COMPANY PROFILE / マテリアルインフォマティクス
プリファードネットワークス
― 原子シミュレータMatlantisの“頭脳”PFPをつくり、ENEOSと共同で世に出した会社
Preferred Networks(PFN)は2014年に設立された日本のAI企業です。材料の世界では、原子どうしの力を高速に予測するAIモデル「PFP」を開発し、それを核にした原子シミュレータMatlantis(マトランティス)をENEOSと共同で開発しました。Matlantisを売る会社は別法人(Matlantis株式会社)で、株主はPFN・ENEOS・三菱商事です。本稿は、PFNがマテリアルインフォマティクス(MI)の流れのどこを担い、ENEOSとどういう関係にあるかを、公式資料の範囲でやさしく整理します。
- 30秒でわかるPFNと、MIでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について(似た名前の整理)
- MIの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- MIにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社はMIで何を目指しているか
- MI分野の提携マッピング(ENEOSとの関係を含む)
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるPFNと、マテリアルインフォマティクスでの立ち位置
非上場株主は事業会社・金融機関(公式の列挙)
基盤モデル・計算基盤(従)本稿の分類。図1を参照
「PFP」Matlantisの“頭脳”にあたるAIモデル
2026年7月16日Matlantis株式会社の発表。96元素に対応
PFNは「Matlantisを売る会社」ではなく、「Matlantisの頭脳(PFP)と、それを学習させる計算基盤をつくる会社」です 事実。クラウドサービスとしての販売・サポートは、Matlantis株式会社(2021年に合弁会社として発足。2025年7月に現社名へ変更)が担います。つまり、PFN=モデルと計算基盤、Matlantis株式会社=サービスの提供、ENEOS=化学の知見をもつ共同開発者であり株主、という分担です。
PFNは2026年7月の会社概要資料でMatlantis株式会社を子会社の一つに挙げていますが 事実、三菱商事の資本参加後の出資比率は公式資料では確認できませんでした(設立時は PFN 51%/ENEOS 49%)。
2. ロゴと社名の表記について
表記の注意:親会社はPreferred Networks(PFN)。製品名はMatlantis、AIモデル名はPFP(Preferred Potential)です。このあと出てくる似た名前を、下の表で先に整理します。公式ロゴは、利用条件(公式の「Corporate Logo」ページ)で所定の申請が求められているため、本稿では使わず、文字表記にしています。
公式サイト:https://www.preferred.jp/en/company/| 名前 | 何か | 補足 |
|---|---|---|
| Preferred Networks(PFN) | 本稿の主役。AIの研究開発会社 | 2014年設立。非上場 |
| Matlantis(製品) | 原子レベルのシミュレータ(クラウドサービス) | 2021年7月に提供開始 |
| PFP | Matlantisの中核となるAIモデル | Preferred Potentialの略。PFNが開発 |
| Matlantis株式会社 | Matlantisを販売・サポートする会社 | 旧称 Preferred Computational Chemistry(PFCC)。2025年7月に社名変更 |
| PFCI | PFNグループの計算基盤会社(Preferred Computing Infrastructure) | 2025年設立。MN-Coreを使ったクラウドを提供 |
| ENEOS Innovation Partners | ENEOSホールディングスの100%子会社(出資管理) | PFNの株主として公式に列挙。100%子会社であることはENEOSのリリースの注記による |
3. マテリアルインフォマティクスの世界で、この会社はどこにいるか
マテリアルインフォマティクス(MI)とは、データとAIを使って材料開発を速くする取り組みです。大まかには、①データをつくる → ②AIで予測・設計する → ③計算で候補を絞る → ④実験で確かめるという流れで進みます。会社によって、この流れのどこを担当しているかが違います。まず、PFNの担当範囲を示します。
次の図解は、MIの流れの中でPFN・Matlantis株式会社・利用者がそれぞれ何を受け持つかを示したものです。
4. 会社の規模
PFNは非上場で、売上・利益・資本金は確認できた範囲では公表されていません。会社概要と2026年7月更新のファクトシートから確認できる項目だけを示します 事実。
| 項目 | PFN | Matlantis株式会社 |
|---|---|---|
| 設立 | 2014年3月26日 | 2021年6月1日(旧 Preferred Computational Chemistry) |
| 所在地 | 東京都千代田区(大手町ビル) | 東京都千代田区(大手町ビル)。米国拠点はマサチューセッツ州ケンブリッジ |
| 従業員 | 約450人(2026年7月のファクトシート) | 非公表(確認できなかった) |
| 資本金 | 確認できなかった | 3億1,000万円(会社概要) |
| 売上・利益 | 非公表 | 非公表 |
| 上場 | 非上場 | 非上場 |
| 代表者 | 共同創業者の西川徹(会長)、岡野原大輔(最高経営責任者) | 岡野原大輔(代表取締役社長・最高経営責任者) |
| 株主・投資家 | Chugai Pharmaceutical、Development Bank of Japan、ENEOS Innovation Partners、Fanuc、Hitachi、Mitsubishi Corporation、NTT、Toyota Motor ほか(公式の列挙。持株比率は非公表) | Preferred Networks、ENEOSホールディングス、三菱商事(持株比率は確認できなかった) |
| 主な顧客数 | ― | 150超の企業・研究機関(会社公称。2026年7月16日付リリース等) |
PFN全体の事業は、生成AI基盤モデル(PLaMo)、AI半導体(MN-Core)、ロボットなど幅広く、材料向け(Matlantis)が全体に占める割合は非公表です。上の人数は会社全体の数字で、MIに従事する人数ではありません。会社の規模と、この分野にかけている規模は別物として読んでください。
5. マテリアルインフォマティクスにかけているリソース
4つの観点で、公式資料から確認できたか/できなかったかを表にします。「確認できなかった」と書くことも、この表の大事な情報です。
| 観点 | 確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | PFN全体で約450人(2026年7月)。MI専任の人数は非公表。MITのJu Li教授がPFNの技術顧問(会社概要)で、Matlantis株式会社でも2024年8月に技術顧問に就任(会社概要)。PFP v8の論文の共著者にも名前がある | 事実 |
| 金(研究開発費・設備) | MI向けの研究開発費・設備投資額は非公表。計算資源については、PFP v9の学習データ作りに「GPU1台なら3,200年相当」の計算を使ったと会社が説明(会社公称) | 事実/非公表 |
| 金(資金調達) | 2019年6月にJXTGホールディングス(のちのENEOSホールディングス)から約10億円の出資を受け、MI分野の共同開発も計画(公式リリース)。2024年12月・2025年4月・2025年6月にも資本提携を実施(沿革)。金額は沿革ページに記載なし | 事実 |
| 外部への出資・合弁・買収 | 合弁:Preferred Computational Chemistry(現 Matlantis株式会社、2021年6月、PFN 51%/ENEOS 49%)。2024年6月に三菱商事が資本参加。PFNグループ会社としてPFCI(2025年設立)。MI分野のスタートアップへの出資・買収は確認できなかった | 事実 |
| 大学・研究機関・公的資金 | 産総研のAI橋渡しクラウド(ABCI)2.0・3.0をPFP v9の開発に利用し、「ABCI 3.0開発加速利用」の支援も受けた(Matlantis公式リリース)。MITとの関係は技術顧問・共著。DOE・NSF・NEDOなど公的資金の記載は確認できなかった | 事実 |
主要なモデル・製品・設備の状況
| 名称 | 種別 | 主要な仕様(会社公表) | 公開の形・ライセンス | 段階・日付 |
|---|---|---|---|---|
| PFP v1〜v9 | 機械学習原子間ポテンシャル(グラフニューラルネットワーク) | v1:55元素・学習データ約1,000万構造(2021年7月)→ v7:96元素・5,900万構造(2024年9月)→ v9:96元素・6,300万構造超(2026年7月) | Matlantisのクラウドで利用。モデルの重みや学習データの公開は確認できなかった | 提供中。v9は2026年7月16日 |
| Matlantis | 原子シミュレータ(クラウドサービス) | ブラウザで利用。学習済みモデル・物性計算ライブラリ・計算環境を一式で提供。米国提供は2023年4月から | 商用サービス(プラン・契約による。価格は非公表)。利用規約あり。公開リポジトリは別に存在 | 提供中(2021年7月〜) |
| LightPFP | PFPの予測値で軽量ポテンシャルを作る機能 | 最大で数十万原子規模(高エントロピーCantor合金で約50万原子の例)。データ作成と学習が「数か月→数日」と説明 | 商用機能 | 2025年1月から正式販売 |
| Matlantis CSP | 結晶構造探索(組成から安定な結晶を探す)機能 | ランダム探索比で約3〜6倍の探索効率(会社公称) | 商用機能 | 2026年1月28日提供開始 |
| AIエージェント連携 | 自然言語でシミュレーションコードを作る機能 | Skills(知識集)をGitHubで公開。Claude CodeやCodexをMatlantisの端末で使う | Skills:Apache-2.0(公開)。連携本体は商用環境 | 2026年5月27日発表(連携の導入は「近日」と記載) |
| MN-Core 2での計算 | 専用AIチップで一部の計算を高速化 | 結晶構造計算などで最大4倍(GPU比、選定した計算での試験結果) | 利用者が計算資源として選べる形を予定 | 2026年内に提供予定 未確定/将来 |
PFPの学習データはDFT(量子力学の計算)の結果で、PFNは自社の計算基盤でこれを大量に作ってきたと説明しています(v9は6,300万構造超)事実。素材技術者にとって重要なのは、学習に使われた原子配置の範囲が、そのまま「このモデルが得意な材料」の範囲になる点です。v9の更新では、表面・吸着構造・錯体・分子結晶などを学習データに加えたと説明されています(Matlantis公式)。
一方、学習データやモデルの重みが公開されていないため、「自分の系は学習範囲に入っているか」を外から確かめる手段は限られます。クラレの導入事例でも、Matlantis単体では工業レベルの固体触媒の性能予測は難しく、Matlantisの計算データでAIを学習させて補っていると語られています(事例は会社が掲載した顧客の発言)。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2019年6月 | PFNがJXTGホールディングスから約10億円の出資を受け、石油精製の最適化・自動化の共同研究と、MI技術による新素材の共同開発を計画 | ENEOSグループとの関係の出発点。ENEOSの社名変更は2020年6月25日 |
| 2021年4月〜6月 | PFNとENEOSが材料探索の合弁会社設立を発表(4月27日)。6月1日にPreferred Computational Chemistry(PFCC)を設立。資本金3.1億円、PFN 51%/ENEOS 49% | 共同開発した原子シミュレータを事業にするための会社 |
| 2021年7月 | Matlantisをクラウドサービスとして提供開始。PFP v1は55元素に対応 | 提供の開始 |
| 2022年5月 | PFPの技術を説明する論文が Nature Communications に掲載(5月30日)。6月1日にEditor’s Highlightsに選出 | 査読つき論文で技術が公表された |
| 2022年9月 | PFP v3:72元素、学習データ2,200万構造 | 元素の範囲の拡大 |
| 2023年4月 | 米国でMatlantisの提供を開始 | 海外展開の開始 |
| 2023年10月 | MN-CoreをMatlantisの計算基盤に採用。実際の材料探索の計算で汎用GPU比およそ3倍の速度(PFNの評価)。2023年8月からENEOS向けに商用提供 | 自社チップでの計算の最初の実用化 |
| 2024年6月 | PFCCが三菱商事と業務資本提携。海外販売を強化 | 株主が3社に |
| 2024年9月 | PFP v7:96元素(自然界に存在する元素すべて)、5,900万構造。PFNとENEOSが公開 | 元素の制限がほぼなくなった |
| 2025年1月 | LightPFPを正式販売 | 10倍以上の大規模計算に対応 |
| 2025年3月 | PFCCとENEOSがNVIDIA ALCHEMIを活用し、データセンター用の潤滑油・液浸冷却液の探索で協業(3月18日にNVIDIA GTCで発表) | ENEOSの化学の知見とMatlantisを組み合わせる事例 |
| 2025年7月 | 社名をMatlantis株式会社へ変更。PFP v8(r²SCAN計算モードをベータで提供) | 社名と製品名がそろった |
| 2026年1月 | Matlantis CSP提供開始(本田技術研究所が採用) | 結晶構造探索機能 |
| 2026年3月 | PFP v8のプレプリントをarXivに投稿(3月9日) | 実験値との一致を狙った設計を論文化 |
| 2026年7月 | PFP v9:r²SCANモードを96元素に拡大し、既定の計算モードに変更 | 最新版 |
| 2026年8月 | v9がMLIP Arenaの総合ランキングで同率1位(PFNが自社で評価、2026年3月1日時点のリーダーボードと比較) | 評価の条件に注意(第10章) |
注:Matlantis公式サイトの「PFP Version History」ページは、本文の「最新」がv7のままで、v8以降が反映されていません(確認日 2026年10月22日)。本稿の日付は、ニュースリリースと会社概要の記載を優先しました。また、2024年6月の三菱商事の発表では創業日が「2021年6月11日」、会社概要と2021年のリリースでは「6月1日」で、公式資料の間で食い違いがあります。
7. 今後の計画
PFNとPFCIは、MN-Core 2の計算資源をPFCIのクラウドサービス経由でMatlantisから選べるようにする計画を2026年9月18日に発表しました。試験では、電池材料の結晶などの計算でGPUより最大4倍速く、精度は保たれたと説明しています。ただし「選定した計算タスク」についての話で、すべての計算が4倍になるわけではありません。提供は2026年内を予定し、その前に一部のMatlantis利用者で実用性を確かめる段階です 事実 未確定/将来。
次はいずれも公式資料で確認できませんでした 未確定/将来。
PFPの次バージョンの時期/モデルの重み・学習データの公開予定/Matlantis株式会社の現在の出資比率/MI向けの売上・契約数の内訳/MN-Core 2での提供の価格・対象範囲。
8. この会社はマテリアルインフォマティクスで何を目指しているか
ここは会社が直接述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 汎用の「頭脳」を自社で持ち続けることを軸にしている | v1(2021年)からv9(2026年)まで、元素数・学習データ・機能を更新し続けている。学習データはPFNの計算基盤で生成と説明 | 推測 |
| 重心を「計算の速さ」から「実験値との一致」へ移しつつある | v8でr²SCANモードを導入、v9で既定に変更。社内ベンチマークも「DFT汎関数への過度な最適化を避け、実験値との比較を重視」と説明 | 推測 |
| 専用チップから材料計算まで一貫して持つ垂直統合を材料分野にも広げようとしている | 2023年にMN-Coreを採用、2026年にMN-Core 2の提供を計画。PFNは自社を「チップからアプリまで」垂直統合と説明 | 推測 |
| 海外販売はパートナーの販売網に頼る方針 | 2024年6月に三菱商事の世界ネットワークを使うと発表 | 推測 |
| ENEOSは共同開発者・株主であり、最初の本格ユーザーでもある | 2023年8月からMN-Core搭載版がENEOSに商用提供。2025年3月にENEOSとNVIDIA ALCHEMIで協業 | 事実 |
v9のリリースは、r²SCAN計算モードを96元素へ広げ、既定の計算モードにしたことを最初に挙げています 事実。r²SCANは、よく使われるPBEより計算は重い一方で、実験値との一致がよいとされる高精度な方法です(Matlantis公式の説明)。v8のプレプリントも、題名に「実験値とのより良い一致」を掲げています。
これらを並べると、PFNは「DFTと同じ答えを速く出す」段階から、「実験と直接比べられる答えを出す」段階に重心を移していると読むのが自然だと本稿は考えます 推測。ただし、実験値との一致は特定の物性(結晶や表面の安定性・融点・水の粘性)についての会社の検証結果であり、あらゆる材料での保証ではありません。
9. マテリアルインフォマティクス分野の提携マッピング
ENEOSとMatlantisの関係を時系列で整理する
| 時期 | ENEOSとの関係 | 区分 |
|---|---|---|
| 2019年6月 | JXTGホールディングス(2020年6月25日にENEOSホールディングスへ社名変更)がPFNに約10億円を出資。精製所の自動化に加え、MI技術による新素材の共同開発を計画 | 事実 |
| 〜2021年 | PFNとENEOSがMatlantisを共同開発。「PFNのAI・計算基盤と、ENEOSの化学の知見を集めた」と説明 | 事実 |
| 2021年6月 | 合弁会社PFCCを設立(PFN 51%/ENEOS 49%)。販売とコンサルティングを担当 | 事実 |
| 2022年 | PFPの精度と応用を高める際に、ENEOSの化学技術の知見を使ったと説明 | 事実 |
| 2023年8月〜 | MN-Core搭載のMatlantisを、PFCCがENEOSに商用クラウドとして提供 | 事実 |
| 2024年6月 | 三菱商事が資本参加。株主はPFN・ENEOS・三菱商事に | 事実 |
| 2025年3月 | PFCCとENEOSが、NVIDIA ALCHEMIを使ってデータセンター用潤滑油・液浸冷却液を探索する協業を発表(初期の対象。将来は触媒・ポリマーも対象に含める予定と記載) | 事実/計画は 未確定/将来 |
| 現在 | ENEOSホールディングスはMatlantis株式会社の株主(会社概要)。現在の出資比率は確認できなかった | 事実 |
なお、PFNとENEOSは精製所の自律運転でも協力しています(2023年8月・2024年5月、沿革の記載)が、これはMIとは別の事業です 事実。
Matlantisの導入先として、公式の事例一覧には住友電気工業・Atomis・ソウル大学・本田技術研究所・東京大学などが載っています。海外ではHyundai Motor(韓)やVolkswagen(独)への導入が公式リリースに記載されています 事実。
10. 提供している技術・製品・サービス
Matlantisは、ブラウザから使える原子レベルのシミュレータです。従来の物理シミュレータにAIモデル(PFP)を組み込み、「原子の並び方」から「エネルギーと力」を高速に予測します。この予測を使って、構造の安定性、反応の進みやすさ、拡散、融点などを調べます。
会社が示す性能値と、その条件
| 項目 | 会社が示す値 | 条件・注意(公式の記載) |
|---|---|---|
| 計算速度 | r²SCAN水準のDFTの推定時間と比べて約7,000万倍(3,000原子) | DFTの時間は推定値。PFPの学習データは別に膨大な計算で作られている(会社公称) |
| 最大原子数 | 約4万4千原子(Pt fcc) | 実際に計算できる数は契約による。Matlantis側の受付上限で、GPUメモリの限界ではない |
| 対応元素 | 96元素(水素からキュリウムまで) | r²SCANモードもv9で96元素(v8は70元素) |
| 学習データ | 6,300万構造超(v9) | 1GPUで約3,200年相当の計算(会社公称)。データ自体の公開は確認できなかった |
| 検証:結晶 | COD(結晶構造データベース)の構造でDFTのエネルギー・力を再現 | COD構造は学習データに含まれないと説明。図で示された検証で、数値の誤差表は本稿では確認できなかった |
| 検証:外部ベンチ | MLIP Arenaの総合ランキングで同率1位(MACE-MPAと並ぶ) | PFN自身がPBEモードで実行。他モデルの値は2026年3月1日時点の公開リーダーボード。r²SCANモードは公開ベンチマークが未整備のため対象外 |
| 導入先 | 150超の企業・研究機関 | 会社公称。2023年から海外展開 |
注:MLIP Arenaは外部研究者(Chiangら、NeurIPS 2025)が作った公開ベンチマークですが、今回の順位はPFN側が自社で実行した結果との比較です。第三者が同じ条件で再現した結果は、本稿では確認できませんでした。
オープンな機械学習ポテンシャルとの比較(会社の測定条件)
Matlantis公式の比較ページは、Pt(fcc)を拡大していった系で、PFP v9(Matlantis上)と、NVIDIA A100(80GB)上で動かしたオープンなモデルを比べています。数字は会社が自社の条件で測ったもので、モデルの優劣を決めるものではありません 事実。
| モデル(実行環境) | 計算できた最大の原子数(Pt fcc) |
|---|---|
| PFP v9(Matlantis) | 42,875 |
| UMA-S(A100) | 97,336 |
| SevenNet-Omni(A100) | 19,683 |
| MACE-MPA-0(A100) | 13,824 |
| MatterSim-v1-5M/Orb-v3 cons-inf-omat(A100) | 10,648 |
| CHGNet(A100) | 4,913 |
注:会社は「PFPの最大原子数はMatlantisの受付上限で決まり、GPUメモリで決まるのではない」と注記しています。同じ表で、UMA-Sはより大きな系を扱える一方、約3万原子では速度がPFPの約6分の1とも書かれています(会社の測定)。
①計算モード:v9は既定がr²SCANで、従来のPBEも指定すれば使えます。PFNは、顧客が求める精度に対してPBEと実験値のずれが許容できなくなってきたことがr²SCAN導入の背景だと説明し(Version Historyの記載)、v9のリリースは結晶・表面の安定性、融点、水の粘性でr²SCANモードの再現性がPBEモードを上回ると述べています(会社の検証)。過去の計算とそろえて比べるときは、どちらのモードかを必ず記録しましょう。
②規模:PFPで足りない大きさの系(粒界、固液界面など)には、PFPの予測で軽量ポテンシャルを作るLightPFPが使えます。公式ページには、PFP相当の精度を保ちながら約20万原子(GaN/AlN薄膜)や約50万原子(Cantor合金)を扱った例が載っています(会社の計算事例)。
③計算と実験の役割分担:Matlantisは実験の代わりではなく、実験する候補を絞るための道具です。たとえばMatlantis CSPが見つけたとする「10を超える未知の安定結晶」は計算上の予測で、合成して確認したという記載は公式発表にはありません 事実。ホンダの事例でも、「計算で有望な候補を探し、その結果を実験で実証する」という使い方が語られています。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| モデルと学習データが外から見えない | PFPはクラウド経由で使う形で、重み・学習データの公開は確認できなかった。得意・不得意の範囲を利用者が独自に検証しにくい | 推測 |
| 性能の根拠が会社自身の評価に偏る | 「同率1位」は、PFNがPBEモードで自社実行し、2026年3月1日時点の公開値と比べたもの。r²SCANモードの外部ベンチは未整備と会社自身が述べている | 事実 |
| 計算上の予測と実験のあいだ | CSPの新結晶の発見は計算上のもので、実験での確認の記載はない。実験値との一致も「特定の物性」についての会社の検証 | 事実 |
| 計画の不確実性 | MN-Core 2での提供は「2026年内に提供予定」の段階で、試験評価の結果次第。対象は選んだ計算タスクに限られる | 未確定/将来 |
| 公式ページの更新の遅れ・不一致 | Version Historyが最新をv7と記載、創業日の表記の食い違いなど。読者が古い情報を読むおそれがある | 事実 |
| 株主構成の透明性 | PFNの出資比率が三菱商事参加後にどうなったか、公式資料では確認できない。「子会社」と「合弁会社」の説明が資料によって異なる | 事実 |
| オープンな代替の広がり | 会社自身が比較ページでオープンなモデル(UMA、MACEなど)を比較対象にしている。無償で使える選択肢との差の説明が今後も求められる | 推測 |
12. 用語集
- 機械学習原子間ポテンシャル(MLIP)
- 原子の並びから、原子にかかる力とエネルギーを予測するAIモデル。物理計算の代わりに使って速度を上げる。
- PFP(Preferred Potential)
- PFNが開発した汎用のMLIP。Matlantisの中核。
- DFT(密度汎関数理論)
- 電子の状態から物質の性質を計算する標準的な量子力学の方法。精密だが時間がかかる。
- PBE/r²SCAN
- DFTで使う「近似の種類(汎関数)」。r²SCANはPBEより重い計算で、実験値との一致がよいとされる。
- 基盤モデル
- 幅広い用途に使える、大規模に学習済みのAIモデル。PFNはPFPをこの意味で説明している。
- MN-Core
- PFNと神戸大学が共同開発した、深層学習の計算に特化したAIチップ。
- MLIP Arena
- 汎用MLIPを、実際のシミュレーションに近い課題で比べる公開ベンチマーク。
- Matlantis CSP
- 組成を決めると、安定に存在しそうな結晶構造を探す機能(結晶構造探索)。
- ABCI
- 産総研(AIST)が運営するAI向けの大規模計算基盤。
13. 出典
- Matlantis株式会社 会社概要(英語版)。社名、設立、所在地、資本金、株主、沿革(2019年〜2025年7月)。 https://matlantis.com/en/company/profile/
- Matlantis株式会社 「Our Strength」。顧客数・計算速度・サポート元素数・累計原子数などの会社公称値。 https://matlantis.com/en/company/strength/
- Matlantis株式会社 「What is our AI Model, PFP?」。PFPの位置づけ、GNN構造、学習データ、推論エンジンPFVM。 https://matlantis.com/en/product/about-pfp/
- Matlantis株式会社 PFP Version History。v1〜v7の経緯(元素数・原子数・学習データ数)と今後の方向。ページ本文の「最新」はv7のまま。 https://matlantis.com/en/product/pfp-version-history/
- Matlantis株式会社 Comparison with Open Source MLIP。PFP v9とオープンな機械学習ポテンシャルの原子数・速度の比較(条件つき)。 https://matlantis.com/en/product/comparison/
- Matlantis株式会社 Verification of Predicted Performance of PFP。COD構造でのエネルギー・力、有機物の密度、エネルギー凸包の検証。 https://matlantis.com/en/product/validation/
- Matlantis株式会社 LightPFP。PFPの予測値で軽量ポテンシャルを作る機能の説明。 https://matlantis.com/en/product/lightpfp/
- Matlantis株式会社 ニュースリリース「PFP v9へのアップデート」(2026年7月16日)。r²SCAN計算モードの正式化、96元素、既定モードの変更、ABCIの利用。 https://matlantis.com/ja/news/release-260716/
- Matlantis株式会社 お知らせ「PFP v9がMLIP Arenaで同率1位」(2026年8月21日)。評価条件(PBEモード、2026年3月1日時点の公開リーダーボード)。 https://matlantis.com/ja/news/pfp-v9-mlip-arena/
- Preferred Networks PFN技術ブログ「PFP v9のご紹介」(2026年8月17日)。v8との比較、MLIP Arenaの結果、社内ベンチマークの方針。 https://tech.preferred.jp/ja/blog/introducing-matlantis-pfp-v9/
- arXiv Shinagawa et al., “Matlantis-PFP v8: Universal Machine Learning Interatomic Potential with Better Experimental Agreements via r2SCAN Functional”(2026年3月、プレプリント)。 https://arxiv.org/abs/2603.11063
- Matlantis株式会社 ニュースリリース「Matlantis CSP提供開始」(2026年1月28日)。探索効率・発見した結晶の数の会社公称値。 https://matlantis.com/ja/news/release-260128/
- Matlantis株式会社 ニュースリリース「PFCC、三菱商事と業務資本提携」(2024年6月3日)。 https://matlantis.com/ja/news/business-and-capital-alliance-with-mc/
- Matlantis株式会社 ニュースリリース「PFCCとENEOSはNVIDIAソフトウェアを活用したAI駆動の潤滑油・液浸冷却液の探索を加速」(2025年3月31日掲載)。 https://matlantis.com/ja/news/news-20240327/
- Matlantis株式会社 ニュースリリース「AIエージェント連携機能を提供開始」(2026年5月27日)。 https://matlantis.com/ja/news/release-260527/
- Preferred Networks ニュースリリース「PFNとPFCI、独自AIチップMN-Core 2でMatlantisを高速化」(2026年9月18日)。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20260918
- Preferred Networks ニュースリリース「PFNとENEOS、PFP v7を公開」(2024年9月17日付)。96元素、学習データ5,900万構造。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20240917
- Preferred Networks ニュースリリース「MN-CoreがMatlantisの計算基盤に」(掲載日2023年10月16日)。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20231016
- Preferred Networks ニュースリリース「PFNとENEOS、材料探索の合弁会社を設立」(2021年4月27日)。出資比率51%/49%。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20210427
- ENEOS/PFN/PFCC ニュースリリース「PFCC、汎用原子レベルシミュレータMatlantisをクラウドサービスとして提供開始」(2021年7月6日、PDF)。 https://www.ENEOS.co.jp/newsrelease/20210706_01_01_1170836.pdf
- Preferred Networks ニュースリリース「PFNとENEOS、PFP v3を公開」(2022年9月16日)。72元素、学習データ2,200万構造。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20220916
- Preferred Networks ニュースリリース「JXTGホールディングスから約10億円の出資」(2019年6月25日)。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20190625
- Preferred Networks 会社概要(英語版)。設立、所在地、役員、技術顧問、株主。 https://www.preferred.jp/en/company/
- Preferred Networks Company Factsheet(2026年7月更新、PDF)。従業員数、子会社、投資家。 https://www.preferred.jp/downloads/PFN_Company_Factsheet_en.pdf
- Preferred Networks Milestones and Awards(沿革)。資本提携、ENEOSとの精製所での自律運転、Matlantis提供開始。 https://www.preferred.jp/en/company/milestones
- Nature Communications Takamoto et al., “Towards universal neural network potential for material discovery applicable to arbitrary combination of 45 elements”, Nat. Commun. 13, 2991(2022年)。 https://www.nature.com/articles/s41467-022-30687-9
- NeurIPS 2025 Chiang et al., MLIP Arena(Datasets and Benchmarks Track)。 https://papers.nips.cc/paper_files/paper/2025/hash/bfa45223cc236855dbaa5c468c809896-Abstract-Datasets_and_Benchmarks_Track.html
- GitHub Matlantis公式のGitHub組織。matlantis-contrib(Apache-2.0)、チュートリアル(CC-BY-4.0)、matlantis-agent-skills(Apache-2.0)。 https://github.com/matlantis
- Preferred Networks 業界別ページ「素材・化学品」(英語版)。Matlantisの位置づけと関連ニュース。 https://www.preferred.jp/en/industries/materials
- Matlantis株式会社 導入事例:株式会社クラレ(2025年5月29日)。 https://matlantis.com/ja/case-study/kuraray/
- Matlantis株式会社 導入事例:株式会社本田技術研究所(2026年1月28日)。 https://matlantis.com/ja/case-study/honda-rd/
- Preferred Networks ニュースリリース「PFPの論文がNature Communications Editor’s Highlightsに選出」(2022年6月1日)。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20220601
- Preferred Networks ニュースリリース「PFCC、Matlantisを米国で提供開始」(2023年4月28日)。 https://www.preferred.jp/en/news/pr20230428
- ENEOS JXTGホールディングス等のリリース(2020年5月20日、PDF)。2020年6月25日に社名をENEOSホールディングス等へ変更する旨の注記。 https://www.eneos.co.jp/english/newsrelease/2020/pdf/20200520_01.pdf
- Preferred Networks Corporate Logo(ロゴの利用条件とガイドライン)。 https://www.preferred.jp/en/company/logo
- ENEOS ニュースリリース「CES 2024に出展」(2024年1月5日、PDF)。ENEOSイノベーションパートナーズがENEOSホールディングス100%子会社である旨の注記。 https://www.eneos.co.jp/information/upload_pdf/20240105_01_01_0906370.pdf
- Matlantis株式会社 導入事例の一覧(英語版)。住友電気工業、Atomis、ソウル大学、本田技術研究所、東京大学などの事例。 https://matlantis.com/en/case-study/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月22日/Troy Technical
本稿の数値と事実は、PFN・Matlantis株式会社・ENEOSの公式発表、公開論文に基づきます。調査会社の市場推計や報道だけの数字は使用していません。性能値・導入数は会社公称で、独立した第三者による検証ではありません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。株価・評価額・投資判断には触れていません。
