COMPANY PROFILE / 量子コンピュータ
クオンティニュアム
― 「イオントラップ」方式で、誤りを直した論理量子ビットの数を増やそうとする、2026年6月に上場した会社
Quantinuumは、原子を電気を帯びた粒(イオン)にして真空中に浮かべ、レーザーで操作するイオントラップ方式の量子コンピュータを作る会社です。 ハネウェルの量子部門とケンブリッジ・クオンタムが2021年に一つになって生まれ、2026年6月にNasdaqに上場しました(銘柄コード QNT)。 上場に伴って提出された書類(目論見書)と四半期報告書があるため、事業の数字・計画・リスクを会社自身の法定開示で確認できます。 本稿では、2025年11月に発表された「Helios」と、2027年・2029年に予定する次世代機を中心に、達成された事実と、まだ計画の段階のことを分けて整理します。 装置の性能値は会社の公称で、条件も添えます。株価や投資判断には触れません。
- 30秒でわかるQuantinuumと、量子コンピュータでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 量子コンピュータの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- 量子コンピュータにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は量子コンピュータで何を目指しているか
- 量子コンピュータ分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるクオンティニュアムと、量子コンピュータでの立ち位置
Quantinuumの量子ビットは、実在する原子を電気を帯びた「イオン」にしたものです(Heliumはバリウム137のイオンを使用。出典5)。 原子は自然が作った部品なので、どの原子も全く同じ性質をもちます。これが、人工の回路で量子ビットを作る方式との大きな違いです。 この会社の特徴は、イオンをチップの上で動かして、組みたい相手どうしを近づける「QCCD」という方式にあります。 そのため、離れた量子ビット同士でも直接つなげやすく、誤りを直す符号を組みやすい、と会社は説明しています 事実(会社の主張です)。 一方で、「論理量子ビット48個」などの数字には条件がつきます。本稿の第5章で、条件を添えて整理します。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:書類上の会社名がいくつかあります。Quantinuum Inc.は2026年1月20日にデラウェア州で設立された上場する持株会社です。 実際の事業は、子会社のQuantinuum Holdings, LLCと、その下の事業会社(Quantinuum LLCなど)が行います。 IPO前の事業会社グループはQuantinuum (Cayman)と呼ばれ、書類の過去の財務数値はこのグループのものです。 会社の前身は、ハネウェルの量子部門(Honeywell Quantum Solutions)と英国のケンブリッジ・クオンタム(Cambridge Quantum)で、2021年に統合されました(出典1)。 なお、ハネウェル(Honeywell)はQuantinuumの親会社ではなく、筆頭株主です(第4章)。
公式サイト:https://www.quantinuum.com/(ロゴは公式サイトのヘッダーに掲載された画像を使用)3. 量子コンピュータの世界で、この会社はどこにいるか
量子コンピュータの会社は、量子ビットを何で作るか(方式)で大きく分かれます。Quantinuumはイオンの方式です。 イオントラップ方式は、量子ビットがすべて同じ性質の原子なので、ばらつきが小さい点が特徴です。 一方で、イオンを動かす・レーザーを当てるなど、装置が複雑になりやすく、1回の演算にかかる時間は超伝導方式より長い傾向があります 本稿の計算(一般的に知られる傾向で、各社の値は第5章に別に示します)。
4. 会社の規模
上場企業なので、財務数値は法定開示で確認できます。以下の数字は、IPO前の事業会社グループQuantinuum (Cayman)の連結数値を含みます(US$、百万ドル) 事実。
| 指標 | 2024年 | 2025年 | 2026年1〜6月(6か月) |
|---|---|---|---|
| 売上(純額) | 23.0 | 30.9 | 13.2(第1四半期5.2、第2四半期8.0) |
| 研究開発費(英国の税額控除を差し引いた額) | 122.2 | 165.4 | 422.0(うち、IPOに伴う一回限りの株式報酬が294.9) |
| 純損失 | 144.1 | 192.6 | ― |
| 現金及び現金同等物(期末) | ― | 762.6 | 2,106.7(2026年6月30日) |
| 受注額(bookings) | ― | 79.3 | 第1四半期1.3 |
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 従業員 | 約700人(2026年3月11日)。うち450人超が博士号または修士号、博士号は40%超。ハードウェア専門職が約410人、ソフトウェア専門職が約105人 | 出典1 |
| 拠点 | 本社(コロラド州ブルームフィールド)のほか、米国のミネソタ・バージニア・ニューメキシコ、英国のケンブリッジ・オックスフォード・ロンドン、ドイツのミュンヘン、日本の東京・和光・つくば、カタールのドーハ、シンガポール。すべて賃借で、不動産は所有しない | 出典1 |
| 運転中の商用システム | 4台(コロラドに3台、理化学研究所〔RIKEN〕の敷地に1台)。5台目はシンガポールに2026年後半の設置を予定 | 出典1 |
| 上場の構造 | 「Up-C構造」。上場するQuantinuum Inc.は事業会社Quantinuum Holdingsの持分の一部(IPO直後で12.6%)を持つ。残りは、ハネウェルやケンブリッジ・クオンタム関連などが「持分(Common Unit)」で保有し、これを株式に交換できる。納税の利益の一部を既存の保有者に支払う契約(TRA)もある | 出典1・2 |
| 主要な株主 | ハネウェル関連が議決権の約47.4%(2026年6月30日、10-Q。IPO直後の見込みは目論見書で47.8%)。ケンブリッジ・クオンタム関連は約31.8%(目論見書のIPO直後の見込み) | 出典1・2 |
2026年第2四半期の研究開発費が大きく見えるのは、IPOを機に一括で計上した株式報酬(現金は出ていない)が約2億9,490万ドル含まれるためで、 研究の規模が1四半期で10倍近くになったわけではありません(10-Qの説明)。 また、売上は少数の顧客に偏っています。理化学研究所が2025年の売上の60%、米国政府が2026年1〜6月の売上の29%を占めました(出典1・2)。 この記事は株価や評価額、投資判断に触れません。
5. 量子コンピュータにかけているリソース
量子コンピュータが主事業なので、「人・金・外部との関係・公的な連携」の4点がすべて量子に向いています。一次情報で確認できたか、できなかったかを示します。
| リソースの種類 | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | 約700人(2026年3月)。ハードウェア約410人、ソフトウェア約105人。博士号取得者が40%超(出典1) | 事実 |
| 金(研究開発費) | 過去10年で20億ドル超を研究開発に投じたと会社は説明。2024年1.22億ドル、2025年1.65億ドル(出典1) | 事実 |
| 金(調達) | 2025年8〜12月にシリーズB優先株で8億3,880万ドル(うちハネウェル3億5,000万ドル)。2026年6月5日のIPOで28,500,000株を発行し、引受手数料などを差し引いた手取りは約16億2,880万ドル | 事実 |
| 外部への出資・買収・合弁・事業売却 | 2021年の統合(ハネウェルとケンブリッジ・クオンタムの合弁会社「NewCo」が、ハネウェルの量子部門と英国のケンブリッジ・クオンタムの全持分を取得)が出自。IPO後、他社への出資・買収・事業売却は書類で確認できなかった | 事実/確認できず |
| 公的資金・公的機関 | 米国商務省のCHIPS法に基づく助成金最大1億ドル(2026年9月4日契約。見返りに同省へ株式2,369,528株を発行。マイルストーンに応じて分割支払い、国内の知財・生産などの条件と返還請求権つき)。DARPAの「量子ベンチマーク計画(QBI)」で、2033年までに実用規模の耐障害量子コンピュータを作る計画づくりの段階B(1年間)に選ばれたと会社が説明。カタールの投資促進機関Invest Qatarとの提携(2025年) | 事実 |
| 大学・研究機関 | 理化学研究所(日本)の敷地に商用システムを設置。大学・研究所との共同研究は多数あるが、全体像は書類から確認できなかった | 事実/確認できず |
| 製造 | ハネウェルの施設でイオントラップのチップを製造(2021年の10年間の供給契約)。装置の量産は、初期の機体を自社で組み立て・検証したのち、Quantaなどのパートナーに製造を委託する計画(出典1・2) | 事実/未確定/将来 |
主要なデバイス・製品の状況(会社の公式資料で確認できた範囲)
| デバイス | 方式 | 量子ビット数 | 代表的な数値(会社の公称・条件つき) | 段階 | 確認日・出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| H1 | イオントラップ(直線型) | 物理20個 | 量子ボリューム 220、2量子ビットゲート忠実度99.9%超(全ペア) | 稼働(2020年〜) | 2026年10月16日/出典9・1 |
| H2 | イオントラップ(レーストラック型) | 物理56個(32個から増強) | 量子ボリューム 225、2量子ビットゲート忠実度99.9%超 | 稼働(2023年〜) | 2026年10月16日/出典10・12 |
| Helios | イオントラップ(バリウム137イオン、2つの演算領域をジャンクションで接続) | 物理98個。論理は条件つきで48〜94個(下の説明参照) | 2量子ビットゲートの平均誤り率 7.9×10−4(忠実度99.921%)/1量子ビット 2.5×10−5/状態準備と測定 4.8×10−4(全運用ゾーンの平均、2025年11月の論文) | 提供開始(クラウド・オンプレミス)。2025年11月発表 | 2026年10月16日/出典5・8・1 |
| Sol | イオントラップ | 論理最大約100個を目標 | 論理忠実度「99.999%に近づく」ことを目標 | 未確定/将来(2027年に導入予定) | 2026年10月16日/出典1 |
| Apollo | イオントラップ | 論理数百個を目標 | 論理忠実度「最大99.99999999%」は、文献に基づく解析上の期待値 | 未確定/将来(2029年に導入予定) | 2026年10月16日/出典1・11 |
会社は、Heliumが98個の物理量子ビットから48個の論理量子ビット(誤りを訂正する符号)を作った、と目論見書で述べています。出典の論文(2026年2月、Dasuほか)を読むと、条件は次のとおりです 事実。
・誤りを訂正できるのは、符号を2段重ねた方式(距離4)で、48個。誤りを検出するだけの方式(距離2、アイスバーグ符号)では、最大94個。
・成績は、誤りが見つかった試行を捨てる操作(ポストセレクション)を含みます。論文は「妥当な捨てる割合で」成績が物理量子ビットを上回った(損益分岐点を超えた)と述べます。
・磁性体の模擬計算に使った64個は、誤りの検出だけの論理量子ビットです(会社のブログ)。
・公式の製品ページは「50個の論理量子ビット」と書き、目論見書・論文の「48個」と表記が異なります(出典8・1・6)。
つまり、「48個」は「誤りを訂正する符号で、条件つきで成績が物理量子ビットを上回った」という意味であり、 誤りを自動で直しながら任意の長さの計算を続けられる、完全な耐障害量子コンピュータが実現したという意味ではありません。 会社も、Solで「約100個」、Apolloで「数百個」を次の目標としています 未確定/将来。
会社は、Heliumの「ランダム回路サンプリング」という課題で、古典コンピュータの手の届かない領域に達したと主張しています(出典5)。 これは会社の主張で、本稿はその当否を判断しません。参考として、次のことがあります。
・Heliumのこの主張に対する、古典側からの反論は、2026年10月16日の検索では確認できませんでした。
・別の例として、Quantinuumの56量子ビット機(H2)による「ピーク回路」での量子優位性の主張(Gharibyanほか、2025年10月)に対して、別の研究グループが「古典コンピュータで効率的に再現できる」とする論文(2026年4月)を出しています(出典14・15)。
・一般に、量子優位性の主張は、のちに古典アルゴリズムの改良で再現される例が過去にあります。優位性の評価は、本シリーズの技術解説「量子優位性の読み方」を参照してください。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2020年 | 最初の商用システムH1を発表(ハネウェルの量子部門)。20個の物理量子ビット | 商用イオントラップ機の第1世代(出典9・1) |
| 2021年 | ハネウェル量子部門とケンブリッジ・クオンタムが統合してQuantinuumが発足。米国外国投資委員会(CFIUS)への届出も行った | ハードとソフトの会社の統合(出典1) |
| 2021年12月 | リアルタイムの誤り訂正の実験(Ryan-Andersonほか、Physical Review X)。会社は「物理量子ビットより高い精度の論理量子ビット」を最初に実現したと説明 | 査読済み論文(出典16・1) |
| 2023年 | 第2世代H2を発表。のち32個から56個に増強 | 量子ボリューム225(出典10・12) |
| 2024年9月 | H2でマイクロソフトとの共同実験により12個の「信頼性の高い論理量子ビット」。2030年までに完全耐障害の量子コンピュータを目指すロードマップを発表 | 会社の発表。将来の計画(出典12・11) |
| 2025年11月 | Heliumを発表。98個の物理量子ビット、2量子ビットゲートの平均忠実度99.921% | 第3世代。クラウドとオンプレミスで提供(出典5・8) |
| 2025年8〜12月 | シリーズB優先株で8億3,880万ドルを調達 | IPO前の最後の大型調達(出典1) |
| 2026年2月 | Heliumで48〜94個の論理量子ビットが物理量子ビットを上回る成績(論文) | 条件つき(上の囲み参照)(出典6) |
| 2026年5月 | 米国商務省とCHIPS法の助成金の意向書(拘束力なし)。BMWとの多年にわたる提携の拡大(5月5日) | 公的資金と産業界との長期契約(出典1・13) |
| 2026年6月5日 | Nasdaqに上場(QNT)。28,500,000株を発行 | 株式公開企業に(出典1・2・4) |
| 2026年7月 | オラクルと、量子コンピュータの設置を含む複数年のサービス契約(SOW) | 大手クラウド企業への設置(10-Q、金額は非開示)(出典2) |
| 2026年9月4日 | 米国商務省と最大1億ドルの助成契約を締結。同省へ株式を発行 | 422nm集積フォトニクスなど、装置の拡大の研究開発へ(出典3) |
7. 今後の計画
上の数字は会社が示した目標・計画で、達成された事実ではありません 未確定/将来。 会社自身が、ロードマップについて「顧客に提供できる技術がまだ存在せず、目標どおりの仕様に達しない、あるいは実現しない可能性がある」と リスクとして目論見書に書いています(出典1)。DARPAの段階Bは「2033年までに実用規模の耐障害機の計画を作る」ための1年間の段階で、 実用規模の機械の完成を意味しません。
次は公式資料で確認できませんでした 未確定/将来。
Sol・Apolloの物理量子ビット数と物理誤り率の目標値(Apolloは2024年の技術ブログに「数千個・10−4」とあるが、最新の目論見書には書かれていない)/ Heliumの「ランダム回路サンプリング」に対する古典側の反論の有無/Heliumの価格・オンプレミス機の販売台数/ カタール・シンガポールでの設置の契約金額/オラクルとの契約金額/DARPA QBIの段階Bの正式な結果発表の日付。
8. この会社は量子コンピュータで何を目指しているか
ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 量子ビット数や速度ではなく、精度と論理量子ビットの数で勝負しようとしている | 目論見書は「生のキュービット数やゲート速度のような初期の指標ではなく」、忠実度・論理量子ビット数・時間あたりの成果などで評価すると書く(出典1) | 推測 |
| 収益は装置の提供だけでなく、ソフトウェアと応用で伸ばす方針 | 4つの収益源(インフラ提供、ソフトのライセンス、研究・開発サービス、成果に基づく知財)を挙げ、ソフトはほかの方式の装置でも動くように作る、と説明(出典1) | 推測 |
| 大手の企業や政府を、長期の共同研究の相手として囲い込もうとしている | BMWと多年の提携(2026年5月)、JPモルガン・アムジェン・三井物産を「顧客であり共同開発の相手」と紹介(出典1・13) | 推測 |
| GPUなどの古典計算と組み合わせて使う前提 | Heliumの制御系にNVIDIAのGPUを組み込み、CUDA-Qとの互換を明記(出典8・1) | 事実 |
目論見書は、装置の評価について「生のキュービット数やゲート速度は、初期の(early stage)指標であり、私たちは顧客の成果に近い指標で評価する」と述べています 事実。 ここから、会社は競合が示しやすい数字(量子ビット数、ゲートの速さ)で比べられることを避け、 自社が強い指標(忠実度、論理量子ビット数、全結合)で比べてもらうことを狙っていると読むのが自然だと本稿は考えます 未確定/将来。ただし、どの指標が実際の利用で重要かは用途によって違い、 方式の優劣を決める根拠にはなりません。
9. 量子コンピュータ分野の提携マッピング
10. 提供している技術・製品・サービス
| 名前 | 何をするものか | 段階・条件 |
|---|---|---|
| Helios | 98個の物理量子ビットをもつ最新のイオントラップ機。クラウドとオンプレミス(顧客の施設に設置)で提供。消費電力は基本ユニットで40キロワット未満、GPUを制御系に組み込む | 2025年11月発表。数値は会社の公称で、基本ユニットのみ(出典8) |
| H2 / H1 | 前の世代のイオントラップ機(56個・20個) | 稼働中(出典9・10) |
| Guppy | 量子プログラムをPythonに近い書き方で書ける言語。計算の途中の結果で処理を変える「動的な回路」を書ける。オープンソース | Heliumとともに公開(出典1) |
| TKET | 量子回路をハードに合わせて最適化するコンパイラ。ほかの会社の装置でも使える。オープンソース | 会社の説明(出典1) |
| InQuanto | 量子化学(分子の性質の計算)のソフトウェア | 会社の説明。Azure Quantum Elementsとも連携(出典1・12) |
| Nexus | 量子計算と古典計算を組み合わせた仕事を、クラウド上で実行・管理する環境。150超の組織・750人超のユーザー(2026年3月9日) | 会社の数字(出典1) |
| Q-Net | ユーザーの交流コミュニティ。200人超(2026年5月8日) | 会社の数字(出典1) |
| Quantum Origin | 量子の性質を使った乱数の生成サービス(暗号の強化用) | 会社の製品ページの説明(出典17) |
QCCDとは:イオンを動かして使う
QCCDは「Quantum Charge-Coupled Device(量子の電荷結合素子)」の略で、2002年に米国標準技術研究所(NIST)のウィネランドが提案した方式です(出典1)。 チップの電極に加える電圧を変えることで、イオンを「保存ゾーン」「演算ゾーン」「測定ゾーン」の間でそっと動かします。 動かしても量子の状態を保てるので、会社は「どの量子ビットとも直接つなげられる(全結合)」と説明しています。 詳しい説明は、本シリーズの技術解説「イオントラップ」「量子誤り訂正と表面符号」を参照してください。
Quantinuumの量子ビットは原子なので、量子ビットそのものに「材料の欠陥」はありません。 代わりに、材料・製造の難しさはイオンを浮かせるチップと、光学部品、真空に集まります。 ①イオントラップのチップ:電極がつくる電場でイオンを数ミクロンの高さに浮かせます(目論見書)。会社はこのチップをハネウェルの施設で製造しています(10-Q)。 ②レーザーと光学:量子ビットの操作はすべてレーザーです。会社は、将来のApolloのチップは標準的なCMOS(半導体)プロセスで作ると書いています(出典11)。 2026年の米国商務省の助成の対象は、422ナノメートルの低損失な集積フォトニクス、極低温で動く制御用ASIC、イオンに必要な波長の光学部品の信頼性で、 材料・光学・パッケージの課題が装置の拡大のボトルネックになっていることを示しています(出典3) 事実。 ③冷却:イオンはレーザーで冷やすため、超伝導方式が使うヘリウム3の希釈冷凍機は要らない、と会社は説明します(出典1)。ただし、真空装置や磁気シールド、レーザーなどの装置は必要です。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 計画の技術が未提供 | 目論見書のリスク要因に、「ロードマップと商業化の計画は、顧客がまだ使えない技術を含み、実現しない可能性がある」と明記 | 事実 |
| 耐障害化の技術的障壁 | 「大規模で完全な耐障害の量子コンピュータを作るには、重大な技術的障壁が残る」とリスクに明記 | 事実 |
| 売上が少数の顧客に集中 | 理化学研究所が2025年の売上の60%、米国政府が2026年1〜6月の売上の29% | 事実 |
| 赤字が続く | 2025年の純損失は1億9,260万ドル、売上は3,090万ドル。会社は「売上は限られている」と書く | 事実 |
| CHIPS法助成の条件 | 知的財産を外国に移せない、国内生産、研究のセキュリティなどの条件があり、違反や未達の場合は支払い済みの助成金の返還請求の対象。見返りに株式も発行 | 事実 |
| クラウド事業者への依存 | Microsoft Azureなどの事業者を通じた提供に依存する面があり、これらの事業者は直接の競合サービスも提供する、と会社が説明 | 事実 |
| 限られた部品の供給元 | 重要部品の供給元が限られ、供給が途絶えると拡大や修理が遅れる、とリスクに明記 | 事実 |
| ほかの方式との競争 | 超伝導・中性原子・光などと競合。会社は「イオントラップがもっとも成功するとは限らない」とリスクに書く | 事実 |
| 株主構成の影響 | ハネウェル関連(約47.4%)とケンブリッジ・クオンタム関連(約31.8%)で議決権の大半を占め、会社の重要な決定に影響しうる。税の利益の一部を既存保有者に払う契約もある | 推測 |
| 性能の主張の検証 | 「最も正確」「古典コンピュータの手の届かない領域」は会社の主張。優位性の主張には、別の方式の他社の事例で古典側の反論が出た前例がある | 事実 |
12. 用語集
- イオン
- 原子から電子を取り除いて電気を帯びさせたもの。電場で空中に浮かせられる。
- イオントラップ
- 電場を使ってイオンを真空中に閉じ込める装置。閉じ込めたイオンが量子ビットになる。
- QCCD
- イオンをチップの上で動かしながら使う方式。保存・演算・測定のゾーンを使い分ける。
- 忠実度(フィデリティ)
- 操作が理想どおりにできた割合。99.921%なら、約1,266回に1回の誤り。
- 物理/論理量子ビット
- 物理はチップ上の実物。論理は、複数をまとめ誤り訂正で守った「間違いにくい1個」。
- 誤り検出/誤り訂正
- 検出は誤りに気づいて捨てるだけ。訂正は気づいて直しながら計算を続ける。
- アイスバーグ符号
- 少ない量子ビットで誤りを検出できる符号。論理1個につき物理約1個で済む。
- ポストセレクション
- 誤りが見つかった試行を捨て、成功した試行だけを使う方法。
- 損益分岐点(break-even)
- 誤り訂正した量子ビットが、守らない量子ビットより成績が良くなる境目。
- 量子ボリューム
- 量子コンピュータの総合力を1つの数字にする指標。比較には条件の確認が必要。
- Up-C構造
- 上場会社が事業会社の持分の一部だけを持ち、残りを既存の保有者が持つ仕組み。
- Form 10-Q/424B4
- 10-Qは米国上場企業の四半期報告書、424B4は新規公開時の最終目論見書。法的責任を伴う。
13. 出典
- Quantinuum Inc. Prospectus, Form 424B4(米国SEC提出、2026年6月5日)。事業の説明、Helios・ロードマップ、財務、株主、リスク要因、CHIPS法の意向書。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2110105/000162828026041003/quantinuum-424b4.htm
- Quantinuum Inc. Form 10-Q for the quarter ended June 30, 2026(2026年8月13日)。IPOの完了、2026年1〜6月の財務、ハネウェルの議決権、オラクルとの契約、主要顧客。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2110105/000162828026056743/qnt-20260630.htm
- Quantinuum Inc. Form 8-K(2026年9月8日)。米国商務省との助成契約(Other Transaction Agreement)と株式発行契約。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2110105/000162828026060934/qnt-20260908.htm
- 米国SEC EDGAR提出書類一覧(Quantinuum Inc.、CIK 0002110105)。Nasdaq上場、2026年6月3日の登録発効、6月4日の上場登録書(8-A12B)。 https://data.sec.gov/submissions/CIK0002110105.json
- Ransfordほか Helios: A 98-qubit trapped-ion quantum computer(arXiv:2511.05465、2025年11月)。 https://arxiv.org/abs/2511.05465
- Dasuほか Computing with many encoded logical qubits beyond break-even(arXiv:2602.22211、2026年2月)。 https://arxiv.org/abs/2602.22211
- Quantinuum Skinny Logic: Quantum Codes Go on a Diet(公式ブログ、2026年3月4日)。 https://www.quantinuum.com/blog/skinny-logic-quantum-codes-go-on-a-diet
- Quantinuum Helios(製品ページ)。98量子ビット、忠実度、提供形態。 https://www.quantinuum.com/products-solutions/quantinuum-systems/helios
- Quantinuum System Model H1(製品ページ)。 https://www.quantinuum.com/products-solutions/quantinuum-systems/system-model-h1
- Quantinuum System Model H2(製品ページ)。 https://www.quantinuum.com/products-solutions/quantinuum-systems/system-model-h2
- Quantinuum Technical perspective: By the end of the decade, we will deliver universal, fully fault-tolerant quantum computing(公式ブログ、2024年9月17日)。Apolloの構想。 https://www.quantinuum.com/blog/technical-perspective-by-the-end-of-the-decade-we-will-deliver-universal-fault-tolerant-quantum-computing
- Quantinuum Quantinuum accelerates the path to Universal Fully Fault-Tolerant Quantum Computing(公式ブログ、2024年9月10日)。H2の増強、マイクロソフトとの論理量子ビット12個。 https://www.quantinuum.com/blog/quantinuum-accelerates-the-path-to-universal-fault-tolerant-quantum-computing-supports-microsofts-ai-and-quantum-powered-compute-platform-and-the-path-to-a-quantum-supercomputer
- Quantinuum Quantinuum and BMW Group Expand Landmark Quantum Computing Collaboration with New Multi-Year Partnership(2026年5月5日)。 https://www.quantinuum.com/press-releases/quantinuum-and-bmw-group-expand-landmark-quantum-computing-collaboration-with-new-multi-year-partnership
- Gharibyanほか Heuristic Quantum Advantage with Peaked Circuits(arXiv:2510.25838、2025年10月)。 https://arxiv.org/abs/2510.25838
- Kremer、Dupuis Efficient Classical Simulation of Heuristic Peaked Quantum Circuits(arXiv:2604.21908、2026年4月)。 https://arxiv.org/abs/2604.21908
- Ryan-Andersonほか Realization of Real-Time Fault-Tolerant Quantum Error Correction, Physical Review X 11, 041058(2021年)。 https://doi.org/10.1103/PhysRevX.11.041058
- Quantinuum 公式サイト(トップページ・製品ページ。ロゴ、Quantum Origin、Nexus、Guppy、TKETの説明)。 https://www.quantinuum.com/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月16日/Troy Technical
本稿の数値は、Quantinuum Inc.が米国証券取引委員会(SEC)に提出した法定開示書類と、会社の論文・公式資料に基づきます。装置の性能値は会社の公称で、測定条件を添えています。調査会社の市場推計は、書類に載っていても採用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。本稿は投資の助言ではありません。
