、ウイルス不活化、精製、ウイルスろ過、限外ろ過による濃縮・置換をつないだ例を示す[参考資料4]

「一次情報で確認できた特徴」はすべて事実。「出し入れ」の欄の説明は本記事による整理です。

3. 細胞密度 ― 流加の数千万個から、灌流の2億個まで

灌流培養では、細胞を槽に残したまま老廃物を含む液を抜き、新しい培地を入れ続けられます。 そのため、流加培養よりはるかに高い細胞密度が可能です。 Clincke ら(2013)は、使い捨ての波動型バイオリアクター(10 L の培養バッグ)に中空糸膜の細胞分離装置をつないで、CHO 細胞の灌流培養を行いました事実。

報告されている生細胞密度(1 mLあたりの細胞数) 横軸は普通の目盛り。棒は範囲、細い四角は1点の値です。 流加培養の最高密度(典型) 500万〜3,000万個/mL(Li ら 2010) 灌流:抜き取りで安定させた範囲 2,000万〜3,500万個/mL(Clincke ら) 灌流:増殖状態で2週間以上維持 9,000万〜1億3,000万個/mL 灌流:ATF で到達した最大 1億3,200万個/mL 灌流:TFF で到達した最大 2億1,400万個/mL 推奨上限 1億4,600万 0 5,000万 1億 1.5億 2億 ※ 1行目は Li ら[参考資料1]、2〜5行目と推奨上限は Clincke ら[参考資料2]の記載。細胞株・装置・条件は研究ごとに異なります。 ※ 推奨上限は、その研究の細胞株について細胞間の理論距離から示された値で、一般的な上限ではありません。
図2 概念図(ベクター作図)。各値は Li ら[参考資料1]と Clincke ら[参考資料2]の記載によります。異なる研究・細胞株・装置の値を同じ軸に並べたもので、方式の優劣を示す比較ではありません。
  • ATF・TFF のどちらでも、2,000万〜3,500万個/mLで細胞の抜き取りにより安定した培養ができた事実
  • 抜き取りで9,000万〜1億3,000万個/mLに保ち、増殖状態・高い生存率のまま2週間以上維持した事実
  • 最大は TFF で2億1,400万個/mL、ATF で1億3,200万個/mL。TFF では粘くなった液に対する膜の能力と pCO2 が、ATF では粘い液を引き込む真空の能力が限界になった事実
  • 2億個/mL 以上では、循環路の圧力が1 barに達し、pCO2 が31 kPaという高すぎる値になった。この細胞株では細胞間の理論距離から1億4,600万個/mL 未満を推奨している事実

4. 本稿の計算:流加と灌流、生産槽の大きさと生産性

Bunnak ら(2016)は、年間 28 kg の抗体を作る前提で、流加工程と灌流工程をモデル化して比べました。 その前提条件(同論文が「製造で典型的に達成される」値として置いたもの)は次のとおりです事実。

前提条件流加工程灌流工程
生産槽の容積375 L47 L
力価(抗体濃度)5 g/L2 g/L
1回の培養期間12 日30 日(立ち上がり5日)
灌流速度―2 槽容積/日
年間の生産槽の運転回数21 回9 回
年間の精製の回数21 回53 回(4日分ずつまとめて精製)

すべて事実(Bunnak ら[参考資料5]の表1)。モデル計算の前提であり、特定の実工場の値ではありません。

本稿の計算:槽1 Lあたり、1日にどれだけ作るか
  • 流加:12日で 5 g/L → 5 ÷ 12 = 約0.42 g/L/日
  • 灌流(生産期間中):2 g/L の液を1日に2槽容積抜く → 2 × 2 = 4 g/L/日
  • 比:4 ÷ 0.42 ≒ 約9.6倍。生産槽の容積の比 375 ÷ 47 ≒ 約8.0倍とほぼ見合う

読み取り:灌流は「濃さ」では流加に負けます(2 g/L 対 5 g/L)が、同じ槽を液が何度も通り抜けるので、槽1 Lあたりの生産量で勝ちます。 その結果、同じ年間生産量を約8分の1の容積の槽で作る前提になっています(本記事による解説)。 Clincke らも、灌流の利点として小さな槽で済み、定置洗浄が減り、ステンレスの代わりに使い捨ての槽を使える可能性を挙げています事実。 前提と限界:灌流の立ち上がり5日間、抜き取った細胞とともに失われる分、精製収率(流加72%・灌流76%)は無視しています。

流加と灌流:生産槽の容積と、槽1 Lあたりの生産量 左=Bunnak らのモデルの前提値/右=その前提から本記事が計算した値 生産槽の容積(前提) 槽1 L・1日あたりの生産量(計算) 375 L 47 L 0.42 g 4.0 g 流加 灌流 流加 灌流 約8分の1 約9.6分の1 ※ 左の容積は Bunnak ら[参考資料5]が年28 kg の生産を前提に置いた値。右は 5 g/L÷12日、2 g/L×2槽容積/日 として本記事が計算。 ※ 右は灌流の生産期間中の値で、立ち上がり期間・細胞の抜き取りによる損失・精製収率は含めていません。
図3 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。左の容積(375 L・47 L)は Bunnak ら[参考資料5]のモデルの前提値です。右の値(0.42 g・4.0 g)と「約8分の1」「約9.6分の1」は本記事が算出したもので、公表値ではありません。実際の工程の値は細胞株・培地・運転条件で大きく変わります。

ただし Bunnak らの評価では、精製を4日分ずつまとめる標準的な灌流工程は、流加工程と製造原価はほぼ同じでしたが、水を35%、エネルギーを17%多く使い、CO2を17%多く排出しました。 精製の回数が2倍以上になり、その洗浄(CIP・SIP)が水消費の85%超を占めたためです。 まとめる期間を8日に延ばせば、灌流工程のほうが環境にやさしくなりうる、としています事実。 槽を小さくしても、つないだ下流の運転回数が増えれば、負担はそちらへ移ります(本記事による解説)。

5. 細胞保持装置 ― ATF と TFF

灌流培養の心臓部は、細胞を槽に残し、液だけを抜く装置です。 Clincke らは、使い捨てで使える選択肢として、遠心分離、TFF、ATF、灌流用の浮遊フィルター、ハイドロサイクロン、セル沈降タンクを挙げ、 そのうち高い細胞密度を支え、装置費用が中程度で、培養中に交換でき、波動型の槽と組み合わせられるものとして TFF と ATF を選んでいます事実。

TFF と ATF:同じ中空糸膜を、違う流し方で使う(模式図) 青=細胞を含む培養液、緑=膜を通った液(ハーベスト)。膜は細胞を通さず、液を通します。 TFF(接線流ろ過) ATF(交互接線流) 培養槽 ポンプ 中空糸膜 ハーベスト 一方向に循環して槽へ戻す 培養槽 中空糸膜 ダイヤフラム ハーベスト 流れの向きを約1分周期で交互に反転 膜が逆洗され、目詰まりを防ぐ助けになる ※ 仕組みの説明は Clincke ら[参考資料2]によります。ATF のポンプは TFF の蠕動ポンプより細胞へのせん断が小さいとされています。 ※ 同研究の中空糸膜:ポリスルホン50本、孔径0.2 µm、内径1 mm、流路長60 cm、膜面積850 cm²(ATF・TFF 共通)。 ※ 部品の形・位置・大きさは模式で、実際の装置の構成を示すものではありません。
図4 概念図(ベクター作図)。TFF・ATF の仕組みと中空糸膜の仕様は Clincke ら[参考資料2]の記載によります。部品の形・配置・大きさは模式的なもので、特定の製品の構成を示すものではありません。
項目TFF(接線流ろ過)ATF(交互接線流)
流し方培養液を膜面に沿って流し、目詰まりを防ぐ。蠕動ポンプで一方向に循環TFF と同じ膜を使い、ダイヤフラムポンプで流れの向きを約1分周期で交互に反転。膜が逆洗される
せん断蠕動ポンプを使うTFF の蠕動ポンプよりせん断が小さい
到達した最大密度2億1,400万個/mL1億3,200万個/mL
限界の要因粘い液に対する膜の能力、pCO2粘い液を引き込む真空の能力(槽を 0.02〜0.03 bar 加圧すると交互流が再開)
製品の透過抗体の生産量は同等だったが、製品の一部が中空糸膜に保持され、TFF でより顕著だった

すべて事実(Clincke ら[参考資料2])。1つの研究・1つの細胞株・1種類の膜での結果です。

大規模では課題も残ります。Nienow(2006)の総説は、1万 L を超えるような規模では細胞保持・再循環の装置に、目詰まり、処理能力、そして別の種類の「せん断感受性」という大きな疑問が残っていると述べています事実。

本稿の計算:灌流速度は細胞数に比例させる

Clincke らは、栄養の不足と副生物の蓄積を避けるため、灌流速度を細胞密度に比例させて運転しました事実。 論文中の2つの運転点で、細胞1個あたりの灌流速度を計算します。

  • 2,000万個/mL・1 槽容積/日:1 L ÷(2×10¹⁰ 個)= 50 pL/細胞/日
  • 2億個/mL 以上・10 槽容積/日:10 L ÷(2×10¹¹ 個)= 50 pL/細胞/日

細胞密度が10倍になれば、入れ替える培地も10倍になります本稿の計算。 高密度の灌流培養は、培地の大量消費と、膜を通す液量の増加と引き換えです(本記事による解説)。 前提と限界:2億個/mL の運転点は、論文が「8〜10 槽容積/日で2億個/mL 以上を2日間観察」と記した範囲の上側を使った概算です。

6. 素材技術者の視点①:中空糸膜は「細胞を止め、抗体を通す」膜

暗い背景の中、細く半透明な中空の管が何本もゆるく平行に束ねられ、斜めに横たわっている概念イメージ
図5 概念図(AI生成イメージ)。「細い中空の管の束で、細胞と液を分ける」という仕組みを雰囲気として表現したものです。実際の中空糸膜の本数・太さ・色・孔の構造を示すものではなく、顕微鏡像でもありません。
素材技術者の読みどころ:分けたいものと、通したいものの大きさが近い

Clincke らの中空糸膜は、ポリスルホンの繊維50本、孔径0.2 µm、内径1 mm、膜面積850 cm²でした事実。 孔径0.2 µm は細胞よりずっと小さいので、細胞は止まります。 それでも製品(抗体)の一部が膜に保持され、TFF でより顕著だった事実——ここに膜の設計問題があります。

  • 止めたいもの:細胞、細胞の破片
  • 通したいもの:抗体(製品)、老廃物を含む培地
  • 邪魔をするもの:高い細胞密度での粘度の上昇。2億個/mL 以上で循環路の圧力は 1 bar に達しました事実

膜の表面に細胞や破片、タンパク質の層ができると、実効的な孔が小さくなり、抗体まで止め始めると考えられます(本記事による解説)。 ATF の交互流による逆洗が「目詰まりを防ぐ助けになりうる」とされているのは事実、この層を流れで剥がす発想です。

材料の側から見ると、問われているのは次の組み合わせです(本記事による解説)。

  • 孔径分布:細胞を確実に止めつつ、抗体の透過率を長時間高く保つ
  • 表面の親水性・タンパク質低吸着性:膜面に層ができにくい表面
  • 長期の機械的耐久:ATF では約1分ごとに流れが反転し、それが何週間も続く
  • 使い捨て前提の製造と滅菌:Clincke らは膜を水ですすぎ、オートクレーブしてから使っています事実

水処理や血液透析の中空糸膜で培われた技術が、そのまま生きる領域です。 ただし「何週間も、粘い細胞懸濁液の中で、製品を通し続ける」という要求の組み合わせは、細胞培養に固有のものだと読めます。

7. ICH Q13 と FDA・日本の位置づけ

ICH Q13(連続生産)の採択と、米国・日本での受け入れ 横軸は時間(2021年7月〜2023年5月)。間隔はおおよその比率です。 2021年7月27日 Step 2 で草案を公開 2022年11月16日 Step 4 で最終版を採択 2023年3月(米国) FDA が最終ガイダンスとして公表 2023年5月31日(日本) 厚生労働省が課長通知で周知 ※ 出典:Step 2・Step 4 は ICH Q13[参考資料4]、米国は FDA[参考資料6]、日本は厚生労働省の通知[参考資料7]。 ※ 点の位置はおおよその時期です。時間軸の間隔は本記事による配置で、正確な縮尺ではありません。
図6 概念図(ベクター作図)。各日付は ICH Q13[参考資料4]、FDA の公表ページ[参考資料6]、厚生労働省の通知[参考資料7]によります。時間軸上の位置はおおよその配置で、正確な縮尺ではありません。

(1) ICH Q13 の範囲

ICH Q13「原薬及び製剤の連続生産」は、次のように範囲を定めています事実。

  • 化学合成品と治療用タンパク質の原薬・製剤の連続生産に適用される。新製品にも、既存製品のバッチ生産から連続生産への切り替えにも適用される
  • 個々の単位操作(例:灌流細胞培養)にも当てはまりうるが、本ガイドラインは2つ以上の単位操作が直接つながったシステムの統合的な側面に焦点を当てる
  • 連続生産のバッチの大きさは、出てきた量、入れた量、または決められた流量での運転時間で定義できる
  • 工程の動特性を理解するため、滞留時間分布(RTD)の把握が重要とされる

(2) 治療用タンパク質についての附属書 III

  • 細胞齢:連続生産の培養槽は、バッチよりかなり長く運転されうる。バッチで確立した生体外細胞齢の上限は、条件の違う連続運転には当てはまらないことがある事実
  • 外来性因子:培養が長く続き、収穫液を連続で処理するので、ある原薬バッチを作るのに使ったすべての培養物が受け入れ可能であることを示す設計が必要事実
  • 使い捨て部材:使用中の完全性を確保すべき。接続部(チューブの溶着、コネクタ)や部材は長時間の使用や頻繁な交換を受けうるので、汚染リスクとして評価すべき事実
  • ろ過:ろ過の期間が長く、面積あたりの処理量やフィルター交換の回数が増えうるので、工程を止めずに交換・完全性試験ができる仕組みを置くべき事実
  • 運転時間:外来性因子の管理と、樹脂や膜の寿命を考慮すべき事実

(3) 米国と日本での受け入れ

米国 FDA は Q13 を2023年3月に最終ガイダンス(医薬品評価研究センター、CDER)として公表しています事実。 日本では、厚生労働省が2023年5月31日の課長通知(薬生薬審発0531第1号)で「原薬及び製剤の連続生産に関するガイドライン」として周知しました事実。

PMDA の審査官が2022年9月の研修で示した資料(演者の個人的見解と明記)には、日本で連続生産技術を用いて承認された製品が一覧になっており、挙げられた品目はいずれも錠剤でした事実。 バイオ医薬品で、灌流培養と精製を直結した連続生産が承認された例は、本稿の調査範囲の一次情報では確認できませんでした。

8. 素材技術者の視点②:30日運転は、材料にとって「寿命試験」

素材技術者の読みどころ:「接触時間」と「交換回数」が桁で増える

Bunnak らのモデルでは、流加の1回の培養は12日、灌流は30日でした事実。 同じ培養バッグ・チューブ・センサー・膜が培養液に触れる時間は2.5倍になります本稿の計算(30 ÷ 12)。

ICH Q13 が名前を挙げて評価を求めているのは、まさに材料の寿命です事実。

  • 膜の目詰まり・センサーの汚れ(長時間運転の追加リスクとして明記)
  • 樹脂の使用回数、膜の寿命(運転時間の考慮事項として明記)
  • 使い捨ての接続部の完全性(長時間の使用・頻繁な交換)

ここから材料に求められる性質を整理すると、次のようになります(本記事による解説)。

  • 溶出物の評価条件が厳しくなる。本シリーズ「シングルユースシステム」編で見た ICH Q3E 草案は、抽出試験を「最も長い接触時間」を含む最悪ケースで設計するよう求めています事実。接触時間が延びれば、評価の前提も変わる
  • 繰り返しの力学的負荷。ATF の約1分周期の反転が30日続くと、単純計算で約4万3千回の反転になります本稿の計算(30日×24時間×60分)。膜、ダイヤフラム、接続部の疲労が問われる
  • 「止めずに交換できる」設計。Q13 がフィルターについて求めているように、工程を止めずに交換・試験できる部材の形と接続方式そのものが価値になる

バッチ生産では「1回使えれば十分」だった部材が、連続生産では「何週間も劣化しない」ことを求められる——その差が、材料メーカーにとっての新しい仕様書になります。

9. 確認できなかったこと・残る課題

(1) バイオ医薬品の連続生産の承認例

灌流培養と精製を直結した連続生産で承認されたバイオ医薬品は、本稿の調査範囲の一次情報では確認できなかったため記載していません。

(2) 大規模での細胞保持装置

Nienow の総説が指摘した大規模での課題(目詰まり・処理能力・せん断)事実が、現在どこまで解決されたかを示す一次情報は、本稿では確認していません。

(3) 灌流工程の環境負荷の改善

まとめて精製する期間を8日に延ばすと灌流工程のほうが環境にやさしくなりうるという結果は、Bunnak らのモデルの感度分析によるもので事実、 実工場での検証は本稿では確認していません未確定/将来。

(4) 力価・細胞密度の値は研究ごとの条件

図2・図3の値は、異なる研究・細胞株・装置、またはモデルの前提値です。方式の優劣を一般化するものではありません。

この記事のまとめ
  • 抗体の大規模生産の標準は流加培養で、10〜14日・500万〜3,000万個/mL が典型とされています事実
  • 灌流培養では2億1,400万個/mLに達した例があり、限界は膜の能力・粘度・pCO2 でした事実
  • 灌流は濃さで負けても、槽1 Lあたりの生産量で約9.6倍。同じ年間生産量を約8分の1の槽で作る前提になっています本稿の計算
  • 下流の運転回数が増えれば、洗浄の水とエネルギーはそちらへ移ります事実
  • ICH Q13 は2022年に採択され、米国は2023年3月、日本は2023年5月に受け入れました事実
  • 連続生産は、膜・樹脂・使い捨て部材の「寿命」を問う製造方式です(本記事による解説)

10. 用語集

バッチ培養
最初に培地を入れ、途中で何も足さずに培養し、終了後に全量を回収する方式。
流加培養(フェドバッチ)
濃縮した栄養液を途中で足していく方式。液量は増える。
灌流培養(パーフュージョン)
細胞を槽に残したまま、培地を入れ替え続ける方式。
連続生産
2つ以上の単位操作を直接つなぎ、原料を入れ続け製品を出し続ける生産方式。
灌流速度(槽容積/日)
1日に入れ替える培地の量を、槽の液量の何倍かで表したもの。
ブリード(細胞の抜き取り)
細胞密度を一定に保つため、細胞ごと培養液の一部を抜くこと。
TFF
接線流ろ過。液を膜面に沿って流し、目詰まりを防ぎながらろ過する。
ATF
交互接線流。ダイヤフラムポンプで流れの向きを交互に反転させ、膜を逆洗する。
中空糸膜
細い中空の繊維状の膜。束ねて使い、壁を液が通り抜ける。
力価(titer)
培養液中の製品(抗体など)の濃度。g/L で表す。
比生産速度
細胞1個が1日に作る製品の量(pg/細胞/日)。
滞留時間分布(RTD)
工程に入った物質が出てくるまでの時間の分布。連続生産の管理の基礎。
生体外細胞齢
細胞バンクから起こしてからの培養期間・世代数。上限を定めて管理する。
ICH Q13
原薬・製剤の連続生産に関する国際ガイドライン(2022年 Step 4)。

11. 参考資料(一次情報)

  1. Li F ほか(Genentech)「Cell culture processes for monoclonal antibody production」mAbs 2(5):466–479(2010) — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  2. Clincke MF ほか(スウェーデン王立工科大学)「Very high density of CHO cells in perfusion by ATF or TFF in WAVE bioreactor. Part I. Effect of the cell density on the process」Biotechnology Progress 29(3):754–767(2013) — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  3. Lemire L ほか(Polytechnique Montréal/カナダ国立研究機構)「Scale-up of a monoclonal antibody CHO fed-batch production in stirred tank bioreactors: Effect of hydrodynamic conditions and feeding regimen」Biotechnology Progress(2026年1-2月号、doi:10.1002/btpr.70073) — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  4. ICH「Continuous Manufacturing of Drug Substances and Drug Products Q13」最終版(2022年11月16日採択) — database.ich.org
  5. Bunnak P ほか(University College London ほか)「Life-cycle and cost of goods assessment of fed-batch and perfusion-based manufacturing processes for mAbs」Biotechnology Progress 32(5):1324–1335(2016) — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  6. 米国 FDA「Q13 Continuous Manufacturing of Drug Substances and Drug Products」ガイダンス公表ページ(2023年3月、最終版) — fda.gov
  7. 厚生労働省 医薬・生活衛生局 医薬品審査管理課長「原薬及び製剤の連続生産に関するガイドラインについて」薬生薬審発0531第1号(2023年5月31日、PMDA 掲載) — pmda.go.jp
  8. PMDA(櫻井京子、新薬審査第四部)「バイオ医薬品の連続生産を取り巻くレギュレーションの留意点」レギュラトリーサイエンス エキスパート研修資料(2022年9月9日、演者の個人的見解と明記) — pmda.go.jp
  9. Nienow AW「Reactor engineering in large scale animal cell culture」Cytotechnology 50:9–33(2006) — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  10. ICH「Guideline for Extractables and Leachables Q3E」草案(Step 2、2025年8月1日) — database.ich.org

12. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
典型的な生産細胞株が比生産速度20〜70 pg/細胞/日、10〜14日の流加培養で最高生細胞密度500万〜3,000万個/mL であること。培地開発が初期培地とフィード濃縮液からなること。頻繁な/連続的な供給が副生物を減らしうるが、操作の複雑さとバリデーション費用から大規模製造では好まれてこなかったことLi ら 2010 総説 出典1 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2958569/事実
バッチと流加が最も広く使われ、灌流への関心が高まっていること、灌流の利点(健全な培養の長期化・高密度・製品の槽内滞留時間が短い・小さな槽で済み定置洗浄が減り使い捨て槽を使える可能性)。10 L の培養バッグと中空糸膜の構成。灌流速度1〜10槽容積/日、ブリードでの安定化。2,000万〜3,500万個/mL で安定、9,000万〜1億3,000万個/mL で2週間以上維持、最大2億1,400万(TFF)・1億3,200万(ATF)個/mL と各限界要因。2億個/mL 以上で8〜10槽容積/日、圧力1 bar、pCO2 31 kPa。1億4,600万個/mL 未満の推奨。使い捨ての細胞分離装置の選択肢と TFF・ATF を選んだ理由。TFF・ATF の仕組み(接線流、ダイヤフラムポンプ、約1分周期、逆洗、せん断が小さい)。中空糸膜の仕様(ポリスルホン50本、0.2 µm、内径1 mm、60 cm、850 cm²、水ですすぎオートクレーブ)。ATF で槽を0.02〜0.03 bar 加圧すると交互流が再開したこと。製品の一部が膜に保持され TFF でより顕著だったこと。灌流速度を細胞密度に比例させたことClincke ら 2013 原著 出典2 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3752962/事実
流加培養で液量の増加が撹拌条件を変えること、濃いフィードで液量増加を抑えるとスケールアップが楽になることLemire ら 2026 出典3 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12908111/事実
Q13 が2021年7月27日に Step 2、2022年11月16日に Step 4 で採択されたこと。適用範囲(化学合成品と治療用タンパク質、新製品と切り替え)。灌流細胞培養などの単位操作にも当てはまりうるが2つ以上の直結に焦点を当てること。バッチの大きさの定義(出量・入量・運転時間)。RTD。附属書 III の例示システム、細胞齢、外来性因子、使い捨て部材の完全性と接続部の評価、ろ過の交換・完全性試験、運転時間での樹脂・膜の寿命の考慮、膜・センサーの汚れを含む長時間運転のリスクICH Q13 最終版 出典4 https://database.ich.org/sites/default/files/ICH_Q13_Step4_Guideline_2022_1116.pdf事実
流加が最大20,000 L のスケールアップ性・頑健さ・高い容積あたり生産性から標準になったこと。工業用細胞株で0.5〜2槽容積/日が報告されていること。モデルの前提値(375 L・47 L、5 g/L・2 g/L、12日・30日、立ち上がり5日、2槽容積/日、21回・9回、精製21回・53回、精製収率72%・76%)。4日まとめの灌流が製造原価はほぼ同じで水35%・エネルギー17%・CO2 17%多かったこと、CIP・SIP が水消費の85%超、8日に延ばせば灌流が環境にやさしくなりうることBunnak ら 2016 出典5 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5082523/事実
FDA が Q13 を2023年3月に最終ガイダンス(CDER)として公表したことFDA 公表ページ 出典6 https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/q13-continuous-manufacturing-drug-substances-and-drug-products事実
厚生労働省が2023年5月31日の課長通知(薬生薬審発0531第1号)で「原薬及び製剤の連続生産に関するガイドライン」を周知したこと厚生労働省 通知(PMDA 掲載) 出典7 https://www.pmda.go.jp/files/000252834.pdf事実
2022年9月の研修資料に挙げられた、日本で連続生産技術を用いて承認された製品がいずれも錠剤であったこと(演者の個人的見解と明記された資料)PMDA 研修資料 2022 出典8 https://www.pmda.go.jp/files/000248673.pdf事実
1万 L 超の規模で細胞保持・再循環装置に目詰まり・処理能力・せん断感受性の大きな疑問が残っていることNienow 2006 総説(要旨) 出典9 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3476006/事実
抽出試験を最も長い接触時間を含む最悪ケースで設計すべきことICH Q3E 草案 出典10 https://database.ich.org/sites/default/files/ICH_Q3E_EWG_Step2_DraftGuideline_2025_0704.pdf事実
槽1 L・1日あたりの生産量(流加約0.42 g、灌流4 g、約9.6倍)、槽容積の比約8.0倍。細胞1個あたりの灌流速度50 pL/細胞/日(2点)。接触時間2.5倍。ATF の反転回数約4万3千回(30日)本稿の計算。Bunnak らのモデルの前提値、Clincke らの運転点、約1分周期を用い、立ち上がり期間・抜き取り損失・精製収率は無視した本稿の計算
まとめ精製期間を8日に延ばした場合の環境面の改善の実工場での検証Bunnak らのモデル感度分析の結果であり、実工場での検証は本稿で確認していないhttps://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5082523/未確定/将来
灌流培養と精製を直結した連続生産で承認されたバイオ医薬品、大規模での細胞保持装置の課題の現状本稿の調査範囲の一次情報では確認できなかったため記載していない(解説)解説
バッチ培養の定義(途中で何も足さない)。4方式の「出し入れ」の整理。灌流の上限が工学で決まっていたという読み取り。灌流は濃さで負けても槽あたり生産量で勝つという読み取り。下流の運転回数が増えれば負担が移るという整理。膜面の層が抗体を止め始めるという考え方と、膜材料に求められる性質の整理。連続生産が材料の寿命を問うという整理。水処理・透析の中空糸膜技術が生きるという読み取り公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各論文・機関が表明した見解ではない解説
図1〜図4・図6が実際の装置・測定結果ではなく説明のための作図であること。ヒーロー画像と図5がAI生成イメージであること本記事による注記(解説)解説

最終更新:2026年9月23日/出典は一次情報(査読論文、ICH ガイドライン、米国 FDA・厚生労働省・PMDA の公表資料)に限定しています。 灌流培養と精製を直結した連続生産で承認されたバイオ医薬品、大規模での細胞保持装置の課題の現状は、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 第4章・第5章・第8章の数値の一部は、明示した前提にもとづく本記事の計算です。 図はすべて説明用の概念図です。図1〜図4・図6はベクター作図、ヒーロー画像と図5はAI生成イメージであり、いずれも実在の装置・製品・測定結果を示すものではありません。