INSTITUTION PROFILE / 細胞培養技術
CiRA財団(京都大学iPS細胞研究財団)
― 臨床用iPS細胞という「原料」を国内外に配る公益財団
CiRA財団は京都大学が設立した日本の公益財団法人で、規制当局でも資金配分機関でもありません。 役割は、治療に使えるiPS細胞を製造・品質評価・保管し、研究機関や企業に「原料」として提供することです。 2026年3月に日本で条件及び期限付承認を受けたiPS細胞由来の2製品(住友ファーマ「アムシェプリ」、クオリプス「リハート」)は、財団が「iPS細胞ストック由来の製品」として紹介しています。 本稿では、CiRA財団が細胞培養技術にどこまで影響を持つのかを、供給の範囲と地域に絞って整理します。
- 30秒でわかるCiRA財団
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- 細胞培養技術で何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 関わっている企業・組織
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるCiRA財団
京都大学iPS細胞研究財団略称 iPS財団/CiRA_F。英名 CiRA Foundation
CiRA財団の影響力は、権限ではなく「原料」を通じて届きます。 財団はHLAホモ接合体のドナーから臨床用iPS細胞を作り、あらかじめ品質を確かめて凍結保存し、「国内外の研究機関・企業からの求めに応じて」提供しています 事実。 財団は、2026年3月6日に条件及び期限付承認を受けたアムシェプリとリハートを「iPS細胞ストック由来の再生医療等製品」として掲げています 事実。 つまり、承認製品の出発原料の一部を1つの公益財団が担っていることになります。 一方、財団のストックを使わず自前でiPS細胞を作る企業には、財団の影響は届きません。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
細胞培養技術の記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分では製品を売りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。 CiRA財団はこのどれにもきれいには収まらない、珍しい機関です。
3. 細胞培養技術で何をしているか
CiRA財団が提供・運営している主なものは次のとおりです 事実。価格はいずれも税抜きの1本あたりで、非営利機関には無償です。
| 事業 | 中身 | 営利機関の価格 | 2025年度の提供 |
|---|---|---|---|
| HLAホモiPS細胞ストック(臨床用) | HLA-A・B・DRがホモ接合体の健康なドナー7名から、日本国内で頻度の高い4種類のHLA型、計27株を製造。10以上の臨床試験で移植用細胞の原料に使われている | 臨床用株10万円 マスターセルバンク20万円 | 7件(6種類、14本) |
| HLAゲノム編集iPS細胞ストック | 上記のストックからHLA-A・HLA-B・CIITAをゲノム編集で除き、拒絶反応のリスクを下げた株 | 20万円 | 臨床用13件(3種類、25本) |
| センダイウイルスiPS細胞ストック | 米国の成人ドナーから、米国の認証施設で採血・検査した血液で製造。ドナー適格性は日米欧の規制に対応 | 10万円 | 6件(2種類、16本) |
| 受託(製造・品質評価・保管) | 細胞調製施設(FiT)での分化細胞の製造、ゲノム評価などの品質評価試験、細胞の保管 | 料金表による | ゲノム評価試験44件、保管8件 |
| my iPSプロジェクト | 患者本人の細胞から作る自家iPS細胞を、閉鎖型の自動培養装置で安く作る技術の開発。1人分約100万円での提供をめざす | 開発中 | 2025年6月に大阪・中之島の「Yanai my iPS製作所」が開所 |
※ストックの使用には財団の「ストック委員会」の承認が必要です。臨床用株は原則として各株1機関1バイアルの提供です。
財団のサイトによると、いまのiPS細胞は専用施設で作業員が手作業で製造しており、1ラインの製造コストは数千万円です。 一方、営利機関への価格は1本10万〜20万円で、2025年度の「細胞提供事業収益」は1,436万円でした。 同じ年度の受取寄附金は33億8,302万円、国などからの補助金等は12億7,642万円でした 事実。 本稿は、ストックを事業として売るものではなく、寄付と公的資金で支える公共財に近いものと読みます 本稿の計算。 my iPSプロジェクトが自動培養装置、3D培養、試薬の「キット化」、画像による非破壊の品質検査に取り組むのは、この手作業のコストを下げるためです。 自動培養の考え方は、本シリーズの技術解説「iPS細胞」「培地」もあわせて参照してください。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | CiRA財団が持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 自らのストックの使用を審査・承認すること(ストック委員会。他機関からの2次使用も対象)。提供価格と条件を決めること | 製品の承認、規制、基準を決める権限。承認は厚生労働大臣が行う |
| 地域 | 国内外の研究機関・企業に提供。海外機関の申請にも対応。米国FDAのドラッグマスターファイル(DMF)に2株を登録。米国カリフォルニア州再生医療機構(CIRM)の産業連携プログラムに参画 | ストックを使わない企業や、他国の規制への影響力 |
| 提供実績 | 2026年3月31日現在、臨床用ストックは106ラボ・46機関、臨床用ゲノム編集ストックは50ラボ・25機関、研究用ストックは156ラボ・95機関 | 国内と海外の内訳は公表されていない |
| 規模 | 職員149名、2025年度の経常収益51億5,919万円 | 研究資金を他機関に配る事業(定款には研究助成事業があるが、本稿で確認した事業報告書に配分の記載なし) |
海外への広がりを示す一次情報は3つあります。1つ目はFDAとの関係で、住友ファーマが米国で治験を始める際、FDAは2022年4月29日付で「QHJIドナー由来のiPS細胞はFDAが要求するドナー適格性を満たす」と回答しました。 2つ目は、2024年に日本人で最も頻度の高いHLA型を持つQHJIドナーの2株(QHJI01s04・QHJI14s04)をFDAのDMFに登録したことで、提供先の企業が米国で承認申請するときの手続きを簡単にする狙いです。 3つ目は、財団の倫理審査で承認された研究の一覧に、Vertex Pharmaceuticals、Rutgers University、Odense University Hospital/University of Southern Denmark、iCamuno Biotherapeutics (Suzhou) など海外の企業・大学の名前があることです 事実。
HLAホモストックは日本国内で頻度の高いHLA型から作られています 事実。 日本人以外の患者に対してどこまで拒絶反応を抑えられるかは、本稿で確認した一次情報にはありません 未確定/将来。 海外向けに意味を持つのは、HLAを編集したゲノム編集株や、米国ドナー由来で日米欧の規制に対応したセンダイ株だと本稿は読みます 本稿の計算。 また「46機関」は財団が公表する提供実績の数で、1機関が複数の研究を行う場合もあります。
5. 関わっている企業・組織
| 組織・企業 | CiRA財団との関係(一次情報の記載) | このシリーズとの関係 |
|---|---|---|
| 住友ファーマ | アムシェプリ(ラグネプロセル)が財団のストック由来製品として掲載。米国での治験に向けたFDAとの協議に財団が提供元として協力。連携企業一覧では共同研究とmy iPS Circleの両方 | 住友ファーマの企業解説 |
| クオリプス | リハート(ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート)が財団のストック由来製品として掲載。共同研究先 | 本シリーズでは扱っていない |
| 味の素・Miltenyi Biotec | my iPS Circleの参加企業(連携企業一覧のmy iPS Circleには35団体のロゴ) | 味の素とMiltenyi Biotecの企業解説 |
| AMED | 「再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム」などの補助金の交付元。DMF登録の研究もAMEDの支援 | 機関解説「AMED」 |
| PMDA・厚生労働省 | 2025年度に財団はPMDAと事前面談2回・対面助言1回を実施。2製品の承認は2026年3月6日 | 機関解説「PMDA」「厚生労働省」 |
| FDA・CIRM(米国) | FDAにDMFを登録(2024年)。CIRMの産業連携プログラムに「Industry Resource Partner」として参画(2024年1月) | 機関解説「U.S. Food and Drug Administration」 |
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 承認製品の原料になったことで、財団の影響はその製品が売られ続ける限り長く残る | 2製品が財団のストック由来製品として掲載され、2026年度事業計画は「ニーズの高いセルバンクを製造し、ユーザーの要望にあわせてタイムリーな提供を行う」とする | 推測 |
| 海外での影響は、日本人向けHLAの株より規制に対応した株(DMF登録株・センダイ株・ゲノム編集株)を通じて広がる | DMF登録、日米欧のドナー適格性に対応したセンダイ株、2026年度計画の「国内外のユーザーにとってより利用しやすい仕組み」 | 推測 |
| my iPSプロジェクトは、提供先による2028年度中の臨床試験開始をめざす | 財団のmy iPSプロジェクトのページと2026年度事業計画書に記載された目標 | 未確定/将来 |
| 財団の供給力は寄付の集まり方に左右されやすい | 2025年度の経常収益の6割超が寄付。2026年度計画は「寄付頼みの財団運営とならないよう」他の財源を確保するとしている | 推測 |
7. 用語集
- HLAホモ接合体
- 父母から同じHLA型を受け継いだ人。その細胞から作ったiPS細胞は、同じHLA型を1つ持つ多くの人に拒絶反応が起きにくい。
- iPS細胞ストック
- あらかじめ製造・品質評価して凍結保存した臨床用iPS細胞。患者ごとに作るより時間と費用を大幅に減らせる。
- マスターセルバンク
- 臨床用株を拡大培養し、品質管理の試験をすませて多数のバイアルに分けた細胞の保管単位。
- ドラッグマスターファイル(DMF)
- 原料などの詳細情報を、供給元が米国FDAに任意で登録する制度。利用企業は申請時に参照するだけでよくなる。
- 条件及び期限付承認
- 日本の再生医療等製品向けの制度。条件と期限をつけて早めに承認し、期限内に改めて承認申請を行う。
- 自家/他家
- 自家は患者本人の細胞、他家は他人の細胞を使うこと。ストックは他家、my iPSは自家にあたる。
8. 出典
- CiRA財団 概要・沿革(名称・英名・設立者・設立日・公益財団法人への移行・所在地・事業内容・ストック提供開始・施設の許可)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/about/overview/
- CiRA財団 令和7年度事業報告(職員149名、事業資金の構成、提供件数、受託件数、PMDA相談、寄付状況、中之島の施設)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/assets/file/about/R7_cira-f_business_report.pdf
- CiRA財団 令和7年度決算報告書(経常収益、受取寄附金、受取補助金等、事業収益の内訳、補助金の交付機関)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/assets/file/about/R7_cira-f_financial_statementst.pdf
- CiRA財団 2026年度事業計画書(セルバンクの提供方針、国内外のユーザー向けの仕組み、my iPSの2028年度臨床入り目標、財源の多角化)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/assets/file/about/R8_cira-f_business_plan.pdf
- CiRA財団 iPS細胞ストックプロジェクト(国内外の研究機関・企業への提供、FiTの許可番号)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/about/project/ips-stock-project/
- CiRA財団 HLAホモiPS細胞ストック(ドナー7名・4種類のHLA型・27株、提供価格、10以上の臨床試験、FDAのドナー適格性の回答、DMF登録)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/provision-of-ips-cells/homozygous/
- CiRA財団 HLAゲノム編集iPS細胞ストック(ノックアウトした遺伝子、提供価格)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/provision-of-ips-cells/genome-edited/
- CiRA財団 センダイウイルスiPS細胞ストック(米国ドナー、日米欧のドナー適格性、提供価格)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/provision-of-ips-cells/sev/
- CiRA財団 提供実績(2026年3月31日現在のラボ数・機関数)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/achievement/
- CiRA財団 iPS細胞提供の実績(ストック由来の承認製品2品目、ストックを使った臨床試験、倫理審査で承認された研究の一覧)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/achievement/provision-of-ips-cells/
- CiRA財団 iPS細胞提供に関するよくあるご質問(海外機関からの申請の扱い)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/faq/provision-of-ips-cells/
- CiRA財団 お知らせ「臨床用iPS細胞ストック(QHJI株)の米国ドラッグマスターファイル登録のお知らせ」(2024年2月)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/news/2024/02/22-000920.html
- CiRA財団 お知らせ「米国・CIRMとIndustry Alliance Programに関する合意書締結」(2024年1月)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/news/2024/01/18-000332.html
- CiRA財団 my iPSプロジェクト(手作業での製造コスト、1人分約100万円の目標、2028年度中の臨床試験開始の目標、自動化の取り組み)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/about/project/myips/
- CiRA財団 連携企業一覧(共同研究・my iPS Circleの区分)。 https://www.cira-foundation.or.jp/j/about/team/
- PMDA 2025年度承認品目一覧(再生医療等製品)(リハート・アムシェプリの承認日と承認の種類)。 https://www.pmda.go.jp/files/000280052.pdf
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年9月24日/Troy Technical
本稿の内容はCiRA財団の公式サイト、事業報告書・決算報告書・事業計画書、およびPMDAの承認品目一覧に基づきます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。