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アルジロダイト|全固体電池 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

アルジロダイト型固体電解質
― 「開発標準材料」になった、という事実の重さ

硫化物系のなかで、いま最も具体的に量産の話が進んでいる結晶型です。 三井金属は「複数のお客様において開発標準材料として位置づけられて」いるとし、 投資約198億円の計画が経済産業省に認定されています。ただし、この材料は水と反応します。

構成:三井金属、大阪公立大学、マクセル、出光興産の公表資料を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

暗い面の上に置かれた、栓をした無地のガラス瓶の中に淡い灰白色の微細な粉末が入っている概念イメージ
概念図(AI生成イメージ)。「空気に触れさせられない粉末材料」という状況を雰囲気として表現したものです。実際の製品・容器・粉末の色や粒径を示すものではありません。
この記事の構成
  1. アルジロダイト型とは何か(3行でつかむ)
  2. 量産に向けた歩み ― 2019年からの積み上げ
  3. 本稿の計算:198億円と3 GWh/年は何を意味するか
  4. 素材技術者の視点①:「開発標準材料」という言葉の重さ
  5. 弱点は水 ― 何が起きるのか
  6. 2024年、劣化の正体が見えた ― 単結晶が多結晶に変わる
  7. 本稿の計算:1 kg が出す硫化水素の量
  8. 素材技術者の視点②:不活性雰囲気は「コスト」であって「解決」ではない
  9. すでに製品になっている
  10. 強みと弱み/課題
  11. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標であり、実績が確認できていない事項
このほか、構造の整理や材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。

1. アルジロダイト型とは何か(3行でつかむ)

アルジロダイト型とは、「硫化物系固体電解質のなかの、ひとつの結晶構造の型」です。 代表的な組成が Li6PS5Cl(リチウム・リン・硫黄・塩素)で、 三井金属が「A-SOLiD®」のブランドで手がけているのがこの型です。

  • どんな材料か:三井金属は「有機電解液と同等水準の高いリチウムイオン伝導性を有し、電気化学的にも安定な『アルジロダイト型硫化物固体電解質』」と説明しています事実
  • 加工のしやすさ:同社は特長として「高いリチウムイオン伝導性」「優れた電気化学的安定性」「柔軟性に優れ、シート化が可能」を挙げています事実
  • 弱点:硫化物系である以上、水分と反応します。大阪公立大学の研究成果報告書は「大気に曝すと水分と反応して有毒な硫化水素を発生し、イオン伝導度が著しく低下する」としています事実
この記事でいちばん大事な一行

この材料の現在地を示しているのは、性能の数字ではありません。 三井金属が2025年5月に出した一文です—— 「当社固体電解質は複数のお客様において開発標準材料として位置づけられており、 足元においても当社生産能力を上回る需要が見込まれております」事実。 研究材料ではなく、他社の開発の前提になっているということです。

2. 量産に向けた歩み ― 2019年からの積み上げ

量産へ向かうスケールアップの流れ

小型試験設備からサンプル供給、供給能力拡大、量産設備へ段階的に規模が大きくなる概念図
  1. 2019年:量産試験設備を導入
  2. 2021年:量産試験設備からサンプル供給を開始
  3. 2024年:供給確保計画に認定、投資を公表
  4. 2027年計画:初期量産工場の稼働を計画
図1 AI生成の概念図。設備の外観はすべて架空です。日付と量産化の段階は本文で引用する三井金属の公表資料に基づき、規模感だけを模式化しています。
時期公表内容
2019年固体電解質の量産試験用設備を埼玉県上尾地区に導入
2021年11月量産試験用設備からの供給を開始
2023年2月生産能力の増強
2024年1月26日第2次生産能力増強投資を決定(設備導入時比較3倍増の予定)
2024年9月初期量産工場の新設を公表
2024年12月20日経済産業省の「蓄電池に係る供給確保計画」として認定。投資金額約198億円、助成金額約99億円(最大)。助成対象事業終了までに蓄電池3 GWh/年相当以上の規模の量産設備投資を判断
2025年5月13日第2次増強の内容を変更。生産能力を設備導入時比較4倍増へ(変更前は3倍増)。所在地は埼玉県上尾市原市1333-2(総合研究所敷地内)
2027年初期量産工場の稼働を計画。「世界最大規模の固体電解質の生産能力を有することになると見込んでおります」未確定/将来

すべて事実(三井金属 ニュースリリース[参考資料2・4]、A-SOLiD 紹介ページ[参考資料1])。ただし2027年の稼働は計画です。

3. 本稿の計算:198億円と3 GWh/年は何を意味するか

本稿の計算

公表されている数値から、いくつか換算してみます本稿の計算。

  • 助成の割合:99億円 ÷ 198億円 = 約50%
  • EV換算:3 GWh = 3,000,000 kWh。前提:EV1台の電池容量を60 kWhと仮定すると、3,000,000 ÷ 60 = 約5万台/年
  • 参考(他社との比較):出光興産の硫化リチウム大型製造装置は総事業費約213億円・最大助成額約71億円事実。助成率は 71 ÷ 213 = 約33%

前提と限界:EV1台60 kWhは本稿が置いた仮定で、車種により大きく変わります。 また、三井金属の198億円は固体電解質そのものの生産技術、 出光興産の213億円は中間原料である硫化リチウムの製造装置への投資であり、 対象が異なります。金額の大小だけで優劣を論じることはできません。 助成率の差も、制度上の区分や申請内容の違いを反映している可能性があります。

公表された投資規模と、本稿の計算 経済産業省「蓄電池に係る供給確保計画」として認定された内容 198億円 投資金額(認定計画) 助成は最大 約99億円 三井金属の公表値 約50% 助成が占める割合 99 ÷ 198 = 0.500 本稿の計算 3 GWh /年 相当以上の規模で 量産設備投資を判断する 三井金属の公表値 3 GWh/年 は EV 約5万台分に相当します(1台60 kWh と仮定) 参考:出光興産の硫化リチウム装置は総事業費 約213億円・助成 最大約71億円(助成率 約33%) ※ 198億円・99億円・3 GWh/年は三井金属の発表[参考資料2]、213億円・71億円は出光興産の発表[参考資料5]によります。 ※ 助成率50%・33%、およびEV約5万台分は本記事が算出した値で、公表値ではありません。 ※ EV1台60 kWh は本稿が置いた仮定です。車種によって大きく変わります。
図2 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。198億円・約99億円・3 GWh/年は三井金属[参考資料2]、213億円・約71億円は出光興産[参考資料5]の公表値です。助成率(約50%・約33%)とEV約5万台分は本記事が算出したもので、公表値ではありません。対象とする設備が異なるため、金額の直接比較ではありません。

4. 素材技術者の視点①:「開発標準材料」という言葉の重さ

素材技術者の読みどころ:これは性能の話ではなく、立場の話です

三井金属の2025年5月のリリースに、こういう一節があります。

「当社固体電解質は複数のお客様において開発標準材料として位置づけられており、 足元においても当社生産能力を上回る需要が見込まれております」事実

材料ビジネスにおいて、「開発標準材料になる」というのは特別な状態です。

  • 客先の開発データが、その材料を前提に積み上がる
  • 電極の配合も、プレス条件も、その材料の特性に合わせて最適化される
  • あとから別の材料に置き換えると、積み上げたデータの一部が使えなくなる

つまり、性能が同等の競合品が出ても、すぐには乗り換えられません。 切り替えコストが、材料単価とは別のところで発生するからです。

同じリリースには「2019年に固体電解質の量産試験用設備を埼玉県上尾地区に導入して以降」 という記述もあります事実。 サンプルを安定して出し続けられる設備を、6年前から持っていたということです。

本シリーズ「硫化物系固体電解質」編では、出光興産が1994年に硫化リチウムの量産技術を確立していたことに触れました。 用途が固まる前に供給能力を持っていた企業が、標準の位置を取る。 同じ構図がここにも現れています(本記事による解説)。

5. 弱点は水 ― 何が起きるのか

硫化物系である以上、水分との反応は避けられません。 大阪公立大学の研究成果報告書が、背景をこう説明しています。

研究成果報告書の記載

「硫化物固体電解質には大気安定性に大きな課題がある。大気に曝すと水分と反応して有毒な硫化水素(H2S)を発生し、イオン伝導度が著しく低下する。このため、硫化物型全固体電池の作製には水分を含まない不活性雰囲気が必須で、これが製造プロセスコスト上昇の原因となっている。」事実

さらに「EV や PHEV への搭載が実現した場合、交通事故等で電極体が大気暴露した際の安全性対策も必要となる」としています事実。

同報告書は、硫化物系と酸化物系の性格の違いも整理しています事実。

系統報告書の記述イオン伝導度
酸化物系「大気下で化学的に安定であるものの、可塑性が低く」10⁻⁶〜10⁻³ S・cm⁻¹
硫化物系「可塑性が高く成形性に優れ、活物質と乱れのない界面を形成できるメリットがある」10⁻³〜10⁻² S・cm⁻¹

すべて事実(大阪公立大学 研究成果報告書[参考資料3])。硫化物系の例として Li10GP2S12、Li7P3S11、Li6PS5Cl が挙げられています。

6. 2024年、劣化の正体が見えた ― 単結晶が多結晶に変わる

「水と反応して伝導度が下がる」——それは分かっていました。 では材料の中で何が起きているのか。 大阪公立大学の塚崎裕文特任准教授が、透過型電子顕微鏡(TEM)で追いかけた結果を報告しています事実。 試料はアルジロダイト Li7-xPS6-xClx です。

水分に触れると、何が起きるのか

アルジロダイトが水分に触れる前、露点マイナス20度で1時間後、24時間後の変化を3段階で示した概念図
  1. 劣化前:粒径およそ数µm、単一ドメインの単結晶
  2. 露点−20℃で1時間:数十nmの多結晶となり、結晶性が低下してLiClも析出
  3. 同条件で24時間:イオン伝導度はほぼ0となり、LiCl・Li2CO3・Li2SO4などが生じる
図3 AI生成の概念図。各段階の内容は大阪公立大学の研究成果報告書[参考資料3]の記述によります。結晶の個数・大きさ・形状・比率は理解のための模式表現で、実際のTEM像・粒径分布・結晶形状・相分率ではありません。3段階に分けたのは本記事による整理です。
素材技術者の読みどころ:劣化の正体は「粒界が増えること」でした

報告書の結論が、この記事でいちばん技術的に面白いところです。

「単結晶状態から多結晶状態へと変化する過程で粒界の増加が予想される。 これらの TEM 観察結果から、多結晶化に伴う粒界抵抗の増加が伝導率低下に影響していることが分かった」事実

つまり、伝導度が落ちる主因は「材料が別の物質に変わったから」だけではありません。 数µmのひとつの結晶が、数十nmの粒の集まりに砕けたこと—— 粒界が爆発的に増えたことが効いています。

本シリーズ「酸化物系固体電解質」編で見たとおり、酸化物系の最大の壁も粒界でした。 硫化物系は粒界の少なさで勝っていたのに、水分に触れると、その優位が壊れる。 劣化とは組成の変化であると同時に、微細組織の変化でもあった、ということです(本記事による解説)。

もうひとつ重要なのが、24時間後の状態です。 「露点-20℃/24時間劣化後のイオン伝導度はほぼ 0 となる」事実。 露点-20℃——これは乾燥した環境です。それでも1日で使えなくなります。

7. 本稿の計算:1 kg が出す硫化水素の量

報告書は、観測された反応生成物から、以下の劣化反応が生じている可能性を示しています事実。

研究成果報告書が示した反応式

(1) Li6PS5Cl + 6H2O → LiCl + Li3PO4 + 5H2S + 2LiOH(加水分解)
(2) 2LiOH + CO2 → Li2CO3 + H2O(中和反応)
(3) Li6PS5Cl + 4H2O + 2O2 → LiCl + Li3PO4 + 4H2S + Li2SO4(水や酸素との反応)

報告書は「以下の劣化反応が生じている可能性が示唆された」と述べており、確定した反応式としてではなく、観測結果からの推定として提示しています事実。

本稿の計算:1 kg が出しうる硫化水素

反応式(1)を使って、桁を確かめます本稿の計算。

  • 前提:Li6PS5Cl のモル質量を 268 g/mol とする(Li 6.94、P 30.97、S 32.06、Cl 35.45 から算出)
  • 前提:気体1 molの体積を 22.4 L(標準状態)とする
  • 前提:反応式(1)にしたがい、1 molのLi6PS5Clから5 molのH2Sが生じるとする

計算

  • 1,000 g ÷ 268 g/mol = 3.73 mol
  • 3.73 × 5 = 18.6 mol の H2S
  • 18.6 × 22.4 L = 約 417 L

固体電解質1 kgが全量反応すると、およそ417リットルの硫化水素になります。

前提と限界:実際には全量が反応するとは限らず、 反応式自体も報告書が「可能性が示唆された」としているものです事実。 この計算は危険度を評価するものではなく、なぜ不活性雰囲気が必須とされるのかを 桁で理解するためのものです。具体的な曝露基準や安全評価は、 本稿の調査範囲では公開された一次情報に確認できなかったため記載していません。

加水分解で生じる硫化水素の量(本稿の計算) 約417 L 固体電解質1 kgが出す硫化水素 標準状態の気体として換算 本稿の計算 5 mol Li6PS5Cl 1 mol あたりの H2S 反応式(1)より 報告書の反応式による Li6PS5Cl + 6H2O → LiCl + Li3PO4 + 5H2S + 2LiOH 大阪公立大学の報告書に示された、アルジロダイトの加水分解反応です ※ 前提:Li6PS5Cl のモル質量を 268 g/mol、気体1 molの体積を 22.4 L として本記事が換算しました。 ※ 実際には全量が反応するとは限りません。桁を示すための計算です。
図4 本稿の計算による作図(ベクター作図)。反応式は大阪公立大学の研究成果報告書[参考資料3]に示されたもので、同報告書は「可能性が示唆された」としています。約417 L は本記事が算出した値であり、公表値ではありません。実際に全量が反応するとは限らず、危険度を評価するものでもありません。

8. 素材技術者の視点②:不活性雰囲気は「コスト」であって「解決」ではない

暗い面の上で、淡い灰白色の材料が薄く均一な膜状に延ばされ、緩やかに曲がっている概念イメージ
図5 概念図(AI生成イメージ)。「柔軟性に優れ、シート化が可能」という特長を雰囲気として表現したものです。実際の製品・膜厚・色・表面状態を示すものではありません。
素材技術者の読みどころ:3つのコストが、同時に発生します

報告書は「硫化物型全固体電池の作製には水分を含まない不活性雰囲気が必須で、 これが製造プロセスコスト上昇の原因となっている」としています事実。

この一文を工程の側から読み解くと、負担は3つに分かれます。

  • 設備コスト:乾燥設備、気密構造、不活性ガス供給
  • 運転コスト:露点管理、ガス消費、立ち上げ・停止のたびのパージ
  • 設計上の制約:材料を扱うすべての工程が、その環境の中に収まっていなければならない

3つめが、実はいちばん重い制約です。 搬送も、計量も、成形も、検査も——途中で一度でも大気に触れさせられない。 第6章で見たとおり、露点-20℃という乾燥環境でも24時間で伝導度はほぼ0になります事実。

そして報告書は、もうひとつ先まで指摘しています。 「EV や PHEV への搭載が実現した場合、交通事故等で電極体が大気暴露した際の安全性対策も必要となる」事実。

不活性雰囲気は、工場の中の問題を解くだけです。 出荷された製品が壊れたときの問題は、別に解かなければなりません。 だから報告書は、対策として雰囲気の強化ではなく 「耐水性に優れた高安定な硫化物固体電解質の開発」を挙げています事実。

材料側で解くか、環境側で解くか——この分野では、最終的に材料側で解かなければ製品にならないという判断が、 すでに示されているように読めます(本記事による解説)。

9. すでに製品になっている

アルジロダイト型を含む硫化物系固体電解質は、小型の分野ではすでに製品になっています。 マクセルは硫化物系固体電解質を採用した全固体電池を公表しています事実。

項目マクセルの公表内容
固体電解質「イオン伝導度の高い硫化物系固体電解質の採用により」
動作温度範囲−50℃ 〜 +125℃(基本仕様)。150℃対応モデル(PSB401010T)もラインアップ
高温耐久「60℃保管による加速試験において、90%の容量を維持可能な日数が従来品の10日に対して、全固体電池は100日」
形状セラミックパッケージ型、電源モジュール、コイン形(バイポーラ型 PSB2032)、円筒形(PSB23280)
用途FA関連、自動車用デバイス、特殊環境計測、インフラ、ウェアラブル、補聴器、医療・健康機器、インフラモニタリング、センシング

すべて事実(マクセル 全固体電池ページ[参考資料6])。ただし、これらの製品がアルジロダイト型を採用しているかどうかは、マクセルの公開情報では確認できませんでした。

素材技術者の読みどころ:−50℃〜+125℃ という数字

−50℃から+125℃という動作温度範囲は、従来の液系リチウムイオン電池では届かない領域です事実。

そして「60℃保管で90%容量を維持できる日数が、従来品10日に対して100日」—— 10倍です本稿の計算(100 ÷ 10 = 10)。

ここから読めるのは、全固体電池の最初の市場がEVではないということです。 高温、広温度域、長期信頼性——液系では原理的に届かないところから製品化が始まっています。

材料メーカーにとって、この順番は重要です。 EV向けの大型量産は2027年以降の話ですが、小型・高付加価値の用途は、すでに材料を買っています。 量産立ち上げの前に、実際の製造条件で鍛えられる場があるということです(本記事による解説)。

10. 強みと弱み/課題

アルジロダイト型固体電解質の強みと弱み(本記事による整理) アルジロダイト型の強み 弱み・制約 有機電解液と同等水準の伝導性 電気化学的に安定 柔軟性に優れシート化が可能 可塑性が高く成形性に優れる 量産の道筋が公表されている 水分と反応する 硫化水素を発生する 多結晶化して粒界抵抗が増える 不活性雰囲気が必須になる 大気曝露時の安全対策が要る ※ 強みは三井金属[参考資料1・2・4]と大阪公立大学の報告書[参考資料3]、弱みは同報告書によります。 ※ 2つに整理したのは本記事によるもので、業界で定まった評価ではありません。
図6 概念図(ベクター作図)。各項目は三井金属[参考資料1・2・4]および大阪公立大学の研究成果報告書[参考資料3]の記述によります。強み・弱みとして2つに整理したのは本記事によるもので、業界で定まった評価ではありません。

(1) イオン伝導率の具体値が公開されていない

三井金属は A-SOLiD について「有機電解液と同等水準の高いリチウムイオン伝導性」としていますが事実、 具体的な数値(S/cm)は、本稿が参照した同社の公開資料では確認できなかったため記載していません。 大阪公立大学の報告書には、硫化物系一般の値として10⁻³〜10⁻² S・cm⁻¹という範囲が示されています事実。

(2) 本格量産は始まっていない

初期量産工場の稼働は2027年の計画であり、 3 GWh/年相当以上の量産設備投資は「助成対象事業終了までに判断」する段階です未確定/将来。 本稿の調査時点(2026年9月)において、車載用途での本格量産が始まったとする一次情報は確認できませんでした。

(3) 結晶構造とイオン伝導の関係が確認できなかった

アルジロダイト型がなぜ高いイオン伝導性を示すのか、という構造上の理由については、 本稿の調査範囲でアクセスできた一次情報に十分な記載を確認できなかったため、本記事では説明していません。

(4) マクセル製品との関係が確認できない

マクセルの全固体電池は「硫化物系固体電解質」の採用を公表していますが事実、 それがアルジロダイト型かどうか、また特定企業の材料かどうかは、公開情報では確認できませんでした。

この記事のまとめ
  • アルジロダイト型は「開発標準材料」になっています。三井金属は複数の顧客でそう位置づけられているとしています事実
  • 投資約198億円・助成最大約99億円の計画が、経済産業省に認定されています事実。助成率は約50%です本稿の計算
  • 弱点は水です。露点−20℃でも24時間でイオン伝導度はほぼ0になります事実
  • 劣化の正体は、多結晶化による粒界抵抗の増加でした事実
  • 1 kgが全量反応すると、約417 Lの硫化水素になります本稿の計算
  • 小型分野ではすでに製品になっています。−50℃〜+125℃という、液系では届かない領域から始まっています事実

11. 用語集

アルジロダイト型
硫化物系固体電解質の結晶構造の型のひとつ。代表組成は Li6PS5Cl。
A-SOLiD®
三井金属のアルジロダイト型硫化物固体電解質のブランド名。
硫化物系固体電解質
硫黄を骨格に持つ固体電解質。可塑性が高く成形性に優れる。
可塑性
力を加えると変形し、その形が残る性質。粉を押し固めるときに効く。
露点
空気中の水分が結露し始める温度。低いほど乾燥している。
加水分解
水と反応して別の物質に分解すること。硫化物では硫化水素を生じる。
硫化水素(H2S)
有毒な気体。硫化物固体電解質が水分と反応すると発生する。
粒界
多結晶体で粒と粒が接する境目。増えるとイオンが通りにくくなる。
TEM
透過型電子顕微鏡。結晶構造や粒の様子を原子スケールで観察する装置。
開発標準材料
顧客が開発を進めるときの基準として採用している材料。切り替えにコストがかかる。
蓄電池に係る供給確保計画
経済産業省による蓄電池関連の供給網強化の認定制度。
GWh
ギガワット時。電池の容量の単位。1 GWh=100万 kWh。

12. 参考資料(一次情報)

  1. 三井金属「全固体電池向け固体電解質『A-SOLiD』のご紹介」 — mitsui-kinzoku.co.jp
  2. 三井金属「全固体電池向け硫化物固体電解質『A-SOLiD®』の開発・量産に向けた『蓄電池に係る供給確保計画』が経済産業省より認定」2024年12月20日(PDF) — mitsui-kinzoku.com
  3. 塚崎裕文(大阪公立大学)「大気環境下における硫化物固体電解質の劣化機構の解明」村田学術振興財団 研究成果報告書 2024年3月25日(PDF) — corporate.murata.com
  4. 三井金属「全固体電池向け固体電解質『A-SOLiD®』量産試験用設備の第2次生産能力増強投資に関するお知らせ(更なる生産能力の向上)」2025年5月13日(PDF) — mitsui-kinzoku.com
  5. 出光興産「全固体電池材料(固体電解質)の量産に向け、中間原料である『硫化リチウム』の大型製造装置の建設を決定」2025年2月27日(PDF) — idemitsu.com
  6. マクセル「全固体電池」製品ページ — biz.maxell.com

13. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
A-SOLiD が「アルジロダイト型硫化物固体電解質」であり、特長として「高いリチウムイオン伝導性」「優れた電気化学的安定性」「柔軟性に優れ、シート化が可能」が挙げられていること。2019年12月に量産試験用設備の導入を決定、2021年11月に量産試験用設備からの供給を開始、2023年2月に生産能力増強、2024年2月に第2次生産能力増強投資を決定、2024年9月に初期量産工場新設を公表したこと三井金属 A-SOLiD 紹介ページ[参考資料 1]https://www.mitsui-kinzoku.co.jp/mlab/attempt/asolid/事実
経済産業省の「蓄電池に係る供給確保計画」として認定されたこと。品目が硫化物固体電解質、取組の種類が生産技術の導入・開発・改良、投資金額が約198億円、助成金額が約99億円(最大)であること。「助成対象事業終了までに市場環境を鑑み、蓄電池3GWh/年相当以上の規模の量産設備投資の判断をいたします」。「当社は 2019 年に固体電解質の量産試験用設備を埼玉県上尾地区に導入して以降、2度にわたる生産能力の増強を決定し」。「当社固体電解質は複数のお客様において開発標準材料として位置づけられ」。A-SOLiD が「有機電解液と同等水準の高いリチウムイオン伝導性を有し、電気化学的にも安定な『アルジロダイト型硫化物固体電解質』」であること。発表日が2024年12月20日であること三井金属 ニュースリリース(2024年12月20日)[参考資料 2]https://www.mitsui-kinzoku.com/LinkClick.aspx?fileticket=F3o8uUaVzB0%3D&tabid=100&mid=826事実
「硫化物固体電解質には大気安定性に大きな課題がある。大気に曝すと水分と反応して有毒な硫化水素(H2S)を発生し、イオン伝導度が著しく低下する。このため、硫化物型全固体電池の作製には水分を含まない不活性雰囲気が必須で、これが製造プロセスコスト上昇の原因となっている」。「EV や PHEV への搭載が実現した場合、交通事故等で電極体が大気暴露した際の安全性対策も必要となる」。「耐水性に優れた高安定な硫化物固体電解質の開発が望まれている」。酸化物系が「大気下で化学的に安定であるものの、可塑性が低く」イオン伝導度が 10⁻⁶〜10⁻³ S・cm⁻¹、硫化物系が「可塑性が高く成形性に優れ、活物質と乱れのない界面を形成できるメリットがある」とされ 10⁻³〜10⁻² S・cm⁻¹ であること。試料がアルジロダイト Li7-xPS6-xClx であること。劣化前が粒径およそ数µmの単一ドメインの単結晶であること。露点-20℃/1時間で多結晶化し粒径数十nmとなりLiClも析出すること。「多結晶化に伴う粒界抵抗の増加が伝導率低下に影響していることが分かった」。「露点-20℃/24時間劣化後のイオン伝導度はほぼ 0 となる」こと、LiCl・Li2CO3・Li2SO4・Li3PO4 等の結晶相が生成すること。3つの劣化反応式と、それが「可能性が示唆された」ものであること。報告者が大阪公立大学 塚崎裕文特任准教授、報告日が2024年3月25日であること村田学術振興財団 研究成果報告書(2024年3月25日)[参考資料 3]https://corporate.murata.com/-/media/corporate/group/zaidan/report/study/202406/2024-002.ashx?la=ja-jp&cvid=20240802012731000000事実
第2次生産能力増強の内容変更(生産能力:設備導入時比較4倍増、変更前は3倍増)。所在地が埼玉県上尾市原市1333-2(事業創造本部 総合研究所敷地内)であること。「当社固体電解質は複数のお客様において開発標準材料として位置づけられており、足元においても当社生産能力を上回る需要が見込まれております」。「2027 年には初期量産工場の稼働も計画しており、当社は世界最大規模の固体電解質の生産能力を有することになると見込んでおります」。発表日が2025年5月13日であること三井金属 ニュースリリース(2025年5月13日)[参考資料 4]https://www.mitsui-kinzoku.com/LinkClick.aspx?TabModule950=0&fileticket=wHOd2fFXCiQ%3D&mid=826&tabid=199事実
出光興産の硫化リチウム大型製造装置が総事業費約213億円、最大助成額約71億円であること。1994年に硫化リチウムの量産技術を確立したこと出光興産 ニュースリリース(2025年2月27日)[参考資料 5]https://www.idemitsu.com/jp/news/2024/250227.pdf事実
マクセルの全固体電池が「イオン伝導度の高い硫化物系固体電解質の採用により」実現されていること。動作温度範囲が−50℃から+125℃、150℃対応モデル(PSB401010T)があること。「60℃保管による加速試験において、90%の容量を維持可能な日数が従来品の10日に対して、全固体電池は100日」であること。セラミックパッケージ型・電源モジュール・コイン形(バイポーラ型 PSB2032)・円筒形(PSB23280)のラインアップと、用途の記載マクセル 全固体電池 製品ページ[参考資料 6]https://biz.maxell.com/ja/rechargeable_batteries/allsolidstate.html事実
2027年の初期量産工場の稼働、および「世界最大規模の固体電解質の生産能力を有することになると見込んでおります」という見通し。3 GWh/年相当以上の量産設備投資の判断三井金属の計画であり、実績ではない。助成対象事業終了までに判断するとされている見通しである[参考資料 4]https://www.mitsui-kinzoku.com/LinkClick.aspx?TabModule950=0&fileticket=wHOd2fFXCiQ%3D&mid=826&tabid=199未確定/将来
助成率を 99 ÷ 198 = 約50%、71 ÷ 213 = 約33% としたこと。3 GWh/年をEV約5万台分と換算したこと。Li6PS5Cl のモル質量を268 g/molとし、1 kgから生じる硫化水素を約417 L と算出したこと。マクセルの100日/10日を10倍としたこと本稿の計算。EV1台あたり60 kWh、気体1 molの体積22.4 L(標準状態)、反応式(1)にしたがい全量が反応することは、いずれも本稿が置いた前提である。三井金属と出光興産の投資は対象とする設備が異なるため、金額や助成率の直接比較ではない。417 L は危険度を評価する値ではない本稿の計算
A-SOLiD のイオン伝導率の具体的な数値(S/cm)「有機電解液と同等水準の高いリチウムイオン伝導性」という定性的な記述は確認できたが、本稿が参照した三井金属の公開資料に具体的な数値を確認できなかったため記載していない解説
アルジロダイト型が高いイオン伝導性を示す構造上の理由本稿の調査範囲でアクセスできた一次情報に十分な記載を確認できなかったため、本記事では説明していない解説
マクセルの全固体電池がアルジロダイト型を採用しているかどうか、および材料の供給元マクセルの公開情報では「硫化物系固体電解質」とのみ記載されており、結晶型や供給元は確認できなかったため記載していない解説
硫化水素の曝露基準や安全評価本稿の調査範囲では公開された一次情報に確認できなかったため記載していない。第7章の計算は桁を示すためのものであり、危険度の評価ではない解説
車載用途での本格量産の開始本稿の調査時点(2026年9月)において、量産開始を示す一次情報は確認できなかった未確定/将来
「開発標準材料になると切り替えコストが発生する」という読み取り。劣化が組成変化であると同時に微細組織の変化でもあるという整理。不活性雰囲気の負担を設備・運転・設計制約の3つに分けたこと。最初の市場がEVではないという読み取り。用途が固まる前に供給能力を持つ企業が標準の位置を取るという整理。強みと弱みを2つに整理したこと公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各社・各機関が表明した見解ではない解説
図1・図2・図3・図4・図6が実際の観察像・設計図ではなく説明用の概念図であること。ヒーロー画像・図1・図3・図5がAI生成イメージであること本記事による注記解説

最終更新:2026年9月21日/出典は一次情報(企業の公式ニュースリリース・製品ページ、公的助成による研究成果報告書)に限定しています。 構造の整理や材料設計上の読み取りを含むため、それらは「解説」として出典付きの事実と区別しています。 A-SOLiDのイオン伝導率の具体値、アルジロダイト型の伝導機構、マクセル製品の結晶型、硫化水素の安全基準、車載用途の量産実績については、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 第7章の反応式は、報告書自身が「可能性が示唆された」としているものです。 図はすべて説明用の概念図です。図2・図4・図6はベクター作図、ヒーロー画像・図1・図3・図5はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・顕微鏡像・製品の実物を示すものではありません。