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Insilico Medicine|創薬・DDS 企業解説

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COMPANY PROFILE / 創薬・DDS

インシリコ・メディシン
― 生成AIで候補を作り、大手製薬に売る。最も進んだ自社品は中国で第3相に入った

Insilico Medicine(インシリコ・メディシン)は、生成AIで創薬標的と化合物を設計することを事業の中心に置く会社で、 2025年12月30日に香港証券取引所メインボードに上場しました(銘柄コード3696)。 2025年12月期の売上は5,620万ドルと小さく、主に上場時の優先株の評価損によって3億5,230万ドルの赤字でしたが、 2026年上期はEli Lillyからの前払い金などで売上1億630万ドル・黒字に転じています。 自社で最も進んだ候補のrentosertib(特発性肺線維症)は、2026年7月に中国で第3相試験に入りました。 本稿では、この会社がAI創薬に何を投じ、誰と組み、何を目指しているかを、 香港取引所(HKEX)への開示書類、ClinicalTrials.gov、査読論文だけを使って整理します。

構成:2025年12月期 年次業績発表(2026年3月29日)、2026年6月期 中間業績発表(2026年8月26日)、配分結果の公告(2025年12月29日)、各種の自主開示(2026年1〜9月)、Nature Medicine掲載の第2a相論文(2025年6月)を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

この記事でわかること
  1. 30秒でわかるインシリコ・メディシンと、創薬・DDSでの立ち位置
  2. ロゴと社名の表記について
  3. 創薬・DDSの世界で、この会社はどこにいるか
  4. 会社の規模(売上は提携収入で大きく振れる)
  5. 創薬・DDSにかけているリソース
  6. これまでの取り組み
  7. 今後の計画
  8. この会社は創薬・DDSで何を目指しているか
  9. 創薬・DDS分野の提携マッピング
  10. 提供している技術・製品・サービス
  11. この企業が抱えるリスク
  12. 用語集/出典/主張と出典の対応表

1. 30秒でわかるインシリコ・メディシンと、創薬・DDSでの立ち位置

正式名称InSilico Medicine
Cayman TopCo
ケイマン諸島法人(2018年11月設立)
主な事業所(香港)香港サイエンスパーク創業は2014年
上場HKEX メインボード 36962025年12月30日上場。公開価格 HK$24.05
この分野での区分創薬バイオテック
(AI創薬)
承認済みの製品はない
中心のモダリティ経口の低分子パイプラインは原則すべて経口(吸入などは別記)
最も進んだ自社品rentosertib
第3相(中国)
特発性肺線維症。2026年7月開始
2026年上期の売上1億630万ドル97%が創薬・パイプライン開発(主に前払い金)
人員333人従業員とコンサルタント(2026年6月末)
まず押さえるべき1点

創薬・DDSに関わる企業は、大きく製薬企業・創薬バイオテック・受託開発製造(CDMO・CRO)の3種類に分かれます。 インシリコ・メディシンは創薬バイオテックで、そのうちAI創薬を看板にする会社です 事実。 ただし「AIソフトを売る会社」ではありません。売上の大半は、AIで作った候補化合物を製薬会社に導出(ライセンスアウト)した前払い金や、 製薬会社と組む共同研究の収入で、ソフトウエアの売上は2026年上期で2.5%にすぎません。 会社自身が「プロジェクト型の事業で、将来の売上の保証や見通しはない」と書いているとおり、 大型契約が決まった期と決まらない期で売上が大きく振れるのがこの会社の特徴です。

2. ロゴと社名の表記について

Insilico Medicineのロゴは同社の商標です。本稿では生成画像による再現を行わず、 公式サイト(insilico.com)に掲載されている画像を img/insilico_medicine_logo.svg として設置しています。

表記の注意:香港上場の法人名は InSilico Medicine Cayman TopCo(「S」が大文字)で、 事業上のブランド名は Insilico Medicine です。株式の略称は「INSILICO」。 日本語では「インシリコ・メディシン」と表記します。 「in silico」はもともと「コンピュータ上で(の実験)」を意味する言葉です。

公式サイト:https://insilico.com/

3. 創薬・DDSの世界で、この会社はどこにいるか

創薬・DDSに関わる企業の3つの類型 同じ「薬の会社」でも、薬づくりのどこを担うかがまったく違う 製薬企業 創薬バイオテック 受託開発製造・研究 探索から承認・販売まで自社で担う 新しいモダリティや手法で候補を作る 他社の薬の開発・製造を請け負う Eli Lilly/Novo Nordisk 第一三共/Pfizer ほか Alnylam/Arvinas Moderna/Insilico ほか Lonza/Samsung Biologics WuXi AppTec ほか 後期臨床と販売網の資金力 特定の技術基盤の深さ 設備と規制対応の量産力 特許切れで売上が急減しうる 後期開発の資金を提携に頼る 顧客の開発中止・政策の影響 Insilicoは中央のAI創薬バイオテックで、生成AIで作った候補を製薬会社へ導出している 自社品は経口の低分子が中心で、最も進んだrentosertibは2026年7月に中国で第3相に入った
図1 創薬・DDSに関わる企業の3類型と、Insilico Medicineの位置づけ。区分は本稿によるもので、企業名は本シリーズで扱う企業から例示しています 本稿の計算。Insilicoが導出と共同研究を主な収入源とし、パイプラインが原則として経口剤であることは、2026年6月期 中間業績発表の記載に基づきます。

類型でいえば創薬バイオテック(AI創薬)で、中心のモダリティは経口の低分子です 事実。 中間業績発表のパイプライン表には「特記のないものはすべて経口投与を想定」「パイプラインはすべて社内で創出したもので、製薬会社から導入した標的や化合物はない」と注記されています。 例外として、rentosertibには吸入剤の開発があり、2026年4月に中国で臨床試験の許可を得ています。 また抗体・ペプチドを設計するAI(Generative Biologics)も持っていますが、臨床段階の候補は低分子です。 AI創薬の基礎は、本シリーズの技術解説「AI創薬とスクリーニング」で扱っています。

4. 会社の規模(売上は提携収入で大きく振れる)

数字は国際会計基準(IFRS)による会社の開示で、単位は千米ドルです 事実。

指標(千ドル)2024年12月期2025年12月期2025年1〜6月2026年1〜6月
売上85,83456,23927,456106,303
研究開発費91,89581,37935,57149,328
当期損益(▲は損失)▲17,096▲352,316▲19,21535,537
うち優先株の公正価値変動9,004(利益)▲296,701▲266―
項目2025年12月31日2026年6月30日
銀行預金・現金393,338千ドル357,617千ドル
3か月超の定期預金―108,950千ドル
公正価値測定の金融資産(流動)53,933千ドル118,251千ドル
従業員・コンサルタント317人(うち専門職247人)333人(うち専門職260人)
候補化合物(PCC)の累計28(年次業績発表時点)33(2026年8月14日時点)
ここで注意

2025年12月期の3億5,230万ドルの赤字のうち2億9,670万ドルは現金の出ていかない損失で、 上場時に優先株を普通株へ転換した際の評価損です 事実。 事業の実力を見るなら、会社が示す調整後損失(2025年は4,380万ドルの損失)や、研究開発費の水準を見るほうが適切です。 逆に2026年上期の黒字は、Lillyなどからの前払い金で売上が膨らんだためで、 会社は「前払い金による収入は、新規契約の交渉と導出品の引き渡しの進み具合に左右される」と説明しています。 売上の増減をそのまま成長や失速と読まないことが大切です。

5. 創薬・DDSにかけているリソース

リソースの種類内容区分
人(人員)従業員・コンサルタント333人、うち専門職260人(2026年6月30日)。人件費は上期3,820万ドル(株式報酬を含む)事実
人(拠点)香港サイエンスパークに主要事業所。2026年4月にはアラブ首長国連邦(UAE)で創出した初の候補化合物(ISM0387)を指名事実
金(研究開発費)2025年12月期 8,140万ドル(前年比1,050万ドル減。主因は外部CRO費用の減少)。2026年上期は4,930万ドル事実
金(調達)香港上場の手取り金 23億5,030万香港ドル(超過割当を含む)。うち48.0%を主要な臨床段階品の開発に充てる計画。2026年9月に3億500万ドルのゼロクーポン転換社債を発行事実
外部委託(CRO)売上原価の主な中身は「外部CRO費用と人件費」。化合物の合成や試験の多くを外部に委託していることがうかがえる。委託先の社名は非開示事実
外部への出資・買収他社の買収や出資の実績は本稿の出典に記載なし確認できず
導入(ライセンス)「製薬会社から導入した標的や化合物はない」と中間業績発表に明記。導入はしない方針事実
大学・研究機関rentosertibの第3相は北京協和医院と上海市肺科医院などが主導。大学との資金を伴う共同研究契約は本稿の出典に記載なし確認できず
「記載なし」も成果

AI創薬の会社を読むとき、いちばん知りたいのは実験(ウェットラボ)をどこまで自社でやっているかですが、 Insilicoの業績発表には自社の研究施設の規模や、外部CROとの分担の比率は書かれていません 未確定/将来。 研究開発費の減少理由として「外部CRO費用の減少」が挙がっていることから、実験の相当部分を外部に委託していることまでは言えますが、 それ以上は一次情報では確かめられません。

6. これまでの取り組み

時期できごと意味
2014年創業AIによる創薬を掲げて出発
2018年11月上場主体となるケイマン法人を設立―
2022年1月Fosunの関連会社がシリーズC+優先株に1,500万ドルを出資中国の製薬グループが株主に
2023年2月米FDAがrentosertibを特発性肺線維症の希少疾病用医薬品に指定自社の旗艦候補
2025年5〜6月中国CDEがrentosertibをブレークスルー療法に指定(5月)。第2a相の結果がNature Medicineに掲載(6月)AIで見つけた標的・化合物の臨床データを査読論文で公開
2025年新規の提携契約が総額13億ドル超(会社の集計)。TaiGenへISM4808の中華圏の権利を導出導出モデルの拡大
2025年12月30日香港証券取引所メインボードに上場(公開価格 HK$24.05)。香港の公募は1,427倍の申込み資金調達の手段を得た
2026年1月Servierと最大8億8,800万ドルのがん領域の共同研究(前払い・短期で最大3,200万ドル)。FDAがISM8969(脳移行性NLRP3阻害薬)の治験を許可欧州大手との提携
2026年2月Menarini傘下のStemlineに導出したISM9682(MEN2501)の初回投与でマイルストーン約3,900万香港ドルを受領導出品が臨床に進んだ
2026年3月29日Eli Lillyとライセンス・共同研究契約。前払い1億1,500万ドル、総額約27億5,000万ドル+ロイヤルティ2026年上期の売上急増の主因
2026年4月rentosertib吸入剤の臨床試験を中国CDEが許可(同社13本目のIND承認)同じ化合物を肺へ直接届ける剤形
2026年7月rentosertibの第3相(GENESIS-IPF-3)を中国で開始。武田薬品と共同研究(約6,000万ドルの近接払い、総額約6億ドル)自社品で初の第3相
2026年8〜9月中間業績で黒字化。3億500万ドルの転換社債を発行。第3相で最初の患者に投与(9月)―

主要な臨床試験

試験フェーズ・対象主要評価項目公表された結果・状況(比較対照・評価時点)
GENESIS-IPF 第2a相(NCT05938920)第2a相。特発性肺線維症、71人を4群に無作為化(中国)治療下で発現した有害事象が1件以上あった患者の割合(安全性)有害事象の割合は各群で同程度(実薬群72.2〜83.3%、プラセボ群70.6%)。副次評価項目の努力性肺活量(FVC)は12週時点で60mg 1日1回群 +98.4mL(95%CI 10.9〜185.9)、プラセボ群 −20.3mL(95%CI −116.1〜75.6)
GENESIS-IPF-3(NCT07687459)第3相。特発性肺線維症、320人・47施設(中国)の予定52週間のFVC年間低下率対照はプラセボ。2026年9月に最初の患者に投与。結果は未公表

第2a相の主要評価項目は安全性であり、肺機能の改善は副次評価項目としての観察です。 論文の著者自身も「より大規模で長期の試験での検討が必要」と結論しています。 本稿は治療の選択を勧めるものではなく、rentosertibはどの国でも承認されていない開発中(第3相)の品目です 未確定/将来。 なお中間業績発表の注記によれば、rentosertib(経口剤)の米FDAへの治験申請は、研究開発戦略の変更により同社自身が休止扱いにしています。

7. 今後の計画

rentosertib 経口剤中国で第3相52週、320人予定。米国の治験申請は休止扱い
rentosertib 吸入剤中国で第1相へ健康成人とIPF患者、約80人の予定
上場資金の使い道48.0%を主要な
臨床段階品へ
3〜4年で使う計画
転換社債の使い道自社開発品の臨床試験pan-KRAS阻害薬ISM6166などを明記
品目標的・特徴段階(2026年9月時点)パートナー
rentosertib(ISM001-055)TNIK阻害(経口・吸入)開発中(第3相、中国)自社(全世界の権利)
garutadustat(ISM5411)腸管にとどまるよう設計したPHD1/2阻害薬(炎症性腸疾患)開発中(第2a相、中国)自社
ISM6331pan-TEAD阻害(中皮腫など)開発中(第1相、米中)。FDAの希少疾病用医薬品・ファストトラック指定自社
ISM8969脳に移行するNLRP3阻害(パーキンソン病など)開発中(治験許可取得)Hygtia(共同開発)
ISM9682(MEN2501)KIF18A阻害(固形がん)開発中(第1相)Stemline(Menarini)に導出
ISM4808PHD阻害(慢性腎臓病の貧血)開発中(第1相)TaiGen(中華圏の権利)
確認できなかったこと

次はいずれも本稿の出典に記載がありません 未確定/将来。

rentosertibの承認申請の時期と中国以外での開発計画(米国の治験申請は休止扱い)/ Lilly・武田・Servierとの契約で対象となる疾患や標的の具体名/自社のウェットラボの規模と外部CROの社名/ 2026年通期の業績見通し。 また会社は「AIにより標的探索から候補化合物の確定まで平均12〜18か月」と説明し、「従来法の平均4.5年」と比べていますが、 4.5年という比較の基準値の出所は開示書類から確認できないため、本稿では会社自身の12〜18か月という数字だけを紹介し、比較の倍率は採用しません。

8. この会社は創薬・DDSで何を目指しているか

ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。

読み取れること根拠となる一次情報区分
当面の収益源は「候補化合物を作って売る」導出2026年上期の売上の97%が創薬・パイプライン開発で、その増加は主に前払い金によると会社が説明事実
自社で最後まで開発するのはごく一部の旗艦品に絞る第3相まで自社で進めるのはrentosertibだけで、ISM9682・ISM4808は導出、ISM8969はHygtiaと共同開発推測
rentosertibはまず中国で承認を目指す第3相は中国の47施設で実施し、米国の治験申請は休止扱い。中国CDEのブレークスルー療法指定を受けている推測
「薬を届ける場所」を分子設計の段階で作り込む腸管にとどまるgarutadustat、末梢にとどまるNLRP3阻害薬ISM5059、脳に移行するISM8969、網膜への移行を示すISM9077など、組織への分布を狙った候補が並ぶ推測
AI基盤そのものも別の収益源にする基盤モデルの共同開発(2026年9月、収益分配の枠組み)や、素材・農業・獣医への応用を掲げている推測
推測の根拠を1つだけ詳しく:「どこに効かせるか」を化合物で決める

一般にDDSというと、脂質ナノ粒子や抗体のような運び手を使って薬を届けたい場所へ運ぶ技術を指します。 Insilicoの候補はほとんどが経口の低分子で、運び手を使いません。 その代わりに中間業績発表では、腸管にとどまる(gut-restricted)garutadustat、末梢にとどまる(peripherally restricted)ISM5059、 脳に移行する(brain-penetrant)ISM8969やISM0387、経口でも点眼でも網膜に届くISM9077と、 分布先そのものを性質として書いた候補が並んでいます 事実。 本稿は、この会社にとってのDDSは「化合物の物性をAIで設計して、届く場所と届かない場所を決めること」だと読みます 未確定/将来。 同じ化合物のrentosertibで吸入剤を別に開発しているのは、分子設計だけでは足りない部分(肺への局所送達)を剤形で補う試みと位置づけられます。 ただし、これらの分布特性はいずれも前臨床または初期臨床の段階の説明です。

9. 創薬・DDS分野の提携マッピング

Insilico Medicineを中心とした創薬・DDSの提携関係 HKEXへの開示に記載のある関係のみ。報道ベースの関係は含まない 導出・共同研究/開発(実線・濃紺) 研究の受託先(実線・橙) 出資(点線) Insilico AI創薬 Eli Lilly(米国) 導出+共同研究 前払い1.15億ドル 武田薬品(日本) AI創薬の共同研究(2026年7月) Servier(仏) がん領域の共同研究 Stemline(Menarini) ISM9682を導出 TaiGen(台湾) ISM4808 中華圏の権利 Hygtia Therapeutics ISM8969を共同開発 外部CRO(社名非開示) 合成・試験の委託 Fosun系(中国) 2022年にC+優先株へ出資
図2 Insilico Medicineを中心とした創薬・DDSの提携関係。出典:2025年12月期 年次業績発表、2026年6月期 中間業績発表、各社との契約に関する自主開示(HKEX)。実線の濃紺が導出・共同研究/開発、橙が研究の受託先、点線が出資です。Lillyには前臨床段階の経口剤の全世界の独占ライセンスを与え、あわせてLillyが選んだ標的で共同研究を行います。ほかにCMS・Qilu・Tenacia・SK Biopharmaceuticals(いずれも共同研究)との契約が開示されていますが、図では省略しました。外部CROは売上原価と研究開発費の説明に登場するだけで、社名は開示されていません。

10. 提供している技術・製品・サービス

承認済みの医薬品はありません 事実。 提供しているのは、(1) 製薬会社への候補化合物の導出と共同研究、(2) AIソフトウエア Pharma.AI の利用権、(3) 医薬以外の分野への応用です。

Pharma.AIの構成役割(会社の説明)
Biology42(PandaOmics など)疾患の標的とバイオマーカーの探索。抗体・ペプチドを設計するGenerative Biologicsを含む
Chemistry42低分子の生成設計、物理計算による結合自由エネルギーの予測、ADMET・オフターゲットの予測、逆合成
Medicine42(inClinico)臨床試験の設計と成否の予測
Science42(DORA、Science MMAI Gym)研究文書の作成支援と、汎用の基盤モデルを創薬向けに鍛える訓練環境
売上区分(千ドル)2025年12月期2026年1〜6月
創薬(drug discovery)24,952103,131(創薬とパイプライン開発の合計)
パイプライン開発23,885上の行に含む
ソフトウエア4,9132,697
その他の探索(医薬以外など)2,489475
素材技術者の視点:AI創薬でも「作って測る」工程は残る

会社は、肥満症向けのGIPR拮抗薬ISM0676について「プロジェクト開始から候補化合物の確定まで14か月、合成・試験した分子は200未満」と書いています 事実。 AIの価値は、実際に合成して測る分子の数を減らすことにあると読めます。 逆にいえば、残った200分子弱の合成ルート、純度、溶解性、結晶形は、従来どおり化学と材料の仕事です。 Chemistry42には逆合成(合成ルートの予測)の機能があると会社は説明していますが、 実際の合成の多くは売上原価・研究開発費に計上される外部CROが担っているとみられます。

もう1つの論点は吸入剤です。rentosertibの吸入液は、経口剤と同じ有効成分を肺に直接届ける剤形で、 中国での第1相では健康成人とIPF患者を対象に安全性と体内動態を調べます。 吸入剤では、薬液の溶解性・安定性・粒子径(霧の細かさ)と、それを作るネブライザーなどの器具が効き目と安全性を左右します。 会社は製剤の組成や使う器具を開示していません 未確定/将来。

11. この企業が抱えるリスク

リスク内容区分
売上の不安定さ会社自身が「プロジェクト型の事業で、将来の売上の保証や見通しはない」と明記。2025年は前年比34.5%減、2026年上期は前年同期の約3.9倍(本稿の計算)と振れ幅が大きい事実
承認品がない最も進んだrentosertibも第3相の途中。第2a相は71人・12週の試験で、主要評価項目は安全性だった事実
中国への開発の集中rentosertibの第3相は中国のみで、米国の治験申請は休止扱い。中国以外での承認の道筋は開示されていない推測
契約総額と実際の受取額の差「提携の契約総額は累計約110億ドル」と会社は説明するが、その大半は将来のマイルストーンで、達成されなければ受け取れない推測
外部委託への依存合成・試験の多くを外部CROに委託しているとみられ、委託先の能力や価格が研究の速度とコストを左右する推測
転換社債2026年9月に3億500万ドルのゼロクーポン転換社債を発行。転換されれば株式の希薄化につながる事実

12. 用語集

AI創薬
機械学習や生成AIを使って、創薬標的の選定や化合物の設計・予測を行うこと。
PCC(前臨床候補化合物)
標的の検証から最適化までを終え、治験に向けた試験に進める化合物として選んだもの。
導出(ライセンスアウト)
自社の候補化合物の開発・販売の権利を他社に与え、前払い金・マイルストーン・ロイヤルティを受け取ること。
TNIK
線維化に関わるとされるキナーゼ。rentosertibが阻害する標的。
特発性肺線維症(IPF)
原因不明のまま肺が硬くなっていく進行性の病気。
努力性肺活量(FVC)
思い切り息を吸って一気に吐き出せる空気の量。肺線維症の進み具合の指標に使われる。
CRO
医薬品開発業務受託機関。化合物の合成、動物試験、臨床試験の運営などを請け負う。
HKEX
香港取引所。上場会社は業績や重要な契約をHKEXのサイトで開示する。
概念図:AIが多数の分子候補から少数を選び、実験で確かめ、製薬会社へ手渡していく流れAI生成による概念図
図3 Insilico MedicineのAI創薬と導出モデルの概念図(AI生成による概念図。実際の設備や化合物を写したものではありません)。

13. 出典

  1. InSilico Medicine Cayman TopCo Annual Results Announcement for the Year Ended December 31, 2025(HKEX、2026年3月29日)。事業の概要、Pharma.AI、パイプライン、2024・2025年の売上と内訳・研究開発費・損益・現金、人員、上場手取り金の使途、2025年の提携。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0329/2026032900703.pdf
  2. InSilico Medicine Cayman TopCo Interim Results Announcement for the Six Months Ended June 30, 2026(HKEX、2026年8月26日。中間報告の全文を含む)。上期の売上と内訳・研究開発費・損益・資金、人員、パイプライン表と注記(経口投与・導入品なし・米国IND休止)、PCC 33件、提携(Lilly・武田・Servier・SK Biopharmaceuticals など)。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0826/2026082600474.pdf
  3. InSilico Medicine Cayman TopCo Announcement of Allotment Results(HKEX、2025年12月29日)。銘柄コード3696、取引開始日2025年12月30日、公開価格 HK$24.05、香港公募の申込倍率。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2025/1229/2025122902395.pdf
  4. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示「Initiation of Insilico Medicine's Rentosertib Phase III Clinical Trial」(HKEX、2026年7月8日)。試験登録番号、設計(52週・320人・47施設・プラセボ対照)、主要評価項目、FDAの希少疾病用医薬品指定とCDEのブレークスルー療法指定。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0708/2026070800129.pdf
  5. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示「Completed First Patient Enrollment and Dosing in Phase III (GENESIS-IPF-3)」(HKEX、2026年9月10日)。第3相の初回投与と主導施設。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0910/2026091000093.pdf
  6. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示「Rentosertib Inhalation Solution Receives IND Approval from CDE」(HKEX、2026年4月29日)。吸入剤の第1相の設計。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0429/2026042900183.pdf
  7. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示(Eli Lillyとのライセンス・共同研究契約、HKEX、2026年3月29日)。前払い1億1,500万ドル、総額約27億5,000万ドル。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0329/2026032900717.pdf
  8. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示(武田薬品との共同研究、HKEX、2026年7月2日)。約6,000万ドルの近接払い、総額約6億ドル。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0702/2026070200115.pdf
  9. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示(Servierとの共同研究、HKEX、2026年1月5日)。最大8億8,800万ドル、前払い・短期で最大3,200万ドル。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0105/2026010500029.pdf
  10. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示(Menariniからのマイルストーン受領、HKEX、2026年2月3日)。ISM9682(MEN2501)のStemlineへの導出と約3,900万香港ドルの受領。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0203/2026020300089.pdf
  11. InSilico Medicine Cayman TopCo Completion of the Issue of US$305,000,000 Zero Coupon Convertible Bonds(HKEX、2026年9月3日)。転換社債の発行と資金使途。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0903/2026090302431.pdf
  12. InSilico Medicine Cayman TopCo 自主開示(基盤モデルの共同開発、HKEX、2026年9月21日)。基盤モデルの共同開発と収益分配の枠組み。 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0921/2026092100349.pdf
  13. Nature Medicine(査読論文) Xu Z. ほか「A generative AI-discovered TNIK inhibitor for idiopathic pulmonary fibrosis: a randomized phase 2a trial」(2025年6月3日)。第2a相の設計・主要評価項目・FVCの変化。 https://www.nature.com/articles/s41591-025-03743-2
  14. ClinicalTrials.gov NCT07687459(rentosertibの第3相)。 https://clinicaltrials.gov/study/NCT07687459
  15. ClinicalTrials.gov NCT05938920(rentosertibの第2a相)。 https://clinicaltrials.gov/study/NCT05938920
  16. Insilico Medicine 公式サイト(社名表記とロゴ画像の取得元)。 https://insilico.com/

14. 主張と出典の対応表

本文の主張区分出典
法人名、ケイマン法人の設立(2018年11月)、創業(2014年)、香港の主要事業所事実出典2 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0826/2026082600474.pdf
HKEXメインボード上場(2025年12月30日、銘柄コード3696、公開価格 HK$24.05、申込倍率)事実出典3 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2025/1229/2025122902395.pdf
2024・2025年の売上と内訳・研究開発費・損益・優先株の評価損・調整後損失・現金、人員317人、上場手取り金と使途事実出典1 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0329/2026032900703.pdf
2026年上期の売上と内訳・研究開発費・損益・資金、人員333人、PCC 33件、プロジェクト型の事業という説明事実出典2 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0826/2026082600474.pdf
パイプラインが原則経口で、導入品がないこと、米国のrentosertib経口剤INDの休止扱い、ISM6331の指定、各候補の分布特性事実出典2 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0826/2026082600474.pdf
Pharma.AIの構成と機能、ISM0676の14か月・200分子未満、標的探索から候補確定まで12〜18か月という会社の説明事実出典1・2 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0826/2026082600474.pdf
rentosertib第3相の開始と設計、FDAの希少疾病用医薬品指定(2023年2月)とCDEのブレークスルー療法指定(2025年5月)事実出典4・14 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0708/2026070800129.pdf
第3相の初回投与と主導施設事実出典5 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0910/2026091000093.pdf
吸入剤の臨床試験許可と第1相の設計事実出典6 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0429/2026042900183.pdf
第2a相の設計・主要評価項目(安全性)・FVCの変化(12週、プラセボ対照)事実出典13・15 https://www.nature.com/articles/s41591-025-03743-2
Lillyとの契約(前払い1億1,500万ドル、総額約27億5,000万ドル)事実出典7 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0329/2026032900717.pdf
武田薬品との共同研究(約6,000万ドル、総額約6億ドル)事実出典8 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0702/2026070200115.pdf
Servierとの共同研究(最大8億8,800万ドル)事実出典9 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0105/2026010500029.pdf
ISM9682のStemlineへの導出とマイルストーン受領事実出典10 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0203/2026020300089.pdf
TaiGen・Hygtia・CMS・Qilu・Tenaciaとの契約、Fosun系のC+優先株への出資、2025年の新規契約総額13億ドル超事実出典1 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0329/2026032900703.pdf
3億500万ドルの転換社債の発行と資金使途事実出典11 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0903/2026090302431.pdf
基盤モデルの共同開発と収益分配の枠組み事実出典12 https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0921/2026092100349.pdf
創薬・DDSの3類型の区分(製薬企業/創薬バイオテック/受託開発製造・研究)本稿の計算本稿による整理。企業名は本シリーズで扱う企業から例示
2026年上期の売上が前年同期の約3.9倍本稿の計算出典2の1億630万ドル÷2,746万ドルから本稿が算出
従来法の平均4.5年という比較の基準値未確定/将来出典1・2に基準値の出所の記載がないため、本稿では採用しない
rentosertibの承認申請時期、中国以外での開発計画、大手との契約の対象疾患、ウェットラボの規模とCROの社名、吸入剤の組成と器具未確定/将来出典1〜12に記載なし。報道・調査会社の数値は採用しない https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0826/2026082600474.pdf
買収の実績、大学との資金を伴う共同研究未確定/将来出典1・2に記載なし。本稿では存在しないとも断定しない https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2026/0329/2026032900703.pdf
自社で最後まで開発するのは一部の旗艦品に絞るという読み推測出典2のパイプライン表の権利関係からの本稿の解釈
rentosertibはまず中国で承認を目指すという読み、中国への開発集中のリスク推測出典2・4の試験実施国とIND休止の記述からの本稿の解釈
分布先を分子設計で作り込むことがこの会社のDDSだという読み推測出典2の各候補の説明からの本稿の解釈
AI基盤も別の収益源にするという読み推測出典1・12の記述からの本稿の解釈
契約総額と受取額の差、外部委託への依存というリスク推測出典1・2の契約と費用の説明からの本稿の解釈

最終更新:2026年9月26日/Troy Technical
本稿の数値はすべてInSilico Medicine Cayman TopCoが香港取引所(HKEX)に提出した開示書類、ClinicalTrials.gov、査読論文(Nature Medicine)に基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。本稿は医療上の助言ではありません。