INSTITUTION PROFILE / 量子コンピュータ
米国エネルギー省(DOE)
― 国立研究所と研究センターに量子の研究費を配り、「実用的な科学計算に使える量子コンピュータ」を競わせる米国の省庁
米国エネルギー省(DOE)は、米国の連邦政府の省です。量子コンピュータを自分で作る機関ではなく、暗号の標準や規制を定める機関でもありません。 量子コンピュータに関わる役割は研究資金の提供と、国立研究所・大型の研究施設の運営です。 近年は、誤りを訂正しながら計算できる量子コンピュータ(フォールトトレラント量子コンピュータ)を、民間企業に競わせて実現する計画(Quantum Genesis)を始めました。 資金の届く先は主に米国内の機関と企業で、性能を測る側にも回ろうとしています。 本稿では、DOEが量子コンピュータにどこまで影響を持つのかに絞って整理します。組織名・計画・予算は変わりやすいため、確認日(2026年10月16日)を添えて書きます。
- 30秒でわかるDOE
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- 量子コンピュータで何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- お金の流れと関わる組織
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるDOE
DOEは、量子コンピュータを「買う側」に近い立場で、性能を試し、資金を配る省庁です。 2026年6月の大統領令14413は、DOEの施設に科学研究向けの量子コンピュータを少なくとも1台届けることを目指す取り組み(QC-ADDS)を定め、 その仕様の整理や、民間との協力のやり方の検討、量子コンピュータの性能を評価する国家センターの設立を、エネルギー長官に指示しています 事実。 これを受けてDOEは、論理量子ビットを100個以上持つ誤り耐性の量子コンピュータを2028年までに示した企業に、成果に応じて資金を出す公募(Q Competition)を始めました 事実。 ただし、これらの資金の大半は「計画」で、将来の議会の予算が必要です。公募の選定は、早くても2026年11月13日以降の予定です 未確定/将来。
量子コンピュータの基本部品は「量子ビット」です。ただし量子ビットは外からの影響で壊れやすく、計算の途中で誤りが出ます。 そこで、複数の量子ビットを組み合わせて誤りを見つけて直し、1個の「壊れにくい量子ビット」として扱う方法があります。これを「論理量子ビット」と呼びます。 誤りを直しながら最後まで計算できる量子コンピュータが「誤り耐性(フォールトトレラント)」の量子コンピュータです。 DOEの公募は、論理量子ビットが100個以上という目標を掲げています 事実。 詳しくは、本シリーズの技術解説「量子誤り訂正と表面符号」「論理量子ビットと耐故障量子計算」を参照してください。
DOEのQuantum Genesisのページは、人工知能を「super intelligence(SI)」と書いています 事実。 背景として、2026年9月29日の大統領令14434は、行政府の文書で「Artificial Intelligence」の代わりに「Super Intelligence」を使うよう求めています 事実。 同令は、この語を既存の法律上の「人工知能」の定義と同じ技術を指すものとしています。本稿は量子コンピュータが主題のため、AIに触れる箇所は引用にとどめ、文書の題名は原題どおり書きます。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
量子コンピュータの記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では量子コンピュータを作りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. 量子コンピュータで何をしているか
DOEの量子への関わりは、研究センターへの継続的な資金、科学局の基礎研究、国の量子コンピュータ計画(Quantum Genesis)の3系統に分かれます 事実。
| 取り組み | 時期・予算 | 中身 | 主な担い手 |
|---|---|---|---|
| 国立量子情報科学研究センター (NQISRC)5拠点 | 2020年に開始、2025年に更新。総額6億2,500万ドル、最長5年(2025会計年度分1億2,500万ドル。以降は議会の予算次第) | 量子の計算・シミュレーション・ネットワーク・センシングの研究、装置づくり、人材育成。C2QA(超伝導と中性原子の材料・モジュール化)、SQMS(超伝導空洞と冷凍技術)、Q-NEXT(チップ間・都市間の量子ネットワーク)、QSA(誤り訂正)、QSC(量子と通常のスーパーコンピュータの連携ソフト) | ブルックヘブン、フェルミ、アルゴンヌ、ローレンス・バークレー、オークリッジの各国立研究所が主導。大学・企業が参加 |
| 科学局の量子情報科学研究 (コアプログラム) | 2026会計年度 3億2,875万ドル(制定額。2025会計年度は2億7,875万ドル) | 7つの部門(計算科学、基礎エネルギー科学、高エネルギー物理、生物環境、核融合、原子核物理、同位体)に配分。計算科学が1億1,052万ドル、基礎エネルギー科学が9,850万ドルで大きい | 国立研究所、大学 |
| 研究基盤の提供 | 継続 | スーパーコンピュータ、X線・中性子の施設、ナノ科学の研究センター、量子の試験設備(テストベッド)、質の高い量子ビットを作るファウンドリ。量子の用途に使う安定同位体の供給 | 科学局のユーザー施設 |
| Quantum Genesis (Genesis Missionの一部) | 2026年6月23日に発表 | 2028年までに、誤り耐性で科学研究に使える量子コンピュータを開発・配備する取り組み。3つの柱:(1) Q Competition、(2) 全米量子スーパーコンピューティング・ユーザー施設、(3) 量子コンピュータの用途の研究。2026年10月8日には、性能を測る基準となる8つの優先科学課題(化学、材料、素粒子・原子核、応用数学)を公表 | DOEの国立研究所、研究センター、民間企業、大学 |
| Q Competition (公募 DE-FOA-0003657) | 2026年9月17日に発表。計画2億1,500万ドル(2026会計年度分は250万ドル)。申請の締切は2026年10月19日 | 論理量子ビット100個以上の誤り耐性の量子コンピュータを実現する企業に、成果に応じて資金を出す。第1段階は最大150万ドル、第2段階は1億ドルの共通の枠と、150個・200個以上の達成に5,000万ドルずつの上乗せ枠。契約は簡素な「その他の取引契約(OTA)」のみ | 代表者は米国内の営利企業。大学・研究所は共同で参加できる |
| 研究所向けの検証・試験の公募 (Lab Call) | 計画 4,500万ドル(2026会計年度分は1,400万ドル) | Q Competitionの量子コンピュータを、ハードウェアからアルゴリズムまで各層で検証する基盤をつくる | DOEの国立研究所のみ応募可 |
Q Competitionの特徴は、資金の大半が「成果を確認できたあとの上乗せ」であることです。 第1段階の固定の支払いは、検証計画の承認時に25万ドル、約1年後の試作機の検証に成功した時に125万ドルです。 第2段階の1億ドルの枠は、2028年秋に第1世代の機械を示した企業で均等に分けられます 事実。 成果の確認は、DOEが指定する検証チームと、採択企業が一緒に決める方法で行います。論理量子ビットの誤り率、論理ゲートの正確さ、論理回路の幅と深さなどのデータを提出させます 事実。 企業の公称値(メーカー公称)をそのまま信じず、第三者が検証した値を支払いの条件にする仕組みです。技術解説「量子優位性の読み方」「コヒーレンスとフィデリティ」の考え方と通じます。
公募の発表文は「100個以上の論理量子ビットで、数億回の誤り耐性の演算」と書きます。 一方、説明会の資料は第1世代を「100個以上の論理量子ビットで、『難しい演算(hard operations)』が10の5乗回規模」と例示します(資料自身が「数値は例示」と断っています) 事実。 両者は数える演算の種類が違う可能性がありますが、関係は資料に書かれておらず、確認できませんでした 未確定/将来。 なお、2億1,500万ドルは「計画」で、2026会計年度に確保済みなのは250万ドルだけです。以降は議会の予算が前提です。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | DOEが持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 研究資金を公募し、審査し、配分し、成果を検証する権限。国立研究所と大型の研究施設の運営。大統領令14413にもとづく、量子コンピュータの仕様の整理、民間との協力の検討、性能評価の国家センターの設立の担当 | 暗号の標準や規制を定める権限(本稿が確認した範囲では記載がない。米国の耐量子暗号の標準は商務省のNISTが作る)。量子コンピュータの輸出や販売を許可・禁止する権限 |
| 地域 | 米国の予算による事業。公募の代表者は米国内で設立され、拠点を持つ営利企業。外国企業は例外の申請(waiver)で参加を認められる場合がある | 他国の政策や、他国企業への直接の資金配分 |
| 拘束力 | 契約に定める条件(検証への協力、データの提出、知的財産の扱い)。採択企業は、検証のために施設や機械へのアクセスを認める必要がある | 民間に開発や配備を義務づける権限。公募の結果が国際的な基準になることを保証する力 |
| 規模 | 科学局の2026会計年度の制定予算は82億5,000万ドル。量子情報科学は3億2,875万ドル。国立研究所は17 | 量子コンピュータだけの予算の総額は、確認できた資料に載っていない。DOE全体の最新の人数も確認できなかった |
5. お金の流れと関わる組織
| 関わる組織 | 関係 | 一次資料で確認できる内容 |
|---|---|---|
| 国立研究所(17) | 研究センターの主導、検証、施設の提供 | 5つのNQISRCは5つの国立研究所が主導。Lab Callは国立研究所だけが応募できる |
| Q Competitionの応募企業 | 資金の受け手(予定) | 応募は2026年10月19日締切で、採択企業は確認日時点で未発表。本稿では、応募・採択の見込みがある企業名は挙げない |
| 戦争省(Department of War)、国立科学財団(NSF)、NASAなど | 連携 | 大統領令14413はこれらの機関と協力するよう指示。DOEの2026年10月8日の発表も、戦争省・Laboratory of Physical Sciences・NASAと連携すると書く |
| 商務省(NIST) | 別系統 | 量子企業向けの意向書(CHIPS研究開発室)や標準は商務省側。本シリーズのNISTの解説を参照 |
| DARPA | 別系統 | 量子コンピュータの実現可能性の検証を行う。大統領令14413は、DARPAのQuantum Benchmarking Initiativeの情報を共有するよう指示している。本シリーズのDARPAの解説を参照 |
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| Q Competitionの選定は早くても2026年11月13日以降。資金は議会の予算が前提で、変更もありうる | 説明会資料に「選定は2026年11月13日より早くない」「資金は予算の確保が前提」と書かれている | 未確定/将来 |
| 大統領令14413のDOE向けの期限が続く。仕様の要約は発令から90日以内(2026年9月20日ごろ)、民間との協力モデルの検討と国家評価センターの設立は180日以内(2026年12月19日ごろ)。確認日時点で、仕様の要約と同名の文書、評価センターの設立の発表は確認できなかった | 大統領令14413の第4条(c)(d)(e)。期限の日付は発令日(2026年6月22日)からの本稿の計算。DOEの2026年9月17日の公募と10月8日の優先課題の公表は確認した | 未確定/将来 |
| 2027会計年度の要求は、科学局を71億4,000万ドルに減らす一方、「人工知能・量子室(AIQ)」12億ドルを新設する案。議会の結論は確認できなかった | DOEの2027会計年度予算の概要(2026年4月)。「要求」であり、成立した予算ではない | 未確定/将来 |
| 性能の測り方(論理量子ビットの誤り率など)の合意がQ Competitionの最初のマイルストーンになるため、DOEは「性能を第三者として確かめる側」の参照先になる可能性がある | 説明会資料に、DOEが応募者と客観的な評価方法に合意し、最初のマイルストーンで確定すると書かれている。大統領令14413は評価の国家センターをDOEに指示している | 推測 |
| 公募の結果は米国内の事業者が中心でも、DOEが検証した性能の数値は、他国の企業・機関が量子コンピュータを比べる材料になりうる | 代表者は米国内企業に限るが、検証のデータは公表の扱いが決まっていない(確認できなかった) | 推測 |
7. 用語集
- 科学局(Office of Science)
- DOE内の部署。米国の物理科学の基礎研究を最も多く支える連邦機関で、10の国立研究所を所管する。
- 国立研究所
- DOEが所有し、企業や大学が運営を請け負う研究所。全米に17ある。
- NQISRC
- 国立量子情報科学研究センター。2018年の国家量子イニシアティブ法にもとづいてDOEが設けた5つの研究センター。
- 論理量子ビット/誤り耐性
- 複数の量子ビットで誤りを直し、壊れにくい1個として扱う単位/誤りを直しながら計算を続けられること。
- SRQC
- scientifically relevant quantum computer。DOEが目標とする「科学研究に意味のある性能を持つ量子コンピュータ」。
- OTA(その他の取引契約)
- 通常の調達・補助金の規則より簡素な、政府の契約形態。
- Genesis Mission
- DOEの国立研究所を中心に、スーパーコンピュータ・実験施設・データ・AIを結ぶ米国の国家的な取り組み。Quantum Genesisはその一部。
8. 出典
- DOE A Brief History of the Department of Energy(エネルギー省組織法と1977年10月1日の発足)。 https://www.energy.gov/lm/brief-history-department-energy
- DOE National Laboratories(17の国立研究所。2026年10月16日確認)。 https://www.energy.gov/national-laboratories
- DOE科学局 About(科学局は物理科学の基礎研究の最大の支援者で、10の国立研究所を所管)。 https://science.osti.gov/About
- DOE U.S. Department of Energy's Strategy to Support American Space Preeminence(2021年1月。連邦職員約1万3,000人、契約職員9万5,000人超)。 https://www.energy.gov/sites/prod/files/2021/01/f82/DOE%20National%20Labs%20Report%20FINAL.pdf
- DOE FY 2027 Congressional Justification, Budget in Brief(2026年4月。科学局の2026会計年度制定額82億5,000万ドル、2027会計年度の要求71億3,882万ドル、人工知能・量子室12億ドルの新設要求、17の国立研究所)。 https://www.energy.gov/documents/doe-fy-2027-budget-brief
- DOE科学局 Quantum Information Science at the Office of Science(科学局の諮問委員会への資料、2026年3月。量子情報科学の制定額の推移と部門別内訳)。 https://science.osti.gov/-/media/About/pdf/scac/meetings/2026/SCAC-QIS-Overview_2026_03.pdf
- DOE科学局 Quantum Information Science (QIS)(科学局の量子の取り組み、研究基盤、2018年の国家量子イニシアティブ法)。 https://science.osti.gov/Initiatives/QIS
- DOE科学局 National QIS Research Centers(5拠点の名称・主導する国立研究所・内容、2020年開始、2025年更新)。 https://science.osti.gov/Initiatives/QIS/QIS-Centers
- DOE Energy Department Announces $625 Million to Advance the Next Phase of National Quantum Information Science Research Centers(2025年11月4日。総額6億2,500万ドル、最長5年、2025会計年度分1億2,500万ドル)。 https://www.energy.gov/articles/energy-department-announces-625-million-advance-next-phase-national-quantum-information
- DOE Energy Department Announces Initiative to Create and Deploy the World's First Scientifically Relevant, Fault-Tolerant Quantum Computers(2026年6月23日。Quantum Genesisの3つの柱、2028年の目標)。 https://www.energy.gov/science/articles/energy-department-announces-initiative-create-and-deploy-worlds-first
- DOE DOE Launches Competition to Accelerate Development of World's First Fault-Tolerant Quantum Computer(2026年9月17日。Q Competition、2億1,500万ドル、締切、Lab Call)。 https://www.energy.gov/science/articles/doe-launches-competition-accelerate-development-worlds-first-fault-tolerant
- DOE科学局 Informational Webinar: The Quantum Genesis Q Competition, RFA DE-FOA-0003657(2026年9月25日。公募の発行日、選定の時期、OTA、段階別の資金、応募資格、検証手順、知的財産)。 https://science.osti.gov/-/media/grants/pdf/foas-resources/2026/Q-Competition-Informational-Webinar.pdf
- DOE DOE Announces Science Applications for Quantum Computing(2026年10月8日。Quantum Genesis Priority Applications、8つの優先課題、戦争省・NASAとの連携)。 https://www.energy.gov/science/articles/doe-announces-science-applications-quantum-computing
- DOE Quantum Genesis(取り組みの全体像、「super intelligence(SI)」の表記。2026年10月16日確認)。 https://www.energy.gov/undersecretaryforscience/genesis-mission/quantum-genesis
- ホワイトハウス Executive Order 14413, Ushering in the Next Frontier of Quantum Innovation(2026年6月22日。QC-ADDS、エネルギー長官への指示と期限)。 https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/06/ushering-in-the-next-frontier-of-quantum-innovation/
- ホワイトハウス Executive Order 14434, Inaugurating the Era of Super Intelligence(2026年9月29日。行政府の文書での用語の変更)。 https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/09/inaugurating-the-era-of-super-intelligence/
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月16日/Troy Technical
本稿の数値はDOEと科学局の公式サイト、公募の説明会資料、予算資料、米国大統領令に基づきます。計画・予算・組織は変わりやすいため、確認日(2026年10月16日)を明記しています。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。
