TECHNOLOGY EXPLAINER
量子化学・材料シミュレーション
― 電子の量子的な性質を、量子コンピュータで計算するとは
触媒、電池、磁石、超伝導。物質の性質は、電子の量子的なふるまいで決まります。ところが、電子が増えると、それを厳密に計算するための数が爆発的に増え、古典コンピュータでは手に負えなくなります。量子コンピュータは、その計算に向くと期待されてきました。この記事では、なぜ難しいのかを図と小さな数値で理解し、量子コンピュータでの計算の流れ(位相推定・VQE・サンプル型の方法)を説明します。そのうえで、実機で試された分子の規模と精度、必要になる規模の見積り、古典の最良の手法との比較を、誇張せずに、素材技術者の目線で整理します。
- 3行でわかる/読む前に/シリーズの中での位置
- なぜ分子や材料を、量子コンピュータで計算したいのか
- 電子の量子的な性質 ― なぜ「数」が爆発するのか
- 古典の計算手法 ― どこまで担い、どこで苦しくなるか
- 量子コンピュータでの計算の流れ
- 実機で試された分子の規模と精度 ― 誇張しない
- 必要になる規模の見積り ― 年々下がっているが、将来の話
- 古典との比較 ― 見解は分かれている
- 材料のシミュレーション ― 格子の模型と、分子との違い
- 素材技術者から見て
- 限界と、確認できなかったこと/まとめ
- 評価・標準の読み方
- 用語集
- 参考資料(一次情報)
- 主張と出典の対応表(監査)
事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標・草案・改訂中・策定中・見通しなど、確定していない事項
このほか、素材技術者向けの読み取りは「解説」として区別しています。推測は太字で示します。企業の発表は「企業の主張」と明記します。
1. 3行でわかる/読む前に/シリーズの中での位置
- 分子や材料の性質は、電子のふるまい(量子力学)で決まります。電子が増えると、厳密に計算するための数が組合せ的に増え、古典コンピュータでは約22電子・22軌道あたりが限界とされます。Feynman(1982)以来、「量子の系は量子の計算機で」という期待があります事実[参考資料1・17]
- 実機で試された分子は小さく、古典で正確に解ける規模が多い。最大級の例(77量子ビット)も、量子の部分は配置のサンプルを出すだけで、残りは古典のスーパーコンピュータが担う方式です。必要な規模の見積り(FeMoco で約400万の物理量子ビット)は、将来の誤り訂正つきの機械を前提にしています事実[参考資料17・21]
- 量子が古典に勝つかは、研究者の間でも見解が分かれます。この記事は、期待と現状を並べ、結論を出しません。強い電子相関をもつ少数の軌道(活性空間)が、有力な標的と考えられています事実[参考資料26・23・27]
量子ビットの状態は矢印(北極が0、南極が1、斜めが重ね合わせ)、測ると0か1に決まる、というたとえを使います(本シリーズ「量子コンピュータの基礎」編)。化学の用語(軌道、基底、電子相関)は、本文で初出のときに説明します。この記事は単独でも読めるよう書いています。
「古典コンピュータ」は、ふつうのコンピュータ(スーパーコンピュータを含む)のことです。「ハートリー(Ha)」は、分子のエネルギーを表す単位で、1 Ha ≒ 27.2 eV ≒ 627.5 kcal/mol です。
「量子アルゴリズム」→「NISQとハイブリッド計算」→この記事(量子化学・材料シミュレーション)→「産業応用の現実」の順がおすすめです。VQE の仕組みは「NISQとハイブリッド計算」編、優位性の主張の読み方は「量子優位性の読み方」編、誤り訂正は「量子誤り訂正と表面符号」編で扱います。AI による材料探索は、本シリーズ「マテリアルインフォマティクス」編で扱います。
2. なぜ分子や材料を、量子コンピュータで計算したいのか
化学反応が起きるか、触媒がよく働くか、材料が磁石になるか。こうした性質は、原子の中の電子のふるまいで決まります。電子の状態は、シュレーディンガー方程式で決まります。分子の「いちばん低いエネルギー」(基底状態のエネルギー)が分かれば、安定な構造や、反応の起こりやすさを予測できます。
必要な精度は高いものです。総説は、エネルギーを化学精度(1.6×10⁻³ ハートリー)以内で求めることを目標にします。この精度があれば、室温での反応速度を、桁の範囲で予測できます事実[参考資料4]。換算すると、1.6 mHa ≒ 1.0 kcal/mol ≒ 4.2 kJ/mol ≒ 0.044 eV です本稿の計算。
反応速度は、エネルギーの障壁の高さに指数関数的に敏感だからです。300 Kでは kT ≒ 0.596 kcal/mol なので、障壁の誤差が1 kcal/mol(化学精度)なら、速度の見積りは約5.4倍(e1/0.596)ずれます。誤差がその10倍(約16 mHa)なら、約2×10⁷倍ずれます本稿の計算。エネルギーの誤差が小さく見えても、速度や選択性の予測には大きく響くのです(本記事の換算。定数は標準値)。
Feynman は1982年に、量子の系を古典のコンピュータで計算するのは本質的に難しく、量子の性質をもつ計算機で行うのが自然だ、と論じました事実[参考資料1]。Lloyd(1996)は、量子コンピュータが量子の系を効率よく真似できること(普遍的な量子シミュレーター)を示し事実[参考資料2]、Aspuru-Guzik ら(2005)は、分子のエネルギーを量子コンピュータで求める方法を提案しました事実[参考資料3]。
3. 電子の量子的な性質 ― なぜ「数」が爆発するのか
電子は、1個ずつ独立に動いているのではなく、互いに避け合いながら動いています。1個が近づけば、別の1個は遠ざかる。この「電子どうしの関係」を電子相関といいます。もし電子が独立なら、1個ずつ計算して足し合わせればよいのですが、相関があると、全部の電子の状態をいっぺんに扱う必要があります。
ハートリー・フォック法は、左の考え方(平均の場)で、動的相関と静的相関の影響を無視します。静的相関は、複数の電子配置が同じくらい重要になるときに生じ、結合を切るときや、遷移金属を含む系で現れます。相関が強い系は、波動関数の「もつれ」が大きく、触媒や高温超伝導体に多いと考えられています事実[参考資料4]。
(1) 全部の組合せを数える:フルCIの次元
では、厳密な計算に必要な数は、どのくらいでしょうか。n 個の軌道(電子が入る「部屋」)に、上向きスピンの電子 n/2 個と下向きスピンの電子 n/2 個を入れる入れ方は、C(n, n/2)² 通りです(フルCI=配置間相互作用の次元)。
- 10電子・10軌道は 6.4×10⁴ 通りで、ノートパソコンで一瞬です。18電子・18軌道で約2.4×10⁹ 通り(約19 GB)、22電子・22軌道で約5.0×10¹¹ 通り(約4 TB)になります本稿の計算
- Robledo-Moreno らの論文は、フルCI の限界は約22電子・22軌道(22e,22o)、26電子・23軌道(26e,23o)だと述べています事実[参考資料17]。上の本稿の計算と、桁の感覚が合っています
- 50電子・50軌道では約1.6×10²⁸ 通り、FeMoco の活性空間(54電子・54軌道)では約3.8×10³⁰ 通りです本稿の計算。1軌道の増加で数が約2桁ずつ増えるため、計算機が速くなっても、厳密な計算の限界はほとんど動きません
量子コンピュータでは、1つのスピン軌道に1つの量子ビットを割り当て、「その軌道に電子がいない=0、いる=1」と表します(ジョルダン=ウィグナー変換の基本形事実[参考資料4])。n 個の軌道なら 2n 個の量子ビットで、22n 通りの状態を(重ね合わせで)持てます。状態の数が指数的に増えるのは、量子コンピュータにとっても同じですが、量子ビットの数は「2n 個」で済みます。これが、量子コンピュータが量子の系の計算に向くとされる理由です。
4. 古典の計算手法 ― どこまで担い、どこで苦しくなるか
量子コンピュータの話の前に、古典の手法を整理しておきます。古典の方法は、とても強力です。ほとんどの分子・材料の計算は、今も古典で行われ、量子コンピュータが出る幕はありません。
| 手法 | 考え方 | 強いところ・コスト | 苦手なところ |
|---|---|---|---|
| ハートリー・フォック(HF) | 各電子は他の電子の平均の場を感じる | 他の方法の出発点事実[参考資料4] | 動的相関・静的相関を無視事実[参考資料4] |
| 密度汎関数法(DFT) | 電子の密度から基底状態のエネルギーを求める(Hohenberg と Kohn 1964、Kohn と Sham 1965)[参考資料7・8]事実 | 広く使われ、大きな系も扱える(本記事による解説) | 近似の課題がある。Cohen らの総説が整理(強い相関など)[参考資料9]事実 |
| 結合クラスター法 | 相関を系統的に取り込む。CCSD(T) は、より高い精度のための方法で、時間はおよそ M⁷(M は軌道数)事実[参考資料4] | 高い精度が出せる範囲では強力 | 大きな系では高コスト。静的相関が強い系で難しい(本記事による解説) |
| 密度行列繰り込み群(DMRG) | もつれの構造を使って、状態を小さな部品の列で表す(White 1992)[参考資料10]事実 | 強相関の参照計算に使われる。Goings らは P450 のモデルで DMRG を古典の基準にした[参考資料23]事実 | もつれが大きいと難しい(本記事による解説) |
| フルCI | 基底の中で厳密に解く | 厳密(その基底の中で) | 状態数が組合せ的に増え、約22電子・22軌道が限界事実[参考資料17] |
各手法の整理。コストの式は、確認できたもの(CCSD(T))だけ示しました。他の方法のコストの表し方は、本稿では確認していません。
量子コンピュータが有望とされるのは、強い電子相関をもつ少数の軌道の高精度な計算です。弱い相関の大きな系や、構造・熱力学の広い探索は、古典の方法が実用上十分で、はるかに安く速い場合がほとんどです(本記事による解説)。実際の使い方としては、古典と量子の組合せ(古典で全体を扱い、量子は難しい一部だけ)が想定されています。Bauer らの総説も、「任意のシミュレーションが量子コンピュータで速くなるとは期待できず、優位が得られる領域を慎重に見極める必要がある」と述べています事実[参考資料6]。
5. 量子コンピュータでの計算の流れ
分子の計算を量子コンピュータに載せるには、いくつかの準備が要ります。まず古典コンピュータで、分子の形と基底から、エネルギーの式の係数(積分)を計算します。次に、強い相関をもつ軌道だけを選び(活性空間)、それを量子ビットに写し、初期状態を用意して、最後にエネルギーを読み出します。
元のSVG・数値・出典を確認する
元SVGの説明:概念図(ベクター作図)。分子の計算を量子コンピュータに載せる流れ。青は古典コンピュータ、橙は量子コンピュータの仕事。
エネルギーを読み出す方法(⑥)には、大きく3つあります。それぞれ、誤り訂正への依存と、結果の確かさが違います。
| 方法 | 仕組み | 回路の長さ | 結果の確かさ |
|---|---|---|---|
| 量子位相推定(QPE) | 時間発展の位相(回転の速さ)を干渉で読み、エネルギーを求める(Kitaev 1995、Abrams と Lloyd 1999)[参考資料11・12]事実 | 長い(誤り訂正が前提) | 精度を理論的に制御できる。必要な規模の見積りの多くはこの方法(第7章) |
| VQE | 短い回路のつまみを古典が調整し、エネルギーを下げる(「NISQとハイブリッド計算」編)[参考資料14・15]事実 | 短い(NISQ の装置で可能) | ヒューリスティック。測定の数が多く、精度の保証は弱い(NISQ 編) |
| サンプル型(SQD) | 量子の装置で電子の配置をサンプルし、古典のスーパーコンピュータで小さな部分空間を対角化する(Robledo-Moreno ら 2025)[参考資料17]事実 | 比較的短い | エネルギーの上限値と疎な波動関数が得られる。古典の手法より効率が悪いという分析もある(第6章) |
方法の整理は本記事の解説です(参考資料の記述にもとづく)。
(1) 位相推定の直感 ― 矢印の「回る速さ」を読む
位相推定は、「時計の針の回る速さから、エネルギーを読む」と考えると分かりやすくなります。量子ビットの矢印は、時間とともに、エネルギーに比例した速さで回ります。針が速く回る状態ほどエネルギーが高い、というわけです。ごくわずかにエネルギーの違う2つの状態も、長く回し続ければ、針の向きの差が大きくなって見分けられます。
精度を上げるには、長い時間 t が要り、回路が長くなります。長い回路は、誤りが積み重なって、結果が壊れます(「NISQとハイブリッド計算」編の図:誤り0.1%でも1,000ゲートで成功確率は約37%)。そのため、必要な規模の見積りの多くは、誤り訂正をした論理量子ビットで位相推定を行うことを前提にしています(第7章)。
6. 実機で試された分子の規模と精度 ― 誇張しない
ここまでの理屈が、実機でどこまで確かめられたかを、時系列で整理します。結論を先に言うと、実機で試された分子は小さく、多くは古典で正確に解ける規模です。これは「期待外れ」ではなく、装置の質を段階的に確かめている状態、と読むのが公平です。
| 実験 | 装置・規模 | 何を求めたか | 精度・読み方の注意 |
|---|---|---|---|
| Lanyon ら(2010) | 光量子 | H₂(最小基底)のエネルギーを位相推定で | 最小の分子。原理の実証事実[参考資料13] |
| Peruzzo ら(2014) | 光量子(小規模) | HeH⁺ の基底状態のエネルギー(VQE) | 化学精度の範囲と報告。2電子の小さな分子事実[参考資料14] |
| Kandala ら(2017) | 超伝導、最大6量子ビット | H₂、LiH、BeH₂ の基底状態のエネルギー(VQE) | 装置のノイズを入れた数値計算と一致。古典で厳密に解ける小分子事実[参考資料15] |
| Google(2020) | 超伝導、12量子ビット、2量子ビットゲート78個 | H₆〜H₁₂ の水素の鎖の結合エネルギーと、ジアゼンの異性化のモデル | 用意したのは、古典で簡単に求まるハートリー・フォック状態。軌道を回す操作の精度を試す実験事実[参考資料16] |
| Robledo-Moreno ら(2025) | IBM Heron(最大77量子ビット)+富岳 | N₂(58量子ビット)、[2Fe-2S](45)、[4Fe-4S](77)の基底状態 | エネルギーの上限値と疎な波動関数。フルCI の限界を超える規模だが、量子は配置のサンプルを出し、残りは古典事実[参考資料17] |
| Yamamoto ら(Quantinuum、2025–2026) | トラップドイオン H2-2、[[7,1,3]] カラー符号で符号化 | H₂ の基底状態のエネルギー(QPE) | 誤り訂正つきの QPE の最初のエンドツーエンドの実演とされる。厳密値(基底内)との差は 0.001(13) ハートリーで、誤差棒(±0.013)は化学精度(0.0016)より大きい事実[参考資料19] |
各論文の記載の整理(確認日 2026年10月16日)。規模は論文の記載で、方式・誤り率・古典の役割が異なるため、並べて優劣をつけないでください。
SQD(サンプル型)の評価は、見解が分かれています。Robledo-Moreno らは、現在の誤り率でも、量子と古典を組み合わせた構成で、フルCI の限界を超える大きさの化学の問題に取り組めると述べます事実[参考資料17]。一方、Reinholdt らは、N₂ と [2Fe-2S] の数値解析で、サンプル型の方法(QSCI・SQD)には、同じ配置を何度もサンプルしてしまう効率の悪さがあり、古典のより効率的な方法に及ばないと分析しています事実[参考資料18]。どちらが正しいかは、本稿では判断しません。この方法が実用になるかは、古典の最良の手法との比較条件を揃えた結果が必要です。
この実験で得られたのは、エネルギーの上限値と、波動関数の疎な近似です事実[参考資料17]。量子コンピュータは、電子の配置の「候補」をサンプルする役割で、エネルギーの計算そのものは、古典のスーパーコンピュータ(富岳)が担います。また、同じ系を古典で解いた最良の結果との比較条件は、論文ごとに確認が必要です。正しい読み方:量子と古典を組み合わせる新しい構成の最初の実証であり、「量子コンピュータが分子を正確に解いた」わけではありません。
7. 必要になる規模の見積り ― 年々下がっているが、将来の話
「実用の分子」を量子コンピュータで計算するには、どのくらいの規模が要るのでしょうか。研究者は、誤り訂正をした機械で位相推定を行うと仮定して、資源の見積り(論理量子ビットの数、ゲートの数、実行時間)を出してきました。見積りは、アルゴリズムの改良で年々下がっています。ただし、見積りは、将来の機械を前提にした計算で、今ある機械の性能ではありません。
| 研究 | 対象 | 見積り(論文の記載) | 条件・注意 |
|---|---|---|---|
| Reiher ら(2017) | FeMoco(窒素固定酵素の活性中心) | 誤り訂正の負担を含めても、小規模な量子コンピュータで妥当な時間で計算できる、と結論[参考資料20]未確定/将来 | 要旨に数値の記載なし。FeMoco の活性空間は54電子・108スピン軌道(Lee ら) |
| von Burg ら(2021) | CO₂ をメタノールにするルテニウム触媒 | それまでのアルゴリズムより1桁以上の改善[参考資料22]未確定/将来 | 二重因子分解の新しいアルゴリズム |
| Lee ら(2021) | FeMoco | 約400万の物理量子ビット、4日未満[参考資料21]未確定/将来 | サイクル時間 1 µs、物理ゲートの誤り率 0.1% 以下、表面符号を仮定。テンソル超縮約(THC)を使用 |
| Goings ら(2022) | シトクロム P450 のモデル | 古典の DMRG・CCSD(T) の収束と、量子の位相推定の資源を比べ、量子優位の問題になりうると結論[参考資料23]未確定/将来 | 見積りにもとづく。古典・量子の両方の資源を並べた点が特徴 |
| Caesura ら(2025) | P450 など | 先行のアルゴリズムより、見積りの実行時間が約2桁短い[参考資料24]未確定/将来 | 光量子の誤り耐性機(アクティブ・ボリューム構成)を想定した見積り |
| Low ら(2025) | Fe–S 複合体と CO₂ 固定触媒のモデル | エネルギー推定が、従来より4〜195倍速い[参考資料25]未確定/将来 | スペクトル増幅という新しい手法 |
各論文の記載の整理。資源の見積りは、仮定(サイクル時間、誤り率、符号)に強く依存します。確認日 2026年10月16日。
見積りが下がっていること自体は、前向きな材料です。ただし、実現の時期は未確定です。誤り訂正をした大規模な機械が、いつ・どの方式で実現するかは、この記事の範囲ではなく、本シリーズ「論理量子ビットと耐故障量子計算」編と「各国の量子戦略」編で扱います未確定/将来。
8. 古典との比較 ― 見解は分かれている
「量子コンピュータは、化学で古典に勝てるのか」という問いに、研究者の見解は分かれています。主な立場を、並べて紹介します。
| 立場 | 主張(論文の記載) | 読み方 |
|---|---|---|
| 慎重派:Lee ら(2023) | 基底状態のエネルギー推定で、化学空間にわたる指数的な量子優位の証拠はまだ見つかっていない。量子コンピュータが役立つ可能性は残るが、指数的な高速化が一般に得られるとは考えないほうがよい[参考資料26]事実 | 指数的な優位がなくても、多項式的な高速化や定数倍で意味がある可能性は否定していない |
| 標的を絞る立場:Goings ら(2022) | P450 のモデルを、古典の収束解析と量子の資源見積りで比べ、量子優位の問題になりうると述べる[参考資料23]事実未確定/将来 | 特定の系・見積りにもとづく。「ありうる」という表現 |
| 実用性を限定する立場:Hoefler ら(2023) | 実用的な量子優位に必要なのは、小さなデータの問題と超二次の高速化。多くの提案された応用はその条件を満たさないが、材料科学と化学には大きな可能性がある[参考資料27]事実 | 応用全体の中での位置づけ。化学は有望な例外 |
| 総説:Bauer ら(2020) | 任意のシミュレーションが速くなるとは期待できず、優位が得られる領域を慎重に見極める必要がある[参考資料6]事実 | 「どの問題か」を絞ることが前提 |
各論文の記載の整理。優劣を決めるものではありません。
9. 材料のシミュレーション ― 格子の模型と、分子との違い
材料(固体)の性質は、分子と同じく電子のふるまいで決まりますが、原子が周期的に並ぶので、「格子の上の電子」という簡単な模型で調べることがよくあります。代表がハバード模型で、各サイトに電子が入り、となりのサイトへ飛び移る しやすさ(t)と、同じサイトに2個いるときの反発(U)の2つだけで決まります。この2つの競り合いで、磁性や超伝導のような振る舞いが生まれると考えられています。
- 格子の模型は、分子の電子状態より量子ビットに写しやすく、近い将来の実験の対象として有望な候補に挙げられています(2次元フェルミ・ハバード模型、スピン模型など)事実[参考資料5・6]。Google は2020年に、1次元ハバード模型の電荷とスピンが別々の速さで広がる様子を、16量子ビット・600を超える2量子ビットゲートで観測しました事実[参考資料28]。
- Quantinuum は2026年に Nature で、イジング模型の時間発展を、古典のシミュレーション手法には極めて難しい時間の長さまで観測し、拡散係数を求めたと報告しました(ゲートの質:2量子ビットの部分エンタングラーの忠実度 99.94(1)%)事実[参考資料29](企業の報告)。
- どちらも、模型の振る舞いを調べた実験で、実在の材料の物性値を出したものではありません。模型が実在の材料をどれだけ表すかは、別の問題です(本記事による解説)。
Google の Quantum Echoes(2025)は、物理量の測定で「古典の約13,000倍の時間がかかる」と見積もられる課題を示しました。同じ研究の流れで、核磁気共鳴(NMR)のデータと組み合わせて分子の構造を調べる応用が、別の論文(査読前)で示されましたが、Google 自身が「この最初の実証は、まだ古典を超えていない」と述べています事実[参考資料30]。「量子優位が示された課題」と「分子に役立つ課題」は、まだ重なっていません(「量子優位性の読み方」編)。
10. 素材技術者から見て
FeMoco の例では、計算の対象は、鉄・モリブデン・硫黄などを含む巨大な酵素のうち、54電子・54軌道の活性空間です事実[参考資料21]。残りの部分(周りのタンパク質、溶媒、構造の揺らぎ)は、古典の方法が担います。素材の現場に置き換えると、「触媒の活性点だけを量子で、担体・溶媒・温度の効果は古典で」という分担のイメージです(本記事による解説)。
したがって、素材技術者が「量子コンピュータで計算できる」と聞いたときに確かめることは3つです。①どの活性空間か(何電子・何軌道。古典の DMRG や CCSD(T) で届く規模ではないか)。②活性空間の外側の扱い(構造・溶媒・界面を、どの精度で入れたか)。③実験値と比べたか(エネルギーが化学精度で合っても、実験で測る量と直結するとは限りません)。
古典の側も、機械学習による原子間ポテンシャルなど、速い方法が急速に進んでいます(本シリーズ「マテリアルインフォマティクス」編で扱います)。素材の探索では、数多くの候補を速くふるいにかける用途で古典の方法が強く、量子コンピュータは少数の難しい系を高精度で計算する用途、と役割が違うと考えられます(本記事による解説)。
もう1つ大切なのは、エネルギーの精度より前に、モデルの誤差が支配することが多い点です。構造の違い、溶媒、温度、界面、欠陥といった要因は、電子状態の計算の精度とは別に、実験との差を生みます(本記事による解説)。量子コンピュータで化学精度が得られても、実験と合うかは別の確認が要ります。
11. 限界と、確認できなかったこと/まとめ
(1) 確認できなかったこと
- Reiher ら(2017)の FeMoco の見積りの具体的な数値は、要旨に記載がなく、確認していません。
- Peruzzo ら(2014)・Lanyon ら(2010)の量子ビット数などの詳細は、要旨に記載がないため書いていません。
- SQD の実験のエネルギーの誤差の大きさ(古典の最良の結果との差)は、本稿では確認していません。
- DFT・DMRG などの計算コストの式は、確認できたもの(CCSD(T) の約 M⁷)以外は示していません。
- 実機で材料の物性値を、古典の最良の手法を上回る精度で求めた第三者検証済みの例は、確認できませんでした。
- ISO/IEC 4879:2024 の本文は有料で、量子化学に関する用語の有無は確認できませんでした。化学・材料向けの量子コンピュータの性能を定める標準は確認できませんでした。
- 電子が増えると、厳密な計算の数が組合せ的に増えます(22電子・22軌道で約5×10¹¹、50電子・50軌道で約1.6×10²⁸)。フルCI の限界は約22電子・22軌道です本稿の計算事実
- 量子コンピュータは、1スピン軌道に1量子ビットを使い、位相推定・VQE・サンプル型で、エネルギーを読み出します。位相推定は長い回路で、誤り訂正が前提です事実
- 実機で試された分子は小さく、多くは古典で正確に解けます。最大級の SQD(77量子ビット)も、量子は配置をサンプルするだけで、残りは古典です。誤り訂正つきの H₂ の誤差棒は化学精度より大きいです事実
- 必要な規模の見積りは、年々下がっています(FeMoco で約400万の物理量子ビット・4日未満、仮定つき)。ただし実現の時期は未確定です事実未確定/将来
- 量子が古典に勝つかは、見解が分かれています。強い相関をもつ少数の軌道(活性空間)が標的で、材料の実験値との接続は別の確認が要ります事実
12. 評価・標準の読み方
量子化学の「ものさし」は、まずエネルギーの精度(化学精度 1.6 mHa)です。次に、どの古典の方法と比べたか(フルCI、CCSD(T)、DMRG など)と、必要な資源(論理量子ビット数、ゲート数、実行時間)です。化学精度の目標は、エネルギーの差を反応速度の予測につなげるためのものです事実[参考資料4]。確認日は2026年10月16日です。
| 評価項目 | 代表的なベンチマーク・評価手法(名称・出典) | 標準・指針(ISO/IEC・NIST・DARPA など) | 読み方の注意 |
|---|---|---|---|
| エネルギーの精度 | 化学精度(1.6×10⁻³ Ha)。ポテンシャル面の全点で満たすことを要求する定義もある(McArdle ら)[参考資料4]事実 | 確認できなかった(化学精度を定める国際規格は確認していない) | 絶対エネルギーと、エネルギー差で要求が違う。誤差棒と比べる(Yamamoto らの例) |
| 古典との比較の基準 | NIST CCCBDB:気相の原子と小分子2,186個の、実験値と計算値の熱化学データ(NIST 標準参照データベース 101)[参考資料31]事実 | NIST の標準参照データ(規格ではない) | 小分子のデータ。強相関の大きな系の基準ではない |
| 量子アルゴリズムの試験問題 | HamLib:量子アルゴリズムとハードのベンチマーク用ハミルトニアンの公開ライブラリ(Sawaya ら 2024)[参考資料32]事実 | 確認できなかった | 同じ問題で、古典の最良の手法とも比べる必要がある |
| 必要な資源の見積り | 論文ごとの見積り(Lee ら、Goings ら、Caesura ら、Low ら)。Azure Quantum Resource Estimator のような見積りツール(van Dam ら)[参考資料21・23・24・25・33]事実未確定/将来 | 確認できなかった | 見積りは、サイクル時間・誤り率・符号の仮定に強く依存。計画であり、達成ではない |
| 実用規模への道 | DARPA QBI:実用規模=計算の価値がコストを上回る。第三者の検証と評価[参考資料34]事実未確定/将来 | 米国政府機関のプログラム(国際規格ではない) | 2033年は DARPA の目標・見積り |
| 用語・ベンチマークの標準化 | — | ISO/IEC 4879:2024(量子コンピューティングの用語、2024年5月発行)[参考資料36]。ISO/IEC JTC 3/JSC 3A:WG 2 ベンチマーク[参考資料35]事実未確定/将来 | 本文は有料。量子化学の用語・ベンチマークの規定は確認できなかった |
表の整理は本稿の計算(整理)。番号・題名・状態は ISO・NIST・DARPA の公式ページで確認(確認日 2026年10月16日)。規格の本文は有料のため、適用範囲の記載にとどめ、要求事項は書いていません。
読み方の注意(素材技術者向け)
- 「何量子ビット」では分子の規模は分かりません:量子ビット数は、軌道の数、方式、古典の分担で意味が変わります。最大級の SQD の77量子ビットは、量子が担う部分が小さい方式です[参考資料17]
- 誤差棒と化学精度を並べてください:誤り訂正つきの H₂ の例は、誤差棒(±0.013 Ha)が化学精度(0.0016 Ha)より大きく、エネルギーの精度が化学精度に達したとは言えません[参考資料19・4]
- 計画と達成を区別してください:資源の見積りや、DARPA の2033年、企業のロードマップは目標・見積りです。標準の多くは策定中で、公開されても法令や契約で引用されて初めて拘束力を持つのが一般的です(本記事による解説)[参考資料21・34]。
13. 用語集
- 電子相関
- 電子どうしが互いに避け合う関係。平均の場では表せない部分。
- 動的相関/静的相関
- 電子の反発による小さな補正/複数の電子配置が同じくらい重要になる相関。
- 軌道(スピン軌道)
- 電子が入る「部屋」。スピン軌道は、向き(上・下)も区別した部屋。
- 基底(基底関数)
- 軌道を表すために使う関数の集まり。大きいほど精密だが、計算は重い。
- 基底状態
- エネルギーがいちばん低い状態。
- 化学精度
- エネルギーの誤差 1.6 mHa(約1 kcal/mol)以内。反応速度の予測に必要な精度。
- ハートリー(Ha)
- エネルギーの単位。1 Ha ≒ 27.2 eV ≒ 627.5 kcal/mol。
- フルCI(FCI)
- 基底の中で、全部の電子配置を使って厳密に解く方法。状態数が組合せ的に増える。
- ハートリー・フォック(HF)
- 電子が平均の場を感じるとする近似。相関を無視。
- DFT(密度汎関数法)
- 電子の密度からエネルギーを求める、広く使われる方法。
- CCSD(T)
- 結合クラスター法の一種。より高い精度を目指す方法で、時間は約 M⁷。
- DMRG
- 密度行列繰り込み群。もつれの構造を使って状態を小さな部品の列で表す古典の方法。
- 活性空間
- 強い相関をもつ一部の電子・軌道だけを取り出して、高精度に扱う範囲。
- 強相関系
- 電子相関が強く、波動関数のもつれが大きい系。触媒や高温超伝導体に多い。
- ジョルダン=ウィグナー変換
- 1つのスピン軌道を1つの量子ビット(0=空、1=占有)に写す方法。
- 量子位相推定(QPE)
- 時間発展の位相(回転の速さ)から、エネルギーを読む方法。長い回路が要る。
- VQE
- 短い回路のつまみを古典が調整し、エネルギーを下げる方法(NISQ向け)。
- SQD(サンプル型量子対角化)
- 量子でサンプルした配置から、古典で小さな部分空間を対角化する方法。
- FeMoco
- 窒素固定酵素ニトロゲナーゼの活性中心(鉄・モリブデン・硫黄を含む)。代表的な標的。
- ハバード模型
- 格子上の電子が、飛び移り(t)と同じサイトの反発(U)だけで決まる模型。
- 資源見積り
- 計算に必要な論理量子ビット数・ゲート数・時間を、設計から見積もること。
- 論理量子ビット
- 多数の物理量子ビットで誤りから守られた、1つの量子ビット。
- NISQ
- 誤りを含み、訂正をしていない中規模の量子コンピュータ。
14. 参考資料(一次情報)
- Feynman R. P. "Simulating physics with computers", Int. J. Theor. Phys. 21, 467–488 (1982), DOI 10.1007/BF02650179 — doi.org/10.1007/BF02650179
- Lloyd S. "Universal quantum simulators", Science 273, 1073–1078 (1996), DOI 10.1126/science.273.5278.1073 — doi.org/10.1126/science.273.5278.1073
- Aspuru-Guzik A. ほか "Simulated quantum computation of molecular energies", Science 309, 1704–1707 (2005), DOI 10.1126/science.1113479 — doi.org/10.1126/science.1113479
- McArdle S. ほか "Quantum computational chemistry", Rev. Mod. Phys. 92, 015003 (2020), DOI 10.1103/RevModPhys.92.015003 — doi.org/10.1103/RevModPhys.92.015003
- Cao Y. ほか "Quantum chemistry in the age of quantum computing", Chem. Rev. 119, 10856–10915 (2019), DOI 10.1021/acs.chemrev.8b00803 — doi.org/10.1021/acs.chemrev.8b00803
- Bauer B., Bravyi S., Motta M., Chan G. K.-L. "Quantum algorithms for quantum chemistry and quantum materials science", Chem. Rev. 120, 12685–12717 (2020), DOI 10.1021/acs.chemrev.9b00829 — doi.org/10.1021/acs.chemrev.9b00829
- Hohenberg P., Kohn W. "Inhomogeneous electron gas", Phys. Rev. 136, B864–B871 (1964), DOI 10.1103/PhysRev.136.B864 — doi.org/10.1103/PhysRev.136.B864
- Kohn W., Sham L. J. "Self-consistent equations including exchange and correlation effects", Phys. Rev. 140, A1133–A1138 (1965), DOI 10.1103/PhysRev.140.A1133 — doi.org/10.1103/PhysRev.140.A1133
- Cohen A. J., Mori-Sánchez P., Yang W. "Challenges for density functional theory", Chem. Rev. 112, 289–320 (2012), DOI 10.1021/cr200107z — doi.org/10.1021/cr200107z
- White S. R. "Density matrix formulation for quantum renormalization groups", Phys. Rev. Lett. 69, 2863–2866 (1992), DOI 10.1103/PhysRevLett.69.2863 — doi.org/10.1103/PhysRevLett.69.2863
- Kitaev A. Yu. "Quantum measurements and the Abelian stabilizer problem", arXiv:quant-ph/9511026 (1995) — arxiv.org/abs/quant-ph/9511026
- Abrams D. S., Lloyd S. "Quantum algorithm providing exponential speed increase for finding eigenvalues and eigenvectors", Phys. Rev. Lett. 83, 5162–5165 (1999), DOI 10.1103/PhysRevLett.83.5162 — doi.org/10.1103/PhysRevLett.83.5162
- Lanyon B. P. ほか "Towards quantum chemistry on a quantum computer", Nat. Chem. 2, 106–111 (2010), DOI 10.1038/nchem.483 — doi.org/10.1038/nchem.483
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- Yamamoto K. ほか (Quantinuum) "Quantum error-corrected computation of molecular energies", PRX Quantum (2026), arXiv:2505.09133 — arxiv.org/abs/2505.09133
- Reiher M. ほか "Elucidating reaction mechanisms on quantum computers", Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 7555–7560 (2017), DOI 10.1073/pnas.1619152114 — doi.org/10.1073/pnas.1619152114
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- Low G. H. ほか "Fast quantum simulation of electronic structure by spectrum amplification", Phys. Rev. X 15, 041016 (2025), arXiv:2502.15882 — arxiv.org/abs/2502.15882
- Lee S. ほか "Evaluating the evidence for exponential quantum advantage in ground-state quantum chemistry", Nat. Commun. 14, 1952 (2023), DOI 10.1038/s41467-023-37587-6(オープンアクセス) — doi.org/10.1038/s41467-023-37587-6
- Hoefler T., Häner T., Troyer M. "Disentangling hype from practicality: on realistically achieving quantum advantage", Commun. ACM 66(5), 82–87 (2023), DOI 10.1145/3571725 — doi.org/10.1145/3571725
- Google AI Quantum and collaborators "Observation of separated dynamics of charge and spin in the Fermi-Hubbard model", arXiv:2010.07965 (2020) — arxiv.org/abs/2010.07965
- Haghshenas R. ほか (Quantinuum) "Digital quantum magnetism on a trapped-ion quantum computer", Nature 653, 56–62 (2026), DOI 10.1038/s41586-026-10445-3 — nature.com/articles/s41586-026-10445-3
- Google Quantum AI "A verifiable quantum advantage" (Google Research blog, 22 October 2025) — research.google/blog/a-verifiable-quantum-advantage/
- NIST "Computational Chemistry Comparison and Benchmark DataBase (CCCBDB)", NIST Standard Reference Database 101 — cccbdb.nist.gov
- Sawaya N. P. D. ほか "HamLib: a library of Hamiltonians for benchmarking quantum algorithms and hardware", Quantum 8, 1559 (2024), DOI 10.22331/q-2024-12-11-1559 — doi.org/10.22331/q-2024-12-11-1559
- van Dam W., Mykhailova M., Soeken M. "Using Azure Quantum Resource Estimator for assessing performance of fault tolerant quantum computation", arXiv:2311.05801 (2023) — arxiv.org/abs/2311.05801
- DARPA "Quantum Benchmarking Initiative (QBI)" (program page; list current as of 8 October 2026) — darpa.mil/research/programs/quantum-benchmarking-initiative
- IEC/ISO JTC 3/JSC 3A "Quantum computing" (committee page: scope and working groups, including WG 2 benchmarking) — iso.org/committee/12010875.html
- ISO/IEC "ISO/IEC 4879:2024 Information technology — Quantum computing — Vocabulary" (ISO のページ) — iso.org/standard/80432.html
15. 主張と出典の対応表(監査)
| 本文の主張 | 根拠 | 区分 |
|---|---|---|
| 量子系の計算には量子の性質をもつ計算機が自然だという Feynman の議論(1982)。Lloyd の普遍的な量子シミュレーター(1996)。Aspuru-Guzik らの分子エネルギーの提案(2005) | 出典1 https://doi.org/10.1007/BF02650179 出典2 https://doi.org/10.1126/science.273.5278.1073 出典3 https://doi.org/10.1126/science.1113479 | 事実 |
| 化学精度が 1.6×10⁻³ ハートリーで、室温の反応速度を桁の範囲で予測できること。HF が動的相関・静的相関を無視すること。静的相関の定義。強相関系が高度にもつれた波動関数をもち、触媒や高温超伝導体が例とされること。CCSD(T) の時間が約 M⁷。ジョルダン=ウィグナー変換の基本形。ハミルトニアンの項の数。Jordan-Wigner の1スピン軌道=1量子ビット | 出典4 https://doi.org/10.1103/RevModPhys.92.015003 | 事実 |
| 量子化学の総説(Cao ら)。量子化学・材料の総説:任意のシミュレーションが速くなるとは期待できず優位の領域を見極める必要があること、格子の模型が近い将来の候補に挙がること(Bauer ら) | 出典5 https://doi.org/10.1021/acs.chemrev.8b00803 出典6 https://doi.org/10.1021/acs.chemrev.9b00829 | 事実 |
| DFT の基礎(Hohenberg と Kohn、Kohn と Sham)と、DFT の課題の総説(Cohen ら)。DMRG の提案(White) | 出典7 https://doi.org/10.1103/PhysRev.136.B864 出典8 https://doi.org/10.1103/PhysRev.140.A1133 出典9 https://doi.org/10.1021/cr200107z 出典10 https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.69.2863 | 事実 |
| 位相推定の基礎(Kitaev 1995、Abrams と Lloyd 1999) | 出典11 https://arxiv.org/abs/quant-ph/9511026 出典12 https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.83.5162 | 事実 |
| Lanyon ら:光量子での H₂ のエネルギー。Peruzzo ら:HeH⁺ を化学精度の範囲で。Kandala ら:最大6量子ビットで H₂・LiH・BeH₂(ノイズ込みの数値計算と一致) | 出典13 https://doi.org/10.1038/nchem.483 出典14 https://doi.org/10.1038/ncomms5213 出典15 https://doi.org/10.1038/nature23879 | 事実 |
| Google の12量子ビット実験:H₆〜H₁₂ の鎖、ジアゼンの異性化、ハートリー・フォック状態の準備、78個の2量子ビットゲート | 出典16 https://doi.org/10.1126/science.abb9811 | 事実 |
| SQD:N₂(58量子ビット)・[2Fe-2S](45)・[4Fe-4S](77)、最大10,570ゲート、富岳、エネルギーの上限値と疎な波動関数、フルCI の限界が約22電子・22軌道・26電子・23軌道という記述 | 出典17 https://arxiv.org/abs/2405.05068 | 事実 |
| Reinholdt ら:QSCI・SQD は同じ配置を何度もサンプルする非効率があり、古典のより効率的な方法に及ばないという分析(N₂、[2Fe-2S]) | 出典18 https://arxiv.org/abs/2501.07231 | 事実 |
| Yamamoto ら(Quantinuum):[[7,1,3]] カラー符号で符号化した QPE による H₂ のエネルギー、厳密値との差 0.001(13) ハートリー | 出典19 https://arxiv.org/abs/2505.09133 | 事実 |
| Reiher ら:FeMoco の見積り(誤り訂正の負担を含めても小規模な量子コンピュータで妥当な時間) | 出典20 https://doi.org/10.1073/pnas.1619152114 | 事実 |
| Lee ら(2021):FeMoco で約400万の物理量子ビット・4日未満(サイクル時間1 µs、誤り率0.1%以下)。54電子・108スピン軌道 | 出典21 https://arxiv.org/abs/2011.03494 | 事実 |
| von Burg ら:ルテニウム触媒で先行アルゴリズムより1桁以上の改善 | 出典22 https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.3.033055 | 事実 |
| Goings ら:P450 のモデルで古典の DMRG・CCSD(T) と量子の資源を比較し、量子優位の問題になりうると述べたこと | 出典23 https://doi.org/10.1073/pnas.2203533119 | 事実 |
| Caesura ら:先行より見積りの実行時間が約2桁短い。Low ら:Fe–S 複合体と CO₂ 固定触媒で4〜195倍の高速化 | 出典24 https://arxiv.org/abs/2501.06165 出典25 https://arxiv.org/abs/2502.15882 | 事実 |
| Lee ら(2023):化学空間にわたる指数的な量子優位の証拠は見つかっていない。Hoefler ら:実用的な量子優位に必要な条件と、材料科学・化学の可能性 | 出典26 https://doi.org/10.1038/s41467-023-37587-6 出典27 https://doi.org/10.1145/3571725 | 事実 |
| Google の1次元ハバード模型の実験(16量子ビット、600を超える2量子ビットゲート)。Quantinuum のイジング模型の時間発展(Nature 2026、部分エンタングラーの忠実度 99.94(1)%) | 出典28 https://arxiv.org/abs/2010.07965 出典29 https://www.nature.com/articles/s41586-026-10445-3 | 事実 |
| Quantum Echoes の分子への応用が「まだ古典を超えていない」という Google の記載、13,000倍の見積り(企業の主張) | 出典30 https://research.google/blog/a-verifiable-quantum-advantage/ | 事実 |
| NIST CCCBDB(2,186個の気相の原子・小分子)。HamLib(ベンチマーク用ハミルトニアンの公開ライブラリ)。Azure Quantum Resource Estimator | 出典31 https://cccbdb.nist.gov 出典32 https://doi.org/10.22331/q-2024-12-11-1559 出典33 https://arxiv.org/abs/2311.05801 | 事実 |
| DARPA QBI の実用規模の定義と、2033年の見積り(2026年10月8日時点の参加企業) | 出典34 https://www.darpa.mil/research/programs/quantum-benchmarking-initiative | 事実 |
| ISO/IEC JTC 3/JSC 3A の WG 2(ベンチマーク)。ISO/IEC 4879:2024 の番号・題名・2024年5月発行 | 出典35 https://www.iso.org/committee/12010875.html 出典36 https://www.iso.org/standard/80432.html | 事実 |
| フルCI の次元(C(n,n/2)²:10→6.4×10⁴、18→2.4×10⁹、22→5.0×10¹¹、30→2.4×10¹⁶、50→1.6×10²⁸、54→3.8×10³⁰)、メモリ(倍精度)、量子ビット数 2n、1.6 mHa ≒ 1.0 kcal/mol ≒ 4.2 kJ/mol ≒ 0.044 eV、300 K で kT ≒ 0.596 kcal/mol・1 kcal/mol の誤差で速度が約5.4倍、16 mHa で約2×10⁷倍 | 本稿の計算(Python。標準の換算定数を使用) | 本稿の計算 |
| Reiher ら(2017)の見積りの具体的な数値、Peruzzo ら・Lanyon ら の量子ビット数、SQD のエネルギー誤差の大きさ、DFT・DMRG の計算コストの式、材料物性での第三者検証済みの量子優位、ISO/IEC 4879 での量子化学の用語、化学・材料向けの性能標準 | 本稿の調査範囲でアクセスできた一次情報では確認できなかったため記載していない | 解説 |
| 「古典と量子の分担(活性空間)」「量子は少数の強相関の軌道が標的」「材料の現場でのモデル誤差」「古典の AI 計算との役割の違い」「格子の模型は実在の材料とは別」という読み取り | 公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各機関が表明した見解ではない | 解説 |
| 図3・図7が実データでなく説明のための作図(計算)であること。図2・図4・図5・図6・図8・図9が概念図であること。図1・図10がImageGen生成の概念画像であること | 本記事による注記 | 解説 |
最終更新:2026年10月16日/出典は一次情報(査読論文、arXiv の論文、Google の公式ブログ、NIST・DARPA・ISO の公式ページ)に限定しています。数値例は本稿の計算で、実機の結果ではありません。Reiher らの見積りの具体的な数値、SQD のエネルギー誤差の大きさ、DFT・DMRG の計算コストの式、材料物性での第三者検証済みの量子優位、ISO/IEC 4879 での量子化学の用語については、確認できなかったため記載していません。図はすべて説明用の概念図または本稿の計算を含む作図で、図1と図10はImageGen生成の概念画像です。


