INSTITUTION PROFILE / マテリアルインフォマティクス
欧州委員会
― 法案を出し、研究資金とデータ基盤の構想を進めるEUの執行機関
欧州委員会は、EU(欧州連合)の執行機関です。法案を提案することはできますが、採択するのは欧州議会とEU理事会で、実施するのは加盟国です。 MIに関しては、研究資金「Horizon Europe」を運営し、各国のデータ基盤をつなぐ構想「Materials Commons」や、先端材料の政策の枠組みを進めています。 本稿では、欧州委員会がマテリアルインフォマティクス(MI)にどこまで影響を持つのかに絞って整理します。
- 30秒でわかる欧州委員会
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- MIで何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 制度とお金のつながり
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる欧州委員会
欧州委員会は法案をつくって提案できる唯一のEU機関ですが、法律にするのは欧州議会とEU理事会です 事実。 MIについては、今のところ法律ではなく、方針の通知と研究資金で動かしています。 2024年2月の「先端材料の通知」は法律ではなく政策の方針で、材料データの共通基盤(Materials Commons)の構想を含みます 事実。 「先端材料法」は2026年の第4四半期に提案する予定ですが、2026年10月22日時点で提案の公表は確認できませんでした 未確定/将来。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
MIの記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分で新材料を売るわけではありません。 その代わりに、どういう経路で研究に影響を与えるかで4つの型に分けられます。 欧州委員会は「政策・規制を決める」と「資金を出す」にまたがりますが、 前者は提案する権限であり、決める権限は議会と理事会にあります。
3. マテリアルインフォマティクスで何をしているか
欧州委員会のMIへの関わり方は、おもに次のとおりです。金額はすべてユーロで、確認日は2026年10月22日です。
| 取り組み | 中身 | 規模・時期 | 区分 |
|---|---|---|---|
| 先端材料の政策の通知 (2024年2月27日) | COM(2024) 98 final。14の行動を掲げ、その1つがMaterials Commons。従来の方法で先端材料を開発するには10〜30年かかり、デジタル化が発見を速める可能性があると記載 | 通知であり、法的な義務はない | 事実 |
| Horizon Europeの資金 | 2026〜2027年のワークプログラムに「AIとデジタルによる化学品・先端材料の開発の加速」の公募がある。自律実験室(セルフドライビングラボ)との接続も対象に挙げる。日本との先端材料の協力を支える公募もある | Horizon Europe全体の指標額は約935億ユーロ。AI・デジタル材料の公募は総額5,000万ユーロ、1件約1,300万ユーロ、4件の見込み(公募期間は2026年1月6日〜4月21日)。日本との協力の公募は80万ユーロ | 事実 |
| Materials Commons for Europe (データ基盤の構想) | 各国の先端材料のデータ基盤をつなぎ、FAIR原則に基づく共有と、共通の用語・データ形式を目指す。自律実験室の接続も想定。通知は「2025年半ばまでに」と書いたが、実際の事業は2026年6月1日開始とされた | 事業は2,800万ユーロと記載。実際に開始したかどうかは確認できなかった | 事実未確定/将来 |
| AIによる科学の戦略(RAISE) (2025年10月8日) | COM(2025) 724 final。材料科学の「卓越拠点のネットワーク」をつくる構想を例示。AI用に整えたデータ、材料科学の基盤モデル、自動化した実験室を挙げる | RAISEの試験段階に1億800万ユーロ(Horizon Europe 2026〜27年)。AI用の大規模計算の利用にHorizon Europeから最大6億ユーロ | 事実 |
| NOMAD CoE (計算材料科学の拠点への助成) | EUの研究プロジェクトとして、ベルリン・フンボルト大学が代表を務めた。欧州委員会は資金を出した側で、運営は大学側 | 2020年10月1日〜2024年3月31日。EUの拠出は約505万ユーロ | 事実 |
| 先端材料法 | 研究・イノベーションの仕組み、規制の手続き、生産能力を扱う法的な枠組みを準備中。意見募集は2026年1月13日に終了 | 欧州議会の進捗ページ(2026年9月20日)は「予告」の段階、予定は2026年第4四半期 | 未確定/将来 |
AIによる科学の戦略は、AIとロボットを組み合わせた閉じた循環の合成システムが、新材料の特定と検証を「従来の方法より1000倍以上速く」行える可能性があると書いています 事実。 これは欧州委員会が引用した見積りで、「could(可能性がある)」という書き方です。 すでに達成された結果ではなく、条件によって大きく変わる数字として読むのが安全です。 また、Materials Commonsのような共通基盤が整っても、データの質や、計算で見つけた候補を実験で確かめることは、それぞれの研究チームの仕事として残ります。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | 欧州委員会が持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 法案を提案する権限(唯一の機関)。Horizon Europeの公募を設計し、資金を運営する。政策の通知を出す。技術評議会(加盟国・産業界・研究機関の代表と欧州委員会で構成)を通じて優先分野を整える | 法律を採択する権限(欧州議会とEU理事会)。法律の実施(加盟国)。予算の承認(議会と理事会)。NOMADなどの個別の拠点の運営 |
| 地域 | EU域内の研究機関・企業に届く資金。公募には、参加できる主体の条件がある(例:中国の支配下にある法人は、AI・デジタル材料の公募に参加できない)。日本との協力のための公募もある | 加盟国の国内の研究資金や国内のデータ基盤を決める権限。域外の国の政策を決める権限 |
| 法的な力 | 規則は全域で拘束力があり、指令は加盟国が国内法で実施する。通知や勧告には法的な拘束力がない | MIそのものを対象にした法律(現時点では存在しない。先端材料法は提案前) |
| 規模 | 職員 約33,000名。Horizon Europe 約935億ユーロ(2021〜2027年の指標額) | MI専用の予算の公表値 |
約935億ユーロは、Horizon Europe全体(2021〜2027年)の指標額で、材料やMIだけの額ではありません。 2026年と2027年には追加で5億ユーロが割り当てられ、この2年間の合計は約148億ユーロとされています 事実。 次の研究計画(2028〜2034年)として、欧州委員会は2025年7月16日に1,750億ユーロの案を提案しましたが、 欧州議会とEU理事会の交渉はこれからで、採択された額ではありません 未確定/将来。
5. 制度とお金のつながり
Materials Commonsは、欧州委員会が新しいデータ基盤を自分でつくるのではなく、 各国にすでにある先端材料のデータ基盤をつなぐという設計です。 公募の文書は、受け取る側を「担当する省庁から権限を与えられた公的な機関」と想定し、各国の拠点(ハブ)になることを求めています 事実。 欧州の材料データ基盤であるNOMADは、欧州委員会が運営するものではなく、過去にEUの研究助成を受けたプロジェクトの一つです 事実。
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 先端材料法は2026年第4四半期に提案される予定。提案の公表や中身は確認できなかった。採択には議会と理事会の合意が必要 | 欧州委員会の準備ページ。欧州議会の進捗ページ(2026年9月20日、「予告」) | 未確定/将来 |
| 2028〜2034年の研究計画(1,750億ユーロの案)は交渉中。最終額は未確定 | Horizon Europeのページ(2025年7月16日の提案) | 未確定/将来 |
| Materials Commonsの事業(2,800万ユーロ)が実際に始まったかは確認できなかった | 欧州委員会の実施状況ページ(2026年6月1日開始と記載) | 未確定/将来 |
| RAISEの材料科学の拠点ネットワークは構想の段階。試験段階の後は、新しい多年度予算の中で発展させる考え | COM(2025) 724 final | 未確定/将来 |
| EUのMI政策は、法律で義務づけるより、資金を出す事業を通じて共通基盤を整える形で進む可能性が高い | Materials Commonsは公募事業で構築。先端材料法は研究環境の整備・規制手続き・生産能力を対象に挙げ、MIのデータ形式の義務づけには触れていない | 推測 |
7. 用語集
- Horizon Europe
- EUの研究・イノベーション計画。2021〜2027年。公募で資金を配る。
- Materials Commons
- 各国の先端材料のデータ基盤をつなぎ、データと計算ツールを共有するEUの構想。
- RAISE
- Resource for AI Science in Europe。AIを科学に使うため、人材・計算力・データ・研究資金をまとめる「仮想の研究所」の構想。
- 先端材料法(Advanced Materials Act)
- 欧州委員会が2026年第4四半期の提案を予定している法律案。研究から生産までの枠組みを扱う。
- 通知(Communication)
- 欧州委員会が方針を示す文書。法的な拘束力はない。
- 規則と指令
- 規則は全加盟国でそのまま適用される法律。指令は目標を示し、実施の方法は各国の国内法に任せる法律。
- CORDIS
- 欧州委員会が運営する、EUが資金を出した研究プロジェクトのデータベース。
8. 出典
- EU European Commission(EUの機関の紹介:役割、1958年設立、本部ブリュッセル、27人の委員、法案を出せるのは委員会のみ)。 https://european-union.europa.eu/institutions-law-budget/institutions-and-bodies/institutions-and-bodies-profiles/european-commission_en
- 欧州委員会 Commission staff(職員は約33,000名)。 https://commission.europa.eu/about/organisation/commission-staff_en
- EU Types of legislation(規則・指令・勧告などの違い)。 https://european-union.europa.eu/institutions-law-budget/law/types-legislation_en
- 欧州委員会 Horizon Europe(2021〜2027年の指標額、2028〜2034年の次期計画の提案)。 https://research-and-innovation.ec.europa.eu/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en
- 欧州委員会 COM(2024) 98 final「Advanced Materials for Industrial Leadership」(2024年2月27日)。 https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-7172-2024-INIT/en/pdf
- 欧州委員会 Implementation of the Actions on Advanced Materials(14の行動の進み具合。Materials Commons、IAM4EU、技術評議会)。 https://research-and-innovation.ec.europa.eu/research-area/industrial-research-and-innovation/chemicals-and-advanced-materials/advanced-materials-industrial-leadership/implementation-actions-advanced-materials_en
- 欧州委員会 Towards the Advanced Materials Act(先端材料法の準備。意見募集は2026年1月13日まで)。 https://research-and-innovation.ec.europa.eu/research-area/industrial-research-and-innovation/chemicals-and-advanced-materials/towards-advanced-materials-act_en
- 欧州議会 Legislative Train Schedule「Advanced Materials Act」(状態は「予告」、委員会の予定は2026年第4四半期。2026年9月20日時点)。 https://www.europarl.europa.eu/legislative-train/theme-a-new-plan-for-europe-s-sustainable-prosperity-and-competitiveness/file-advanced-materials-act
- 欧州委員会 COM(2025) 724 final「A European Strategy for Artificial Intelligence in Science」(2025年10月8日。RAISE)。 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52025DC0724
- 欧州委員会 Horizon Europe Work Programme 2026-2027, Part 7 Digital, Industry and Space(AIとデジタルによる材料開発の公募、日本との協力)。 https://ec.europa.eu/info/funding-tenders/opportunities/docs/2021-2027/horizon/wp-call/2026-2027/wp-7-digital-industry-and-space_horizon-2026-2027_en.pdf
- CORDIS Materials Commons for Europe (IA)(HORIZON-CL4-INDUSTRY-2025-01-MATERIALS-45)。 https://cordis.europa.eu/programme/id/HORIZON_HORIZON-CL4-INDUSTRY-2025-01-MATERIALS-45
- CORDIS Novel Materials Discovery | NOMAD CoE(H2020、助成契約951786)。 https://cordis.europa.eu/project/id/951786
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月22日/Troy Technical
本稿の数値は欧州委員会、EU、欧州議会の公式サイトと、欧州委員会の公式文書に基づきます。「提案」「予定」と書いたものは採択された内容ではありません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。
