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三井化学 企業解説

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COMPANY PROFILE / マテリアルインフォマティクス

三井化学
― 化学メーカーが、MIを「研究開発のDX」の一部に組み込み、日立・NECなど外部と組んで使っている

三井化学は、プラスチック原料・機能性材料・ヘルスケア材料などを手がける日本の大手化学メーカーです。 マテリアルインフォマティクス(MI:データと計算で材料の候補や条件を絞り込む手法)の視点で見ると、 MIのソフトや材料AIを自社の商品として売る会社ではなく、MIを使って自社の材料開発を速める「応用する側」です。 公開資料からは、日立製作所との協創(2017年〜)、研究開発DXの計算拠点「デジタルサイエンスラボ」(2024年12月竣工)、 NECなどとの再生プラスチックでのMI活用(2025年10月〜)の3つが確認できます。 本稿は会社全体の事業は簡潔にとどめ、MIに関わる部分に絞ります。

構成:三井化学の有価証券報告書(第29期、2026年6月22日提出)・公式リリース・三井化学レポート2025、日立製作所との共同リリースを一次情報として使用/確認日 2026年10月22日(この分野は変化が速いため、取り組みの状況には確認日を付けています)

この記事でわかること
  1. 30秒でわかる三井化学と、マテリアルインフォマティクスでの立ち位置
  2. ロゴと社名の表記について
  3. マテリアルインフォマティクスの世界で、この会社はどこにいるか
  4. 会社の規模(会社全体は簡潔に)
  5. マテリアルインフォマティクスにかけているリソース
  6. これまでの取り組み
  7. 今後の計画
  8. この会社はマテリアルインフォマティクスで何を目指しているか
  9. マテリアルインフォマティクス分野の提携マッピング
  10. MIの使われ方と、関わる技術・事業
  11. この企業が抱えるリスク
  12. 用語集/出典/主張と出典の対応表

1. 30秒でわかる三井化学と、マテリアルインフォマティクスでの立ち位置

正式名称三井化学株式会社英文名 Mitsui Chemicals, Inc.
本店東京都中央区
八重洲二丁目2番1号
代表取締役社長:市村 聡(2026年6月の有価証券報告書)
上場東証プライム 4183連結の会計基準はIFRS
この分野での区分応用する側(化学)MIの商品は売らない。自社の開発に使う
MIの協創相手日立製作所
NEC
日立とは2017年から。NECとは2025年10月に協業開始
研究開発DXの拠点デジタルサイエンスラボ2024年12月16日に竣工式。PetaFLOPS級の計算環境
MIに関わる人材データサイエンティスト
165名(全社)
2026年3月に達成。MI専任の人数は非公表
会社が示すMIの成果「実験回数が約1/4」過去データでの検証結果(2021年)。実際の開発での結果は確認できず
まず押さえるべき1点

三井化学のMIは、「MI専門の事業」ではなく、全社のDX(デジタルを使った業務・研究の変革)の中の1つの手段として語られています。 有価証券報告書では、MIが電池材料・ポリオレフィン樹脂の処方開発・コーポレート研究(先端的な基盤技術)の3か所に出てきますが、 MIで開発した製品名や、MIによる開発期間の短縮の実績は書かれていません 事実。 会社が数字で示しているのは、日立との2021年の検証(過去データで実験回数が約1/4)と、NECなどとの2025年の協業の目標(製造時間を25%削減)だけです。 つまり「MIにしっかり投資している」ことは確認できるが、「MIで何が達成できたか」はまだ外部から確かめにくい、というのが現状です。

2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:法人名は「三井化学株式会社」で、英文名は Mitsui Chemicals, Inc.。 三井物産など、「三井」を冠する他の会社とは別法人です。 子会社に三井化学ファイン、プライムポリマー、Kulzer などがあり、グループ全体の数字(連結)と三井化学単体の数字は区別されます。 ロゴは公式サイトのヘッダーに掲載されている英文ロゴです。

公式サイト:https://jp.mitsuichemicals.com/jp/index.htm

3. マテリアルインフォマティクスの世界で、この会社はどこにいるか

MIは、過去のデータと計算から「有望そうな材料の候補や条件」を絞り込み、実験で確かめる流れです (シリーズの技術解説「マテリアルインフォマティクス概論」を参照)。MIに関わる会社は、この流れのどこを担うかで4つに分かれます。

マテリアルインフォマティクスに関わる企業の4つの類型 同じ「MIの会社」でも、データ→設計→実験のどこを担うかで、強みと課題が違う 基盤モデル・計算基盤 MIソフト・材料AI 自動実験・ロボット 応用する側 データと計算でAIを作る 解析ソフトと材料AI ロボットで実験を回す 電池・化学・半導体など Google DeepMind/Microsoft Meta/NVIDIA Citrine/Schrödinger Preferred Networks/CuspAI Chemspeed/Radical AI Periodic Labs/Lila Sciences SES AI/Mitsui Chemicals Applied Materials 大規模な計算と人材 使いやすさとデータ 実験を回す速度 実際の材料と市場 実験での検証は他者頼み 顧客のデータ次第 設備費と再現性 内製の人材とデータ不足 三井化学は『応用する側(化学)』で、MIを自社のDXの一部として使い、ソフトは外部と組んで調達する 日立との協創(2017年〜)、研究開発DXの計算拠点(2024年12月)、NECとの再生プラスチック(2025年10月)の3つが軸
図1 マテリアルインフォマティクスに関わる企業の4類型と、三井化学の位置づけ。区分は本稿によるもので、企業名は本シリーズで扱う企業から例示しています 本稿の計算。三井化学は化学メーカーで、MIのソフトや材料AIを自社の商品としては売っていません(開示資料の範囲)。

三井化学は応用する側です。MIのソフトを自社で売る会社ではなく、 日立(AI技術)やNEC(MI技術)の力を借りて、自社の材料開発や製造に使う側にいます。 MIの流れでいえば、自社が持つ実験データ・製造データを出発点にして、外部のAIで候補や条件を絞り、 実験室や工場で確かめる部分を自社が担っています。なお、化学メーカーの強みは「実際の材料と市場」、課題は「内製の人材とデータ」とされますが(図1の一般的な傾向)、 三井化学はデータサイエンティスト165名の育成と計算拠点の整備で、その課題に手を打っていると読めます。

4. 会社の規模(会社全体は簡潔に)

三井化学は大企業なので、会社全体の規模だけを簡潔に示します 事実。MIだけの数字は開示されていません。

指標(連結、IFRS)2024年3月期2025年3月期2026年3月期
売上収益(百万円)1,749,7431,809,1641,668,754
親会社の所有者に帰属する当期利益(百万円)49,99932,24234,378
連結従業員数(名)19,86117,32016,967
研究開発(2026年3月期)数値備考
研究開発費(当社及び連結子会社)464億円売上収益に対する割合は約2.8%(本稿の計算)
うちライフ&ヘルスケア・ソリューション/モビリティ/ICT/ベーシック&グリーン・マテリアルズ117/88/131/48億円別に、新事業創出5億円、コーポレート研究75億円(有価証券報告書は全報告セグメントに配賦と記載)
研究開発の体制2025年10月に変更成長3領域の事業本部に開発部を設置し、事業部門と開発組織を一体化
ここで注意

上の数字は会社全体のものです。MIにいくら使っているか、何人が専任かは開示されていません 未確定/将来。研究開発費464億円のうちMIの分は、書類から切り出せません。 化学メーカーの記事でこの分野を読むときは、会社の規模と、MIにかけている規模は別物だと意識してください。

5. マテリアルインフォマティクスにかけているリソース

人・金・外部への出資・大学や公的機関との連携を、一次情報で確認できたか/できなかったかで示します。「記載なし」も成果です。

リソースの種類内容区分
人(全社のデータ人材)データサイエンティスト165名を2026年3月に達成。研究開発・生産・事業・間接の各部門に配属。2025年に「データサイエンティスト・スペシャリスト」制度を開始(三井化学レポート2025)事実
人(研究拠点)デジタルサイエンスラボに、研究開発部門と生産・技術部門のデジタルサイエンスの専門家を集めると説明。袖ケ浦の拠点には1,000名を超える研究者が集まっている(2022年の発表)事実
人(MI専任)MIに専任する人員数非公表
金(施設)デジタルサイエンスラボの投資額:2022年の発表で日本語版は約50億円、英語版は約4 billion yen(約40億円)と書かれ、同じ発表で一致していない。実績額は確認できなかった事実(不一致あり)
金(研究開発)研究開発費464億円(会社全体)。MIの分は非公表非公表
計算資源総演算性能(倍精度理論最高値)がPetaFLOPS級のマルチアーキテクチャのハイパフォーマンスコンピューティング環境(2022年・2024年の発表)事実
民間との協創日立製作所(2017年〜、AI活用のMI技術の共同の実証)、NEC・萩原工業・丸喜産業(2025年10月〜、再生プラスチック)事実
外部への出資・買収・合弁MIに関する出資・買収・合弁は、確認した資料に記載なし確認できず
大学・研究機関・公的資金との連携MIに関する大学・公的機関との共同研究・公的資金の記載は、確認した資料になし。有価証券報告書に「オープンイノベーションを活用した外部技術・知見の取り込み」という一般的な記述がある確認できず

主要な技術・設備の状況

MIに関わる設備・技術・協業を、公式資料で確認できた範囲で整理します。三井化学は自社のモデルやソフトを公開していないため、公開の形は「社内利用」などで示します。

名称種別主な仕様(公表された範囲)公開の形段階・日付出典
デジタルサイエンスラボ研究施設・計算環境PetaFLOPS級のHPC環境。建築面積1,471.98㎡、延床面積2,707.84㎡。社外の共創者を迎えるプロジェクトルームを備える計画社内利用(共創は未確定/将来)2024年12月16日に竣工式。同月から開所竣工式の発表・2022年の発表
日立の入れ子型AIMI技術(日立が開発)約50万件の公開の化学式データで学習したAIの内側に、実験データで学習したAIを入れた構造。特許出願中日立の「Lumada」ソリューションへ展開する方針(日立側)2021年6月に実証試験を開始日立との共同リリース
NECのMI技術×再生プラスチック協業丸喜産業の工場で取得した粘度データをMIで分析し、添加する樹脂の量をリアルタイムで調整。製造時間を従来比25%削減することが目標確認できなかった2025年10月7日に協業開始。目標は未確定/将来共同リリース
1台式押出機の粘度均一化装置装置(萩原工業と共同開発)再生プラスチックの製造中に粘度を測り、追加する樹脂の量を調整する萩原工業が2025年10月に製造・販売を開始提供共同リリース
素材技術者の視点:データが少ない会社でもMIは使えるのか

日立との仕組みは、実験データが少ない場面を想定した設計です 事実。 従来、化学式を直接生み出すAIは、「化学式とその性能値」のペアを大量に必要としました。日立の方式は、 外側のAIを公開の化学式データ(約50万件)で学習させ、内側のAIだけを自社の少数の実験データで学習させます。 実験データが数十〜数百件しかない材料系でも使える可能性がある、というのが狙いです。 ただし注意点があります。第一に、「実験回数が約1/4」は、三井化学の過去の有機材料データで検証した結果であり、 新しい材料を実際に開発して確かめた結果ではありません。第二に、AIが出す化学式は候補であり、 合成できるか、実際に狙いの性能が出るかは、実験で確かめる必要があります。第三に、この検証の後の実証試験の結果は、確認できる資料がありませんでした 未確定/将来。自社に当てはめるときは、自社の過去データで同じ検証をしてみるのが近道です。

6. これまでの取り組み

時期できごと意味
2017年日立製作所と、MIを用いた材料開発の協創を開始MIへの取り組みの起点(共同リリースの脚注)
2021年4月三瓶 雅夫氏がCDO(最高デジタル責任者)に就任全社DXの責任者を置く(2023年の発表)
2021年6月28日日立が開発したAI活用のMI技術の実証試験を開始。過去データの検証で実験回数が従来のMI比で約1/4会社が示す唯一の定量的な成果(過去データでの検証)
2022年11月15日デジタルサイエンスラボの開設計画を発表研究開発DXの計算拠点の計画
2023年3月22日DXの取り組みにR&DのDX(MIなど)が含まれると説明MIがDXの一部として位置づく
2024年12月16日デジタルサイエンスラボの竣工式(計画は2024年10月の完工・供用開始)2022年の計画(2024年10月の供用開始)より約2か月遅い開所(本稿の比較)
2025年「データサイエンティスト・スペシャリスト」制度の運用を開始専門人材を処遇する仕組み
2025年10月7日三井化学・萩原工業・丸喜産業・NECが、MIを使った再生プラスチックの協業を開始MIの対象が、分子設計から製造プロセスへ広がる
2025年10月成長3領域の事業本部に開発部を設置し、研究開発の体制を変更(有価証券報告書)開発を事業部門に近づける
2026年3月データサイエンティスト165名の目標を達成人材基盤の整備
2026年6月22日有価証券報告書で、電池材料・樹脂の処方開発・コーポレート研究でのMI活用を記載MIが事業戦略の文書に載る

7. 今後の計画

次はいずれも会社の目標・方針です。達成した事実ではありません 未確定/将来。

再生プラスチックの製造時間従来比25%削減NEC・萩原工業・丸喜産業との協業の目標
粘度制御の自動化・最適化システム早期の実用化をめざす4社が今後、実証を進める。時期は非公表
電池材料ソリューションMI等で
迅速な製品開発力
有価証券報告書の戦略。数値目標は記載なし
ベーシック&グリーン・マテリアルズMI活用の拡大で
新銘柄・処方開発
有価証券報告書の戦略。数値目標は記載なし
確認できなかったこと

次はいずれも、確認した資料に記載がありません 未確定/将来。

MIで開発した製品の名称/MIによる開発期間の短縮の実績/MIの売上への寄与/MI専任の人員・投資額/ 日立との実証試験の結果/デジタルサイエンスラボで受け入れる社外の共創者。報道ベースの数字は採用しません。

8. この会社はマテリアルインフォマティクスで何を目指しているか

ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。

読み取れること根拠となる一次情報区分
MIは全社のDXの一部として進められている2023年の発表でDXの取り組みにR&DのDX(MIなど)を挙げ、2026年の発表で全社のデータ人材165名の整備を述べる。MI専任の組織を示す記載はない推測
MIのソフトは自社で作らず、外部と組んで使う方針日立(AI技術)・NEC(MI技術)の技術を使う協業が公式に確認できる。自社のMIソフトを外販する記載はない推測
重点は電池材料・樹脂の処方・触媒・再生プラスチック有価証券報告書が、電池材料ソリューション、ベーシック&グリーン・マテリアルズ(処方開発、DXを活用した重合触媒)でMIやDXに言及する事実(記載の範囲)
MIの対象を分子設計から製造プロセスへ広げている2025年10月の協業は、粘度データを使ってリアルタイムで添加量を調整し、製造時間を短縮する内容推測
推測の根拠を1つだけ詳しく

2025年10月の協業は、再生プラスチックの原料(廃プラスチック)の量と質が日々変わるため、粘度や強度を満たす添加剤の種類・量を、 熟練作業者の経験で都度決めてきた、という課題から始まっています 事実。 ここでMIが担うのは、新しい分子の設計ではなく、製造中のデータから最適な条件を見つけることです。 日立との2021年の取り組みが「分子の候補をAIで作る」方向だったのに対し、2025年は「工場のデータで製造条件を整える」方向です。 この2つを並べると、三井化学はMIを材料設計と製造の両方で使おうとしていると読めます 未確定/将来。ただしこれは本稿の解釈で、会社が戦略として明言したものではありません。

9. マテリアルインフォマティクス分野の提携マッピング

三井化学を中心としたMI関連の関係 三井化学・日立・NECの公式リリースと有価証券報告書に記載のある関係のみ。報道だけの関係は含まない 三井化学 化学メーカー 日立製作所 MIで材料開発を協創(2017年〜) NEC MI技術の提供(2025年10月〜) 萩原工業 粘度均一化装置を共同開発 丸喜産業(リサイクラー) 工場の粘度データを提供 社外の共創者(受け入れ計画・相手は非公表) 共同開発・協創の相手 技術・データの提供元 その他(相手は非公表)
図2 三井化学を中心としたMI関連の関係。出典:三井化学・日立製作所の共同リリース(2021年6月)、三井化学・萩原工業・丸喜産業・NECの共同リリース(2025年10月)、デジタルサイエンスラボの発表(2022年・2024年)、有価証券報告書。出資・買収・合弁にあたる関係は、確認できた範囲ではありません。

10. MIの使われ方と、関わる技術・事業

有価証券報告書は、MIを3つの文脈で挙げています(第一部「事業の状況」と「研究開発活動」)。MIによる成果の数字は書かれていません。

領域有価証券報告書の記述(要旨)関わる製品の例(報告書の記載)
電池材料ソリューション顧客ごとの電池設計に応じた製品のカスタマイズと、マテリアルズインフォマティクス等を活用した迅速な製品開発力リチウムイオン電池用電解液(ミレット®)、太陽電池用封止シート(ソーラーエース™)
ベーシック&グリーン・マテリアルズ高機能製品の強化として、エンドユーザー起点の素材開発と、MI活用の拡大による新銘柄開発や処方開発。また、DXを活用したポリオレフィン樹脂用の高性能重合触媒の開発ポリオレフィン樹脂、オレフィン重合触媒
コーポレート研究将来価値の創出に向け、マテリアルズインフォマティクスや感性評価技術といった先端的な基盤技術を展開し、オープンイノベーションで外部技術も取り込む先端材料・ソリューション研究所などが担う
再生プラスチック(協業)2025年10月の共同リリース。粘度データをNECのMIで分析し、添加量をリアルタイムで調整する1台式押出機の粘度均一化装置(萩原工業)
日立の「入れ子型」AI:少ない実験データで化学式の候補を作る 三井化学との共同リリース(2021年6月)の説明を、本稿が図にしたもの ① 化学式 文字の並び (SMILES) 外側のAI:式を数値に変換し、数値を式に戻す 内側のAI 性能に効く成分を分離・調整 ② 新しい化学式 高性能と予想される 候補 外側のAI:公開の化学式データ(約50万件)で学習 / 内側のAI:自社の少数の実験データで学習 約1/4という数字は、三井化学の過去の有機材料データで検証したときの、従来のMIとの比較 実際の新材料開発での結果ではない。実証試験はこの検証のあとに始まった(2021年6月時点)
図解 日立の入れ子型AIの仕組み。三井化学と日立の共同リリース(2021年6月28日)の記述を本稿が図にしたもので 本稿の計算、特許出願中の技術として紹介されています。「約1/4」「約50万件」は会社の発表の数字です。
素材技術者の視点:MIが電池材料と樹脂の開発に効く場面

有価証券報告書の記述から、MIが使われる場面は配合や処方の最適化と触媒の開発に重なります(事実:記載の範囲)。 電池用電解液は、溶媒・塩・添加剤の組み合わせが膨大で、一つひとつ試すと時間がかかる領域です。 また、ポリオレフィン樹脂の新銘柄・処方は、触媒・重合条件・添加剤が互いに影響する多変数の問題です。 こうした場面では、MIで試す順番を絞ることが効いてきます。 ただし、三井化学の資料には、どの材料系でどの手法(機械学習、シミュレーション、実験計画法など)を使ったかは書かれていません。 また、MIの結果の信頼性は、自社データの質と量、評価の仕方に左右されます (本シリーズの技術解説「MIの結果の評価と再現性の読み方」を参照)。 三井化学の取り組みを参考にするときは、どの課題で、どのデータを使い、何を成果とするかを自社で決めてから導入するのが近道です。

11. この企業が抱えるリスク

リスク内容区分
成果が外から確かめにくいMIで開発した製品名・開発期間の短縮の実績・売上への寄与が開示されていない。会社が示す定量的な数字は、2021年の過去データ検証と、2025年の協業の目標だけ未確定/将来
検証と実装の差「実験回数が約1/4」は過去データでの検証結果で、実際の新材料開発での結果は確認できない事実
DX・AIの活用の遅れとセキュリティ有価証券報告書が、デジタル技術・AIの導入が遅れれば業務変革や開発力の強化が進まない可能性、およびサイバー攻撃を、リスクとして挙げる。社内では生成AIのガイドラインを定める事実
計画の遅れデジタルサイエンスラボの完工・供用開始は、2022年の計画の2024年10月に対し、竣工式は2024年12月16日だった事実
外部技術への依存MIのAI技術を日立・NECなど外部に頼っている。自社固有のデータと外部技術の組み合わせが競争力になるが、外部の技術が使えなくなる場合の備えは書かれていない推測
人材が全社に分散データサイエンティスト165名は研究開発・生産・事業・間接に配属されており、MIの専任ではない。MIに集中して使える人員は読み取れない推測
事業環境の厳しさ有価証券報告書の経営環境の記述では、ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業の再構築と他社との再編が優先課題として挙げられている。MIへの経営資源の配分は読み取れない推測

12. 用語集

マテリアルインフォマティクス(MI)
データと計算を使って、有望な材料の候補や条件を絞り込み、実験で確かめる手法。
DX
デジタルトランスフォーメーション。デジタル技術で業務や研究のやり方を変えること。
CDO
Chief Digital Officer。デジタルを使った変革の最高責任者。
デジタルサイエンス
計算科学、データサイエンス、ハイパフォーマンスコンピューティングを組み合わせた研究のやり方(三井化学の説明)。
HPC/PetaFLOPS
HPCは大規模な計算機環境。PetaFLOPSは1秒に1,000兆回の計算ができる規模を表す。
SMILES
分子を文字の並びで表す書き方。AIが化学式を文字として扱うときによく使われる。
深層学習
多層のニューラルネットワークで、データから特徴を学ぶ機械学習の方法。
記述子
分子や材料の特徴を数値にしたもの。AIが材料の性能を予測するときの入力になる。
実証試験
開発した技術を、実際の業務や材料開発で試すこと。研究室での検証とは別の段階。
再生プラスチック
使用済みのプラスチックを回収・加工して、新しい材料として使うもの。原料の質が日によって変わる。
押出機・粘度
押出機は樹脂を溶かして押し出す装置。粘度は溶けた樹脂の流れにくさで、品質の指標になる。
有価証券報告書
日本の上場会社が国に提出する年次報告書。監査済みで、法的な責任を伴う。
IFRS
国際財務報告基準。三井化学の連結財務諸表はこの基準で作られている。
材料の配合・加工履歴と、試験の結果をつなぐ概念です。実際の三井化学の製品・設備の仕様を示すものではありません。
図3 概念画像(ImageGen生成)。材料の配合・加工履歴と、試験の結果をつなぐ概念です。実際の三井化学の製品・設備の仕様を示すものではありません。実在の製品・施設・測定結果ではありません。拡大模型、線・矢印・色は説明用です。

13. 出典

  1. 三井化学 有価証券報告書 第29期(2025年4月1日〜2026年3月31日、関東財務局へ2026年6月22日提出)。売上収益・従業員数・研究開発費・各事業の戦略(電池材料・ベーシック&グリーン・マテリアルズ)でのMI活用・コーポレート研究・DXのリスク。 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
  2. 三井化学・日立製作所 「三井化学と日立が材料開発を高速化するMI技術の実用化に向けた実証試験を開始」(共同ニュースリリース、2021年6月28日)。日立のMI技術の仕組み、過去データでの検証結果、協創の開始年。 https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2021/06/0628.pdf
  3. 三井化学 「三井化学、研究開発DXを加速する『デジタルサイエンスラボ』を開設」(2022年11月15日)。施設の目的・計算環境・投資額・日程。 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2022/2022_1115/index.htm
  4. 三井化学 “Mitsui Chemicals Opens Digital Science Lab. to Step up DX in R&D”(同発表の英語版、2022年11月15日)。投資額の記載が日本語版と異なるため併記。 https://jp.mitsuichemicals.com/en/release/2022/2022_1115.htm
  5. 三井化学 「三井化学、研究開発DXを加速する『デジタルサイエンスラボ』竣工式を開催」(2024年12月17日)。竣工式の日付、計算環境、建物の規模。 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2024/241217.pdf
  6. 三井化学 “Briefing on Mitsui Chemicals’ Outcomes for Digital Transformation”(2023年3月22日)。DXの取り組み分野にR&DのDX(MIなど)が含まれること。 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2023/230322.pdf
  7. 三井化学・萩原工業・丸喜産業・NEC 「マテリアルズ・インフォマティクスの技術を活用し、再生プラスチックの品質安定化と製造工程の大幅な効率化に向けて協業を開始」(共同ニュースリリース、2025年10月7日)。 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2025/251007.pdf
  8. 三井化学 「三井化学、DX人材基盤を起点とした全社変革を次のステージへ」(2026年3月30日)。データサイエンティスト165名の達成。 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0330/index.htm
  9. 三井化学 三井化学レポート2025(統合報告書、2025年9月30日公開)。データサイエンティストの人数目標、CTOによる技術経営でのMI活用への言及。 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/ir/ar/ar25_all_jp.pdf

14. 主張と出典の対応表

本文の主張区分出典
正式名称、本店所在地(東京都中央区八重洲二丁目2番1号)、代表取締役社長、東京証券取引所プライム市場の上場事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
売上収益(2024〜2026年3月期)1,749,743/1,809,164/1,668,754百万円、親会社の所有者に帰属する当期利益 49,999/32,242/34,378百万円事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
連結従業員 16,967名(2026年3月31日)、提出会社 5,198名事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
研究開発費(当社及び連結子会社)464億円(2026年3月期)事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
研究開発費に占める割合 約2.8%本稿の計算本稿による割り算(464億円÷売上収益1兆6,688億円)。
2025年10月に成長3領域の事業本部へ開発部を設置し、研究開発体制を変更した事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
電池材料ソリューション・ベーシック&グリーン・マテリアルズの戦略でのMI活用、DXを活用した重合触媒の開発、コーポレート研究でのMIの展開事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
三井化学と日立が2017年からMIを用いた材料開発で協創を進めていること事実出典2 https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2021/06/0628.pdf
2021年6月に日立のAI活用MI技術の実証試験を開始。過去の有機材料データでの検証で、従来のMI比で実験の試行回数が約1/4事実出典2 https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2021/06/0628.pdf
日立の「入れ子型」AIの仕組み(公開の化学式データ約50万件、特許出願中)事実出典2 https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2021/06/0628.pdf
デジタルサイエンスラボ:計算科学・データサイエンス・HPCを融合、PetaFLOPS級の計算環境、研究開発・生産技術部門の専門家を集結事実出典3・5 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2022/2022_1115/index.htm https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2024/241217.pdf
デジタルサイエンスラボの投資額:日本語の発表は約50億円、英語版の発表は約4 billion yen(約40億円)で、同じ発表で一致していない事実出典3・4 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2022/2022_1115/index.htm https://jp.mitsuichemicals.com/en/release/2022/2022_1115.htm
デジタルサイエンスラボの竣工式は2024年12月16日(計画は2024年10月完工・供用開始)、建築面積1,471.98㎡・延床面積2,707.84㎡事実出典3・5 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2022/2022_1115/index.htm https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2024/241217.pdf
2023年3月:DXの取り組み分野にR&DのDX(マテリアルズ・インフォマティクスなど)が含まれると説明事実出典6 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2023/230322.pdf
2025年10月7日、三井化学・萩原工業・丸喜産業・NECが再生プラスチックの品質安定化・効率化でMIを使う協業を開始事実出典7 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2025/251007.pdf
粘度データを丸喜産業の工場で取得し、NECのMI技術で分析する。製造時間を従来比25%削減することを目指す未確定/将来出典7 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2025/251007.pdf
全社のデータサイエンティスト165名を2026年3月に達成(研究開発・生産・事業・間接の各部門に配属)事実出典8 https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2026/2026_0330/index.htm
データサイエンティスト数の目標(2025年度末に165名以上)、CTOによる技術経営での「MI活用など」への言及事実出典9 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/ir/ar/ar25_all_jp.pdf
DXとAI技術の活用に関するリスク(対応の遅れ、サイバー攻撃、生成AIの社内ガイドライン)事実出典1 https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/release/2026/ms_260622.pdf
MI専任の人員数・投資額、MIによる成果の数値(開発期間の短縮の実績、売上への寄与)未確定/将来開示資料に記載なし。本稿では推計もしない。
大学・公的機関との共同研究、MIに関する出資・買収・合弁未確定/将来開示資料に記載なし。本稿では存在しないとも断定しない。
日立との実証試験の2021年6月以降の結果未確定/将来確認できなかった。本稿では成果として扱わない。
類型の区分(応用する側)本稿の計算本稿による整理。
会社の狙いに関する読み(第8章の4点)推測有価証券報告書・各リリースの記述からの本稿の解釈。
リスクの整理のうち、書類に直接の記載がない項目推測有価証券報告書・各リリースの記述からの本稿の解釈。

最終更新:2026年10月22日/Troy Technical
本稿の数値はすべて、三井化学の有価証券報告書・公式リリース・統合報告書と、日立製作所・NECとの共同リリースに基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。「実験回数が約1/4」は日立と三井化学が示した過去データでの検証結果で、実際の材料開発での成果ではありません。