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Merck & Co.|創薬・DDS 企業解説

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COMPANY PROFILE / 創薬・DDS

米国メルク(MSD)
― 世界最大の抗体医薬を「皮下注射」に作り替え、ADCと経口ペプチドで次の柱を探す製薬企業

米国メルク(Merck & Co., Inc.、米国・カナダ以外ではMSD)は、探索から承認・販売までを自社で担う製薬企業です。 2025年の売上の49%を、抗PD-1抗体キイトルーダ(Keytruda)1品目が占めています。 創薬・DDSの観点で見ると、同社はその抗体を点滴から皮下注射に変える製剤技術(Keytruda Qlex)を2025年に実用化し、 あわせて抗体薬物複合体(ADC)、経口で飲める環状ペプチド、mRNAによる個別化がんワクチン、薬物とFc断片の複合体へと手を広げています。 本稿では会社全体の規模は簡潔にとどめ、どのモダリティに何を投じ、誰と組み、何を目指しているかに絞ります。

構成:米国メルクが米国SECに提出した2025年12月期 Form 10-K(2026年2月24日提出)と2026年6月期 Form 10-Q(2026年8月7日提出)、2026年第2四半期決算発表(Form 8-K)を一次情報として使用/本稿は企業解説であり、医療上の助言ではありません/最終更新 2026年9月

この記事でわかること
  1. 30秒でわかる米国メルクと、創薬・DDSでの立ち位置
  2. ロゴと社名の表記について(ドイツのMerck KGaAとは別会社)
  3. 創薬・DDSの世界で、この会社はどこにいるか
  4. 会社の規模(簡潔に)
  5. 創薬・DDSにかけているリソース
  6. これまでの取り組み
  7. 今後の計画
  8. この会社は創薬・DDSで何を目指しているか
  9. 創薬・DDS分野の提携マッピング
  10. 提供している技術・製品・サービス
  11. この企業が抱えるリスク
  12. 用語集/出典/主張と出典の対応表

1. 30秒でわかる米国メルクと、創薬・DDSでの立ち位置

正式名称Merck & Co., Inc.米国・カナダ以外ではMSD
本社米国・ニュージャージー州ローウェイ126 East Lincoln Avenue
上場NYSE: MRK米国SECに10-K・10-Qを提出
この分野での区分製薬企業動物用医薬品事業も持つ
中心となるモダリティ抗体・ワクチン
低分子
キイトルーダ、ガーダシルなど
DDS上の成果抗体の皮下注製剤
経口の環状ペプチド
Keytruda Qlex(2025年)、Lipfendra(2026年)
2025年の売上US$65,011百万うちキイトルーダ系でUS$31,680百万
研究部門の人員約24,700人2025年12月31日。全社は約75,000人
まず押さえるべき1点

創薬・DDSの企業は、大きく製薬企業・創薬バイオテック・受託開発製造(CDMO・CRO)の3種類に分かれます。 米国メルクは製薬企業で、10-Kには「治療領域やモダリティにかかわらず新しい機会を追求する」と書かれています 事実。 ただし同社の現状を決めているのは、キイトルーダ1品目への依存(2025年の売上の49%)と、その米国の基本特許が2028年に満了することです。 皮下注射版のKeytruda Qlexは、同じ有効成分を別の投与経路・製剤で出す取り組みで、DDSの技術がそのまま事業戦略になっている例です。 本シリーズの技術解説「DDSと標的化」「抗体医薬とADC」「免疫チェックポイント阻害薬」とあわせて読むと位置づけが分かりやすくなります。

2. ロゴと社名の表記について

米国メルクのロゴは同社の商標です。本稿では生成画像による再現を行わず、 公式サイト(merck.com)から取得した画像を img/merck_logo.svg として設置しています。

表記の注意:法人名は Merck & Co., Inc.(ニュージャージー州法人、本社ローウェイ)です。 同社は決算発表で自らを「米国・カナダ以外ではMSDとして知られる」と記しています。 ドイツ・ダルムシュタットのMerck KGaAとは資本関係のない別の会社です。 Merck KGaAの側は、米国・カナダでは子会社がEMDというブランドで事業を行うと公式サイトに記しています。 本稿では混同を避けるため「米国メルク」と表記します。

公式サイト:https://www.merck.com/

3. 創薬・DDSの世界で、この会社はどこにいるか

創薬・DDSに関わる企業の3つの類型 同じ「薬の会社」でも、薬づくりのどこを担うかがまったく違う 製薬企業 創薬バイオテック 受託開発製造・研究 探索から承認・販売まで自社で担う 新しいモダリティや手法で候補を作る 他社の薬の開発・製造を請け負う Eli Lilly/Novo Nordisk 第一三共/Pfizer ほか Alnylam/Arvinas Moderna/Insilico ほか Lonza/Samsung Biologics WuXi AppTec ほか 後期臨床と販売網の資金力 特定の技術基盤の深さ 設備と規制対応の量産力 特許切れで売上が急減しうる 後期開発の資金を提携に頼る 顧客の開発中止・政策の影響 米国メルクは左端の製薬企業。抗体の皮下注製剤化など、DDSを自社品の延命と拡張に使う ADCは第一三共・Kelun、mRNAはModerna、薬物-Fc複合体はCidaraと、外部から取り込む
図1 創薬・DDSに関わる企業の3類型と、米国メルクの位置づけ。区分は本稿によるもので、企業名は本シリーズで扱う企業から例示しています 本稿の計算。米国メルクは動物用医薬品事業も持ちますが、2025年の売上の約89%が医薬品(Pharmaceutical)部門です(US$58,142百万÷US$65,011百万)。

モダリティ別に見ると、米国メルクの手札は次のとおりです 事実。 売上の中心は抗体(キイトルーダ)とワクチン(ガーダシル、ニューモコッカル系など)で、 開発ではADC(第一三共の3品目、Kelun-Biotech由来のsac-TMT)、経口の環状ペプチド(Lipfendra)、 mRNA(Modernaと共同の個別化ネオアンチゲン療法V940)、薬物-Fc複合体(Cidara由来のMK-1406)、 アクチビンシグナル阻害薬(Winrevair)、吸入剤(Verona Pharma由来のOhtuvayre)が加わります。 がん領域では「免疫腫瘍、精密分子標的、組織標的」の3本柱を掲げ、ADCは3本目の「組織標的」に位置づけられています。

4. 会社の規模(簡潔に)

会社全体の規模は1つの表にとどめます 事実。金額は米ドル、会計年度は12月期です。

指標(US$百万)2023年2024年2025年2026年1〜6月
売上高(Sales)60,11564,16865,01132,893
研究開発費(導入・資産取得の費用を含む)30,53117,93815,78922,333
設備投資(Capital expenditures)3,8633,3724,112―
うちキイトルーダ/Keytruda Qlexの売上25,01129,48231,680―

従業員は約75,000人(うち米国・プエルトリコ約30,000人、2025年12月31日)。2026年1〜6月は10-Qの未監査値。

ここで注意:研究開発費の数字は「買い物」で大きく揺れる

米国メルクの研究開発費には、導入の一時金や、資産取得として処理した買収の費用が含まれます 事実。 2023年のUS$30,531百万には、第一三共との提携の一時金など(計US$5.5 billionの費用)やPrometheusの買収(US$10.2 billionの費用)が入っています。 2026年1〜6月のUS$22,333百万も、Cidara(2026年1月)とTerns(2026年5月)の買収に伴う「研究開発の資産取得費用」US$13,811百万を含みます。 社内の研究部門(MRL)が直接使った費用は、2025年US$10.8 billion、2024年US$10.1 billionです。 モダリティ別の研究開発費は開示されていません 未確定/将来。

5. 創薬・DDSにかけているリソース

リソースの種類内容区分
人(研究人員)研究活動に従事する人員は約24,700人(2025年12月31日)事実
人(研究拠点)米国の主要研究拠点はニュージャージー州ローウェイ、ペンシルベニア州ウェストポイント、マサチューセッツ州ボストン・ケンブリッジ、カリフォルニア州サウスサンフランシスコ。米国外は英国・スイス・中国事実
金(研究開発費)2025年US$15,789百万(うちMRLの直接費US$10.8 billion)。モダリティ別の内訳は記載なし事実(内訳は確認できず)
金(製造設備)2025年の設備投資US$4.1 billion。2025〜2029年に設備案件へ約US$20 billionを投じる計画で、うちUS$12 billion超が米国事実
製造網の組み替え2024年の構造改革計画は「将来のパイプラインが新しいモダリティへ移る」ことを理由に製造網を最適化する内容。2025年3月にはWuXi Vaccines(WuXi Biologics子会社)のアイルランド・ダンドーク工場を取得事実
買収Verona Pharma(2025年10月、US$10.4 billion、吸入剤)、Cidara(2026年1月、US$9.2 billion、薬物-Fc複合体)、Terns(2026年5月、US$6.8 billion、経口低分子)事実
導入(ライセンス)第一三共のADC 3品目(2023年、支払い計US$4.0 billion+継続一時金US$750百万×2)、Kelun-BiotechのADC(2023年、一時金US$175百万)、Alteogenの酵素(2024年に独占ライセンスへ変更)、Hengruiの経口Lp(a)阻害薬(2025年)事実
外部の開発資金Blackstone Life Sciencesがsac-TMTの開発費の一部としてUS$700百万を2026年第4四半期に支払う契約(2025年10月)事実
大学・公的機関との連携米国国立がん研究所(NCI)などと、HPVワクチン1回接種の有効性を調べるコスタリカの臨床試験を延長。創薬・DDSの技術開発に関する大学連携は10-K・10-Qに具体的な記載なし事実(DDSは確認できず)
「内製と外部調達」の比率

2025年の研究開発費US$15,789百万のうち、MRLの直接費はUS$10.8 billionで、残りの約US$5.0 billionは動物用医薬品の研究費、導入の一時金、資産取得の費用、他部門の支援費などです 本稿の計算。 さらに2026年は上期だけで資産取得の費用がUS$13,811百万に達しており、社内研究の年間予算を上回る額を半年で外部の候補の獲得に使った計算になります 本稿の計算。

6. これまでの取り組み

時期できごと創薬・DDSでの意味
2022年Modernaとの既存契約に基づき、個別化ネオアンチゲン療法V940(mRNA-4157)の共同開発・共同販売の権利を行使mRNAを使ったがん治療への参加
2023年2月Kelun-Biotechと最大7つの前臨床ADCのライセンス契約(一時金US$175百万)。のちに一部を解約ADCの候補を中国のバイオテックから獲得
2023年10月第一三共と、DXd ADC 3品目の世界的な共同開発・販売契約。製造と供給は第一三共が担うADCの大型導入。製造は自社で持たない形
2024年1月「将来のパイプラインが新しいモダリティへ移る」ことを踏まえた製造網の再編計画を承認低分子中心の工場から組み替える
2024年2月Alteogenとの契約を、皮下注用ペムブロリズマブ向けberahyaluronidase alfaの独占ライセンスに変更皮下注製剤の鍵となる酵素を確保
2025年3月WuXi Vaccinesのアイルランド・ダンドーク工場を取得ワクチン製造拠点を委託先から自社へ
2025年9月Keytruda Qlexが米国FDAで承認(キイトルーダの固形がん適応で皮下投与)。11月には欧州委員会がキイトルーダの皮下投与経路・注射液剤形を承認同じ抗体を点滴から皮下注射へ
2025年10月Verona Pharmaを買収(US$10.4 billion)。吸入のPDE3/PDE4阻害薬Ohtuvayreを取得吸入という投与経路の製品を獲得
2026年1月Cidaraを買収(US$9.2 billion)。低分子のノイラミニダーゼ阻害薬をヒト抗体のFc断片に結合したMK-1406(フェーズ3)を取得「薬物-Fc複合体」で低分子を長く効かせる
2026年5月Terns Pharmaceuticalsを買収(US$6.8 billion)。経口のアロステリックBCR::ABL1阻害薬MK-4208(フェーズ1/2)を取得経口低分子の補強
2026年7月Lipfendra(enlicitide)が米国FDAで承認。1日1回の経口PCSK9阻害薬で、会社は「新規の環状ペプチド」と説明抗体と同じ標的を、飲めるペプチドで狙う

臨床試験の例:LipfendraのCORALreef試験

Lipfendraの米国承認は、CORALreef LipidsとCORALreef HeFHの2つのフェーズ3に基づきます。 会社の発表では、24週時点のLDLコレステロールの低下率は、プラセボとの差でそれぞれ56%と59%でした 事実。 ClinicalTrials.govには、MK-0616の無作為化・二重盲検・プラセボ対照フェーズ3として、成人の高コレステロール血症(NCT05952856)とヘテロ接合性家族性高コレステロール血症(NCT05952869)の試験が登録されており、 いずれも主要評価項目は「24週時点のLDLコレステロールのベースラインからの変化率」です 事実。 本稿はこれらの数値で他の治療薬との優劣を論じるものではありません。

7. 今後の計画

フェーズ3の試験数約80件が進行中2025年に21件を新たに開始
ADCI-DXdが米国で優先審査審査終了目標日 2026年10月10日
経口ペプチドLipfendraがEU・中国で審査中2026年6月期10-Qの時点
設備投資2025〜2029年に約US$20 billionうち米国がUS$12 billion超
候補(モダリティ)開発段階・予定区分
ifinatamab deruxtecan/MK-2400(ADC、B7-H3)既治療の進展型小細胞肺がんで米国に申請、優先審査。フェーズ2のIDeate-Lung01に基づく未確定/将来
sacituzumab tirumotecan/MK-2870(ADC、TROP2)乳がん・子宮頸がん・子宮体がん・胃がん・肺がん・卵巣がんで開発中(フェーズ3を含む)未確定/将来
patritumab deruxtecan、raludotatug deruxtecan(ADC)第一三共と開発中(フェーズ3を含む)未確定/将来
V940(mRNA個別化ネオアンチゲン療法)キイトルーダとの併用で、メラノーマと非小細胞肺がんの術後療法を評価中未確定/将来
MK-1406(薬物-Fc複合体)インフルエンザ予防でフェーズ3未確定/将来
MK-8591D(islatravir+Gileadのlenacapavir、週1回経口)HIV-1感染症でフェーズ3。islatravirの高用量試験には部分的な臨床保留が残る未確定/将来
Lipfendra(経口環状ペプチド)EUと中国で審査中。心血管アウトカム試験も進行未確定/将来
確認できなかったこと

次はいずれも10-K・10-Qに記載がありません 未確定/将来。

モダリティ別の研究開発費/約US$20 billionの設備投資計画のうちどのモダリティ向けがいくらか/ Keytruda Qlexへの切り替え率の目標/Lipfendraの製造方法と生産能力/ADCを自社で製造する計画の有無。 報道ベースの売上予測や切り替え率は採用しません。

8. この会社は創薬・DDSで何を目指しているか

ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。

読み取れること根拠となる一次情報区分
皮下注製剤で、2028年の米国特許満了後もキイトルーダ系の売上を保とうとしているキイトルーダの米国の基本特許は2028年満了(10-K)。Keytruda Qlexは別の配合成分(berahyaluronidase alfa)を含む製剤として承認された推測
ADCは自社で製造せず、提携先に作ってもらう形で拡大する第一三共の3品目は「第一三共が製造と供給を単独で担う」と10-Kに明記推測
注射で使われてきた標的を、飲める分子で狙う方向を重視しているPCSK9(従来は抗体)を経口の環状ペプチドで狙うLipfendra、週1回・月1回の経口HIV薬候補推測
低分子を抗体の部品と組み合わせて長く効かせる技術にも賭けているCidaraの買収に約US$9.2 billionを投じ、薬物-Fc複合体MK-1406を取得事実(評価は推測)
製造網を新しいモダリティ向けに組み替える途中にある2024年の構造改革の理由として「将来のパイプラインが新しいモダリティへ移る」と明記事実
推測の根拠を1つだけ詳しく:皮下注射は「延命策」か「新製品」か

10-Kの特許一覧で、キイトルーダの米国の基本特許満了は2028年です(化合物特許群には2029年満了の特許も2件あり、会社は将来の訴訟を予想) 事実。 一方、Keytruda Qlexはpembrolizumabにberahyaluronidase alfa(皮下組織での拡散と透過性を高める酵素)を配合した製剤で、 米国では別ブランドとして承認されています。米国メルクはこの酵素についてAlteogenと独占ライセンスを結び、承認・売上に応じた支払い(規制上のマイルストン最大US$51百万、売上マイルストン最大US$1.0 billion)を約束しています 事実。 本稿は、点滴版に後発のバイオシミラーが出た後も、皮下注版には別の保護が残る可能性を会社が見込んでいると読みます 未確定/将来。ただし会社はこの意図を明言しておらず、Halozymeとの特許紛争の結果によっては前提が変わります。

9. 創薬・DDS分野の提携マッピング

米国メルクを中心とした創薬・DDSの提携関係 10-K・10-Qに記載のある関係のみ。報道ベースの関係は含まない 共同開発・導入 買収 製造拠点の取得 米国メルク 製薬企業 第一三共 DXd ADC 3品目を共同開発 Kelun-Biotech ADC(sac-TMTほか) Moderna mRNA個別化療法を共同開発 Alteogen 皮下注用の酵素を導入 Gilead 週1回経口HIV薬を共同開発 Verona Pharma 吸入剤(2025年10月) Cidara 薬物-Fc複合体(2026年1月) Terns 経口低分子(2026年5月) Hengrui 経口Lp(a)阻害薬を導入 WuXi Vaccines ダンドーク工場を取得
図2 米国メルクを中心とした創薬・DDSの提携関係。出典:2025年12月期 Form 10-K、2026年6月期 Form 10-Q。第一三共のADCは第一三共が製造・供給を担います。Halozymeとは提携ではなく特許紛争の関係にあるため図に含めていません。sac-TMTの開発資金を拠出するBlackstone Life Sciencesは、提携の種類が異なるため図では省略し、第5章の表に記載しています。図に含めたのは一次情報に記載のある関係だけで、報道で語られる関係は含めていません。

10. 提供している技術・製品・サービス

創薬・DDSに関係する主な製品を、モダリティ別に示します 事実(US$百万)。

製品モダリティ・剤形主な対象(会社の記載)2025年売上2026年1〜6月
Keytruda/Keytruda Qlex抗PD-1抗体(点滴/皮下注)多くのがん31,680Qlex単独で590
Gardasil/Gardasil 9組換えワクチンHPV感染の予防5,233―
Winrevairアクチビンシグナル阻害薬肺動脈性肺高血圧症1,4431,114
Ohtuvayre吸入のPDE3/PDE4阻害薬COPDの維持療法2025年10月の買収で取得―
Lipfendra経口の環状ペプチド(PCSK9阻害)高コレステロール血症2026年7月に米国承認―
Idvynso経口低分子2剤の配合錠HIV-1感染症(切り替え)2026年4月に米国承認―

Keytruda Qlexの2026年4〜6月の売上はUS$463百万で、キイトルーダ系全体(US$8,367百万)の約5.5%です(本稿の計算)。

素材技術者の視点:皮下注射を可能にする「酵素」と、飲めるペプチドの「環」

抗体を皮下注射で大量に入れるには、皮下の組織に数mL以上の液体を短時間で広げる必要があります。 Keytruda Qlexに配合されたberahyaluronidase alfaは、会社の説明では「拡散と透過性を高めて皮下投与を可能にする」成分で 事実、 皮下組織の主要な構成成分であるヒアルロン酸を分解する酵素(ヒアルロニダーゼ)の一種です。 ここで競合するのがHalozymeの「改変ヒアルロニダーゼ(MDASE)」特許群で、同社は2025年4月に15件の特許の侵害を主張して提訴しています 事実。 製剤の添加剤である酵素1つが、世界最大の医薬品の投与形態を左右していることになります。

Lipfendraは会社が「新規の環状ペプチド(macrocyclic peptide)」と説明する経口薬です 事実。 ペプチドは通常、胃で分解され腸から吸収されにくいため注射が基本です。 環状にすると消化酵素に切られにくく、形が固定されて標的への結合も強くなる、というのが一般的な設計の考え方ですが、 Lipfendraでどのような吸収促進の工夫(添加剤など)を使っているかは、本稿が確認した一次情報には書かれていません 未確定/将来。技術の背景は本シリーズの技術解説「ペプチド医薬とGLP-1」「薬物動態と前臨床試験」を参照してください。

11. この企業が抱えるリスク

リスク内容区分
1品目への依存2025年はキイトルーダが売上の49%。米国の基本特許は2028年満了事実
皮下注製剤の特許紛争Halozymeが改変ヒアルロニダーゼの特許15件の侵害を主張して提訴(2025年4月)。欧州の一部の国での発売時期は訴訟の結果にも左右されると会社が記載事実
Keytruda Qlexの利用が伸びない可能性10-Kがリスク要因として「Keytruda Qlexの利用が想定を下回ること」を挙げている事実
ワクチン需要の変動ガーダシルの売上は2024年US$8,583百万から2025年US$5,233百万へ減少。中国での需要低下を会社が記載事実
買収費用の一括計上資産取得として処理した買収は研究開発費に一括計上され、四半期の損益が赤字になりうる(2026年4〜6月期は純損失)事実
ADCの供給を提携先に依存第一三共の3品目は第一三共が製造・供給を担う。供給側の制約がそのまま米国メルクの制約になる推測
外部調達の比重の高まり2026年上期の資産取得費用が社内研究の年間直接費を上回る。候補の成否が買収額の回収を左右する推測

12. 用語集

皮下注射(SC)
皮膚と筋肉の間の組織に薬を注射する方法。点滴(静脈内投与)より短時間で済むことが多い。
ヒアルロニダーゼ
皮下組織のヒアルロン酸を一時的に分解する酵素。注射した液体を広げやすくする。
ADC(抗体薬物複合体)
抗体にリンカーを介して強い薬物(ペイロード)をつないだ薬。DXdは第一三共のペイロードの名称。
環状ペプチド
アミノ酸の鎖の両端などをつないで輪にしたペプチド。分解されにくく、形が安定する。
PCSK9
肝臓のLDL受容体の分解を促すタンパク質。阻害するとLDLコレステロールが下がる。
薬物-Fc複合体(DFC)
低分子の薬を抗体のFc断片に結合させ、血中に長くとどまるようにした分子。
個別化ネオアンチゲン療法
患者ごとのがんに特有の変異から作る抗原をmRNAで投与し、免疫にがんを認識させる考え方。
資産取得
買収した会社の価値がほぼ1つの開発品に集中する場合の会計処理。対価の多くを研究開発費として一括計上する。
概念図:同じ抗体を点滴から皮下注射へ作り替える製剤技術と、飲めるペプチドという新しい剤形AI生成による概念図
図3 米国メルクの創薬・DDSへの取り組み方の概念図(AI生成による概念図。実際の設備や製品を写したものではありません)。

13. 出典

  1. Merck & Co., Inc. Form 10-K for the fiscal year ended December 31, 2025(米国SEC提出、2026年2月24日)。売上・研究開発費・設備投資・人員・研究拠点、製品別売上、キイトルーダの特許満了年、Keytruda Qlex、第一三共・Kelun-Biotech・Alteogen・Moderna・Blackstoneとの契約、Verona Pharma買収、Cidara買収合意、Halozymeとの紛争、構造改革計画、リスク要因。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
  2. Merck & Co., Inc. Form 10-Q for the quarterly period ended June 30, 2026(米国SEC提出、2026年8月7日)。2026年上期の売上・研究開発費、Cidara・Terns買収、Lipfendra・Idvynsoの承認、I-DXdの優先審査、Halozymeとの紛争の経過、NCIとの試験延長。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
  3. Merck & Co., Inc. Second-Quarter 2026 Financial Results(Form 8-K Exhibit 99.1、2026年8月4日)。「米国・カナダ以外ではMSD」という社名表記、Lipfendraの承認とCORALreef試験の24週時点の結果、Keytruda Qlexの売上。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000310158/000110465926090045/tm2621496d1_ex99-1.htm
  4. ClinicalTrials.gov NCT05952856(MK-0616、成人の高コレステロール血症、フェーズ3)。試験デザインと主要評価項目。 https://clinicaltrials.gov/study/NCT05952856
  5. ClinicalTrials.gov NCT05952869(MK-0616、ヘテロ接合性家族性高コレステロール血症、フェーズ3)。試験デザインと主要評価項目。 https://clinicaltrials.gov/study/NCT05952869
  6. Merck KGaA 公式サイト。ドイツ・ダルムシュタットのMerck KGaAの子会社が米国・カナダではEMDブランドで事業を行う旨の記載。 https://www.merckgroup.com/en
  7. Merck & Co., Inc. 公式サイト(ロゴ画像の取得元、社名表記の確認用)。 https://www.merck.com/

14. 主張と出典の対応表

本文の主張区分出典
正式名称、本社所在地、上場市場事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
米国・カナダ以外ではMSDとして知られること事実出典3 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000310158/000110465926090045/tm2621496d1_ex99-1.htm
Merck KGaA(ドイツ)の子会社が米国・カナダではEMDブランドで事業を行うこと事実出典6 https://www.merckgroup.com/en
2023〜2025年の売上・研究開発費・設備投資、キイトルーダ系の売上、ガーダシル・Winrevairの売上事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
従業員約75,000人、研究人員約24,700人、研究拠点、MRLの直接費事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
2026年上期の売上・研究開発費・資産取得費用、Keytruda Qlex・Winrevairの上期売上事実出典2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
キイトルーダが2025年売上の49%、米国の基本特許満了が2028年事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Keytruda Qlexの構成(berahyaluronidase alfa)、米国承認(2025年9月)、EUの承認(2025年11月)事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Alteogenとの独占ライセンス(2024年2月)と支払い条件事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Halozymeとの皮下注ペムブロリズマブをめぐる特許紛争事実出典1・2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
第一三共とのDXd ADC 3品目の契約(支払額、製造・供給は第一三共)事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Kelun-Biotechとの契約、sac-TMTの開発、Blackstoneの開発資金事実出典1・2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Modernaとの V940 共同開発事実出典1 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Verona Pharma(2025年10月)、Cidara(2026年1月)、Terns(2026年5月)の買収と取得品目事実出典1・2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
WuXi Vaccinesのダンドーク工場の取得、2024年構造改革計画の理由、設備投資計画約US$20 billion事実出典1・2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000063/mrk-20251231.htm
Lipfendraの米国承認(2026年7月)、環状ペプチドであること、EU・中国で審査中事実出典2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
CORALreef試験の24週時点のLDL-C低下(プラセボ差56%・59%)事実出典3 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000310158/000110465926090045/tm2621496d1_ex99-1.htm
MK-0616のプラセボ対照フェーズ3の登録(NCT05952856、NCT05952869)と主要評価項目事実出典4・5 https://clinicaltrials.gov/study/NCT05952856
がん領域の3本柱、フェーズ3約80件、I-DXdの優先審査と目標日、V940・MK-1406・MK-8591Dの段階事実出典1・2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
NCIとのHPVワクチン試験の延長事実出典2 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
創薬・DDS企業の3類型の区分本稿の計算本稿による整理。企業名は本シリーズの対象企業から例示
研究開発費のうちMRL以外の約US$5.0 billion、Keytruda Qlexの比率約5.5%、上期の資産取得費用が社内研究の年間直接費を上回ること本稿の計算出典1・2の数値から本稿が計算
モダリティ別の研究開発費・設備投資、Qlexの切り替え目標、Lipfendraの製造方法と吸収促進の工夫、ADCの自社製造計画未確定/将来出典1〜3に記載なし。報道ベースの数値は採用しない https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/310158/000031015826000212/mrk-20260630.htm
皮下注製剤で特許満了後の売上を保とうとしているという読み推測特許満了年とQlexの構成・Alteogen契約からの本稿の解釈
ADCは自社で製造せず提携先に作ってもらう形で拡大するという読み推測第一三共との契約条件からの本稿の解釈
注射の標的を飲める分子で狙う方向を重視しているという読み推測Lipfendraと経口HIV候補からの本稿の解釈
ADC供給の提携先依存、外部調達比重の高まりというリスク推測契約条件と費用構成からの本稿の解釈

最終更新:2026年9月26日/Troy Technical
本稿の数値はすべて米国メルク(Merck & Co., Inc.)が米国証券取引委員会(SEC)に提出した法定開示書類と、ClinicalTrials.govの登録情報に基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。本稿は特定の医薬品の使用を勧めるものではなく、医療上の判断は必ず医師・薬剤師にご相談ください。