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ハロゲン化物系固体電解質|全固体電池 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

ハロゲン化物系固体電解質
― 硫化水素を出さず、正極にそのまま混ぜられる

塩化物を中心とした第3の材料系です。長所は2つ。 高電位の正極にコーティングなしで使えることと、 水に触れても硫化水素を出さないこと。 ただし低電位側はもたず、単独では電池になりません。

構成:北海道大学(三浦章・忠永清治)の解説、パナソニック ホールディングス、大阪公立大学、産業技術総合研究所の公表資料を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

暗い面の上に集められた、透明感のある粗い結晶の小さな山の概念イメージ
概念図(AI生成イメージ)。「ハロゲン化物=塩の仲間」という性格を雰囲気として表現したものです。実際の固体電解質の色・結晶形・粒径・表面状態を示すものではありません。
この記事の構成
  1. ハロゲン化物系固体電解質とは何か(3行でつかむ)
  2. 2018年に、何が変わったのか
  3. 報告されている材料とイオン伝導率
  4. 素材技術者の視点①:効いているのは「1価であること」
  5. 最大の長所 ― 正極にコーティングが要らない
  6. もうひとつの長所 ― 硫化水素を出さない
  7. 弱点 ― 低電位側がもたない
  8. 水に対するふるまいが、材料ごとに違う
  9. 素材技術者の視点②:水に溶けることが、武器になる
  10. 産業側の位置づけ/課題
  11. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標であり、実績が確認できていない事項
このほか、構造の整理や材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。

1. ハロゲン化物系固体電解質とは何か(3行でつかむ)

ハロゲン化物系固体電解質とは、「塩素・臭素・ヨウ素などのハロゲンを骨格に持つ固体電解質」です。 実用上の中心は塩化物で、Li3YCl6、Li3InCl6、Li2ZrCl6 などが報告されています。

  • いちばんの長所:北海道大学の三浦章・忠永清治による解説は、「硫化物系固体電解質を用いた場合には安定した充放電のために正極の酸化物のコーティング層が必須であるが、塩化物系固体電解質ではコーティング層なしで高速充放電可能である」としています事実
  • もうひとつの長所:同解説は「硫化物系固体電解質に比べ一般に安定であり、水分に触れたとしても有害な硫化水素を生じることはない」としています事実
  • 弱点:計算による電位窓は塩化物でおおよそ 1〜4 V(vs. Li/Li⁺)。低電位側がもたないため、負極側には別の電解質が要ります事実
この記事でいちばん大事な一行

ハロゲン化物系は、硫化物系の「置き換え」ではありません。 正極側で硫化物系が抱えている2つの手間——コーティングと、硫化水素対策——を 同時に外せる材料です。一方で低電位側はもたないので、 負極側は硫化物系に任せる、という使い分けが実際に報告されています事実。

2. 2018年に、何が変わったのか

ハロゲン化物そのものは新材料ではありません。解説は歴史をこう記しています事実。

ハロゲン化物系の研究が加速した流れ

初期材料から複合ハロゲン化物、高伝導材料、さらに高い伝導度の材料へ進む4段階の概念図
  1. 1930年代:初期の塩化物イオン伝導体
  2. 1970〜80年代:複合塩化物を探索
  3. 2018年:高い伝導度と正極適合性が注目される
  4. 2023年以降:さらに高い伝導度の報告が続く
図1 AI生成の概念図。結晶形と光路は研究進展を示す抽象表現で、実際の結晶構造・イオン軌道・測定像ではありません。年代と数値は本文の引用資料を参照してください。
解説の記載

「2018年に Li3YCl6と Li3YBr6が 0.1〜1 mS cm⁻¹のイオン伝導度を示すこと、これを用いて作製した全固体電池が正極物質へのコーティングなしで充放電することが明らかになった以降、国内外で研究が加速された」事実 (三浦章・忠永清治「ハロゲン化物系固体電解質」2023年)

素材技術者の読みどころ:火をつけたのは伝導度ではありません

2018年に報告された伝導度は 0.1〜1 mS/cm です事実。 同じころ硫化物系は10⁻³〜10⁻² S・cm⁻¹(=1〜10 mS/cm)の領域にありました事実。 数字だけ見れば、勝っていません。

それでも研究が一気に加速した理由は、同じ文にあるもうひとつの事実—— 「正極物質へのコーティングなしで充放電する」——のほうです事実。

性能の数字ではなく、工程が1つ消えることが評価された。 材料の価値が、特性値ではなく製造プロセスで測られた例です(本記事による解説)。

3. 報告されている材料とイオン伝導率

材料イオン伝導率(mS/cm)結晶系(最密充填)空間群
Li3YCl6(低結晶性)0.51Trigonal(hcp)P-3m1
Li3YBr61.7Monoclinic(ccp)C2/m
Li2ZrCl60.808Trigonal(hcp)P-3m1
Li3InCl62.02Monoclinic(ccp)C2/m
Li3ScCl63Monoclinic(ccp)C2/m
LiNbOCl4(酸塩化物)10 超本稿の調査範囲では確認できず同左

すべて事実(北海道大学の解説[参考資料1]の表1、および LiNbOCl4 に関する記述)。LiNbOCl4 は「10 mS cm⁻¹を超えたイオン伝導度を示す」と記載されています。

本稿の計算:電解質層の面積抵抗に直すと

伝導率のままでは、電池としての良し悪しが見えません。面積抵抗(Ω cm²)に直します本稿の計算。 厚み t の層の面積抵抗は R = t ÷ σ です。

  • 前提:電解質層の厚みを 20 µm(=2×10⁻³ cm)と仮定する
  • Li3YCl6(0.51 mS/cm):2×10⁻³ ÷ 5.1×10⁻⁴ = 約 3.9 Ω cm²
  • Li3ScCl6(3 mS/cm):2×10⁻³ ÷ 3×10⁻³ = 約 0.67 Ω cm²
  • LiNbOCl4(10 mS/cm とすると):2×10⁻³ ÷ 1×10⁻² = 約 0.2 Ω cm²

本シリーズ「界面抵抗」編で扱ったとおり、界面抵抗は 1.5〜225 Ω cm² の範囲で報告されています事実。 つまり、いちばん伝導度の低い Li3YCl6 でさえ、薄い層にすれば界面より小さい。

前提と限界:厚み20 µmは本稿が置いた仮定です。 また、これは電解質層だけの抵抗であり、正極合材の内部でイオンが通る距離や、 粒界での損失は含みません。界面抵抗の値も材料系・測定条件が異なる別の実験によるもので、 厳密な同一条件の比較ではありません。

報告されているハロゲン化物系固体電解質のイオン伝導率 ※ 右端は、厚み20 µmの層にしたときの面積抵抗(本稿の計算)です。 材料 イオン伝導率(mS/cm) 20 µm 層の面積抵抗(本稿の計算) Li3YCl6(低結晶性) Li2ZrCl6 Li3YBr6 Li3InCl6 Li3ScCl6 LiNbOCl4(酸塩化物) 0.51 0.808 1.7 2.02 3 10 超 約3.9 Ω cm² 約2.5 Ω cm² 約1.2 Ω cm² 約1.0 Ω cm² 約0.67 Ω cm² 約0.2 Ω cm² 0 2 4 6 8 10 ※ イオン伝導率は北海道大学の解説[参考資料1]の表1および LiNbOCl4 に関する記述によります。 ※ 20 µm 層の面積抵抗は、厚み ÷ 伝導率 として本記事が算出した値で、公表値ではありません。 ※ LiNbOCl4 は「10 mS/cm を超えた」との記述のため、10 mS/cm として計算しています。
図2 公表値と本稿の計算による作図(ベクター作図)。イオン伝導率はすべて北海道大学の解説[参考資料1]の値です。右列の面積抵抗は本記事が「厚み÷伝導率」で算出したもので、公表値ではありません。厚み20 µmは本稿が置いた仮定です。

4. 素材技術者の視点①:効いているのは「1価であること」

解説の記載

「塩化物イオンは硫化物イオンとほぼ同じ大きさで、電荷は一価である。硫化物とくらべ電荷が小さいことで、イオン伝導に対する活性化エネルギーが低い」事実

素材技術者の読みどころ:同じ大きさで、電荷が半分

この2行が、ハロゲン化物系の出発点です。

  • 大きさはほぼ同じ:骨格の組み方(最密充填構造)は硫化物と同じ発想が使えます
  • 電荷は半分:S²⁻ が2価なのに対し Cl⁻ は1価。リチウムイオンを引き止める力が弱い

リチウムが動くときに越えなければならない山(活性化エネルギー)が、原理的に低くなる。 材料設計として、非常に見通しのよい理屈です。

ただし、同じ理屈が構造の制約も生みます。解説はこう続けています。 「高いイオン伝導を示すために必須である空孔を形成するためには、電荷補償を保つために Li の一部を高い価数のイオン(Zr⁴⁺、Al³⁺、希土類イオン(Sc³⁺, Y³⁺, Ho³⁺など))で置換する必要がある」事実。

イオンが通る「すきま」を作るために、高価数の金属が必要になる。 そして表に並んでいる元素——Y、Sc、In、Zr——はいずれも、 鉄やアルミのように安価に手に入る元素ではありません。 伝導の原理が、そのまま原料コストの制約になっているという構図です(本記事による解説)。

第一原理計算による設計指針も示されています。 「1)リチウムサイトの 40-60%の空孔率、2)カチオン濃度の低下と3)カチオン間の距離を増加して疎の分布にすること」事実。 リチウムサイトの半分近くを空けておく——これが目標値として出ているのは、設計の目安として具体的です。

5. 最大の長所 ― 正極にコーティングが要らない

本シリーズ「界面抵抗」編で見たとおり、硫化物系固体電解質を正極に使うときは、 正極活物質の粒子表面に LiNbO3 などのコーティングを施すのが一般的です。 界面で化学反応層ができるのを防ぐためです。

塩化物系では、これが要りません。

正極とのつなぎ方が違う(概念図) 硫化物系固体電解質 塩化物系固体電解質 正極にコーティングが必須 コーティングなしで動く 酸化物のコーティング層が 必要になる そのまま混合して 正極複合材料にできる 工程が1つ増える 工程が1つ減る ※ 「硫化物系固体電解質を用いた場合には安定した充放電のために正極の酸化物のコーティング層が必須」 ※ 「塩化物系固体電解質ではコーティング層なしで高速充放電可能である」[参考資料1]。
図3 概念図(ベクター作図)。コーティングの要否は北海道大学の解説[参考資料1]の記述によります。円と赤い輪は模式で、実際の粒径・コーティング膜厚・粒子形状を示すものではありません。「工程が1つ増える/減る」という表現は本記事による解説です。
項目硫化物系塩化物系
正極へのコーティング安定した充放電のために必須なしで高速充放電可能
水分との反応有害な硫化水素を発生する硫化水素を生じない
電位窓(計算値)本稿の調査範囲では確認できず塩化物でおおよそ1〜4 V、臭化物で1〜3 V
成形可塑性が高く成形性に優れる加圧成形ができる
液相での活物質コーティング報告あり可能(材料による)

塩化物系の記述はすべて事実(北海道大学の解説[参考資料1])。硫化物系の水分反応は大阪公立大学の研究成果報告書[参考資料3]、成形性も同報告書によります。

実際の電池としての例も示されています。 ニッケルリッチ正極 LiNi0.8Mn0.1Co0.1O2(NMC811)と固体電解質 Li2ZrCl6 を 75:25 で混合した正極コンポジットを用い、 負極側には硫化物系(Li6PS5Cl)を使った全固体電池が、 室温で200サイクル、約150 mAh/g の安定した容量を示したと報告されています事実。

6. もうひとつの長所 ― 硫化水素を出さない

本シリーズ「アルジロダイト」編で見たとおり、硫化物系の最大の制約は水分との反応です。 大阪公立大学の研究成果報告書は「大気に曝すと水分と反応して有毒な硫化水素(H2S)を発生し、イオン伝導度が著しく低下する。このため、硫化物型全固体電池の作製には水分を含まない不活性雰囲気が必須で、これが製造プロセスコスト上昇の原因となっている」としています事実。

ハロゲン化物系の解説は、これに対してこう書いています。 「硫化物系固体電解質に比べ一般に安定であり、水分に触れたとしても有害な硫化水素を生じることはない」事実。

素材技術者の読みどころ:消えるのは工場の中だけではありません

硫化水素を生じないということは、次の3つが同時に変わるということです。

  • 製造:不活性雰囲気の要求水準が下がる(ただしゼロにはなりません。後述)
  • 輸送・保管:取り扱い区分が変わりうる
  • 製品が壊れたとき:大阪公立大学の報告書が指摘する「交通事故等で電極体が大気暴露した際の安全性対策」の前提が変わります事実

3つめがとくに重要です。不活性雰囲気は工場の中の問題しか解きません。 出荷後の安全は、材料側で解くしかない。 ハロゲン化物系は、その一点で構造的に有利です(本記事による解説)。

ただし「硫化水素を生じない」ことと「水に強い」ことは別です。 後述するとおり、Li3YCl6 は水によって分解します事実。

7. 弱点 ― 低電位側がもたない

解説の記載

「計算から求めた電位窓は塩化物でおおよそ 1-4V (ver. Li/Li+)である。これに対して、臭化物ではおおよそ 1-3V であり、塩化物にくらべて高電位の電位窓は狭い」事実

一方で、実験では「4 Vを超える 4.22 Vまで掃引することで LiCoO2に充放電しても安定に動作する」ことが報告されているとしています事実。

電位窓の比較(計算値) ※ 上限が高いほど、高電位の正極と組み合わせられます。 塩化物(計算値) 臭化物(計算値) 1 〜 4 V(幅 3 V) 1 〜 3 V(幅 2 V) 実験で 4.22 V まで動作 0 1 2 3 4 5 電位(V vs. Li/Li⁺) ※ 「計算から求めた電位窓は塩化物でおおよそ 1-4V」「臭化物ではおおよそ 1-3V」[参考資料1]。 ※ 「実験では 4 Vを超える 4.22 Vまで掃引することで LiCoO2に充放電しても安定に動作する」[参考資料1]。 ※ 棒の長さは数値を図示したもので、実測のサイクリックボルタモグラムではありません。
図4 公表値にもとづく作図(ベクター作図)。1〜4 V・1〜3 V・4.22 V はすべて北海道大学の解説[参考資料1]の記述によります。棒の長さは数値を図示したもので、実測の電気化学測定データではありません。「幅 3 V」「幅 2 V」は本記事が引き算したものです。
素材技術者の読みどころ:下限 1 V という数字の意味

電位窓の上限が高いことは、これまで見てきたとおり長所です。 問題は下限のほうです。

リチウム金属負極の電位は 0 V (vs. Li/Li⁺) です。 グラファイト負極もそれに近い低電位で働きます。 下限が 1 V の材料は、そこに置けません。

だから第5章で紹介した電池の構成はこうなっていました。 「低電位での分解を避けるために負極側には硫化物系固体電解質(Li6PS5Cl)を用いた」事実。

ハロゲン化物系は、単独では電池になりません。 正極側をハロゲン化物、負極側を硫化物——という使い分けが前提になります。

これは材料ビジネスの観点では、無視できない話です。 硫化物系を置き換える材料ではなく、硫化物系と一緒に使われる材料だということになります。 セルの中に2種類の電解質が入るということは、それぞれの界面がもう1つ増えるということでもあります(本記事による解説)。 解説自身も、今後の課題の筆頭に「電位窓のさらなる拡張」を挙げています事実。

8. 水に対するふるまいが、材料ごとに違う

暗い面の上に置かれた無地のガラス容器に、澄んだ無色の液体が入っている概念イメージ
図5 概念図(AI生成イメージ)。「水溶液を使ったプロセス」という状況を雰囲気として表現したものです。実際の溶液・濃度・容器・実験操作を示すものではありません。

「硫化水素を出さない」といっても、水に無関係でいられるわけではありません。 解説は、材料によって水とのつき合い方がまったく違うことを示しています事実。

同じ系でも、水に対するふるまいが違う(概念図) Li3YCl6 Li3InCl6 水によって分解する 水和するのみで分解しない 溶液を除去するための 再加熱で再析出が困難 ただし水和物からの 合成法が報告されている 水溶液やアルコールに 溶かして乾燥させれば 再析出できる 正極への湿式コーティング が可能 ※ 「Li3YCl6のように水によって分解し溶液除去のための再加熱によって再析出が困難なもの」[参考資料1]。 ※ 「Li3InCl6のように水によって水和するのみで分解せず溶液除去によって再析出可能であるもの」[参考資料1]。 ※ 同じハロゲン化物系でも、水に対するふるまいは材料によって異なります(本記事による解説)。
図6 概念図(ベクター作図)。Li3YCl6 と Li3InCl6 の水に対するふるまいの違いは、北海道大学の解説[参考資料1]の記述によります。図形は模式で、実際の反応の様子や結晶の状態を示すものではありません。2つを並べて対比したのは本記事による整理です。

9. 素材技術者の視点②:水に溶けることが、武器になる

素材技術者の読みどころ:湿式プロセスに入れる、という意味

硫化物系の世界では、水は常に敵でした。 ところがハロゲン化物系では、水が道具になります。

解説は Li3InCl6 について、「水溶液やアルコール中に溶解後、乾燥によって正極材料にコーティングすることが可能であり、簡便に正極材料にコーティングすることが可能である」としています事実。

これは工程の性格を変える話です。

  • 粉を混ぜるのではなく、溶かして塗る
  • 粒子の表面に、均一に、薄くつけられる
  • 本シリーズ「界面抵抗」編で見た「10 nmの層を粒子1個ずつに均一につける」という難題に、既存の湿式塗工技術で近づける

さらに、合成コストの話も出てきます。 Li3YCl6 は水で分解するため再加熱による生成が難しいとされますが、 「LiCl、水和した YCl3・6H2O と NH4Clを混合し、窒素雰囲気で 400℃以上に加熱することで、Li3YCl6を合成することが報告されている」—— そして「本手法は、無水物よりも安価な水和物を用いることで合成コストを下げることができる」事実。

水を避けるためのコストを払うのではなく、水和物という安い原料を使ってコストを下げる。 硫化物系とは、材料の扱いに関する発想がまるごと違います(本記事による解説)。

一方で、注意も必要です。Li3YCl6 と Li3InCl6 で、水に対するふるまいが正反対でした事実。 「ハロゲン化物系だから水に強い」と一括りにはできません。 材料ごとに、水とのつき合い方を確かめる必要があります(本記事による解説)。

10. 産業側の位置づけ/課題

企業側では、パナソニック ホールディングスが技術ページでハロゲン化物固体電解質について公表しています事実。

パナソニック ホールディングスの記載

「高イオン伝導を示すハロゲン化物からなる当社独自の固体電解質を実現」し、 「高い成形性と酸化耐性により正極活物質界面におけるイオン伝導を従来比10倍向上」させたとしています(比較の基準は硫化物系材料の固体電解質)事実 (パナソニック ホールディングス 技術ページ)

ハロゲン化物系固体電解質の長所と短所(本記事による整理) ハロゲン化物系の長所 短所・課題 高電位の正極に強い コーティングが要らない 硫化水素を生じない 加圧成形ができる 湿式コーティングも可能 低電位側がもたない 負極側に別の電解質が要る 伝導度の向上が課題 高価数カチオンが必要 構造の作り分けが未確立 ※ 長所・短所とも北海道大学の解説[参考資料1]の記述によります。 ※ 2つに整理したのは本記事によるもので、業界で定まった評価ではありません。
図7 概念図(ベクター作図)。各項目は北海道大学の解説[参考資料1]の記述によります。長所・短所として2つに整理したのは本記事によるもので、業界で定まった評価ではありません。

(1) 解説自身が挙げている課題

解説は今後の課題をこう述べています。 「電位窓のさらなる拡張や、適切な界面の形成方法、伝導度の向上が必要であろう。多様な結晶構造を持つことが知られている一方、それらをどのように作り分けるか、どのような結晶構造が高いイオン伝導を実現するのかといった基礎的な知見ことは明確ではない」事実。

(2) 量産の実績が確認できない

本稿の調査時点(2026年9月)において、ハロゲン化物系固体電解質を用いた全固体電池の量産が始まったとする一次情報は確認できませんでした未確定/将来。 パナソニックの記載は技術開発の成果としてのもので、量産時期や生産規模の数値は本稿が参照したページでは確認できませんでした。

(3) 原料コストの数値が確認できない

第4章で触れたとおり、伝導性を出すには Y・Sc・In・Zr といった高価数カチオンが必要とされています事実。 ただしこれらの原料価格や、電解質としてのコスト試算については、本稿の調査範囲では公開された一次情報に確認できなかったため記載していません。 解説には「無水物よりも安価な水和物を用いることで合成コストを下げることができる」という定性的な記述があるのみです事実。

(4) パナソニックの「10倍」の内訳が確認できない

「正極活物質界面におけるイオン伝導を従来比10倍向上」という記載について事実、 比較条件、測定方法、絶対値は本稿が参照したページでは確認できなかったため、本記事では数値に換算していません。

この記事のまとめ
  • 火をつけたのは伝導度ではなく、「コーティングなしで充放電できる」という事実でした事実
  • 効いているのは「塩化物イオンが硫化物イオンとほぼ同じ大きさで、電荷が1価」であることです事実
  • 伝導度が最も低い Li3YCl6 でも、20 µm層なら約3.9 Ω cm²。界面抵抗より小さい値です本稿の計算
  • 硫化水素を生じないことは、工場の外まで効きます(本記事による解説)
  • ただし電位窓の下限が1 V。負極側には別の電解質が必要です事実
  • Li3InCl6 は水に溶かして正極にコーティングできます。水が敵ではなく道具になります事実
  • 伝導性を出すには高価数カチオン(Y・Sc・In・Zr)が要ります。原理がそのままコスト制約になっています(本記事による解説)

11. 用語集

ハロゲン化物系固体電解質
塩素・臭素・ヨウ素などを骨格に持つ固体電解質。塩化物系が中心。
電位窓
電解質が分解せずにいられる電位の範囲。上限が高いほど高電位正極と組める。
vs. Li/Li⁺
リチウム金属を基準にした電位の表し方。リチウム金属負極が 0 V にあたる。
正極複合材料
正極活物質と固体電解質を混合した層。イオンと電子の通り道を兼ねる。
コーティング層
正極活物質の粒子表面につける薄膜。硫化物系では界面反応を防ぐために必須。
最密充填構造
球を最も密に詰めた並べ方。立方最密充填(ccp)と六方最密充填(hcp)がある。
八面体サイト
最密充填構造のなかにできるすきまのひとつ。リチウムや金属イオンが入る。
空孔
本来イオンが入るべき場所が空いている状態。イオンが動くために必要。
電荷補償
置換によって電荷のつり合いを保つこと。高価数イオンを入れると空孔ができる。
活性化エネルギー
イオンが1歩動くために越える必要のあるエネルギーの山。低いほど動きやすい。
湿式コーティング
溶液に溶かして塗り、乾燥させて膜にする方法。薄く均一につけやすい。
酸塩化物
酸素とハロゲンの両方を含む化合物。LiNbOCl4 は10 mS/cm超と報告されている。

12. 参考資料(一次情報)

  1. 三浦章・忠永清治(北海道大学大学院工学研究院)「第3編 第1章 第3節 ハロゲン化物系固体電解質」『ポストリチウムイオン二次電池開発:部材開発から解析・性能診断技術まで』2023年7月25日(北海道大学学術成果コレクション HUSCAP/PDF) — eprints.lib.hokudai.ac.jp
  2. パナソニック ホールディングス「環境・エネルギー」技術ページ — tech.panasonic.com
  3. 塚崎裕文(大阪公立大学)「大気環境下における硫化物固体電解質の劣化機構の解明」村田学術振興財団 研究成果報告書 2024年3月25日(PDF) — corporate.murata.com
  4. 東北大学「室温かつ短時間で、リチウム金属とガーネット型酸化物固体電解質の界面形成に成功」2026年3月24日 — tohoku.ac.jp

13. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
岩塩型 LiX(X: F, Cl, Br, I)が1930年代に 10⁻⁷ S cm⁻¹ 以下の伝導度を示すと知られていたこと。1970–80年代までに LiCl–AlCl3 や LiCl-FeCl2 系の複合塩化物の探索、LiI-Al2O3 系など絶縁体との複合化が報告されたこと。「2018年に Li3YCl6と Li3YBr6が 0.1〜1 mS cm⁻¹のイオン伝導度を示すこと、これを用いて作製した全固体電池が正極物質へのコーティングなしで充放電することが明らかになった以降、国内外で研究が加速された」。表1の値(Li3YCl6 低結晶性 0.51、Li3YBr6 1.7、Li2ZrCl6 0.808、Li3InCl6 2.02、Li3ScCl6 3 mS cm⁻¹、および結晶系・空間群)。「塩化物イオンは硫化物イオンとほぼ同じ大きさで、電荷は一価である。硫化物とくらべ電荷が小さいことで、イオン伝導に対する活性化エネルギーが低い」。「計算から求めた電位窓は塩化物でおおよそ 1-4V (ver. Li/Li+)である。これに対して、臭化物ではおおよそ 1-3V」。「実験では 4 Vを超える 4.22 Vまで掃引することで LiCoO2に充放電しても安定に動作する」。「硫化物系固体電解質を用いた場合には安定した充放電のために正極の酸化物のコーティング層が必須であるが、塩化物系固体電解質ではコーティング層なしで高速充放電可能である」。「硫化物系固体電解質に比べ一般に安定であり、水分に触れたとしても有害な硫化水素を生じることはない」。イオン半径(Cl⁻ = 167 pm、Br⁻ = 181 pm、I⁻ = 202 pm、Li⁺ = 90 pm、M³⁺ = 88〜118 pm)。空孔形成のために Li の一部を高価数イオン(Zr⁴⁺、Al³⁺、Sc³⁺、Y³⁺、Ho³⁺など)で置換する必要があること。第一原理計算による設計指針(リチウムサイトの40-60%の空孔率、カチオン濃度の低下、カチオン間距離の増加)。Li3YCl6 が水によって分解し再析出が困難であること、Li3InCl6 が水和するのみで分解せず再析出可能であること。「水溶液やアルコール中に溶解後、乾燥によって正極材料にコーティングすることが可能」。LiCl・YCl3・6H2O・NH4Cl を窒素雰囲気400℃以上で加熱して Li3YCl6 を合成する方法と「無水物よりも安価な水和物を用いることで合成コストを下げることができる」こと。NMC811 と Li2ZrCl6 を75:25で混合した正極コンポジットと、負極側に Li6PS5Cl を用いた全固体電池が室温で200サイクル・約150 mAh g⁻¹ を示したこと、および「低電位での分解を避けるために負極側には硫化物系固体電解質(Li6PS5Cl)を用いた」こと。LiNbOCl4 が「10 mS cm⁻¹を超えたイオン伝導度を示す」こと。今後の課題(電位窓の拡張、適切な界面形成方法、伝導度の向上、結晶構造の作り分けと基礎的知見の不足)三浦章・忠永清治「ハロゲン化物系固体電解質」(2023年7月25日)[参考資料 1]https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/90346/1/20230725_3-1-3.pdf事実
「高イオン伝導を示すハロゲン化物からなる当社独自の固体電解質を実現」「高い成形性と酸化耐性により正極活物質界面におけるイオン伝導を従来比10倍向上」(比較の基準が硫化物系材料の固体電解質であること)パナソニック ホールディングス 技術ページ[参考資料 2]https://tech.panasonic.com/jp/td/technology/environment-energy.html事実
硫化物固体電解質が「大気に曝すと水分と反応して有毒な硫化水素(H2S)を発生し、イオン伝導度が著しく低下する」こと。「硫化物型全固体電池の作製には水分を含まない不活性雰囲気が必須で、これが製造プロセスコスト上昇の原因となっている」こと。「EV や PHEV への搭載が実現した場合、交通事故等で電極体が大気暴露した際の安全性対策も必要となる」こと。硫化物系のイオン伝導度が 10⁻³〜10⁻² S・cm⁻¹ であり「可塑性が高く成形性に優れ」ること村田学術振興財団 研究成果報告書(2024年3月25日)[参考資料 3]https://corporate.murata.com/-/media/corporate/group/zaidan/report/study/202406/2024-002.ashx?la=ja-jp&cvid=20240802012731000000事実
界面抵抗が約225 Ω cm²(超音波接合のみ)、約1.5 Ω cm²(Au層併用)と報告されていること東北大学 プレスリリース(2026年3月24日)[参考資料 4]https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2026/03/press20260324-02-Lithium.html事実
厚み20 µmの層の面積抵抗を、Li3YCl6 で約3.9 Ω cm²、Li2ZrCl6 で約2.5、Li3YBr6 で約1.2、Li3InCl6 で約1.0、Li3ScCl6 で約0.67、LiNbOCl4 で約0.2 Ω cm² としたこと。電位窓の幅を塩化物3 V・臭化物2 V としたこと本稿の計算。電解質層の厚み20 µm は本稿が置いた仮定である。LiNbOCl4 は「10 mS/cm を超えた」との記述のため10 mS/cm として計算した。電解質層だけの抵抗であり、正極合材内部の経路や粒界での損失は含まない。界面抵抗の値とは材料系・測定条件が異なるため厳密な直接比較ではない本稿の計算
LiNbOCl4 の結晶系・空間群本稿が参照した解説の表1には記載がなく、本文中の記述のみであったため、表では「確認できず」としている解説
パナソニックの「従来比10倍」の比較条件・測定方法・絶対値本稿が参照したページに記載がなかったため、数値への換算は行っていない解説
Y・Sc・In・Zr などの原料価格、およびハロゲン化物系固体電解質のコスト試算本稿の調査範囲では公開された一次情報に確認できなかったため記載していない。解説には「無水物よりも安価な水和物を用いることで合成コストを下げることができる」という定性的な記述があるのみである解説
硫化物系固体電解質の電位窓の数値本稿が参照した資料では確認できなかったため、比較表では「確認できず」としている解説
ハロゲン化物系固体電解質を用いた全固体電池の量産の開始本稿の調査時点(2026年9月)において、量産開始を示す一次情報は確認できなかった未確定/将来
「火をつけたのは伝導度ではなく工程が1つ消えることだった」という読み取り。伝導の原理がそのまま原料コストの制約になっているという指摘。硫化水素を生じないことが工場の外まで効くという整理。単独では電池にならず硫化物系と併用されるため界面が1つ増えるという指摘。水が敵ではなく道具になるという読み取り。長所・短所を2つに整理したこと。硫化物系との比較表を作成したこと公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各機関・各社が表明した見解ではない解説
図1・図2・図3・図4・図6・図7が実際の観察像・測定データではなく説明のための作図であること。ヒーロー画像と図5がAI生成イメージであること本記事による注記解説

最終更新:2026年9月21日/出典は一次情報(大学の学術成果リポジトリに公開された解説、企業の技術ページ、公的助成による研究成果報告書)に限定しています。 構造の整理や材料設計上の読み取りを含むため、それらは「解説」として出典付きの事実と区別しています。 原料価格やコスト試算、パナソニックの「10倍」の内訳、量産実績については、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 図2の面積抵抗、図4の「幅」はいずれも本記事が算出したものです。 図はすべて説明用の概念図です。図1・図2・図3・図4・図6・図7はベクター作図、ヒーロー画像と図5はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・顕微鏡像・測定データ・製品の実物を示すものではありません。