COMPANY PROFILE / 量子コンピュータ
東芝
― 量子コンピュータが「現在の暗号を破る」恐れへの備えとして、量子通信(量子鍵配送)を製品にしている会社
東芝の量子は、2本立てです。1本めは、量子鍵配送(QKD)という量子通信の製品化です。これは量子コンピュータそのものではなく、将来の量子コンピュータが現在の暗号を解読する恐れに備えて、暗号の鍵を光の粒で安全に届ける技術です。2本めは、超伝導の量子コンピュータの部品の研究で、理化学研究所と共同で、2つの量子ビットをつなぐ「ダブルトランズモン結合器」を作り、2量子ビットのゲートで忠実度99.90%を示しました。東芝は2023年12月に上場を廃止しており、有価証券報告書は確認できませんでした。本稿は、東芝の決算資料・公式発表・論文など公開資料で確認できた範囲に絞って整理します。
- 30秒でわかる東芝と、量子コンピュータでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 量子コンピュータの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模(量子に関わる部分に絞る)
- 量子コンピュータにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は量子コンピュータで何を目指しているか
- 量子コンピュータ分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる東芝と、量子コンピュータでの立ち位置
(2023年12月20日に上場廃止)TBJH株式会社が全株を保有(2026年3月末)
超伝導(研究)従量子コンピュータの完成機は提供していない
結合器理研と共同。2024年11月、2量子ビットゲート 99.90%
QKDネットワーク構築開始2026年6月30日。NTTドコモビジネス・NECと
2026年3月期4月1日〜翌年3月31日。米国会計基準
東芝が量子で売っているのは、量子コンピュータではなく、量子コンピュータが現れても破られにくい鍵を届ける装置(量子鍵配送、QKD)です。いま広く使われている暗号(RSAなど)は、十分に大きな量子コンピュータが実現すれば解読されうると考えられています。そこで、暗号の鍵を、光の粒(光子)1つ1つに載せて届け、盗み見されると光の状態が乱れて分かるようにするのがQKDです 事実。
大事な区別が1つあります。QKDは量子コンピュータを動かす技術ではありません。同じ「量子」でも、量子コンピュータは「計算」、QKDは「通信と暗号」の技術です。東芝にはこのほか、量子コンピュータに着想を得ただけの古典コンピュータ上のソフト(SQBM+)もありますが、これも量子コンピュータではありません(第10章)。量子通信の基礎は本シリーズの技術解説『量子鍵配送と量子通信』『耐量子暗号への移行』で説明しています。
量子鍵配送(QKD):暗号の「鍵」を、光子に載せて遠くへ届ける技術。途中で盗み見されると、光子の状態が変わって気づける、とされます(理論上。実際の安全性は装置の作りにも左右されます)。
耐量子暗号(PQC):量子コンピュータでも解きにくいとされる数学の問題を使う、新しい暗号。ソフトウェアで入れ替えられるのが特徴で、QKDとは別の守り方です。
量子ビット/ゲート/忠実度:量子ビットは量子コンピュータの情報の最小単位、ゲートはその操作、忠実度は操作が狙いどおりにできる確率です。99.90%なら、100回に0.1回ほど失敗する、という目安です。
「今盗んで、後で解く」:いま暗号化された通信を盗んで保存しておき、将来の量子コンピュータで解読する、という懸念。長く秘密にしたい情報で特に問題になります。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:法人名は「株式会社東芝」、英文では Toshiba Corporation(登記上の英訳名は TOSHIBA CORPORATION)。英国ケンブリッジの Toshiba Europe Limited、日本のIT部門の 東芝デジタルソリューションズ、別会社の上場会社の 東芝テック は、それぞれ別の法人です。東芝の量子鍵配送の発表は、東芝本体・Toshiba Europe・東芝デジタルソリューションズの名前で出るため、本稿は発表した主体を書き分けます。
公式サイト:https://www.global.toshiba/ww/products-solutions/security-ict/qkd.html3. 量子コンピュータの世界で、この会社はどこにいるか
量子コンピュータに関わる会社は、「量子ビットをどう作っているか(方式)」で、大きく4つに分けると整理しやすくなります。本稿の整理です 本稿の計算。
| 方式(類型) | 何を量子ビットにしているか(やさしい説明) |
|---|---|
| 超伝導 | 極低温(絶対零度に近い温度)で電気抵抗がなくなる金属で小さな電気回路を作り、その回路の2つの状態を0と1にあてる方式。半導体の製造に近い方法で作れる反面、極低温の冷却装置と大量の配線が必要。 |
| イオン・中性原子 | 真空の中で、電気を帯びた原子(イオン)や電気的に中性の原子を電磁場やレーザー光(光ピンセット)で捕まえて並べ、原子の内部状態を0と1にあてる方式。原子はどれも同じなので質のそろった量子ビットになりやすいが、操作の速度や規模の拡大が課題。 |
| 光・シリコンほか | 光の粒(光子)の性質や、シリコンの中の電子のスピン(小さな磁石の向き)などを0と1にあてる方式。既存の半導体工場やシリコンフォトニクス(光回路)の技術を使える可能性がある一方、実証はまだ途上の部分が多い。 |
| 周辺・ソフト | 量子ビットを作るのではなく、量子コンピュータを使う・動かす・つなぐ側を担う会社。クラウド、ソフトウェア、制御用の古典コンピュータ、量子通信などが入る。 |
4. 会社の規模(量子に関わる部分に絞る)
東芝全体の規模を簡潔に示します。数字は東芝自身の決算資料と会社概要によります。会計は米国会計基準で、「FY2025」は2025年4月〜2026年3月です 事実。
| 指標(連結、単位:十億円) | FY2024(2025年3月期) | FY2025(2026年3月期) |
|---|---|---|
| 売上高 | 3,513.9 | 3,709.1 |
| 営業利益 | 198.5 | 300.8 |
| 項目(2026年3月31日現在) | 内容 |
|---|---|
| 従業員(連結) | 94,051人 |
| 本社・創業 | 神奈川県川崎市幸区堀川町72-34。1875年7月創業 |
| 資本金 | 2,014億49百万円 |
| 上場状況 | 2023年12月20日に普通株式が上場廃止。TBJH株式会社が全株式(4株)を保有(2026年3月31日現在、親会社等状況報告書) |
上の数字は会社全体のものです。量子の事業規模ではありません。東芝は量子に関する売上・研究開発費・設備投資・専任人員のいずれも公表していません 未確定/将来。FY2025の決算資料(2026年5月15日)には、「quantum」の語が見つかりませんでした。
東芝は非上場のため、有価証券報告書は確認できず、EDINETで確認できた法定書類は、親会社等状況報告書(東芝テックの親会社としての報告書)でした。本稿の財務数値は、東芝自身が公表する決算資料によります。
5. 量子コンピュータにかけているリソース
人・金・出資と買収・大学や公的機関との連携の4点について、一次情報で確認できたかどうかを表にしました。「記載なし」「非公表」も確認の成果です。
| リソースの種類 | 一次情報で確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | 量子の専任人員数は非公表。量子通信は、英国ケンブリッジに製造拠点とCambridge Research Laboratoryを置くToshiba Europe(量子技術部門の責任者は Dr Andrew Shields 氏、Vice President)と、日本の東芝デジタルソリューションズが担う。量子コンピュータの部品研究は、東芝の研究開発センターの Hayato Goto 氏(Senior Fellow)らが担当 | 事実/人数は非公表 |
| 金 | 量子の研究開発費・設備投資は非公表。FY2025の決算資料にも記載なし | 非公表 |
| 外部への出資・買収・合弁・売却 | 東芝のコーポレートベンチャー(CVC)部門がLQUOM(横浜国立大学発の量子中継のスタートアップ)に2023年に出資(金額は非公表)。そのほか量子関連の買収・合弁・売却は確認できなかった | 事実/ほかは確認できず |
| 大学・研究機関・公的資金との連携 | 理化学研究所(文部科学省Q-LEAPの助成で超伝導の共同研究)/NICT(2020年にQKD装置の導入・運用を受注)/総務省(2030年のQKDネットワークの社会実装を掲げ、東名阪の事業が連携)/ヘリオット・ワット大学(衛星QKDの地上試験)/パデュー大学・オークリッジ国立研究所(原子炉でのQKD実証)/英国NPL(QKD技術の独立評価)/ケンブリッジ大学(共同論文) | 事実 |
主要な製品・成果の状況
東芝は量子コンピュータの完成機を提供していないため、機械全体の量子ビット数の欄はありません。超伝導の部品研究は2量子ビットの結果です。数字はすべて東芝の公称または論文値で、方式の違う成果を並べて優劣をつけることはしません(確認日 2026年10月16日)。
| 製品・成果 | 方式・内容 | 主な数値(東芝公称/論文値) | 段階 | 日付 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| ダブルトランズモン結合器(2量子ビット) | 超伝導(トランズモン量子ビット2個を結合器でつなぐ)。物理量子ビット2個、論理量子ビットなし | 2量子ビットCZゲートの忠実度 99.90%(12時間の平均)、1量子ビットゲート 99.98%。ゲート時間48 ns。コヒーレンス時間 T1 210〜230 µs・T2 130〜360 µs(2つの量子ビット) | 研究成果(論文) | 2024年11月21〜22日 | 出典21・22・23 |
| QKD製品(多重化型・長距離型) | 光子で鍵を届ける。多重化型はデータと鍵を同じ光ファイバーで送る | 東芝は「150 km超の量子安全ネットワーク」と公称(Toshiba Europe) | 提供中(2020年10月に事業開始) | 2020年10月19日 | 出典5・18 |
| 高速な鍵配送 | 実環境(東北メディカル・メガバンク機構と) | 月平均の鍵配送速度 10 Mbps超 | 実証 | 2018年9月11日 | 出典6 |
| 長距離のツインフィールドQKD | 二波長で安定化(実験室) | 555 km(有限サイズ)・605 km(漸近)で、リピーター並みの鍵レート | 論文 | 2021年6月7日 | 出典7 |
| コヒーレントな量子通信 | 商用の通信網(ドイツ・フランクフルト〜ケール間)、極低温を使わない検出器 | 254 kmで鍵配送 110 bit/s(Nature)。東芝は「約250 km」と説明 | 論文・フィールド試験 | 2025年4月23日 | 出典8・9 |
| 衛星向けQKD送受信機 | 1 GHzクロック、半導体レーザー(VCSEL)使用 | 送信機1.6 kg(2U)、受信機約9 kg。地上の光ファイバーQKDとの接続を実証 | 開発・地上実証(LEO衛星との試験は2027年度に予定) | 2026年1月28日 | 出典10 |
| 商用網での大容量伝送(QKD+PQC) | QKDとPQCで共通鍵を配送、暗号はAESとRocca-S | データ伝送 57.6 Tbps(C帯・L帯) | 実証(KDDIの商用ネットワーク上) | 2026年2月18日 | 出典13 |
| Orange Quantum Defender | Orange Businessのサービス。東芝のQKD+PQCを使用 | パリ地域で商用提供 | 提供中(サービスの提供主体はOrange Business) | 2025年6月11日 | 出典14 |
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 1999年 | 量子鍵配送(QKD)の研究開発を開始(東芝の説明) | 20年以上の研究蓄積 |
| 2018年9月11日 | 東北メディカル・メガバンク機構と、実環境で月平均10 Mbps超の鍵配送を実証 | 実用的な鍵の速さを示した |
| 2020年10月19日 | QKDのシステム事業を開始。NICTの装置導入を受注、英国でBTと産業用の量子安全ネットワークの共同検証(2020年9月16日開始) | 研究から製品・事業へ |
| 2021年6月7日 | 長距離のツインフィールドQKD(555 km/605 km)の論文がNature Photonicsに公開 | 距離の限界を伸ばす研究 |
| 2022年9月 | 「ダブルトランズモン結合器」を理論提案(論文、2022年9月) | 量子コンピュータの部品に関する提案 |
| 2023年 | CVCがLQUOM(量子中継)に出資 | 長距離化のための部品に先行投資 |
| 2024年11月21〜22日 | 理研と、ダブルトランズモン結合器の実験で2量子ビットゲート忠実度99.90%(Physical Review X) | 理論提案を実際のチップで確認 |
| 2025年4月23日 | ドイツの商用通信網で254 kmのコヒーレントな量子通信をNatureに発表 | 極低温の検出器なしで長距離化 |
| 2025年6月11日 | Orange Businessが東芝のQKDとPQCを使う商用サービス「Orange Quantum Defender」をパリ地域で開始 | フランス初の商用の量子安全ネットワークサービス(Orange Businessの説明) |
| 2026年1月28日 | 衛星向けの小型QKD送受信機を開発し、地上の光ファイバーQKDとの接続を実証 | 大陸間の量子通信に向けた部品 |
| 2026年2月18日 | KDDI・KDDI総合研究所・Nokiaと、商用網で57.6 Tbpsの大容量データをQKDとPQCの鍵で伝送 | 国内初と説明(KDDI調べ) |
| 2026年3月 | PQCで離れたQKDネットワークをつなぐ機能(3月2日)、QBTとの大陸間の実証(OFC 2026)、LQUOMとの量子中継の共同研究契約(3月19日) | 距離の壁を越える複数の方法を同時に探る |
| 2026年6月30日 | NTTドコモビジネス・NECと、東名阪約600kmの広域量子暗号通信ネットワークの構築を開始 | 国内最大規模のQKDネットワークの検証 |
7. 今後の計画
長距離試験を2027年度に会社の計画。複数衛星のネットワークも目指す
2026年3月〜2027年3月QKDを量子中継で長距離化する検討
QKDの実証実験総務省は2030年のQKDネットワークの社会実装を掲げる
忠実度99.99%を目指す会社の目標。時期は公表されていない
次は、確認した公式資料に記載がありません 未確定/将来。
量子の売上・投資額・人員/衛星QKD試験の具体的な時期(2027年度の中のいつか)/ダブルトランズモン結合器を使う量子コンピュータ全体の開発計画・量子ビット数/東名阪600kmネットワークの完成時期。
東芝の2020年10月のリリースには、会社自身の市場予測(2035年度に約200億ドル)とシェア目標(2030年度に約25%)が書かれていました。調査会社や会社の市場推計は本稿では採用しません。
8. この会社は量子コンピュータで何を目指しているか
会社が述べている部分と、本稿が読み取った推測を分けて書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 量子コンピュータの発展を、自社の量子通信の追い風と位置づけている | 2020年のリリースが「量子コンピュータの実現に向けた進展と、データの増加の中で、機密情報の安全な送信の必要が高まっている」と説明。2026年のリリースも同様の背景を記載(出典5・10) | 事実(位置づけの読みは推測) |
| QKDだけでなく、PQCと組み合わせる方向(多層防御)を進めている | QKDとPQCを一体で提供する発表、PQCで離れたQKDネットワークをつなぐ機能、商用網の実証でもQKDとPQCを併用(出典13・14・15) | 事実 |
| 距離の壁を、衛星・量子中継・PQCとの橋渡しの3方向で越えようとしている | 衛星用送受信機(2026年1月)、LQUOMとの共同研究(2026年3月)、PQCによる橋渡し(2026年3月)(出典10・11・15) | 事実 |
| 販売は通信事業者との連携が中心 | Orange Business・BT・KDDI・NTTドコモビジネスなどが、サービスや実証の主体として登場(出典5・12・13・14) | 推測 |
| 超伝導の研究は、量子コンピュータの部品での貢献が目標で、完成機の事業化は当面ない | 研究ページは部品の提案(結合器・Kerr発振器)を紹介し、完成機の提供計画の記載はない(出典20・21) | 推測 |
東芝はQKDの会社ですが、2026年3月には、PQC(数学に基づく暗号)を使って、離れたQKDネットワークをつなぐ機能を発表しました。Quantum Bridge TechnologiesとのOFC 2026の発表では、PQCは「計算の難しさという仮定に頼っており、その仮定は将来変わりうる」と述べ、DSKEという別の方法も実証しています 事実。
ここから、東芝はQKDをPQCの代わりではなく、PQCと並べて使う防御の層の1つとして売っていると読むのが自然だと本稿は考えます 推測。QKDとPQCのどちらが主流になるか、あるいは併用が標準になるかは、まだ確定していません 未確定/将来。
9. 量子コンピュータ分野の提携マッピング
10. 提供している技術・製品・サービス
東芝の量子の提供物は、量子鍵配送(QKD)の装置と鍵の管理ソフト(量子通信)と、超伝導量子ビットの部品の研究の2本立てです。まず最初の図解でQKDの仕組みを、次の図解でPQCとの違いを見ます。
量子コンピュータの部品の研究:2つの量子ビットの「つなぎ役」
東芝の研究ページは、超伝導回路を使う量子コンピュータの実現に向けて、これまでに3つを提案したと説明しています。Kerrパラメトリック発振器(シュレーディンガーの猫状態をつくる回路)、量子分岐マシン(それを基本素子にしたアニーリング型にもゲート型にもなりうる量子コンピュータ)、ダブルトランズモン結合器(2つの量子ビットのつなぎ役)です 事実。このうち結合器は、2024年に理研と実際のチップで確かめられました。
東芝の「SQBM+」は、量子コンピュータの研究から着想を得て作った組み合わせ最適化のソフトウェアで、GPUやFPGAなどふつうのコンピュータの上で動きます。東芝自身が「古典的な力学に基づく新しい方法」「擬似量子とも呼ばれる」と説明しており、量子コンピュータではありません 事実(出典24・25)。本稿は、量子コンピュータの企業解説として、このソフトを東芝の量子コンピュータ事業には数えません。
東芝は、ダブルトランズモン結合器が働くには、ゲート動作より長いコヒーレンス時間が要り、そのためには「超伝導材料、周囲の回路設計、製造工程のすべてを慎重に考える」必要があったと説明しています 事実。実際、2つの量子ビットのT1(励起状態が保たれる時間)は210〜230マイクロ秒、T2(重ね合わせが保たれる時間)は130〜360マイクロ秒と報告されています。理研の発表では、チップに超伝導のシリコン貫通ビア(TSV)を配置した最先端の製造技術を使ったことも挙げられています 事実。
もう1つは量子通信の光部品です。衛星向けQKDの送信機は、半導体レーザー(VCSEL)を複数使い、FPGAで制御して、1 GHzで光子を送ります。また2025年のNature論文は、これまで必要とされた「極低温の光子検出器」を使わず、半導体のアバランシェ・フォトダイオードで単一光子を検出して254 kmを達成した、としています 事実。材料や部品の面から見ると、QKDの距離と速さは「光子の損失」「検出器の雑音」「レーザーの安定性」に左右されます。詳しくは本シリーズの技術解説『半導体レーザー』『光検出器』『光ファイバー』『シリコンフォトニクス』『超伝導量子ビット』で扱っています。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 量子の事業規模が外から検証できない | 売上・投資額・人員が非公表。非上場のため、有価証券報告書も確認できない(確認できたのは東芝自身の決算資料のみ) | 事実 |
| QKDが「量子コンピュータへの唯一の答え」ではない | 同じ脅威にはPQC(ソフトで入れ替え可能)という別の対策があり、東芝自身も併用を進めている。PQCの採用が進むほど、QKDの需要が限られる可能性がある | 推測 |
| 距離とコストの壁 | 光ファイバーだけでは信号の減衰で数百km超が難しい。衛星・量子中継・PQCの橋渡しはいずれも発展途上で、LEO衛星との試験は2027年度の予定 | 事実 |
| 安全性は装置の実装にも左右される | QKDは理論上の安全性をもつ一方、実際の装置の作りが重要。英国NPLによる独立評価があるが、各国の機関のQKDに対する見解は本稿では確認していない | 事実 |
| 「実証」と「商用」の差 | KDDIの57.6 Tbpsは商用網での実証、NTTドコモビジネスとの600kmは構築開始の段階。商用サービスはOrange Businessのパリ地域などに限られる | 事実 |
| 2020年の市場予測・シェア目標は未検証 | 2020年10月のリリースの「2035年度に約200億ドル、2030年度に約25%のシェア」は会社の当時の見通しで、達成状況は確認できなかった | 未確定/将来 |
| 量子コンピュータ側の研究は完成機に遠い | ダブルトランズモン結合器は2量子ビットの結果で、多数の量子ビットを並べた機械の計画・量子ビット数は確認できなかった | 事実 |
| 企業構造の変化 | 2023年12月に上場廃止し、TBJH株式会社の完全子会社になっている。経営・開示の形が今後変わる可能性がある(2026年10月16日時点の状況) | 事実 |
12. 用語集
- 量子鍵配送(QKD)
- 暗号の鍵を光子に載せて届け、盗み見を検知する技術。量子コンピュータではない。
- 耐量子暗号(PQC)
- 量子コンピュータでも解きにくいとされる数学の問題を使う暗号。ソフトで入れ替えられる。
- 「今盗んで、後で解く」
- いまの暗号文を保存しておき、将来の量子コンピュータで解読する懸念。
- 量子ビット(qubit)
- 量子コンピュータの情報の最小単位。0と1の重ね合わせという状態を取れる。
- 物理量子ビット/論理量子ビット
- 物理量子ビットは実際のチップ上の量子ビット。論理量子ビットは誤り訂正でまとめた丈夫な量子ビット。
- ゲート・忠実度
- ゲートは量子ビットへの操作。忠実度は操作が狙いどおりにできる確率。
- トランズモン
- 超伝導量子ビットの代表的な形の1つ。周囲の電気的な雑音に比較的強い。
- 結合器(カプラー)
- 2つの量子ビットの間の「つなぐ強さ」を調整する回路。
- T1/T2
- 量子ビットが励起状態を保つ時間(T1)と、重ね合わせの位相を保つ時間(T2)。
- ツインフィールドQKD
- 送信側と受信側の中間で光を干渉させ、距離を伸ばすQKDの方式。
- 量子中継
- 量子の状態を壊さずに長距離へ伝えるための部品。まだ研究段階。
- 量子に着想を得た(quantum-inspired)
- 量子コンピュータの考え方をヒントに、ふつうのコンピュータで動かす手法。量子コンピュータではない。
- 親会社等状況報告書
- 子会社の上場会社に関して、親会社が出す法定の報告書(日本)。
13. 出典
- 東芝 FY2025 Consolidated Business Results(2026年5月15日)。連結売上高・営業利益(米国会計基準)。「quantum」の語は見つからなかった。 https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/ww/ir/corporate/finance/pdf/tpr2025q4e.pdf
- 東芝 Corporate Data(2026年3月31日現在)。本社・設立・資本金・連結売上高・連結従業員数。確認日 2026年10月16日。 https://www.global.toshiba/ww/outline/corporate/profile.html
- 東芝 Financial Highlights(IR)。「東芝の普通株式は2023年12月20日に上場廃止」との記載。確認日 2026年10月16日。 https://www.global.toshiba/ww/ir/corporate/finance.html
- 株式会社東芝 親会社等状況報告書 第187期(2026年6月30日、関東財務局へ提出、EDINET書類S100YNOK)。TBJH株式会社が東芝の全株式(4株)を保有。 https://disclosure2dl.edinet-fsa.go.jp/searchdocument/pdf/S100YNOK.pdf
- 東芝 Toshiba launches Quantum Key Distribution (QKD) System Business(ニュースリリース、2020年10月19日)。 https://www.global.toshiba/ww/news/corporate/2020/10/pr1901.html
- 東芝 High-speed quantum cryptographic communications with key distribution(ニュースリリース、2018年9月11日)。月平均10 Mbps超。 https://www.global.toshiba/ww/news/corporate/2018/09/pr1101.html
- Nature Photonics Twin-field QKD の二波長安定化による長距離の鍵配送、Nature Photonics 15, 530–535(2021年6月7日公開)。LQUOMとの発表が東芝の成果として引用。 https://www.nature.com/articles/s41566-021-00811-0
- Pittaluga ほか(Toshiba Europe) Long-distance coherent quantum communications in deployed telecom networks, Nature 640, 911–917(2025年4月23日公開)。DOI 10.1038/s41586-025-08801-w。 https://www.nature.com/articles/s41586-025-08801-w
- Toshiba Europe Toshiba breakthrough brings quantum communications to existing national-scale telecommunications infrastructure(2025年4月24日)。 https://www.toshiba.eu/quantum/news/toshiba-breakthrough-on-national-quantum-networking/
- 東芝(Corporate Laboratory) Toshiba Successfully Develops High-Speed, Compact QKD Transmitter-Receiver System for Satellite Deployment(2026年1月28日)。 https://www.global.toshiba/ww/technology/corporate/rdc/rd/topics/26/2601-02.html
- 東芝・LQUOM Toshiba and LQUOM Sign Joint Research Agreement on Long-Distance QKD Using Quantum Repeater Technology(2026年3月19日)。 https://www.global.toshiba/ww/news/corporate/2026/03/news-20260319-01.html
- NTTドコモビジネス・東芝・NEC 国内初となる東名阪約600kmにおよぶ広域量子暗号通信ネットワークの構築を開始(2026年6月30日)。 https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2026/0630_2.html
- 東芝デジタルソリューションズほか 商用ネットワーク上で耐量子セキュリティ技術を活用した大容量データ伝送に成功(2026年2月18日、日本語)。 https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2026/02/news-20260218-01.html
- Toshiba Europe Orange Business and Toshiba partner to launch first commercial quantum-safe network service in France(2025年6月11日)。 https://www.toshiba.eu/quantum/news/toshiba-orange-launch-commercial-quantum-network/
- Toshiba Europe Toshiba Enables Global Connectivity for Quantum-Safe Networks with Bridging Solution(2026年3月2日)。 https://www.toshiba.eu/quantum/news/toshiba-enables-global-connectivity-for-quantum-safe-networks-with-bridging-solution/
- Toshiba Europe Toshiba Europe Limited and Quantum Bridge Technologies Demonstrate Global Quantum-Safe Networking capability(OFC 2026で発表)。 https://www.toshiba.eu/quantum/news/toshiba-europe-limited-and-quantum-bridge-technologies-demonstrate-global-quantum-safe-networking-capability/
- 東芝 Quantum Key Distribution(QKD製品ページ)。確認日 2026年10月16日。 https://www.global.toshiba/ww/products-solutions/security-ict/qkd.html
- Toshiba Europe Quantum Key Distribution(製品ページ)。150 km超の量子安全ネットワークという公称。確認日 2026年10月16日。 https://www.toshiba.eu/quantum/products/quantum-key-distribution/
- Toshiba Europe Toshiba Quantum(量子技術のトップページ)。英国NPLによる独立評価、パデュー大学・ORNLの原子炉での実証、Quantum Corridorとの試験などの掲載。確認日 2026年10月16日。 https://www.toshiba.eu/quantum/
- 東芝(Corporate R&D Center) Research and Development of Quantum Computers(研究ページ)。超伝導回路による量子コンピュータの研究、Kerrパラメトリック発振器・量子分岐マシン・ダブルトランズモン結合器の提案。確認日 2026年10月16日。 https://www.global.toshiba/ww/technology/corporate/rdc/rd/quantum-computer.html
- 東芝 Toshiba’s Proposed Double-Transmon Coupler for Superconducting Quantum Computers Achieves World-Class Two-Qubit Gate Performance(2024年11月22日)。 https://www.global.toshiba/ww/technology/corporate/rdc/rd/topics/24/2411-03.html
- 理化学研究所 Scientists develop novel high-fidelity quantum computing gate(理研のニュース、2024年11月)。1量子ビットゲート99.98%。 https://www.riken.jp/en/news_pubs/research_news/pr/2024/20241122_2/index.html
- Li ほか(RIKEN・Toshiba) Realization of High-Fidelity CZ Gate Based on a Double-Transmon Coupler, Physical Review X 14, 041050(2024年11月21日)。DOI 10.1103/PhysRevX.14.041050。 https://doi.org/10.1103/PhysRevX.14.041050
- 東芝 Quantum-Inspired Optimization Solutions SQBM+(製品ページ)。量子に着想を得た最適化ソフト。確認日 2026年10月16日。 https://www.global.toshiba/ww/products-solutions/ai-iot/sbm.html
- 東芝デジタルソリューションズ Announcing the Launch of the Quantum-Inspired Optimization Solution SQBM+(ニュースリリース、2022年3月2日)。 https://www.global.toshiba/ww/company/digitalsolution/news/2022/0302.html
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月16日/Troy Technical
本稿の数値はすべて、東芝・Toshiba Europe・提携先の公式発表と、査読論文に基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません(東芝の2020年の市場予測は、会社の見通しとして紹介するにとどめ、採用していません)。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。性能の数値は東芝の公称または論文値で、他社製品との優劣を示すものではありません。確認日は2026年10月16日です。
