INSTITUTION PROFILE / マテリアルインフォマティクス
経済産業省
― 日本のマテリアルインフォマティクスの「方針」と「予算要求」を決める官庁
マテリアルインフォマティクス(MI)は、AIやデータを使って新しい材料の開発を速くする方法です。 経済産業省は日本の産業政策を担う官庁で、自分では材料を研究しません。 役割は、MIをどの方向へ進めるかの方針を示し、そのための予算を要求することです。 実際の研究開発は、所管するNEDOなどを通じて企業・大学・研究機関が行います。 本稿では、経済産業省がMIにどこまで影響を持ち、何を決められないのかに絞って整理します。
- 30秒でわかる経済産業省
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- MIで何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 関わっている組織とお金の流れ
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる経済産業省
経済産業省は、MIの方針と予算要求を出す側ですが、方針を一人で決める官庁でも、予算を成立させる機関でもありません。 2026年8月31日に公表された令和9年度の概算要求で、経済産業省は「AI・秘匿計算技術等を活用した高機能複合新素材開発事業」を70億円(新規)で要求しました。 事業は国がNEDOに交付金を出し、NEDOが企業・大学などに委託する形で、令和9年度から令和14年度までの6年間を予定しています 事実。 ただし、これは要求の段階で、予算として成立したものではありません 未確定/将来。 また、大きな方針(日本成長戦略の官民投資ロードマップ)は内閣の日本成長戦略本部が決め、事業はその方針に基づくと要求資料に書かれています 事実。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
MIの記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では材料を開発しません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。 経済産業省は、このうち「政策・規制を決める」型です。
経済産業省が決めるのは「何に力を入れ、いくら要求するか」です。 予算を決めるのは国会で、研究テーマを選んで資金を配る実務は、NEDOなどの所管法人が担います。 方針を示す力は強い一方で、資金の最終決定や研究の中身には直接関わりません。
3. MIで何をしているか
経済産業省のMI関連の動きとして、公表資料で確認できたのは次の3つです 事実。
| 取り組み | 時期・規模 | 中身 | 区分 |
|---|---|---|---|
| 官民投資ロードマップ「AI等を活用した複合新素材」 (日本成長戦略本部が決定) | 2026年7月21日決定 2040年度までの官民投資額 5.2兆円(想定) | 新素材の開発速度を従来の10倍にするしくみをつくる。素材開発向けの基盤モデルやAIエージェント、データセット、秘匿計算の基盤などに投資する。経済波及効果は14.4兆円と想定 | 決定は内閣。金額は想定 |
| 令和9年度概算要求 AI・秘匿計算技術等を活用した高機能複合新素材開発事業 | 70億円(新規) 令和9〜14年度の6年間 製造産業局素材産業課 | 会社をまたいでデータをAIで解析できる秘匿計算の基盤づくり、計測・分析機器やシミュレータの連携、ポスト5G/6G向け材料などの研究データを集めてAIが使える形に整える作業、知財管理やデータの扱いのルールづくり。NEDOを通じて実施する | 要求のみ。成立前 |
| 国際標準化(提案) | 令和8年6月12日の提言 実施主体・時期は未定 | 有識者会議の提言の工程表が、複合新素材の品質などの標準化整備と、秘匿計算によるデータ連携ルール形成の担当に「経」(経済産業省と読める)を挙げている。工程表は「関係省庁・関係機関への提案」と書かれている | 提案。決定ではない |
材料の会社は、配合や条件のデータを競合に見せたくありません。 ところがAIは、データが多いほど精度が上がります。 そこで、データの中身を相手に見せないまま、複数の会社のデータをまとめてAIで解析する技術(秘匿計算)に期待が集まっています。 要求資料はこれを「競合他社間や川上・川下企業間で安全なデータ連携・AI解析を可能とする」ためと説明しています 事実。 材料メーカーから見ると、うまくいけば「自社のデータを出さずに、業界全体のデータの恩恵を受ける」道が開けますが、 実際に動くかどうかは、これから基盤をつくる段階で、まだ確認されていません 未確定/将来。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | 経済産業省が持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 鉱工業の科学技術に関する総合的な政策、研究開発の助成、成果の普及などを担う(設置法第4条)。予算を要求し、事業の方針を示す | 予算を成立させる権限(国会が決める)。国全体のマテリアル戦略を決める権限(内閣府の会議が決定)。官民投資ロードマップの決定(日本成長戦略本部) |
| 資金 | NEDOなど所管法人への交付金の原資を要求できる | 採択先を選ぶ作業(本事業はNEDOに委ねる形で要求されており、採択の方法は要求資料に記載がない) |
| 地域 | 日本の政策と予算。事業の担い手は「国研、大学、民間企業等」と書かれている | 他国の政策や、海外企業への義務づけ。国際標準は提案できても決められない |
| 所管する機関 | NEDO、産業技術総合研究所(産総研)を所管する独立行政法人として持つ | NIMS・JSTは経済産業省の所管法人一覧に載っていない(本シリーズの別記事で扱う) |
| 規模 | 省全体の総定員は8,068人(令和8年度末) | MI担当の人数は公表資料で確認できなかった |
この記事には似た金額がいくつも出てきますが、意味がすべて違います。 70億円は令和9年度に1年分として要求した額で、成立前です。 5.2兆円は2040年度までの官民を合わせた投資の想定額で、政府予算ではありません。 14.4兆円はその投資が経済全体に及ぼす波及効果の想定で、売上や利益ではありません。 4兆円以上は要求資料が長期の目標として挙げた、高機能複合素材市場での売上です。 いずれもこれから先の想定や目標です 未確定/将来。
5. 関わっている組織とお金の流れ
要求資料に書かれた事業の形は、「国がNEDOに交付金を出し、NEDOが国研、大学、民間企業等に委託する」というものです 事実。 つまり経済産業省は、どの企業が参加するかを直接決めません。 採択先は予算が成立してからNEDOが選ぶため、現時点で参加企業は決まっていません 未確定/将来。 このため本稿では、特定の企業名を挙げていません(要求資料に企業名がないため)。
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 令和9年度の70億円がそのまま成立するかは決まっていない | 概算要求は予算編成の前段階の要求。令和9年度予算の成立は2026年10月22日の時点で確認できない | 未確定/将来 |
| 事業が成立すれば、6年間で開発速度10倍、実材料の上市15件、売上4兆円以上を目指す | 要求資料の成果目標(短期・中期・長期) | 未確定/将来 |
| 実際のテーマと参加企業は、NEDOの公募で決まる流れになる | 要求資料のスキーム(国→NEDO→国研・大学・民間企業等) | 推測 |
| MIの方針は、経済産業省だけでなく内閣、内閣府、文部科学省と分担する形が続く | 提言の工程表が、担当を「内」「文」「経」などで分けている(記号の意味は文書中に定義が見当たらない) | 推測 |
7. 用語集
- マテリアルインフォマティクス(MI)
- 材料のデータをAIや統計で解析し、新しい材料の探索や設計を速くする方法。
- 秘匿計算
- データの中身を相手に見せないまま、複数の組織のデータをまとめて解析できるようにする技術の総称。
- AI-Ready化
- 集めたデータを、AIがそのまま使える形(形式の統一や注釈の付与など)に整えること。
- 概算要求
- 各省庁が翌年度の予算について財務省に出す要求。これが国会で決まる予算になるまでには、予算編成と国会の審議がある。
- 官民投資ロードマップ
- 日本成長戦略の17の分野ごとに、国と民間がどれだけ投資するかの想定と、そのための政策をまとめた文書。
- 国立研究開発法人
- 国の研究開発を担う法人。省庁そのものではなく、主務大臣の監督のもとで業務を行う。
8. 出典
- e-Gov法令検索 経済産業省設置法(平成11年法律第99号)。第3条(任務)、第4条第1項第21〜24号(鉱工業の科学技術に関する所掌事務)。 https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000099
- 経済産業省 令和9年度概算要求・税制改正要望について(2026年8月31日公表、2026年9月29日更新)。 https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2027/index.html
- 経済産業省 令和9年度 経済産業省関係 概算要求等概要(経済産業省関連合計の要求額・令和8年度当初予算額。別紙2「AI・秘匿計算技術等を活用した高機能複合新素材開発事業」7,000,000千円)。 https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2027/pdf/01.pdf
- 経済産業省 令和9年度概算要求のPR資料(一般会計)。「AI・秘匿計算技術等を活用した高機能複合新素材開発事業」令和9年度概算要求額70億円(新規)、製造産業局素材産業課、事業目的・成果目標・事業期間・事業スキーム。 https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2027/pr/pdf/pr_ippan.pdf
- 内閣官房 日本成長戦略本部/日本成長戦略会議(日本成長戦略の閣議決定と官民投資ロードマップの本部決定。いずれも2026年7月21日)。 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/index.html
- 日本成長戦略本部 戦略17分野における「主要な製品・技術等」の官民投資ロードマップ(マテリアル(重要鉱物・部素材)⑥AI等を活用した複合新素材)。 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/pdf/rm2026.pdf
- 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局 マテリアル革新力強化戦略(概要)(令和7年6月4日、統合イノベーション戦略推進会議決定)。 https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material_2025_gaiyo.pdf
- 内閣府 有識者会議「マテリアル戦略」 マテリアル革新力強化戦略推進方策〈提言〉(令和8年6月12日)。工程表は「関係省庁・関係機関への提案として作成」。 https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material_2026_suishin.pdf
- 経済産業省 令和8年度 主な機構・定員について(令和7年12月。総定員は令和7年度末8,013人から令和8年度末8,068人)。 https://www.meti.go.jp/main/yosan/yosan_fy2026/pdf/05.pdf
- 経済産業省 経済産業省所管法人(所管する独立行政法人の一覧。2025年10月6日更新)。 https://www.meti.go.jp/intro/index_houjin.html
9. 主張と出典の対応表
| 本文の主張 | 区分 | 出典 |
|---|---|---|
| 経済産業省設置法が根拠法であること、鉱工業の科学技術に関する政策・研究開発の助成などを所掌すること | 事実 | 出典1 https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000099 |
| 令和9年度概算要求の公表日(2026年8月31日) | 事実 | 出典2 https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2027/index.html |
| 経済産業省関連合計(令和8年度当初予算 3兆693億円)、事業の要求額7,000,000千円(70億円) | 事実 | 出典3 https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2027/pdf/01.pdf |
| 70億円(新規)、令和9〜14年度の6年間、素材産業課、成果目標(10倍・上市15件・売上4兆円以上)、国→NEDO→国研・大学・民間企業等のスキーム、ロードマップと内閣府戦略に基づくこと | 事実 | 出典4 https://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2027/pr/pdf/pr_ippan.pdf |
| 日本成長戦略の閣議決定と官民投資ロードマップの本部決定(2026年7月21日) | 事実 | 出典5 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/index.html |
| 「AI等を活用した複合新素材」の官民投資額5.2兆円(2040年度まで)、経済波及効果14.4兆円、開発速度10倍の目標、投資内容と政策パッケージ | 事実(金額は想定) | 出典6 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/pdf/rm2026.pdf |
| マテリアル革新力強化戦略(2025年6月)がデータ基盤を軸とするマテリアルDXの推進を掲げること | 事実 | 出典7 https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material_2025_gaiyo.pdf |
| 提言(2026年6月12日)の工程表での標準化・秘匿計算ルールの担当表記と、「提案として作成」の注記 | 事実 | 出典8 https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material_2026_suishin.pdf |
| 総定員 令和7年度末8,013人・令和8年度末8,068人 | 事実 | 出典9 https://www.meti.go.jp/main/yosan/yosan_fy2026/pdf/05.pdf |
| NEDO・産総研が経済産業省所管の独立行政法人であること、NIMS・JSTが一覧にないこと | 事実 | 出典10 https://www.meti.go.jp/intro/index_houjin.html |
| 機関の4つの型の区分、図2の整理 | 本稿の計算 | 本稿による整理 |
| 秘匿計算・AI-Ready化・概算要求などの用語の説明 | 事実 | 本稿の解説(出典4の用語に基づく一般的な説明) |
| 令和9年度予算の成立、70億円がそのまま成立するか、成果目標の達成 | 未確定/将来 | 出典4は要求と目標。成立は確認できない(本稿では推計しない) |
| 採択先の企業、MI担当の職員数、産総研のこの事業での役割 | 未確定/将来 | 出典4・9に記載なし。本稿では推計しない |
| 第6章の推測2項目(NEDOの公募で決まる流れ、省庁分担が続く形) | 推測 | 出典4のスキームと出典8の担当表記からの本稿の解釈 |
最終更新:2026年10月22日/Troy Technical
本稿の数値は経済産業省・内閣官房・内閣府の公表資料に基づきます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。令和9年度の要求は成立前で、今後変わる可能性があります。
