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量子コンピュータの材料と製造 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

量子コンピュータの材料と製造
― 量子ビットの性能を決めているのは、回路図よりも「表面・界面・欠陥・同位体・熱」

量子ビットは、設計図どおりに作れば動く、というものではありません。性能の大きな部分は、数ナノメートルの酸化膜、金属膜の表面、基板の中の欠陥、同位体の純度、そして冷凍機の冷却能力といった、素材と製造の問題で決まります。この記事は、本シリーズの「素材技術者向けの要」として、超伝導量子ビットを中心に、ジョセフソン接合の作り方、二準位系(TLS)による損失、タンタルとニオブ、基板、準粒子と放射線、300 mm の半導体ファウンドリでの製造とばらつき、極低温の配線と熱を、図と簡単な計算で整理します。何が性能の限界を決めているかを、公開された論文・技術報告書の範囲で、最良値と量産値を区別して書きます(確認日 2026年10月16日)。

構成:総説(Siddiqi、de Leon ら、McRae ら、Müller ら)、査読論文、arXiv の論文、企業の技術ブログ(IBM)、物理定数・NIST の公式ページ、ISO の公式ページを使用/数値例は本稿で計算/確認日 2026年10月16日

極低温の冷凍機に入れる前の、チップを収めた箱と配線を取り付ける場面のイメージです。特定の装置・企業を示すものではありません。
図1 概念画像(ImageGen生成)。極低温の冷凍機に入れる前の、チップを収めた箱と配線を取り付ける場面のイメージです。特定の装置・企業を示すものではありません。 実際の製品・施設・寸法・測定結果ではありません。拡大模型と実物スケールの場面は区別してください。
3行でわかる
  • 何を扱うか:量子ビットの寿命(T1)や操作の正確さは、材料の表面・界面・欠陥・同位体・熱で決まる部分が大きく、特に超伝導量子ビットでは、数 nm の表面の酸化膜が大きな役割をもちます
  • 結論:1つの量子ビットの最良の T1 は 1.68 ms(タンタル/高抵抗シリコン、2025年)に達しましたが、105量子ビットのチップの平均は 68 µs、300 mm の量産ラインで 100 µs 超です。最良値と、そろって再現できる値の間には、1桁以上の差があります。これを縮めるのが、素材と製造の課題です
  • いちばん大事な1点:「何が限界を決めているか」に、1つの犯人はいません。タンタルの素子では、表面とバルクの誘電体の損失が同程度と報告されています。素子ごとに支配する要因が違うので、測って分けて対策することが、この分野の仕事の中心です
この記事を読む前に知っておくこと

量子ビットが「球の中心から表面へ向かう矢印」で、矢印が周りの影響でぶれる(デコヒーレンス)ことを知っていると読みやすくなります。T1 は、矢印が元の向きに戻ってしまうまでのおよその時間(寿命)、と考えてください(詳しくは本シリーズ「コヒーレンスとフィデリティ」編)。材料の用語(酸化膜、エピタキシャル成長など)は、必要なところで説明します。

シリーズの中での位置

本シリーズの「超伝導量子ビット」「極低温と制御」「コヒーレンスとフィデリティ」編のあとに読むと、全体がつながります。シリコンの28Si と界面は「シリコンスピン量子ビット」編、ダイヤモンドの同位体は「量子センシング」編、ナノワイヤと超伝導体の界面は「トポロジカル量子計算」編、薄膜の作り方は「原子層堆積」編、検査の技術は「ナノ計測」編で、それぞれ詳しく扱います。この記事は、それらを素材技術者の目で、横断してまとめる位置づけです。イオンの表面の電場雑音は「イオントラップ」編で扱います。

この記事の構成
  1. なぜ材料が性能を決めるのか ― 「余韻の長さ」と損失の足し算
  2. 超伝導量子ビットの材料と製造 ― 接合、酸化膜、基板、ばらつき
  3. ほかの方式の材料 ― シリコン、ダイヤモンド、イオン、トポロジカル
  4. 極低温の配線と熱 ― 冷凍機の「冷却能力」という予算
  5. 何が性能の限界を決めているか ― 要因の整理
  6. 確認できなかったことと、まとめ
  7. 評価・標準の読み方
  8. 用語集
  9. 参考資料(一次情報)
  10. 主張と出典の対応表(監査)
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標・審議中など、確定していない事項
このほか、材料への読み取りは「解説」として区別しています。推測は太字で示します。企業の発表・技術ブログは「企業の主張」として扱います。

この記事の数値の読み方

T1 などの値は、量子ビットの周波数、設計、測定法、「平均か最良か」が論文ごとに違います。並べても、優劣や方式の良し悪しは決まりません。研究室の最良値と、量産品の性能は別です。企業の発表は、企業の主張として扱います。計算の例(参加率、周波数、配線の本数など)は、仮の値のものがあり、そのつど明記します。

1. なぜ材料が性能を決めるのか ― 「余韻の長さ」と損失の足し算

まず、身近な感覚から

鐘(かね)を叩くと、音が長く響きます。この「余韻の長さ」が、量子ビットの T1(寿命)に当たります。鐘自体が良い金属でできていても、取り付けの金具が緩い、錆(さび)がついている、表面に汚れがある、と、余韻はすぐに消えます。鐘の金属の質(バルク)だけでなく、触れている場所(表面・界面)が、余韻を決めるのです。

量子ビットも同じです。Place らは、超伝導の量子ビット(トランズモン)の緩和時間は、構成する材料のバルクの性質が与える限界より桁違いに短く、その原因は、管理されていない表面・界面・汚染物にあるらしい、と書いています事実[参考資料1]。Siddiqi の総説も、バルクの材料から機能するデバイスにすると、非晶質の膜と非平衡の励起(電子とフォノン)が入り込んで、損失と揺らぎが生じ、これが最先端の量子ビットの能力を制限する、と整理しています[参考資料6]。

損失は「足し算」で考える

量子ビットが失うエネルギーは、素子の中のいろいろな場所の損失の合計です。Wang らは、トランズモンの緩和率が、表面の誘電体層に蓄えられる電場エネルギーの割合(表面参加率)にほぼ比例することを示し、材料の界面からの誘電損失が T1 を制限する主な要因だと述べています事実[参考資料14]。式にすると、次のようになります(本記事による解説。一般的な関係)。

  • 1/Q = Σ(参加率 pi × 損失正接 tanδi):場所 i ごとに、「電場がどれだけそこに入り込むか(p)」と「その材料がどれだけ損をするか(tanδ)」を掛けて、足す
  • T1 = Q ÷ ω = Q ÷(2π f):Q が大きいほど長持ち。f は量子ビットの周波数

数字の感覚をつかみましょう。f = 5 GHz(仮の例)として、Q = 106 なら T1 = 約 32 µs、Q = 107 なら約 320 µs、Q = 2.5 × 107 なら約 0.8 ms です本稿の計算。もう1つ。Verjauw らは、ニオブの表面にできる酸化ニオブ Nb2O5 の損失正接を、tanδ = 9.9 × 10−3 と報告しています[参考資料12]。この酸化膜に電場エネルギーの 10−4 が入り込む(仮の値)とすると、1/Q = 10−4 × 9.9 × 10−3 = 約 10−6、Q = 約 106 で、5 GHz なら T1 は約 32 µs になります本稿の計算。極めて薄い膜でも、損失正接が大きければ、量子ビットの寿命を1桁近く縮められることが分かります。

材料と製造が、量子ビットの性能につながる道筋(概念図) 上の流れ:コヒーレンス。下の流れ:ばらつきと歩留まり ① 材料と成膜 金属・基板・同位体 酸化膜・清浄さ ② 欠陥と界面 非晶質の酸化膜 不純物・核スピン ③ 損失の源 TLS・準粒子 電荷・磁気の雑音 ④ T1・T2 寿命・位相の保持 ⑤ 誤り率 ゲートの忠実度 誤り訂正の負担 接合の寸法 面積・酸化膜の厚さ (数 nm の違い) 周波数のばらつき 周波数の衝突 (量子ビット間) 歩留まりと、チップの規模 使える量子ビットの数・ウェーハ全体の均一さ 量産ラインでの再現性
図2 概念図(ベクター作図)。材料と製造が、量子ビットの性能につながる道筋。上の流れは、材料の欠陥や界面が損失になり、T1・T2 を縮め、誤り率を上げる、という道筋。下の流れは、接合の寸法の数 nm の違いが、周波数のばらつきと歩留まりになる、という道筋です[参考資料1・6・17]。
つまずきやすいところ:「TLS(二準位系)」とは何か

非晶質(結晶のように規則正しくない)の酸化膜の中には、原子がわずかに別の位置へ「飛び移れる」小さな欠陥が、たくさんあります。2つの状態を行き来できるので、二準位系(TLS)とよびます。この TLS のエネルギーの差が、量子ビットのエネルギーとたまたま一致すると、量子ビットがエネルギーを吸い取られます。Müller らの総説は、アルミニウムやニオブでできた超伝導回路は、それを覆う非晶質の酸化膜の中の二準位の欠陥による損失で、根本的に制限される、と書き、その欠陥の正体は何か、という中心の問いに、まだ答えが出ていないと述べています事実[参考資料10]。つまり、TLS の正体はまだ完全には分かっておらず、経験的に、酸化膜を減らす・薄くする・別の材料にするという対策が試されている、ということです(本記事による整理)。

損失はどこで起きているのか ― 素子の断面

トランズモンの素子は、基板の上に、金属の薄い膜でキャパシタ(電極)を作り、その間に小さなジョセフソン接合を挟んだものです。電場は、電極の間の基板や、金属の表面を通ります。電場が通る場所のどこでも、損失が起こりえます。

金属・真空、基板・真空、金属・基板という異なる界面を見分けます。着色した膜や境界は損失経路を考えるための模型で、実測した汚染ではありません。
図3 概念画像(ImageGen生成)。金属・真空、基板・真空、金属・基板という異なる界面を見分けます。着色した膜や境界は損失経路を考えるための模型で、実測した汚染ではありません。 実際の製品・施設・寸法・測定結果ではありません。拡大模型と実物スケールの場面は区別してください。
元のSVG・数値・出典を確認する
1 2 3 4 5 トランズモンの断面と、損失が生じる場所(概念図) 赤い点線は電場。電場が通る場所の、材料の質が、損失を決める 金属の膜(Nb、Ta、Al など) 金属の膜(もう一方の電極) 電極の間の電場 基板(サファイア、高抵抗シリコン) バルクの誘電損失・不純物 赤い輪の番号 1〜5:損失が起きる場所(下の表の番号) 金属の上の薄い茶色の層=自然にできた表面の酸化膜。中央の小さな重なり=ジョセフソン接合(Al/AlOx/Al)。寸法は説明用

元SVGの説明:概念図(ベクター作図)。トランズモンの断面と、損失が生じる場所。1:金属の表面(自然酸化膜)、2:基板の表面(電極の間)、3:バルクの基板、4:金属と基板の界面や金属の中(準粒子を含む)、5:接合とその周りの酸化膜・配線の接続部。電場(赤い点線)が通る場所が、損失の候補です[参考資料9・11・14]。寸法と層の厚さは、説明のためのものです。

番号場所報告されていること(出典)読み方の注意
1金属の表面の酸化膜Nb の表面の酸化物 Nb2O5 は、tanδ = 9.9 × 10−3[参考資料12]。Altoé らは、TLS 以外の損失の大半は、ニオブの表面酸化膜に分布すると報告[参考資料11]事実Ta や TiN、Al の自然酸化膜は、Nb の酸化物より影響が小さいという報告(Bal ら)[参考資料4]
2基板の表面(シリコンの酸化膜など)Altoé らは、ニオブ-シリコンの共振器で、TLS 損失の大半は、シリコンの表面酸化膜から来ると示した[参考資料11]事実基板が違えば(サファイアなど)、様子は違いうる
3バルクの基板Place らは、Ta/サファイアの素子で、損失は TLS が支配し、表面とバルクの誘電体の寄与が同程度と書く(Bland らの序論の記述)[参考資料3]。Bland らは、基板を高抵抗シリコンにすると、バルクの基板の損失が大きく下がると報告[参考資料3]事実表面とバルクの両方を対策しないと、大きな改善は望めない
4金属と基板の界面・金属の中(準粒子)Crowley らは、Ta の共振器で、損失を支配するのは複数種類の飽和する TLS で、表面とバルクの両方が寄与し、表面の TLS は化学処理で変えられると報告[参考資料13]。準粒子は、後の節事実共振器の内部 Q は、5〜15 × 106(最良の量子ビットに匹敵)
5ジョセフソン接合と、その周りOsman らは、接合の電極と配線の間のパッチが、寄生接合を除き、誘電損失を減らすために必要で、それを1回の真空工程で作る方法を示した[参考資料15]。Bland らは、低汚染の接合の蒸着で、T2(ハーンエコー)が T1 を超えた[参考資料3]事実接合の周りが、寿命を決める段階に入っている

表の整理は本稿の計算(整理)。番号は図3に対応。各数値は各論文の記載で、素子・基板・温度・光子数が違います。

よくある誤解:「量子ビットの性能は、回路の設計だけで決まる」

誤り:「設計図が同じなら、どこで作っても同じ性能」。正しくは:設計は、電場がどの場所をどれだけ通るか(参加率)を決めますが、その場所の材料の質(損失正接)は、成膜と加工と洗浄で決まります。Google の105量子ビットのチップでは、平均 T1 の 68 µs は、改良した作製技術、参加率の設計、回路パラメータの最適化によると、著者らが述べています事実[参考資料22]。設計と材料の両方が必要です。

素材技術者の視点①:「バルクの物性表」では足りない世界

ふつう、材料の選定は、物性表(比誘電率、損失正接、熱伝導率)で行います。ところが、量子ビットでは、数 nm の自然酸化膜、洗浄後の数十分の空気への暴露、レジストの残り、基板の表面の加工ダメージが、物性表のバルクの値より、桁違いに効きます。Verjauw らは、ニオブの共振器で、フッ酸で自然酸化膜を除いたあと空気に16分さらすと、損失が1桁減り、単一光子での内部 Q が 7 × 106 に達する、と報告しています[参考資料12]。「いつ、どの雰囲気で、何分」という工程の情報が、材料の性能そのものになります(本記事による解説)。

2. 超伝導量子ビットの材料と製造 ― 接合、酸化膜、基板、ばらつき

超伝導量子ビットは、いまの量子コンピュータの主力のひとつで、材料と製造の課題が最もよく調べられています。ここでは、①心臓部のジョセフソン接合の作り方、②表面の酸化膜、③タンタルとニオブと基板、④接合のばらつき、の順に見ます。超伝導量子ビットの仕組み自体は、本シリーズの「超伝導量子ビット」編をご覧ください。全体の概観は Kjaergaard らの総説[参考資料28]、超伝導量子ビットの材料を整理した古典的な総説は Oliver と Welander[参考資料8]があります。

2.1 ジョセフソン接合とは ― 「極薄の壁」をはさんだ超伝導体

ジョセフソン接合は、2枚の超伝導体の間に、ごく薄い絶縁膜をはさんだ構造です。超伝導の電子の対(クーパー対)が、この薄い壁を「トンネル」で通り抜けます。Kreikebaum らは、トランズモンを、「非線形のインダクタとして働くジョセフソン接合に、キャパシタをつないだ、非調和な振動子」と説明しています事実[参考資料18]。量子ビットとして使うアルミニウム系の接合は、アルミニウム(Al)/その酸化膜(AlOx)/アルミニウムの3層です[参考資料15・18]。

「非調和」とは何でしょう。ブランコのような普通の振動子(調和振動子)は、エネルギーの段が等間隔に並びます。等間隔だと、「0 から 1」へ上げる操作が、「1 から 2」にも同じように効いてしまい、0 と 1 の2つだけを取り出せません。接合は、この段の間隔をわずかに不ぞろいにします。たとえるなら、等間隔のはしごの段に、ところどころ「でっぱり」をつけて、0 と 1 の段だけを見分けられるようにするイメージです(本記事による説明のためのたとえ)。Hertzberg らは、トランズモンが弱い非調和性をもち、上の準位ほど遷移のエネルギーが下がると書いています[参考資料17]。

よくある誤解:「酸化膜はぜんぶ悪者で、なくせばよい」

誤り:「量子ビットの性能が悪いのは酸化膜のせいなので、酸化膜は取り除けばよい」。正しくは:ジョセフソン接合そのものが、意図して作った酸化膜(AlOx)を壁にしています。これがなければ、量子ビットは動きません。性能を落とすのは、電場が通る場所にある、意図しない非晶質の酸化膜(金属の表面にできる自然酸化膜や、基板の表面の酸化膜)です。「どこの、どの酸化膜か」を区別することが大切です(本記事による整理)。

2.2 接合の作り方 ― 斜めからの蒸着で、重なりを作る

アルミニウム系の接合は、長く、斜め蒸着(シャドウ蒸着)で作られてきました。Dolan が1977年に報告した、レジストの「橋(ブリッジ)」を使う方法が原点で[参考資料24]、のちに橋のない方法(Manhattan 型など)も使われています[参考資料18・25]。流れは図4のとおりです。

①斜めから金属を蒸着し、②表面を酸化し、③別方向から重ねて接合を作る例です。絶縁層は薄い障壁であり、大きく離れた電極の空隙ではありません。
図4 概念画像(ImageGen生成)。①斜めから金属を蒸着し、②表面を酸化し、③別方向から重ねて接合を作る例です。絶縁層は薄い障壁であり、大きく離れた電極の空隙ではありません。 実際の製品・施設・寸法・測定結果ではありません。拡大模型と実物スケールの場面は区別してください。
元のSVG・数値・出典を確認する
ジョセフソン接合の作り方:斜め蒸着(二重角度)の流れ(概念図) 例:Al/AlOx/Al。寸法と角度は説明用 ① レジストに窓を開ける 基板 レジスト ② 1回目の蒸着 Al 基板 ③ 酸化 O₂ 基板 ④ 2回目の蒸着 Al 接合 基板 2層のレジスト。下層を 深く削り「ひさし」を作る Al を斜めから。 下の電極ができる 真空のまま O2 を入れ、 表面に AlOx ができる 逆の斜めから Al。 重なった所が接合 その後、レジストごと余分な金属を溶かして除く(リフトオフ)

元SVGの説明:概念図(ベクター作図)。斜め蒸着(二重角度)の流れ。①2層のレジストに窓を開ける。②1回目にアルミニウムを斜めから蒸着。③真空を破らずに酸素を入れ、表面に薄い酸化膜(AlOx)を作る。④逆向きの斜めから2回目を蒸着。2つの膜が重なった小さな部分が、ジョセフソン接合になります。そのあと、レジストごと余分な金属を溶かして除きます(リフトオフ)[参考資料18・24・25]。寸法と角度は説明用です。

素材技術者に大切なのは、③の酸化と寸法です。トンネルする電流は、壁の厚さにきわめて敏感に変わる(指数関数的、一般的な物理)ので、酸化の圧力・時間・温度のわずかな違いが、接合の抵抗(Rn)の違いになります(本記事による解説)。Kreikebaum らは、150 mm ウェーハから 1 × 1 cm のチップを64個取ったとき、単独素子向けの作り方をそのまま移すと、室温のトンネル抵抗がウェーハ内で±30%ずれ、38枚のウェーハを使った系統的な検討で、均一な加熱灰化(アッシング)、超音波を併用したレジスト現像、動的な酸化(ガスを流し続ける酸化)などを最適化したと報告しています事実[参考資料18]。

もうひとつの工夫が、寄生接合の除去です。Osman らは、斜め蒸着のアルミニウム接合では、接合の電極と周りの配線をつなぐ「パッチ」を別のリソグラフィで作るのがふつうで、パッチは寄生接合をなくすために必要だが、寄生接合は誘電損失の大きな原因になりうると述べ、1回のリソグラフィと1回の真空工程で電極とパッチを同時に作る方法(PICT 接合)で、T1 の平均が 50 µs を超える(Q > 1.5 × 106)素子を示しました事実[参考資料15]。

素材技術者の視点②:接合は「数 nm の壁」を量産する技術

接合の壁は、ナノメートル級の酸化膜です。半導体の薄いゲート絶縁膜に似ていますが、違いは2つあります。(1) 結晶ではなくアルミニウムの酸化で作る非晶質の膜で、成膜後は材料としての安定性(時間とともに変わる性質)が問われること。(2) その抵抗が、量子ビットの周波数に直結すること(2.5 節)。つまり「均一性が悪いと、歩留まりがそのまま悪くなる」点で、微細加工の工程管理と同じ発想が通用します。半導体の知見(酸化膜の成膜、洗浄、表面処理)が、そのまま役立つ領域です(本記事による解説)。

2.3 損失の最大の原因は、表面の酸化膜

第1章で見たとおり、損失は「電場が通る場所」の材料で決まります。なかでも、金属の表面にできる酸化膜が重要です。ニオブ(Nb)は、昔から超伝導の材料として使われてきましたが、その表面の酸化ニオブ Nb2O5 は損失が大きいことが、近年はっきりしてきました。対策を、図5にまとめます。

表面の酸化膜への対策:5つの道筋(概念図) 層の厚さは説明用。色は報告された損失の大小(赤=大きい、緑=小さい) A Nb(自然酸化) サファイア Nb Nb₂O₅ が育つ 損失が大きい(報告) B Nb+HF サファイア Nb 酸化膜を除去 1桁減ったが、 空気で再成長 C Nb+キャップ サファイア Nb Ta/Al/TiN/Au 等 T1 が2〜5倍 (報告) D Ta(自然酸化) サファイア Ta Ta の酸化膜 Nb より低損失 (報告) E Ta+高抵抗 Si 高抵抗 Si Ta 基板の損失も低減 T1 最大 1.68 ms 出典:Verjauw 2021、Bal 2024、Wang 2022、Bland 2025、Altoé 2022。素子・周波数・測定は同じではない
図5 概念図(ベクター作図)。表面の酸化膜への対策の5つの道筋。A:ニオブは自然酸化膜(Nb2O5)が損失の大きな層になる。B:フッ酸でいったん酸化膜を除いても、空気中で再び育つ。C:酸化膜ができる前に、その場で別の金属(Ta、Al、TiN、Au など)のキャップをかぶせる。D:タンタル自身の酸化膜は、ニオブのものより損失が小さいと報告されている。E:さらに基板を高抵抗シリコンにして、バルクの基板損失を下げる[参考資料3・4・11・12・2]。層の厚さは説明用です。
  • ニオブの酸化物:Verjauw らは、フッ酸(HF)で自然酸化膜を除いたニオブの共振器を、空気にさらす時間を変えて調べました。16分さらした場合、損失は1桁小さく、単一光子での内部 Q は最大 7 × 106 に達しました。一方、酸化膜が育つにつれ、損失は Nb2O5 の厚さに比例して増え、損失正接は tanδ = 9.9 × 10−3 と見積もられました。最初の200時間で有意に育つ酸化物は Nb2O5 だけでした事実[参考資料12]
  • どこの損失か:Altoé らは、ニオブ/シリコンの共振器で、界面の誘電体を選択的に変えて調べ、TLS 損失の大半はシリコンの表面酸化膜から、TLS 以外の損失の大半はニオブの表面酸化膜に分布することを示しました。事後の界面処理で、TLS 損失を 85%、TLS 以外の損失を 72% 減らし、単一光子での Q が 500万を超えた、と報告しています事実[参考資料11]
  • キャップ:Bal らは、ニオブの表面を別の物質で不動態化(キャップ)し、ニオブ酸化物ができるのを防ぎました。ニオブ酸化物をもつ従来のニオブ素子に比べ、T1 が2〜5倍長く、タンタルでキャップした場合、T1 の中央値が 300 µs を超え、最大 600 µs でした。タンタル、アルミニウム、窒化チタン(TiN)の自然酸化膜に比べ、ニオブ酸化物は損失が大きいとも述べています事実[参考資料4]
  • 材料の比較:Wang らは、同じ設計・同じ接合の作り方で、Ta、Nb、Al の膜を比較し、Ta が最も良く、次に Al、Nb の順と報告し、その違いを、金属と空気の境界にある酸化膜の損失の違いだと推定しています。Ta のドライエッチで、T1 の最良値 503 µs を得ています事実[参考資料2]
素材技術者の視点③:「いつ、どの雰囲気で」が材料の性能になる

酸化膜は、作った直後ではなく、空気にさらされて育つことが、Verjauw らの実験から分かります(200時間にわたって成長)。つまり、同じニオブ膜でも、洗浄の薬液、洗浄から次の工程までの待ち時間、保管の雰囲気で、性能が変わりえます。半導体の「Q-time(工程間の許容待ち時間)」の管理に近い考え方が、ここでも必要です。キャップのように、酸化膜ができる前に真空のまま次の層をかぶせるのは、その発想の1つの形です(本記事による解説)。

2.4 タンタルとニオブ、そして基板 ― 報告された値を並べる

近年の報告された T1 を、図6にまとめます。これは優劣のランキングではありません。量子ビットの周波数、設計、測定の方法、「平均か最良か」が、報告ごとに違います。

超伝導量子ビットの T1:報告された値(対数目盛・条件は同じではない) 丸=平均・中央値、ひし形=最良の値、矢印=「この値を超えた」。量子ビットの周波数・設計・測定法が違う 量産ライン(imec、300 mm) T1 と T2 が 100 µs 超(ウェーハ全体の統計) >100 µs Google 105量子ビット機(平均) T1 の平均 68 µs 68 µs Chalmers 簡易接合法(平均) T1 の平均が 50 µs 超 >50 µs Ta/サファイア(Place 2021) 寿命が 0.3 ms 超(17素子で増加) >0.3 ms Ta ドライエッチ(Wang 2022) 最良の T1 503 µs Nb にキャップ(Bal 2024) 中央値が 300 µs 超、最大 600 µs max 600 µs Tuokkola 2025 T1 の中央値 425 µs、最大 666 µs max 666 µs Ta/高抵抗 Si(Bland 2025) 最良の T1 が 1.68 ms 1.68 ms 10 µs 100 µs 1 ms 10 ms 出典:Van Damme 2024、Acharya 2025、Osman 2021、Place 2021、Wang 2022、Bal 2024、Tuokkola 2025、Bland 2025 の要旨・本文
図6 作図(報告値のまとめ)。超伝導量子ビットの T1 の報告値(対数目盛)。丸=平均または中央値、ひし形=最良の値、矢印=「この値を超えた」。研究室の最良値(600〜1680 µs)と、量産ラインや大規模チップの値(50〜100 µs 台)の間に、1桁以上の差があります。ただし、周波数・設計・測定が違うため、単純には比べられません[参考資料2〜5・15・16・22]。
報告(年)何をしたか報告された値読み方の注意
Place ら(2021)ニオブをタンタルに替えた2次元トランズモン。サファイア基板寿命・コヒーレンス時間とも 0.3 ms 超。17素子で増加事実[1]「材料の置き換えで、ひとつ上の段」へ入ったという位置づけ
Wang ら(2022)Ta 膜のドライエッチ。Ta/Al/Nb の同条件比較T1 の最良 503 µs。Ta > Al > Nb事実[2]製造の方法(ドライエッチ)が、多量子ビットの製造に使えると述べている
Bal ら(2024)Nb の表面をその場でキャップ(Ta、Al、TiN、Au 等)従来の Nb に比べ T1 が2〜5倍。Ta キャップで中央値 300 µs 超、最大 600 µs事実[4]サファイアとシリコンの両方の基板で。複数のファウンドリで比較。シリコン工程との両立を述べる
Tuokkola ら(2025)設計・作製・測定系を詳しく公開した、高コヒーレンスのトランズモン(周波数 2.9 GHz)T1 の中央値 425 µs、最大 666 ± 33 µs。エコー位相緩和の中央値 541 µs、最大 1057 ± 138 µs事実[5]著者らは、学界・産業界で再現できるように詳細を示した、と述べている
Bland ら(2025)Ta を、サファイアではなく高抵抗シリコンの上に。低汚染の接合の蒸着45量子ビットで Q の時間平均 9.7 × 106。最良の素子は時間平均 1.5 × 107、最大 2.5 × 107、T1 は最大 1.68 ms。T2(エコー)が T1 を超えた。1量子ビットゲート 99.994%事実[3]表面とバルクの誘電損失が同程度だったので、基板のバルク損失を下げた、という筋道。45量子ビットの平均と最良の1個で、Q が違う点にも注意

各値は各論文の要旨の記載。「量子ビットの周波数」「測定した個数」「最良か平均か」が違うため、並べて優劣を判断しないでください。

よくある誤解:「T1 が長ければ、材料が良い」

誤り:「T1 の数字だけで、材料の良し悪しが比べられる」。正しくは:T1 = Q ÷(2π f)なので、周波数 f が低い量子ビットは、同じ Q でも T1 が長く出ます。たとえば Bland らの「最良の素子で、最大の Q が 2.5 × 107、T1 は最大 1.68 ms」から、Q = 2π f T1 として周波数を逆算すると約 2.4 GHz です本稿の計算(最大の Q と最大の T1 が同じ素子のものだという、論文の記述に基づく仮定。実際の周波数は論文本文で確認が必要)。同じ Q のまま 5 GHz にすれば、約 0.8 ms になります本稿の計算。材料の損失を比べるには、Q(または損失正接)のほうが公平です。そのため McRae らは、共振器の損失を報告するときの推奨を示しています[参考資料9]。

2.5 接合のばらつき ― 数 nm の違いが「周波数の衝突」になる

ここまでは「1個の量子ビットの寿命」でしたが、量子コンピュータは、多数の量子ビットを同時に動かす必要があります。そのとき問題になるのが、量子ビットの周波数のばらつきです。

量子ビットの周波数は、接合の抵抗 Rn でほぼ決まります。Hertzberg らは、31個の量子ビットで、周波数のばらつきが、ほぼ接合抵抗のばらつきで説明でき、f が Rn の約 −1/2 乗に比例することを示しました[参考資料17]。式にすると、δf/f ≒ ½ × δR/R です。実測では、周波数のばらつき σf = 132.3 MHz(中央値の 2.3%)に対し、接合抵抗のばらつきは 4.6%、ちょうど2倍でした事実[参考資料17]。Osman らの 3.7%(ウェーハ全体)からは、周波数は約 1.7〜2.5% ばらつくと見積もられています[参考資料15]。

これがなぜ困るのでしょうか。隣り合う量子ビットが同じ周波数になると、エネルギーのやりとりが起きて、操作の誤りが増えます。ピアノで、隣の2本の弦が同じ音だと、一方を弾くともう一方が鳴ってしまう、というイメージです(本記事による説明のためのたとえ)。Hertzberg らは、こうした「周波数の衝突」を7種類にまとめ、たとえば、隣り合う量子ビットの周波数が ±17 MHz 以内で一致する場合を、衝突としました(ゲート誤りが約 1% を超える領域として推定)事実[参考資料17]。

数字で感じてみましょう。Hertzberg らの量子ビット(調整後の2グループ)の周波数は、中央値で約 5.43 GHz と 5.70 GHz です。抵抗が 1% ずれると、周波数は約 0.5% ずれるので、5.43 GHz の量子ビットで約 27 MHz ずれます本稿の計算。これは、上の ±17 MHz の窓を超える大きさです。接合の抵抗を 1% 以内にそろえるのは、それほど厳しい要求だということです。

ジョセフソン接合のばらつき:報告された値(対数目盛) 相対標準偏差(%)。抵抗と臨界電流は逆数の関係で、小さなばらつきでは同程度。サイズ・測り方は異なる 一般的な報告(Osman の整理) Al 接合、ウェーハ上で 10〜20% 10〜20% Kreikebaum 2020(49 cm²) Ic の相対標準偏差 3.5%、3,000 接合 3.5% Osman 2021(ウェーハ) 抵抗の変動 3.7%、チップ内平均 2.7% 3.7% Hertzberg 2021(調整前) 31 接合の σR 4.6%(σf は 2.3%) 4.6% Kreikebaum 2020(最良) 1×1 cm の窓の中の最良 1.8% 1.8% Hertzberg 2021(レーザー調整後) 31 接合の σR 0.61% 0.61% 0.1% 1% 10% 出典:Osman 2021、Kreikebaum 2020、Hertzberg 2021。周波数のばらつきは、抵抗のばらつきの約半分(f ∝ R^−1/2)
図7 作図(報告値のまとめ)。ジョセフソン接合のばらつき(相対標準偏差、対数目盛)。一般的な報告の 10〜20% から、改良したプロセスの 2〜4%、さらにレーザーで接合を作製後に調整した 0.61% まで。接合のサイズ、測定の範囲(チップ内かウェーハ全体か)が違うため、単純には比べられません[参考資料15・17・18]。

ばらつきへの対策は、大きく2つです。

  • 作る段階で小さくする:Kreikebaum らは、3,000個の接合で、臨界電流の相対標準偏差を、49 cm² にわたって3.5% 未満、1 × 1 cm の窓の中では平均 1.8%(一部は 1.0% 未満)にしました事実[参考資料18]。Osman らは、3,600 個超の接合で、ウェーハ全体の平均 3.7%、チップ内の平均 2.7% を報告し、周波数の変動のうち 60〜70% が接合の面積のゆらぎ、残りがトンネル接合の不均一性によると推定しています[参考資料15]
  • 作ったあとで直す:Hertzberg らは、接合にレーザーを当てて加熱し、Rn を決まった量だけ変える方法(選択的レーザーアニール)を使いました。31個の接合を2つの目標抵抗にそろえ、σR = 0.61%、周波数のばらつきは 132.3 MHz から 14.0 MHz に、9.5倍改善しました事実[参考資料17]。さらに、統計の計算から、調整しないと「衝突のない配置」が見つかる確率はほぼ 0 になり、σf = 10 MHz なら、距離5の格子で、「heavy-hex」型の格子は約 92% の確率で衝突なし、通常の正方格子は約 0.8% と見積もっています[参考資料17]。著者らは、これらの技術とモデルが、利用可能な量子システムですでに使われていると述べています(企業の主張)
つまずきやすいところ:「ばらつきを小さくする」ことと「性能を上げる」ことは別の課題

T1 を伸ばすのは、1つ1つの量子ビットの質の話(表面・界面・基板)。ばらつきを抑えるのは、多数をそろえる話(成膜・酸化・リソグラフィの均一性)。どちらが欠けても、大きな量子コンピュータは作れません。最先端の「1個」の記録と、「何百個」を同時に動かす性能の間に差があるのは、この2つ目の課題が残っているからでもあります(本記事による整理)。

2.6 準粒子と放射線 ― 材料の外から来る「雑音」

超伝導体の中では、電子が「対」を組んでいます(クーパー対)。この対が壊れて生じる電子のようなもの(準粒子)は、量子ビットのエネルギーを奪います。熱で生じる準粒子の量は、理論的にはごくわずかのはずですが、実際の量は、理論値より桁違いに多いことが、実験で知られていました。Vepsäläinen らは、その原因のひとつが環境の放射線(周りの物質の放射性崩壊と、宇宙線)であるという証拠を示し、この放射線が、いまの型の量子ビットの T1 をミリ秒の領域で制限すること、遮蔽を入れると放射線が減り、コヒーレンス時間が延びる傾向があることを報告しました事実[参考資料19]。同じ論文は、赤外線の光子も準粒子を増やすことが以前から知られていた、と述べています。

さらに困るのは、一度に多数の量子ビットが壊れることです。McEwen らは、大規模な量子プロセッサで高エネルギーの粒子の衝突を直接観測しました。衝突した粒子が基板をイオン化し、高エネルギーのフォノンが広がり、準粒子のバーストが、すべての量子ビットのエネルギーコヒーレンスを同時に、かつ強く制限し、チップ全体の故障を引き起こすことを示しています事実[参考資料20]。量子誤り訂正は、「誤りが独立に、小さく起きる」ことを前提にしているので、同時に起きる誤りは、特に危険だと、著者らは述べています。

放射線が量子ビットを一斉に壊す仕組み(概念図) 左:断面。右:チップを上から見た図 基板(シリコンなど) 超伝導膜 宇宙線・放射性物質の崩壊 フォノン 基板を伝わった高エネルギーのフォノンが、膜の中で準粒子を作る 赤=同時に乱れた量子ビット、緑=影響が小さい量子ビット(概念) 独立な誤りを前提とする誤り訂正の仮定を崩す
図8 概念図(ベクター作図)。放射線が、複数の量子ビットを一斉に壊す仕組み。粒子が基板に当たると、高エネルギーのフォノンが広がり、超伝導膜の中で準粒子のバーストが生じる。バーストは、チップ上の多数の量子ビットを同時に乱す[参考資料19・20]。量子ビットの数と配置は説明用です。

対策も報告されています。Cardani らは、深い地下の鉛で遮蔽したクライオスタットで測定し、準粒子バーストの頻度が50分の1に、散逸が最大で4分の1に下がったと報告しました事実[参考資料21]。ただし、「地下に量子コンピュータを置く」のが答えだと決まったわけではありません。ここから読み取れるのは、量子ビットが長寿命になるほど、材料の外から来る要因(放射線、赤外線)が、無視できなくなるということです(本記事による解説)。

よくある誤解:「放射線は、いまの量子ビットの最大の問題だ」

誤り:「量子ビットが短命なのは、宇宙線のせいだ」。正しくは:Vepsäläinen らは、放射線の影響は、いまの量子ビットでは小さな効果だと書いています(今日の量子ビットでは小さいが、耐故障の量子コンピュータには、軽減が欠かせない、という位置づけ)[参考資料19]。いま、寿命を縮めている主役は、むしろ表面・界面の損失です(2.3〜2.4 節)。放射線は、その次に現れる限界です。

2.7 研究室の作り方と、ファウンドリの作り方

ここまでの高い T1 の多くは、研究室の方法(電子線描画、斜め蒸着、リフトオフ)で作った少数の素子の値です。何百、何千という量子ビットを、同じ品質で作るには、半導体工場(ファウンドリ)の方法が必要です。

項目研究室の方法ファウンドリの方法(300 mm)
パターン形成電子線描画、リフトオフ、斜め蒸着[15・18]光リソグラフィと反応性イオンエッチング(RIE)のみ(imec の報告)事実[16]
強み材料と構造をすばやく変えられる。最良の T1 の記録はここからウェーハ全体の統計(コヒーレンス、歩留まり、ばらつき、経時変化)を取れる。三次元集積への道[16]
課題ウェーハ内のばらつきを抑える工夫が必要(Kreikebaum らの例では、最初は室温の抵抗が ±30% ずれた)[18]産業用の工程は、高コヒーレンスの素子向けに最適化されておらず、超伝導量子ビットの方法と互換とは限らなかった[16]
報告された性能T1 最良 0.5〜1.7 ms(図6)T1・T2 とも 100 µs 超(imec)。研究室の方法による素子と同程度の性能・歩留まり、と著者らは述べる[16]

imec の論文は、300 mm の CMOS パイロットラインで作ったトランズモンで、ウェーハ全体の大規模な統計を示した、と要旨に書いています。「強み」の研究室側の記述は、本記事の解説です。

  • imec(学術論文):Van Damme らは、300 mm CMOS パイロットラインで、産業の製造方法(光リソグラフィと RIE のみ)を使って作ったトランズモンの、緩和時間・コヒーレンス時間が 100 µs を超えたと報告しました。性能と歩留まりは、研究室の方法と同程度だとしています事実[参考資料16]
  • Google(学術論文):105量子ビットのプロセッサで、量子ビットの平均 T1 は 68 µs、T2(CPMG)は 89 µs。著者らは、これを改良した作製技術、参加率の設計、回路パラメータの最適化によると述べています事実[参考資料22]。この規模の平均値が、図6の「研究室の最良値」より1桁ほど短い点が、前に見た差です
  • IBM(企業の技術ブログ):2025年11月12日付のブログで、IBM は、量子プロセッサ(Loon と Nighthawk)と、ロードマップ上の今後のチップを、ニューヨーク州の Albany NanoTech Complex で、300 mm のウェーハ技術で作っていると発表しました。一部は 200 mm に切り出して、特別な工程を追加するとも書いています(企業の主張)[参考資料29]。ブログには T1 などの性能値は載っていません。「量子では、材料も装置も、通常の半導体とは違う」とも書いています
300 mm ウェーハを扱うクリーンルームのイメージです。特定の工場・企業を示すものではありません。
図9 概念画像(ImageGen生成)。300 mm ウェーハを扱うクリーンルームのイメージです。特定の工場・企業を示すものではありません。 実際の製品・施設・寸法・測定結果ではありません。拡大模型と実物スケールの場面は区別してください。
素材技術者の視点④:「最良の1個」と「そろった何百個」は、別の勝負

研究室は、材料を替えて、最良の1個を競います。ファウンドリは、同じ工程で何百個もそろえる勝負です。Van Damme らが示したように、まず「100 µs 超が、ウェーハ全体の統計で得られる」ことを確かめ、次に、タンタルやシリコン基板などの材料の改善を、産業の工程へ移すのが、次の課題だと読めます(本記事による解説。論文が「次にタンタルを導入する」と書いているわけではありません)。素材側から見れば、新しい金属・基板・洗浄を、量産ラインの汚染管理と両立させることが仕事になります。

3. ほかの方式の材料 ― シリコン、ダイヤモンド、イオン、トポロジカル

超伝導以外の方式でも、「材料の質が性能を決める」点は同じです。de Leon らの総説は、5つの量子コンピュータの方式について、材料の課題をまとめています[参考資料7]。ここでは、本シリーズの別の記事とつなげるために、材料の論点だけを表にします。詳細は、各記事をご覧ください。

方式材料の主な論点報告されていること詳しくは
シリコンスピン核スピンをもつ 29Si を減らす(28Si の同位体精製)。シリコンと酸化膜/SiGe の界面の質(谷分裂、電荷雑音)300 mm ファウンドリで作った素子で、4素子すべてが忠実度 99% 超、状態準備・測定は最大 99.9%(Nature 版)事実[34]「シリコンスピン量子ビット」編
ダイヤモンド(NV 中心。量子センシング向け)13C(天然に約1.1%)の低減。窒素の量と配置13C を約 0.3% に減らした CVD ダイヤモンドで T2 1.8 ms事実[35]「量子センシング」編
イオントラップ電極の表面の電場雑音(イオンが加熱される)Brownnutt らの総説が、イオンを使った表面の電場雑音の測定をまとめている[26]。Hite らは、アルゴンイオンビームでその場洗浄し、電場雑音を100分の1に減らした(題名)[27]事実「イオントラップ」編
トポロジカル(マヨラナ)半導体と超伝導体の界面の質、ハードギャップInAs と Al のエピタキシャルのナノワイヤでハードギャップを得た、と Chang らが報告[36]事実。方式全体の進捗の評価は、別の記事に委ねる「トポロジカル量子計算」編
光・中性原子光学部品・導波路・真空の質など本稿では扱わない「光量子コンピュータ」「中性原子」編ほか

各行の数値は、各論文の記載。方式間で優劣を比べるものではありません。

つまずきやすいところ:どの方式でも「表面・界面」と「同位体・核スピン」と「温度」が登場する

超伝導は表面・界面の酸化膜、シリコンやダイヤモンドは同位体と核スピン、イオンは電極の表面、トポロジカルは半導体と超伝導体の界面。形は違っても、「量子ビットが、周りの材料のどこと、どう触れ合っているか」が性能を決めます(本記事による整理)。素材技術者にとっては、方式が変わっても、表面分析・同位体分析・薄膜成膜といった、お馴染みの技術の出番がある、ということです。

4. 極低温の配線と熱 ― 冷凍機の「冷却能力」という予算

量子ビットを数 mK ~ 20 mK に冷やす希釈冷凍機(本シリーズ「極低温と制御」編)は、冷やす力に厳しい上限があります。しかも、量子ビットを動かすための配線(同軸ケーブル)が、室温から低温へ熱を運び込みます。素材技術者にとっては、材料の熱伝導率が、そのまま量子コンピュータの規模を決めうる話です。

4.1 冷凍機の「予算」

図10は、Krinner らの論文が使った市販の希釈冷凍機(Bluefors XLD400)の、各段の温度と冷却能力です。温度が下がるほど、冷却能力は桁違いに小さくなります。最下段(ミキシング室、MXC)の冷却能力は、20 mK で 19 µW(スティルに 40 mW の加熱を加えたとき)です事実[参考資料23]。19 µW は、1 W の約5万分の1 です本稿の計算。

希釈冷凍機の段ごとの温度と冷却能力(ある市販機の仕様の例・対数目盛) 棒が短いほど冷却能力が小さい。いちばん冷たい段ほど、取り除ける熱がごくわずか 50 K 段 到達温度 35 K 30 W(45 K で) 4 K 段 到達温度 2.85 K 1.5 W(4.2 K で) スティル(Still) 到達温度 0.88 K 40 mW(1.2 K で) コールドプレート(CP) 到達温度 82 mK 200 µW(140 mK で) ミキシング室(MXC) 到達温度 6 mK 19 µW(20 mK で) 10 µW 1 mW 0.1 W 10 W 出典:Krinner ら(2019)の表1。同論文が使った機種の仕様で、他の機種・最新機種の値ではない
図10 作図(報告値のまとめ)。希釈冷凍機の各段の冷却能力(対数目盛)。最も冷たい段の冷却能力は、最も温かい段の約 160万分の1 です(30 W ÷ 19 µW ≒ 1.6 × 106、本稿の計算)。数値は Krinner らが使った1機種の仕様で、他の機種や新しい機種の値ではありません[参考資料23]。

4.2 配線の熱 ― 簡単な計算で感覚をつかむ

Krinner らは、50量子ビットを動かすために必要な高周波の線が合計124本(駆動50、磁束50、出力8、入力8、増幅器の励起8)になると計算しました。MXC にかかる熱は、最下段の冷却能力の約 30%(受動の熱と、信号の散逸による能動の熱がほぼ半々)で、運転温度は約 14 mK、同軸ケーブルの収容量を3倍にできれば、150量子ビットまで動かせるとしています事実[参考資料23]。

ここで、単純な割り算をしてみます。MXC の 19 µW(20 mK)を124本で割ると、1本あたり約 0.15 µW(150 nW)です。仮に1,000本なら、1本あたり約 19 nWです本稿の計算(冷却能力は 20 mK の値で、論文の設計は 14 mK。線ごとに熱を分けるわけでもないので、桁を感じるための粗い計算です)。つまり、量子ビットが増えると、1本あたりに許される熱は、急速に小さくなるのです。Krinner らも、約1000量子ビットのためには、磁束線を超伝導の NbTi にして能動の熱をなくす、コールドプレートを約 200 mK(400 µW 以上)まで許す、基板の温度を 30 mK(冷却能力が約 40 µW)まで許すなど、設計の見直しが必要だと書いています[参考資料23]。

素材技術者の視点⑤:同軸ケーブルは「電気は通し、熱は通さない」材料の選択

配線は、電気信号をよく通し、熱をなるべく通さないことが求められます。普通の金属は、電気をよく通すものは熱もよく通すので、これは矛盾した要求です。Krinner らは、出力線に、4 K から室温の間はステンレス鋼(SS)の同軸ケーブル、MXC と 4 K の間は超伝導の NbTi の同軸ケーブルを選び、受動の熱が最も小さいのは、ステンレス鋼と NbTi の同軸ケーブルだと述べています[参考資料23]。受動の熱は、材料の熱伝導率を、温度で積分して決まります(論文の式(1))。材料の熱伝導率の公表データは、NIST の極低温材料のページなどにあります[参考資料31]。ケーブルを細くすると(0.085 インチ→0.047 インチ)、受動の熱は直径の2乗に比例して約4分の1になりますが、信号の減衰が大きくなり、直流の抵抗も増えて、磁束バイアスによる能動の熱が約4倍になる、というトレードオフも示されています[参考資料23]。

  • 赤外線の遮断:赤外線は準粒子を作り、T1 を縮めます。Krinner らは、Eccosorb CR-124 という吸収材を使った赤外線フィルターを、MXC のアッテネーターの直前に入れる選択肢を示しています(6 GHz で 6 dB の減衰)[参考資料23]。材料としての吸収体が、量子ビットの寿命を守っている例です
  • ヘリウム3の供給:希釈冷凍機はヘリウム3を使います。2009年に Science は、「ヘリウム3の不足が、低温研究を止めかねない」と報じました(記事の題名)[参考資料30]。ただし、その後の需給や価格は、本稿では確認していません(第6章)
よくある誤解:「冷凍機を大きくすれば、量子ビットはいくらでも増やせる」

誤り:「冷凍機を大きく、強力にすればよい」。正しくは:冷却能力は温度が低いほど桁違いに小さく(図10)、配線の熱は本数に比例して増える。さらに、段を増やしたり大型化したりすると、配線の長さ、材料の熱伝導、信号の減衰の兼ね合いが変わります。Krinner らが、ケーブル材料、本数、冷却段の温度の許容範囲を組み合わせて検討しているように、材料・配線・冷凍機をセットで設計する必要があります(本記事による解説)。

5. 何が性能の限界を決めているか ― 要因の整理

ここまでの内容を、「何が性能を制限しているか」の観点で整理します。1つの犯人がいるわけではなく、量子ビットの置かれた段階によって、制限する要因が入れ替わります。以下の位置づけは、報告された内容にもとづく本記事による整理です。

この章の数値は、すべて「物理量子ビット」の値です

T1、Q、忠実度などは、1個ずつの物理量子ビットの値です。誤り訂正でまとめた論理量子ビットの性能ではありません。物理量子ビットの質が上がると、論理量子ビットを作るのに必要な数や、誤り訂正の負担が変わります(本シリーズ「論理量子ビットと耐故障量子計算」編)。

要因どこで効くか根拠(出典)位置づけ(本記事による整理)
表面・界面の非晶質酸化膜(TLS)超伝導量子ビット。金属と基板の表面損失は、バルクの限界より桁違いに大きく、原因は管理されていない表面・界面・汚染物[1]。TLS の正体は未解決[10]。Nb の酸化物が特に損失大[4・11・12]事実現在の主因のひとつ。対策(キャップ、Ta、洗浄)で大きく改善
バルクの基板の損失超伝導量子ビット(Ta/サファイア)表面とバルクの誘電損失が同程度[3・13]。高抵抗シリコンで、バルクの損失が大きく下がった[3]事実表面の対策のあとに現れる限界。基板の選択で改善
接合まわり(寄生接合、接合の質)超伝導量子ビット寄生接合は誘電損失の原因になりうる[15]。T2(エコー)が T1 を超える領域で、接合に関わる非コヒーレンスの効果が見え始めた[3]事実長寿命の素子で次に見える限界
接合のばらつき多数の量子ビット周波数が Rn の −1/2 乗に比例[17]。σf が 30 MHz を超えると衝突が多発し、10 MHz なら heavy-hex 型は約 92% が衝突なし(距離5の格子)[17]。作製後のレーザー調整で改善[17]事実規模を決める限界。1個の寿命とは別の課題
準粒子・放射線・赤外線超伝導量子ビット放射線が、いまの型の量子ビットを、ミリ秒の領域で制限[19]。同時に多数の量子ビットを壊す[20]。地下でバースト頻度が 1/50[21]事実今は小さい効果。耐故障の段階で重要になる限界
量産ラインでの再現超伝導(ファウンドリ)imec:100 µs 超[16]。Google の105量子ビット機の平均 T1:68 µs[22]。研究室の最良:0.5〜1.7 ms[2・3・4・5]事実最良値と量産値の差が、いまの課題
冷却と配線の熱量子ビットの数を増やすときMXC の冷却能力は 19 µW(20 mK)[23]。50量子ビットで124本の線[23]事実規模を決める限界。配線の材料と設計で緩和
他方式の材料シリコンスピン、ダイヤモンド、イオン、トポロジカル第3章の表方式ごとに別の限界(同位体、界面、電極表面など)

「位置づけ」は、各論文の記述をもとにした本記事の整理で、著者らが同じ順位づけをしているわけではありません。

小さな計算:表面とバルクの両方が必要な理由

損失は足し算(1/Q = Σ 参加率 × 損失正接)でした。Crowley らは、Ta の共振器で、表面とバルクの TLS の寄与が同程度だと報告しています[参考資料13]。仮に、表面の損失(1/Q表面)とバルクの損失(1/Qバルク)がまったく同じで、ほかに損失がないとします。すると、1/Q = 2/Q表面 なので、Q = Q表面/2。バルクの損失を完全にゼロにしても、Q は2倍にしかなりません。さらに伸ばすには、表面の損失も下げる必要があります本稿の計算(本記事の単純化したモデルです。実際の素子には、ほかの損失もあります)。Crowley らの結論(表面とバルクの両方の改善が必要)と、同じ向きの話です。

素材技術者の視点⑥:「測って、分けて、対策する」が仕事の中心

性能が悪いとき、「材料が悪い」では対策になりません。どの場所の、どの損失かを分ける必要があります。そのために、共振器で損失を測る方法が磨かれてきました(McRae らの総説は、損失の測定の設計と、結果の報告の推奨を示している[9])。Wang らは、表面の誘電体に蓄えられる電場エネルギーの割合(表面参加率)と緩和率の関係を示し、損失の場所の特定に使いました[14]。Altoé らは、界面の誘電体を選択的に変えて、損失の場所を突き止めました[11]。これは、半導体や電池の材料開発で行う「要因の切り分け」と同じ発想です(本記事による解説)。

よくある誤解:「この材料に替えれば、すべて解決する」

誤り:「タンタルに替えれば、量子ビットは長寿命になる」。正しくは:Place らの Ta/サファイアでは、損失は表面とバルクが同程度で(上の計算のとおり)、Bland らは、基板を高抵抗シリコンに替えて、T1 が最大 1.68 ms に達し、さらに接合の蒸着を低汚染にして、T2(エコー)が T1 を超えたと報告しています[3・1]。Bal らは、ニオブでも、Ta のキャップをかぶせれば、T1 の中央値が 300 µs 超(最大 600 µs)になったと報告しています[4]。「材料の名前」ではなく、材料と表面と基板と工程の組み合わせが結果を決めます(本記事による整理)。

6. 確認できなかったことと、まとめ

確認できなかったこと

  • 量産ラインでの最新の性能と歩留まり:imec と Google の値は確認しましたが、IBM のブログ(企業の主張)には性能値がなく、他社や、2026年以降の最新の値は網羅的には確認していません[参考資料16・22・29]。
  • タンタルなどの新しい材料を、ファウンドリの量産ラインに導入した例:確認できませんでした。
  • TLS の微視的な正体:Müller らの総説は、未解決の問いとして述べています[参考資料10]。その後の進展は、網羅的には確認していません。
  • Bland らの Ta/高抵抗 Si の、より大規模なチップや量産ラインでの再現:確認していません。論文にあるのは、45量子ビットでの Q の時間平均 9.7 × 106 と、ウェーハ規模で作れる可能性という記述までです[参考資料3]。
  • ヘリウム3の最新の需給・価格:2009年の報道の題名[参考資料30]にとどまり、現在の状況は確認していません。
  • 希釈冷凍機の新しい機種の冷却能力:Krinner らの1機種の値のみです[参考資料23]。
  • 量子ビットの材料・製造に固有の標準・規格:確認できませんでした(第7章)。
  • 光方式・中性原子など、固体以外の材料の論点、国内の研究プログラムや国内企業の取り組み:本稿では扱っていません。
この記事のまとめ
  • 量子ビットの性能の大きな部分は、材料の表面・界面・欠陥・同位体・熱で決まります。超伝導量子ビットでは、数 nm の非晶質の酸化膜(TLS)が、損失の主役のひとつです。電場が通る場所にある酸化膜が、寿命を縮めます事実
  • 対策は進んでいます。ニオブをキャップする、タンタルを使う、基板を高抵抗シリコンにする。最良の T1 は 1.68 ms に達しました。ただし、表面とバルクの両方を下げる必要があり(本稿の計算でも、片方だけでは最大2倍)、1つの材料で解決する話ではありません事実/本稿の計算
  • 「最良の1個」と「そろった何百個」は別の勝負です。研究室の最良値(0.5〜1.7 ms)と、300 mm の量産ラインや大規模チップの値(68〜100 µs 台)の間には、1桁以上の差があります。接合の抵抗を1%以内にそろえることも、周波数の衝突を避けるために必要です事実/本稿の計算
  • 材料の外から来る限界もあります。放射線が、いまの量子ビットを、ミリ秒の領域で制限します。冷凍機の冷却能力は、温度が低いほど桁違いに小さく、配線の熱が、量子ビットの数を縛ります事実
  • 他の方式でも、同じ視点が通用します。シリコンスピンの同位体、ダイヤモンドの 13C、イオンの電極表面、トポロジカルの界面。素材技術者の持つ、表面分析・薄膜成膜・同位体分析・熱設計の知識が、量子コンピュータの性能に直結します(本記事による整理)

7. 評価・標準の読み方

材料と製造の性能は、共振器の内部 Q・損失正接、量子ビットの T1・T2、接合のばらつき(σ)、歩留まり、冷却能力・熱負荷などで測ります。1つの数字だけでは分かりません。標準の側では、量子コンピューティングの用語の国際規格は公表されていますが、材料の損失や製造の品質を測る専用の標準は、本稿の調査範囲では確認できませんでした。

評価項目代表的なベンチマーク・評価手法(名称・出典)標準・指針(ISO/IEC・IEEE など)読み方の注意
材料の損失(共振器)内部 Q、損失正接 tanδ、参加率(Wang ら 2015 の表面参加率)。McRae ら(2020)の総説が、測定の設計と、結果の報告の推奨を示す[9・14]事実確認できなかった単一光子の電力、温度、素子の形で値が変わる。報告の書式がそろっているかを確認する
量子ビットのコヒーレンスT1、T2(エコー)。測り方と平均・最良の別は、報告ごとに違う[1〜5](詳しくは「コヒーレンスとフィデリティ」編)確認できなかった(ISO/IEC 4879 に、コヒーレンスの用語が含まれるかは未確認)同じ Q でも、周波数が低いと T1 は長く出る(2.4 節の計算)。平均・中央値か最良かを必ず確認する
接合のばらつき臨界電流・抵抗の相対標準偏差(σR、σIc)、周波数の標準偏差 σf(Kreikebaum、Osman、Hertzberg)[15・17・18]事実確認できなかったチップ内かウェーハ全体か、接合のサイズで変わる。同じ「%」でも比べられない
量産の統計ウェーハ全体の、コヒーレンス・歩留まり・ばらつき・経時変化(imec)[16]事実半導体の標準は IEC/TC 47 の範囲で、JTC 3 の対象外(下記)。量子ビット固有の SEMI 規格は確認できなかった産業の標準の書式が、量子ビットにそのまま使えるかは未確認
冷却能力・熱負荷各段の「温度ごとの冷却能力」(W at K)の仕様、配線の受動・能動の熱(Krinner ら)[23]事実。材料の熱伝導率の公表データ(NIST)[31]極低温容器は ISO/TC 220 の範囲で、JTC 3 の対象外(下記)冷却能力は温度によって桁違い。同じ「冷却能力」でも温度を確認する。機種は1つ
用語・範囲—(評価ではなく用語・範囲の標準)ISO/IEC 4879:2024「Information technology — Quantum computing — Vocabulary」(2024年5月発行、第1版、14ページ、公表済み)[32]。IEC/ISO JTC 3 の範囲には、量子情報(量子コンピューティング・シミュレーション)、量子計測、量子検出器などが含まれる。除外:半導体(IEC/TC 47)、極低温容器(ISO/TC 220)、光ファイバー(IEC/TC 86)、ナノテクノロジー(IEC/TC 113・ISO/TC 229)。公表済み1件・作成中12件[33]。JTC 3 は、IEC/TC 90(超伝導)などと連絡関係にある[33]事実規格の本文は有料で、本稿では確認していない。IEEE P7130(Quantum Technologies Definitions)は草案[37]で、今回は IEEE のページにアクセスできず、状態を再確認していない未確定/将来

表の整理は本稿の計算(整理)。番号は参考資料の番号。規格の番号・題名・状態は ISO の公式ページで確認(確認日 2026年10月16日)。規格の本文は有料のため、題名・適用範囲にとどめています。

読み方の注意(素材技術者向け)

  • 最良値と、そろった値は別:T1 の 1.68 ms は1素子の最大値、68 µs は105量子ビットの平均です。1桁以上違うことが、この記事の核心です[3・22]
  • T1 は、周波数に依存する:材料を比べるときは、Q や損失正接を見ます。周波数・光子数・温度が違う値は、そのままでは比べられません[9]
  • 企業の発表は、企業の主張:IBM のブログのように、性能値のない発表や、自社の製造の紹介は、一次情報(論文)で確認できるまで、事実とは扱いません[29]
  • 標準の「ない」ことに注意:材料の損失や製造の品質を測る専用の標準は、本稿では確認できませんでした。標準がないぶん、論文ごとの測り方と報告の書式を、読む側が確認する必要があります。半導体・極低温容器・超伝導は、それぞれ別の標準化の組織の範囲です[33]
  • 計画と達成は別:IEEE P7130 のような草案は未確定/将来です。IBM のロードマップや、300 mm での今後のチップも、計画です

8. 用語集

物理量子ビット/論理量子ビット
物理量子ビットは、実際の1個の素子。論理量子ビットは、誤り訂正のために多数の物理量子ビットをまとめたもの。この記事の数値は、すべて物理量子ビット。
ジョセフソン接合
2枚の超伝導体の間に、ごく薄い絶縁膜をはさんだ構造。非線形のインダクタとして働く。
トランズモン
ジョセフソン接合とキャパシタでできた、超伝導量子ビットの代表的な型。
T1
量子ビットがエネルギーを失って、基底状態に戻るまでの時間(寿命)。
T2(エコー)
位相の情報が保たれる時間。ハーンエコーという方法で、ゆっくりした雑音を打ち消して測る。
Q 値(品質係数)
共振の鋭さ。Q が大きいほど損失が小さい。T1 = Q ÷(2π f)。
損失正接(tanδ)
誘電体がエネルギーを失う割合を表す、材料の指標。
参加率
電場のエネルギーのうち、ある場所(例:表面の酸化膜)に蓄えられる割合。
TLS(二準位系)
非晶質の中にある、2つの状態を行き来できる小さな欠陥。量子ビットのエネルギーを奪う。
非晶質(アモルファス)
結晶のように原子が規則正しく並んでいない状態。自然酸化膜は多くが非晶質。
クーパー対
超伝導体の中で対を組んだ電子。抵抗なく流れる。
準粒子
クーパー対が壊れて生じる励起。量子ビットのエネルギーを奪う。
自然酸化膜
金属が空気にふれて、表面に自然にできる酸化膜。
不動態化(キャップ)
表面を別の物質でおおい、酸化などを防ぐこと。
斜め蒸着(シャドウ蒸着)
斜めの方向から金属を蒸着し、レジストの影を利用して、重なりを作る方法。
リフトオフ
レジストごと、その上の余分な金属を溶かして除く工程。
RIE(反応性イオンエッチング)
反応性のガスのイオンで、材料を削る加工。ファウンドリでの標準的な手法。
寄生接合
意図せずできた、ジョセフソン接合のような構造。誘電損失の原因になりうる。
周波数の衝突
隣り合う量子ビットの周波数が、ゲートの誤りを増やす関係になってしまうこと。
相対標準偏差
ばらつきを、平均値に対する割合で表したもの。
歩留まり
作ったもののうち、使えるものの割合。
CMOS パイロットライン/ファウンドリ
半導体の量産に使う工程の試験ライン/受託製造の工場。
高抵抗シリコン
不純物が少なく、電気抵抗が非常に高いシリコン。マイクロ波の損失が小さい基板に使う。
28Si(同位体精製)
核スピンをもつ 29Si を減らしたシリコン。シリコンスピン量子ビットの雑音を下げる。
ハードギャップ
超伝導のギャップの内側に、余計な状態がほとんどない状態。
希釈冷凍機
ヘリウム3とヘリウム4の混合液で、ミリケルビンまで冷やす装置。
MXC(ミキシング室)
希釈冷凍機の最も冷たい段。量子ビットを置く。
NbTi
ニオブとチタンの合金。低温で超伝導になり、熱をあまり通さないため、極低温の配線に使う。
熱伝導率
熱の通しやすさ。配線の材料選びで、電気の通しやすさと反対向きの要求になる。

9. 参考資料(一次情報)

  1. Place A. P. M. ほか "New material platform for superconducting transmon qubits with coherence times exceeding 0.3 milliseconds", Nature Communications 12, 1779 (2021), DOI 10.1038/s41467-021-22030-5 — doi.org/10.1038/s41467-021-22030-5
  2. Wang C. ほか "Towards practical quantum computers: transmon qubit with a lifetime approaching 0.5 milliseconds", npj Quantum Information 8, 3 (2022), DOI 10.1038/s41534-021-00510-2 — doi.org/10.1038/s41534-021-00510-2
  3. Bland M. P. ほか "Millisecond lifetimes and coherence times in 2D transmon qubits", Nature 647, 343–348 (2025), DOI 10.1038/s41586-025-09687-4(arXiv:2503.14798) — doi.org/10.1038/s41586-025-09687-4
  4. Bal M. ほか "Systematic improvements in transmon qubit coherence enabled by niobium surface encapsulation", npj Quantum Information 10, 43 (2024), DOI 10.1038/s41534-024-00840-x(arXiv:2304.13257) — doi.org/10.1038/s41534-024-00840-x
  5. Tuokkola M. ほか "Methods to achieve near-millisecond energy relaxation and dephasing times for a superconducting transmon qubit", Nature Communications 16, 5421 (2025), DOI 10.1038/s41467-025-61126-0(arXiv:2407.18778) — doi.org/10.1038/s41467-025-61126-0
  6. Siddiqi I. "Engineering high-coherence superconducting qubits", Nature Reviews Materials 6, 875–891 (2021), DOI 10.1038/s41578-021-00370-4 — doi.org/10.1038/s41578-021-00370-4
  7. de Leon N. P. ほか "Materials challenges and opportunities for quantum computing hardware", Science 372, eabb2823 (2021), DOI 10.1126/science.abb2823 — doi.org/10.1126/science.abb2823
  8. Oliver W. D., Welander P. B. "Materials in superconducting quantum bits", MRS Bulletin 38, 816–825 (2013), DOI 10.1557/mrs.2013.229 — doi.org/10.1557/mrs.2013.229
  9. McRae C. R. H. ほか "Materials loss measurements using superconducting microwave resonators", Rev. Sci. Instrum. 91, 091101 (2020), DOI 10.1063/5.0017378(arXiv:2006.04718) — doi.org/10.1063/5.0017378
  10. Müller C., Cole J. H., Lisenfeld J. "Towards understanding two-level-systems in amorphous solids: insights from quantum circuits", Rep. Prog. Phys. 82, 124501 (2019), DOI 10.1088/1361-6633/ab3a7e — doi.org/10.1088/1361-6633/ab3a7e
  11. Altoé M. V. P. ほか "Localization and mitigation of loss in niobium superconducting circuits", PRX Quantum 3, 020312 (2022), DOI 10.1103/PRXQuantum.3.020312(arXiv:2012.07604) — doi.org/10.1103/PRXQuantum.3.020312
  12. Verjauw J. ほか "Investigation of microwave loss induced by oxide regrowth in high-Q Nb resonators", Phys. Rev. Applied 16, 014018 (2021), DOI 10.1103/PhysRevApplied.16.014018(arXiv:2012.10761) — doi.org/10.1103/PhysRevApplied.16.014018
  13. Crowley K. D. ほか "Disentangling losses in tantalum superconducting circuits", Phys. Rev. X 13, 041005 (2023), DOI 10.1103/PhysRevX.13.041005(arXiv:2301.07848) — doi.org/10.1103/PhysRevX.13.041005
  14. Wang C. ほか "Surface participation and dielectric loss in superconducting qubits", Appl. Phys. Lett. 107, 162601 (2015), DOI 10.1063/1.4934486 — doi.org/10.1063/1.4934486
  15. Osman A. ほか "Simplified Josephson-junction fabrication process for reproducibly high-performance superconducting qubits", Appl. Phys. Lett. 118, 064002 (2021), DOI 10.1063/5.0037093(arXiv:2011.05230) — doi.org/10.1063/5.0037093
  16. Van Damme J. ほか "Advanced CMOS manufacturing of superconducting qubits on 300 mm wafers", Nature 634, 74–79 (2024), DOI 10.1038/s41586-024-07941-9 — doi.org/10.1038/s41586-024-07941-9
  17. Hertzberg J. B. ほか "Laser-annealing Josephson junctions for yielding scaled-up superconducting quantum processors", npj Quantum Information 7, 129 (2021), DOI 10.1038/s41534-021-00464-5(arXiv:2009.00781) — doi.org/10.1038/s41534-021-00464-5
  18. Kreikebaum J. M., O'Brien K. P., Morvan A., Siddiqi I. "Improving wafer-scale Josephson junction resistance variation in superconducting quantum coherent circuits", Supercond. Sci. Technol. 33, 06LT02 (2020), DOI 10.1088/1361-6668/ab8617(arXiv:1909.09165) — doi.org/10.1088/1361-6668/ab8617
  19. Vepsäläinen A. P. ほか "Impact of ionizing radiation on superconducting qubit coherence", Nature 584, 551–556 (2020), DOI 10.1038/s41586-020-2619-8(arXiv:2001.09190) — doi.org/10.1038/s41586-020-2619-8
  20. McEwen M. ほか "Resolving catastrophic error bursts from cosmic rays in large arrays of superconducting qubits", Nature Physics 18, 107–111 (2022), DOI 10.1038/s41567-021-01432-8(arXiv:2104.05219) — doi.org/10.1038/s41567-021-01432-8
  21. Cardani L. ほか "Reducing the impact of radioactivity on quantum circuits in a deep-underground facility", Nature Communications 12, 2733 (2021), DOI 10.1038/s41467-021-23032-z(arXiv:2005.02286) — doi.org/10.1038/s41467-021-23032-z
  22. Google Quantum AI "Quantum error correction below the surface code threshold", Nature 638, 920–926 (2025), DOI 10.1038/s41586-024-08449-y(arXiv:2408.13687) — doi.org/10.1038/s41586-024-08449-y
  23. Krinner S. ほか "Engineering cryogenic setups for 100-qubit scale superconducting circuit systems", EPJ Quantum Technology 6, 2 (2019), DOI 10.1140/epjqt/s40507-019-0072-0(arXiv:1806.07862) — doi.org/10.1140/epjqt/s40507-019-0072-0
  24. Dolan G. J. "Offset masks for lift-off photoprocessing", Appl. Phys. Lett. 31, 337–339 (1977), DOI 10.1063/1.89690 — doi.org/10.1063/1.89690
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  27. Hite D. A. ほか "100-fold reduction of electric-field noise in an ion trap cleaned with in situ argon-ion-beam bombardment", Phys. Rev. Lett. 109, 103001 (2012), DOI 10.1103/PhysRevLett.109.103001 — doi.org/10.1103/PhysRevLett.109.103001
  28. Kjaergaard M. ほか "Superconducting qubits: current state of play", Annu. Rev. Condens. Matter Phys. 11, 369–395 (2020), DOI 10.1146/annurev-conmatphys-031119-050605 — doi.org/10.1146/annurev-conmatphys-031119-050605
  29. IBM Quantum(企業の技術ブログ) "Building quantum computers with leading-edge semiconductor fab(2025年11月12日付)", IBM Quantum Computing Blog(企業の主張) — www.ibm.com/quantum/blog/300mm-fab
  30. Cho A. "Helium-3 shortage could put freeze on low-temperature research(題名のみを引用)", Science 326, 778–779 (2009), DOI 10.1126/science.326_778 — doi.org/10.1126/science.326_778
  31. NIST "Cryogenic Material Properties(極低温の材料物性データのページ)", NIST Cryogenic Technologies Group — trc.nist.gov/cryogenics/materials/materialproperties.htm
  32. ISO/IEC "ISO/IEC 4879:2024 Information technology — Quantum computing — Vocabulary(ISO のページ)", ISO — committee.iso.org/standard/80432.html
  33. ISO/IEC "IEC/ISO JTC 3 Quantum technologies(委員会のページ)", ISO — committee.iso.org/committee/10138914.html
  34. Steinacker P., Dumoulin Stuyck N. ほか "Industry-compatible silicon spin-qubit unit cells exceeding 99% fidelity", Nature 646, 81–87 (2025), DOI 10.1038/s41586-025-09531-9 — doi.org/10.1038/s41586-025-09531-9
  35. Balasubramanian G. ほか "Ultralong spin coherence time in isotopically engineered diamond", Nature Materials 8, 383–387 (2009), DOI 10.1038/nmat2420 — doi.org/10.1038/nmat2420
  36. Chang W. ほか "Hard gap in epitaxial semiconductor–superconductor nanowires", Nature Nanotechnology 10, 232–236 (2015), DOI 10.1038/nnano.2014.306 — doi.org/10.1038/nnano.2014.306
  37. IEEE SA "IEEE P7130 Standard for Quantum Technologies Definitions(草案)", IEEE SA(今回はページにアクセスできず、状態は再確認していない) — standards.ieee.org/ieee/7130/10680/

10. 主張と出典の対応表(監査)

記事内の主張根拠となる一次情報(記載箇所)区分
接合は Al/AlOx/Al。トランズモンは非線形インダクタ(ジョセフソン接合)にキャパシタをつないだ非調和振動子。斜め蒸着(Dolan 1977)、橋のない方法(Manhattan 型)、動的な酸化、1回の真空工程のパッチ統合(PICT)Kreikebaum ら(2020)、Osman ら(2021)、Dolan(1977)、Lecocq ら(2011)の要旨・本文
出典18 https://doi.org/10.1088/1361-6668/ab8617
出典15 https://doi.org/10.1063/5.0037093
出典24 https://doi.org/10.1063/1.89690
出典25 https://doi.org/10.1088/0957-4484/22/31/315302
事実
トランズモンは弱い非調和性をもち、上の準位ほど遷移のエネルギーが下がる。f が R_n の約 −1/2 乗。σf 132.3 MHz(2.3%)、σR 4.6%、レーザー調整後 σR 0.61%・σf 14.0 MHz(9.5倍の改善)。衝突の窓 ±17 MHz。σf=10 MHz で heavy-hex 型92%・正方格子0.8%が衝突なし(距離5)、30 MHz 超で10回超の衝突Hertzberg ら(2021)の要旨・本文・表1
出典17 https://doi.org/10.1038/s41534-021-00464-5
事実
150 mm ウェーハ・64個の 1×1 cm のチップで、室温の抵抗が ±30%。3,000接合・49 cm² で臨界電流の相対標準偏差 3.5% 未満、1×1 cm 内で平均 1.8%(一部 1.0% 未満)。38枚のウェーハの検討Kreikebaum ら(2020)の要旨
出典18 https://doi.org/10.1088/1361-6668/ab8617
事実
3,600接合超、ウェーハ全体 3.7%、チップ内平均 2.7%(20チップは 1.4〜2%)。周波数の変動 1.7〜2.5%、うち 60〜70% が接合面積のゆらぎ。T1 の平均 50 µs 超(Q>1.5×10^6)。寄生接合は誘電損失に寄与。10〜20%(Lotkhov らの Al 接合、0.125〜0.25 µm²)などの先行報告Osman ら(2021)の要旨・序論
出典15 https://doi.org/10.1063/5.0037093
事実
バルクの限界より桁違いに短い緩和時間。原因は管理されていない表面・界面・汚染物。Ta で 0.3 ms 超、17素子で増加(サファイア基板)Place ら(2021)の要旨
出典1 https://doi.org/10.1038/s41467-021-22030-5
事実
Ta ドライエッチで T1 の最良 503 µs。Ta、Nb、Al の比較で Ta > Al > Nb。違いは金属と空気の界面の酸化物の損失と推定Wang ら(2022)の要旨
出典2 https://doi.org/10.1038/s41534-021-00510-2
事実
Nb 表面のキャップ(Ta、Al、TiN、Au)。T1 が2〜5倍。Ta キャップで中央値 300 µs 超、最大 600 µs(サファイアとシリコン)。Nb の酸化物は Ta・Al・TiN の自然酸化物より有害Bal ら(2024)の要旨
出典4 https://doi.org/10.1038/s41534-024-00840-x
事実
T1 の中央値 425 µs、最大 666 ± 33 µs、エコー位相緩和の中央値 541 µs、最大 1057 ± 138 µs、周波数 2.9 GHz。設計・作製・測定系の詳細を報告Tuokkola ら(2025)の要旨
出典5 https://doi.org/10.1038/s41467-025-61126-0
事実
Ta を高抵抗 Si 上に。45量子ビットで Q の時間平均 9.7×10^6。最良の素子で時間平均 1.5×10^7、最大 2.5×10^7、T1 最大 1.68 ms。T2E が T1 を超える。1量子ビットゲート 99.994%。ウェーハ規模で作れる可能性。Ta/サファイアは TLS が支配し、表面とバルクの寄与が同程度Bland ら(2025)の要旨(Nature 版)
出典3 https://doi.org/10.1038/s41586-025-09687-4
事実
Ta 共振器の内部 Q が 5〜15×10^6。表面とバルクの TLS の寄与が同程度。表面の TLS は化学処理で変えられるCrowley ら(2023)の要旨
出典13 https://doi.org/10.1103/PhysRevX.13.041005
事実
Nb 共振器:HF で自然酸化膜を除き、16分の暴露で損失が1桁減り、単一光子の内部 Q が最大 7×10^6。最初の200時間で有意に育つ酸化物は Nb2O5。損失は Nb2O5 の厚さに比例。tanδ = 9.9×10^−3Verjauw ら(2021)の要旨
出典12 https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.16.014018
事実
TLS 損失の大半はシリコンの表面酸化膜、TLS 以外の損失の大半は Nb の表面酸化膜。界面の改質で TLS 損失 85%・非 TLS 損失 72% 減。単一光子の Q が 500万超Altoé ら(2022)の要旨
出典11 https://doi.org/10.1103/PRXQuantum.3.020312
事実
総説:TLS の正体の未解決の問い。材料損失の測定と報告の推奨。バルクから素子にすると非晶質の膜と非平衡の励起が導入される。5つの方式の材料の課題Müller ら(2019)、McRae ら(2020)、Siddiqi(2021)、de Leon ら(2021)、Oliver と Welander(2013)、Kjaergaard ら(2020)
出典10 https://doi.org/10.1088/1361-6633/ab3a7e
出典9 https://doi.org/10.1063/5.0017378
出典6 https://doi.org/10.1038/s41578-021-00370-4
出典7 https://doi.org/10.1126/science.abb2823
出典8 https://doi.org/10.1557/mrs.2013.229
出典28 https://doi.org/10.1146/annurev-conmatphys-031119-050605
事実
損失が、表面の誘電体層の参加率にほぼ比例(表面参加率)Wang ら(2015)
出典14 https://doi.org/10.1063/1.4934486
事実
環境の放射線が準粒子密度を上げ、いまの型の量子ビットの T1 をミリ秒の領域で制限。遮蔽でコヒーレンスが延びる傾向。赤外線の光子が準粒子を増やす先行報告。放射線の影響は今日の量子ビットでは小さいVepsäläinen ら(2020)の要旨
出典19 https://doi.org/10.1038/s41586-020-2619-8
事実
粒子の衝突が基板をイオン化し、フォノンと準粒子のバーストが、すべての量子ビットのエネルギーコヒーレンスを同時に制限、チップ全体の故障McEwen ら(2021)の要旨
出典20 https://doi.org/10.1038/s41567-021-01432-8
事実
深い地下の鉛遮蔽のクライオスタットで、バーストの頻度が50分の1、散逸が最大で4分の1Cardani ら(2021)の要旨
出典21 https://doi.org/10.1038/s41467-021-23032-z
事実
300 mm CMOS パイロットラインで、光リソグラフィと RIE のみで、T1・T2 が 100 µs 超。ウェーハ全体の統計(コヒーレンス、歩留まり、ばらつき、経時変化)。研究室の方法と同程度。三次元集積の可能性。産業の工程は高コヒーレンス向けに最適化されておらず、通常の方法と互換とは限らなかったVan Damme ら(2024)の要旨
出典16 https://doi.org/10.1038/s41586-024-07941-9
事実
105量子ビット機。量子ビットの平均 T1 68 µs、T2(CPMG)89 µs。改良した作製技術、参加率の設計、回路パラメータの最適化によるGoogle Quantum AI(2025)の本文(arXiv 版)
出典22 https://doi.org/10.1038/s41586-024-08449-y
事実
Loon・Nighthawk・今後のチップを、Albany NanoTech Complex の 300 mm ウェーハ技術で作る。一部は 200 mm に切り出して追加の工程。性能値の記載なし。2025年11月12日付IBM のブログ(企業の主張)
出典29 https://www.ibm.com/quantum/blog/300mm-fab
事実(企業の主張として)
希釈冷凍機(Bluefors XLD400)の各段の温度と冷却能力(35 K・30 W(45 K)、2.85 K・1.5 W(4.2 K)、0.88 K・40 mW(1.2 K)、82 mK・200 µW(140 mK)、6 mK・19 µW(20 mK))。50量子ビット・124本の線、MXC の負荷約30%・14 mK。同軸ケーブルの収容量を3倍にすれば150量子ビット。1000量子ビット向けの見直し(NbTi の磁束線、CP 約200 mK・400 µW、基板 30 mK・約 40 µW)。ケーブル径のトレードオフ、Eccosorb の赤外線フィルター(6 GHz で 6 dB)Krinner ら(2019)の表1・本文
出典23 https://doi.org/10.1140/epjqt/s40507-019-0072-0
事実
ヘリウム3の不足の報道(題名のみ)。極低温の材料物性データのページCho(2009)の題名、NIST のページ
出典30 https://doi.org/10.1126/science.326_778
出典31 https://trc.nist.gov/cryogenics/materials/materialproperties.htm
事実
シリコンスピン:300 mm ファウンドリの4素子で忠実度99%超、SPAM 最大 99.9%。ダイヤモンド:13C を約 0.3% に減らして T2 1.8 ms。イオン:電場雑音のその場洗浄による100分の1(題名)。InAs/Al ナノワイヤのハードギャップSteinacker ら(2025)、Balasubramanian ら(2009)、Brownnutt ら(2015)、Hite ら(2012)、Chang ら(2015)
出典34 https://doi.org/10.1038/s41586-025-09531-9
出典35 https://doi.org/10.1038/nmat2420
出典26 https://doi.org/10.1103/RevModPhys.87.1419
出典27 https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.109.103001
出典36 https://doi.org/10.1038/nnano.2014.306
事実
ISO/IEC 4879:2024(量子コンピューティングの用語、2024年5月、第1版、14ページ)。JTC 3 の範囲、除外(IT:JTC 1、ナノ:TC 113・TC 229、光ファイバー:TC 86、極低温容器:TC 220、半導体:TC 47)。公表済み1件・作成中12件。IEC/TC 90 などとの連絡関係。IEEE P7130 が草案ISO のページ(確認日 2026年10月16日)。IEEE のページは今回アクセス不可
出典32 https://committee.iso.org/standard/80432.html
出典33 https://committee.iso.org/committee/10138914.html
出典37 https://standards.ieee.org/ieee/7130/10680/
事実/未確定/将来
1/Q = Σ 参加率 × 損失正接 の例(参加率 10^−4 × 9.9×10^−3 → Q ≒ 10^6 → 5 GHz で約 32 µs)、Q から T1 への換算(5 GHz:10^6 で約 32 µs、10^7 で約 320 µs、2.5×10^7 で約 0.8 ms)、Bland らの最大 Q と最大 T1 からの周波数の逆算(約 2.4 GHz)、5.43 GHz で 1% の抵抗のずれ → 約 27 MHz、MXC の 19 µW を124本・1000本で割る粗い計算(約 0.15 µW/約 19 nW)、30 W ÷ 19 µW ≒ 1.6×10^6、19 µW は 1 W の約5万分の1、表面とバルクが同じ寄与なら片方をゼロにしても Q は最大2倍本稿の計算(出典の数値を使用。仮の値・仮定を明示)本稿の計算
「鐘の余韻」「はしごの段」「ピアノの弦」のたとえ、材料への読み取り(素材技術者の視点①〜⑥)、損失の足し算の考え方、要因の位置づけの整理(主因・次の限界・規模を決める限界)公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各研究者が表明した見解ではない解説
量産ラインの最新の性能・歩留まり、新しい材料(Ta など)の量産ラインへの導入、TLS の正体の最新の進展、Bland らの方法の多数の量子ビットでの再現、ヘリウム3の最新の需給、新機種の冷却能力、量子ビットの材料・製造に固有の標準、固体以外の方式の材料、国内の取り組み本稿の調査範囲でアクセスできた一次情報では確認できなかったため記載していない解説
図2・3・4・5・8が説明のための作図、図6・7・10が報告値のまとめの作図であること。図1・図9がImageGen生成の概念画像であること本記事による注記解説

最終更新:2026年10月16日/出典は一次情報(査読論文、総説、arXiv の論文、IBM の技術ブログ(企業の主張)、ISO・NIST の公式ページ)に限定しています。 T1 などの数値は、量子ビットの周波数・設計・測定法が違うため、優劣を示すものではありません。数値例のうち、仮の値・仮定を置いたものは、本文で明示しています。 量産ラインの最新の性能、新しい材料の量産への導入、量子ビットの材料・製造に固有の標準、IEEE P7130 の最新の状態については、確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用の概念図または報告値の作図で、図1と図9はImageGen生成の概念画像です。

図版更新:2026年10月17日。本文・出典整理表のベクター作図という表記は、保存した元SVGの由来を示します。現在の主図の形式と読み方は各図下の説明を参照してください。ImageGen画像は実測や実在製品の写真ではなく、元SVG・数値・出典は展開して確認できます。