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光検出器|光通信・フォトニクス 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

光検出器
― 光を電気に戻す素子は、「薄さ」と「暗電流」で決まる

光で送った信号は、最後に光検出器(フォトダイオード)で電気に戻されます。 光ファイバーの波長を受けるのは、InP 基板上の InGaAs や、シリコン上に育てた Ge です。 速くするには吸収層を薄くしたい。感度を上げるには厚くしたい。 そして光がなくても流れる暗電流は、結晶の欠陥と界面で決まります。

構成:浜松ホトニクスの技術資料、三菱電機技報・ニュースリリース、imec、Nature Communications 論文、Ge/Si 受光器の論文、住友電気工業、OpenLight の公表資料を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

暗い面の上に置かれた小さな四角い結晶チップ。その中央に小さな円形の滑らかな窓があり、柔らかな光を映している概念イメージ
概念図(AI生成イメージ)。「光を受ける小さな窓をもつチップ」を雰囲気として表現したものです。実際の受光器の寸法・形状・色、特定企業の製品を示すものではありません。
この記事の構成
  1. 光検出器とは何か(3行でつかむ)
  2. どの波長を受けられるかは、バンドギャップで決まる
  3. 速さの限界 ― 容量と走行時間のトレードオフ
  4. 企業の例:200 Gbps 用の裏面入射型 InGaAs PD
  5. 素材技術者の視点①:暗電流は結晶と界面で決まる
  6. シリコンの上の Ge 受光器
  7. 素材技術者の視点②:熱膨張の差を「使う」
  8. APD ― 電子なだれで増幅する
  9. 課題
  10. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料・査読論文に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・研究段階であり、量産実績が確認できていない事項
このほか、構造の整理や材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。 性能値は、企業の技術資料・開発品の評価結果と論文の値を書き分けます。

1. 光検出器とは何か(3行でつかむ)

光検出器(フォトダイオード、PD)は、半導体の pn 接合(または pin 接合)に光を当て、 吸収された光子が作る電子と正孔を電流として取り出す素子です。 浜松ホトニクスの技術資料は、InGaAs PIN フォトダイオードをSi フォトダイオードと同じく PN 接合をもった光起電力素子と説明しています事実。

  • 何で作るか:光ファイバー通信の波長では、InP に格子整合した InGaAs、またはシリコン光回路では選択成長した Geが使われます事実
  • 何が難しいか:速さ(帯域)、感度(A/W)、暗電流(光がないときの電流)が互いに引っ張り合います。浜松ホトニクスは、容量で決まる遮断周波数と走行時間で決まる遮断周波数がトレードオフの関係にあると説明しています事実
  • 増幅するもの:内部で電流を増倍するアバランシェフォトダイオード(APD)もあります事実
本シリーズの他の記事との関係

シリコン光回路の中での Ge 受光器の位置づけ(4つの部品のひとつ)は「シリコンフォトニクス」編、 InP 基板と InP 上の集積は「光集積回路とインジウムリン」編、送信側の EML は「半導体レーザー」編で扱いました。 受光器の後ろにある増幅回路(TIA)や信号処理は「光インターコネクトとSerDes」編、「コヒーレント光通信とDSP」編で扱います。 この記事は、受光器の結晶・層構造・暗電流に焦点を当てます。

2. どの波長を受けられるかは、バンドギャップで決まる

半導体は、バンドギャップより大きなエネルギーの光しか吸収しません。 浜松ホトニクスの技術資料は、バンドギャップ Eg(eV)とカットオフ波長 λc(µm)の関係を λc = 1.24 ÷ Eg と示し、 InP に格子整合した組成の InGaAs のバンドギャップは室温で 0.73 eV、カットオフ波長は約 1.7 µm と説明しています事実。 また InGaAs は、In と Ga の組成比でバンドギャップが変わり、同社はカットオフ 1.7 µm の標準タイプのほか1.9・2.1・2.6 µm の長波長タイプを用意しています事実。

InGaAs はどこまでの波長を受けられるか(本稿の計算を含む) 横軸=波長(µm)。λc = 1.24 ÷ Eg で、長波長側の限界が決まる 0.8 1.1 1.31 1.55 1.7 2.0 µm InGaAs(InP に格子整合、Eg = 0.73 eV)が吸収できる範囲 透過してしまう O バンド付近 C バンド付近 1.24 ÷ 0.73 ≒ 1.70 µm ※ λc = 1.24 ÷ Eg と、InGaAs の Eg = 0.73 eV(室温)・カットオフ約 1.7 µm は浜松ホトニクスの技術資料の記載です。 ※ 1.24 ÷ 0.73 ≒ 1.70 は本記事の検算です。短波長側の感度は、構造(InP 窓層での吸収など)で別に決まります。 ※ 1.31 µm・1.55 µm の位置は目安として記入したもので、各バンドの定義は本記事では扱いません。 ※ 目盛りは 1 µm = 500 px の比例尺で描いています。
図1 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。カットオフ波長の式と InGaAs の値は浜松ホトニクスの技術資料[参考資料1]によります。1.70 µm の検算と、図の描き方は本記事によるものです。

シリコンの受光器は近赤外の通信波長をほとんど吸収しないため(「シリコンフォトニクス」編)、シリコン光回路では Ge を使います。 Ge/Si 受光器を扱った Yang ら(2010年)は、Ge が1,300〜1,550 nm の近赤外光に大きな吸収係数をもち、既存のシリコンプロセスと両立することから、低コスト・高性能な赤外受光器の理想的な候補とされていると書いています事実。

3. 速さの限界 ― 容量と走行時間のトレードオフ

浜松ホトニクスの技術資料は、受光器の応答速度を決める要因を式で示しています事実。

  • 容量(CR 時定数):遮断周波数 fc = 1 ÷(2π Ct RL)。端子間容量 Ct は受光面積に比例し、逆電圧の平方根に反比例する。容量を下げるには受光面が小さく、空乏層が厚い方が有利
  • 走行時間(ドリフト時間):空乏層の厚さ W をキャリアが走る時間 trd = W ÷ vds、それで決まる遮断周波数は fc(trd)= 0.44 ÷ trd。空乏層は薄い方が有利
  • キャリアの速さ:InGaAs の正孔のドリフト速度は、電界 約 10⁴ V/cm で飽和し、約 5×10⁶ cm/s
  • 拡散の遅れ:接合の外で吸収された光が作る電荷は、拡散で電極に届くまで数 µs 以上かかることがある
本稿の計算:吸収層(空乏層)の厚さと、走行時間で決まる帯域

前提:vds = 5×10⁶ cm/s(浜松ホトニクスの記載)、fc = 0.44 ÷ trd本稿の計算

  • W = 1 µm → trd = 20 ps → 約 22 GHz
  • W = 0.5 µm → 10 ps → 約 44 GHz
  • W = 0.3 µm → 6 ps → 約 73 GHz
  • W = 0.2 µm → 4 ps → 約 110 GHz

前提と限界:浜松ホトニクスが APD の説明で示した式と正孔の飽和速度を、空乏層全体に単純に当てはめたものです。 電子の速度、容量、電極、パッケージの影響は含みません。傾向を見るための計算で、特定素子の帯域ではありません。

薄くするほど速い ― 走行時間で決まる帯域(本稿の計算) バーの長さ=走行時間で決まる遮断周波数(10 GHz = 4 px) 厚さ 1 µm 約 22 GHz 厚さ 0.5 µm 約 44 GHz 厚さ 0.3 µm 約 73 GHz 厚さ 0.2 µm 約 110 GHz ただし薄くすると、光を吸いきれず感度が落ち、容量も増える ※ 正孔の飽和ドリフト速度 約 5×10⁶ cm/s と f = 0.44 ÷ t は浜松ホトニクスの技術資料の記載。厚さの例と帯域は本記事の計算です。 ※ 容量・電極・電子の走行は含みません。特定の素子の帯域を示すものではありません。
図2 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。計算式と飽和速度は浜松ホトニクスの技術資料[参考資料1]、薄くすると感度が落ちる点は三菱電機技報[参考資料2]によります。厚さの例と各帯域は本記事が算出した値で、公表値ではありません。

4. 企業の例:200 Gbps 用の裏面入射型 InGaAs PD

三菱電機は 2024年8月20日、「800Gbps/1.6Tbps 光ファイバー通信用 200Gbps pin-PD チップ」のサンプル提供を 10月1日に開始すると発表しました事実。 同社は、送信用の 200 Gbps EML チップを2024年4月から量産しているとし、受信用は「性能を満たす製品が少ない」という課題があったと説明しています事実。 同社の技報(2025年)は、その設計を詳しく書いています事実。

  • 問題:多レーンの光トランシーバーでは光軸合わせを楽にするため受光領域を大きくしたいが、面入射型で受光領域を広げると pn 接合が大きくなり、容量が増えて速度が落ちる。一般的な裏面入射型(受光領域 φ15 µm)では 50 GHz 以上の帯域は難しい。帯域のために吸収層を薄くすると感度が 0.60 A/W に届かない
  • 解き方:基板側から光を入れる裏面入射型にし、pn 接合(Zn 選択拡散で直径約 10 µm)を小さく保ったまま、InP 基板そのものを凸レンズ状に加工して実効的な受光領域を広げる。アノード電極を金属ミラーとして働かせ、吸収層を通り抜けた光を反射してもう一度吸収させる
  • 結晶:半絶縁性の Fe ドープ InP 基板上に、n 型コンタクト層・n 型 InP 層・アンドープ InP 層・光吸収層・アンドープ InP 窓層・p 型コンタクト層を順にエピタキシャル成長。受光部以外の層はエッチングで除き、界面を守るためFe ドープ InP を再成長して埋め込む
裏面入射型 PD の断面(三菱電機技報の記述をもとにした概念図) 光は下(基板側)から入り、上の金属ミラーで反射してもう一度吸収層を通る アノード電極(金属ミラーを兼ねる) 光(基板側から) 半絶縁性 Fe ドープ InP 基板 基板を凸レンズに加工 Fe-InP 埋め込み Fe-InP 埋め込み p 型(Zn 選択拡散、直径 約10 µm) アンドープ InP 窓層 光吸収層(InGaAs) アンドープ InP 層 n 型 InP・n 型コンタクト層 ※ 層の順序・材料は三菱電機技報の記載。厚さ・幅・レンズの形の比は模式的で、実際の寸法ではありません。
図3 概念図(ベクター作図)。層構成、Zn 選択拡散(直径約 10 µm)、Fe ドープ InP の埋め込み再成長、基板の凸レンズ加工、金属ミラーを兼ねるアノード電極は三菱電機技報[参考資料2]の記述によります。光吸収層が InGaAs であることも同技報の記載です。層の厚さ・幅・色分けは本記事による模式です。
項目三菱電機の評価結果(開発品)
暗電流使用電圧 2 V で約 1 pA(室温、5素子)
暗電流の活性化エネルギー約 0.66 eV(光吸収層の InGaAs のバンドギャップとほぼ同じ → 拡散電流が支配的)
感度約 0.60 A/W
3 dB 帯域約 65 GHz(2 V、1,310 nm、0 dBm、チップに直接プローブ)
感度トレランスレンズなし 約 φ10 µm → レンズあり 約 φ40 µm

事実(三菱電機技報 Vol.99 No.3, 2025[参考資料2])。チップ単体の評価結果で、トランシーバーとしての受信感度ではありません。

本稿の計算:0.60 A/W は、光子の何割を電子にしているか

量子効率 η = 感度(A/W)× 1.24 ÷ 波長(µm)本稿の計算

  • 0.60 × 1.24 ÷ 1.31 ≒ 0.57(入った光子の約 57% が電流になる)
  • 光軸の許容範囲:φ10 µm → φ40 µm は面積で 16倍((40 ÷ 10)²)

前提と限界:感度 0.60 A/W を波長 1.31 µm での値とみなした換算です。技報は 2 次元分布の測定を 1,310 nm で行っていますが、感度の測定波長は明記されていないため、目安の計算です。

5. 素材技術者の視点①:暗電流は結晶と界面で決まる

素材技術者の読みどころ:「活性化エネルギー ≒ バンドギャップ」が示すこと

三菱電機の技報で最も素材的に面白いのは、暗電流の温度依存性の読み方です事実。

  • 暗電流の温度依存から求めた活性化エネルギーは約 0.66 eVで、光吸収層 InGaAs のバンドギャップとほぼ同じ
  • つまり暗電流はInGaAs 吸収層での拡散電流が支配的で、発生・再結合電流やリーク電流は小さい
  • これはエピ層内の欠陥や接合側面の欠陥を介した暗電流が少ないことを示唆する
  • その理由を同社は、Zn 選択拡散とFe ドープ InP による半導体埋め込み構造で界面準位の発生を抑え、pn 接合の側面を流れるリークを減らしたため、と考えている

浜松ホトニクスの技術資料も、APD の暗電流を「PN 接合と表面保護膜の界面を流れる表面リーク電流など」と、「半導体内部で発生する再結合電流、トンネル電流、拡散電流など」に分けて説明しています事実。

素材の言葉に直すと(本記事による整理)、

  • 拡散電流:材料のバンドギャップで決まる「下限」。避けられない
  • 発生・再結合電流:結晶の中の欠陥(深い準位)が作る。エピ層の品質で決まる
  • 表面・側面リーク:接合が表面に出る場所、保護膜との界面で決まる

活性化エネルギーがバンドギャップに近いということは、後の2つ——結晶欠陥と界面——を十分に抑え込み、材料の物性の限界まで来ているという「品質の証明」でもあります。 エッチングで露出した側面を、絶縁膜ではなく同じ InP の結晶で埋め戻すという選択に、界面を嫌う設計思想が表れています(本記事による解説)。

本稿の計算:温度が 60 ℃上がると、暗電流は何倍になるか

前提:暗電流 ∝ exp(−Ea ÷ kT)、Ea = 0.66 eV(三菱電機の見積もり)、k = 8.617×10⁻⁵ eV/K本稿の計算

  • 25 ℃(298 K)→ 70 ℃(343 K):exp[0.66 ÷ k ×(1/298 − 1/343)] ≒ 約 29倍
  • 25 ℃(298 K)→ 85 ℃(358 K):同様に ≒ 約 74倍
  • 室温 1 pA の素子なら、85 ℃で 約 74 pA

前提と限界:拡散電流が支配的で活性化エネルギーが一定という単純化です。70 ℃・85 ℃は本稿が置いた温度で、製品の保証温度ではありません。浜松ホトニクスも、暗電流は温度上昇で指数関数的に増え、その係数は素子のバンドギャップと逆電圧で変わるとしています事実。

活性化エネルギー 0.66 eV のとき、暗電流は温度でどれだけ増えるか(本稿の計算) 25 ℃を 1 とした倍率。横軸は対数(1目盛りで10倍) 1 10 100 25 ℃ 1倍(例:1 pA) 70 ℃ 約 29倍 85 ℃ 約 74倍 ※ 活性化エネルギー 約 0.66 eV は三菱電機技報の見積もり。温度の選び方と倍率は本記事の計算で、拡散電流支配・活性化エネルギー一定を仮定しています。 ※ 特定製品の保証値ではありません。バーの長さは対数目盛での目安です。
図4 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。活性化エネルギー約 0.66 eV と、暗電流が InGaAs の拡散電流で支配されているという解釈は三菱電機技報[参考資料2]によります。70 ℃・85 ℃という条件と、約 29倍・約 74倍は本記事が算出した値で、公表値ではありません。

6. シリコンの上の Ge 受光器

シリコン光回路では、受光器は Ge で作ります。 imec は 2018年、同社の Si フォトニクス試作プラットフォームが200 mm SOI ウェハを使い、Ge の選択成長と標準 CMOS の配線工程で Ge 受光器などを一体化していること、 変調器と受光器が50 GHz を超える電気光学帯域をもつことを説明しています事実。 Shekhar らの Nature Communications 論文(2024年)は、Ge 受光器はすでに多くの商用シリコンフォトニクス・ファウンドリで対応済みだと書いています事実。

平らで明るい灰色の面の上に、小さな暗い灰色の結晶の島がひとつ、なめらかな縁をもって盛り上がっている様子を低い角度から見た概念イメージ
図5 概念図(AI生成イメージ)。「シリコンの上の決まった場所だけに Ge を育てる(選択成長)」を雰囲気として表現したものです。実際の Ge 受光器の形・寸法・色、特定企業の構造を示すものではありません。
シリコン導波路の上に Ge を育てた受光器(概念断面図) 青=シリコン/灰=酸化膜/暗灰=Ge/×=界面近くの貫通転位(模式) 光(Si 導波路から) Ge Si 導波路層 埋め込み酸化膜 Si 基板 選択成長した Ge 格子定数の差(約 4%)で、界面から転位が入る ※ Ge の選択成長は imec、約 4% の格子定数差と転位・暗電流の関係は Yang らの記述によります。 ※ 形状・寸法・電極の省略・転位の描き方は模式で、実際の構造ではありません。
図6 概念図(ベクター作図)。Ge の選択成長は imec[参考資料3]、Ge と Si の約 4% の格子定数差が貫通転位と暗電流の原因になることは Yang ら[参考資料5]によります。導波路から横に光を入れる構成、形状・寸法、転位の描き方は本記事による模式です。電極・ドーピング領域は省略しています。

Yang ら(2010年)は、Ge の格子定数は Si より 4% 大きく、緩和した Ge 層に高密度の貫通転位を生じうるとし、これが高い暗電流とプロセス統合の難しさにつながると書いています事実。 同論文は、Ge 層の貫通転位密度を下げると暗電流が大きく下がることをシミュレーションで示しています事実。

7. 素材技術者の視点②:熱膨張の差を「使う」

素材技術者の読みどころ:冷えるときに入るひずみが、受けられる波長を延ばす

Yang らは、もう一つの材料効果を紹介しています事実。

  • Si の上にエピタキシャル成長させた Ge には引張ひずみが入っていることが実験で確かめられている
  • このひずみは、高い成長温度から冷えるときに、Ge と Si の熱膨張の差で生じる
  • ひずみは成長温度に依存し、Ge の融点(937 ℃)から冷やした場合で最大 0.34% と見込まれる
  • 引張ひずみは Ge の直接遷移のバンドギャップを狭め、受けられる波長を長波長側(L バンド)へ延ばす解決策として提案されてきた

ふつう熱膨張の不一致は、反りや剥離を生む「厄介もの」です。 ここでは、それが受光できる波長を延ばす「機能」として働いています。 同じ Ge-on-Si の界面が、格子定数の差では転位(暗電流の原因)を、熱膨張の差では有益なひずみを生む—— ひとつの異種界面の中に、悪い効果と良い効果が同居しているわけです(本記事による解説)。

本稿の計算:0.34% のひずみは、長さ 1 mm あたり 3.4 µm の伸びに相当します本稿の計算。 小さく見えますが、バンド構造を動かすには十分な量だ、というのが同論文の主張の前提です。

8. APD ― 電子なだれで増幅する

浜松ホトニクスの技術資料によれば、APD(アバランシェフォトダイオード)は、強い逆電圧で加速されたキャリアが結晶格子に衝突して新たな電子-正孔対を作る「アバランシェ増倍」を使い、内部で光電流を増やす素子です事実。

SAM 型 InGaAs APD:吸収する層と、増やす層を分ける(概念図) P⁺ InP アバランシェ層(増倍) InGaAsP 層 InGaAs 光吸収層 InP 基板(N⁺) 光 正孔が移る ここで増やす InP は正孔のイオン化率が大きい(k>1) ここで吸う InGaAs は Eg が小さく、高電界では 暗電流が大きくなってしまう ※ 層構成と役割分担は浜松ホトニクスの資料によります。厚さ・光の入射方向・ガードリングは簡略化した模式です。
図7 概念図(ベクター作図)。InGaAs 光吸収層と InP アバランシェ層を分けた SAM 型構造、InGaAs に高い逆電圧をかけると暗電流が大きくなる理由、InP で正孔のイオン化率が大きいこと(k>1)は浜松ホトニクスの技術資料[参考資料1]によります。層の厚さ・配置の細部は本記事による模式です。
  • 役割分担(SAM 型):InGaAs はバンドギャップが小さいので、大きな逆電圧をかけると暗電流が大きくなる。そこで光を吸う InGaAs 層と増倍する InP 層を分ける事実
  • 材料定数が雑音を決める:電子と正孔のイオン化率の比 k は半導体材料固有の物性定数で、InP では正孔の方が大きい(k>1)。そのため InGaAs で生じた正孔を InP 層へ送って増倍させる。増倍には統計的な揺らぎ(過剰雑音)が伴い、過剰雑音係数を F ≒ Mx と近似すると、同社の例では x ≒ 0.7事実
  • 温度:温度が上がると結晶格子の振動が激しくなり、キャリアがイオン化に必要なエネルギーに達する前に格子と衝突しやすくなるため、同じ電圧での増倍率が下がる。電圧を調整するか温度を一定に保つ必要がある事実
  • 最適値がある:増倍率を上げると信号も雑音も増えるので、S/N が最大になる増倍率がある事実
本稿の計算:増倍率を上げると、雑音はどう増えるか

F ≒ Mx、x = 0.7(浜松ホトニクスの例)とすると本稿の計算、

  • M = 10 → F ≒ 100.7 ≒ 5.0
  • M = 20 → F ≒ 200.7 ≒ 8.1

増倍率を2倍にすると、信号は2倍、過剰雑音係数は約1.6倍になります。「増やせば増やすほど良い」わけではない理由です。前提:近似式をそのまま当てはめた計算で、特定製品の値ではありません。

シリコンフォトニクスでの APD について、Shekhar らは、低電圧で帯域・感度・低雑音を両立する APD は受信側の S/N 改善に役立つとしつつ、 Ge 受光器に比べると APD は一般に帯域・線形性・パワー耐性で劣り、最適なバイアスと温度・電圧ドリフトの安定化が要る、と書いています事実。 また、固有の感度が低いまま増倍率だけ大きくしても性能は上がらないと注意しています事実。

9. 課題

(1) 薄さと感度の綱引きは続く

三菱電機は、吸収層を薄くすると感度が 0.60 A/W に届かないという問題を、金属ミラーで光を往復させることと基板のレンズ化で解いています事実。 1波長あたりの速度がさらに上がる世代で、面入射型の受光器がどこまで対応できるかは、本稿が参照した一次情報では確認できませんでした未確定/将来。

(2) Ge-on-Si の転位と暗電流

Ge と Si の格子定数の差(約 4%)は、転位と暗電流の原因として残ります事実。 各ファウンドリの Ge 受光器の暗電流や転位密度の量産値は、本稿の調査範囲の一次情報では確認できなかったため記載していません。

(3) 信頼性

OpenLight は 2025年3月、InP をシリコンに集積した受光器(PD)を含む能動部品で Telcordia GR-468 の認定を完了したと発表しています事実(同社の公表)。 三菱電機は、Zn 選択拡散と半導体埋め込み構造で高信頼性が期待できるとしていますが事実、長期の信頼性試験の結果は技報の範囲では示されていません。

この記事のまとめ
  • 受けられる波長はバンドギャップで決まり、InP 格子整合 InGaAs(0.73 eV)は約 1.7 µm まで事実
  • 速さは「薄さ」と「小ささ」で決まる。走行時間だけで見ると、1 µm で約 22 GHz、0.3 µm で約 73 GHz本稿の計算
  • 三菱電機の 200G PD は、基板をレンズにし、電極を鏡にして、薄い吸収層で感度を稼いだ。量子効率は約 57%本稿の計算
  • 暗電流の活性化エネルギーがバンドギャップに近い=結晶欠陥と界面のリークを抑え込んだ証拠事実
  • Ge-on-Si では、格子の差が転位を、熱膨張の差が有益な引張ひずみを生む事実

10. 用語集

フォトダイオード(PD)
光を吸収して電流を流す半導体素子。
pin フォトダイオード
p 層と n 層の間に不純物の少ない i 層を挟み、そこで光を吸収させる構造。
InGaAs
インジウム・ガリウム・ヒ素の混晶。InP に格子整合する組成で近赤外を受ける。
カットオフ波長
それより長い波長の光を吸収できなくなる限界。λc = 1.24 ÷ Eg。
感度(A/W)
光 1 W あたりに流れる電流。量子効率と波長で決まる。
量子効率
入った光子のうち、電流として取り出せた電子の割合。
暗電流
光が当たっていないときに流れる電流。雑音の原因になる。
活性化エネルギー
暗電流の温度依存性から求めるエネルギー。支配的な電流の種類を知る手がかり。
空乏層
接合付近のキャリアがいない領域。ここで生じた電荷は電界で素早く運ばれる。
ドリフト時間(走行時間)
キャリアが空乏層を横切るのにかかる時間。
CR 時定数
素子の容量と負荷抵抗の積。これが大きいと応答が遅くなる。
裏面入射型
接合を作った面の反対側(基板側)から光を入れる構造。
Zn 選択拡散
亜鉛を決まった場所だけに拡散させて p 型領域を作る方法。
半導体埋め込み構造
エッチングした側面を、Fe ドープ InP などの結晶で埋め戻す構造。
選択成長
ウェハの決まった場所だけに結晶を育てる方法。Ge 受光器で使われる。
貫通転位
異種基板上の結晶成長で、界面から膜の表面へ貫いて伸びる線状の欠陥。
引張ひずみ
結晶が引き伸ばされた状態。Ge ではバンドギャップを狭める。
APD
アバランシェフォトダイオード。内部でキャリアを増倍する受光器。
SAM 型
光吸収層と増倍層を分けた APD の構造。
過剰雑音係数
増倍の揺らぎで雑音が増える度合い。F ≒ Mx と近似される。
イオン化率比 k
電子と正孔が衝突で電子-正孔対を作る割合の比。材料固有の定数。

11. 参考資料(一次情報)

  1. 浜松ホトニクス「技術資料 化合物光半導体 受光素子」(PDF) — hamamatsu.com
  2. 三菱電機奥田真也ほか「データセンター向け800Gbps/1.6Tbps伝送用200Gbps EML&PD」三菱電機技報 Vol.99 No.3(2025年)(PDF) — giho.mitsubishielectric.co.jp
  3. imec「Silicon photonic interposers for 400Gb/s and beyond optical interconnects」imec magazine 2018年10月 — imec-int.com
  4. S. Shekhar, W. Bogaerts, L. Chrostowski, J. E. Bowers ほか「Roadmapping the next generation of silicon photonics」Nature Communications 15, 751(2024年、DOI: 10.1038/s41467-024-44750-0) — nature.com
  5. J.-H. Yang, Y. Wei, X.-Y. Cai, J.-Z. Ran(蘭州大学)「The effects of threading dislocations and tensile strain in Ge/Si photodetector」Microelectronics International 27(2), 113–116(2010年、DOI: 10.1108/13565361011034803)(PDF) — bdt.semi.ac.cn
  6. 三菱電機「『800Gbps/1.6Tbps光ファイバー通信用200Gbps pin-PDチップ』サンプル提供開始」2024年8月20日 — mitsubishielectric.co.jp
  7. OpenLight「OpenLight Achieves Successful Completion of Telcordia GR-468 Qualification for Silicon Photonics Components」2025年3月24日 — openlightphotonics.com

12. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
InGaAs PIN フォトダイオードが Si フォトダイオードと同じく PN 接合をもつ光起電力素子であること。λc = 1.24 ÷ Eg、InP 格子整合 InGaAs の Eg が室温 0.73 eV でカットオフ約 1.7 µm。組成比でバンドギャップが変わり、1.7 µm 標準のほか 1.9・2.1・2.6 µm の長波長タイプがあること。Ct が受光面積に比例し逆電圧の平方根に反比例、CR 遮断周波数 1/(2πCtRL)、受光面が小さく空乏層が厚い方が CR に有利、trd = W/vds・fc(trd) = 0.44/trd、InGaAs の正孔ドリフト速度が約 10⁴ V/cm で飽和し約 5×10⁶ cm/s、両者がトレードオフ。接合外で吸収した電荷の拡散に数 µs 以上かかることがある。暗電流が温度で指数関数的に増え、係数がバンドギャップと逆電圧で変わること。APD の原理(アバランシェ増倍)、SAM 型(InGaAs 吸収層と InP アバランシェ層)の理由、暗電流の成分(表面リーク電流など/再結合・トンネル・拡散電流など)、イオン化率比 k が材料固有で InP は k>1、正孔を InP 層へドリフトさせること、F ≒ M^x で例として x ≒ 0.7、S/N が最大になる増倍率、温度上昇で増倍率が下がる理由浜松ホトニクス 技術資料「化合物光半導体 受光素子」[参考資料 1]https://www.hamamatsu.com/content/dam/hamamatsu-photonics/sites/documents/99_SALES_LIBRARY/ssd/compound_kird9004j.pdf事実
多レーン化で受光領域を広げたいが接合が大きくなると容量が増えること、一般的な裏面入射型(φ15 µm)で 50 GHz 以上が困難、吸収層を薄くすると感度 0.60 A/W に届かないこと。裏面入射型・凸レンズ加工した基板・金属ミラーを兼ねるアノード電極。Fe ドープ InP 基板上の層構成、Fe ドープ InP の埋め込み再成長、Zn 選択拡散(直径約 10 µm)、界面準位とリークの抑制。暗電流 2 V で約 1 pA、活性化エネルギー約 0.66 eV が InGaAs のバンドギャップとほぼ同じで拡散電流支配、欠陥・接合側面のリークが少ないことの示唆。感度トレランス φ10→φ40 µm、感度約 0.60 A/W、3 dB 帯域約 65 GHz(測定条件つき)。高信頼性が期待できるという記述三菱電機技報 Vol.99 No.3(2025年)[参考資料 2]https://www.giho.mitsubishielectric.co.jp/giho/pdf/2025/2503104.pdf事実
imec の Si フォトニクス試作プラットフォームが 200 mm SOI、Ge の選択成長と標準 CMOS 配線で Ge 受光器を一体化し、変調器・受光器が 50 GHz 超の帯域をもつこと(2018年)imec magazine(2018年10月)[参考資料 3]https://www.imec-int.com/en/imec-magazine/imec-magazine-october-2018/silicon-photonic-interposers-for-400gb-s-and-beyond-optical-interconnects事実
Ge 受光器が多くの商用シリコンフォトニクス・ファウンドリで対応済みであること。低電圧で帯域・感度・低雑音を両立する APD が S/N 改善に役立つこと、Ge 受光器に比べ APD は一般に帯域・線形性・パワー耐性で劣りバイアスとドリフトの安定化が要ること、固有感度が低いまま増倍率を大きくしても性能は上がらないことShekhar ら, Nature Communications 15, 751(2024年)[参考資料 4]https://www.nature.com/articles/s41467-024-44750-0事実
Ge が 1,300〜1,550 nm に大きな吸収係数をもちシリコンプロセスと両立すること。Ge の格子定数が Si より 4% 大きく、高密度の貫通転位を生じうること、それが高い暗電流と統合の難しさにつながること。貫通転位密度を下げると暗電流が下がるシミュレーション。Si 上 Ge の引張ひずみが冷却時の熱膨張差で生じ、成長温度に依存し、Ge の融点(937 ℃)から冷やした場合で最大 0.34% と見込まれること、引張ひずみが直接遷移のバンドギャップを狭め長波長側(L バンド)へ検出範囲を延ばすことYang ら, Microelectronics International 27(2), 113(2010年)[参考資料 5]https://bdt.semi.ac.cn/download/0.481743961058849.pdf事実
2024年8月20日に 200 Gbps pin-PD チップのサンプル提供を 10月1日に開始すると発表したこと。200 Gbps EML チップを 2024年4月から量産していること。受信用に性能を満たす製品が少ないという課題。4個で 800 Gbps、8個で 1.6 Tbps。裏面入射型と凸レンズ集積構造、フリップチップ実装に対応三菱電機 ニュースリリース(2024年8月20日)[参考資料 6]https://www.mitsubishielectric.co.jp/ja/pr/2024/0820/事実
OpenLight が InP をシリコンに集積したレーザー・EAM・PD で GR-468 認定を完了したと発表したこと(同社の公表)OpenLight プレスリリース(2025年3月24日)[参考資料 7]https://openlightphotonics.com/newsroom/openlight-achieves-successful-completion-of-telcordia-gr-468-qualification-for-silicon-photonics-components事実
1.24 ÷ 0.73 ≒ 1.70 µm の検算。厚さ 1/0.5/0.3/0.2 µm での走行時間と帯域(約 22/44/73/110 GHz)。量子効率 0.60 × 1.24 ÷ 1.31 ≒ 0.57、感度トレランスの面積比 16倍。活性化エネルギー 0.66 eV での暗電流の倍率(70 ℃で約 29倍、85 ℃で約 74倍)。0.34% のひずみが 1 mm あたり 3.4 µm。F ≒ M^0.7 で M = 10 で約 5.0、M = 20 で約 8.1本稿の計算。厚さ・温度・増倍率は本稿が置いた例。飽和速度を空乏層全体に当てはめ、活性化エネルギー一定、感度を 1.31 µm の値とみなすなどの単純化を含む本稿の計算
さらに高速な世代での面入射型受光器の対応。各ファウンドリの Ge 受光器の暗電流・転位密度の量産値。三菱電機 PD の長期信頼性試験結果本稿の調査時点(2026年9月)で、一次情報では確認できなかったため記載していない。本記事による判断未確定/将来
暗電流を拡散・発生再結合・表面側面リークの3つに整理し、活性化エネルギーがバンドギャップに近いことを品質の証明と読んだこと。側面を結晶で埋め戻す選択を「界面を嫌う設計思想」と読んだこと。熱膨張差のひずみを「機能」と読み、ひとつの異種界面に悪い効果と良い効果が同居するという整理。図の描き方(導波路から横に光を入れる構成など)公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各社・各機関が表明した見解ではない解説
図1〜図4・図6・図7が実際の断面・測定データではなく説明のための作図であること。ヒーロー画像と図5が AI 生成イメージであること本記事による注記解説

最終更新:2026年9月26日/出典は一次情報(企業の技術資料・技報・公式発表、研究機関の公式記事、査読論文)に限定しています。 数値の換算や材料設計上の読み取りを含むため、それらは「本稿の計算」「解説」として出典付きの事実と区別しています。 三菱電機の値は開発品チップの評価結果で、トランシーバーの性能ではありません。 さらに高速な世代での面入射型受光器の対応、各ファウンドリの Ge 受光器の量産値、長期信頼性試験の結果については、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用の概念図です。図1〜図4・図6・図7はベクター作図、ヒーロー画像と図5はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・顕微鏡像・製品の実物を示すものではありません。