INSTITUTION PROFILE / 細胞培養技術
United States Pharmacopeia(USP)
― 米国の法律が「公定書」として名指しする民間の標準化団体
USPは米国の民間の非営利団体で、政府機関ではありません。 それでも、医薬品の品質基準を集めた公定書「USP–NF」は、米国の連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C法)が「公定書(official compendium)」として条文で名指ししているため、 米国で売られる医薬品はその基準に縛られます。 細胞培養技術では、細胞治療の開発の考え方、培養に使う試薬・血清・成長因子、シングルユース部材の試験法などの章を持っています。 本稿では、USPが細胞培養技術にどこまで影響を持つのかを、法的な位置づけと地域の広がりに絞って整理します。
- 30秒でわかるUSP
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- 細胞培養技術で何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 関わっている企業・組織
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるUSP
USPは基準を書く側で、守らせる側ではありません。USP自身が「USP–NFの基準を認める規定の執行に役割を持たず、執行はFDAや米国内外の政府当局の責任」と書いています 事実。 もう1つ大事なのは章の番号です。USPのFAQによると、1000〜1999番の章は参考情報で、義務となる試験は含みません。 1000未満の章も、個別の品目の基準(モノグラフ)などから参照されて初めて義務になります 事実。 細胞治療向けの〈1046〉〈1043〉や、シングルユース部材向けの〈1665〉は1000番台なので、それ自体に強制力はありません。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
細胞培養技術の記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では細胞も薬も作りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. 細胞培養技術で何をしているか
USP–NFの「一般試験法(General Chapter)」のうち、細胞培養技術に直接関わる主な章は次のとおりです 事実。 「拘束力」の欄は、USPのFAQにある番号の規則を当てはめたものです。
| 章 | 名称(本稿の訳) | 中身 | 拘束力 |
|---|---|---|---|
| 〈1046〉 | 細胞を用いた先端治療と組織製品(2020年版) | 人や動物の細胞を体に戻して組織や臓器を修復・置換・再生する製品について、開発の考え方を網羅的にまとめた章 | 参考情報(1000番台) |
| 〈1043〉 | 細胞・遺伝子・組織工学製品の補助材料(2019年版) | 細胞・遺伝子・組織工学製品の製造に使う、多様で複雑な試薬・材料(補助材料)についての章 | 参考情報(1000番台) |
| 〈92〉 | 細胞治療の製造に使う成長因子とサイトカイン(2017年版) | 成長因子・サイトカインの試験、手順、判定基準。標準品としてrHuman Interleukin 4 RSなど | 1000未満。モノグラフなどから参照されれば義務 |
| 〈90〉 | ウシ胎児血清 ― 品質特性と機能試験(2021年版) | 培養に使うウシ胎児血清(FBS)の品質特性と、細胞の増殖を支える力の試験。標準品としてFetal Bovine Serum RS | 1000未満。モノグラフなどから参照されれば義務 |
| 〈1071〉 | 寿命の短い無菌製品の迅速微生物試験(2019年版) | 培養14日以上かかる無菌試験では出荷に間に合わない製品(細胞・遺伝子治療を含む)向けのリスクに基づく迅速試験 | 参考情報(1000番台) |
| 〈665〉 | 医薬品・バイオ医薬品の製造に使うプラスチック部材とシステム | シングルユースのバッグ・チューブ・フィルターなどから溶け出す物質(抽出物)の試験。2026年5月1日に公式化 | 1000未満だが、USP自身が「参考情報で、規制当局などが指定しない限り公定書上の適用はない」と明記 |
| 〈1665〉 | 上記プラスチック部材の特性評価と適格性確認(2021年版) | 製造に使う樹脂部材・システムの特性評価と適格性確認。Cytivaはリスク評価の枠組みを〈665〉〈1665〉から採ったと説明 | 参考情報(1000番台) |
※章の名称は英語の正式名称を本稿が訳したものです。〈92〉〈90〉が個別のモノグラフから参照されているかどうかは、本稿では確認できていません 未確定/将来。
〈665〉は、シングルユースの培養バッグやチューブなど樹脂部材から薬液に溶け出す物質を、どの溶媒でどう抽出して測るかを決めた章です。 Sartoriusは、〈665〉が定める抽出溶媒(50%エタノール、pH3、pH10)に純エタノールと純水を加えたデータを用意していると書いています。 Cytivaも2026年5月の記事で、〈665〉に沿った抽出物データを自社部材について提供すると説明し、〈665〉の「最終製品の申請者がリスク評価の最終責任を負う」という一文を引用しています 事実。 つまり、法的には参考情報の扱いでも、製薬会社が申請書類に使う「共通の物差し」として、部材メーカーのデータの作り方をそろえる力があります。 部材の仕組みは、本シリーズの技術解説「シングルユースシステム」もあわせて参照してください。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | USPが持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | USP–NFの基準を作り、改訂すること(ボランティアの専門家委員会が作成・承認)。医薬品の一般名を定める役割(FD&C法502条(e)) | 執行する権限。基準違反の取り締まり、査察、承認はFDAなど政府の仕事。USPは「執行に役割を持たない」と明記 |
| 法的な効き方 | FD&C法が「公定書」をUSP・NFなどと定義し、公定書に名前がある薬が基準を下回れば不良医薬品(adulterated)とみなされる。生物製剤(BLAで承認されるものを含む)も対象 | 1000〜1999番の章に義務を持たせる力。FDAなどが法令などで明示的に求めた場合に限って義務になる |
| 地域 | 米国で販売される医薬品にモノグラフの基準が適用される。米国外では、USPの説明で40超の国の法令が取り込み、140超の国で使われている。欧州薬局方・日本薬局方・インド薬局方とはPDGで試験法を調和 | 他国で直接の強制力。他国で効くのは、その国の法令がUSPを採り入れた場合 |
| 規模 | 職員約1,200名、会員450超の団体。専門家委員会にはFDAなどの政府リエゾンも加わる | 研究資金を配る事業(本稿で確認した一次情報には記載なし) |
「米国で販売される医薬品」という線引きは製造場所ではなく販売先で決まります。 そのため、米国に輸出する日本や欧州、韓国、中国のバイオ医薬品メーカーやCDMOも、米国向けの製品についてはUSP–NFの基準を意識することになります 本稿の計算。
USPが示す「使われている国の数」は、ページによって違います。概要ページは150超、法的位置づけのページは140超、2025年5月のニュースリリースは「40超の国で法令に取り込まれ、140超の国で使われている」としています 事実。 いずれもUSP自身の説明で、どの国がどの章を法令で参照しているかの一覧は、本稿で確認した一次情報にはありません 未確定/将来。 また、「使われている」は法的な義務があることと同じではありません。
5. 関わっている企業・組織
| 組織・企業 | USPとの関係(一次情報の記載) | このシリーズとの関係 |
|---|---|---|
| FDA(米国食品医薬品局) | USP–NFの基準を執行する。専門家委員会にはFDAなどの政府リエゾンが加わる | 機関解説「U.S. Food and Drug Administration」 |
| EDQM(欧州薬局方)・日本薬局方(厚生労働省)・インド薬局方委員会 | 1989年に発足したPDGで試験法を調和。インドは2023年10月に正式参加、WHOは2001年5月からオブザーバー | 機関解説「厚生労働省」「European Medicines Agency」 |
| ICH | 〈665〉の公式化の延期にあたり、ICH Q3E(抽出物・溶出物)の策定の動きを追うと説明 | 機関解説「International Council for Harmonisation」 |
| Cytiva | 〈665〉に沿った専用プログラムで自社のシングルユース・ろ過部材の抽出物データを作成(2026年5月11日の記事) | Cytivaの企業解説 |
| Sartorius | 〈665〉の抽出溶媒に純エタノールと純水を加えたデータと、抽出物量を予測するソフトを提供 | Sartoriusの企業解説 |
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 〈665〉を義務のある「適用章」にするかどうかが、シングルユース部材にとって次の焦点になる | USPは2022年の告示で、〈665〉を適用章にすることの是非を関係者と議論し、ICH Q3Eの動きを追うために公式化を2026年5月1日へ延ばすとした。公式化後のDOIページでも「参考情報」と明記 | 推測 |
| 法的な義務がないままでも、〈665〉に沿った抽出物データは部材選定の事実上の条件になっていく | CytivaとSartoriusが〈665〉に沿ったデータの提供を公式に打ち出している | 推測 |
| 細胞治療では、USPの影響は義務より試験法と標準品を通じて広がる | 細胞治療向けの主な章(〈1046〉〈1043〉〈1071〉)は1000番台で参考情報。一方で〈90〉〈92〉には購入できる標準品がひもづいている | 推測 |
7. 用語集
- 公定書(official compendium)
- FD&C法が定める、医薬品の品質基準を載せた公式の書物。USP、NF、米国ホメオパシー薬局方と、それらの追補を指す。
- USP–NF
- 米国薬局方(USP)と国民医薬品集(NF)を合わせた公定書。医薬品と添加剤の基準を載せる。
- モノグラフ
- 個別の医薬品や原料ごとの基準(名称、確認試験、含量、不純物など)。米国で販売される品目に適用される。
- 一般試験法(General Chapter)
- 品目をまたいで使う試験法や考え方をまとめた章。1000未満は参照されれば義務、1000〜1999は参考情報。
- 抽出物・溶出物(E&L)
- 樹脂部材から溶け出す可能性のある物質(抽出物)と、実際に製品に移る物質(溶出物)。
- PDG
- Pharmacopeial Discussion Group。米国・欧州・日本・インドの薬局方が試験法をそろえるための会議体。
8. 出典
- USP About the United States Pharmacopeia(民間の非営利科学団体、150超の国で使用、職員約1,200名)。 https://www.usp.org/about
- USP Legal Recognition of USP Standards(政府機関ではないこと、米国内外で法的に認められ140超の国で使用、試験所の所在国)。 https://www.usp.org/about/legal-recognition
- USP Legal Recognition – Standards Categories(1938年のFD&C法制定以来の位置づけ、不良医薬品・不当表示の規定、生物製剤への適用、執行に役割を持たないこと、一般名の役割)。 https://www.usp.org/about/legal-recognition/standard-categories
- USP FAQ「Identifying Official Text」(モノグラフの適用範囲、1000未満と1000〜1999の章の扱い)。 https://www.usp.org/frequently-asked-questions/identifying-official-text
- USP USP Convention(1820年からの沿革、450超の会員団体)。 https://www.usp.org/about/usp-convention
- USP ニュースリリース「USP announces newly elected Council of Experts for the 2025-2030 cycle」(2025年5月16日、ロックビル発。FDAなどのリエゾン、40超の国で法令に取り込み・140超の国で使用)。 https://www.usp.org/news/usp-announces-newly-elected-council-of-experts-for-the-2025-2030-cycle
- USP USP Volunteers(すべての基準はボランティアの専門家が作成・承認)。 https://www.usp.org/about/volunteer-experts
- 米国政府(GovInfo) 21 U.S.C. 321(FD&C法201条。(j)「公定書」の定義)。 https://www.govinfo.gov/content/pkg/USCODE-2023-title21/html/USCODE-2023-title21-chap9-subchapII-sec321.htm
- 米国政府(GovInfo) 21 U.S.C. 351(FD&C法501条。(b) 公定書の基準と異なる薬は不良医薬品)。 https://www.govinfo.gov/content/pkg/USCODE-2023-title21/html/USCODE-2023-title21-chap9-subchapV-partA-sec351.htm
- USP–NF 〈1046〉 Cell-Based Advanced Therapies and Tissue-Based Products(2020年版)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M99766_03_01.html
- USP–NF 〈1043〉 Ancillary Materials for Cell, Gene, and Tissue-Engineered Products(2019年版)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M620_02_01.html
- USP–NF 〈92〉 Growth Factors and Cytokines Used in Cell Therapy Manufacturing(2017年版、標準品)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M3507_01_01.html
- USP–NF 〈90〉 Fetal Bovine Serum—Quality Attributes and Functionality Tests(2021年版、標準品)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M3064_03_01.html
- USP–NF 〈1071〉 Rapid Microbial Tests for Release of Sterile Short-Life Products: A Risk-Based Approach(2019年版)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M12457_02_01.html
- USP–NF 〈665〉 Plastic Components and Systems Used to Manufacture Pharmaceutical Drug Products and Biopharmaceutical Drug Substances and Products(参考情報であり、規制当局などが指定しない限り公定書上の適用はないとの注記)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M11135_02_01.html
- USP–NF 〈1665〉 Characterization and Qualification of Plastic Components and Systems Used to Manufacture Pharmaceutical Drug Products and Biopharmaceutical Drug Substances and Products(2021年版)。 https://doi.usp.org/USPNF/USPNF_M11136_02_01.html
- USP–NF 〈665〉 Notice of Intent to Revise(2022年2月25日。義務となる要求がないこと、公式化を2026年5月1日へ延期、ICH Q3Eの動きを追うこと)。 https://www.uspnf.com/notices-665-nitr-20220225
- USP–NF Revision Bulletins(〈665〉 2022年4月29日掲載、2026年5月1日公式化)。 https://www.uspnf.com/official-text/revision-bulletins
- USP Pharmacopeial Discussion Group(PDG)(1989年発足、EDQM・USP・日本薬局方、インド薬局方委員会の2023年10月参加、WHOのオブザーバー参加)。 https://www.usp.org/harmonized-standards/pdg
- Cytiva 「A customer's journey to navigating USP <665> compliance」(2026年5月11日)。 https://www.cytivalifesciences.com/en/us/insights/usp-665-compliance-extractables-leachables
- Sartorius 「Assessing the Risk of Extractables and Leachables on Biopharmaceutical Processes」(〈665〉の抽出溶媒と自社の追加溶媒、Extractables Simulator)。 https://www.sartorius.com/en/knowledge/science-snippets/blog-assessing-the-risk-of-extractables-and-leachables-1275346
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年9月24日/Troy Technical
本稿の内容はUSPの公式サイト、USP–NFの各章のDOIページと告示、米国法典、およびシングルユース部材メーカーの公式資料に基づきます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。