TECHNOLOGY EXPLAINER
シリコンスピン量子ビット
― 電子1個の「小さな磁石の向き」を、半導体チップの上で量子ビットにする
電子には、「小さな磁石」のような性質(スピン)があります。その向きを0と1に使うのが、シリコンスピン量子ビットです。魅力は、スマートフォンのチップと同じ半導体の工場で作れる可能性があることです。一方で、周りの原子核の磁石(核スピン)がじゃまをするため、核スピンを持たない同位体 28Si(シリコン28)でできた特別なシリコンが使われます。この記事では、電子スピンが量子ビットになる仕組みから、28Si が必要な理由、材料の界面の問題、300 mm ウェハーでの製造、極低温の意味までを、図と簡単な計算で順に説明します。2026年10月16日時点で、公表された論文と企業の発表の範囲で整理しています。
- 何をするのか:半導体チップの上に、電子を1個だけ閉じ込める小部屋(量子ドット)を作り、その電子のスピン(小さな磁石の向き)を量子ビットにします
- 結論:電子スピンの寿命は、周りの原子の核スピンに大きく左右されます。そのため、核スピンを持たない 28Si だけで作ったシリコンが理想的な「静かな容れ物」になります。同位体を精製した28Siが必要な理由は、ここにあります
- いちばん大事な1点:「半導体工場で作れる」ことと「大量の量子ビットがそろって動く」ことは別です。2025年には、300 mm ウェハーの量産ラインで作った2量子ビットの素子が99%を超える忠実度を示しましたが、報告されている量子ビット数はまだ数個〜8個の規模です(確認日 2026年10月16日)
量子ビットが「球の中心から表面へ向かう矢印」で表せること(北極が0、南極が1、斜めが重ね合わせ)と、測ると0か1のどちらかに決まることを知っていると読みやすくなります。分からなくても、第2章で短く説明します。物理や半導体の知識は不要です。
シリーズの中での位置本シリーズ「量子コンピュータの基礎」「量子ゲートと量子回路」「コヒーレンスとフィデリティ」編のあとに読むと分かりやすい記事です(この記事だけでも読めるように、必要な前提を短く説明しています)。同じく電子を小さな部屋に閉じ込める材料の話は本シリーズ「量子ドット」編、磁石の性質の話は「スピントロニクス材料」編、薄い膜をつくる技術は「原子層堆積」編、検査の技術は「ナノ計測」編で扱います。極低温の装置は「極低温と制御」編、材料と製造の全体像は「量子コンピュータの材料と製造」編で扱います。
- 電子スピンとは何か ― 小さな磁石の向き
- 磁場とエネルギーと温度 ― なぜ極低温が必要か(本稿の計算)
- 電子を1個だけ閉じ込める ― 量子ドットの2つの作り方
- 操作と読み出し ― マイクロ波で回し、電荷に変えて読む
- なぜシリコン、なぜ28Siか ― 核スピンというじゃま者
- 界面と谷(バレー)― 材料の「均一さ」が量子ビットの性能になる
- 半導体工場で作る ― 300 mm ウェハーでの到達点と課題
- 到達点の読み方 ― 忠実度の数字をどう受け取るか
- 高い温度で動かす試みと、長所・短所の整理
- 確認できなかったことと、まとめ
- 評価・標準の読み方
- 用語集
- 参考資料(一次情報)
- 主張と出典の対応表(監査)
事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標・審議中など、確定していない事項
このほか、材料への読み取りは「解説」として区別しています。推測は太字で示します。企業の発表は「企業の主張」として扱い、第三者の確認を意味しません。
第2章と第5章の数値は、物理定数(NIST)を使った本稿の計算です。量子ドットの大きさ(20 nm × 20 nm × 5 nm)は計算を分かりやすくするための仮の例で、実在のデバイスの寸法ではありません。第8章の忠実度は、論文ごとに測り方・温度・素子が違うので、優劣をつけるための表ではありません。研究室の最高値は、量産品の性能を意味しません。
1. 電子スピンとは何か ― 小さな磁石の向き
まず、身近な感覚から
方位磁針を思い出してください。針は小さな磁石で、北か南か、向きを持っています。電子には、これと似た性質があります。電子1個が、ごく小さな磁石のように振る舞い、「上向き」か「下向き」のどちらかを向きます。この性質をスピンとよびます。
では、なぜこれが量子ビットになるのでしょうか。量子ビットには、0と1に当たる2つの状態が必要です。電子スピンは、磁場をかけると「磁場に沿った向き」と「逆向き」の2つがはっきり分かれます。この2つに0と1を割り当てれば、量子ビットになります。
名前から、電子が独楽(こま)のように自転していると想像しがちですが、そのたとえは厳密には正しくありません。スピンは、電子がもつ量子力学的な性質で、「小さな磁石の向き」と言い換えると、量子ビットとしての働きを考えやすくなります。このたとえが当てはまるのは、「向きが2通りに分かれる」という点までです。「向きが斜めになる(重ね合わせ)」という状態は、本物の方位磁針にはない、量子ならではの状態です。
量子ビットの矢印との対応
本シリーズでは、量子ビットの状態を「球の中心から表面に向かう矢印」で表します。北極を向けば0、南極を向けば1、斜めを向けば0と1の重ね合わせです。電子スピンの場合は、この矢印を、そのまま「電子の小さな磁石の向き」に重ねて考えられます。矢印が斜めのとき、測ると0か1のどちらかに決まり、決まる確率は矢印の傾きで決まります。測ると、元の矢印は戻りません。
誤り:「重ね合わせだから、0と1の答えを同時に出してくれる」。正しくは:矢印が斜めを向いていても、測れば0か1のどちらか一方に決まります。量子コンピュータの強みは、複数の量子ビットの矢印を波のように足し合わせ(干渉)、正しい答えが強め合い、間違った答えが弱め合うように回路を設計することから生まれます。電子スピンはその矢印を担う「器」の1つにすぎません(詳しくは本シリーズ「量子コンピュータの基礎」編)。
なぜ電子のスピンは、量子ビットに向いているのか
Burkard らの総説は、スピンを「電場に鈍感な、自然な2準位系」と説明し、そのために長いコヒーレンス(量子の状態が保たれる時間)が得られると述べています事実[参考資料3]。チップの中には、電気的な揺れ(電場のゆらぎ)がたくさんあります。スピンは磁石の向きなので、電気のゆらぎの影響を受けにくい、ということです。ただし「受けにくい」だけで、受けないわけではありません。後で見るように、実際の量子ビットの限界は、電気のゆらぎ(電荷ノイズ)と、周りの核スピンで決まります。
歴史を一行で
電子を量子ドットに閉じ込めて、スピンを量子ビットにする提案は、Loss と DiVincenzo が1998年に発表しました事実[参考資料1]。同じ1998年に、Kane は、シリコンの中のリン原子の核のスピンを使う量子コンピュータを提案しました事実[参考資料2]。この記事は、おもに前者(電子スピン)を扱い、後者(リン原子=ドナー)は短く触れます。
2. 磁場とエネルギーと温度 ― なぜ極低温が必要か(本稿の計算)
磁場をかけると、電子スピンのエネルギーは2つに分かれます(図2)。この差 ΔE が、量子ビットの「0と1のエネルギーの差」です。ここでは、その大きさを、実際の数字で確かめます。
ステップ①:エネルギーの差を周波数で表す
自由な電子のスピンでは、磁場 1 テスラ(T)あたりの周波数が、約 28.02 GHzです(NIST の物理定数表:電子の磁気回転比を 2π で割った値は 28 024.951 MHz/T)事実[参考資料4]。シリコンの中の電子では、谷や界面の影響で、この値から少しずれることがあります(Burkard らの総説は、谷の状態の混ざりなどによる補正に触れています[参考資料3])。たとえば、Steinacker らの装置(arXiv 版)では、磁場が 0.666 T で、ゼーマン・エネルギーは約 77 µeV、マイクロ波の周波数(局部発振器)は 18.610 GHz と書かれています事実[参考資料19]。上の自由電子の値で計算すると、28.025 GHz/T × 0.666 T = 約 18.7 GHzで、論文の値とほぼ一致します本稿の計算。18 GHz 台は、電子レンジ(約 2.45 GHz)より高い、マイクロ波の周波数です。
ステップ②:これを温度に直す
周波数 f のエネルギーは h × f(h はプランク定数)です。これを温度に直すと、0.666 T のときの ΔE は約 77 µeV(マイクロ電子ボルト)、温度に換算すると約 0.90 K(ケルビン)です本稿の計算(プランク定数とボルツマン定数は NIST の値[参考資料4])。つまり、温度が 0.9 K(−272 ℃)のとき、周りの熱の揺れのエネルギーと、スピンの上下のエネルギー差が同じくらいになるのです。
ステップ③:熱で、向きがばらける
周りの熱の揺れが大きいと、スピンは上向きと下向きにランダムにばらけます。「どれだけ低いエネルギーの向きに偏っているか」(偏極率 P)は、熱のエネルギーを kBT として、P = tanh(ΔE ÷ 2kBT)で計算できます(本記事による解説。熱平衡の2準位系の一般的な式)。式の意味は、「ΔE が熱エネルギーより十分大きいほど、P は1に近づく(ほぼ全員が低い向き)」です。数値で見ましょう。
| 温度 | 熱エネルギー kBT | 磁場 0.1 T(ΔE 約 11.6 µeV)での P | 磁場 0.666 T(ΔE 約 77 µeV)での P | 磁場 1 T(ΔE 約 116 µeV)での P |
|---|---|---|---|---|
| 10 mK | 約 0.86 µeV | ほぼ 1.000 | ほぼ 1.000 | ほぼ 1.000 |
| 100 mK | 約 8.6 µeV | 約 0.59 | 約 0.9997 | 約 0.999997 |
| 1 K | 約 86 µeV | 約 0.07 | 約 0.42 | 約 0.59 |
| 4 K | 約 345 µeV | 約 0.02 | 約 0.11 | 約 0.17 |
計算:ΔE = h × 28.025 GHz/T × B、P = tanh(ΔE/2kBT)(本稿の計算)。定数は NIST の物理定数表。自由電子の値を使用(シリコン中では少しずれうる)。
必ずしもそうではありません。偏極率が低いのは、「量子ビットを、いつも同じ向き(たとえば0)から始められない」という問題です。実際の実験では、はじめに向きをそろえる操作(初期化)を行い、また、測定で最初の状態を確認することで、ある程度は補えます(本記事による解説)。ただし、低温のほうが、初期化と読み出しの精度を上げやすいことは、この計算から読み取れます。第9章で、1 K を超える温度で動かした研究を紹介します。
この計算の最大のメッセージは、「温度は、熱の揺れとの勝負」だということです。冷凍機の中は、10 mK(0.01 K)のような温度まで冷やされ、その冷却能力はごくわずかです(Yang らの論文は、希釈冷凍機の冷却能力が 100 mK 以下で極めて限られると述べています[参考資料24])。だから、チップの中の配線、はんだ、基板、接着剤は、低温で割れない、熱をためない、磁性不純物を含まないものが選ばれます。素材技術者にとっては、「室温の物性」ではなく「数 mK〜1 K での熱伝導率・比熱・磁性」が主役になる世界です(本記事による解説。極低温の材料は、本シリーズ「極低温と制御」編・「量子コンピュータの材料と製造」編で扱います)。
3. 電子を1個だけ閉じ込める ― 量子ドットの2つの作り方
身近な例:小さなくぼみに、ビー玉を1個だけ入れる
電子スピンを量子ビットにするには、電子を1個だけ、決まった場所に置かなければなりません。たとえるなら、平らな板に小さなくぼみを作り、ビー玉を1個だけ入れるようなものです。半導体チップでは、くぼみを「電圧」で作ります。チップの表面に細い金属の電極(ゲート)を並べ、電圧をかけると、その真下の電子が集まったり、押し出されたりします。こうして電子を閉じ込めた小さな領域を量子ドットとよびます(量子ドットの材料としての話は本シリーズ「量子ドット」編にあり、ここでは「電子を1個ずつ入れる小部屋」の意味で使います)。
Burkard らの総説も、ゲート電極の電圧で電子を閉じ込める素子(ゲート定義の量子ドット)を、電子スピン量子ビットの基本形として整理しています事実[参考資料3]。
つくり方は主に2通り
シリコンの量子ドットは、電子をどこに溜めるかで、おもに2つのタイプに分かれます。MOS型は、シリコンと酸化膜(SiO2)の境目(界面)に電子を溜めます。Si/SiGe型は、シリコンとシリコン・ゲルマニウム合金(SiGe)を積み重ね、薄いシリコンの層(量子井戸)に電子を溜めます。
元のSVG・数値・出典を確認する
元SVGの説明:概念図(ベクター作図)。MOS型(左)とSi/SiGe型(右)の断面です。層の厚さ・電極の数と形は説明のための例示で、実在の素子の寸法ではありません。MOS型の例として Steinacker らの素子は、熱酸化膜とポリシリコンのゲートを使っています[参考資料19]。Si/SiGe型の例として Noiri らの素子は、Al のゲートと Ti/Co のマイクロ磁石を使っています[参考資料13]。
| タイプ | 電子が溜まる場所 | 谷の分裂(第6章)の主な決まり方 | 実験例(材料・構造の記載) |
|---|---|---|---|
| MOS型 | シリコンと酸化膜(SiO2)の界面 | 縦方向の電場で調節できる。報告値は 50〜500 µeV の範囲[参考資料3]事実 | Steinacker ら(2025):28Si の層をエピタキシャル成長し、熱酸化膜と3層のポリシリコンゲートで作製(arXiv 版の記載)[参考資料19]事実 |
| Si/SiGe型 | SiGe にはさまれた、ひずんだ薄いシリコンの層(量子井戸) | 電場での調節は弱く、界面の質と井戸の幅で決まる。高品質の界面・薄い井戸で 200〜300 µeV 程度までの報告[参考資料3]事実 | Noiri ら(2022):28Si の量子井戸(表面の 50 nm 下)。Al のゲートと Ti/Co のマイクロ磁石[参考資料13]。Yoneda ら(2018):ガスソース分子線エピタキシーで成長[参考資料12]事実 |
| ドナー型(参考) | シリコンの中に打ち込んだ、リン原子(ドナー)の電子・核 | ドナーでは、6つの谷が混ざった1つの状態になる(Burkard らの総説)[参考資料3] | Muhonen ら(2014)、Mądzik ら(2022):28Si の基板の上の素子[参考資料7・18]事実 |
表の整理は本稿の計算(整理)。数値は各論文・総説の記載。どちらのタイプが優れているかを論じるものではありません。
この「ゲート」は、論理回路の「量子ゲート」とは別の言葉です。量子ゲートは操作のこと、ここでのゲート電極は、電圧をかけるための金属の板のことです(トランジスタのゲートと同じ言葉です)。混同しやすいので、この記事では、金属の板は「ゲート電極」、操作は「量子ゲート」と書き分けます。
4. 操作と読み出し ― マイクロ波で回し、電荷に変えて読む
電子スピンを量子ビットとして使うには、準備する、回す、読むの3つが必要です。それぞれを、実験で使われている方法でやさしく説明します。
元のSVG・数値・出典を確認する
元SVGの説明:概念図(ベクター作図)。電子スピン量子ビットの基本の流れです。実際の実験では、準備・操作・読み出しを多数回くり返し、結果の割合から忠実度などを求めます。図中の記号と配置は説明用です。
① 準備 ― 向きをそろえて、始める
最初に、量子ビットを「0」の状態に準備します。シリコンのスピン量子ビットでは、低温にして、電子が低いエネルギーの向きを向きやすい状況にします(第2章の計算)。Steinacker らの実験では、量子ドットを電子の貯蔵部から切り離した状態で、電子を4個入れて使っています(arXiv 版の記載)[参考資料19]。
② 操作 ― マイクロ波で矢印を回す
スピンの上下のエネルギー差 ΔE に合った周波数の、マイクロ波の磁場を当てると、矢印が回ります(磁気共鳴の原理。第2章の図2)。当てる時間(パルスの長さ)で、回る角度が決まります。これが1量子ビットゲートです。
マイクロ波を当てる方法は、実験によって2種類あります。Steinacker らは、素子の近くに作ったアルミニウムの線(ストリップライン)に電流を流して、マイクロ波の磁場を作っています事実[参考資料19]。Noiri らは、素子の上に置いた小さな磁石(Ti/Co のマイクロ磁石)が作る「磁場の傾き」を使い、ゲート電極の電圧を振って、電子をほんの少し揺らすことでスピンを回しています事実[参考資料13]。後者は、電気の信号だけでスピンを操作できる点が特徴です。
2量子ビットゲートでは、隣り合う2つの電子の間の壁(トンネル障壁)を、ゲート電極(図4のJ)の電圧で低くします。すると、2つの電子が少しだけ相互作用して(交換相互作用)、一方のスピンの向きが、もう一方に影響します。Petit らは、この結びつきの強さをゲート電圧で 0.5〜18 MHz の範囲で変えられたと報告しています事実[参考資料23]。
③ 読み出し ― スピンの向きを、電荷の有無に変える
スピンの向きは、直接は測りにくい量です。そこで、スピンの向きを、電荷の有無に変えてから測ります。Elzerman らは2004年に、量子ドットの中の電子1個のスピンの向きを、電気的に1回の測定で読み取りました(スピン・電荷変換と、近くの電荷検出器による検出)事実[参考資料27]。いまのシリコン素子では、2つの電子のスピンが同じ向きか違う向きかで、電子が隣のドットへ移れるかどうかが変わる現象(パウリのスピン閉塞)を使う方法が使われます。Burkard らの総説は、この現象で、スピンの状態が電荷の配置に写される、と説明しています事実[参考資料3]。電荷の配置の違いは、近くの電荷センサー(単電子トランジスタなど)が、電流の変化として検出します[参考資料19]。
電子には、「同じ状態の電子は、同じ場所に2個入れない」というルールがあります(パウリの排他原理)。2つの電子のスピンが逆向きなら、隣のドットに移って同じ場所に入れますが、同じ向きなら、入れず、移れません。この違いで「2つのスピンが同じか違うか」が、電荷の動きやすさに変わります(本記事による解説)。これは、1個のスピンではなく、2個の組の性質を読む方法です。そのため、読み出しの設計は少し複雑になります。
Noiri らの素子は、アルミニウムのゲート(表面に薄い自然酸化膜)、その上に原子層堆積(ALD)で作ったアルミナの絶縁膜(30 nm)、さらにその上に Ti/Co のマイクロ磁石、という構造です事実[参考資料13]。つまり、磁性膜の組成・膜厚・絶縁膜の質が、量子ビットの操作の速さと、周りのノイズの大きさに関わります。磁石の材料が作る磁場のばらつきと、絶縁膜の中の電荷の揺れは、材料側の課題です(本記事による解説。ALD は本シリーズ「原子層堆積」編、磁性材料は「スピントロニクス材料」編で扱います)。
5. なぜシリコン、なぜ28Siか ― 核スピンというじゃま者
問い:電子スピンは、何に邪魔されるのか
電子スピンは、電気のゆらぎには鈍感でした。では、何が量子ビットを壊すのでしょうか。大きな原因の1つが、周りの原子の核です。原子核の中には、電子と同じように「小さな磁石」の性質(核スピン)を持つものがあります。電子の近くにこの核の磁石がたくさんあると、電子は、核の磁石が作るわずかな磁場を受けます。その磁場は、核の磁石の向きがゆっくり変わるにつれて、ゆらぎます。すると電子スピンの矢印が、少しずつぶれていきます。
Burkard らの総説は、GaAs(ガリウムヒ素)の量子ドットでは、この核の磁場のゆらぎによって、位相のそろっている時間(T2*)が約 10 ns に制限されると述べています事実[参考資料3]。GaAs は、どの原子の核も磁石の性質を持つ材料です。これに対し、シリコンは事情が違います。
シリコンの同位体 ― 磁石を持つものと持たないもの
同じシリコンでも、原子核の重さが違う種類(同位体)があります。天然のシリコンには、28Si が 92.223%、29Si が 4.685%、30Si が 3.092% 含まれています(NIST)事実[参考資料5]。このうち、核スピン(磁石の性質)を持つのは 29Si だけです。28Si と 30Si は、持ちません(本記事による解説。Tyryshkin らは、28Si を「磁性を持つ核を含まない形のシリコン」と述べています[参考資料6])。だから、28Si だけを集めたシリコンは、周りに邪魔な磁石がない「静かな容れ物」になります。
電子スピンを、教室で小声で話をしている人にたとえましょう。天然のシリコンは、「おしゃべりな子」(29Si)が20人に1人くらいいる教室です。近くの子の声がゆらいで聞こえて、話がぶれます。28Si の教室は、おしゃべりな子がほぼいない教室です。
たとえの限界:29Si の核スピンは、電子のように急にランダムに動くのではなく、ゆっくり向きを変える「ゆっくりしたノイズ」です。だから、スピンエコー(後から打ち消す操作)で、かなり取り除けます(本記事による解説)。
どれくらい静かになるのか ― 実験の数字
28Si を使うと、スピンのコヒーレンス(保たれる時間)が大きく伸びます。ドナー(リン原子)を使った、いくつかの結果を見てみましょう。
- Tyryshkin ら(2012):残留する 29Si が 50 ppm 未満の高純度 28Si で、ドナー電子スピンのコヒーレンス時間 T2 が最大 2 秒。電子間の相互作用を抑えると、1.8 K で 10 秒と外挿された事実[参考資料6]。(ppm は100万分の1。この実験は、多数のスピンの集まり=アンサンブルでの測定です)
- Muhonen ら(2014):28Si の基板の上の、ゲートを付けた素子で、1個のリン原子の核スピンのコヒーレンスが 30 秒を超え(CPMG という操作列を使用)、制御の忠実度は 99.99% を超えた。電子スピンの CPMG コヒーレンス時間は 0.5 秒を超えた事実[参考資料7]。
一方、量子ドットの電子スピンでは、Yoneda ら(2018)の 28Si/SiGe 素子で、位相のそろっている時間(T2*)が 20 µs、1量子ビットゲートの忠実度が平均 99.9% を超え、揺らぎの主な原因は電荷ノイズだと報告されました事実[参考資料12]。ドナーの核スピン(秒単位)に比べて、量子ドットの電子(数十 µs)はずっと短い、という点にも注目してください。これは、量子ドットの電子が、電気的に操作しやすい代わりに、電気のゆらぎ(電荷ノイズ)にも敏感になるためです(本記事による解説)。
残る29Siは、何個くらいなのか(本稿の計算)
「残る 29Si が 800 ppm」と言われても、多いのか少ないのか実感しにくいので、数に直してみましょう。シリコン結晶の格子定数は 0.5431 nm(NIST)で、1つの立方体(単位格子)に 8 個の原子が入ります。したがって、1 cm3 あたりのシリコン原子は 8 ÷ (0.5431 nm)3 = 約 5.0 × 1022 個です本稿の計算[参考資料4]。
電子が広がる範囲を、仮に 20 nm × 20 nm × 5 nm とします(説明のための仮の寸法で、実在の素子の寸法ではありません)。この体積は 2.0 × 10−18 cm3 で、シリコン原子は約10万個入ります。この中の 29Si は、天然シリコンなら約 4,700 個、800 ppm なら約 80 個、400 ppm なら約 40 個、50 ppm なら約 5 個です本稿の計算。
個数は整数ですから、「平均 0.08個」とは、同じ大きさの領域を100個見て、29Si が入っているのが8個程度という意味です。ほとんどの量子ドットは、29Si が1個もない「完全に静かな」状態になります。逆に天然シリコンは、どの量子ドットにも数千個の核スピンがいて、その向きのゆらぎが電子スピンに乗ります。
28Si は、どうやって作るのか
同位体は、化学的な性質がほとんど同じなので、普通の化学精製では分けられません(本記事による解説)。そのため、重さの違いを使って分けます。
- ガス遠心分離などの工業的な方法:Dwyer らは、この方法を「産業用のガス遠心分離」と呼び、それに代わる方法を研究しました[参考資料8]。
- イオンの質量選別:Dwyer ら(2014)は、市販のシラン(SiH4)からシリコンのイオンを作り、磁場で重さごとに分けて Si(100) 基板に堆積し、29Si と 30Si の割合がともに 1 × 10−6 未満の膜を得たと報告しました事実[参考資料8]。Tang ら(2020)は、同様のイオンビーム堆積で、天然の割合から 99.99987%(29Si が 0.832 × 10−6)までの 28Si 薄膜を作り分けました事実[参考資料9]。いずれも実験室規模です。
- 精製したシランからの成長:Yoneda らは、同位体を精製したシラン(29Si が約 800 ppm)を原料に、ガスソース分子線エピタキシーで 28Si のひずんだ井戸を作りました[参考資料12]。Mazzocchi らは、CVD で成長した 28Si エピタキシャル膜(99.992%)を、300 mm 基板で報告しています(題名の記載)事実[参考資料10]。
同位体を制御した材料の全体像(シリコンとダイヤモンド)は、Itoh と Watanabe の総説が整理しています[参考資料11]。
必須ではありません。Takeda ら(2016)は、天然の同位体比のシリコンの量子ドットで、誤りに強い制御ができるスピン量子ビットを示しました(題名の記載)事実[参考資料41]。ただし、残る 29Si のゆらぎを取り除いたほうが、より高い性能を狙いやすいことは、前述のとおりです。Steinacker らは、400 ppm の 29Si を使った素子で、主な操作誤りの原因が残る核スピンの同位体であり、電荷ノイズではないと報告し、さらに 50 ppm 以下まで精製すれば改善できる、という見通しを示しています事実[参考資料19・20]。ただし、これは著者らの見通しで、実証された結果ではありません未確定/将来。
半導体の材料では、不純物の濃度(ppm〜ppb)を管理するのが普通です。28Si では、これに加えて、同位体の比(29Si が何 ppm 残っているか)という指標が、デバイスの性能に直結します。化学的な純度が完璧でも、29Si が多ければ性能は上がりません。反対に、同位体比が良くても、酸素・炭素・金属の不純物があれば、別のノイズ源になります(本記事による解説)。
また、電子が存在する領域は、井戸の数十 nm だけです(Noiri らの素子では、量子井戸は表面の 50 nm 下[参考資料13])。推測ですが、「電子のいる層だけを精製する」ことで、必要な 28Si の原料の量を減らせる可能性があります。実際、Yoneda らは、精製したシランを歪んだ井戸の成長にだけ使った、と述べています[参考資料12]。原料の供給量・価格は、本稿では確認できませんでした。
6. 界面と谷(バレー)― 材料の「均一さ」が量子ビットの性能になる
電荷ノイズ ― もう1つの壁
28Si で核スピンを取り除いても、まだ壁があります。電荷ノイズです。電子スピンは電場に鈍感ですが、量子ドットでは、電場の揺れをかりて、スピンを操作しています。そのため、電場の揺れ(電荷ノイズ)を、拾ってしまいます。Yoneda らは、位相の乱れの原因が、磁気的なノイズではなく電荷ノイズ(周波数に反比例する 1/f 型)であること、またその 1/f 型のスペクトルが7桁の周波数にわたって広がっていることを示しました事実[参考資料12]。Steinacker らの素子では、単電子トランジスタで測った電荷ノイズは、1 Hz で約 0.8 µeV/√Hz、これは過去の同様な素子の低い値と同程度だったと報告されています(arXiv 版)事実[参考資料19]。
電荷ノイズの原因は、酸化膜の中や界面にある欠陥・不純物が、電子をつかんだり放したりすることだと考えられています(一般的な理解。本記事による解説)。ここに、素材技術者の出番があります。界面の質、膜中の欠陥、金属の不純物の管理が、量子ビットの性能を決めます。
谷(バレー)― シリコンだけの、やっかいな性質
もう1つ、シリコンに特有の問題があります。それが谷(バレー)です。結晶の中の電子は、波として広がっています。シリコンでは、電子が最もエネルギーを低くできる「波の形」が、6通りあります(Burkard らの総説:伝導帯の極小が6つに縮退)事実[参考資料3]。この6通りの「谷底」のどれに電子がいてもよい、というのが、6つの谷です(実際の山や谷ではなく、電子の波の波長に関する話です)。
量子ドットでは、閉じ込めの向き(縦方向)の2つの谷だけが問題になります。MOS型では縦方向の電場、Si/SiGe 型ではひずみが、残りの4つの谷を持ち上げます。残った2つの谷の間のエネルギー差を、谷の分裂とよびます事実[参考資料3]。
谷の分裂が小さいと、何が困るのか
谷の分裂が、スピンのエネルギー差(ゼーマン・エネルギー)に近い、あるいはそれより小さいと、スピンの状態が谷の状態と混ざり、量子ビットとして使いにくくなります(本記事による解説。総説は、谷の状態の混ざりが、g因子やスピンの緩和に影響すると述べています[参考資料3])。Yoneda らは、谷の分裂がゼーマンの分裂より十分に大きいことを、磁気分光で確認したと書いています[参考資料12]。図7の下のとおり、0.666 T で 77 µeV に対し、MOS型の報告値の範囲の下端(50 µeV)はそれを下回ります。つまり、谷の分裂の大きさの確認は、素子ごとに必要になります(本稿の読み取り)。
Si/SiGe 型には、さらに別の課題があります。Paquelet Wuetz らは、Si と Ge の原子の濃度が、界面の3次元的な場所ごとに揺らいでいるために、谷の分裂が多数の素子で大きくばらつくことを説明しました事実[参考資料28]。彼らは、これまでの常識に反して、井戸の中に Ge を少し混ぜて、この揺らぎを増やすことで、谷の分裂を統計的に大きくする提案をしています[参考資料28]。界面が「平らで均一」であることが、そのまま量子ビットの均一さに効く、という点が重要です。
誤り:「半導体の技術は成熟しているから、量子ビットも簡単に作れる」。正しくは:ふつうのトランジスタは、電子が何百万個動いても問題ありません。量子ビットでは、電子1個の向きを、ほとんど乱さずに保たなければならず、トランジスタでは問題にならない、単一の欠陥・原子1個レベルの凸凹・同位体の混ざりが、性能を左右します(本記事による解説)。「シリコン」という同じ名前でも、求められる品質の種類が違います。
MOS型では、Si/SiO2 界面の欠陥と、界面の凸凹が、電荷ノイズと谷の分裂を決めます。Si/SiGe 型では、SiGe のひずみの入り方・界面の鋭さ・Ge の分布が、谷の分裂のばらつきを決めます[参考資料28]。どちらの型でも、原子層レベルで揃ったエピタキシャル成長・酸化・洗浄の工程管理が必要で、製造の再現性は、量産プロセスとしての重要な指標です(本記事による解説。薄膜と界面の評価は本シリーズ「ナノ計測」編を参照)。
7. 半導体工場で作る ― 300 mm ウェハーでの到達点と課題
なぜ「工場で作れる」ことが大事なのか
実用的な量子コンピュータには、誤りを訂正するために、非常に多くの量子ビットが必要だと考えられています。Neyens らは、固体素子で量子ビットを何百万個も1つのプロセッサに載せるには、素子の製造が、現代の CMOS 産業と同じ規模に達する必要があると述べています事実[参考資料22]。そこで、すでに巨大な量産の設備がある半導体工場を、量子ビットの製造にも使いたい、というのがシリコンスピン量子ビットの大きな動機です。
ところが、研究室でできた高性能の素子が、工場でも同じように作れるかは、別の問題でした。Steinacker らは、論文の冒頭で、研究室で作った素子の優れた忠実度と長いコヒーレンスが、半導体ファウンドリ(受託製造の工場)で作った素子でも再現できるかが明確でなかった、と書いています事実[参考資料20]。
工場での作り方の流れ
Steinacker らは、デバイスは Diraq が設計し、imec の300 mm のスピン量子ビット用の工程で製造したと書いています。ゲートの間隔(ピッチ)は 100 nm より小さく、速い試作と設計の自由度のために、光リソグラフィーと電子線リソグラフィー(EBL)を組み合わせています(arXiv 版)事実[参考資料19]。つまり、「300 mm の工場」でも、量子ビットのいちばん細かい部分には、電子線を使った描画が含まれています。一方、Intel は、Tunnel Falls を300 mm ウェハーの最先端のトランジスタ製造設備(極端紫外線=EUV リソグラフィーを含む)で作ったと発表しています(企業の主張)[参考資料26]。
これまでの主な到達点(確認日 2026年10月16日)
| 組織・年 | 規模と主な数値 | 情報の性格 |
|---|---|---|
| Intel:Tunnel Falls(2023年6月15日発表) | 12個の量子ドットの素子(4〜12個の量子ビットとして使える)。300 mm ウェハー、同社の D1 工場。「ウェハー全体で95%の歩留まり」「CMOS ロジックのプロセスに似た電圧の均一性」 | 企業の主張(Intel の発表)[参考資料26]事実(発表されたこと) |
| Intel:Neyens ら(Nature、2024年5月) | 極低温(1.6 K)の 300 mm ウェハープローバーで、数百個の素子を測定。単電子の動作電圧のばらつきが小さく、ウェハー規模で乱れが少ないと報告 | 査読論文[参考資料22]事実 |
| imec と Diraq:Steinacker ら(Nature、2025年9月) | 300 mm ファウンドリで作った2量子ビット素子4個すべてで、1量子ビット・2量子ビットの制御の忠実度が99%を超え、状態準備・測定の忠実度は最大99.9%(ゲートセット・トモグラフィー)。T1 = 9.5 s、T2* = 40.6 µs、T2Hahn = 1.9 ms(最大値) | 査読論文[参考資料20]事実 |
| 同上:「無作為に選んだ素子」 | imec と Diraq の発表は、結果が「ヒーロー素子」ではなく、無作為に選んだ素子から得られたと述べている | 企業の主張(Diraq の発表)[参考資料42] |
| Diraq と imec ほか:Nickl ら(プレプリント、2025年12月) | 8個の量子ドットの直線配列(2個ずつ4組)を調整。T2* 最大 41 µs、T2Hahn 最大 1.31 ms。隣り合う量子ビット間の2量子ビットゲートを実演。測定は中央の4量子ビットで、カスケード型の電荷センシング | プレプリント[参考資料21]事実。専門誌への掲載は、報道では「Nature Communications」とされるが、掲載ページは確認できなかった |
| DARPA:QBI の Stage C(2026年10月7日発表) | Diraq(シリコン CMOS のスピン量子ビット)を含む4組織が、Stage B を終えて最終段階の Stage C に進むと発表された。Stage C は、提案された実用規模のシステムが、設計どおりに作れて動くかを、政府の評価チームが検証する段階 | 公的機関の発表[参考資料44]事実。実用規模の機械の実現を認定したものではない(本記事による解説) |
数値は各論文・発表の記載。確認日 2026年10月16日。8量子ビットの論文には、ゲート忠実度の数値の記載が確認できなかった(要旨に記載なし)。表の整理は本稿の計算(整理)。
誤り:「工場で作れたのだから、量産で量子ビットが何百万個もできる」。正しくは:工場で作った素子で報告された量子ビット数は、2025〜2026年の時点で、2個(4素子)〜8個の規模です(上の表)。工場で作る目的は、将来、多数の量子ビットを同じ品質で作れる道を確かめることです。何百万個という数字は、企業の目標(未確定/将来)であり、達成された事実ではありません。たとえば Diraq は、数千個を2029年、100万個超を2031年とする計画を述べています(企業の主張。発表を報じた記事による)[参考資料43]。
Steinacker らは、MOS のゲートスタックでは、初期化・読み出し・交換結合の2量子ビットゲートが、電荷ノイズに敏感であり、そのため、量子井戸(界面から離す)という手法も試みられたと書いています。一方で、薄い酸化膜に対して量子ドットを作ると、強い電場による大きな谷の分裂と、ゲート電圧との効率の良い結合が得られる、という利点もあります(arXiv 版)事実[参考資料19]。つまり、材料の選択は、一方が良ければ他方が悪い、トレードオフです。
Neyens らが「単電子の動作電圧のばらつき」を指標にしていることに注目してください[参考資料22]。これは、室温の寸法測定では見えない、極低温での電気的な均一性です。素材技術者の目で見れば、「ウェハー上の欠陥の密度や、膜中の電荷の分布」が、そのまま電圧のばらつきとして現れる、ということです(本記事による解説)。
8. 到達点の読み方 ― 忠実度の数字をどう受け取るか
「99.5%」は、どのくらいすごいのか
量子ゲートの忠実度とは、「理想の操作にどれだけ近く実行できたか」を表す数字です(詳しくは本シリーズ「コヒーレンスとフィデリティ」編)。忠実度が99.5%なら、誤りは0.5%で、平均して200回の操作に1回は失敗する計算です本稿の計算。99.9%なら1,000回に1回、99.99%なら1万回に1回です。
目安になるのが、誤り訂正符号のしきい値です。Fowler らは、表面符号という方式で、誤り率が約1%以下であれば誤り訂正が働き始める、と示しました事実[参考資料36](詳しくは本シリーズ「量子誤り訂正と表面符号」編)。Noiri らは、電子スピン量子ビットでは、2量子ビットゲートの忠実度が98%までにとどまっていたが、今回99.5%(1量子ビットゲートは99.8%)を得た、と報告しました事実[参考資料13]。
いいえ。「しきい値」を超えたのは、1個ずつの操作の精度です。誤り訂正が実際に働くには、さらに、多数の量子ビットが全部そろってこの精度で動き、読み出しと状態の準備も良く、しかも誤りが量子ビットの間で広がらない、という条件が必要です(本記事による解説)。Takeda らは、シリコンで3量子ビットの位相の誤り訂正符号を実演しましたが、これは、1種類の誤り(位相反転)だけを訂正する小さな符号です[参考資料16]。表面符号のような、実用規模の誤り訂正は、シリコンスピン量子ビットでは、まだ実証されていません(本稿で確認した範囲)。
量子ビットの数と、同時に出す性能
Philips らは、2022年に、シリコンで6量子ビットのプロセッサを作り、操作・状態準備・測定をまとめて、まずまずの忠実度で動かしたと報告しました事実[参考資料17]。著者らは、量子ビットの数を増やすことと、高い忠実度を保つことは、普通は両立しにくい、と書いています。上で見たように、工場で作ったものでは、8量子ビットまでが確認できています(プレプリント)[参考資料21]。
言い換えると、シリコンスピン量子ビットの強みは、1つ1つの量子ビットの性能(長いコヒーレンスと高い忠実度)と製造の方法にあり、量子ビットの数は、これから増やしていく段階です(本記事による整理。確認日 2026年10月16日)。
ほかに、Mills らは、Princeton のグループとして、2量子ビットのシリコン量子プロセッサで、操作の忠実度が99%を超えたと報告しています(題名の記載)事実[参考資料15]。Mądzik らは、リン原子の核スピンを使ったドナー型で、1量子ビットゲートの忠実度が最大 99.95%、2量子ビットゲートが 99.37% であったと報告しています(ゲートセット・トモグラフィーで評価)事実[参考資料18]。
9. 高い温度で動かす試みと、長所・短所の整理
なぜ「温度を上げたい」のか
第2章の計算で見たとおり、量子ビットを良い状態で動かすには、低い温度が有利です。しかし、冷凍機の冷却能力は、温度が低いほど小さくなります。Yang らは、固体の量子ビットでは、量子ビットを1個増やすごとに発熱が増える一方、希釈冷凍機の冷却能力は 100 mK 以下で極めて限られる、と指摘しています事実[参考資料24]。そこで、もっと高い温度(1 K 以上)で動く量子ビットを探す研究が行われています。
- Petit ら(2020):1 K を超える温度で、シリコンの量子ドットが、普遍的なゲートの組(1量子ビットゲートと2量子ビットゲート)を実行できると報告。1量子ビットゲートの忠実度は最大 99.3%、交換相互作用は 0.5〜18 MHz の範囲で調節できた事実[参考資料23]。
- Yang ら(2020):約 1.5 K で、28Si の2量子ビットの単位素子を動作。1量子ビットゲートの忠実度 98.6%、コヒーレンス時間 2 µs。この値は、天然シリコンのスピン量子ビットを、ミリケルビンで測った値と同程度。磁場は 0.1 T まで下げられた。初期化と読み出しに、量子ドットの間の電子のトンネルだけを使い、電子の貯蔵部から切り離している事実[参考資料24]。
- Camenzind ら(2022):シリコンの FinFET(フィン型トランジスタ)で、正孔(電子が抜けた穴)のスピンを量子ビットにし、4 K を超えて動作。駆動周波数は最大 150 MHz、1量子ビットゲートの忠実度は誤り訂正のしきい値の水準事実[参考資料25]。
第2章の偏極率の計算は、熱だけでスピンの向きがそろう場合の話です。Yang らは、熱でそろえる代わりに、量子ドットの間の電子の移動(トンネル)だけで初期化と読み出しをしています[参考資料24]。つまり、温度が高いと不利な点は、操作の工夫で、ある程度は避けられます(本記事による解説)。ただし、温度が高いとコヒーレンスは短くなる傾向があり、Yang らの 2 µs は、第5章で見た工場製素子の T2Hahn(最大 1.9 ms)よりずっと短い値です(測定の条件が違うので、直接の比較はできません)。
1 K で動くと、冷却能力が上がるので、配線の本数・発熱する制御回路を、量子ビットの近くに置きやすくなります。Camenzind らは、動作温度を上げることで、量子ハードウェアと古典の制御電子回路を同じチップに載せる道が開くと述べています[参考資料25]。Xue らは、CMOS を使った極低温の制御回路で、シリコンの量子回路を制御した実験を報告しています(題名の記載)事実[参考資料30]。素材の側から見ると、極低温でも動作するトランジスタ、配線金属、絶縁膜の特性(低温での移動度・しきい電圧・ノイズ)が、新しい評価項目になります(本記事による解説。極低温の制御は「極低温と制御」編で扱います)。
長所と短所の整理(他の方式との優劣は論じません)
| 観点 | 長所として確認できること | 課題として確認できること |
|---|---|---|
| 製造 | 300 mm の工場で、忠実度99%超の2量子ビット素子を製造(Steinacker ら)。ウェハー上での、数百素子の極低温検査(Neyens ら)[参考資料20・22]事実 | 最も細かい構造に電子線描画が使われる例がある[参考資料19]。報告された量子ビット数は最大8個の規模(プレプリント)[参考資料21]事実 |
| コヒーレンス・忠実度 | T1 が秒、T2Hahn が ms の素子。1量子ビットゲート 99.9% 超、2量子ビットゲート 99.5%(Noiri、Xue)[参考資料12・13・14・20]事実 | 電荷ノイズ、残る 29Si の核スピンが、誤りの主な原因として報告[参考資料12・19]事実 |
| 材料 | 28Si では、核スピンという主要なノイズ源を原理的に取り除ける[参考資料6・7]事実 | 同位体精製・谷の分裂・界面の均一さが課題。谷の分裂は素子ごとにばらつく[参考資料3・28]事実 |
| 動作温度 | 1 K 以上、さらに 4 K 以上で動作した報告(ただし素子と条件は別)[参考資料23・24・25]事実 | 高温ではコヒーレンスが短くなる傾向(Yang らの 2 µs)[参考資料24]事実 |
| 拡張 | 制御回路を同じチップに載せる道がある(Camenzind ら)。ドットの2次元配列の例として、ゲルマニウムのホールスピンで4量子ビット(Hendrickx ら)[参考資料25・29]事実 | 2量子ビットゲートの実演は、隣り合う量子ビットの間(Nickl ら)。多数の量子ビットを、配線・読み出し・調整で扱う方法は、研究の途上[参考資料21]事実 |
表の整理は本稿の計算(整理)。優劣の判断ではありません。他の方式(超伝導、イオン、中性原子、光)との比較は、本シリーズ各方式の編を参照してください。素子は論文ごとに条件が異なります。
10. 確認できなかったことと、まとめ
確認できなかったこと
- Steinacker らの Nature 版の本文:要旨は確認しましたが、29Si の残留量(400 ppm)などの詳しい記載は、arXiv 版(2024年10月、第2版)で確認しました。Nature 版の本文では、数値が変わっている可能性があります(Nature 版は4素子、arXiv 版は1素子で、T2* などの値も異なります)。
- 8量子ビット論文の掲載誌:プレプリントは確認しましたが、Nature Communications への掲載(報道による)は、掲載ページで確認できませんでした。ゲート忠実度の数値は、要旨に記載がありませんでした。
- Intel の2024年以降の状況:Tunnel Falls(2023年)と Neyens ら(2024年)以後の、Intel のシリコンスピン量子ビットの現状は確認していません。
- 2026年に「シリコンスピン量子ビットで論理演算を実証した」とする二次情報:見かけましたが、一次の論文を確認できなかったため、記載していません。
- 28Si 原料の供給量と価格、各社が使う純度:確認できませんでした。
- シリコンスピン量子ビットに固有の標準・規格:確認できませんでした(第11章)。
- ゲルマニウム・ホールスピンなど、シリコン以外の材料:触れる程度にとどめました。
- 電子スピンは「小さな磁石の向き」で、磁場をかけると2つに分かれます。この2つを0と1にします。0.666 T なら約 18.7 GHz、約 77 µeV(約 0.9 K 相当)です本稿の計算
- 温度は、熱の揺れとの勝負です。1 K では偏極率が約0.42(0.666 T の場合)まで下がるので、冷やすほど有利です。ただし、操作の工夫で1 K 以上でも動いた報告があります事実/本稿の計算
- 28Si は「静かな容れ物」です。天然シリコンは 29Si が 4.685%(約10万個の原子の領域に約4,700個)。実験では 400〜800 ppm(約40〜80個)が使われ、研究室では約 1 ppm 未満の例もあります事実/本稿の計算
- 材料の課題は、界面にあります。電荷ノイズと谷の分裂は、酸化膜・SiGe の欠陥、凸凹、組成のばらつきで決まります事実
- 300 mm の工場で、2量子ビット素子が99%超を達成しました(2025年)。ただし、量子ビットの数はまだ最大8個(プレプリント)で、大規模化と誤り訂正の実証はこれからです事実/未確定/将来
11. 評価・標準の読み方
シリコンスピン量子ビットの進み具合は、忠実度(操作の正しさ)、コヒーレンス時間(保てる時間)、読み出しと状態準備の精度、量子ビットの数、製造のばらつきという複数の「ものさし」で測ります。どれか1つだけでは、全体像は分かりません。「何量子ビット」という数だけで性能は分からず、忠実度は、測り方(ランダム化ベンチマーキングか、ゲートセット・トモグラフィーか)と温度・条件が違うと、同じ名前でも意味が変わります。標準の側では、用語の標準は整いつつありますが、シリコンスピン量子ビット固有の評価規格は、確認できませんでした(確認日 2026年10月16日)。
| 評価項目 | 代表的なベンチマーク・評価手法(名称・出典) | 標準・指針(ISO/IEC・IEEE など) | 読み方の注意 |
|---|---|---|---|
| ゲートの忠実度 | ランダム化ベンチマーキング(Knill ら、2008;Magesan ら、2011)[33・34]。ゲートセット・トモグラフィー(Nielsen ら、2021)[35]事実 | 確認できなかった | RB は平均の誤りを測る。GST は誤りの種類(確率的か、コヒーレントか)まで分解できる。どちらで測った値かを確認する |
| しきい値の目安 | 表面符号のしきい値は約1%(Fowler ら、2012)[36]事実 | 確認できなかった | しきい値は符号と雑音の仮定で変わる。「超えた」は、誤り訂正が動くことを意味しない(第8章) |
| コヒーレンス時間(T1、T2*、T2Hahn) | 各論文の測定手順(Ramsey、Hahn エコー、CPMG など)[12・19・20]事実 | 確認できなかった | T2*、T2Hahn、CPMG は、測る操作列が違い、値は大きく変わる(例:40.6 µs と 1.9 ms)。方式の違うデバイスの値を並べて優劣をつけない |
| 製造の均一性・歩留まり | 極低温ウェハープローバーによる数百素子の測定(Neyens ら、2024)[22]事実 | 確認できなかった。ISO/IEC JTC 3 は、半導体など一部の分野を担当範囲から除外している[39]事実 | 歩留まりの数字(企業の主張)は、定義(何を良品とするか)が示されているかを確認する[26] |
| 用語の統一 | —(評価ではなく用語の標準) | ISO/IEC 4879:2024 "Information technology — Quantum computing — Vocabulary"(2024年5月発行、第1版)[38]事実。IEEE P7130 "Standard for Quantum Technologies Definitions"(草案。PAR 承認 2021年9月23日、「Active PAR」の状態)[40]未確定/将来 | 規格の本文は未確認で、定義の中身は書いていない。JTC 3 の公式ページでは、公表済みは1件、作成中は12件(確認日の表示)[39] |
| 物理的な要件の枠組み | DiVincenzo の5つ+2つの基準(2000年)[37]事実 | 確認できなかった | 量子ビットの定義、初期化、長いコヒーレンス、普遍的なゲート、測定、の観点から、各方式を点検する枠組み |
| ベンチマーク規格(IEEE P7131 など) | 確認できなかった | 確認できなかった(公式ページを取得できなかった) | 量子コンピュータの性能評価の標準化は進行中と報じられるが、本稿では状態を確認していない |
表の整理は本稿の計算(整理)。番号は参考資料の番号。ISO・IEEE の番号・題名・状態は公式ページで確認(確認日 2026年10月16日)。規格の本文は有料のため、題名・適用範囲の記載にとどめています。
読み方の注意(素材技術者向け)
- 「何量子ビット」だけでは、性能は分かりません:シリコンスピン量子ビットでは、量子ビット数が2〜8個の規模で、忠実度やコヒーレンスの数字が先に進んでいます。数が多い方式と単純に比べても意味がありません。量子ビットが物理か論理かも、必ず確認してください(この記事で扱った数は、すべて物理量子ビットです)
- 研究室の最高値と、工場の「揃った値」は別です:Yoneda ら(1量子ビット 99.9% 超)と Steinacker ら(4素子すべてで 99% 超)は、どちらも大事ですが、意味が違います。後者は、再現性(素子がそろうか)を示すものです
- 企業の発表と、第三者による検証は別です:Intel の歩留まり95%、Diraq の無作為抽出、将来の量子ビット数の目標は、企業の主張です。査読論文で確認できる部分と、分けて読んでください
- 標準は、多くが推奨で、要求ではありません:ISO/IEC 4879 は用語の標準で、性能の合否を決めるものではありません(本記事による解説)。計画や目標(量子ビット数、年)は、達成した事実ではなく 未確定/将来 として読んでください
12. 用語集
- 量子ビット(qubit)
- 0と1の2つの状態を持つ、量子コンピュータの情報の単位。本シリーズでは「球の矢印」で表す。
- スピン
- 電子などがもつ「小さな磁石」の性質。向きが2通りに分かれる。実際に回転しているわけではない。
- ゼーマン分裂
- 磁場の中でスピンの上向き・下向きのエネルギーが分かれること。差は磁場に比例する。
- 偏極率
- スピンが低いエネルギーの向きにどれだけ偏っているかの度合い。温度が高いと下がる。
- 量子ドット
- 電子を小さな領域に閉じ込めた「人工原子」。ここでは電子を1個入れる小部屋。
- ゲート電極
- 電圧で電子を集めたり押し出したりする金属の板。量子ゲート(操作)とは別。
- MOS型
- シリコンと酸化膜の界面に電子を溜める量子ドット。
- Si/SiGe型
- SiGe にはさまれた薄いシリコンの層に電子を溜める量子ドット。
- 同位体
- 同じ元素で、原子核の重さが違う種類。化学的性質はほぼ同じ。
- 28Si/29Si
- 28Si は核スピンをもたない同位体、29Si は核スピンをもつ同位体。
- ppm
- 100万分の1。1 ppm は、100万個のうち1個。
- 核スピン
- 原子核がもつ小さな磁石の性質。電子スピンのノイズ源になる。
- ESR/EDSR
- マイクロ波の磁場でスピンを回す方法(ESR)。電場とマイクロ磁石を使って回す方法(EDSR)。
- 交換相互作用
- 隣り合う2つの電子の間の結びつき。2量子ビットゲートに使う。
- パウリのスピン閉塞
- 2つのスピンが同じ向きだと、電子が隣のドットへ移れない現象。読み出しに使う。
- 単電子トランジスタ(SET)
- 電子1個の出入りを電流の変化として検出する、電荷センサー。
- 谷(バレー)/谷の分裂
- シリコン中の電子の波の選び方の自由度(6通り)。閉じ込めで残る2つの間のエネルギー差が谷の分裂。
- 電荷ノイズ/1/f ノイズ
- 近くの欠陥などが電子を出し入れすることで生じる電場のゆらぎ。低い周波数ほど大きい。
- T1/T2/T2*
- スピンが元の向きに戻る時間(T1)、位相がそろっている時間(T2、T2*)。測り方で値が変わる。
- ハーン・エコー
- 途中でスピンを反転して、ゆっくりしたノイズを打ち消す操作。T2Hahn はその時間。
- 忠実度(フィデリティ)
- 実際の操作が理想の操作にどれだけ近いか。99.5% なら誤りは0.5%。
- ゲートセット・トモグラフィー(GST)
- ゲートの組を丸ごと詳しく調べ、誤りの種類まで分解する評価手法。
- ランダム化ベンチマーキング(RB)
- ランダムなゲート列を繰り返し、平均の誤りを測る手法。
- ドナー
- シリコンの中に入れたリン原子など。余った電子や核スピンを量子ビットにできる。
- 希釈冷凍機
- 数 mK(0.00数 K)まで冷やせる装置。冷却能力は小さい。
- ファウンドリ
- 他社の設計した半導体チップを製造する受託の工場。
- しきい値(誤り訂正)
- これより誤りが小さければ、誤り訂正で性能を上げられる境目。表面符号では約1%。
13. 参考資料(一次情報)
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- Diraq / imec "Imec technology lights the path to utility scale for Diraq's quantum chips"(企業の発表、2025年9月) — diraq.com/newsdesk/imec-technology-lights-the-path-to-utility-scale-for-diraqs-quantum-chips
- The Quantum Insider "Diraq Demonstrates Scaled Foundry-Fabricated Silicon-Based Qubit Array Made at imec"(2026年7月9日。企業発表を報じた記事。一次情報への案内として使用) — thequantuminsider.com/2026/07/09/diraq-demonstrates-scaled-foundry-fabricated-silicon-based-qubit-array-made-at-imec/
- DARPA "Four more teams enter Quantum Benchmarking Initiative's final stage"(2026年10月7日) — darpa.mil/news/2026/four-more-teams-enter-quantum-benchmarking-initiative-final-stage
14. 主張と出典の対応表(監査)
| 本文の主張 | 根拠 | 区分 |
|---|---|---|
| 電子スピン量子ビット(量子ドット)の提案(1998年)。シリコン中のリン原子の核スピンを使う提案(1998年) | 論文の題名・書誌 出典1 https://doi.org/10.1103/PhysRevA.57.120 出典2 https://doi.org/10.1038/30156 | 事実 |
| スピンは電場に鈍感な自然な2準位系で、長いコヒーレンスが得られる。GaAs では核スピンの磁場のゆらぎで T2* が約10 ns に制限される。シリコンの伝導帯には6つの谷があり、量子ドットでは2つが重要。谷の分裂は MOS で 50〜500 µeV、Si/SiGe で 200〜300 µeV 程度まで。パウリのスピン閉塞でスピン状態が電荷配置に写る | Burkard ら(2023)の総説 出典3 https://doi.org/10.1103/RevModPhys.95.025003 | 事実 |
| 電子の磁気回転比が 28 024.951 MHz/T。ボルツマン定数、プランク定数、シリコンの格子定数 0.5431 nm | NIST の物理定数表 出典4 https://physics.nist.gov/cuu/Constants/ | 事実 |
| 天然シリコンの同位体組成(28Si 92.223%、29Si 4.685%、30Si 3.092%) | NIST の同位体組成 出典5 https://physics.nist.gov/cgi-bin/Compositions/stand_alone.pl?ele=Si | 事実 |
| 0.666 T で周波数 約 18.7 GHz、ゼーマン・エネルギー 約 77 µeV、約 0.9 K 相当。温度・磁場ごとの偏極率(P = tanh)の表と図3。論文は 77 µeV、18.610 GHz と記載 | NIST の定数を使った本稿の計算。Steinacker ら(arXiv 版)の記載と照合 出典19 https://arxiv.org/abs/2410.15590 | 本稿の計算 |
| 電子スピン読み出し(スピン・電荷変換、約65%の測定の見やすさ) | Elzerman ら(2004) 出典27 https://doi.org/10.1038/nature02693 | 事実 |
| 残留 29Si 50 ppm 未満の 28Si でドナー電子の T2 が最大2秒、10秒と外挿 | Tyryshkin ら(2012) 出典6 https://doi.org/10.1038/nmat3182 | 事実 |
| 28Si の基板で、1個のリン核スピンのコヒーレンスが30秒超、制御の忠実度99.99%超、電子の CPMG コヒーレンスが0.5秒超 | Muhonen ら(2014) 出典7 https://doi.org/10.1038/nnano.2014.211 | 事実 |
| 28Si/SiGe で T2* 20 µs、1量子ビット忠実度 99.9% 超、電荷ノイズが支配、1/f スペクトルが7桁。ガスソース分子線エピタキシー、29Si 約800 ppm、谷の分裂がゼーマンより十分大きいこと | Yoneda ら(2018)の要旨・方法 出典12 https://doi.org/10.1038/s41565-017-0014-x | 事実 |
| 2量子ビット 99.5%、1量子ビット 99.8%(従来は98%どまり)。28Si 量子井戸(29Si 800 ppm)、Al ゲート、ALD アルミナ、Ti/Co マイクロ磁石 | Noiri ら(2022)の要旨・方法 出典13 https://doi.org/10.1038/s41586-021-04182-y | 事実 |
| 全ゲートの忠実度 99.5% 超(ゲートセット・トモグラフィー)と、変分量子固有値ソルバー(VQE)での分子の基底状態エネルギーの計算 | Xue ら(2022)の要旨 出典14 https://doi.org/10.1038/s41586-021-04273-w | 事実 |
| 2量子ビットのシリコン量子プロセッサで忠実度99%超(題名) | Mills ら(2022)の題名 出典15 https://doi.org/10.1126/sciadv.abn5130 | 事実 |
| 3量子ビットの位相訂正符号の実演(iToffoli ゲート)。6量子ビットのシリコンプロセッサ | Takeda ら(2022)、Philips ら(2022)の要旨 出典16 https://doi.org/10.1038/s41586-022-04986-6 出典17 https://doi.org/10.1038/s41586-022-05117-x | 事実 |
| ドナー核スピンで1量子ビット最大 99.95%、2量子ビット 99.37%(ゲートセット・トモグラフィー) | Mądzik ら(2022)の要旨 出典18 https://doi.org/10.1038/s41586-021-04292-7 | 事実 |
| 28Si の同位体精製:Dwyer ら(シランからのイオン質量選別、29Si・30Si ともに 1×10⁻⁶ 未満)、Tang ら(99.99987%)、Mazzocchi ら(99.992%、300 mm 基板、題名)、Itoh と Watanabe の総説 | 各論文の要旨・題名 出典8 https://doi.org/10.1088/0022-3727/47/34/345105 出典9 https://doi.org/10.1088/2399-6528/ab7b33 出典10 https://doi.org/10.1016/j.jcrysgro.2018.12.010 出典11 https://doi.org/10.1557/mrc.2014.32 | 事実 |
| 天然シリコンの量子ドットで、誤りに強い制御ができるスピン量子ビット(題名) | Takeda ら(2016)の題名 出典41 https://doi.org/10.1126/sciadv.1600694 | 事実 |
| 300 mm の工場で作った素子の詳細(28Si エピ層 400 ppm、熱酸化膜、ポリシリコンゲート、アルミのストリップライン、ゲートピッチ 100 nm 未満、光リソグラフィーと電子線リソグラフィーの併用、10 mK、0.666 T、残る核スピン同位体が主な誤り) | Steinacker ら(arXiv 版) 出典19 https://arxiv.org/abs/2410.15590 | 事実 |
| Nature 版:4素子すべてで忠実度99%超、状態準備・測定が最大99.9%、T1 9.5 s、T2* 40.6 µs、T2Hahn 1.9 ms、残る核スピンが主な誤りと特定 | Steinacker ら(2025)の要旨 出典20 https://doi.org/10.1038/s41586-025-09531-9 | 事実 |
| 8量子ビット(8個のドット、4組)、T2* 最大41 µs、T2Hahn 最大1.31 ms、隣接量子ビット間の2量子ビットゲート(プレプリント) | Nickl ら(arXiv) 出典21 https://arxiv.org/abs/2512.10174 | 事実 |
| 極低温(1.6 K)の300 mm ウェハープローバーで数百素子を測定、低い乱れ。固体量子ビットは何百万個規模の製造が必要という記述 | Neyens ら(2024)の要旨 出典22 https://doi.org/10.1038/s41586-024-07275-6 | 事実 |
| 1 K 超の普遍ゲート(1量子ビット最大99.3%、交換 0.5〜18 MHz)。約1.5 K の28Si 単位素子(98.6%、2 µs、0.1 T、トンネルによる初期化と読み出し)。4 K 超のホールスピン(FinFET、150 MHz) | Petit ら、Yang ら、Camenzind ら 出典23 https://doi.org/10.1038/s41586-020-2170-7 出典24 https://doi.org/10.1038/s41586-020-2171-6 出典25 https://doi.org/10.1038/s41928-022-00722-0 | 事実 |
| Intel の Tunnel Falls(12個のドット、300 mm、D1 工場、歩留まり95%、電圧の均一性)の発表 | Intel の発表(企業の主張) 出典26 https://www.intel.com/content/www/us/en/newsroom/news/quantum-computing-chip-to-advance-research.html | 事実(発表されたこと) |
| Diraq と imec が、無作為に選んだ素子での結果と述べたこと | 企業の発表(企業の主張) 出典42 https://www.diraq.com/newsdesk/imec-technology-lights-the-path-to-utility-scale-for-diraqs-quantum-chips | 事実(発表されたこと) |
| DARPA の QBI で、Diraq を含む4組織が Stage C(最終段階)に進むと発表されたこと(2026年10月7日) | DARPA の発表 出典44 https://www.darpa.mil/news/2026/four-more-teams-enter-quantum-benchmarking-initiative-final-stage | 事実 |
| Diraq の数千量子ビット(2029年)、100万量子ビット超(2031年)の計画 | 企業発表を報じた記事(計画であり、達成ではない) 出典43 https://thequantuminsider.com/2026/07/09/diraq-demonstrates-scaled-foundry-fabricated-silicon-based-qubit-array-made-at-imec/ | 未確定/将来 |
| Si/SiGe の谷の分裂のばらつきが、Si・Ge の濃度の揺らぎで説明できること。井戸に Ge を加える提案 | Paquelet Wuetz ら(2022)の要旨 出典28 https://doi.org/10.1038/s41467-022-35458-0 | 事実 |
| ゲルマニウムのホールスピンによる4量子ビット。CMOS による極低温制御。ホット・高密度・長コヒーレンスの総説。シリコン量子エレクトロニクスの総説 | 各論文の題名・要旨 出典29 https://doi.org/10.1038/s41586-021-03332-6 出典30 https://doi.org/10.1038/s41586-021-03469-4 出典31 https://doi.org/10.1038/s41534-017-0038-y 出典32 https://doi.org/10.1103/RevModPhys.85.961 | 事実 |
| ランダム化ベンチマーキング、ゲートセット・トモグラフィー、表面符号のしきい値(約1%)、DiVincenzo の基準 | 各論文の題名・要旨 出典33 https://doi.org/10.1103/PhysRevA.77.012307 出典34 https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.106.180504 出典35 https://doi.org/10.22331/q-2021-10-05-557 出典36 https://doi.org/10.1103/PhysRevA.86.032324 出典37 https://arxiv.org/abs/quant-ph/0002077 | 事実 |
| ISO/IEC 4879:2024(量子コンピューティングの用語、2024年5月、第1版)。ISO/IEC JTC 3 の担当範囲(半導体などを除外)、公表済み1件・作成中12件 | ISO のページ(確認日 2026年10月16日) 出典38 https://committee.iso.org/standard/80432.html 出典39 https://committee.iso.org/committee/10138914.html | 事実 |
| IEEE P7130 が草案(PAR 承認 2021年9月23日、Active PAR)であること | IEEE SA のページ 出典40 https://standards.ieee.org/ieee/7130/10680/ | 未確定/将来 |
| Steinacker ら(Nature 版)の本文、8量子ビット論文の掲載誌ページと忠実度、Intel の2024年以降、2026年の論理演算の二次情報、28Si 原料の供給量・価格、シリコンスピン量子ビット固有の規格、IEEE P7131 の状態 | 本稿の調査範囲でアクセスできた一次情報では確認できなかったため記載していない | 解説 |
| 「スピンは自転ではなく性質」「谷の分裂が小さいとスピンと谷が混ざる」「電荷ノイズの原因は欠陥と考えられる」「同位体は化学精製で分けられない」「素材の読み取り(極低温の材料、界面の均一さ、同位体比という指標)」 | 公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各研究者が表明した見解ではない | 解説 |
| 図2・3・4・5・6・7・9・10が説明のための作図・本稿の計算であること。図1・図8が ImageGen生成の概念画像であること。20×20×5 nm が仮の寸法であること | 本記事による注記 | 解説 |
最終更新:2026年10月16日/出典は一次情報(査読論文、arXiv の論文、NIST の物理定数・同位体組成、ISO・IEEE の公式ページ)を中心とし、企業の発表は「企業の主張」として区別しています。 量子ドットの寸法(20×20×5 nm)は計算のための仮の値です。 Steinacker らの Nature 版の本文、8量子ビット論文の掲載誌、Intel の2024年以降の状況、シリコンスピン量子ビット固有の規格については、確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用の概念図または本稿の計算を含む作図で、図1と図8はImageGen生成の概念画像です。



