COMPANY PROFILE / 全固体電池
日産自動車
― 経営再建のさなかも「2028年度」を下ろさず、横浜工場で全固体電池を自社開発する自動車メーカー
全固体電池で日産の名前が挙がるのは、 自動車メーカーでありながら電池を自社で開発し、横浜工場にパイロットプラントまで建てているからです。 2026年6月に提出された有価証券報告書は「全固体電池を搭載したEVは、2028年度に市場投入する予定」と明記しています。 一方で、2025年5月の経営再建計画「Re:Nissan」と2026年4月の長期ビジョンの発表資料では、全固体電池は名指しされていません。 本稿では自動車事業の規模は最小限にとどめ、全固体電池に何を投じ、誰と組み、経営再建の中でどう扱われているかに絞ります。
- 30秒でわかる日産と、全固体電池での立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 全固体電池の世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模(自動車事業は簡潔に)
- 全固体電池にかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は全固体電池で何を目指しているか
- 全固体電池分野の提携マッピング
- 採用している技術方式
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる日産と、全固体電池での立ち位置
(電池を自社開発)電池専業でもスタートアップでもない
2025年1月から稼働投資額・生産能力は非公表
NEDO助成正極のドライ電極工程を共同開発
全固体電池に取り組む企業は、大きく自動車メーカー・電池メーカー・スタートアップの3種類に分かれます。 日産はこのうち自動車メーカーで、しかも電池を外から買うのではなく「自社開発の全固体電池」を載せると 2021年から一貫して書いてきた会社です 事実。 2022年に総合研究所(神奈川県横須賀市)へ試作生産設備、2025年1月に横浜工場へパイロットプラントを置き、 材料の研究から量産の工程づくりまでを社内で抱えています。
そのうえで、日産に固有の論点が経営再建との関係です。 2025年度(2026年3月期)は当期純損失5,331億円、研究開発費は前期の6,190億円から5,625億円へ減りました。 それでも有価証券報告書(2026年6月22日提出)とNEDOへの提出資料(2026年5月時点)の両方が 「2028年度の市場投入」を維持しています。 ただし、経営再建計画と新しい長期ビジョンの発表資料からは全固体電池の名前が消えており、 看板の技術から「法定開示と助成事業の中で続いている開発テーマ」へ、扱いが静かになっているのが現状です(第7章・第8章)。
2. ロゴと社名の表記について
日産自動車のロゴは同社の登録商標です。本稿では生成画像による再現を行わず、
公式サイトから取得した画像を img/nissan_logo.svg として設置しています。
表記の注意:法人名は「日産自動車株式会社」で、英文では Nissan Motor Co., Ltd.。 有価証券報告書の「本店の所在の場所」は横浜市神奈川区宝町2番地で、会社概要に載る本社所在地は横浜市西区高島です。 全固体電池のパイロットプラントがある横浜工場も神奈川区宝町にあります。 また、2022年に試作生産設備を置いた総合研究所(横須賀市夏島)は追浜地区にありますが、 2027年度末に車両生産を終える追浜工場とは別の組織で、会社は総合研究所を「今後も変更なく事業を継続」すると発表しています。
公式サイト:https://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/3. 全固体電池の世界で、この会社はどこにいるか
4. 会社の規模(自動車事業は簡潔に)
自動車事業そのものは本稿の主題ではないので、規模だけを押さえます 事実。数値はいずれも有価証券報告書からの引用です。
| 指標 | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 売上高(百万円) | 12,633,214 | 12,007,888 |
| 営業利益(億円) | 698 | 580 |
| 親会社株主に帰属する当期純損失(百万円) | △670,898 | △533,095 |
| 研究開発費(億円) | 6,190 | 5,625 |
| 従業員(連結・2026年3月31日) | 人数 |
|---|---|
| 日本 | 58,723 |
| 北米(うち米国 13,898) | 37,036 |
| 欧州 | 8,948 |
| アジア | 9,890 |
| その他 | 5,482 |
| 合計(前年 132,790) | 120,079 |
上の数字は会社全体のものです。全固体電池の事業規模を示す数字ではありません。 研究開発費は1年で565億円、率にして約9.1%減りました 本稿の計算。 会社は経営再建の中で「グローバルでR&Dのリソースの合理化を通じて、2025年度末実績の労務費単価は18%削減」と書いていますが、 このうち全固体電池がどれだけ影響を受けたかは開示されていません 未確定/将来。 全固体電池に直接ひもづく金額として公表されているのは、第5章で扱うNEDO助成事業の総事業費 約153億円だけです。
5. 全固体電池にかけているリソース
日産の場合、いちばん具体的な数字が載っているのは決算資料ではなく、 NEDOグリーンイノベーション基金に日産自身が提出した「事業戦略ビジョン」です。 これは助成を受ける企業が経営者名で提出し、NEDOの公式サイトで公開されている資料で、2026年5月時点版には代表執行役社長 イヴァン エスピノーサ氏の名前が入っています。 手順書の4点(人・金・外部への出資・大学との連携)について、確認できたことと、できなかったことを分けて示します。
| リソースの種類 | 公表されている内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人(開発体制) | パワートレイン・EV技術開発本部がセル・パック設計の実務責任(総合研究所と連携)、パワートレイン・EVコンポーネント生産技術開発本部が量産前提の生産技術、バッテリ次世代技術開発部が研究開発責任者。執行責任はCTO(研究開発)とチーフモノづくりオフィサー(生産技術) | 事実 |
| 人(人員数) | 全固体電池の専任人員数 | 非公表 |
| 金(助成事業) | NEDOテーマ「ASSBパイロットラインによる高性能・低LCAバッテリ生産のプロセス確立」。総事業費 約153億円、うち国費 約114億円、自己負担 約39億円(インセンティブ全額の場合)。事業期間 2022〜2026年度 | 事実 |
| 金(事業化投資) | 2023年4月時点の資料に「事業化に向けASSBに1千億規模の投資を実施」との記載。2024年8月時点・2026年5月時点の資料からはこの一文が消えている | 事実 |
| 金(パイロットプラント) | 横浜工場のパイロットプラントの投資額・生産能力 | 非公表 |
| 外部への出資(スタートアップ・合弁) | 全固体電池に関するスタートアップへの出資・合弁会社は、有価証券報告書・公式リリース・NEDO提出資料のいずれにも記載がない | 確認できず |
| 社外との共同開発 | LiCAP社(米国)とパートナーシップ(2025年8月20日)。正極のドライ電極プロセスで、正極材の材料開発や性能評価を協業。出資を伴うとは書かれていない | 事実 |
| 大学・研究機関との連携 | 技術紹介ページに「グローバルな各分野のエキスパートと共同研究」とあるが、相手の名称は書かれていない。名前が出る公的機関は、助成元のNEDO、標準化で連携するNITE(製品評価技術基盤機構)とJARI(日本自動車研究所)のみ | 確認できず(大学名) |
2022年4月の試作設備公開の際、海外メディアの多くが「日産はNASAとカリフォルニア大学サンディエゴ校と共同で開発している」と報じました。 しかし、同じ日の日産の公式リリース(日本語・英語)にも、技術紹介ページにも、NEDO提出資料にも、この2者の名前はありません 事実。 日産の長期ビジョンのページに「NASAとの共同開発(米国)」という項目はありますが、これはモビリティサービス(自動運転)の欄に置かれたもので、全固体電池の欄ではありません。 本稿では、会社の一次情報で確認できないため、NASA・同大学との関係は全固体電池の連携先としては扱いません。
約153億円は、パイロットプラントを建てて工法を詰めるための研究開発フェーズの金額です 本稿の計算。 国費が約114億円なので、この段階の資金の約75%を公的助成が負担している計算になります(114÷153)。 一方、2023年4月の資料が掲げた「1千億規模」は、量産プラントまで含めた事業化の投資を指していたと読めます。 2023年版の計画図には「大型車へのセグメント拡大のため量産プラントへの投資を実施」という段階が描かれていました。
この「1千億規模」という言葉が、2024年8月版以降の資料から消えていることは事実です 事実。 理由は書かれていません。額を見直したのか、単に書き方を変えただけなのかは外から判断できないので、 本稿では量産投資の規模は未確定として扱います 未確定/将来。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2018年度 | 経営計画「The Arc」のロードマップで、全固体電池の研究フェーズの起点とされている年度 | 会社自身が示した開発の出発点 |
| 2021年11月29日 | 長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を発表。「2028年度までに自社開発の全固体電池を搭載したEVを市場投入」と掲げる | ここから「2028年度」が一貫した目標になる |
| 2022年4月8日 | 総合研究所(横須賀市夏島)に積層ラミネートセルの試作生産設備を公開。パイロットラインを2024年度までに横浜工場に設置すると表明。電池コストは2028年度に1kWhあたり75ドル、その後65ドルまで下げられる可能性があるとした | 材料・設計・工程を試作設備で詰め、パイロットラインへ渡す二段構え |
| 2022年4月 | NEDOグリーンイノベーション基金「次世代蓄電池・次世代モーターの開発」に採択(NEDOの発表は4月19日) | 国費 約114億円の助成事業が始まる |
| 2023年4月時点 | NEDO提出資料で、数10mAhサイズのパウチセルで1000Wh/Lをコンセプト実証したと報告 | 小さなセルでの実証。車載サイズではない |
| 2024年3月25日 | 経営計画「The Arc」でロードマップを提示:FY22 試作生産設備 → FY24 パイロットライン稼働 → FY26 試作車を公道でテスト → FY28 新型EVに搭載予定 | 公道テストの時期が示されたのはこの資料 |
| 2024年4月16日 | 横浜工場(横浜市神奈川区宝町)で建設中のパイロット生産ラインを初公開 | 場所は公表。規模・投資額は非公表 |
| 2024年11月 | NEDOの技術・社会実装推進委員会がステージゲート審査を行い、「継続」と判断 | 公的助成の中間審査を通過 |
| 2025年1月 | パイロットプラントの稼働開始(設備トライアルと車載セルの試作を開始) | 研究所の外で、工場の中での工程づくりが始まる |
| 2025年5月13日 | 経営再建計画「Re:Nissan」を発表。発表資料・リリースに全固体電池への言及はない。「先行開発や2026年度以降の商品の開発を一時的に停止」し3,000人をコスト削減に充てると表明 | 全固体電池が停止対象に含まれるかは書かれていない |
| 2025年7月15日 | 追浜工場の車両生産を2027年度末で終了すると発表。総合研究所は「今後も変更なく事業を継続」 | 試作生産設備のある研究所は再編の対象外 |
| 2025年8月20日 | 米国LiCAP社とパートナーシップ。正極のドライ電極プロセスの生産効率向上を狙う | 全固体電池で社名が公表された初の社外の相手 |
| 2026年4月14日 | 新しい長期ビジョン「モビリティの知能化で、毎日を新たな体験に」を発表。BEVの欄は「高度なバッテリー技術」とだけ書かれ、全固体電池は名指しされていない | 2021年のビジョンでは柱の1つだった |
| 2026年5月13日 | 2025年度決算報告で、Re:Nissanの「パートナーシップの強化」の成果の1つとしてLiCAPとの全固体電池パートナーシップを掲載 | 経営再建の文脈で全固体電池に触れた数少ない例 |
| 2026年5月時点 | NEDO提出資料で、単層セルで1000Wh/L超、車載用積層セルで充放電性能を確認、液体リチウムイオン電池を超える容量維持性能、車載サイズセルを組み込んだモジュール初号機の試作完了を報告。「全固体電池技術の市場投入(FY28)」を維持 | 小型セルから車載サイズのモジュールまで進んだ |
| 2026年6月22日 | 第127期有価証券報告書を提出。「全固体電池を搭載したEVは、2028年度に市場投入する予定である」と記載 | 法定開示で2028年度を維持 |
7. 今後の計画
その後65ドル/kWh2022年4月のリリース。65ドルでEVがガソリン車と同等に
公式資料が示す性能の方向は、エネルギー密度 約2倍・充電時間の大幅短縮・より安い材料の組み合わせの3点で、 長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」のページは充電時間を「3分の1に短縮」と書いています 事実。 搭載先としては「ピックアップトラックなども含めた幅広いセグメント」、NEDO資料では「大型車・商用車を含む」と説明されています。 NEDOの助成事業は2026年度で終わり、会社は「本事業終了後も2028年度の事業化開始に向け、自己負担により研究開発および投資を継続する」と書いています。
会社の一次資料を時系列で並べると、次のようになります 事実。
(1) Re:Nissan(2025年5月)の説明資料とリリースには全固体電池の記載がありません。先行開発の一部を一時停止するとしていますが、対象は特定されていません。
(2) LiCAPとの提携(2025年8月)のリリースは「2028年度までに自社開発の全固体電池を搭載したEVの市場投入を目指して開発を進めています」と書いています。
(3) 新しい長期ビジョン(2026年4月)の発表資料には全固体電池の名前がなく、BEVは「高度なバッテリー技術」とだけ書かれています。
(4) 2025年度決算報告(2026年5月)ではLiCAPとの提携がRe:Nissanの成果として挙げられています。
(5) NEDO提出資料(2026年5月時点)は「全固体電池技術の市場投入(FY28)」「自社開発の全固体電池を搭載したEVを市場投入(~2028年度)」と明記しています。
(6) 有価証券報告書(2026年6月)は「2028年度に市場投入する予定」と書いています。
結論として、2028年度という目標は維持されており、延期や中止を示す一次情報は見つかりませんでした。 変わったのは見せ方で、2021年には長期ビジョンの柱だった全固体電池が、 2025〜2026年の経営計画の表舞台からは外れ、法定開示と助成事業の報告の中で続いている、という状態です。
次はいずれも一次情報に記載がありません 未確定/将来。
全固体電池の量産工場の場所/量産時の生産能力(GWh)/搭載する車種名/2028年度に出す台数/販売価格帯/ 量産投資の金額(2023年版にあった「1千億規模」は以降の版にない)/ The Arcで示された2026年度の公道テストが実施されたかどうか/固体電解質の調達先。 2026年4月に報じられた「23層の積層セルで性能を確認」という数字や、「2028年度の量産は少量から」といった発言は、 報道には出ていますが日産の公式リリースや法定開示では確認できなかったため、本稿では採用しません。 NEDO資料が「車載用積層セルで充放電性能を確認」と書いていることまでが、本稿で確認できた範囲です。
8. この会社は全固体電池で何を目指しているか
ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 目的は電池の外販ではなく自社EVへの搭載 | すべての公式資料が「自社開発の全固体電池を搭載したEVの市場投入」と書いており、外販の記載はない | 推測 |
| 狙いの中心は大型車・ピックアップなど、液系では電動化しにくい車種 | リリースは「ピックアップトラックなども含めた幅広いセグメント」、NEDO資料は「車両電動化のハードルが高い大型車・商用車セグメント」と書いている | 事実 |
| EVの価格をガソリン車並みに下げることが最終目標 | 2022年4月のリリースが「65ドル/kWhでEVがガソリン車と同等のコストレベル」と明記 | 事実 |
| 日産が勝負しているのは材料の新しさより作り方(ドライ電極と低露点環境) | NEDO資料の研究項目のうち2本が工程(ドライ電極・露点管理)で、唯一の社外提携(LiCAP)も工程技術の会社 | 推測 |
| 2028年度は限定的な台数から始まる可能性が高い | 量産工場・生産能力・車種がいずれも未公表のまま、時期だけが示されている。2023年版の計画図は「順次、大型車を展開」と段階的な拡大を描いていた | 推測 |
| 経営再建の中で、全固体電池は「削らないが前面にも出さない」位置に置かれている | Re:Nissanと2026年の長期ビジョンの発表資料には名前がない一方、有価証券報告書とNEDO資料は2028年度を維持している | 推測 |
| 研究開発段階の資金は公的助成に大きく依存している | NEDO事業の総事業費 約153億円のうち国費 約114億円(約75%) | 推測 |
NEDOへの提出資料は、2023年4月版・2024年8月版・2026年5月版の3つが公開されています。 このうち2026年5月版は、Re:Nissanと新しい長期ビジョンを発表したあとに、エスピノーサ社長の名前で出されたものです 事実。 その版の「経営資源・ポジショニング」のページには、自社の弱みへの対応として「厳しい経営環境の中、経営再建計画Re:Nissanの実行による財務状況改善」が挙げられ、 同じページの「取組みの方向性」に「全固体電池技術の市場投入(FY28)と継続的技術開発を通じた更なる競争力向上」が書かれています。 つまり経営陣は、経営再建と全固体電池の2028年度投入を同じ表の中で両立させる前提で公的機関に説明しています。
一方で、同じ版では「1千億規模の投資」という文言がなく、成功確率の自己評価は50%から60%へ上がっています。 「技術の見通しは良くなったが、量産にいくら投じるかはまだ約束しない」という読み方が、 いまの日産の姿勢にいちばん近いと本稿は考えます 未確定/将来。
9. 全固体電池分野の提携マッピング
QuantumScapeが2026年2月に米国SECへ提出した株主向けレター(Form 8-Kの添付資料)には、 2025年に京都で開かれた同社の全固体電池シンポジウムの写真説明として「Kazuhiro Doi, Corporate Executive, Nissan」の名前があります 事実。 ただし、これは登壇・出席の記録であって、契約や提携を示すものではありません。 日産・QuantumScapeのどちらの一次情報にも、両社の契約の記載は見つかりませんでした。 このため図2には含めていません。
10. 採用している技術方式
日産は、公式リリースでは電解質の系統を明示していませんが、NEDOに提出した資料の中で硫化物系であることを書いています 事実。
| 項目 | 公表されている内容 |
|---|---|
| 固体電解質 | 硫化物系。2023年4月・2024年8月時点の資料に「Sulfide electrolyte+additive(添加剤)」「硫化物系の固体電解質は水分・溶媒との反応性が高い」と記載。2026年5月版の参考資料には同じページがない |
| セル形態 | 積層ラミネートセル(2022年4月のリリース)。車載用の積層セルで充放電性能を確認(2026年5月時点) |
| 負極 | リチウム金属負極(アノードレス構造を含む)を解決方法として挙げている |
| 正極 | レアメタルフリーの高容量電極設計を挙げている。具体的な組成は非公表 |
| 電極の作り方 | 正極にドライ電極プロセス。繊維状(フィブリル化)バインダーの生成を制御する生産技術を確立し、セル抵抗を大幅に下げたと報告。LiCAP社の「Activated Dry Electrode」技術と協業 |
| 製造環境 | 固体電解質に対応した露点管理技術。既存のドライルームに対して約60%の電力削減を確認し、目標(50%)を達成したと報告(ラボレベルのドライルーム) |
| セルの保持 | 車載時のセル加圧保持機構(モジュール)の開発を課題として挙げている。モジュール初号機で落下・振動・衝撃試験を実施 |
| 到達点(会社の報告) | 単層セルで1000Wh/L超、液体リチウムイオン電池を超える容量維持性能。いずれも比較条件・試験条件の詳細は非公表 |
液系リチウムイオン電池の正極は、活物質とバインダーをNMPなどの溶媒に溶かしてスラリーにし、塗って乾かすのが標準です。 ところが硫化物系の固体電解質は水分や極性溶媒と反応しやすく、劣化したり硫化水素を出したりします。 正極の中にも固体電解質の粒子を混ぜ込む必要がある全固体電池では、溶媒を使うこと自体がリスクになります 未確定/将来。 日産がNEDO資料で「硫化物系の固体電解質の品質安定化のため、水分・溶媒を使わない正極のドライプロセスを確立する」と書いているのは、まさにこの理由です 事実。
ドライ電極では、PTFEのようなバインダーを強いせん断で細い繊維(フィブリル)に引き伸ばし、その繊維で粉を絡め取ってシートにします。 繊維が少なすぎるとシートが切れ、多すぎるとイオンと電子の通り道をふさいで抵抗が上がります。 日産が「低抵抗と破断強度を両立できる可能性を確認した」と書いているのは、この綱引きのことです。 もう1つの課題であるセル加圧保持機構は、固体どうしの接触を保つために電池を外から押さえ続ける部品で、 重さと体積が増えるぶん、セルで稼いだ1000Wh/Lがパックでどこまで残るかを左右します 本稿の計算。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 経営再建中の資金制約 | 2025年3月期・2026年3月期と2期続けて当期純損失。研究開発費は6,190億円から5,625億円へ減少し、R&Dの労務費単価も18%削減した | 事実 |
| 公的助成の終了 | NEDO助成事業は2026年度で終了し、その後は自己負担で研究開発と投資を続けると会社自身が書いている | 事実 |
| 量産投資の規模が見えない | 2023年版にあった「1千億規模の投資」の文言が2024年版以降の資料にない。量産工場の場所・能力も未公表 | 未確定/将来 |
| 搭載先が示されていない | 「2028年度」「幅広いセグメント」としか公表されておらず、車種も台数も未定。2026年9月の日本事業の再編発表でも、全固体電池を搭載するEVをどの工場で作るかは書かれていない | 未確定/将来 |
| EV需要と政策の変化 | 日産自身がNEDO資料で、米国が新車販売のEV比率40%(2030年)という国家目標とEV購入者への税優遇を撤回したことを挙げている。全固体電池を載せるEV側の需要が細る可能性がある | 推測 |
| 硫化物系に固有の製造コスト | 水分に弱いため低露点のドライルームが要る。日産はその電力を約60%下げたと報告しているが、ラボレベルでの結果で、量産規模での実証はこれから | 推測 |
| 材料の調達先が未開示 | 固体電解質や正極材を誰から買うのかが公式資料に出てこない。NEDOのWG報告は、硫化物型固体電解質のコスト競争力と安定確保を業界全体の課題として挙げている | 未確定/将来 |
| 報道が一次情報より先行している | 「23層セル」「少量から」など報道で出た数字の多くは、日産の公式リリースで確認できない。外部から進捗を検証する手段が限られる | 推測 |
12. 用語集
- 全固体電池(ASSB)
- 電解質を液体ではなく固体にした電池。日産の資料ではAll-Solid-State Batteryの略でASSBと書かれる。
- 硫化物系固体電解質
- 硫黄を含む固体電解質。イオンが動きやすく柔らかいが、水分と反応しやすく乾燥環境が要る。
- ドライ電極プロセス
- 溶媒を使わず、粉のまま混ぜてシートにする電極の作り方。乾燥・溶媒回収の工程が要らない。
- フィブリル化バインダー
- せん断で細い繊維状に引き伸ばした結着材。繊維が粉を絡め取り、溶媒なしで電極シートを保つ。
- 露点
- 空気中の水分が結露し始める温度。露点が低いほど乾いた空気で、維持に電力がかかる。
- アノードレス構造
- 製造時には負極の活物質を置かず、充電時に集電体の上へリチウム金属を析出させる構造。
- パイロットプラント
- 量産ラインと同じ工程を小さな能力でそろえた試験用の生産設備。工程の課題を洗い出すために使う。
- NEDOグリーンイノベーション基金
- 国がNEDOに設けた2兆円の基金。企業の研究開発から社会実装までを最長10年間支援する。
- 有価証券報告書
- 上場企業が金融商品取引法に基づいて毎年提出する法定開示書類。虚偽記載には罰則がある。
AI生成の概念図13. 出典
- 日産自動車 有価証券報告書 第127期(2025年4月1日〜2026年3月31日、2026年6月22日提出)。売上高・営業利益・当期純損失・研究開発費5,625億円・従業員数・上場市場・本店所在地・Re:Nissanの進捗(R&D労務費単価18%削減)・「全固体電池を搭載したEVは、2028年度に市場投入する予定」という記述。 https://www.nissan-global.com/JP/IR/FINANCIAL_RESULTS/ASSETS/FR/2025/PDF/fr2025.pdf
- 日産自動車 有価証券報告書 第126期(2024年4月1日〜2025年3月31日、2025年6月23日提出)。研究開発費6,190億円・営業利益698億円・全固体電池を搭載したEVを2028年度に投入する予定という記述。 https://www.nissan-global.com/JP/IR/FINANCIAL_RESULTS/ASSETS/FR/2024/PDF/fr2024.pdf
- 日産自動車 ニュースリリース「日産自動車、全固体電池の試作生産設備を公開」(2022年4月8日)。総合研究所(横須賀市夏島)の積層ラミネートセル試作生産設備・2024年度までのパイロットライン設置予定・75ドル/kWhと65ドル/kWh・ピックアップトラックを含む搭載セグメント。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/release-8aef385f4e3efd0619b175c665007f52-220408-01-j
- 日産自動車 ニュースリリース「日産自動車、建設中の全固体電池パイロット生産ラインを公開」(2024年4月16日)。横浜工場(横浜市神奈川区宝町)への敷設・2028年度の実用化目標。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/240416-01-j
- 日産自動車 ニュースリリース「日産自動車、全固体電池の正極電極のプロセス技術開発においてLiCAP社とのパートナーシップを締結」(2025年8月20日)。ドライ電極プロセス・2025年1月のパイロット生産ライン稼働開始・NEDOグリーンイノベーション基金の助成事業であること。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/250820-01-j
- 日産自動車 技術紹介ページ「全固体電池」(企業情報サイト)。技術的特徴・実用化の課題・グローバルなエキスパートとの共同研究という記述。 https://www.nissan-global.com/JP/INNOVATION/TECHNOLOGY/ARCHIVE/ASSB/
- 日産自動車 長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」ページ。2028年度までの自社開発全固体電池搭載EVの市場投入・充電時間を3分の1に短縮・「NASAとの共同開発」がモビリティサービスの欄にあること。 https://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PLAN/AMBITION2030/
- 日産自動車 経営計画「The Arc」説明資料(2024年3月25日)。全固体電池のロードマップ(FY18研究フェーズ/FY22試作生産設備/FY24パイロット生産ライン稼働/FY26試作車を公道でテスト/FY28新型EVに搭載予定)。 https://www.nissan-global.com/JP/NEWS/ASSETS/PDF/240325-02-j_presentation.pdf
- 日産自動車 ニュースリリース「日産自動車、経営再建計画 Re:Nissanを発表」(2025年5月13日)。先行開発や2026年度以降の商品の開発の一時停止と3,000人のコスト削減への投入。全固体電池への言及がないこと。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/250513-02-j
- 日産自動車 経営再建計画「Re:Nissan」説明資料(2025年5月13日)。全固体電池への言及がないこと。 https://www.nissan-global.com/EN/COMPANY/PLAN/RENISSAN/ASSETS/PDF/ReNissan_Presentation_JP.pdf
- 日産自動車 2025年度決算報告(2026年5月13日)。Re:Nissan「パートナーシップの強化」の項に、2025年8月の「LiCAP 全固体電池パートナーシップ(米国)」を掲載。 https://www.nissan-global.com/EN/COMPANY/PLAN/RENISSAN/ASSETS/PDF/FY25_Financial_Results_JP.pdf
- 日産自動車 ニュースリリース「日産自動車、長期ビジョンを発表『モビリティの知能化で、毎日を新たな体験に』」(2026年4月14日)。電動化の方針。全固体電池への言及がないこと。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/260414-01-j
- 日産自動車 長期ビジョン説明資料(2026年4月14日)。BEVの欄が「高度なバッテリー技術」「エネルギーマネージメント」と書かれ、全固体電池が名指しされていないこと。 https://www.nissan-global.com/JP/IR/NEWS_EVENT/ASSETS/PDF/20260414_LTV.pdf
- 日産自動車(NEDO公開) グリーンイノベーション基金 事業戦略ビジョン「ASSBパイロットプラントによる高性能・低LCAバッテリ生産のプロセス確立/パイロット実証」(2026年5月時点、代表執行役社長 イヴァン エスピノーサ)。開発体制・資金計画(約153億円/約114億円/約39億円)・KPI(1000Wh/L、製造時CO2 50%削減、75ドル/kWh以下)・進捗(単層1000Wh/L超、積層セルの充放電、容量維持、モジュール初号機、ドライルーム電力約60%削減)・FY28の市場投入・米国のEV政策撤回・JARIとNITEとの連携。 https://green-innovation.nedo.go.jp/resources/pdf/next-generation-storage-batteries-motors/item-001-1/vision-nissan-004.pdf
- 日産自動車(NEDO公開) 同 事業戦略ビジョン(2024年8月時点)。「Sulfide electrolyte+additive」の記載。「1千億規模の投資」の記載がないこと。 https://green-innovation.nedo.go.jp/resources/pdf/next-generation-storage-batteries-motors/item-001-1/vision-nissan-003.pdf
- 日産自動車(NEDO公開) 同 事業戦略ビジョン(2023年4月時点)。「事業化に向けASSBに1千億規模の投資を実施」・硫化物系固体電解質とドライプロセスの関係・数10mAhパウチセルでの1000Wh/Lコンセプト実証・リチウム金属負極(アノードレス構造を含む)・大型車への段階的展開。 https://green-innovation.nedo.go.jp/resources/pdf/next-generation-storage-batteries-motors/item-001-1/vision-nissan-002.pdf
- NEDO グリーンイノベーション基金事業/次世代蓄電池・次世代モーターの開発 2026年度WG報告資料(2026年5月15日、経済産業省 産業構造審議会 資料6)。日産テーマの事業期間2022〜2026年度・2024年11月のステージゲート「継続」・進捗と委員の助言・日産の別テーマ(ダイレクトリサイクル)の中止・硫化物型固体電解質のサプライチェーン課題。 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/industrial_restructuring/pdf/036_06_00.pdf
- NEDO ニュースリリース「グリーンイノベーション基金事業、『次世代蓄電池・次世代モーターの開発』に着手」(2022年4月19日)。予算総額1510億円・エネルギー密度700〜800Wh/L以上の高容量系蓄電池の開発目標。 https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101535.html
- 日産自動車 ニュースリリース「日産自動車、追浜工場の車両生産を日産自動車九州に統合へ」(2025年7月15日)。総合研究所などその他の機能は変更なく継続するという記述。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/250715-01-j
- 日産自動車 ニュースリリース「日本事業を再構築し、将来の成長に向けグローバル競争力を強化」(2026年9月10日)。国内工場の役割分担。全固体電池への言及がないこと。 https://global.nissannews.com/ja-JP/releases/260910-02-j
- 日産自動車 会社概要(企業情報サイト)。本店所在地・本社所在地・設立・連結従業員数。 https://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/
- 日産自動車 株式情報(投資家向けサイト)。証券コード7201。 https://www.nissan-global.com/JP/IR/STOCK/INFORMATION/
- 米国SEC EDGAR submissions API(NISSAN MOTOR CO LTD、CIK 0000800937)。提出履歴に年次報告書Form 20-Fがないことの確認。 https://data.sec.gov/submissions/CIK0000800937.json
- QuantumScape Corporation Q4 Fiscal 2025 Letter to Shareholders(Form 8-K Exhibit 99.1、2026年2月11日提出)。2025 Solid-State Battery Symposium(京都)の写真説明に日産のKazuhiro Doi氏の名前があること。契約の記載はない。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1811414/000119312526046623/qs-ex99_1.htm
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年9月23日/Troy Technical
本稿の数値はすべて日産自動車の有価証券報告書、同社の公式ニュースリリースと経営計画の説明資料、同社がNEDOグリーンイノベーション基金に提出し公開されている事業戦略ビジョン、NEDO・経済産業省の公開資料に基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。