INSTITUTION PROFILE / 全固体電池
経済産業省
― 日本の全固体電池の「目標と支援の枠」を決める官庁
経済産業省は日本の中央省庁で、自分で研究をしたり電池を作ったりはしません。 全固体電池での役割は、国の目標を掲げ、研究開発と設備投資の支援の枠をつくり、どの企業の計画を支援するかを認定することです。 NEDOの解説で「方向を決めるのは経済産業省」と書いたのは、この上流の役割のことです。 本稿では、経済産業省が全固体電池にどこまで影響を持つのかに絞って整理します。
- 30秒でわかる経済産業省
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- 全固体電池で何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- NEDOとの役割分担と支援先
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる経済産業省
経済産業省は全固体電池について、「いつまでに実用化するか」という国の目標と、 そこへお金を流す2本の支援の枠(研究開発のグリーンイノベーション基金、設備投資の経済安全保障の支援)を決めています 事実。 一方で、公募・採択・進捗管理や助成金の交付という実務はNEDOが担います。 「方向と枠を決める」のが経済産業省、「実際にお金を配る」のがNEDO、という分担です。 もう1つ大事なのは、2022年の戦略で全固体電池への集中投資から方針を転換したことです(第3章)。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
全固体電池の記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では電池を作りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. 全固体電池で何をしているか
経済産業省の全固体電池への関わりは、目標を決める、研究開発の枠をつくる、設備投資を認定するの3つに整理できます 事実。
| 手段 | 時期・規模 | 全固体電池に関わる中身 | 実務の担い手 |
|---|---|---|---|
| 国の戦略 蓄電池産業戦略 → 蓄電池・電源産業戦略 | 2022年8月31日策定 2026年6月2日改訂 | 3つの目標の1つが「2030年頃に全固体電池を本格実用化」。2026年の改訂で「2030年代半ばに向けて需要規模に応じた製造基盤を確立」が加わった | 官民の会議体で策定し、経済産業省が公表 |
| 研究開発の枠 グリーンイノベーション基金「次世代蓄電池・次世代モーターの開発」 | 計画は2021年11月11日策定 国費の上限 1,510億円(うち蓄電池・材料・リサイクル 1,205億円) | 2030年に体積エネルギー密度700〜800Wh/L以上の蓄電池(例として全固体電池)の実現を見通せる技術を開発。固体どうしの界面、全固体電解質の高性能化・量産技術などを例示 | 公募・採択・進捗管理はNEDO |
| 設備投資の認定 経済安全保障推進法の「特定重要物資(蓄電池)」 | 取組方針 2023年1月19日(2024年3月26日改定) 認定42件・最大助成 約6,711億円 | 認定計画のうち4件の品目に全固体電池材料・硫化物固体電解質・全固体電池用負極集電体が入っている(第5章) | 計画の認定は経済産業大臣、助成金の交付はNEDO |
2022年の戦略は、それまでの政策が全固体電池の技術開発に集中投資していたことを自ら書いたうえで、 このままでは「全固体電池の実用化に至る前に、日本企業は疲弊し、市場から撤退する可能性」があるとして、 液系リチウムイオン電池の国内製造基盤(150GWh/年)を最優先に切り替えました 事実。 全固体電池は3つめの目標として残り、2026年の改訂では量産の製造基盤づくりまで目標が延びています。 材料を供給する立場から見ると、国の支援の中心は「液系の量産」と「全固体の研究開発から量産準備」の2本立てで、 たとえば硫化物系の固体電解質は、研究開発(グリーンイノベーション基金の出光興産のテーマ)と設備投資(経済安全保障の三井金属鉱業・出光興産の認定)の両方の枠に顔を出しています。
国の目標(全固体電池と製造能力)
| 目標 | 2022年8月の戦略 | 2026年6月の改訂後 |
|---|---|---|
| 全固体電池 | 2030年頃に本格実用化。2030年以降も技術リーダーの地位を維持 | 2030年頃に本格実用化。2030年代半ばに向けて需要規模に応じた製造基盤を確立し、海外も視野に市場獲得 |
| 国内製造能力 | 遅くとも2030年までに蓄電池・材料で150GWh/年 | 2030年から2030年代半ばに蓄電池・部素材・製造装置で150GWh/年(期限を後ろへ広げた) |
| 海外を含む規模 | 2030年に日本企業全体で600GWh/年の製造能力 | 日本企業の蓄電池関連売上高を2025年から2035年に3倍(GWhの目標から売上高の目標へ) |
※改訂後の戦略は、経済安全保障推進法に基づく支援などで国内製造基盤は100GWh/年以上に増強される見通しと書いています 事実。150GWh/年の全体に全固体電池がどれだけ含まれるかは示されていません。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | 経済産業省が持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 方向づけ | 国の目標(2030年頃の本格実用化、製造基盤の確立)を戦略として掲げる。グリーンイノベーション基金の研究開発・社会実装計画を策定する | 企業に全固体電池の開発や量産を義務づける権限 |
| お金 | 補正予算などで基金をNEDOに造成する。経済安全保障推進法に基づき、設備投資・技術開発の計画を認定する(2026年2月の第6弾の認定では、助成は設備投資1/3、技術開発1/2) | 公募・採択・進捗管理、助成金の交付審査という実務(NEDOが担う) |
| 基準・規格 | 戦略の7つの柱の1つに「グローバルアライアンスとグローバルスタンダードの戦略的形成」を掲げる | 電池の国際規格を決める権限(IECなどの国際標準化機関の領域) |
| 地域 | 日本の予算と日本の法律に基づく支援。対象は主に国内の研究開発と国内の製造拠点 | 海外の企業や他国の政策に直接影響する権限 |
| 規模 | 定員8,068人(外局を含む)。蓄電池の経済安全保障の支援は最大助成 約6,711億円 | 全固体電池の担当課の人数、全固体電池だけに使われる予算の総額(どちらも公表されていない) |
8,068人は経済産業省全体(資源エネルギー庁・特許庁・中小企業庁を含む)の定員で、 全固体電池を担当する人数ではありません。蓄電池の政策は商務情報政策局 電池産業課が窓口ですが、 その課の人数は公表されていません 未確定/将来。 また、最大助成 約6,711億円は液系リチウムイオン電池を含む蓄電池全体の認定の合計で、 全固体電池の分はその一部です(第5章)。
5. NEDOとの役割分担と支援先
全固体電池へのお金は、経済産業省が決めた2本の枠を通ってNEDOから企業へ流れます。 どちらの枠でも「決める」のは経済産業省、「配る」のはNEDOです 事実。
全固体電池に関わる経済安全保障の認定計画
| 事業者 | 品目(経済産業省の表記) | 認定日 | 事業総額/最大助成額 | このシリーズとの関係 |
|---|---|---|---|---|
| トヨタ自動車・プライムプラネットエナジー&ソリューションズ・トヨタバッテリー | 次世代車載用角形電池、全固体電池材料(生産能力9GWh/年、2026年11月以降順次供給) | 2024年9月6日 | 約2,450億円/約856億円 | トヨタの企業解説 |
| 三井金属鉱業 | 硫化物固体電解質(生産技術の導入・開発・改良) | 2024年12月20日 | 約198億円/約99億円 | 本シリーズでは扱っていない |
| 東洋鋼鈑 | 全固体電池用負極集電体(生産技術の導入・開発・改良) | 2024年12月20日 | 約28億円/約14億円 | 本シリーズでは扱っていない |
| 出光興産 | 硫化物系固体電解質(生産技術の導入・開発・改良) | 2025年6月13日 | 約11億円/約6億円 | トヨタの固体電解質の提携先(トヨタの企業解説) |
※4件の最大助成額を足すと約975億円ですが、トヨタの計画は角形電池と全固体電池材料をまとめた1件なので、全固体電池だけの金額ではありません 本稿の計算。出光興産は別の計画(2024年12月20日認定)で硫化リチウムの生産基盤も認定されていますが、その概要には全固体電池の記載がないため上の表には入れていません。
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 全固体電池の支援の重心は、研究開発から量産の設備投資へ移っていく | 2026年の改訂で「2030年代半ばに向けて需要規模に応じた製造基盤を確立」が目標に加わり、「技術開発や設備投資を促進する」と書かれた。経済安全保障の認定にはすでに全固体電池材料の生産基盤が入っている | 推測 |
| 車載だけでなく高付加価値の用途(医療・防災・データセンターなど)も支援の対象として扱われやすくなる | 改訂後の戦略は、全固体電池について「高温環境での寿命特性等が活かされるユースケースを開拓」「車載用に加えて高付加価値なユースケースでの市場獲得」と書いている | 推測 |
| 「2030年頃に本格実用化」という目標の達成度は、2027〜2028年ごろの各社の量産判断で見えてくる | 経済産業省の2026年3月の資料が、トヨタ2027〜2028年、日産2028年度、ホンダ2020年代後半、GSユアサ2030年頃という各社の公表時期をまとめている | 推測 |
7. 用語集
- 蓄電池・電源産業戦略
- 2022年8月の「蓄電池産業戦略」を2026年6月に改訂したもの。蓄電池を中心とした電源システム全体に対象を広げた。
- 特定重要物資
- 経済安全保障推進法で、国民の生存や経済活動に欠かせず、安定供給の確保が特に必要とされた物資。蓄電池はその1つ。
- 供給確保計画
- 特定重要物資の生産基盤整備などの計画。事業者が作成し、経済産業大臣の認定を受けると助成の対象になる。
- 研究開発・社会実装計画
- グリーンイノベーション基金の各プロジェクトの目標・予算・研究項目を定めた計画。担当省庁が策定し、NEDOがこれに基づいて公募する。
- 定員
- 法令で決められた職員数の上限。実際に在籍する人数とは一致しないことがある。
AI生成の概念図8. 出典
- 経済産業省 ニュースリリース「『蓄電池産業戦略』を『蓄電池・電源産業戦略』に改訂しました」(2026年6月2日)。改訂の背景と3つの目標の見直し。 https://www.meti.go.jp/press/2026/06/20260602001/20260602001.html
- 蓄電池産業戦略推進会議(経済産業省公表) 「蓄電池・電源産業戦略」(2026年6月2日)。2022年戦略の目標の取組状況、全固体電池の本格実用化と製造基盤の目標、国内製造基盤100GWh/年以上の見通し、グリーンイノベーション基金での研究目標。 https://www.meti.go.jp/files/000001097.pdf
- 蓄電池産業戦略検討官民協議会(経済産業省公表) 「蓄電池産業戦略」(2022年8月31日)。全固体電池への集中投資からの方針転換、150GWh/年と600GWh/年の目標、2030年頃の全固体電池の本格実用化。 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/battery_strategy/battery_saisyu_torimatome.pdf
- 経済産業省 「蓄電池」(経済安全保障政策)。供給確保計画の認定の仕組み、担当課、認定供給確保計画の一覧と各計画の最大助成額。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/index.html
- 経済産業省 「蓄電池に係る安定供給確保を図るための取組方針」(2023年1月19日、2024年3月26日改定)。全固体電池を含む次世代電池の研究開発の位置づけ、NEDOが安定供給確保支援業務と基金を担うこと。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/battery_economic_security_02.pdf
- 経済産業省 供給確保計画の概要(トヨタ自動車ほか、2024蓄電池第4号、2024年9月6日認定)。品目「次世代車載用角形電池・全固体電池材料」、9GWh/年、事業総額約2,450億円、最大助成額約856億円。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/file/battery_19_2.pdf
- 経済産業省 供給確保計画の概要(三井金属鉱業、2024蓄電池第15号、2024年12月20日認定)。品目「硫化物固体電解質」、事業総額約198億円、最大助成額約99億円。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/file/battery_30_1.pdf
- 経済産業省 供給確保計画の概要(東洋鋼鈑、2024蓄電池第16号、2024年12月20日認定)。品目「全固体電池用負極集電体」、事業総額約28億円、最大助成額約14億円。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/file/battery_31_1.pdf
- 経済産業省 供給確保計画の概要(出光興産、2025蓄電池第1号、2025年6月13日認定)。品目「硫化物系固体電解質」、事業総額約11億円、最大助成額約6億円。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/file/battery_33_1.pdf
- 経済産業省 供給確保計画の概要(出光興産、2024蓄電池第14号、2024年12月20日認定)。品目「硫化リチウム」、事業総額約213億円、最大助成額約71億円。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/battery/file/battery_29_1.pdf
- 経済産業省 審議会資料「蓄電池産業戦略の推進に向けて」(2026年3月5日、資料3)。認定42件・事業総額約1兆8,906億円・最大助成額約6,711億円、第6弾の助成率(設備投資1/3・技術開発1/2)、戦略の7つの柱、各社の全固体電池の実用化時期。 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/battery_strategy2/shiryo03.pdf
- 経済産業省 「グリーンイノベーション基金」。令和2年度第3次補正予算で2兆円の基金をNEDOに造成、総額2兆7,564億円、担当省庁が研究開発・社会実装計画を策定。 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gifund/index.html
- 経済産業省(製造産業局・商務情報政策局) 「次世代蓄電池・次世代モーターの開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画(2021年11月11日)。700〜800Wh/L以上の目標、全固体電池の課題、予算上限1,510億円と内訳。 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gifund/pdf/gif_12_randd.pdf
- e-Gov法令検索 行政機関職員定員令(昭和44年政令第121号、2026年7月31日施行の改正を反映)。経済産業省の定員8,068人、2026年9月30日までの特例8,146人。 https://laws.e-gov.go.jp/law/344CO0000000121
- e-Gov法令検索 経済産業省設置法(平成11年法律第99号)。2001年1月6日施行、経済産業大臣、外局(資源エネルギー庁・特許庁・中小企業庁)。 https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000099
- NEDO グリーンイノベーション基金 特設サイト「次世代蓄電池・次世代モーターの開発」。研究開発項目ごとの実施者(本田技研工業・本田技術研究所、日産自動車、住友金属鉱山、出光興産「硫化物系固体電解質の量産技術開発」など)。 https://green-innovation.nedo.go.jp/project/next-generation-storage-batteries-motors/scheme/
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年9月23日/Troy Technical
本稿の数値は経済産業省の公表資料(戦略・審議会資料・認定計画の概要・基金の計画)、NEDOの公表資料と法令に基づきます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。