INSTITUTION PROFILE / 創薬・DDS
ICH
― 新薬の「試験のやり方」と「申請書の形」を各国でそろえる会議体
ICH(医薬品規制調和国際会議)は、各国の医薬品規制当局と製薬業界の団体が集まり、 新薬の開発に必要な試験や申請資料の技術的な要求事項をそろえる国際組織です。 ICH自身は薬を承認しませんが、ここで合意されたガイドラインを米国・欧州・日本・中国などの当局が 自国の規則として取り入れるため、新薬の開発計画の「共通ルール」として働きます。 本稿では、ICHが創薬・DDSにどこまで影響を持つのかを、代表的なガイドラインの取り込まれ方から整理します。
- 30秒でわかるICH
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- 創薬・DDSで何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 関わっている企業・組織
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるICH
ICHのガイドラインは、それ自体に法的な強制力はなく、各当局が自国の規則として実施して初めて効力を持ちます。 ICHは「すべての規制当局メンバーがすべてのガイドラインを実施する」ことを目標に掲げていますが、 実施は各国・地域の規則に従って行われ、時期は当局ごとに異なります 事実。 それでも影響力が大きいのは、米国・欧州・日本・中国などの主要な当局がそろって加盟しており、 企業が同じ試験計画と共通形式の申請資料で複数の市場に申請できるようになるからです。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
創薬・DDSの記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では薬を売りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. 創薬・DDSで何をしているか
ICHのガイドラインは、品質(Q)・安全性(S)・有効性(E)・複合領域(M)の4系統に分かれます。 創薬・DDSに特に関わる6本について、採択(Step 4)と、日米欧中の当局が自国の規則として実施した日を並べます 事実。
| ガイドライン | 何をそろえるか | 採択(Step 4) | 欧州/米国/日本/中国の実施日 | 実施済みの当局 |
|---|---|---|---|---|
| M3(R2) | 臨床試験と承認申請を支えるために必要な非臨床安全性試験の種類・期間・時期 | 2009年6月11日 | 2009年12月/2010年1月/2010年2月/2021年11月 | 19当局中15 |
| S6(R1) | バイオ医薬品(抗体など)の前臨床安全性評価。動物種の選び方、免疫原性、生殖発生毒性、がん原性の評価 | 2011年6月12日 | 2011年12月/2012年5月/2012年3月/2020年5月 | 19当局中16 |
| E9(R1) | 臨床試験で「何を推定するか」(推定対象=estimand)の枠組みと感度分析 | 2019年11月20日 | 2020年7月/2021年5月/2024年6月/2022年1月 | 19当局中13 |
| Q5E | バイオ医薬品の製法を変えた前後の同等性・同質性の評価 | 2004年11月18日 | 2005年6月/2005年6月/2005年4月/2020年7月 | 19当局中15 |
| Q6B | バイオ医薬品の規格と試験方法(受け入れ基準) | 1999年3月10日 | 1999年9月/1999年8月/2001年5月/実施手続き中 | 19当局中14 |
| M4(CTD) | 承認申請資料の共通の形式。5つのモジュールのうち第1部だけが地域ごとに異なる | 2000年11月に合意 M4(R4)は2016年6月15日 | 必須化:欧州と日本 2003年、米国 2017年。中国は2018年2月に実施 | ― |
※実施日と当局数はICHの各ガイドラインの頁の実施状況(19の規制当局メンバー)によります。E9(R1)の欧州での実施から日本での実施まで約4年の差があるように、採択から実施までの時期は当局ごとに大きく違います。
新しいモダリティに向けて進行中の議題
| 議題 | 中身 | 状況 |
|---|---|---|
| S13 | 核酸医薬(オリゴヌクレオチド)の非臨床安全性試験 | 2023年6月に総会が承認し作業部会を設置。2026年6月の総会で進捗を報告 |
| Q6(R1) | Q6A(化学合成品)とQ6B(バイオ医薬品)を同時に改訂し、すべてのモダリティに共通の規格設定の原則をつくる | 2021年6月に総会が承認、2024年7月に構想文書を承認 |
| Q5E付属書 | 細胞・遺伝子治療などの先端医療製品(ATMP)の製法変更時の同等性 | 2025年4月に総会が承認 |
| M18 | バイオシミラーの開発で比較有効性試験がどこまで必要かを判断する枠組み | 2025年5月に総会が承認 |
| E23 | リアルワールドエビデンスを有効性の規制判断に使うときの考え方 | 2025年5月に総会が承認 |
M3(R2)は、臨床試験のどの段階までにどの非臨床試験を終えておくべきかを決めるので、 前臨床の予算と日程を左右します。抗体などのバイオ医薬品ではS6(R1)が動物種の選び方を、 Q5EとQ6Bが製造と品質管理の組み立てを決めます。 核酸医薬や細胞・遺伝子治療のように比較的新しいモダリティでは、専用の合意(S13、Q5E付属書)がまだ作業中で、 当局ごとの個別の相談に頼る部分が残っていることになります 未確定/将来。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | ICHが持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 当局と業界団体の合意として技術ガイドラインを採択する権限。規制当局メンバーはすべてのガイドラインの実施をめざす | 薬を承認・却下する権限。ガイドラインを企業に直接強制する権限(強制力は各当局の規則から生まれる) |
| 地域 | 19の規制当局メンバー(欧州、米国、日本、中国、カナダ、スイス、英国、韓国、ブラジルなど)の市場。オブザーバーにはWHO、インド、オーストラリアなどの当局も含まれる | 加盟していない国の規制。実施の時期と方法を当局に指示する権限 |
| 対象 | その市場で売りたい企業すべて。本社の国にかかわらず、申請先の当局が実施したガイドラインに従う | 個々の企業の加盟(加盟するのは業界団体) |
| 規模 | 2026年の予算1,850万スイスフラン。年会費は創設メンバーが23万3,000スイスフラン | 大きな常設の研究・審査組織(作業は各当局と業界の専門家が担う) |
2026年の予算1,850万スイスフランのうち、約1,380万は規制のための医学用語集MedDRAの維持・運営費で、 MedDRAの利用料でまかなわれます。ICHの会費収入は約236万スイスフランです 事実。 ICHの影響力は予算の大きさではなく、主要な当局がそろって同じ合意に参加していることから生まれます。 また、「加盟25」は組織の数で、ICHの活動に関わる専門家の人数は公表資料では確認できませんでした 未確定/将来。
5. 関わっている企業・組織
加盟者の内訳
| 区分 | 加盟者(ICHの表記に基づく) | 本シリーズとの関係 |
|---|---|---|
| 創設メンバー(規制当局) | EC(欧州)、FDA(米国)、MHLW/PMDA(日本) | FDA・EMA・PMDAの機関解説。欧州は「EC, Europe」として加盟 |
| 創設メンバー(業界団体) | EFPIA、JPMA、PhRMA | 個々の製薬企業は加盟者ではなく、業界団体を通じて参加する |
| 常任・一般の規制当局メンバー | Health Canada、Swissmedic、NMPA(中国)、MHRA(英国)、MFDS(韓国)、ANVISA(ブラジル)など16当局 | NMPAの機関解説 |
| 一般の業界団体メンバー | BIO、Global Self-Care Federation、IGBA | 個々の企業ではなく団体として参加 |
| 常任オブザーバー | IFPMA、WHO | 加盟国以外への波及の経路 |
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 核酸医薬の非臨床安全性試験の組み方が、日米欧中で一つの合意にそろう方向に進む | S13は2023年6月に総会が承認し、2026年6月の総会で進捗が報告された。採択と各当局の実施の時期は未定 | 推測 |
| 規格設定の考え方が、化学合成品・バイオ医薬品の区別を越えて新しいモダリティ全体に広がる | Q6(R1)はQ6AとQ6Bを同時に改訂し、すべてのモダリティに共通の原則をつくることを目的に掲げる | 推測 |
| ICHの合意が届く市場は、今後もオブザーバーの加盟によって広がる | オブザーバーが規制当局メンバーになるには一部のガイドラインの実施が前提。2026年6月にも2当局がオブザーバーに加わった | 推測 |
7. 用語集
- Step 4/Step 5
- ICHの手続きの段階。Step 4でガイドラインが最終的に採択され、Step 5で各当局が自国の規則として実施する。
- CTD(コモン・テクニカル・ドキュメント)
- 承認申請資料の共通形式。第1部は地域ごとの書類、第2〜5部は概要・品質・非臨床・臨床で各地域共通。
- 推定対象(estimand)
- 臨床試験で「どの患者集団で、どんな条件のもとで、何の効果を推定するか」を事前に定義する考え方。E9(R1)で導入。
- 同等性・同質性(comparability)
- 製法を変えても品質・安全性・有効性に悪影響がないことを示すための評価。Q5Eが原則を定める。
- オブザーバー
- ICHの議論に参加できるが加盟者ではない当局や組織。規制当局メンバーへの移行には一部のガイドラインの実施が前提になる。
8. 出典
- ICH Members & Observers(創設時の規制当局・業界団体、常任の規制当局メンバー、規制当局メンバー、業界団体メンバー、オブザーバーの一覧)。 https://www.ich.org/page/members-observers
- ICH History(1990年4月のブリュッセルでの発足、2015年10月23日のスイス法の協会としての法人化、品質・安全性・有効性の3区分)。 https://www.ich.org/page/history
- ICH Press Release: ICH Assembly Meeting, Rio de Janeiro, June 2026(加盟25・オブザーバー43、新オブザーバー2当局、S13・Q6(R1)・Q5E付属書・M18・E23などの進捗)。 https://www.ich.org/pressrelease/press-release-ich-assembly-meeting-rio-de-janeiro-june-2026
- ICH Guideline Implementation(Step 5での実施、全規制当局メンバーが全ガイドラインを実施する目標、各国の規則に従った実施、オブザーバーから規制当局メンバーへの条件)。 https://www.ich.org/page/ich-guideline-implementation
- ICH Multidisciplinary Guidelines(M3(R2)の内容・Step 4の日付・実施状況、M18)。 https://www.ich.org/page/multidisciplinary-guidelines
- ICH Safety Guidelines(S6(R1)の内容・Step 4の日付・実施状況、S13)。 https://www.ich.org/page/safety-guidelines
- ICH Efficacy Guidelines(E9(R1)の内容・Step 4の日付・実施状況、E23)。 https://www.ich.org/page/efficacy-guidelines
- ICH Quality Guidelines(Q5E・Q6Bの内容・Step 4の日付・実施状況、Q5E付属書、Q6(R1))。 https://www.ich.org/page/quality-guidelines
- ICH CTD(5つのモジュール、欧州・日本で2003年、米国で2017年に必須化、M4(R4)のStep 4と実施状況)。 https://www.ich.org/page/ctd
- ICH 2026 ICH & MedDRA Combined Budget(2025年11月に総会が承認。単位:千スイスフラン)。 https://admin.ich.org/sites/default/files/inline-files/2026%20ICH%20%26%20MedDRA%20Combined%20Budget.pdf
- ICH 2026 ICH Annual Membership Fees(区分ごとの年会費、事務局所在地ジュネーブ)。 https://admin.ich.org/sites/default/files/inline-files/2026_ICH%20Membership%20Fee.pdf
9. 主張と出典の対応表
| 本文の主張 | 区分 | 出典 |
|---|---|---|
| 加盟者とオブザーバーの一覧、規制当局メンバー19・業界団体メンバー6の内訳 | 事実 | 出典1 https://www.ich.org/page/members-observers |
| 1990年4月の発足、2015年10月23日のスイス法の協会としての法人化 | 事実 | 出典2 https://www.ich.org/page/history |
| 加盟25・オブザーバー43(2026年6月)、2当局の新規オブザーバー、進行中の議題の進捗 | 事実 | 出典3 https://www.ich.org/pressrelease/press-release-ich-assembly-meeting-rio-de-janeiro-june-2026 |
| 全規制当局メンバーが全ガイドラインを実施する目標、各国の規則に従った実施、オブザーバーの加盟条件 | 事実 | 出典4 https://www.ich.org/page/ich-guideline-implementation |
| M3(R2)のStep 4(2009年6月11日)と日米欧中の実施日、19当局中15が実施、M18の承認時期 | 事実 | 出典5 https://www.ich.org/page/multidisciplinary-guidelines |
| S6(R1)のStep 4(2011年6月12日)と日米欧中の実施日、19当局中16が実施、S13の承認時期 | 事実 | 出典6 https://www.ich.org/page/safety-guidelines |
| E9(R1)のStep 4(2019年11月20日)と日米欧中の実施日、19当局中13が実施、E23の承認時期 | 事実 | 出典7 https://www.ich.org/page/efficacy-guidelines |
| Q5E・Q6BのStep 4と実施状況、Q5E付属書とQ6(R1)の内容と承認時期 | 事実 | 出典8 https://www.ich.org/page/quality-guidelines |
| CTDの5モジュール、欧州・日本で2003年・米国で2017年の必須化、M4(R4)のStep 4、中国の実施 | 事実 | 出典9 https://www.ich.org/page/ctd |
| 2026年予算1,849.7万スイスフラン、MedDRA関連1,376.5万、会費収入235.5万 | 事実 | 出典10 https://admin.ich.org/sites/default/files/inline-files/2026%20ICH%20%26%20MedDRA%20Combined%20Budget.pdf |
| 創設メンバーの年会費23万3,000スイスフラン、事務局のジュネーブ所在 | 事実 | 出典11 https://admin.ich.org/sites/default/files/inline-files/2026_ICH%20Membership%20Fee.pdf |
| 機関の4つの型の区分、創薬・DDSに関わる6本の選定、図2の抜粋 | 本稿の計算 | 本稿による整理 |
| 核酸医薬・ATMP向けの合意の採択時期と各当局の実施時期、ICHに関わる専門家の人数 | 未確定/将来 | 出典3・6・8に記載なし。本稿では推計しない |
| 第6章の見通し3項目 | 推測 | 出典3・4・6・8からの本稿の解釈 |
最終更新:2026年9月26日/Troy Technical
本稿の数値と日付はICHの公式サイトと予算書に基づきます。ガイドラインの実施状況はICHの各頁の表示(2026年9月時点)によるもので、各当局の最新の通知と異なる場合があります。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。本稿は医療上の助言ではありません。