COMPANY PROFILE / 量子コンピュータ
ディーウェーブ・クアンタム
― 「量子アニーリング」で量子コンピュータを売ってきた会社。ゲート方式にも踏み出したが、「量子優位性」の主張は議論の最中
量子コンピュータには、大きく2つの作り方があります。 何でも計算できる汎用型(ゲート方式)と、「たくさんの組み合わせの中から一番よいものを探す」ことに特化した専用型(量子アニーリング)です。 D-Wave は、このうち専用型の商用機を10年以上前から作って売ってきた会社です。 2026年1月には、汎用型を開発する Quantum Circuits を買収し、会社は「アニーリングとゲート方式の両方を手がける唯一の会社」と説明しています。 また、2025年に発表した「量子超越性(優位性)の実証」の主張については、古典コンピュータ側から反論の論文が出ており、双方の主張が並んでいます。 本稿は、何を作り、いくら使い、誰と組み、何を目指しているかを、確認できた一次情報だけで、量子コンピュータを知らない方にも分かるように説明します。
- 30秒でわかるD-Waveと、量子コンピュータでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 量子コンピュータの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- 量子コンピュータにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は量子コンピュータで何を目指しているか
- 量子コンピュータ分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるD-Waveと、量子コンピュータでの立ち位置
パロアルト2026年末までにフロリダ州ボカラトンへ移転する計画(会社の説明)
(極低温)アニーリング機は4,400量子ビット超。ゲート方式は開発中
+有価証券 US$249.6百万2026年第2四半期のForm 10-Qの値
ゲート方式1万量子ビット米商務省の資金発表に記載。会社の目標であり、達成済みではない
D-Wave を読むときは、「いま売っているもの」と「これから作るもの」を分けることが大切です。
いま売っているもの:量子アニーリング機(Advantage2)とそのクラウドサービス(Leap)。最適化の問題に向く専用機で、売上は、このクラウド提供・システム販売・専門サービスから来ています 事実。
これから作るもの:誤り訂正のできる汎用型(ゲート方式)。2026年1月に買収した Quantum Circuits の技術が土台で、会社は「2026年に最初のシステムを提供する」と目標を述べていますが、 2026年10月16日時点で確認できたのはシミュレーターのベータ提供(2026年10月1日)までです 未確定/将来。
量子アニーリング:たくさんの選択肢の中から、一番よい組み合わせ(最適化)を探すための量子コンピュータです。 凸凹の地形の上でボールを転がすと、一番低い谷に落ち着くイメージで、その「谷の底」を答えとして取り出します。
ゲート方式:ふつうのコンピュータのように、命令(ゲート)を順番に実行して、何でも計算できる量子コンピュータです。ただし、壊れやすい量子ビットの誤りを直す仕組み(誤り訂正)が必要で、まだ開発の途中です。
量子ビット数の読み方:アニーリング機の「4,400量子ビット」と、ゲート方式の「10,000量子ビット」は、意味が違う数字です。 方式が違うと、1個あたりの役割も、必要な精度も違うので、並べて優劣をつけることはできません。本稿では、方式と物理か論理かを必ず添えます。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:上場している会社は D-Wave Quantum Inc.(米国)で、製品を作ってきたのは子会社の D-Wave Systems Inc.(カナダのブリティッシュコロンビア州)です。 2026年に買収した Quantum Circuits(旧 Quantum Circuits, Inc.)は、現在は D-Wave の子会社(Quantum Circuits, LLC)になっています。 ロゴは、暗い背景用の白い文字のものを、背景色をつけて表示しています。
公式サイト:https://www.dwavequantum.com/(ロゴは公式サイトのヘッダーで使われている画像を取得)3. 量子コンピュータの世界で、この会社はどこにいるか
量子コンピュータを作る会社は、「量子ビットを何で作るか」によって、強みと課題が大きく違います。 D-Wave は、1つ目の「超伝導」に入ります。アニーリング機もゲート方式の開発品も、超伝導の回路で量子ビットを作っています。 ただし、同じ超伝導でも、2つの機械は用途も開発段階も別です。
それぞれの特徴を、一言で言い換えておきます。
| 類型 | 量子ビットの正体 | 得意なこと | 難しいこと |
|---|---|---|---|
| 超伝導 | 極低温に冷やした電気回路 | 半導体と同じ作り方で回路を作れる | 冷凍機と大量の配線が要る |
| イオン・中性原子 | 電気や光で捕まえた原子 | 1個1個が同じ性質で、精度が高い | 数を増やすことと、動作の速さ |
| 光・シリコンほか | 光の粒(光子)、シリコンの電子のスピン、など | 半導体工場で作れる可能性、光ファイバーでつなげる | 方式の実証がまだ途上 |
| 周辺・ソフト | 量子ビットは作らない | クラウド・ソフト・通信で全体を支える | 自社の装置の優位は無い |
4. 会社の規模
D-Wave は米国上場企業で、売上や損失は Form 10-K に書かれています 事実。
| 指標(US$千) | 2024年12月期 | 2025年12月期 |
|---|---|---|
| 売上 | 8,827 | 24,587 |
| うちシステム販売 | ― | 16,182 |
| うちクラウド(QCaaS) | 6,745 | 5,517 |
| うち専門サービス | 1,938 | 2,720 |
| 研究開発費 | 35,300 | 50,734 |
| 営業損失 | 77,223 | 100,368 |
| 純損失 | 143,879 | 355,062 |
| 期末の現金・現金同等物 | 177,980 | 635,347 |
| 2026年(US$千) | 第2四半期(4〜6月) | 1〜6月の累計(前年同期) |
|---|---|---|
| 売上 | 3,076 | 5,934(18,096) |
| 研究開発費 | 28,239 | 54,032(22,982) |
| 純損失 | 48,028 | 66,385(172,750) |
| 6月30日の現金・現金同等物/有価証券 | 296,642/249,573 | |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 従業員 | 約388人(2026年2月5日、Quantum Circuitsの合流分を含む)。うちフルタイム382人 |
| 主な拠点 | カナダ:バーナビー(システムの開発・製造)とリッチモンド/米国:パロアルト(自社のウエハー加工設備、約6,000平方フィート)、ニューヘイブン(コネチカット州。ゲート方式の研究開発)。2026年末までに本社をボカラトン(フロリダ州)へ移し、研究開発拠点も置く計画 |
売上の増減は、売れた機械の数で大きく動きます。2025年の売上のうち US$16.2百万はシステム(機械)の販売で、前年にはほとんどありませんでした。 2026年上半期の売上が前年同期より少ないのは、前年に大きなシステム販売があったためで、会社の事業の悪化を直接示すものではありません(本稿の解釈)。
純損失の大部分は、現金の支出ではありません。2025年12月期の純損失US$355.1百万には、ワラント(株式を買う権利)の公正価値の変動によるUS$270.5百万の非現金の損失が含まれています。 株価が上がるとこの損失が膨らむ仕組みで、事業の損益とは別の動きです。 事業の実態は営業損失(US$100.4百万)や営業活動による現金の支出(US$72.0百万)で見るほうが適切です 事実。
5. 量子コンピュータにかけているリソース
| リソースの種類 | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | 約388人(2026年2月)。CEOはAlan Baratz氏。Rob Schoelkopf氏がD-Waveのチーフサイエンティスト(会社の発表) | 事実 |
| 金 | 2025年12月期の研究開発費US$50.7百万(前年比44%増)、2026年上半期はUS$54.0百万。2025年は新株発行や株式の購入権の行使などで、財務活動から約US$779百万の現金を得た。2026年1月にQuantum Circuitsの買収でUS$250百万の現金と株式を支払った | 事実 |
| 外部への出資・買収・合弁・事業売却 | 2026年1月20日にQuantum Circuits, Inc.の買収を完了。対価は現金US$250.0百万と普通株式10,430,444株(純債務などの調整あり)。他社への出資・合弁は、本稿で確認した資料に記載なし | 事実/出資・合弁は確認できず |
| 大学・研究機関・公的資金 | 米商務省:CHIPS・科学法に基づく最大US$100百万(2026年5月21日にLOI、9月8日に最終契約。対価として政府は少数株主の持ち分を取得)/米国防総省(発表文の原文はDepartment of War)の「マイクロエレクトロニクス・コモンズ」(NORDTECH)の第2年度の助成(会社の子会社Quantum Circuits, LLC)/ユーリッヒ研究センター(Advantageを2021年に設置)、南カリフォルニア大学ISI、Davidson Technologies(アラバマ州ハンツビルに設置)が、システムの設置・利用先 | 事実 |
| 製造のための投資 | ウエハー製造は米国の半導体ファウンドリーSkyWaterの工程を使用。自社のウエハー加工設備はパロアルト(約6,000平方フィート)。バーナビーにシステム開発・製造の拠点。米商務省の資金は、10万量子ビットのアニーリング機や1万量子ビットのゲート方式機の開発に充てる計画 | 事実/計画は未確定/将来 |
主要なデバイス・製品の状況
| 名前 | 方式・規模 | 代表的な性能・内容(会社の公表。条件つき) | 段階 | 日付・出典 |
|---|---|---|---|---|
| Advantage2(アニーリング) | 超伝導のアニーリング機。物理量子ビット4,400個超。各量子ビットが他の20個とつながる(旧機は15個) | エネルギー規模が40%向上、コヒーレンス(状態の保たれる時間)が2倍、と会社が説明。システムの電力は12.5キロワット(初代機から同じ冷却方式) | 提供中(クラウド「Leap」と、オンプレミス販売) | 2025年5月に提供開始(10-K) |
| Advantage2の試作機(1,200量子ビット超) | 超伝導のアニーリング機(物理) | Science論文のシミュレーション実験に使用(量子スピングラスという磁性体の模型の「急な変化」の再現) | 実証(実験) | 論文:2025年(Science 388, 199–204) |
| デュアルレール量子ビット(ゲート方式) | 超伝導のゲート方式。2つの空洞共振器に1つの量子ビットを持たせ、「消失」という誤りを検出しやすくした方式(物理) | 2量子ビットのゲートが約500ナノ秒で動き、消失の誤りは1回の操作あたり約0.5%、検出されない誤りは0.1%未満、とNature論文が報告。会社の発表文は「約99.9%の忠実度」と説明(検出された消失を除いた値と読める) | 実証(実験) | 2026年8月5日 Nature論文(Quantum Circuitsのチームの成果) |
| ゲート方式のシミュレーター | デュアルレール方式の動作を計算機上で再現するソフト | 誤りを意識したプログラミングを試すベータ提供。参加企業はBBVA、FirstQFM、フロリダ・アトランティック大学、ユーリッヒ研究センター | ベータ提供中 | 2026年10月1日 |
| ゲート方式の最初のシステム | デュアルレール方式(物理) | 会社は2026年に最初のシステムの提供を目標とする。性能数値は本稿で確認した資料に記載なし | 未確定/将来 | 10-K(2026年2月)の目標。2026年10月16日時点で提供の事実なし |
| 次世代システムの目標 | アニーリング10万量子ビット(物理)、ゲート方式1万量子ビット(物理)で論理量子ビット100個、100万回超の操作 | 会社の目標 | 未確定/将来 | 2026年9月8日の発表。時期の記載なし |
D-Wave の量子ビットは、超伝導の薄膜で作った小さな回路で、シリコンのウエハーの上に、半導体と同じ層を積む工程で作られます。 ウエハーの製造には、米国の半導体ファウンドリーSkyWaterの工程を使っています 事実。 アニーリング機は、冷凍機の電力(12.5キロワット)が世代が進んでも変わらず、量子ビット数だけが増えてきた、と会社は説明しています (初代機の約50倍の量子ビット)。冷却は電力の大半を占める部分です 事実。 ゲート方式では、量子チップの近くに置く極低温の制御回路とチップどうしを超伝導の配線でつなぐパッケージングが課題で、 会社は2026年1月に「ゲート方式の量子ビットのオンチップ極低温制御」を実証したと発表しています 事実。 素材と工程の目で見れば、勝負は超伝導薄膜の質(損失の小ささ)と、配線の数を桁違いに減らすパッケージング技術にあります 未確定/将来。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2010年 | 最初のアニーリング機「D-Wave One」を発売(会社の説明。冷却方式と電力は現在も同じ12.5キロワット) | 商用の量子コンピュータの先駆けと会社が説明 |
| 2022年8月5日 | SPAC(DPCM Capital)との統合を完了して上場 | 上場企業になり、資金調達の道が開けた |
| 2024年2月 | Advantage2の試作機(1,200量子ビット超)の提供を開始 | 新世代機の先行提供 |
| 2025年3月 | Science誌に「古典計算を超える量子シミュレーション」の論文。会社は「量子超越性を実用的な問題で初めて実証」と発表 | 主張に対して、古典側から反論の論文が出た(第10章) |
| 2025年5月 | 第6世代のAdvantage2(4,400量子ビット超)の提供を開始 | 現在の主力製品 |
| 2026年1月20日 | Quantum Circuitsの買収を完了(現金US$250百万+株式) | ゲート方式の技術を獲得し、「2本立て」の体制に |
| 2026年5月21日・26日 | 米商務省と最大US$100百万のLOI(21日)。反論論文への会社の声明(26日) | 公的資金の見通しと、優位性の主張をめぐる応酬 |
| 2026年5月21日 | Science誌に、Flatiron研究所などの研究者によるテンソルネットワークの論文が掲載 | D-Waveの実験を、古典コンピュータで近似できるとする研究 |
| 2026年7月 | NYSEからNasdaqへ上場を移転 | ティッカーはQBTSのまま |
| 2026年8月5日 | Nature誌に、デュアルレール量子ビットの2量子ビットゲートの論文 | ゲート方式の基本部品の実証 |
| 2026年9月8日 | 米商務省と最終契約(最大US$100百万。政府が少数株主の持ち分を取得) | 公的資金が確定した |
| 2026年10月1日 | ゲート方式のシミュレーターのベータ提供を開始 | 実機の提供に先立つ、ソフトの先行提供 |
7. 今後の計画
最初のシステム会社の目標(10-K)。デュアルレール方式
論理100個会社の目標。100万回超の操作が可能
これらはすべて会社の目標・計画であり、達成済みの事実ではありません 未確定/将来。 会社は、10-Kの中で、「いまの量子コンピュータは、D-Waveを含めて、広い範囲での量子優位性には達しておらず、達しない可能性もある」と明記しています 事実。
次はいずれも、本稿で確認した一次資料に記載がありません 未確定/将来。
ゲート方式の最初のシステムの量子ビット数・誤り率・価格・提供時期の確定/10万量子ビット機・1万量子ビット機の完成時期/ デュアルレール方式で論理量子ビットを実機で示した結果/量子事業の顧客別の売上/ DARPAの量子ベンチマーキング構想(QBI)への参加(2026年10月8日時点のDARPAの一覧にD-Waveの名前は見つからなかった)。
8. この会社は量子コンピュータで何を目指しているか
ここは、会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 狙いは、「最適化の専用機で収益を得ながら、汎用機の開発資金に回す」こと | 売上はアニーリング機とそのクラウド・専門サービスから。研究開発費は2025年に44%増え、2026年上半期はさらに増加。ゲート方式の買収にUS$250百万の現金を使った | 推測 |
| 売上は、機械の販売の有無で大きく変動する。安定した収入の柱は、まだクラウド(QCaaS)とサービス | 2025年のシステム販売US$16.2百万と、クラウドUS$5.5百万の差。2026年上半期のシステム販売の減少 | 推測 |
| 顧客は、通信・金融・製造など「最適化の問題を抱える企業」に絞っている | 10-Kの顧客例(Mastercard、BASF、Pfizer、NTT DOCOMOなど)、2026年7〜8月の発表(AT&T、NTT DOCOMOの本番利用) | 事実(会社の説明) |
| ゲート方式は、Quantum Circuitsのデュアルレール方式で「少ない物理量子ビットで誤り訂正」を狙う | 10-Kが「論理量子ビットあたりの物理量子ビットを1桁近く減らせる」と説明。Nature論文が誤り検出に向く特性を報告 | 事実(会社の説明) |
| 目標の達成には、桁違いの拡大が必要 | ゲート方式の目標は1万量子ビット(物理)。公表された最も大きなゲート方式の実験は、本稿で確認した資料に記載なし | 推測 |
2025年12月期の売上US$24.6百万のうち、システム販売がUS$16.2百万で、約66%を占めます 本稿の計算(16,182÷24,587=0.658)。 クラウド(QCaaS)は22%(5,517÷24,587)、専門サービスは11%(2,720÷24,587)でした。 つまり、2025年の売上の伸びは、機械の販売が大きく寄与しており、同じ規模の売上が毎年続くとは限りません。 2026年上半期の売上(US$5.9百万)が前年同期(US$18.1百万)の約3分の1にとどまっていることは、その性質を示している、と本稿は読みます 未確定/将来。 これは、事業の良し悪しの評価ではなく、売上が機械の販売時期に左右されるという構造の説明です。
9. 量子コンピュータ分野の提携マッピング
下の図は、Form 10-K・10-Q・8-Kの発表文に記載のある関係だけを、種類別に線で分けたものです。
10. 提供している技術・製品・サービス
D-Wave の主力は、最適化問題を「山と谷」の地形に置き換えて解く専用機です。次の図で、流れを3つに分けて見ます。
量子アニーリングとは何か
- 問題を地形にする:たとえば「配達ルートの組み合わせのうち、一番短いものを選ぶ」という問題を、「一番低い谷を探す」問題に書き換えます。谷の深さが、答えの良さです。
- 量子ビットを動かして谷に落とす:超伝導の量子ビットを、簡単な初期状態から、問題の地形へゆっくり変えていきます。量子の性質を使うと、山を乗り越えるのではなく、すり抜けて低い谷に落ちられる場合がある、というのが期待です。
- 答えを読み出す:量子ビットの状態を測って、答えの候補を取り出します。何度も繰り返して、よい答えを選びます。
- 古典コンピュータと組み合わせる:実際の企業の問題では、問題を小さく分けたり、結果を整えたりする「ハイブリッド」のソフトも使います。D-Wave のクラウドは、最大200万変数の問題を解けるハイブリッド解法を提供すると説明されています。
アニーリング機は最適化専用で、ゲート方式のように何でも計算できるわけではありません。 一方、ゲート方式(汎用型)では、命令を順番に実行し、誤り訂正を組み込む必要があります。 D-Wave は、この2つの機械を用途に応じて使い分ける「2本立て」を打ち出しています(会社の説明)。
「量子優位性」の主張と、反論を並べる
| 論点 | 会社の主張 | 確認できた事実(論文・一次資料) | 反論・留意点 | 状態 |
|---|---|---|---|---|
| アニーリング機で、古典計算が届かない量子シミュレーションを実証したか | 2025年3月に「量子超越性を実用的な問題で初めて実証」と発表。10-Kは「世界有数のスーパーコンピュータでほぼ100万年」、2026年5月の声明は「最大の問題では、行列積状態の手法でFrontierでほぼ100万年」と説明 | Science論文は、超伝導アニーリング機が、シュレーディンガー方程式の解と近い試料を短時間で出せること、いくつかの近似手法(テンソルネットワーク・ニューラルネットワーク)では同じ精度に届かないことを報告。課題は「磁性体の模型の急な変化の再現」で、論文の結びは「重要な問いに答えられる。古典では届かないままかもしれない」と慎重 | Flatiron研究所などのTindall氏らは、別のテンソルネットワーク手法で同じ模型を少ない計算資源で近似できると報告(arXiv 2025年3月、Science 2026年5月21日に掲載)。Mauron氏とCarleo氏(arXiv 2025年3月)、Wiersema氏(arXiv 2026年9月)も、変分モンテカルロ法で近似を報告。Krinitsinら(arXiv 2026年7月)は、論文のニューラルネットワークの比較にコメント | 議論中。未確定/将来 |
| 会社の反論 | 2026年5月26日の声明は「優位性の結果は覆っていない。反論の論文は、最も難しい問題の例や、同じ観測量を再現していない」と述べる | 声明(Form 8-K添付)で確認。声明は、D-Wave側の研究者のarXiv論文「Evaluating Classical Simulations with a Quantum Processor」(2025年8月)にも言及 | 反論側は、再現の範囲が限られることを認めつつ、近似が有効な領域があると主張。どこまでが「同じ問題」かの定義が争点 | 議論中 |
| 「実用的な問題」か | 10-Kは「実用的な(useful)問題」と表現 | 論文の課題は、量子磁性体の模型の動力学の再現(物理のシミュレーション)で、物流や金融の最適化問題ではない | 産業の最適化への直接の有用性は、本稿の確認範囲では示されていない | 解釈は未確定/将来 |
| 広い範囲での量子優位性 | 10-Kは「D-Waveを含む現在の量子コンピュータは広い範囲での量子優位性に達しておらず、達しない可能性もある」と明記 | 10-Kのリスク要因の記載で確認 | ― | 事実 |
本稿は、D-Waveの「量子優位性」の主張が正しいとも、覆ったとも断定しません。読むときの手がかりを3つ挙げます。
1. 「同じ問題」の範囲が争点です。会社は、最も大きく難しい例と、すべての観測量まで含めて再現されていない、と述べます。反論側は、同じ模型の多くの場合を、少ない計算で近似できると述べます。両者の主張は、問題のどの範囲を比べるかで食い違っています。
2. 古典側の手法は進歩し続けます。2025年の発表後、複数の研究グループが近似法を改良しており、どの手法がどこまで届くかは今も動いています。
3. 事業の価値とは別の問いです。優位性の成否と、顧客の最適化問題で役に立つかどうかは、別の問題です。D-Waveの顧客の事例(NTT DOCOMO、AT&Tなど)は会社の発表で、本稿は評価していません。詳しくは、本シリーズの技術解説「量子優位性の読み方」「量子アニーリング」をご覧ください。
顧客の事例(会社の発表)
2026年7〜8月に、D-Waveは次のように発表しています。AT&Tは、ネットワークの最適化の処理時間を約1時間から15秒未満に短縮した、と説明されています(早期の取り組み)。 NTT DOCOMOは、2つ目の本番の量子アプリケーションを稼働させ、ピーク時の位置登録信号を65.3%、ページング信号を7.0%減らしたと発表されています 事実。 これらは会社と顧客の発表で、第三者による検証や、古典コンピュータ(従来の最適化ソフト)との同条件の比較は、本稿では確認できていません。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 優位性の主張が議論の最中 | 古典側から複数の反論論文が出ており、会社も反論している。どちらも結論は出ていない | 事実 |
| ゲート方式は開発の初期 | 提供が確認できているのはシミュレーターのベータまで。実機の性能・時期は、会社の目標 | 未確定/将来 |
| 買収の統合 | Quantum Circuitsの統合が想定どおり進まない場合の影響を、10-Kが事業リスクに挙げる | 事実 |
| 売上の変動 | 売上は機械の販売時期で大きく変わる。2026年上半期の売上は前年同期の約3分の1 | 事実/本稿の計算 |
| 損失が続く | 営業損失は2025年にUS$100.4百万。10-Kは、損失が当面続く見込みと記載 | 事実 |
| 製造の外部依存 | ウエハーの製造は外部のファウンドリー(SkyWater)の工程に依存する | 事実 |
| 公的資金の条件 | 米商務省は、資金の対価として少数株主の持ち分を得る。計画の進み具合で、条件が影響する可能性がある | 事実/推測 |
| 本社の移転 | パロアルトからボカラトンへの移転を2026年末までに計画しており、人員・設備の移行に伴う負担がありうる | 事実/推測 |
| 方式間の競争 | 他の方式(ゲート方式の超伝導・イオン・中性原子など)も開発が進む。どれが先に実用規模に届くかは未確定 | 推測 |
12. 用語集
- 量子アニーリング
- 多くの選択肢の中から一番よい組み合わせ(最適化)を探すための、専用の量子コンピュータ。
- ゲート方式
- 命令(ゲート)を順に実行して、何でも計算できる汎用の量子コンピュータ。誤り訂正が必要。
- 量子ビット
- 量子コンピュータの計算の最小単位。
- 物理量子ビット/論理量子ビット
- 物理は部品1つ分でノイズに弱い。論理は誤りを直すために多数の物理量子ビットをまとめたもの。
- デュアルレール量子ビット
- 2つの空洞共振器に1つの量子ビットを持たせ、「消失」という誤りを検出しやすくした方式。
- 消失(イレージャー)
- 量子ビットが計算の範囲から外れてしまう誤り。起きたことを検出しやすい。
- QCaaS/Leap
- クラウドで量子コンピュータを使うサービス(D-Waveのサービス名がLeap)。
- ハイブリッド解法
- 量子コンピュータと従来のコンピュータを組み合わせて問題を解くソフト。
- 量子スピングラス
- 磁石の小さな粒が複雑に影響し合う模型。Science論文のシミュレーション対象。
- テンソルネットワーク
- 量子の状態を、小さな部品の網で近似して計算する古典の手法。
- 量子超越性/量子優位性
- 量子コンピュータが、古典コンピュータにできない(またはずっと遅い)計算を行うという主張。企業の主張として読む。
- ワラント
- 将来、決まった価格で株式を買える権利。公正価値の変動が損益に出る。
- LOI(基本合意書)
- 正式な契約の前に交わす、意向を示す文書。
- SPAC
- 特別買収目的会社。非上場企業と合併して上場させるための会社。
- Form 10-K/10-Q/8-K
- 米国SECに提出する年次報告書、四半期報告書、臨時報告書。
13. 出典
- D-Wave Quantum Inc. Form 10-K for the fiscal year ended December 31, 2025(米国SEC提出、2026年2月26日)。事業の概要、財務、従業員、拠点、買収、製品、リスク。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000026/qbts-20251231.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 10-Q for the quarter ended June 30, 2026(米国SEC提出、2026年8月6日)。第2四半期の財務、Nasdaqへの移転、拠点。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000129/qbts-20260630.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 8-K 添付の発表文「D-Wave’s Quantum Supremacy Result Stands」(2026年5月26日)。反論論文への会社の声明。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000071/exh_991xresponse.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 8-K 添付の発表文「D-Wave Quantum and Department of Commerce Sign Letter of Intent for $100 Million…」(2026年5月21日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000066/exhibit991pressrelease.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 8-K 添付の発表文「D-Wave Quantum Finalizes Definitive Agreement with U.S. Department of Commerce for Up to $100 Million…」(2026年9月8日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000141/chipsactpressrelease.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 8-K 添付の発表文「D-Wave Demonstrates Major Hardware Breakthrough for Quantum Error Correction…」(2026年8月5日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000123/d-wavedemonstratesmajorhar.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 8-K 添付の発表文「D-Wave Launches Gate-Model Simulator Beta Program…」(2026年10月1日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000159/exhibit101d-wavelaunchesga.htm
- D-Wave Quantum Inc. Form 8-K 添付の発表文「D-Wave Awarded Year 2 Microelectronics Commons Project Funding…」(2026年5月26日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000069/exh_991.htm
- D-Wave Quantum Inc.、NTT DOCOMO Form 8-K 添付の発表文「D-Wave Technology Drives NTT DOCOMO’s Second Production Quantum Application in Network Operations」(2026年8月18日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000135/d-wavetechnologydrivesnttd.htm
- D-Wave Quantum Inc.、AT&T Form 8-K 添付の発表文「AT&T Signs Agreement to Expand Use of D-Wave’s Quantum Computing Technology…」(2026年7月27日)。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1907982/000190798226000117/attsignsagreementtoexpandu.htm
- King ほか(D-Waveと共同研究者) “Beyond-classical computation in quantum simulation”, Science 388, 199–204(2025年)。 https://doi.org/10.1126/science.ado6285
- Tindall ほか “Dynamics of disordered quantum systems with two- and three-dimensional tensor networks”, Science 392, 868–872(2026年5月21日)。 https://doi.org/10.1126/science.adx2728
- Mauron、Carleo “Challenging the Quantum Advantage Frontier with Large-Scale Classical Simulations of Annealing Dynamics”, arXiv:2503.08247(2025年3月11日)。 https://arxiv.org/abs/2503.08247
- Wiersema “Numerical simulation of D-Wave’s quantum advantage experiment with time-dependent variational Monte Carlo”, arXiv:2609.01719(2026年9月1日)。 https://arxiv.org/abs/2609.01719
- Krinitsin ほか “Comment on ‘Beyond-classical computation in quantum simulation’”, arXiv:2607.08811(2026年7月9日)。 https://arxiv.org/abs/2607.08811
- Nocera ほか(D-Wave) “Evaluating Classical Simulations with a Quantum Processor”, arXiv:2508.15759(2025年8月21日)。 https://arxiv.org/abs/2508.15759
- Quantum Circuits(D-Wave)ほか “An entangling gate for dual-rail erasure qubits”, Nature 656, 47–53(2026年8月5日)。 https://doi.org/10.1038/s41586-026-10822-y
- 米国国防高等研究計画局(DARPA) Quantum Benchmarking Initiative(QBI)の公開ページ(2026年10月8日時点の参加企業一覧)。 https://www.darpa.mil/research/programs/quantum-benchmarking-initiative
- D-Wave 公式サイト(ロゴの取得、会社概要の確認用)。 https://www.dwavequantum.com/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月16日/Troy Technical
本稿の数値は、D-Wave Quantum が米国証券取引委員会(SEC)に提出した Form 10-K・10-Q・8-K、Science誌・Nature誌の論文、arXivの論文に基づきます。調査会社の市場推計、株価・評価額、報道ベースの数値は使用していません。機器名・ロードマップ・契約・企業構造は2026年10月16日時点の確認で、この分野は変化が速いため、最新の情報は会社の開示で確認してください。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。本稿は、量子優位性の主張の成否について結論を示すものではなく、特定の企業・研究者を評価・非難するものでもありません。
