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波長多重とマイクロリング|光通信・フォトニクス 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

波長多重とマイクロリング
― 1本のファイバーに何色も載せ、1 Kの温度変化と戦う

1本の光ファイバーに、色(波長)の違う光を何本も同時に通す——それが波長多重(WDM)です。 波長の「番地」は ITU-T が決めており、長距離用は193.1 THzを基準に12.5〜100 GHz間隔、低コスト用は20 nm間隔です。 チップの上で波長を選り分ける部品の有力候補が、直径数µmの輪「マイクロリング共振器」。 ただしシリコンのリングは、1 Kを超える温度変化で動かなくなるとまで言われます。

構成:ITU-T勧告 G.694.1・G.694.2、CW-WDM MSA仕様書、査読論文(Nanophotonics、Applied Physics Letters、Laser & Photonics Reviews)を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

暗い背景の中で、わずかに色の違う何本かの淡い光の筋が1本に束ねられて同じ方向へ進んでいる概念イメージ
概念図(AI生成イメージ)。異なる波長の光を1本に重ねて送る様子を雰囲気として表現したものです。通信波長の光は目に見えず、色は波長の違いを示す比喩です。実際の装置や光の見え方を示すものではありません。
この記事の構成
  1. 波長多重とマイクロリングとは何か(3行でつかむ)
  2. なぜ波長を分けて送るのか
  3. 波長の「番地」を決める ― ITU-T のグリッド
  4. データセンターの波長 ― 4波から32波へ
  5. 素材技術者の視点①:波長の間隔は「温度」で決まった
  6. マイクロリング共振器の原理
  7. 温度という最大の敵
  8. 温度とどう戦うか ― 材料で消すか、ヒーターで追うか
  9. 素材技術者の視点②:「負の熱光学係数」という材料の宿題
  10. 課題と未確定事項
  11. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=規格・MSA仕様・査読論文に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標であり、実績が確認できていない事項
このほか、構造の整理や材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。 規格値(ITU-T)、業界団体の仕様(MSA)、論文の実験値は性格が異なるため、そのつど書き分けます。

1. 波長多重とマイクロリングとは何か(3行でつかむ)

波長多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)とは、「波長の違う光それぞれに別々の信号を載せ、1本のファイバーで同時に運ぶ技術」です。 マイクロリング共振器は、「特定の波長の光だけを、輪の中に引き込んだり止めたりできる小さな光の輪」です。

  • 波長の決め方:ITU-T G.694.1 は DWDM(高密度波長多重)の周波数グリッドを193.1 THzを基準に、G.694.2 は CWDM(低密度波長多重)の波長グリッドを20 nm間隔で定めています事実
  • チップの中での役目:マイクロリングは、フィルター、スイッチ、変調器として働き、波長をずらした複数のリングを1本の導波路に並べるとWDMの送受信ができます事実
  • 最大の弱点:シリコンの屈折率は温度で大きく変わり(熱光学係数 1.86×10⁻⁴ K⁻¹)、典型的な用途では1 Kを超える温度のずれでリングは動作しなくなるとされます事実
本シリーズの他の記事との関係

ファイバーそのものの損失・分散は「光ファイバー」編、シリコン導波路と4つの部品の全体像は作成済みの「シリコンフォトニクス」編で扱いました。 「シリコンフォトニクス」編の課題②「温度は光の波長を動かす」で触れたリングの温度問題を、この記事では数字と対策まで掘り下げます。 光を電気信号でオン・オフする変調方式は「光変調と変調方式」編、温度に強い導波路材料は「窒化シリコン導波路」編で扱います(本記事による整理)。

2. なぜ波長を分けて送るのか

1本の光ファイバーで運べる量を増やす方法は、大きく3つあります。 1つの信号を速くする、ファイバーの本数(またはコア数)を増やす、そして1本のファイバーに複数の波長を載せることです。 波長多重は3つめで、ファイバーを敷き直さずに容量を増やせるのが最大の利点です(本記事による解説)。

波長多重(WDM)の仕組み(模式図) 色は波長の違いを表す比喩です。実際の通信波長の光は目に見えません。 送信器 λ1 送信器 λ2 送信器 λ3 送信器 λ4 合波器 MUX 1本の光ファイバー 4つの波長が同時に通る 分波器 DEMUX 受信器 λ1 受信器 λ2 受信器 λ3 受信器 λ4 波長どうしが混ざらないよう、間隔(グリッド)を規格で決めておく ※ 4波長は例です。合波器・分波器には薄膜フィルターや平面光波回路など複数の方式があり、マイクロリングもその候補の一つです。 ※ 図の構成は本記事による一般的な整理で、特定の製品や規格の構成を示すものではありません。
図1 概念図(ベクター作図)。波長多重の一般的な構成を本記事が整理したものです。波長の数・色・部品の形は説明のための表現で、特定の製品・規格の構成を示すものではありません。

3. 波長の「番地」を決める ― ITU-T のグリッド

異なる会社の送信器と受信器が同じファイバーでつながるには、どの波長を使うかを共通に決めておく必要があります。 それを定めているのが ITU-T の2つの勧告です事実。

項目DWDM:ITU-T G.694.1(2020年10月版)CWDM:ITU-T G.694.2(2003年12月版)
基準の決め方周波数で決める。193.1 THzを基準(アンカー)とする波長で決める
間隔固定グリッドは 12.5・25・50・100 GHz(100 GHzの整数倍の広い間隔も)。各チャネルは「193.1 + n × 間隔」20 nm
柔軟性フレキシブルグリッド:中心周波数は193.1 + n × 0.00625 THz、スロット幅は 12.5 × m GHz。スロットが重ならなければ任意の組み合わせが可1271〜1611 nmの18波長(表の両端は例示)
ねらい—冷却しないレーザー、緩い波長選別、広い通過帯域のフィルターで低コストを実現
間隔の根拠—光源の波長変動は合計で±6〜7 nm程度、ガードバンドは最小間隔の3分の1で十分として、チャネル数を最大化する20 nmを選択

すべて事実(ITU-T G.694.1 (10/2020)[出典1]、ITU-T G.694.2 (12/2003) 本文と付録I[出典2])。

本稿の計算:GHzをnmに直すと

周波数の間隔 Δf を波長の間隔 Δλ に直すには Δλ ≒ λ² × Δf ÷ c を使います本稿の計算。

  • 基準 193.1 THz は、波長では 約1552.52 nm
  • その付近で 100 GHz = 約0.80 nm、50 GHz = 約0.40 nm、12.5 GHz = 約0.10 nm
  • CWDM の 20 nm は、DWDM の 50 GHz(約0.4 nm)の約50倍の間隔

前提と限界:光速 c = 299,792,458 m/s、λ = 1552.52 nm で換算した近似値です。波長によって換算値は変わります。

CWDMとDWDM ― 間隔の違い(模式図) 上段は1271〜1611 nmの全体、下段はC帯付近を拡大したもの。縦線がチャネルの中心です。 CWDM(G.694.2):20 nm間隔・18波長 1271 1431 1611 nm DWDM(G.694.1):193.1 THz基準・例えば50 GHz(約0.4 nm)間隔 193.1 THz(約1552.52 nm) 線の本数・間隔は模式的(下段は上段の約50倍に拡大した縮尺) ※ 18波長・20 nm間隔・1271〜1611 nmはG.694.2[出典2]、193.1 THz基準と50 GHzなどの間隔はG.694.1[出典1]によります。 ※ 1552.52 nm・約0.4 nmは本記事が換算した値です。下段の線の本数は実際のチャネル数を示すものではありません。
図2 概念図(ベクター作図)。グリッドの定義はITU-T G.694.2[出典2]およびG.694.1[出典1]によります。波長換算(約1552.52 nm、約0.4 nm)は本記事が算出した値です。下段の線の本数・縮尺は模式的なもので、実際のチャネル配置を示すものではありません。

4. データセンターの波長 ― 4波から32波へ

データセンターの光トランシーバーも、この2つのグリッドから波長を借りています。 CW-WDM MSA(業界団体)はその系譜を次のように説明しています事実。

  • ITU-T が G.694.1(DWDM)と G.694.2(CWDM)で基準を作り、IEEE が大量に使うデータセンター向けにその一部を切り出した
  • LWDMは G.694.1 から派生し、最初に 100GBASE-LR4 で使われた。IEEE は 400GBASE-LR8 でこれを倍にした
  • CWDM4は G.694.2 から派生し、最初に 40GBASE-LR4 で使われた。CWDM4 MSA が100Gで再利用し、IEEE が 200G FR4・400G FR4 で再利用した

そして2021年6月、CW-WDM MSA は8・16・32波長の光源の仕様(Rev 1.0)を公開しました事実。 同MSAは、IEEEやMSAの既存規格が1波長または4波長を定めているのに対し、シリコンフォトニクスを使う高密度なCo-packaged Opticsなどでは8・16・32波長へ移ると見ています事実。

波長の幅(スパン)チャネル数チャネル間隔チャネル帯域
9 nm8+1 / 16+1200 GHz / 100 GHz100 GHz / 50 GHz
18 nm8+1 / 16+1 / 32+1400 / 200 / 100 GHz200 / 100 / 50 GHz
36 nm8+1 / 16+1 / 32+1800 / 400 / 200 GHz400 / 200 / 100 GHz

すべて事実(CW-WDM MSA Technical Specifications Rev 1.0、2021年6月4日、Table 2-5[出典3])。公称中心波長は1300.05 nm(Oバンド)。「+1」の最短波長は任意です。発起メンバーには Arista Networks、Ayar Labs、II-VI、imec、Intel、Lumentum、MACOM、住友電工などが名を連ねています[出典4]。

ここで注目したいのは、光源の仕様だけを決めている点です。 CW-WDM MSA は、通信リンク全体ではなく光源のみを規定し、開発者がリンクを自由に最適化できるようにした、と説明しています事実。 波長を多数並べる送受信側の部品として、マイクロリングが有力視される理由の一つがここにあります(本記事による解説)。

5. 素材技術者の視点①:波長の間隔は「温度」で決まった

素材技術者の読みどころ:20 nmは、冷やさないレーザーのための「のりしろ」です

G.694.2 の付録は、CWDM の間隔が20 nmになった理由を書いています。 冷却しないレーザーと広い通過帯域のフィルターでCWDMを実現するには、20 nm以上の間隔が要る。 光源の波長変動は合計±6〜7 nm程度、ガードバンドは最小間隔の3分の1で十分——その結果が20 nmです事実。

そして、波長変動の主な要因は2つだとしています。 製造時に許される波長のばらつき(歩留まりを上げるため)と、 冷却しないレーザーの波長が使用温度範囲の中で温度とともに変わることです事実。

つまりCWDMの20 nmという数字は、通信の都合ではなく、材料の温度特性と製造ばらつきから逆算された値です(本記事による解説)。 間隔を詰めれば多くの波長を入れられますが、そのぶん温度を制御するか、温度に鈍い材料を使う必要が出てきます。 DWDMの0.4 nm間隔(50 GHz)は、CWDMの約50分の1です本稿の計算。

この「間隔と温度のトレードオフ」が、チップの上ではもっと厳しい形で現れます。それがマイクロリングです。

6. マイクロリング共振器の原理

暗い平面の上に、淡く光る細い直線の道と、そのすぐ横に置かれた小さな光の輪が浮かんでいる概念イメージ
図3 概念図(AI生成イメージ)。直線の導波路の横に置かれた光の輪を雰囲気として表現したものです。実際のリングの寸法・材料・構造・光の見え方を示すものではなく、顕微鏡像でもありません。

マイクロリングは、リング状の導波路を、まっすぐな導波路(バス導波路)の横に置いた構造です事実。 Padmaraju と Bergman のレビュー論文(Nanophotonics)によれば、シリコンでは屈折率差が大きいため、半径1.5 µmという小さなリングまで実現されています事実。

マイクロリング共振器の原理(模式図) 左:上から見た構造。右:バス導波路を通り抜ける光の強さ(透過スペクトル)。 リング バス導波路(まっすぐな光の道) 入力 出力 すき間を通して光がしみ出し、リングへ移る 共振波長 共振波長 FSR(自由スペクトル領域) 強 弱 波長 → ※ リングがバス導波路の横に置かれる構造、フィルター・スイッチ・変調器として働くこと、複数のリングでWDMができることは[出典5]によります。 ※ 共振の谷の形・深さ・間隔は模式的なものです。
図4 概念図(ベクター作図)。構造と働きはPadmaraju・Bergmanのレビュー[出典5]によります。リングの寸法比、すき間、透過スペクトルの形はすべて模式的なもので、実測データではありません。

リングを1周した光が、前の周回の光とちょうど同じ位相で重なる波長では、光がリングの中で強め合って溜まり、バス導波路を素通りできなくなります。 これが透過スペクトルの「谷」=共振です。 共振の条件は「リング1周の光学的な長さが波長の整数倍」なので、共振波長はリングの屈折率と寸法で決まり、一定の間隔(自由スペクトル領域、FSR)で繰り返し現れます(本記事による解説)。

Padmaraju と Bergman は、リングの働きを次のように整理しています事実。

  • 基本的な役割は、フィルター、スイッチ、変調器
  • 共振をわずかにずらした複数のリングを同じバス導波路に並べると、それぞれが特定の波長を担当し、WDMの変調ができる。同じ構成で受信側の分波もできる
  • そのため、小さな面積とエネルギー効率で低コストのWDM通信を実現する部品として期待されている
本稿の計算:半径5 µmのリングのFSR
  • 前提:FSR ≒ λ² ÷ (ng × L)。半径 5 µm(周長 L ≒ 31.4 µm)、群屈折率 ng = 4.2 と仮定
  • λ = 1300 nm のとき FSR ≒ 約12.8 nm、λ = 1550 nm のとき 約18.2 nm 本稿の計算

前提と限界:半径と群屈折率は本稿の仮定で、導波路の断面寸法によって変わります。 FSRの式は共振器の一般的な近似式として用いたものです。 CW-WDM MSA の9 nm・18 nmスパン(第4章)と桁がそろうことがわかります。

7. 温度という最大の敵

共振波長がリングの屈折率で決まるなら、屈折率が温度で変われば共振もずれることになります。 シリコンの熱光学係数(1 Kあたりの屈折率の変化)は、2つの一次情報で次のとおりです事実。

材料熱光学係数 dn/dT出典
シリコン1.86 × 10⁻⁴ K⁻¹Padmaraju・Bergman のレビュー[出典5]
シリコン(1550 nm、300 K)1.8 × 10⁻⁴ K⁻¹Komma ら(Applied Physics Letters, 2012)の測定[出典6]
二酸化ケイ素(SiO2)1 × 10⁻⁵ K⁻¹Padmaraju・Bergman[出典5]
Si基板の線膨張係数(参考)2.6 × 10⁻⁶ K⁻¹Padmaraju・Bergman[出典5]

すべて事実。Padmaraju・Bergman は、SiO2の熱光学係数がSiより1桁小さく、基板の線膨張は2桁小さいため、共振のずれは近似的に dλ/dT = (λ₀/ng) × ∂neff/∂T で表せるとしています。

論文の記述(Padmaraju・Bergman)

共振のずれがどこまで許されるかはリングの Q 値によるが、典型的な用途では1 Kを超える温度のずれでマイクロリングを使ったデバイスは動作しなくなる。 これはマイクロエレクトロニクスの環境の典型的な温度範囲と両立しない。 問題なのは絶対温度ではなく、光リンクの動作中の相対的な温度変化である事実。

本稿の計算:1 Kで何nmずれるか
  • 前提:∂neff/∂T をシリコンの値 1.86×10⁻⁴ K⁻¹ で近似(光がほぼシリコンに閉じ込められていると仮定)、群屈折率 ng = 4.2 と仮定
  • λ = 1300 nm:1300 ÷ 4.2 × 1.86×10⁻⁴ ≒ 約0.058 nm/K(58 pm/K) 本稿の計算
  • λ = 1550 nm:約0.069 nm/K(69 pm/K)
  • 10 Kの変化では 1300 nm で 約0.58 nm。CW-WDM MSA の200 GHz間隔(1300 nm付近で約1.13 nm)の約半分にあたります
  • Q = 10,000 と仮定すると、共振の幅は λ÷Q = 約0.13 nm。約2 Kで共振の幅ほどずれる計算です

前提と限界:ng と Q は本稿の仮定です。実際にはクラッドへの光のしみ出しでずれ量は小さくなり、設計ごとに異なります。

温度が上がると、共振はどれだけずれるか(本稿の計算、1300 nm付近) 棒の長さ=ずれ量(nm)。58 pm/K(本稿の仮定による)で換算。 1 K 2 K 10 K 20 K 40 K 0.06 nm 0.12 nm 0.58 nm 1.15 nm 2.3 nm 200 GHz間隔=約1.13 nm 100 GHz=約0.56 nm ※ 熱光学係数1.86×10⁻⁴ K⁻¹はPadmaraju・Bergman[出典5]、200・100 GHzの間隔はCW-WDM MSA[出典3]によります。 ※ 群屈折率4.2と、光がシリコンに閉じ込められているという近似は本稿の仮定です。Q=1万と仮定すると共振の幅は約0.13 nm(約2 K分)です。 ※ ずれ量と間隔の換算値はすべて本記事が算出したもので、特定のデバイスの測定値ではありません。 ※ 横軸は 1 nm = 約120 px の縮尺です。
図5 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。シリコンの熱光学係数はPadmaraju・Bergman[出典5]、チャネル間隔はCW-WDM MSA仕様[出典3]によります。ずれ量・nm換算は本記事が算出したもので、公表値ではありません。前提(群屈折率4.2、Q=1万)は本稿の仮定です。

8. 温度とどう戦うか ― 材料で消すか、ヒーターで追うか

Padmaraju と Bergman は、対策を2つの系統に分けています事実。 温度依存そのものを小さくする「アサーマル(無熱化)」と、リングの局所温度を能動的に保つ「制御型」です。

リングの温度対策 ― 2つの系統(本記事による整理) 数値はPadmaraju・Bergmanのレビューが紹介している報告例です。 ① アサーマル:材料で打ち消す ② 制御型:ヒーターで追いかける 負の係数の クラッド Si 金属ヒーター SiO2 約1 µm Si ポリマークラッド:−5 pm/K(50 Kの範囲) さらに 0.2 pm/K の報告も TiO2クラッド:2 pm/K未満(5 Kの範囲) + 動作中の電力が要らない − CMOS工程に入れにくい材料 多くは約100 mW/FSR 最良例 約42 mW/FSR・14 µs 内側ヒーター 約20 mW/FSR・約1 µs + 波長の変動も同時に補正できる − 動作中ずっと電力を使う ※ 2系統の分類、各数値、長所・短所の記述はPadmaraju・Bergman[出典5]によります。断面の描き方は模式的です。 ※ pm/Kは温度1 Kあたりの共振のずれ、mW/FSRは共振を1 FSR動かすのに要るヒーター電力です。 ※ 数値はそれぞれ異なる条件での報告例で、同じ条件で比較したものではありません。
図6 概念図(ベクター作図)。分類・数値・長所と短所はPadmaraju・Bergmanのレビュー[出典5]の記述によります。断面の形・層の厚みは模式的なもので、実際のデバイスの寸法ではありません。数値は条件の異なる報告例です。

① アサーマル:負の熱光学係数を持つ材料で打ち消す

シリコンの熱光学係数は正です。そこで、負の熱光学係数を持つ材料をクラッドに使い、導波路全体としての温度係数をゼロに近づけます事実。 論文によれば、ポリマーのクラッドで−5 pm/K(50 Kの範囲)、その後0.2 pm/Kまで下げた報告があります事実。 ただし、シリコンの係数が大きく光の閉じ込めも強いため、打ち消すには導波路を細く・薄くして光をクラッド側へしみ出させる必要があり、寸法の要求が厳しくなるとしています事実。

② 制御型:ヒーターで温度を保つ

現在の主流は、リングのすぐ近くに抵抗ヒーター(ニクロム、チタン、ドープしたシリコンなど)を作り込み、 あらかじめ少し高い温度でリングを動かしておいて(「run the microring hot」)、周囲の温度が上がればヒーター電力を下げ、下がれば上げる方式です事実。 ヒーターは光の損失を避けるため、約1 µmの熱酸化膜を挟んで置くのが普通の構成で、効率は多くが約100 mW/FSR、最良例で約42 mW/FSRとされています事実。

本稿の計算:10 Kの変化を追うヒーター電力
  • 前提:1300 nm、FSR 12.8 nm(第6章の本稿の計算)、ずれ 0.58 nm(10 K、第7章の本稿の計算)、ヒーター効率 100 mW/FSR(論文の「多くの結果」の値)
  • 0.58 ÷ 12.8 × 100 ≒ リング1個あたり約4.5 mW 本稿の計算
  • 16波長のリンクで送受信それぞれ16個のリングがあれば、32個 × 4.5 ≒ 約140 mW

前提と限界:すべて本稿の仮定を重ねた桁の見積もりです。実際には製造ばらつきで共振が設計値からずれた状態で作られるため、その補正にも電力が要り、値はさらに大きくなりえます。 リング数・効率・温度変化の幅は設計によって大きく変わります。

9. 素材技術者の視点②:「負の熱光学係数」という材料の宿題

素材技術者の読みどころ:答えは材料側にあるのに、工程が受け付けない

第8章の2つの系統は、「電力を払うか、材料を変えるか」の選択です。 論文は、アサーマル方式の利点を「動作に電力を必要としない」こと、欠点を「非CMOS材料の導入や追加の光構造による製造の難しさ」だとしています事実。

ポリマーについての記述は、材料開発者にとって具体的な宿題の一覧です事実。

  • CMOS製造サイクルの高温工程で劣化しやすい
  • 化学的な不安定さ、紫外線による劣化、機械的特性の弱さがある
  • 熱光学係数をシリコンと同じ大きさ・逆符号にし、さらに製造ばらつきの中で精密に合わせる必要がある

そこで注目されたのが二酸化チタン(TiO2)です。論文は、TiO2を「CMOS互換で、シリコンと同程度の負の熱光学係数(約−1.8×10⁻⁴ K⁻¹)を持つ数少ない材料の一つ」とし、 TiO2クラッドのリングで2 pm/K未満(5 Kの範囲)が示されたとしています事実。 それでも「CMOS互換の製造工程にどう組み込むか」が難しさとして残る、と結んでいます事実。

ここから読めるのは、光学定数そのものより、プロセス適合性が採否を決めているということです(本記事による解説)。 必要なのは「負の dn/dT」だけでなく、成膜温度、後工程の熱履歴への耐性、屈折率の再現性、長期の光・熱安定性を同時に満たす材料です。 本シリーズ「シリコンフォトニクス」編で見た「光で作り、光に耐える」という矛盾と同じ構図が、ここでは「熱で変わってほしい向きと、熱で変わってほしくない性質」の組み合わせとして現れています。

もうひとつの見方もあります。SiO2の熱光学係数は1×10⁻⁵ K⁻¹で、シリコンより1桁小さい事実。 石英系の平面光波回路が温度に比較的鈍いのはこのためで、シリコンは小さく作れる代わりに温度に敏感という性格を引き受けています(本記事による解説)。 温度に鈍い導波路材料の選択肢は、本シリーズ「窒化シリコン導波路」編で扱います。

10. 課題と未確定事項

(1) 8〜32波長の普及はこれから

CW-WDM MSA は8・16・32波長の光源仕様を公開していますが事実、 どの波長数・間隔の組み合わせが量産の主流になるかは、本稿の調査時点で確定した一次情報を確認できませんでした未確定/将来。 同MSA自身も「初期の製品は8波長を使い、その後16・32波長へ移るかもしれない」と見通しの形で述べています未確定/将来。

(2) ヒーター電力はリングの数だけ増える

第8章の見積もりのとおり、リングの数が増えるほど温度制御の電力は積み上がります本稿の計算。 アサーマル材料がCMOS工程に入れば電力は減りますが、その実用化の時期は確定していません未確定/将来。

(3) 本稿が確認していないこと

特定企業の製品に搭載されたマイクロリングの熱設計(ヒーター電力・制御方式・動作温度範囲)の実測値は、本稿の調査範囲では一次情報で確認できなかったため記載していません。 また、Padmaraju・Bergman のレビューは2013〜2014年の論文であり、その後の改善は本稿では網羅していません。

この記事のまとめ
  • WDMの波長の番地はITU-Tが決めています。DWDMは193.1 THz基準で12.5〜100 GHz間隔、CWDMは20 nm間隔・18波長です事実
  • CWDMの20 nmは、冷やさないレーザーの温度変化と製造ばらつきから決まった間隔です事実
  • データセンターは4波から8・16・32波へ。CW-WDM MSAがOバンドの光源仕様を公開しました事実
  • シリコンのリングは1 Kで約0.06 nmずれ、10 Kで200 GHz間隔の約半分に達します本稿の計算
  • 対策は「負の熱光学係数材料で打ち消す」か「ヒーターで追う」か。材料側の答え(TiO2など)はCMOS工程への組み込みが壁です事実

11. 用語集

WDM(波長多重)
波長の違う光に別々の信号を載せ、1本のファイバーで同時に送る技術。
DWDM
高密度波長多重。周波数で間隔を決め、12.5〜100 GHzなど狭い間隔で多数の波長を並べる。
CWDM
低密度波長多重。20 nmの広い間隔で、冷却しないレーザーを使える。
グリッド
使ってよい中心波長(周波数)の一覧。規格で決める。
フレキシブルグリッド
中心周波数とスロット幅を細かい単位で自由に組み合わせられるDWDMのグリッド。
Oバンド
1310 nm付近の波長帯。データセンター向けの光でよく使われる。
MSA
Multi-Source Agreement。複数企業が合意して作る業界仕様。
マイクロリング共振器
導波路を輪にした共振器。特定の波長だけを取り込む・止める。
バス導波路
リングの横を通るまっすぐな導波路。光の出入り口になる。
FSR(自由スペクトル領域)
共振が繰り返し現れる波長の間隔。リングが小さいほど広い。
Q値
共振の鋭さ。高いほど共振の幅が狭く、わずかなずれに敏感になる。
熱光学係数(dn/dT)
温度1 Kあたりの屈折率の変化。シリコンは約1.8×10⁻⁴ K⁻¹。
群屈折率
光のパルス(信号)が進む速さを決める実効的な屈折率。
アサーマル
温度依存を材料や構造で打ち消し、小さくすること。
pm/K
温度1 Kあたりの共振波長のずれ。1 pm=0.001 nm。
mW/FSR
共振を1 FSR分動かすのに要るヒーター電力。ヒーター効率の指標。

12. 参考資料(一次情報)

  1. ITU-T「G.694.1 (10/20) Spectral grids for WDM applications: DWDM frequency grid」(勧告本文PDFは無料公開) https://www.itu.int/rec/T-REC-G.694.1-202010-I/en
  2. ITU-T「G.694.2 (12/03) Spectral grids for WDM applications: CWDM wavelength grid」 https://www.itu.int/rec/T-REC-G.694.2-200312-I/en
  3. CW-WDM MSA「CW-WDM MSA Technical Specifications Rev 1.0」2021年6月4日(仕様書一覧ページ) https://cw-wdm.org/specifications/
  4. CW-WDM MSA「CW-WDM MSA Consortium Releases New Specification for Multi-Wavelength Optical Laser Sources」2021年6月8日、およびFAQ https://cw-wdm.org/cw-wdm-msa-consortium-releases-new-specification-for-multi-wavelength-optical-laser-sources/
  5. K. Padmaraju, K. Bergman「Resolving the thermal challenges for silicon microring resonator devices」Nanophotonics 3(4-5), 269–281 (2014) https://doi.org/10.1515/nanoph-2013-0013
  6. J. Komma ほか「Thermo-optic coefficient of silicon at 1550 nm and cryogenic temperatures」Applied Physics Letters 101, 041905 (2012) https://doi.org/10.1063/1.4738989
  7. W. Bogaerts ほか「Silicon microring resonators」Laser & Photonics Reviews 6(1), 47–73 (2012) https://doi.org/10.1002/lpor.201100017
  8. CW-WDM MSA「Frequently Asked Questions」 https://cw-wdm.org/faq/

13. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
G.694.1がDWDMの周波数グリッドを193.1 THz基準で定め、12.5 GHzから100 GHz以上の間隔を支えること。固定グリッドの式(193.1+n×0.0125/0.025/0.05/0.1 THz)。フレキシブルグリッドの中心周波数 193.1+n×0.00625 THz、スロット幅 12.5×m GHz、スロットが重ならなければ任意の組み合わせが可であること出典1 https://www.itu.int/rec/T-REC-G.694.1-202010-I/en事実
G.694.2がCWDMの20 nm間隔の波長グリッドを定め、1271〜1611 nmの18波長を示す(両端は例示)こと。冷却しないレーザー・緩い波長選別・広い通過帯域フィルターで低コストを実現すること。20 nm以上の間隔が要ること、光源の波長変動±6〜7 nm程度、ガードバンドは最小間隔の3分の1で十分、20 nmを選んだこと。波長変動の2つの要因(製造時のばらつき、冷却しないレーザーの温度変化)出典2 https://www.itu.int/rec/T-REC-G.694.2-200312-I/en事実
CW-WDM MSA Rev 1.0(2021年6月4日)のグリッド(9/18/36 nmスパン、8+1/16+1/32+1波長、200〜800 GHzなどの間隔とチャネル帯域)、公称中心波長1300.05 nm、最短波長が任意であること出典3 https://cw-wdm.org/specifications/事実
2021年6月8日に8・16・32波長の光源仕様を公開したこと、Co-packaged Opticsなどへの用途、発起メンバーの一覧出典4 https://cw-wdm.org/cw-wdm-msa-consortium-releases-new-specification-for-multi-wavelength-optical-laser-sources/事実
IEEEとMSAの既存規格が1波長・4波長を定めていること、SiPhベースの光学が8・16・32波長へ移ると見ていること。LWDM・CWDM4の系譜(100GBASE-LR4、40GBASE-LR4、CWDM4 MSA、200G/400G FR4、400GBASE-LR8)。光源のみを規定しリンク全体は規定しないこと。初期製品は8波長、その後16・32波長へ移るかもしれないという見通し出典8 https://cw-wdm.org/faq/事実
リングがバス導波路の横に置かれた進行波共振器であること、半径1.5 µmまでの実現、フィルター・スイッチ・変調器の役割、複数リングのカスケードによるWDM。シリコンの熱光学係数1.86×10⁻⁴ K⁻¹、SiO2 1×10⁻⁵ K⁻¹、Si基板の線膨張2.6×10⁻⁶ K⁻¹、dλ/dT=(λ₀/n_g)∂n_eff/∂T。典型的用途で1 K超のずれで動作しなくなること、相対的温度変化が問題であること。アサーマル/制御型の2分類と長所短所。ポリマークラッド −5 pm/K(50 K)、0.2 pm/K、TiO2(約−1.8×10⁻⁴ K⁻¹、CMOS互換)で2 pm/K未満(5 K)。ポリマーの劣化・化学的不安定・UV劣化・機械的特性。ヒーター材料(ニクロム・チタン・ドープSi)、約1 µmのSiO2、約100 mW/FSR、最良約42 mW/FSR・14 µs、内側ヒーター約20 mW/FSR・約1 µs、「run the microring hot」出典5 https://doi.org/10.1515/nanoph-2013-0013事実
シリコンの熱光学係数が1550 nm・300 Kで1.8×10⁻⁴ K⁻¹であること出典6 https://doi.org/10.1063/1.4738989事実
シリコンのマイクロリングの基本理論と応用(フィルター、遅延線、センサー、変調器)の総説であること出典7 https://doi.org/10.1002/lpor.201100017事実
GHz→nm換算(193.1 THz≒1552.52 nm、100 GHz≒0.80 nm、50 GHz≒0.40 nm、12.5 GHz≒0.10 nm、1300 nm付近で200 GHz≒1.13 nm)。20 nmが50 GHzの約50倍。FSR(半径5 µmで約12.8 nm/18.2 nm)。共振のずれ(約58 pm/K、69 pm/K、10 Kで約0.58 nm)、Q=1万で共振幅約0.13 nm。ヒーター電力(1個約4.5 mW、32個で約140 mW)本稿の計算。群屈折率4.2、半径5 µm、∂n_eff/∂TをSiの値で近似、Q=1万、100 mW/FSR、リング32個は本稿の仮定本稿の計算
8〜32波長の量産の主流、アサーマル材料のCMOS工程への実用化時期本稿の調査時点で確定した一次情報を確認できなかった。見通しとして記載未確定/将来
共振の原理(1周の光学長が波長の整数倍)とFSRの近似式。20 nmが材料の温度特性と製造ばらつきから逆算された値だという読み取り。プロセス適合性が採否を決めるという読み取り。石英系が温度に鈍くシリコンが敏感という対比。WDMの利点の整理一般的な光学の説明と、公表内容にもとづく本記事の解説。各機関が表明した見解ではない解説
特定企業の製品のマイクロリング熱設計の実測値本稿の調査範囲では一次情報で確認できなかったため記載していない解説
図1・図2・図4・図6が説明のための作図、図5が本稿の計算を含む作図であること。ヒーロー画像と図3がAI生成イメージであること本記事による注記解説

最終更新:2026年9月26日/出典は一次情報(ITU-T勧告、業界団体MSAの仕様書・公式発表、査読論文)に限定し、調査会社の市場推計は使用していません。 規格値、MSA仕様、論文の実験値は性格が異なるため区別して記載しています。 8〜32波長の量産の主流、アサーマル材料の実用化時期、特定製品のリング熱設計の実測値は、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用です。図1・図2・図4・図6はベクター作図、図5は本稿の計算を含むベクター作図、ヒーロー画像と図3はAI生成イメージであり、いずれも実際のデバイス・スペクトル・製品を示すものではありません。