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全ペロブスカイトタンデム|ペロブスカイト太陽電池 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

全ペロブスカイトタンデム
― シリコンを使わず、2種類のペロブスカイトを重ねる

上のセルも下のセルもペロブスカイトで作るタンデムです。 下のセルにはスズと鉛を混ぜたペロブスカイトを使い、赤外の光まで拾います。 約1 cm²のセルで第三者測定28.2%(初期効率)。 鍵を握るのは、酸化しやすいスズをどう守るかです。

構成:Solar cell efficiency tables(Version 68)、査読論文(Science・Nature・Nature Energy・Energy & Environmental Science)を一次情報として使用/最終更新 2026年9月

暗い背景の中で、赤褐色と黒に近い濃い色の薄膜をまとった2枚の無地のガラス板が、わずかにずらして重ねられている概念イメージ
概念図(AI生成イメージ)。「性質の違う2種類の薄膜を重ねる」という発想を雰囲気として表現したものです。実際の膜の色・厚み・デバイス構造・製品を示すものではありません。
この記事の構成
  1. 全ペロブスカイトタンデムとは(3行でつかむ)
  2. バンドギャップの組み合わせ ― 1.8 eV と 1.2 eV
  3. 効率の現在地 ― 小さなセルとモジュールの距離
  4. 層構成 ― 1枚のガラスの上に2つのセルを塗り重ねる
  5. ナローギャップ側:スズ・鉛系ボトムセル
  6. 素材技術者の視点①:スズの酸化を「金属スズ」で戻す
  7. ワイドギャップ側:電圧を取りこぼす理由
  8. 素材技術者の視点②:同じ溶媒で2回塗るという難題
  9. シリコンタンデムとの比較
  10. 強みと課題
  11. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・目標・見通しであり、実績が確認できていない事項
このほか、構造の整理や材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。 変換効率には認証の有無・セル/モジュールの別・面積を必ず併記します。

1. 全ペロブスカイトタンデムとは(3行でつかむ)

全ペロブスカイトタンデム(オールペロブスカイトタンデム)とは、バンドギャップの広いペロブスカイト(ワイドギャップ)と、狭いペロブスカイト(ナローギャップ)を重ねたタンデム太陽電池です。 シリコンを使わないので、全体を薄膜だけで作れるのが特徴です。

  • 何がうれしいか:EES誌の総説(Lim ら, 2024)は、ペロブスカイトの利点としてバンドギャップを組成で調整できること、溶液プロセスなどによる低コスト、スケールしやすさと軽さなどを挙げています事実
  • どこまで来たか:効率表 Version 68 には、約1 cm²(1.038 cm²)のセルで 28.2%(JET 測定、初期効率)、約810 cm² のモジュールで 22.8%(Fraunhofer ISE 測定、初期性能)が載っています事実
  • どこが難しいか:同じ総説は課題として、ナローギャップ側のスズ(Sn²⁺)の酸化、ワイドギャップ側の電圧損失、再結合層の標準化が進んでいないこと、各層をほぼ完全に均一に成膜しなければならないことを挙げています事実
この記事でいちばん大事な一行

全ペロブスカイトタンデムの下側のセルは、「酸化しやすい金属イオン」を主成分に含む半導体です。 スズは2価(Sn²⁺)でいてほしいのに、酸素に触れると4価(Sn⁴⁺)になろうとします。 2019年の Nature Energy 論文は、金属スズを加えて Sn⁴⁺ を Sn²⁺ に戻すという無機化学の古典的な反応で、この問題に切り込みました事実。

2. バンドギャップの組み合わせ ― 1.8 eV と 1.2 eV

タンデムでは、上のセルが短い波長(青〜赤)、下のセルが長い波長(赤〜近赤外)を受け持ちます。 Lim らの総説は、シリコンや CIGS(バンドギャップ約1.1 eV)と組む場合の理想的なトップセルは1.7 eV 近くだが、 約1.2〜1.3 eV のナローギャップのペロブスカイトと組む場合は、1.8 eV 前後のほうが好ましいとしています事実。

同じ総説によると、ナローギャップ側は1.22 eV がよく使われ、トップセル 1.82 eV とボトムセル 1.22 eV の2端子の組み合わせで理論効率は43%になります未確定/将来。 実際の報告では、ナローギャップ 1.21〜1.26 eV、ワイドギャップ 1.73〜1.78 eV の組み合わせで効率 26.0〜28.5% が得られていると整理されています事実。

バンドギャップと「どこまでの波長を吸うか」(本稿の計算) 吸収端の波長 λ(nm)≒ 1240 ÷ バンドギャップ(eV)で換算。横軸は波長 300 500 700 900 1100 1300 nm ワイドギャップ 1.77 eV(〜約701 nm) スズ・鉛系 1.22 eV(〜約1016 nm) 参考:結晶シリコン 1.12 eV(〜約1107 nm) 上のセルを通り抜けた光を下のセルが吸う ※ 1.77 eV はWangら[参考資料5]、1.22 eV はLinら[参考資料3]、1.12 eV はLimら[参考資料7]が示す値です。 ※ 吸収端の波長は本記事の換算です。実際の吸収は吸収端の手前からなだらかに弱まります。 ※ 横軸は 1 nm = 0.6 px の比例尺。帯の長さは吸収する波長の範囲を模式的に示したものです。
図1 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。バンドギャップの値は Wang ら[参考資料5](1.77 eV)、Lin ら[参考資料3](1.22 eV)、Lim らの総説[参考資料7](シリコン1.12 eV)によります。吸収端の波長(約701・1016・1107 nm)は本記事が 1240 ÷ バンドギャップで換算した値で、公表値ではありません。
本稿の計算:下のセルが吸える波長の違い
  • 1240 ÷ 1.77 = 約701 nm(ワイドギャップのトップセルの吸収端)本稿の計算
  • 1240 ÷ 1.22 = 約1016 nm(スズ・鉛系ボトムセルの吸収端)本稿の計算
  • 1240 ÷ 1.12 = 約1107 nm(結晶シリコンの吸収端)本稿の計算

読み取り:スズ・鉛系のボトムセルは、シリコンより約90 nm 手前までしか吸えません。 その分だけ電流は小さくなりますが、バンドギャップが大きい分だけ電圧は高くなります(第9章で実測値を比べます)。 前提と限界:吸収端の換算は近似で、実際の吸収スペクトルや膜厚の影響は含みません。

3. 効率の現在地 ― 小さなセルとモジュールの距離

区分効率面積測定機関(時期)作製
セル(ごく小面積)30.1 ± 0.8%0.0493 cm²(da)JET(2023年10月)南京大学/Renshine、2端子
セル(約1 cm²)28.2 ± 0.5%1.038 cm²(da)JET(2022年12月)南京大学/Renshine、2端子
ミニモジュール26.2 ± 0.6%64.84 cm²(da)JET(2024年9月)Renshine/南京大学、14セル
モジュール22.8 ± 0.8%809.7 cm²(da)Fraunhofer ISE(2025年4月)Renshine Solar

すべて事実(効率表 Version 68[参考資料1])。いずれも初期効率・初期性能の注付きです。30.1% はセル面積が小さいため、表では記録の本欄ではなく「注目すべき例外(Notable exceptions)」の扱いです。

このほか、南京大学のグループは2024年の Science 論文で、スズ・鉛系の膜をブレードコート(へらで塗り広げる方式)で作った全ペロブスカイトタンデムモジュールで、 開口面積 20.25 cm²、認証効率 24.5% を報告しています事実。 また2024年の Nature 論文は、1 cm² 級のセルの認証効率が約0.05 cm² の小さなセルに比べて遅れていること、その原因の一つがワイドギャップ側の大面積での不均一にあることを指摘しています事実。

本稿の計算:面積が広がるごとの差
  • 0.0493 cm² → 1.038 cm²(面積約21倍):30.1 − 28.2 = 1.9ポイント本稿の計算
  • → 64.84 cm² のミニモジュール:30.1 − 26.2 = 3.9ポイント本稿の計算
  • → 809.7 cm² のモジュール:30.1 − 22.8 = 7.3ポイント本稿の計算
  • 効率の検算:1.038 cm² のセルは Voc 2.159 V × Jsc 16.59 mA/cm² × FF 0.789 = 28.26 mW/cm² → 28.3%(表の28.2%とほぼ一致)本稿の計算

前提と限界:測定時期(2022〜2025年)も面積の定義も揃っていないため、差のすべてが面積の効果ではありません。 シリコンペロブスカイトタンデムでは、約1 cm² のセルから約1.7 m² のモジュールまでの差が5.8ポイントでした(本シリーズ「シリコンペロブスカイトタンデム」編)。 全ペロブスカイトタンデムは、約810 cm² の段階ですでに7ポイント以上の差があります。

4. 層構成 ― 1枚のガラスの上に2つのセルを塗り重ねる

典型的な全ペロブスカイトタンデムは、透明電極付きのガラスの側から光を入れる構成(スーパーストレート型)です。 ガラスの上にワイドギャップのセルを作り、その上に再結合層、さらにナローギャップのセルを重ねます。 Hooijer らは、全ペロブスカイトタンデムではp-i-n 構成が一般的で、再結合層には SnO2/Au や ITO/PEDOT:PSS のような積層が使われると整理しています事実。

全ペロブスカイトタンデムの代表的な層構成(p-i-n型の例) 光はガラス側(図の下)から入る。層の厚みは実際の比率ではない(本記事による整理) スズ・鉛系ペロブスカイト ワイドギャップのペロブスカイト ガラス基板 光 金属電極(Agなど) 正孔阻止などの薄い層 C60(電子を取り出す層) スズ・鉛系ナローギャップ(約1.2〜1.3 eV) PEDOT:PSS(正孔を取り出す層) Au 極薄層 または ITO など(導電層) SnO2(ALDで成膜するバッファ層) C60(電子を取り出す層) ワイドギャップ(約1.8 eV) NiOx・SAMなど(正孔を取り出す層) 透明電極(ITOなど) 再結合層 (本記事の区分) ※ 再結合層の構成とp-i-n構成はHooijerら[参考資料6]、層の並びはLimら[参考資料7]の表によります。 ※ 実際の層の数・材料・界面処理は研究ごとに異なります。特定の記録セルや製品の断面ではありません。 ※ 光は下のガラス側から入るため、図では下から上へ ワイドギャップ → ナローギャップ の順に並びます。
図2 概念図(ベクター作図)。層の並びは Lim らの総説[参考資料7]の表と Hooijer ら[参考資料6]の整理をもとに、本記事が1つの図にまとめたものです。層の厚み・色は模式で、特定の記録セル・製品の断面ではありません。どこまでを「再結合層」と呼ぶかは文献によって異なり、図の括弧は本記事の区分です。

ここで重要なのは、下の層(ワイドギャップのセル)を作ったあとで、その上にもう一度ペロブスカイトを溶液から塗るという点です。 Lim らは、ワイドギャップ側を先に作り、ナローギャップ側を後から載せる一般的な構成について、 酸素に弱いスズ・鉛系の層が一番外側に来てしまうという安定性上の難点を指摘しています事実。 逆に、ナローギャップ側を先に作る「サブストレート型」にすれば、スズ・鉛系の層が内側に埋め込まれて酸素から守られ、 PET・PEN・ポリイミドなどのフィルムや金属箔も基板に使える、とも述べています事実。

5. ナローギャップ側:スズ・鉛系ボトムセル

鉛(Pb)の一部をスズ(Sn)に置き換えると、ペロブスカイトのバンドギャップは1.2〜1.4 eV の近赤外域まで下がります事実。 2016年に Eperon らは、FA0.75Cs0.25Sn0.5Pb0.5I3 という組成で 1.2 eV のペロブスカイトを作り、単接合で14.8%、 ワイドギャップのペロブスカイトと組んだ2端子タンデムで 17.0%(開放電圧1.65 V超)、4端子で 20.3% を報告しました事実。

(1) 混ぜると、どちらよりもバンドギャップが下がる

Lim らの総説は、スズ・鉛混合ペロブスカイトがベガード則に従わない「バンドギャップのボーイング」を示し、 Pb0.25Sn0.75 の合金は純粋なスズ系よりもバンドギャップが小さいと説明しています事実。 混合物の物性が端成分の間に収まらない——材料設計では意外に重要な性質です(本記事による解説)。 組成と物性の関係は本シリーズ「バンドギャップと組成設計」「スズ系ペロブスカイト」編で扱います。

(2) 厚くしないと電流が出ない、厚くすると電荷が届かない

2022年の Nature 論文(Lin ら)は、タンデムで大きな光電流を得るには厚いスズ・鉛系のサブセルが必要だが、 スズ・鉛系はキャリアの拡散長が短いためにそれが難しいと述べています事実。 表面をアンモニウム系の陽イオンでパッシベーションすることで、拡散長を2倍の5 µm 超に伸ばし、厚さ約1.2 µm の吸収層を実現して、 全ペロブスカイトタンデムで認証効率 26.4% を報告しました事実。 封止したタンデムは、1 sun・最大出力点で600時間動かした後も初期性能の90%以上を保っています事実。

6. 素材技術者の視点①:スズの酸化を「金属スズ」で戻す

スズの酸化と、金属スズで戻す反応(概念図) Linら(Nature Energy, 2019)の記述をもとに本記事が整理 ① 望ましい状態 ② 酸化が進むと ③ 金属スズを加える Sn²⁺ ペロブスカイトの B サイトを占める2価のスズ Sn²⁺ → Sn⁴⁺ 4価に酸化されたスズが スズ空孔の問題につながる 膜の質が下がる Sn + Sn⁴⁺ → 2Sn²⁺ 同じ元素の0価と4価が 反応して2価になる(均化) 拡散長 3 µm(最良の材料) 1.22 eV の単接合で21.1%、タンデムで認証24.8%(0.049 cm²)と22.1%(1.05 cm²) ※ 各段階の記述と数値は Linら[参考資料3]の要旨によります。反応式の左辺・右辺の表記は本記事が要旨の文章から書き起こしたものです。 ※ 酸化とスズ空孔の関係はLimら[参考資料7]の記述によります。酸化がインク中か膜中かは区別していません。 ※ 論文題名は「前駆体インク中の Sn(II) の酸化を抑える」としています。
図3 概念図(ベクター作図)。各段階の内容と数値は Lin ら(Nature Energy, 2019)[参考資料3]の要旨、スズの酸化とスズ空孔の関係は Lim らの総説[参考資料7]によります。反応式の書き方と3段階の区分は本記事による整理で、図は結晶構造や実際の反応経路を示すものではありません。
素材技術者の読みどころ:これは「還元剤の選び方」の問題です

Lin らは、スズ・鉛系ペロブスカイトのスズ空孔を減らすために、 金属スズを使って Sn⁴⁺(Sn²⁺ の酸化生成物)を Sn²⁺ に戻す「均化(comproportionation)反応」を使いました事実。 結果として拡散長は最良の材料で 3 µm に伸び、1.22 eV のセルで効率 21.1% を得ています事実。

この手法の巧みさは、還元剤が「同じ元素」であることです。 別の還元剤を入れれば、その酸化体が不純物として膜に残ります。 金属スズなら、反応した分はそのまま欲しい Sn²⁺ になる——副生成物を増やさない(本記事による解説)。

酸化の敵は周囲にもいます。Hooijer らは、正孔輸送層によく使われる PEDOT:PSS が酸性で吸湿性であり、 ナローギャップペロブスカイトのスズの酸化を早め、安定性を大きく損なうと指摘しています事実。 つまりスズ・鉛系のセルでは、吸収層だけでなく、接するすべての層の酸・水分・酸素の出し入れが設計対象になります。 酸化しやすい金属粉や、酸に弱い基材を扱ってきた素材技術者には、なじみのある発想のはずです(本記事による解説)。

7. ワイドギャップ側:電圧を取りこぼす理由

トップセルのワイドギャップ(約1.8 eV)を得るには、ヨウ素(I)の一部を臭素(Br)に置き換えるのが一般的です。 ところが Lim らの総説は、I–Br 混合のペロブスカイトが光を当てると I の多い領域と Br の多い領域に分かれる「光誘起相分離」を起こし、 トラップの生成や寿命の低下を通じて開放電圧の損失につながると説明しています事実。 原因はイオンの移動で、本シリーズ「イオン移動と劣化」編で詳しく扱います。

同じ総説は、1.77 eV の FA・Cs 系セルで理論上の開放電圧 1.49 V に対して実測 1.03 V にとどまった例を紹介しています事実。 一方、2024年の Wang らは、電子輸送層(C60)との上側の界面に2次元ペロブスカイトの薄層を作ることで、 1.77 eV のセルで開放電圧 1.35 V、面積約1 cm² で効率 20.5% を達成し、 ナローギャップのセルと重ねた 1.05 cm² のタンデムで 28.5%(認証値 28.2%)を報告しています事実。

本稿の計算:電圧の「取りこぼし」
  • バンドギャップ 1.77 eV に対し、Wang らのセルの開放電圧は 1.35 V。差は 1.77 − 1.35 = 0.42 V本稿の計算
  • 総説が紹介した例(実測 1.03 V)では、1.77 − 1.03 = 0.74 V本稿の計算

前提と限界:バンドギャップと開放電圧の差は、どんな理想的なセルでもゼロにはなりません(総説によれば、1.77 eV での理論上の開放電圧は1.49 V)。 ここでは同じ1.77 eV の2つの例の差(約0.3 V)が、界面の作り込みでどれだけ取り戻せたかの目安として示しています。

8. 素材技術者の視点②:同じ溶媒で2回塗るという難題

暗い背景の中で、濃い色の薄膜をまとったガラス板の上に、ごく薄い透明な膜が均一に重なり、表面に一筋の光が映っている概念イメージ
図4 概念図(AI生成イメージ)。「下の膜を、上からの溶媒やスパッタから守る薄い保護膜」という発想を雰囲気として表現したものです。実際の膜厚・材料・色・デバイスを示すものではありません。
素材技術者の読みどころ:下の層を溶かさずに、上の層を塗る

全ペロブスカイトタンデムは、ペロブスカイトの上にもう一度ペロブスカイトを溶液から塗る構造です。 Hooijer らは、隣り合うサブセルで似た溶媒を使うため、層どうしの溶解や化学的な劣化が起こりうると指摘しています事実。

そこで使われるのが、ALD(原子層堆積)で作る緻密な SnO2 のバッファ層です。 全ペロブスカイトセルでは、100℃以下で作る厚さ 10〜20 nm 程度の緻密な SnO2 層が、上のセルを作るときの溶媒の浸入を防ぐためによく使われます事実。 ただし、下地の C60 は疎水性で化学的に不活性なため、ALD の最初のサイクルで核ができにくく、膜が不均一になりやすい。 それを補うために SnO2 を厚くすると、寄生吸収・接触抵抗・機械的に弱い界面が増えます事実。

対策として報告されているのが、C60 の表面をPEIE やカルボキシ基を末端に持つ分子で修飾したり、ALD の途中でオゾン処理したりして、SnO2 の被覆性と緻密さを上げる方法です事実。

疎水性の有機膜の上に、無機のバリア膜を均一に付ける。 これは、フィルムの上にガスバリア膜を付ける、樹脂の上にめっきを付ける、といった場面で素材技術者が「プライマー」「核付け」として解いてきた問題と同じ構図です。 違うのは、許される厚みが十数 nmで、しかも光を通さなければならないことです(本記事による解説)。

さらに Hooijer らは、濃いペロブスカイト前駆体溶液がマイクロメートル規模の表面のしわ(リンクル)を生み、 その上に載る薄い再結合層ではならしきれないことも課題に挙げています事実。 塗膜のレベリング、乾燥速度、応力——塗工の基礎が、そのまま効率と歩留まりに効いてきます(本記事による解説)。 塗布のプロセスは本シリーズ「塗布製膜」「ロールツーロールと大面積化」編で扱います。

9. シリコンタンデムとの比較

効率表 Version 68 に載っている、約1 cm² の2つのタンデムセルを並べてみます。

項目シリコンペロブスカイト全ペロブスカイト
効率35.2 ± 1.1%28.2 ± 0.5%
面積0.9994 cm²(da)1.038 cm²(da)
開放電圧 Voc1.998 V2.159 V
短絡電流密度 Jsc20.55 mA/cm²16.59 mA/cm²
曲線因子 FF85.2%78.9%
測定機関(時期)ESTI(2026年2月)JET(2022年12月)

すべて事実(効率表 Version 68[参考資料1])。どちらも2端子、初期効率です。

本稿の計算:電圧は高く、電流は小さい
  • 電圧:2.159 − 1.998 = +0.16 V。全ペロブスカイトのほうが高い本稿の計算
  • 電流:16.59 ÷ 20.55 = 約0.81。全ペロブスカイトは約2割少ない本稿の計算
  • 曲線因子:85.2 − 78.9 = 6.3ポイントの差本稿の計算

読み取り:ボトムセルのバンドギャップが大きい(1.12 eV → 約1.2〜1.3 eV)ぶん、電圧は上がり、電流は下がります(第2章の吸収端の差)。 そのうえで、効率の差の多くは曲線因子と電流から来ています。 前提と限界:2つのセルは作製者も測定時期(約3年の差)も異なります。

2つのタンデムの違い(本記事による整理) シリコンペロブスカイト 全ペロブスカイト 下地は完成したシリコンセル ボトムセルは約1.1 eV、電流が大きい テクスチャ上への成膜が論点 ウェハの形と重さに縛られる 約1 cm²で35.2%(初期効率) 約1.7 m²で29.4% すべて薄膜。基板を選べる ボトムセルは約1.2〜1.3 eV、電圧が高い スズの酸化と溶媒の直交性が論点 フィルムや金属箔も基板候補 約1 cm²で28.2%(初期効率) 約810 cm²で22.8% ※ 効率は効率表 Version 68[参考資料1]、基板の選択肢はLimら[参考資料7]の記載によります。 ※ 2列に整理したのは本記事によるもので、どちらが優れているかを示すものではありません。
図5 概念図(ベクター作図)。効率・面積は効率表 Version 68[参考資料1]、基板の選択肢は Lim らの総説[参考資料7]によります。2列の対比は本記事による整理で、技術の優劣を示すものではありません。

10. 強みと課題

全ペロブスカイトタンデムの強みと課題(本記事による整理) 強み 課題 全体を薄膜だけで作れる 組成でバンドギャップを調整できる 約1 cm²で28.2%(第三者測定) ブレードコートのモジュールで24.5%を認証 フィルムや金属箔も基板候補になる 電圧はシリコンタンデムより高い スズ(Sn²⁺)が酸化しやすい ワイドギャップ側の電圧損失・相分離 再結合層の標準化が進んでいない 同じ溶媒で2回塗るための保護層 記録値はいずれも初期効率 約810 cm²で差が7ポイント超に開く ※ 各項目は効率表[参考資料1]、各論文[参考資料2〜7]、および本稿の計算(第3章)によります。 ※ 2つに整理したのは本記事によるもので、業界で定まった評価ではありません。
図6 概念図(ベクター作図)。各項目は効率表 Version 68[参考資料1]、各論文[参考資料2〜7]の記載と、本記事の計算(第3章)によります。強みと課題の2つに整理したのは本記事によるもので、業界で定まった評価ではありません。

(1) 長期の耐久性は、まだ「数百時間」の単位

この記事で紹介した耐久性のデータは、600時間で初期性能の90%以上(Lin ら, 2022、封止あり)事実、 463時間で90%(Lin ら, 2019)事実といった、数百時間の単位です。 屋外で何年もつかは、本稿の調査範囲の一次情報では確認できませんでした。 屋外試験の方法は本シリーズ「屋外試験と耐久性評価」編で扱います。

(2) 理論効率はあくまで計算上の値

1.82 eV と 1.22 eV の2端子の組み合わせで43%、バンドギャップを 0.5〜2.5 eV の範囲で最適化した場合に2端子で46%、4端子で46.1%という値は、 総説が紹介している理論計算の上限です未確定/将来。

(3) 鉛とスズを両方使う

スズ・鉛系のボトムセルは鉛を含みます。鉛の扱いについては、本シリーズ「鉛とヨウ素」編で扱います。

(4) 量産の時期は本稿では扱わない

効率表には Renshine Solar のモジュールが載っていますが、本稿の調査時点(2026年9月)で、全ペロブスカイトタンデムの本格量産を第三者の一次情報で確認することはできませんでした。

この記事のまとめ
  • 全ペロブスカイトタンデムは、約1.8 eV と約1.2〜1.3 eV のペロブスカイトを重ねる構造です事実
  • 約1 cm² で28.2%、約810 cm² のモジュールで22.8%(効率表、初期効率)事実。小面積との差は7ポイント以上に開きます本稿の計算
  • ボトムセルのスズは酸化しやすく、金属スズで Sn⁴⁺ を Sn²⁺ に戻す方法が報告されています事実
  • ワイドギャップ側は光誘起相分離で電圧を失いやすく、界面の作り込みで取り戻しつつあります事実
  • 下の層を溶かさずに上の層を塗るため、十数 nm の緻密な保護層が要ります。疎水性の有機膜の上への核付けという素材の問題です(解説)
  • シリコンタンデムより電圧は高く、電流は約2割少ない本稿の計算

11. 用語集

全ペロブスカイトタンデム
上下のセルをどちらもペロブスカイトで作るタンデム太陽電池。
ワイドギャップ/ナローギャップ
バンドギャップが広い(約1.8 eV)/狭い(約1.2〜1.3 eV)半導体。
スズ・鉛系ペロブスカイト
B サイトの鉛の一部をスズに置き換えた組成。近赤外まで光を吸う。
バンドギャップのボーイング
混合物のバンドギャップが端成分の直線補間から下に外れる現象。
均化(comproportionation)
同じ元素の酸化数の違う2つの化学種が反応し、中間の酸化数になる反応。
スズ空孔
結晶中でスズが欠けた場所。スズ系ペロブスカイトの性能低下の原因になる。
拡散長
光で生じた電荷が再結合するまでに移動できる平均的な距離。
光誘起相分離
I–Br 混合のペロブスカイトが光照射で I 多い領域と Br 多い領域に分かれる現象。
スーパーストレート/サブストレート型
光を基板側から入れる構成/基板の反対側から入れる構成。
ALD(原子層堆積)
原料ガスを交互に流し、1原子層ずつ膜を積む成膜法。緻密で段差被覆性が高い。
PEDOT:PSS
導電性高分子とポリスチレンスルホン酸の複合体。正孔輸送層に使われる。酸性。
ブレードコート
へら状の刃で溶液を基板上に塗り広げる塗布法。大面積化に向く。
JET
電気安全環境研究所。太陽電池の効率を第三者として測定する日本の機関のひとつ。

12. 参考資料(一次情報)

  1. Green, M.A. ほか「Solar cell efficiency tables: Version 68」Joule 10, 102494(2026年) https://doi.org/10.1016/j.joule.2026.102494
  2. Eperon, G.E. ほか「Perovskite-perovskite tandem photovoltaics with optimized band gaps」Science 354, 861–865(2016年) https://doi.org/10.1126/science.aaf9717
  3. Lin, R. ほか「Monolithic all-perovskite tandem solar cells with 24.8% efficiency exploiting comproportionation to suppress Sn(ii) oxidation in precursor ink」Nature Energy 4, 864–873(2019年) https://doi.org/10.1038/s41560-019-0466-3
  4. Lin, R. ほか「All-perovskite tandem solar cells with improved grain surface passivation」Nature 603, 73–78(2022年) https://doi.org/10.1038/s41586-021-04372-8
  5. Wang, Y. ほか「Homogenized contact in all-perovskite tandems using tailored 2D perovskite」Nature 635, 867–873(2024年) https://doi.org/10.1038/s41586-024-08158-6
  6. Hooijer, R. ほか「Why more junctions do not yet deliver: interconnection challenges in perovskite multijunction solar cells」Energy & Environmental Science 19, 4582–4596(2026年、オープンアクセス) https://doi.org/10.1039/d6ee01631f
  7. Lim, J. ほか「All-perovskite tandem solar cells: from fundamentals to technological progress」Energy & Environmental Science 17, 4390–4425(2024年、オープンアクセス) https://doi.org/10.1039/d3ee03638c
  8. Gao, H. ほか「Homogeneous crystallization and buried interface passivation for perovskite tandem solar modules」Science 383, 855–859(2024年) https://doi.org/10.1126/science.adj6088

13. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
効率表 Version 68 の全ペロブスカイトタンデム:セル 28.2 ± 0.5%(1.038 cm²・da・JET・2022年12月・南京大学/Renshine・2端子、Voc 2.159 V・Jsc 16.59 mA/cm²・FF 78.9%)、ミニモジュール 26.2 ± 0.6%(64.84 cm²・JET・2024年9月・14セル)、「注目すべき例外」のセル 30.1 ± 0.8%(0.0493 cm²・JET・2023年10月)、モジュール 22.8 ± 0.8%(809.7 cm²・FhG-ISE・2025年4月・Renshine Solar)。初期効率/初期性能の注。シリコンペロブスカイトタンデムの 35.2 ± 1.1%(0.9994 cm²・ESTI・2026年2月、Voc 1.998 V・Jsc 20.55 mA/cm²・FF 85.2%)効率表 Version 68(Joule, 2026)出典1 https://doi.org/10.1016/j.joule.2026.102494事実
FA0.75Cs0.25Sn0.5Pb0.5I3 で 1.2 eV のペロブスカイト、単接合14.8%、2端子タンデム17.0%(Voc 1.65 V超)、4端子20.3%Eperon ら(Science, 2016)出典2 https://doi.org/10.1126/science.aaf9717事実
金属スズで Sn⁴⁺ を Sn²⁺ に戻す均化反応によりスズ空孔を減らしたこと。拡散長3 µm(最良の材料)、1.22 eV のセルで21.1%、タンデムの認証効率24.8%(0.049 cm²)と22.1%(1.05 cm²)、最大出力点で463時間動作後に90%を保持Lin ら(Nature Energy, 2019)出典3 https://doi.org/10.1038/s41560-019-0466-3事実
高い光電流には厚いスズ・鉛系サブセルが必要だが拡散長が短く難しいこと。アンモニウム系陽イオンのパッシベーションで拡散長を2倍の5 µm超、吸収層厚さ約1.2 µm、認証効率26.4%。封止したタンデムが1 sun・最大出力点で600時間後に初期性能の90%以上Lin ら(Nature, 2022)出典4 https://doi.org/10.1038/s41586-021-04372-8事実
1 cm² 級の認証効率が約0.05 cm² のセルに遅れていること、その原因の一つが大面積でのワイドギャップセルの不均一であること。C60 との上側界面に2次元ペロブスカイト層を作り、1.77 eV のセルで Voc 1.35 V・効率20.5%(平方センチメートル規模)、1.05 cm² のタンデムで28.5%(認証値28.2%)Wang ら(Nature, 2024)出典5 https://doi.org/10.1038/s41586-024-08158-6事実
全ペロブスカイトタンデムが一般に p-i-n 構成で、再結合層に SnO2/Au や ITO/PEDOT:PSS が使われること。PEDOT:PSS が酸性・吸湿性でスズの酸化を早めること。似た溶媒による層の溶解・劣化。100℃以下で作る10〜20 nm 程度の緻密な SnO2 層で溶媒の浸入を防ぐこと。C60 が疎水性・不活性で ALD の核形成が難しく、厚い SnO2 が寄生吸収・接触抵抗・弱い界面をもたらすこと。PEIE やカルボキシ基末端分子による修飾、オゾン処理による改善。濃い前駆体溶液によるマイクロメートル規模のしわHooijer ら(Energy & Environmental Science, 2026)出典6 https://doi.org/10.1039/d6ee01631f事実
ペロブスカイトの利点(バンドギャップの調整・低コスト・スケールしやすさと軽さ)と課題(Sn²⁺ の酸化・ワイドギャップ側の電圧損失・再結合層の非標準化・均一成膜)。Si・CIGS と組む場合の理想は1.7 eV 近く、1.2〜1.3 eV のペロブスカイトと組む場合は1.8 eV 前後。1.22 eV がよく使われること。1.82/1.22 eV で理論43%、0.5〜2.5 eV の最適化で2端子46%・4端子46.1%。実際の報告でナローギャップ1.21〜1.26 eV・ワイドギャップ1.73〜1.78 eV で26.0〜28.5%。スズ・鉛混合で1.2〜1.4 eV、ボーイング、Pb0.25Sn0.75 が純スズ系より低いバンドギャップ。I–Br 混合の光誘起相分離とイオン移動。1.77 eV で理論 Voc 1.49 V に対し実測1.03 V の例。スーパーストレート型でスズ・鉛系が外側になる難点と、サブストレート型で PET・PEN・ポリイミド・金属箔などを基板にできること。層の並びの例(ITO/NiOx/ワイドギャップ/C60/SnO2/ITO/PEDOT:PSS/ナローギャップ/C60/Ag)。シリコンのバンドギャップ1.12 eV。スズ(II)の酸化しやすさがスズ系ナローギャップ層の空孔欠陥の大きな問題になっていることLim ら(Energy & Environmental Science, 2024)出典7 https://doi.org/10.1039/d3ee03638c事実
スズ・鉛系の膜をブレードコートで作製した全ペロブスカイトタンデムモジュールで、開口面積20.25 cm²、認証効率24.5%Gao ら(Science, 2024)出典8 https://doi.org/10.1126/science.adj6088事実
理論効率43%・46%・46.1%総説が紹介する理論計算上の上限であり、実証値ではない出典7 https://doi.org/10.1039/d3ee03638c未確定/将来
吸収端の波長(約701・1016・1107 nm)と差約90 nm。面積ごとの効率差(1.9・3.9・7.3ポイント)と面積比約21倍。28.2% の Voc×Jsc×FF による検算(28.26 mW/cm²)。開放電圧の取りこぼし 0.42 V・0.74 V とその差約0.3 V。シリコンタンデムとの差(+0.16 V、電流比約0.81、FF差6.3ポイント)本稿の計算。吸収端は 1240 ÷ バンドギャップによる近似。比較したセルは作製者・面積の定義・測定時期が異なる。シリコンの1.12 eV は一般的な値として使用本稿の計算
屋外での長期耐久性、全ペロブスカイトタンデムの本格量産本稿の調査範囲の一次情報では確認できなかったため記載していない(解説)未確定/将来
金属スズが「同じ元素の還元剤」で副生成物を増やさないという読み取り。接するすべての層の酸・水分・酸素が設計対象になるという整理。疎水性有機膜の上への無機バリア膜の核付けを、プライマーや核付けの問題と同じ構図とみなしたこと。塗工の基礎が効率と歩留まりに効くという読み取り。混合物の物性が端成分の間に収まらないことの重要性。2つのタンデムの対比と強み・課題の整理。図2の再結合層の括弧の範囲公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各機関・各研究者が表明した見解ではない解説
図1・図2・図3・図5・図6が説明のための作図であること。ヒーロー画像と図4がAI生成イメージであること。図3の反応式の書き方本記事による注記(解説)。図3の反応式は Lin らの要旨の文章から本記事が書き起こしたもの解説

最終更新:2026年9月25日/出典は一次情報(効率表、査読論文)に限定しています。 効率の値には、認証の有無・セル/モジュールの別・面積・測定機関を併記しました。 屋外での長期耐久性と、全ペロブスカイトタンデムの本格量産については、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用です。図1・図2・図3・図5・図6はベクター作図、ヒーロー画像と図4はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・顕微鏡像・製品の実物を示すものではありません。