COMPANY PROFILE / マテリアルインフォマティクス
Google ディープマインド
― 結晶の安定性をAIで予測し、「新材料220万種」を発表した計算側の研究組織
Google DeepMindは、Alphabet(Googleの親会社)のAI研究部門です。材料の分野では、2023年にGNoMEという深層学習モデルで 「220万の新しい結晶構造を、計算上安定と予測した」と発表し、大きな注目を集めました。 ただし、この数字は計算機の中の予測であり、実験で作ったものの数ではありません。 この発表には、他の研究者からの批判と、共同研究先(A-Lab)の論文の訂正(2026年1月)も続いています。 本稿では、会社の主張・計算上の予測・実験での確認・批判を分けて、一次資料で確認できた範囲だけを書きます。
- 30秒でわかるGoogle DeepMindと、マテリアルインフォマティクスでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- マテリアルインフォマティクスの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模(Alphabet全体は簡潔に)
- マテリアルインフォマティクスにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社はマテリアルインフォマティクスで何を目指しているか
- マテリアルインフォマティクス分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス(GNoMEの数字の読み方と批判)
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるGoogle ディープマインドと、マテリアルインフォマティクスでの立ち位置
マテリアルインフォマティクス(MI)とは、材料のデータと計算・AIを使って、新しい材料を効率よく探す取り組みです。 流れは大きく「データ → 予測・設計 → 実験で確かめる」の3段階です。 Google DeepMindが担っているのは、このうち主に「予測・設計」の段階です。
米国カリフォルニア州Mountain View。Nasdaq(GOOGL・GOOG)上場
(主たる類型)従たる類型として自動実験室を計画中(未確定)
うち38万が最安定計算(DFT)で安定と評価したもの。実験での確認ではない
独立に実験で実現外部の研究者が別の研究で得た構造との一致(論文の記載)
データはCC BY-NC 4.0データは非商用利用向け(GitHubの記載)
自動実験室を設立2025年12月の発表。稼働の確認はできなかった(未確定)
「AIが220万種の新材料を発見」という見出しの「発見」は、計算機の中で『安定と予測された結晶構造』の数です 事実。 安定かどうかは、第一原理計算(DFT)という物理に基づく計算で評価されました。 実際に作って測った数ではありません。 会社自身も、論文の中で「合成可能性(本当に作れるか)」は今後の課題と書いています。 その一方で、736件は外部の研究者が別途、実験で得た構造と一致したと報告されています。 この記事では、計算上の予測と実験での確認を、常に分けて書きます。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:本稿の「Google DeepMind」は、Alphabet傘下のAI研究組織を指します。 Alphabet Inc.(親会社・SEC提出書類の提出者)、Google LLC(Googleの事業会社)、 Google Research(別の研究組織。GNoME論文には1名の共著者が所属)とは区別して書きます。 10-Kに書かれているのはAlphabet全体の数字で、Google DeepMind単独の数字ではありません。
公式サイト:https://deepmind.google/3. マテリアルインフォマティクスの世界で、この会社はどこにいるか
図1のとおり、Google DeepMindは「基盤モデル・計算基盤」の類型です。 MIの流れ(データ → 予測・設計 → 実験)のうち、データ(既存の公開データベース)と計算の力でAIを作り、予測を出すことが中心です。 GNoMEの学習データは、Materials Projectという公開の材料データベースから取られています 事実。 実験で確かめる部分は、共同研究先のBerkeley Lab(米国ローレンス・バークレー国立研究所)のA-Labや、外部の研究グループが担ってきました。
基盤モデルは、大量のデータで学習して、さまざまな用途に使い回せるAIモデルのことです。 材料では「原子の並びから、その結晶がどれだけ安定か」を答えるモデルがその例です。 計算基盤は、そのモデルを作るための大量の計算機の力を指します。 GNoMEでは、後で出てくるDFT計算を「数億回規模」で行ったと論文に書かれています。 技術の細部は、本シリーズの技術解説『グラフニューラルネットワーク』『結晶構造予測と安定性』『高スループット計算』で説明しています。
4. 会社の規模(Alphabet全体は簡潔に)
Google DeepMindは、Alphabetの一部です。SEC(米国証券取引委員会)に提出される書類はAlphabet全体のもので、 Google DeepMind単独の売上・人員・予算は開示されていません 未確定/将来。 会社全体の規模だけを示します 事実。
| 指標(Alphabet全体・百万米ドル) | 2023年 | 2024年 | 2025年 |
|---|---|---|---|
| 売上高(Total revenues) | 307,394 | 350,018 | 402,836 |
| 研究開発費(Research and development) | 45,427 | 49,326 | 61,087 |
| 設備投資(Purchases of property and equipment) | 32,251 | 52,535 | 91,447 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 従業員数(2025年12月31日、Alphabet全体) | 190,820人 |
| 本社 | Mountain View, California(米国) |
| 上場 | Nasdaq Global Select Market(Class A:GOOGL、Class C:GOOG) |
| Google DeepMindの記載 | 10-K・直近の10-Q(2026年6月期)には、Google DeepMind・GNoME・材料科学の記載を確認できなかった |
上の数字はAlphabet全体のものです。研究開発費の約611億ドル(2025年)のうち、 Google DeepMindや材料向けの研究がいくらかは開示されていません。 Alphabet 10-Kの本文では、AIへの投資や、Other Bets(Waymo、創薬AIのIsomorphic Labsなど)には触れていますが、 材料AIには触れていません。会社の規模と、材料AIにかけている規模は別物です。
5. マテリアルインフォマティクスにかけているリソース
金額や人数は非公表ですが、公式資料から確認できたこと・できなかったことを4つの観点で整理します。
| 観点 | 確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | GNoME論文の著者6人のうち5人がGoogle DeepMind(Mountain View)、1人がGoogle Research所属。A-Lab論文には、Google DeepMind(ロンドン)の2人が共著者として入っている。材料AIに携わる人数の総数は非公表 | 事実/非公表 |
| 金 | 材料AI向けの研究開発費・設備投資・計算資源の額は開示なし。英国の自動実験室についても、金額・人員は公式資料に記載がない | 確認できなかった |
| 外部への出資・買収・合弁・売却 | 材料AIに関する出資・買収・合弁・売却は確認できなかった。Alphabetは、創薬AIのIsomorphic Labsを10-Kで「Other Bets」として挙げているが、材料ではなく創薬の会社 | 確認できなかった |
| 大学・研究機関・公的資金との連携 | (1) Berkeley Lab(A-Lab):論文を同日(2023年11月29日)にNatureに発表。(2) Materials Project:GNoME由来の材料データを提供。(3) 英国政府(DSIT):2025年12月の覚書で、自動実験室の立ち上げを支援。(4) 米国エネルギー省(DOE):Genesis Missionの支援として、新材料探索を含む共同研究を「探索する」と記載(具体的な契約は確認できなかった)。公的な研究資金の受領は確認できなかった | 事実/確認できなかった |
主要なモデル・データ・設備の状況
| 名称 | 種別 | 主要な仕様・条件 | 公開の形とライセンス | 段階・日付 |
|---|---|---|---|---|
| GNoME(モデル) | グラフニューラルネットワーク(結晶のエネルギー・安定性の予測) | GitHubで公開のモデルは、Materials Projectの2018年スナップショットで学習し、エネルギー誤差21 meV/atom(README)。論文の最終モデルは11 meV/atom・安定予測の的中率80%超(論文) | モデル定義とColabのコードを公開(Apache-2.0)。学習済みの重みの公開は、GitHubのREADMEからは確認できなかった | 公開(2023年11月) |
| GNoME(データ) | 計算で安定と評価された結晶構造のデータベース | 約38.1万件(最安定側)。2024年8月に、凸包から1 meV/atom以内のものも含め52万件超へ拡張(GitHub記載)。DFTはVASP、PBE汎関数が基本 | CC BY-NC 4.0(非商用)。「理論計算のみ、慎重に使うこと」との免責あり | 公開(2023年11月〜2024年8月) |
| NequIP(JAX実装) | 機械学習原子間ポテンシャルの構造 | GNoMEのデータで学習した原子間ポテンシャルに使用(論文)。元の構造はBatznerら(2022) | JAX実装と基本設定を公開(Apache-2.0) | 公開(2023年11月) |
| DM21 | ニューラルネットワーク型の密度汎関数 | 化学の大部分で当時の最高水準の精度と主張(Science、2021年)。コードを公開 | 公式ブログに「コードをオープンソースで公開」と記載。ライセンスは本稿では確認していない | 公開(2021年12月) |
| 自動実験室(英国) | Gemini連携のロボット合成・評価設備 | 「1日に数百種の材料を合成・評価する」と説明。場所・稼働日・設備の詳細は確認できなかった | 非該当 | 計画(2026年に設立予定と発表) |
GNoMEのデータは、学習も評価もDFTの計算結果が基準です 事実。 DFTの安定性は絶対零度(0 K)での、ある汎関数による計算値であり、実際の温度・雰囲気・不純物・欠陥・原子の入れ替わり(乱れ)は入っていません。 素材技術者が候補を見るときは、(1) 凸包からの距離(どれだけ安定側か)、(2) 乱れの影響を受けにくい組成か、 (3) 狙う機能(イオン伝導、超伝導など)の予測が別途あるか、を確認するのが現実的です。 データがCC BY-NC 4.0(非商用)である点は、企業の研究で使う前に必ず確認が必要です。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2021年12月 | ニューラルネットワーク型の密度汎関数DM21をScience誌で発表(公式ブログ) | DFTの精度を上げる研究。材料・化学の計算の土台に関わる |
| 2023年11月29日 | GNoMEをNature誌で発表。220万の結晶構造を「安定」と予測、38.1万が更新された凸包上。公式ブログで公表 | 会社の主張。計算上の予測が中心 |
| 2023年11月29日 | Berkeley LabのA-Lab論文が同日にNature誌で発表。GNoME等の計算を使って合成目標を選び、自動合成 | 予測を実験で確かめる側の取り組み(外部の研究グループの論文) |
| 2024年3月 | Leemanらが、A-Lab論文を検討した批判論文をPRX Energy誌に発表 | 実験の解析と新規性に疑問を呈した |
| 2024年4月 | CheethamとSeshadriが、GNoME論文を検討した論文をChemistry of Materials誌に発表 | 新規性・信頼性・有用性に疑問を呈した |
| 2024年8月 | GitHubでデータを拡張(凸包から1 meV/atom以内を含む52万件超) | データの文脈を広げた |
| 2024年12月〜2026年6月 | Materials ProjectにGNoME由来の材料が、より精度の高いr2SCAN計算つきで順次追加。2026年6月の更新で合計11.7万件 | 公開データベースへの取り込みが進行(Materials Projectの変更履歴) |
| 2025年12月10日 | 英国政府との提携を発表。2026年に英国で最初の自動実験室を設立する計画 | 予測だけでなく、合成・測定まで自前で持つ方向(計画) |
| 2025年12月11日 | 英国政府(DSIT)との覚書が公表。有効期間36か月 | 自動実験室の立ち上げ支援を含む |
| 2025年12月18日 | 米国DOEのGenesis Missionを支援すると発表。新材料探索を含む共同研究を探索する | 具体的な契約は確認できなかった |
| 2026年1月19日 | A-Lab論文の著者訂正(Nature)。成功数を「36種/57目標」に更新、新規性の表現を訂正 | 第10章で詳しく説明 |
7. 今後の計画
太陽電池、半導体公式ブログが例として挙げたもの。成果の約束ではない
これらはすべて会社の計画・目標であり、達成された事実ではありません 未確定/将来。 英国の自動実験室は、2025年12月の発表では「2026年に設立する」とされています。 本稿の確認日(2026年10月22日)に、公式資料で稼働や最初の成果を確認することはできませんでした。
次はいずれも公式資料に記載がありませんでした 未確定/将来。
自動実験室の所在地/稼働開始日/設備の構成(装置の種類・台数)/投資額・人員/最初に狙う材料の具体名。 GNoMEの後継モデルや、材料向けの新しい公開物についても、公式資料では確認できませんでした。
8. この会社はマテリアルインフォマティクスで何を目指しているか
ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 目標は「予測だけ」から「予測+自前の実験」への拡張 | 2025年12月に、Geminiと一体で動く自動実験室を英国に作ると発表。GNoMEは計算のみで、実験は外部(A-Labなど)が担当していた | 推測 |
| 材料探索を、Geminiなどの汎用AIの応用先の一つと位置づけている | 実験室を「Geminiと完全に統合」と説明。AlphaEvolveについてDOE向けブログが「材料科学にも変革をもたらしうる」と述べている | 推測 |
| データは公開して研究コミュニティに使ってもらう方針だが、商用は制限 | GNoMEデータをMaterials Projectに提供し、GitHubで公開。ライセンスはCC BY-NC 4.0 | 事実(公開の方針)/推測(商用制限の狙い) |
| 材料AIは、Alphabet全体の中で比較的小さな取り組みとみられる | 10-Kに材料の記載がない。一方でAIの記載は大きい | 推測 |
GNoME論文は、結論部分で合成可能性(実際に作れるか)が未解決の課題だと書いています 事実。 一方、2025年12月の発表は、自動実験室が「1日に数百種の材料を合成・評価する」ことで、 「変革的な新材料を見つけるまでの期間を大きく縮める」と説明しています。 ここから、会社は予測の次のボトルネックである『作って測る』部分を自前で持つ必要を認識している、と本稿は読みます 未確定/将来。
9. マテリアルインフォマティクス分野の提携マッピング
10. 提供している技術・製品・サービス
Google DeepMindが材料向けに公開しているのは、モデルの設計・データ・Colabのコードです。 有料のサービスや製品は、材料向けでは確認できませんでした。ここではGNoMEの仕組み、数字の条件、批判と再評価を順に説明します。
GNoMEの流れ(図解)
論文によれば、GNoMEは候補を作る方法を2つ持っています。 (1) 構造系:既知の結晶の元素を置き換えて候補を作る(置き換え確率を調整し、「対称性を考えた部分置換」という手法を追加)。 (2) 組成系:構造を決めず、化学式の候補から始める。 どちらも、AIで絞ってからDFTで確かめ、その結果を学習に戻す「能動学習」を6回繰り返しました 事実。
数字の読み方:何を、どの条件で測った数字か
| 数字(会社・論文の主張) | 条件・定義 | 性格 |
|---|---|---|
| 220万の結晶構造 | 2021年3月時点のMaterials Project・OQMDなどのスナップショットに対して「安定」とDFTで評価された構造。論文の表現は「previous workに対して安定」 | 計算上の予測 |
| 38.1万(更新された凸包上)、総計42.1万 | 競合する構造が互いに凸包を押し下げるため、最安定側として残った数。以前の安定結晶は約4.8万(2023年7月の外部データ) | 計算上の予測 |
| エネルギー予測誤差 11 meV/atom | 評価の分割は、組成の文字列のハッシュで学習85%/試験15%に分け、同じ組成が両方に入らないようにしている。初期モデルは21 meV/atom | モデルの精度(計算同士の比較) |
| 安定予測の的中率 80%超(構造系)/33%(組成のみ・100回あたり) | 先行研究では1%と論文が記載。ブログでは「Matbench Discoveryでの的中率が約50%から80%へ」とも説明 | モデルの効率(計算同士の比較) |
| 736件が独立に実験で実現 | ICSD(実験構造のデータベース、2023年1月に照会)との構造一致。組成が一致した4,235件のうち、構造を読み込めた4,180件を比較。論文は「下限値の可能性が高い」と記載。184件はプロジェクト開始後の新規発見 | 実験での確認(ただし外部の研究による) |
| 84%が高精度計算でも安定 | 二元・三元の結晶に対し、より精度の高いr2SCAN汎関数で再計算 | 計算上の予測(別の汎関数での検証) |
「220万の新しい結晶」には、既知の構造と同じ型の組成違いが多く含まれます。論文自身も、新規な構造の型(プロトタイプ)は約4.55万と数えています 事実。 材料科学では、「新材料」を新しい組成とみる立場と、新しい構造型とみる立場があります。 どちらの意味で使っているかを確認しないと、数字を比べられません。
批判と再評価(中立に併記)
| 資料 | 対象 | 内容の要点(各資料の記載) |
|---|---|---|
| Cheetham・Seshadri(Chem. Mater.、2024年4月) | GNoME論文 | 「新規性・信頼性・有用性」の3つを満たす化合物の証拠が乏しいと指摘。手法には可能性があるとしつつ、合成と結晶学の専門知識を取り入れる必要を述べる |
| Leemanら(PRX Energy、2024年3月) | A-Lab論文(GNoME等から選んだ目標の自動合成) | 報告された43の生成物を検討し、新材料の発見はなかったと結論。自動のリートベルト解析はまだ信頼できず、原子の入れ替わり(乱れ)が軽視されていると指摘。成功した材料の3分の2は、既知の「乱れ版」の可能性が高いと主張 |
| A-Lab論文の著者訂正(Nature、2026年1月19日) | A-Lab論文 | 著者は、新規性の主張は「予測プラットフォームにとって新しい」という意味で、必ずしも科学として新しいことではなかったと説明。回折の再解析で、40件の報告のうち36件でプラットフォームの結論が正しく、4件は不確定とした。成功数は「36種/57目標」に更新、1化合物を議論から除外 |
| GNoME論文の本文 | GNoME論文 | 合成可能性、競合する多形、動的安定性などが未解決の課題と記載。将来の発見で凸包から外れうるとも記載(少なくとも5,000件の既存の「安定」材料を凸包から押し出したとも書く) |
これらは評価の分かれる問題であり、本稿はどちらが正しいかを決めません。確認できる事実は次のとおりです。 (1) A-Lab論文は、自動合成について著者自身が数字と表現を訂正した。 (2) 公式ブログには、確認日時点で「41種の新材料」という記載が残っている。論文本体の数字(36種/57目標)と異なるため、ブログの数字は古い版のものとして読む必要がある。 (3) GNoME論文本体については、今回確認した範囲で、著者による訂正は見つからなかった。
この取り組みで、素材技術者に直接関わるのは次の3点です 事実。
(1) 候補リストとして使う。データは「作れる候補」ではなく「計算上安定そうな構造の一覧」です。 実験で作るには、前駆体、焼成温度、雰囲気、混合の均一さなど、計算に入っていない条件を詰める必要があります。 A-Lab論文は、57目標のうち合成できなかった17件の原因を、反応の遅さ(11件)、前駆体の揮発、非晶質化、計算の不正確さに分けて報告しています。予測が「安定」でも、作れるとは限りません。
(2) 乱れに注意。批判論文が指摘したように、AIが出す構造は「各原子が決まった位置にいる」秩序構造です。 実際の材料では原子が入れ替わった固溶体になることがあり、同じ組成でも別の物質になります。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 「新材料」の主張への疑義 | 外部の2件の査読論文が新規性や実験解析に疑問を呈し、A-Lab論文は著者訂正に至った。GNoME論文自体の訂正は確認できなかったが、新規性の定義が議論の的になっている | 事実 |
| 実験での確認が外部頼み | GNoMEの検証は、既存のデータベースとの照合と、外部の実験に依存している。自前の実験室は計画段階 | 事実 |
| データの商用利用制限 | GNoMEのデータはCC BY-NC 4.0(非商用)。企業が製品開発に使うには別途の確認が必要 | 事実 |
| 自動実験室の立ち上がりが未確認 | 2026年設立の計画だが、稼働を公式資料で確認できなかった。計画どおりに進むかは不明 | 未確定/将来 |
| 材料AIの継続投資が外から見えない | Alphabetの開示に材料AIの記載はなく、投資額・人員は非公表。事業としての位置づけは外部から確認できない | 推測 |
| 計算の前提による限界 | 0 Kでの秩序構造のDFT計算が基準で、温度・乱れ・欠陥・界面は評価に入っていない | 事実 |
12. 用語集
- マテリアルインフォマティクス(MI)
- 材料のデータと計算・AIで、新しい材料を効率よく探す取り組み。
- GNoME
- Graph Networks for Materials Exploration。結晶の安定性を予測するGoogle DeepMindのモデルと、その成果のデータベース。
- グラフニューラルネットワーク
- 原子を点、結合を線とみなした「グラフ」を入力にするAI。結晶の予測に向く。
- DFT(密度汎関数理論)
- 電子の振る舞いから、原子の並びのエネルギーを計算する物理計算の方法。正確だが時間がかかる。
- 凸包(convex hull)
- ある元素の組合せで「最も安定な組み合わせ」を結んだ線。この線より上の物質は、分解したほうが安定とみなされる。
- 能動学習
- AIが予測し、計算で確かめた結果を学習に戻して、少ない計算で精度を上げる繰り返しの方法。
- A-Lab
- 米国ローレンス・バークレー国立研究所の、ロボットで粉末材料を自動合成する実験室。Google DeepMindの会社の設備ではない。
- ICSD
- 実験で確かめられた無機結晶の構造データベース。
- Materials Project
- 計算で求めた材料のデータを公開している米国の大規模データベース。
- 機械学習原子間ポテンシャル
- 原子の間に働く力をAIで素早く計算する方法。分子動力学シミュレーションに使う。
- CC BY-NC 4.0
- 出典を示せば自由に使えるが、商用は不可、というライセンス。
- 10-K
- 米国上場企業がSECに提出する年次報告書。
13. 出典
- Alphabet Inc. Form 10-K for the fiscal year ended December 31, 2025(米国SEC提出、2026年2月5日)。会社全体の売上・研究開発費・設備投資・従業員数、事業内容、Other Betsの記載。Google DeepMind・GNoME・材料科学の記載がないことの確認にも使用。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1652044/000165204426000018/goog-20251231.htm
- Google DeepMind Millions of new materials discovered with deep learning(公式ブログ、2023年11月29日)。GNoMEの概要、220万・38万の数字、736件の独立した実験的実現、A-Labの記述。 https://deepmind.google/blog/millions-of-new-materials-discovered-with-deep-learning/
- Nature Merchant, A. et al. “Scaling deep learning for materials discovery”, Nature 624, 80–85(2023年11月29日、DOI 10.1038/s41586-023-06735-9、CC BY 4.0)。手法・評価条件・検証の詳細。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06735-9
- Google DeepMind(GitHub) google-deepmind/materials_discovery のREADME・DATASET.md。公開物の内容、ライセンス(コードApache-2.0、データCC BY-NC 4.0)、2024年8月のデータ拡張。 https://github.com/google-deepmind/materials_discovery
- Nature Szymanski, N. J. et al. “An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of inorganic materials”, Nature 624, 86–91(2023年11月29日、DOI 10.1038/s41586-023-06734-w。2026年1月19日の訂正反映版を確認)。 https://www.nature.com/articles/s41586-023-06734-w
- Nature Author Correction: An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of inorganic materials, Nature 650, E1(2026年1月19日)。新規性の表現の訂正、結果の再解析、成功数の更新。 https://www.nature.com/articles/s41586-025-09992-y
- Chemistry of Materials(ACS) Cheetham, A. K.; Seshadri, R. “Artificial Intelligence Driving Materials Discovery? Perspective on the Article: Scaling Deep Learning for Materials Discovery”(2024年4月8日、DOI 10.1021/acs.chemmater.4c00643)。書誌情報はCrossref APIで確認。 https://doi.org/10.1021/acs.chemmater.4c00643
- PRX Energy(APS) Leeman, J. et al. “Challenges in High-Throughput Inorganic Materials Prediction and Autonomous Synthesis”, PRX Energy 3, 011002(2024年3月7日、DOI 10.1103/PRXEnergy.3.011002)。 https://doi.org/10.1103/PRXEnergy.3.011002
- Google DeepMind Our partnership with the UK government(公式ブログ、2025年12月10日)。英国での自動材料実験室の計画。 https://deepmind.google/blog/strengthening-our-partnership-with-the-uk-government-to-support-prosperity-and-security-in-the-ai-era/
- GOV.UK Memorandum of Understanding between the UK and Google DeepMind on AI opportunities and security(2025年12月11日公表)。自動研究開発・実験施設の立ち上げ支援、有効期間36か月。 https://www.gov.uk/government/publications/memorandum-of-understanding-between-the-uk-and-google-deepmind-on-ai-opportunities-and-security/memorandum-of-understanding-between-the-uk-and-google-deepmind-on-ai-opportunities-and-security
- Google DeepMind Google DeepMind supports the U.S. Department of Energy on Genesis(公式ブログ、2025年12月18日)。全米17の国立研究所への提供プログラムと、新材料探索を含む共同研究の検討。 https://deepmind.google/blog/google-deepmind-supports-us-department-of-energy-on-genesis/
- Materials Project Database Versions(変更履歴)。GNoME由来の材料の追加状況(2024年12月〜2026年6月)とBY-NCライセンスの注記。 https://docs.materialsproject.org/changes/database-versions
- Google DeepMind Simulating matter on the quantum scale with AI(公式ブログ、2021年12月)。密度汎関数DM21(Science誌、DOI 10.1126/science.abj6511)の概要。 https://deepmind.google/blog/simulating-matter-on-the-quantum-scale-with-ai/
- Google DeepMind 公式サイト(ロゴの取得元:サイトのナビゲーション用ロゴ画像)。 https://deepmind.google/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月22日/Troy Technical
本稿の数値は、Alphabetが米国証券取引委員会(SEC)に提出した10-K、Google DeepMindの公式資料、Nature等の査読論文、公的機関の公表資料に基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。「新材料○万種」などの数字は会社・研究グループの主張として書いており、計算上の予測と実験での確認を区別しています。株価・評価額・投資判断には触れていません。
