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熱暴走と電池の安全 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

熱暴走と電池の安全
― 「燃えにくい材料」と「燃え広がらない設計」は別の話

リチウムイオン電池は、燃料にあたる負極と酸化剤にあたる正極を、ひとつの密閉容器に同居させています。 熱暴走は、その二つが反応しはじめ、発熱が放熱を上回って自己加速する現象です。 この記事では、反応の順番、LFP と NMC の実測の差、セルからパックへの伝播、そして輸送・産業用・車載・定置用の試験と規格を、一次情報の範囲で整理します。

構成:査読論文(Electrochem. Soc. Interface、RSC Advances、Nature Communications、J. Electrochem. Soc.)、米国連邦規則集、Transport Canada、IEC、UL、NFPA、中国の国家標準プラットフォームを使用/確認日 2026年10月10日

密閉・排気を備えた試験室でセルの温度とガスを測る例です
図1 概念画像(ImageGenで生成)。密閉・排気を備えた試験室でセルの温度とガスを測る例です。危険な試験を開放された作業台で行う図ではありません。 実際の施設・製品・測定結果ではありません。
この記事の構成
  1. 熱暴走とは何か(3行でつかむ)
  2. 反応の連鎖 ― 何が、どの順番で重なるか
  3. 引き金 ― 外部加熱・内部短絡・過充電、そして充電状態
  4. LFP と NMC ― 実測で何が違うか
  5. 本稿の計算:ガスは 1 kWh あたりどれくらいか
  6. セルからパックへ ― 伝播を遅らせる設計
  7. 試験と規格 ― 輸送、産業用、車載、定置用
  8. 定置用の火災安全 ― NFPA 855 と UL 9540A
  9. 限界と、確認できなかったこと
  10. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・提案・未発効の事項であり、実績や効力が確認できていないもの
このほか、材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。推測は太字で示します。

この記事の範囲と姿勢

個別の火災・事故の原因は、公的な調査報告で確認できた範囲でも本記事では論じません(原因を推測で断定しないためです)。 特定の製品や企業を評価することもしません。また、ここに書く温度やガス量は試験室の小型セルの値であり、実機の安全性や、あなたの機器・設備の安全を保証するものでも、個別の安全上の助言でもありません。 設置・運用の判断は、適用される法令・規格と、有資格者の確認によってください。

1. 熱暴走とは何か(3行でつかむ)

  • 燃料と酸化剤が同居している:電池は、燃料(負極)と酸化剤(正極)を密閉容器に入れたもので、通常運転では電気エネルギーに変わりますが、化学反応として進めば熱とガスになります。Doughty と Roth(Sandia 国立研究所)はこう説明し、いったん始まった反応は両者が接しているため完了まで進みやすいとしています事実[参考資料1]
  • 自己加速する:外から熱が加わるか内部で発熱が起きるかで温度が上がると、ある温度から発熱反応が連鎖します。発熱が放熱を上回ると温度がさらに上がります。これが熱暴走です事実[参考資料4]
  • 防御は階層で考える:材料、セル、モジュール・パック、システム、設置場所の各階層で「起こしにくくする」「起きても広げない」を組み合わせます。単独の対策で伝播を確実に止められる、とは総説も述べていません事実[参考資料5]
この記事でいちばん大事な一行

「燃えにくい」セル(たとえば LFP)と「燃え広がらない」システムは、別々の性質です。 前者は材料と設計の話で、実測の差は大きい。後者は、セルの並べ方、遮熱・排気・検知、そして設置の仕方までを含めた系の話です。 どちらか一方だけで安全と言い切ることはできません(本記事による解説)。

2. 反応の連鎖 ― 何が、どの順番で重なるか

熱暴走は一つの反応ではなく、複数の発熱反応が、温度が上がる順に重なっていく現象です。 Finegan らは、論文の導入で文献の整理として次の流れを示しています事実[参考資料4]。

熱暴走で重なる反応の順番(概念図) 温度は文献に示された代表的な範囲です。セル設計・充電状態・加熱速度で大きく変わります。 1 SEI の分解 約90〜120 °C 負極表面の被膜が 壊れ、発熱とガス 2 負極と電解液 〜約260 °C リチウムを含む黒鉛が 電解液と反応 3 セパレータ溶融 約130 °C 以上 PE・PP が溶け 局所短絡のおそれ 4 正極の分解 約150〜250 °C 酸素を放出する 正極がある(種類差) 5 ガス放出・発火 ベント開放 可燃性ガスが出る 引火すれば燃焼 順番は重なり合い、入れ替わることもあります(内部短絡では3から始まることも) 段階1 自己発熱の開始 実用定義は約0.2 °C/分(熱ランプ試験) 段階2 加速 発熱が増え、ベントや発煙が起こりうる 段階3 熱暴走 目安は約10 °C/分以上で、外から止めにくい 温度が上がるほど反応は速くなり、発熱が放熱を上回ると自己加速します(正のフィードバック) ※ 反応の種類と温度は Finegan ら[参考資料4]の導入、Doughty と Roth[参考資料1]、Golubkov ら[参考資料2]によります。 ※ 5段階に並べたのは本記事による整理であり、実在セルの実測の順序を示すものではありません。
図2 概念図(ベクター作図)。温度範囲は文献に示された代表的な値で[参考資料1・2・4]、実在のセルの一つひとつを示すものではありません。5段階に並べたのは本記事による整理です。下段の3段階は Doughty と Roth[参考資料1]による区分です。
おおよその温度起きること(文献の記述)出典
約90〜120 ℃負極で SEI(固体電解質界面)が壊れ、リチウムを含む黒鉛と電解液が反応して、発熱とガスが出る[4](導入)、[1](DSCで約120 ℃から SEI の分解)
約130 ℃ 以上ポリエチレン・ポリプロピレン系のセパレータが溶け、局所的な短絡のおそれが出る。ある NMC セルの加熱試験では、130 ℃ に溶融の吸熱ピークが見られた[4]、[2]
約150〜250 ℃正極が分解を始める。熱ランプ試験で、正極の分解の開始は 150〜250 ℃ の範囲とされる。NMC では酸素が出て電解液と反応する[1]、[4]
約200〜260 ℃リチウムを含む黒鉛と電解液の急速な反応、黒鉛の分解が起きる[4]
約230 ℃ 以上黒鉛粒子が剥がれてリチウムが露出し、電解液やバインダーと反応しうる。260 ℃ 以上では PVdF とリチウムの反応で水素が出うる、という文献が引かれている[2](反応の考察)

すべて事実。温度は文献の代表値で、セルの設計・充電状態・加熱速度・測定法で変わります。

Doughty と Roth は、熱ランプ試験(セルを一定の速度で加熱する試験)で、温度を3段階に分けています事実[参考資料1]。

  • 段階1(onset):自己発熱が始まる。実用上は、熱ランプ試験で自己発熱速度が約 0.2 ℃/分に達した点を onset とする(ARC は約 0.02 ℃/分と、10倍敏感)。ここではSEIの分解で負極が電解液にさらされることが寄与する
  • 段階2(加速):負極でのSEI損失の進行と電解液の還元、正極表面での電解液の酸化が始まり、発熱が増える。ベントや発煙が起こりうる
  • 段階3(熱暴走):正極や負極の高速の反応で温度が急上昇する。ゆるい定義として、自己発熱速度が約 10 ℃/分以上。この速度では外からの介入や冷却で止められる可能性は低い、と述べられている

暴走の開始温度(T(runaway))は、セルの大きさ・設計・材料に強く依存し、130 ℃ から 200 ℃ をはるかに超える値まで幅があるとされています事実[参考資料1]。

素材技術者の視点①:熱暴走は、材料の「組み合わせ」の性質

表の各行は、別々の材料の名前で並んでいます。SEI は負極の被膜、セパレータは高分子の多孔膜、正極は遷移金属酸化物、それに電解液の溶媒と塩、バインダー。 どれか一つが悪者というより、「反応できる物質がすべて一つの缶に入っている」ことが問題の構造です。

Golubkov らは、ガスの出どころとして、SEI の熱分解、炭酸エステル溶媒の還元と燃焼、バインダー(PVdF や CMC)とリチウムの反応による水素、LiPF6 の分解(PF5 を経て HF を生じうる反応式)などを挙げています事実[参考資料2]。ただし同論文はHF を測定していません(反応式の考察にとどまる)。

素材から見ると、バインダーの種類、電解液の溶媒組成と添加剤、セパレータの耐熱コート、正極粒子の被覆(Doughty らは AlF3 被覆の NMC で暴走の開始温度が約 20 ℃ 上がった Sandia の試験を紹介)が、それぞれ連鎖の別の段を動かす「ノブ」になります事実[参考資料1]。 それぞれの調整が連鎖全体をどう変えるかはセル単位の試験で確かめるしかない、というのが現状です(本記事による解説)。SEI そのものは本シリーズ「SEI」編で詳しく扱っています。

3. 引き金 ― 外部加熱・内部短絡・過充電、そして充電状態

熱暴走を起こしうる原因(abuse、乱用条件)は、電気的、機械的、熱的の3つに大別されます。Doughty と Roth の整理を、表にします事実[参考資料1]。

引き金何が起きるか(文献の記述)読むときの注意
外部からの加熱周囲の高温や隣のセルの発熱で、セルがonsetの温度に達する熱ランプ試験は、この原因を再現する代表的な方法(約5 ℃/分が典型とされる)
外部短絡最も一般的な乱用条件。セルは多くの場合耐えるが、10 Ah を超える大きなセル、大電流を流せるセル、内部抵抗が高いセル、熱安定性の低いセルは暴走しやすい。熱管理が良否を分ける輸送・規格の試験に必ず含まれる
内部短絡異物、セパレータの破れ、設計不良(電極の絶縁不足)、製造工程のバリ、外部からの圧力などで生じる。内部のガス発生で電極がずれて短絡する場合もあり、パウチセルでは安全設計のセパレータをすり抜けうる「防ぐのが最も難しい故障の一つ」とされる
過充電正極からリチウムが抜けきると、発熱が急に増える。低温・高速充電ではリチウム析出と、場合によってはデンドライトによる内部短絡の原因になりうる過充電の応答は電流・温度・材料で複雑に変わる
機械的損傷貫通・圧壊・振動・衝撃は内部短絡を起こしうる。エネルギー密度が高いほど応答は激しい傾向可燃性電解液の漏れで二次的な火災も

すべて事実(Doughty と Roth[参考資料1])。2012年の解説であり、その後の個々のセル設計は反映していません。

充電状態(SOC)が深刻さを決める

同じセルでも、充電状態が低ければ反応の燃料が少なくなります。Golubkov らは、市販の 18650 セル(LFP と NCA)を各充電状態で加熱しました事実[参考資料3]。

  • 放電したセルは、約250 ℃ まで加熱しても熱暴走しなかった。どちらのセルも、ある程度充電されていないと熱暴走に入らなかった
  • 熱暴走の激しさは、SOC が上がるほど増した。顕著な熱暴走が起きる最小の SOC は、この論文の LFP セルで50%、NCA セルで25%だった(セルごとの値で、一般化はできない)
  • SOC が違っても onset の温度は大きく変わらなかった。ただし過充電でリチウムが析出すると、onset の温度が約140 ℃ から最低で約65 ℃まで下がった

Doughty と Roth も、内部短絡の応答が SOC に左右されることを述べています。100% SOC では熱暴走に至ることが多く、80% では最高温度が約200 ℃ に下がり、70% では十分に耐えうる、という報告を引用しています事実[参考資料1](特定のセルの報告で、一般則ではありません)。

素材技術者の視点:過充電とリチウム析出は、安全の問題でもある

過充電や低温充電でのリチウム析出は、寿命の問題として語られがちです。しかし上の結果は、析出した金属リチウムが onset の温度を数十 ℃ 押し下げうることを示しています。 負極の設計(正極に対する容量バランス、粒子の表面状態、SEI の質)が、寿命と安全の両方に効く、ということです。 この点は、劣化を扱う本シリーズ「電池の評価と劣化」編、「デンドライト」編ともつながります。

4. LFP と NMC ― 実測で何が違うか

「LFP は安全」とよく言われます。一次情報では、どこまで言えるのでしょうか。 Golubkov らは、市販の 18650 セル3種を、満充電にして外部から加熱し、熱暴走の温度とガスを比べました(アルゴン雰囲気の密閉反応容器、加熱速度は約 2 ℃/分の例)事実[参考資料2]。

項目LCO/NMC セルNMC セルLFP セル
正極LiCoO2 と Li(Ni0.50Mn0.25Co0.25)O2 の混合Li(Ni0.45Mn0.45Co0.10)O2LiFePO4
容量/上限電圧2.6 Ah/4.2 V1.5 Ah/4.1 V1.1 Ah/3.5 V
セルのエネルギー(論文の記載)9.9 Wh5.7 Wh3.5 Wh
onset の温度 θo149 ± 2 ℃168 ± 1 ℃195 ± 8 ℃
最高温度 θm853 ± 24 ℃678 ± 13 ℃404 ± 23 ℃
発生ガス量265 ± 44 mmol149 ± 24 mmol50 ± 4 mmol
ガス中の CO(論文の結論)約28%約13%約4%

すべて事実(Golubkov ら[参考資料2]の表と結論)。各セル種で3回以上の試験。セルは正極以外(電極の厚み、電解液、缶の質量比、容量)も異なるため、正極だけの効果を示す表ではありません。

市販18650セルの熱暴走試験(外部加熱、アルゴン中、満充電) Golubkov ら[参考資料2]の表の値。下段の「Wh あたり」は本稿の計算です。セルは正極以外も異なります。 最高温度 θm(°C) 853 LCO/NMC 678 NMC 404 LFP 発生ガス量(mmol) 265 LCO/NMC 149 NMC 50 LFP Wh あたりのガス(mmol/Wh) 本稿の計算 26.8 LCO/NMC 26.1 NMC 14.3 LFP ※ セルのエネルギーは論文の記載(LCO/NMC 9.9 Wh、NMC 5.7 Wh、LFP 3.5 Wh)。ガス量は反応容器内で150 °Cで測定した物質量。 ※ 18650の小型セル1種類ずつ・3回以上の試験の平均です。大型セルやパックの性能を示すものではありません。 ※ LCO/NMC はコバルト酸リチウムとニッケル・マンガン・コバルト酸化物の混合正極。
図3 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。棒の値は Golubkov らの論文[参考資料2]の表の値です。右の「Wh あたりのガス」は、ガス量をセルのエネルギー(論文の記載値)で割った本稿の計算です。小型 18650 セル1種類ずつの結果で、大型セルやパックの性能を示すものではありません。

同じ研究グループの2015年の論文(LFP と NCA の 18650 セル、満充電)では、LFP セルは最高温度が約 440 ℃、ガスが約 32 mmol、NCA セルは最高温度が約 911 ℃、ガスが約 277 mmol でした事実[参考資料3]。 注目点は二つあります。一つは、方向が一致していること(LFP のほうが穏やか)。もう一つは、LFP セルの onset の温度が論文によって異なること(2014年論文のセルは約195 ℃、2015年論文のセルは約140 ℃)。onset の温度は、セルの製品や定義によって変わるからです。

2015年の論文の結果(満充電)LFP セルNCA セル
公称容量/質量1.1 Ah/約38.9 g3.35 Ah/約45.4 g
onset の温度 θo約140 ℃約139 ℃
最高温度 θm約440 ℃約911 ℃
発生ガス量約32 mmol約277 mmol
ガスの組成(検出分)CO2 48.3%、H2 29.4%、CO 9.1%CO 44.8%、H2 25.7%、CO2 20.0%
顕著な熱暴走の最小 SOC50%25%
過充電の影響(論文の表現)弱い強い

すべて事実(Golubkov ら[参考資料3]の表10)。論文中の最大値は、NCA セルで最高温度 1075 ℃・ガス 317 mmol(標準状態で7.1 L)、LFP セルで最高温度 448 ℃・ガス 61 mmol。

素材技術者の視点②:「LFP は燃えない」ではなく「LFP は燃料が少ない」

LFP セルでも、最高温度は 400 ℃ 台に達し、ガスの約3割は水素、ほかに CO や CO2 でした(2015年論文)。ガスは可燃性で、CO により毒性もありうると、論文自身が述べています事実[参考資料2・3]。LFP でも、パックや設置場所での対策は不要にはなりません。

差を生む仕組みについて、Golubkov らは、LFP がフォスフェート基の強い共有結合のため熱的に安定であること、層状酸化物は分解で酸素を出しそれが電解液を酸化する(これが主な発熱)ことを挙げています事実[参考資料3]。 ただし、LFP が酸素を出すかどうかは、資料で表現が異なります。Doughty と Roth(2012)は「LiFePO4 は完全に分解しても酸素を出さない」とし、LFP セルの暴走は負極と電解液の反応が支配的だとしています。一方、Golubkov らの2015年の論文は、加熱した FePO4(充電状態の LFP)で酸素放出を伴う相転移が XRD で検出されると述べ、LFP も酸素に寄与しうるとしています事実[参考資料1・3]。 どちらの資料でも、実測された「穏やかさ」は共通で、食い違うのは機構の説明です。本記事では、機構については未確定として扱います。

もう一つの読みどころは、この比較にはエネルギー量が混ざっている点です。LFP セルは電圧が低く、エネルギーは 3.5 Wh と、他の 5.7 Wh、9.9 Wh より小さい。Golubkov らは、熱暴走の経過はセルのエネルギー量に強く依存すると結論しています(安全性の高さと引き換えに、電圧とエネルギーが低い点も述べている)事実[参考資料2]。 つまり「正極が違うから穏やか」と「エネルギーが小さいから穏やか」は、この表だけでは分けられません。Doughty と Roth は、LFP のエネルギー密度(体積)が低いことを、実用上のトレードオフとして挙げています[参考資料1]。

5. 本稿の計算:ガスは 1 kWh あたりどれくらいか

本稿の計算

図3の右の値を、体積に直してみます本稿の計算。

  • Wh あたりの物質量:LFP セル 50 mmol ÷ 3.5 Wh = 約 14.3 mmol/Wh。NMC セル 149 mmol ÷ 5.7 Wh = 約 26.1 mmol/Wh。LCO/NMC セル 265 mmol ÷ 9.9 Wh = 約 26.8 mmol/Wh
  • 1 kWh あたりの体積:気体 1 mol を標準状態(0 ℃、1 気圧)で 22.4 L とすると、LFP セルは 14.3 mol/kWh × 22.4 L = 約 320 L/kWh、NMC セルは 26.1 × 22.4 = 約 590 L/kWh
  • 桁の目安:1 MWh(1,000 kWh)で、LFP セルの値なら約 320 m³、NMC セルの値なら約 590 m³(いずれも標準状態換算)

前提と限界:これは「小型 18650 セルの試験の値を、そのまま掛け算した」ものです。 アルゴン雰囲気の反応容器での値で、空気中の燃焼で消費・生成されるガスは含みません。 Golubkov らは、大型セルでも、エネルギーあたりのガスと熱が小型セルと同じかどうかは未確認だと述べています[参考資料3]。 実際のシステムでは、全セルが同時に暴走するわけではなく、温度が高いほど同じ物質量でも体積は大きくなります。 この計算は、設備のガス量や換気量の設計に使える値ではありません。「電池のエネルギーが大きくなると、ガスの総量が建物の換気や爆燃の問題になりうる」という桁感をつかむための計算です。

6. セルからパックへ ― 伝播を遅らせる設計

一つのセルが暴走しても、隣へ広がらなければ被害は限られます。 Bravo Diaz らの総説(J. Electrochem. Soc. 2020、オープンアクセス)は、産業界が提示する防火の考え方を2つに整理しています事実[参考資料5]。

  • 起こさないセル・設計:より安定な化学(LFP は LCO、LMO、NMC より熱安定性が高い、という合意があるとされる)、セラミックコートや熱遮断型のセパレーター、変性・難燃性の電解液など
  • いずれ起きるものとして、広げない:検知(detection)、区画化(compartmentation)、セルから隣のセル、モジュールから隣のモジュールへの伝播の緩和。自動車、航空宇宙などで一般的な考え方とされる
セル間の接触、外装、冷却板を通る熱と、排出ガスの経路を分けています
図4 概念画像(ImageGenで生成)。セル間の接触、外装、冷却板を通る熱と、排出ガスの経路を分けています。隔壁・冷却は対策の例で、熱暴走を必ず止めるという図ではありません。 [参考資料5] 形状・色・寸法は説明用です。数値と原文の対応は下の元図で確認できます。
元のSVG模式図と正確な説明を見る
セルからセルへ、熱はどう伝わり、どう止めるか(概念図) 寸法・配置・材料は説明用で、実在のパックの構造を示すものではありません。 熱暴走した セル 隣の セル 隣の セル 隣の セル 遮熱材など (隔壁) 太い矢印:缶(セル表面)を通る伝導 細い線:端子・バスバーを通る伝導 高温ガス・炎 伝播を遅らせる考え方(総説の整理) - セルの間隔を広げる - 遮熱材・隔壁で区画に分ける - 金属板などで熱を逃がす(ヒートシンク) - 相変化材料で熱を吸収する(可燃性・質量に課題) - 冷却・排気で放熱を増やす - 検知を早くし、警報を出す ※ 伝熱の経路(缶表面・端子・炎)と対策の分類は Bravo Diaz ら[参考資料5]の総説によります。 ※ 同総説は、缶表面を通る熱は端子を通る熱の約10倍という Feng らの結果を引用しています。 ※ 「この対策で伝播を止められる」と保証する図ではありません。単独の対策で足りる、とは同総説も述べていません。
図4 概念図(ベクター作図)。伝熱経路と対策の分類は Bravo Diaz らの総説[参考資料5]によります。実在のパックの寸法・材料・配置を示すものではなく、対策の効果を保証する図でもありません。

同総説が整理する、パック内の伝播の要点は次のとおりです事実[参考資料5]。

  • 伝播は主に伝熱で決まる:経路は、セルの表面を通る伝導、端子(タブ)を通る伝導、炎や高温ガスによる放射・対流の3つ。Feng らは、セル表面を通る熱が端子を通る熱の約10倍だったと報告している(総説の引用)
  • 炎の有無で速度が変わる:Said らは、セルのアレイで空気中(炎あり)の伝播速度が窒素中(炎なし)の約9倍だったと報告している(総説の引用)
  • 間隔を空ける:最も単純な方法はセルの間隔を広げること。円筒形セルで 2 mm という値が Lopez らにより推奨されている(総説の引用。条件によるため一般化はできない)
  • 区画化の材料:セラミックファイバーボード(熱伝導率が非常に低い)、金属板(ヒートシンク)、難燃性の板、相変化材料(PCM)など。Lee らの9セル区画の試験では、二重のステンレス板、膨張性材料、セラミックファイバーボードのいずれも伝播を止められず、速度を遅らせるにとどまり、最も効果的だったのはセラミックファイバーボードだった(総説の引用)
  • PCM(パラフィンなど):潜熱で熱を吸収し伝播を止めた例がある一方、可燃性で火災荷重を増やすこと、コストと質量が増えることが指摘されている
  • 単独の方法はない:総説は「伝播を緩和する単一の方法は特定されておらず、さまざまな安全策を組み合わせて十分なレベルを達成する」と整理している
素材技術者の視点:熱を通す材料と、通さない材料が、同じパックに要る

通常運転ではセルの熱を冷却板へ逃がすために熱を通す材料(ギャップフィラーや熱伝導ペースト)が要り、異常時には隣へ熱を渡さないために熱を通さない材料(遮熱材、隔壁)が要ります。 同じ空間に両方を置くため、どこに何を置くかが設計の核心になります。 シリコーンのポッティング、フォーム、セラミック化するコーティングの具体は、本シリーズ「車載用シリコーンと封止材」編、熱を逃がす側は「高熱伝導ペーストとギャップフィラー」編で扱っています。 メーカーの説明としては、たとえば Wacker が、シリコーンエラストマーは高温でセラミック化して硬い断熱・絶縁層になり、熱暴走時に1,000 ℃ を大きく超える温度に一時的に達するとして、その中でも担体を保護するとしています事実(メーカー説明)[参考資料6]。

ここで注意したいのは、UL 94 V-0 のような小さな材料の燃焼試験は、パックの熱暴走対策を保証しない点です(同編を参照)。材料の性質と、系としての伝播抑制効果は、別の試験で確かめる必要があります。

総説が指摘する、試験の限界

Bravo Diaz らは、規格や法規に入っている乱用の方法(トリガー)が、実際の故障を代表しているとは限らないこと、そして「現時点で、実際の故障に由来する内部短絡を、狙ったときに起こせる信頼できる方法はない」ことを指摘しています事実[参考資料5]。 だから総説は、単一セルの熱暴走試験に加えて、頑健な伝播試験が必要だと述べています。この限界は、第7章、第8章で見る試験にもそのまま当てはまります。

7. 試験と規格 ― 輸送、産業用、車載、定置用

電池の安全に関わる規格は多く、「どの階層を、どんな目的で見ているか」が違います。同じ「安全試験」でも、輸送のため、機器に組み込むため、設置するための試験は別物です。 本記事では、公式のページや公的な文書で番号・題名・適用範囲を確認できたものに絞って整理します。

試験と規格は「どの階層を見ているか」で分かれる(本記事による整理) セル 階層 1 UN 38.3(輸送) IEC 62619(産業用) GB 38031 の単体試験(EV) モジュール/パック 階層 2 UL 9540A モジュール試験 GB 38031 のパック試験(EV) 熱拡散(伝播)の確認 システム/ユニット 階層 3 UL 9540(製品規格) UL 9540A ユニット試験 (住宅用など) 設置(現地) 階層 4 NFPA 855(設置基準) UL 9540A 設置レベル試験 大規模火災試験(第6版) ※ 各規格の位置づけは第7章の表のとおり。UL 9540A 第6版は2027年1月1日発効とUL Solutionsが述べる将来の版です。
図5 概念図(ベクター作図)。各規格が主に見ている階層を、本記事が整理したものです。規格本文の適用条件・合否基準を示すものではなく、実際の適用は規格本文と管轄の規則によります。
規格・規則主な対象・目的公式資料で確認できたこと
UN 38.3
(国連 試験および判定基準のマニュアル 第III部 38.3項)
リチウム電池の輸送の前提となる試験米国連邦規則 49 CFR 173.185(a)(1) は、リチウムセル・電池が 38.3 項の基準を満たす型であることを要求する。製造者は試験の記録を保管し、試験サマリーを提供する事実[7]。試験は T.1〜T.8 の8つで、T.1〜T.5 は同じ電池で順に、T.7 は別の電池で行う。小型の二次電池では T.6 と T.8 は不要。確認できた試験名は 高度模擬、温度、振動、衝撃、外部短絡、過充電事実[8]
IEC 62619:2022産業用リチウム二次電池の安全要求(定置用を含む)第2版、2022年5月24日発行。通信、UPS、電力貯蔵システムなどの定置用と、フォークリフトなど路上走行車以外の動力用を例示する。路上走行車の IEC 62660 など、特定用途の規格と矛盾する場合は後者が優先事実[9]
UL 9540エネルギー貯蔵システム(ESS)の製品安全規格UL Solutions は、ESS の基礎となる製品安全規格と位置づける。題名は Standard for Energy Storage Systems and Equipment事実[11]
UL 9540ABESS の熱暴走と火災の伝播を評価する試験方法題名は Test Method for Evaluating Thermal Runaway Fire Propagation in Battery Energy Storage Systems。第5版が2025年3月12日付。セル、モジュール、ユニット、設置の順に進む逐次の試験で、得られたデータは NFPA 855 などの設置要件に基づく間隔や防火・防爆の要否の判断に使う事実[10・11]
GB 38031-2025
(中国)
電気自動車用の動力電池の安全要求(強制規格)2025年3月28日発布、2026年7月1日実施。GB 38031-2020 に代わる事実[12]。次節で内容を見る
NFPA 855定置用エネルギー貯蔵システムの設置の基準題名は Standard for the Installation of Stationary Energy Storage Systems。NFPA のページは現行版を2026年版、次を2029年版とする事実[13]。第8章で扱う

規格の本文は有料のものが多く、本記事は題名・適用範囲・公式の変更概要・公的機関の文書に基づきます。合否基準の細部は本文で確認してください。

UN 38.3 は「熱伝播の試験」ではない

UN 38.3 は輸送中に起こりうる環境・取り扱い(低圧、温度変化、振動、衝撃、短絡、過充電など)に電池が耐えるかを見る試験です。 本稿で試験名を確認できた範囲では、隣のセルへの伝播を評価する試験は含まれていません。 輸送の試験に合格していることは、そのセルをパックにしたときの伝播の抑制を示すものではありません(本記事による解説)。

Transport Canada の調査では、OEM の交換用電池4セットがすべて UN 38.3 に合格した一方、第三者の交換用電池20セットのうち10セットが不合格でした(不合格は振動、外部短絡、過充電の試験で見られ、外部短絡と過充電の不合格は発火・爆発に至る傾向があった)事実[8]。 試験が不備のある電池を見つけうること、そして試験サマリーを入手するのが現実には難しかったことが、この調査から読み取れます。

GB 38031-2025 は、熱拡散の求め方を変えた

中国の車載動力電池の強制規格は、2025年版で熱拡散(熱の伝播)の要求を改めました。中国政府網に転載された人民日報の記事によれば、旧版の「着火・爆発の5分前までに熱事象の警報を出す」から、「不起火、不爆炸(警報は引き続き必要)、煙が乗員に害を与えない」へ改められ、あわせて底部衝撃試験と、300回の急速充電サイクル後の外部短絡試験が加わりました事実[14]。

規格本文(国家市場監督管理総局・国家標準化管理委員会の発布。本稿が開いた全文は自治体の行政機関ページに掲載されたもの)には、次の記述があります事実[15]。

  • セルの試験(7項目):過放電、過充電、外部短絡、加熱、温度サイクル、押しつぶし、急速充電サイクル後の安全。いずれも「不起火、不爆炸」
  • 熱拡散(パック・システム・車両):不起火・不爆炸であること。セルを熱暴走させてから5分以内に熱事象の警報信号を出すこと。煙が乗員室に危険を生じないことの技術説明(車両試験では、警報の前と、警報後5分以内に煙が乗員室に入らないこと)
  • 引き金の方法:針刺し、外部加熱、内部加熱のうち、製造者が1つを選べる(ほかの方法も可)。標的はパック内の中心近く、または他のセルに囲まれたセル
  • 熱暴走の判定:電圧が初期値の25%を超えて低下、または監視点の温度が製造者の規定する最高動作温度に達する、のいずれかに加えて、監視点の温度上昇速度が1 ℃/秒以上で3秒を超えて続くこと
  • 観察時間:すべての監視点の温度が60 ℃ 以下になるまで、かつ少なくとも2時間

「2時間」は観察を続ける時間の下限であり、「2時間安全であること」を直接定めた文言ではない点に注意してください(本記事による読み取り。報道には「2時間」を要求と表現するものがあるが、本稿は規格本文の記述に従った)。 この規格は中国の電気自動車を対象とし、定置用システムや他国の規制をそのまま規定するものではありません。

モジュールの試験を離れた観測室から監視する例です
図6 概念画像(ImageGenで生成)。モジュールの試験を離れた観測室から監視する例です。温度・ガス・熱流束は別々の測定で確認します。 実際の施設・製品・測定結果ではありません。

8. 定置用の火災安全 ― 全米防火協会(NFPA) 855 と UL 9540A

定置用の蓄電システム(BESS)では、電池規格(UL 9540、IEC 62619 など)で製品としての安全を、UL 9540A で熱暴走と火災の伝播の性質を、NFPA 855 などの設置基準・消防法規で設置のしかたを、というように役割を分けて組み合わせます。 UL 9540A の範囲(1.2)は、得られたデータが、製造者の設置説明書で示す BESS 間の離隔距離や、NFPA 855、NFPA 70(米国電気工事規程)、NFPA 1、国際火災規則(IFC)などに基づく防火・防爆の要否の判断を支えるものだとしています事実[10]。

UL 9540A:セルから設置まで、逐次に確かめる

UL Solutions は、第5版を、セル、モジュール、ユニット、設置の順に進む逐次の試験で、各階層に性能基準があり、基準を満たせば次の階層に進まない場合があったと説明しています。 BESS の製造者がユニットの試験の基準を満たす設計にしたため、設置レベルの試験に進む必要がなかった、とも述べています事実[11]。

UL Solutions(UL 9540A の試験を提供する事業者)のサービスページは、各階層で評価する内容を次のように説明しています事実[17]。

階層評価する内容(UL Solutions の説明)
セルセルの熱暴走の特性と、ガスの組成と可燃性
モジュールセルの熱暴走の伝播のしやすさ、モジュールの熱とガスの放出速度、着火や爆燃の危険
ユニットモジュール間の延焼の可能性、ユニットの熱とガスの放出速度、爆燃や再燃の可能性
設置防火設備の有効性、システムの熱とガスの放出速度、爆燃や再燃の危険

UL Solutions は第5版と第6版の両方に沿った試験を提供するとしています(事業者の説明であり、規格本文ではありません)。

項目第5版(2025年3月12日付)第6版(UL Solutions の説明)
試験の流れセル→モジュール→ユニット→設置。基準を満たせば次の階層に進まないことがあるセルとモジュールの試験と基準は維持。基準を満たしても止まらず、設置レベルの大規模火災試験を実施し、合否基準がある
ユニット試験設置レベルの前段住宅用 BESS 向けに限定。非住宅では、能動的な熱暴走伝播防止システムの有効性の評価にも使える
設置レベル消火設備の有効性、熱・ガスの放出、爆燃や再燃のおそれを評価放出ガスを意図的に着火し、発達した火災の条件で評価。爆燃後の状態を想定し、筐体設計・離隔距離・屋内では建物の消火設備の有効性を見る
発効—2027年1月1日の発効を予定(UL Solutions の説明)未確定/将来

第5版の概要は UL の標準カタログ[10]と UL Solutions の解説[11・17]、第6版は UL Solutions の解説[11・17]にもとづく(事実)。第6版の本文は有料で、本稿は本文を確認していません。

全米防火協会(NFPA) 855 の2026年版と、大規模火災試験

UL Solutions は、NFPA 855 の2026年版が大規模火災試験を重視する改訂を行い、新しい附属書 G.11 が、ある BESS から別の BESS への延焼の場面を中心に試験の期待を示すと説明しています事実[11]。 また、NFPA が公開する暫定修正案(TIA No. 1852、意見募集の締切は2025年10月17日)は、第9.2.1項で UL 9540A に加えてCSA/ANSI C800 の第9.7節の大規模火災試験を参照する修正を提案しています。提案の理由は、大規模火災試験の方法を定めた合意規格が、2026年版の第二次案の時点では存在しなかったことです事実[13・16]。

事項段階(提案/発行/施行)確認できたこと
NFPA 855 2026年版発行済み(NFPA のページで現行版)各国・各州・各自治体が自らの法規に取り込む時期は別に決まる。UL Solutions は「2026年版の採用には時間がかかる」と述べる。どの管轄が採用済みかは、本稿では確認できなかった
TIA No. 1852(C800 の参照)未確定/将来(提案)意見募集の締切は2025年10月17日。採択されたか、最終的な文面は、本稿では確認できなかった
UL 9540A 第5版発行済み(2025年3月12日)UL の標準カタログで Active。第6版も Active と表示されるが、第6版の発行日は本稿では確認できなかった
UL 9540A 第6版発効は将来(予定)2027年1月1日の発効を予定(UL Solutions の説明)。UL 9540 に、マーキングと説明書へ UL 9540A の版を記載する提案がなされている、とも述べる
GB 38031-2025(中国)施行済み2025年3月28日発布、2026年7月1日実施(国家標準プラットフォーム)。本稿の確認日(2026年10月10日)では実施後

発行済み、提案、将来の別を示しています。確認日は 2026年10月10日です。

素材技術者の視点:ガスの組成が、設置の設計を決める

第4章で見たとおり、熱暴走で出るガスの主成分は水素、CO、CO2 と炭化水素で、可燃性です事実[2・3]。 UL 9540A の第5版の改訂内容には、ユニット試験での水素の測定の追加、FTIR 測定の任意化、附属書への爆燃の考慮の追加が含まれます事実[10]。 UL Solutions は第6版で、爆燃後の状態を、NFPA 68 の排気面積の設計、または筐体の爆発試験によって決める、と説明しています[11]。 つまり設置の側の設計は、「燃えるか」だけでなく「ガスがたまって爆燃するか」を見るようになっています。 電池メーカーの側からは、ガスの量と組成(セル材料・SOC・電解液・バインダーに依存)が、設置側の設計の入力になる、という関係です(本記事による解説)。

9. 限界と、確認できなかったこと

(1) 個別の事故の原因

公的な調査報告のある個別の事故についても、本記事では原因や責任に踏み込んでいません。事故の原因は、公的な調査報告の結論を待つ必要があるためです。

(2) 規格の本文

UN 38.3 の本文(UNECE。本稿が自動で取得しようとしたところ、アクセスが拒否された)、UL 9540A、UL 9540、NFPA 855、IEC 62619 の本文は、本稿では確認できませんでした。 UN 38.3 の T.6 と T.8 の試験名と合否基準、IEC 62619 の試験項目、NFPA 855 の具体的な離隔距離や貯蔵エネルギーの上限は、記載していません。

(3) 日本・欧州の車載規制

日本の JIS(例:JIS C 8715 系)や、国連の電気自動車の電池に関する規則(UN 規則第100号)、欧州の関連規制は、本稿では公式資料を確認できなかったため扱っていません。

(4) 実測値の代表性

第4章の値は、市販の 18650 セルを、アルゴン中の密閉容器で加熱した結果です。セルの製品、容量、加熱方法、雰囲気(空気中では燃焼で挙動が変わる)、大型セルへの拡張性は、結果を左右します。 Golubkov らも、大型セルとパックの挙動、HF の量は未解明だと述べています[3]。

(5) 資料間の不一致

LFP の酸素放出の有無(第4章)は、資料で表現が異なります。LFP セルの onset の温度も、論文によって異なります。本記事は、機構について結論を出していません。

(6) 本記事の範囲外

全固体電池の安全性は、本シリーズ「全固体電池」分野で扱っています。電池管理システム(過充電や過放電を防ぐ制御)、電解液とセパレータの材料設計、定置用システムの設計は、それぞれ本シリーズの各編で詳しく扱います。

この記事のまとめ
  • 熱暴走は複数の発熱反応の連鎖です。SEI、セパレータ、正極、負極と電解液、バインダーが、温度の順に重なります事実
  • 充電状態が深刻さを決めます。放電したセルは約250 ℃ でも暴走せず、過充電でリチウムが析出すると onset が約140 ℃ から最低約65 ℃ まで下がった例があります事実
  • LFP は実測で穏やかです(最高温度 約404〜448 ℃、ガス 約32〜61 mmol)が、燃えないわけではなく、可燃性ガスを出します。エネルギー量が違う点も差に混ざります事実
  • 伝播はセル表面の伝導と炎が主な経路で、単独で止められる対策は確認されていません事実
  • 試験と規格は階層が違います。UN 38.3 は輸送、UL 9540A は伝播、NFPA 855 は設置。大規模火災試験を取り込む動きが進んでいます事実(一部は未確定/将来)

10. 用語集

熱暴走
セル内の発熱が放熱を上回り、温度が自己加速的に上がる現象。
熱伝播(熱拡散)
1つのセルの熱暴走が隣のセルへ広がること。中国規格では「熱拡散」と呼ぶ。
onset(開始温度)
自己発熱が始まる温度。測定法と閾値の定義で値が変わる。
ARC
断熱条件で自己発熱を測る加速速度熱量計。感度が高い。
熱ランプ試験
セルを一定速度で加熱して破綻まで調べる試験。
SOC
充電状態。高いほど熱暴走は激しくなる傾向。
SEI
負極表面の固体電解質界面。分解すると発熱の引き金になる。
ベント
内圧が上がったときにガスを逃がす安全弁・排気部。
区画化
遮熱材や隔壁でセルを区画に分け、伝播を遅らせる考え方。
BESS
Battery Energy Storage System。電池を使った蓄電システム。
AHJ
Authority Having Jurisdiction。設置を承認する当局(消防など)。
爆燃
可燃性ガスが空気と混ざって、音速より遅く燃え広がる現象。密閉空間で圧力が上がる。

11. 参考資料(一次情報)

  1. Doughty D. H., Roth E. P. "A General Discussion of Li Ion Battery Safety", Electrochem. Soc. Interface 21(2), 37–44 (2012), DOI 10.1149/2.f03122if — doi.org/10.1149/2.f03122if
  2. Golubkov A. W. ほか "Thermal-runaway experiments on consumer Li-ion batteries with metal-oxide and olivin-type cathodes", RSC Adv. 4, 3633–3642 (2014), DOI 10.1039/C3RA45748F(オープンアクセス) — doi.org/10.1039/c3ra45748f
  3. Golubkov A. W. ほか "Thermal runaway of commercial 18650 Li-ion batteries with LFP and NCA cathodes – impact of state of charge and overcharge", RSC Adv. 5, 57171–57186 (2015), DOI 10.1039/C5RA05897J — doi.org/10.1039/c5ra05897j
  4. Finegan D. P. ほか "In-operando high-speed tomography of lithium-ion batteries during thermal runaway", Nat. Commun. 6, 6924 (2015), DOI 10.1038/ncomms7924(オープンアクセス) — nature.com/articles/ncomms7924
  5. Bravo Diaz L. ほか "Review—Meta-Review of Fire Safety of Lithium-Ion Batteries: Industry Challenges and Research Contributions", J. Electrochem. Soc. 167, 090559 (2020), DOI 10.1149/1945-7111/aba8b9(オープンアクセス) — doi.org/10.1149/1945-7111/aba8b9
  6. Wacker Chemie "Improving battery safety with silicones"(メーカーの技術解説) — wacker.com
  7. 米国 eCFR 49 CFR § 173.185 "Lithium cells and batteries" — ecfr.gov
  8. Transport Canada "Research summary – Evaluation and analysis of substandard lithium-ion batteries by UN 38.3 testing" — tc.canada.ca
  9. IEC "IEC 62619:2022" 製品ページ(IEC Webstore) — webstore.iec.ch/en/publication/64073
  10. UL Standards & Engagement "UL 9540A"(標準カタログ。第5版、2025年3月12日) — shopulstandards.com
  11. UL Solutions "Understanding UL 9540A, NFPA 855 and Large-Scale Fire Testing for Battery Energy Storage Systems"(Code Authorities) — ul.com
  12. 国家標準全文公開システム(中国) GB 38031-2025 標準情報ページ — openstd.samr.gov.cn
  13. NFPA "NFPA 855 Standard Development"(現行版・次回版) — nfpa.org
  14. 中国政府網(人民日報の転載)「電動汽車用動力蓄電池新国標出台 明年7月起実施」2025年4月17日(中国語) — gov.cn
  15. 中国 国家標準 GB 38031—2025 全文(秦皇島市市場監督管理局のページに掲載されたPDF) — scj.qhd.gov.cn
  16. NFPA NFPA 855-Proposed 2026 Edition, TIA Log No. 1852 — docinfofiles.nfpa.org
  17. UL Solutions "UL 9540A Test Method for Battery Energy Storage Systems (BESS)"(試験サービスのページ。事業者の説明) — ul.com/services

12. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
電池は燃料(負極)と酸化剤(正極)を密閉容器に入れたものであること。熱ランプ試験の onset の実用定義(約0.2 ℃/分、ARC は約0.02 ℃/分)、段階1〜3の区分、熱暴走のゆるい定義(約10 ℃/分以上)、暴走の開始温度が130 ℃ から200 ℃ をはるかに超える値まで幅があること。外部短絡・内部短絡・過充電・機械的損傷の記述(10 Ah を超える大きなセルなど)。内部短絡の応答がSOCで変わるという引用(100%で暴走が多く、80%で最高約200 ℃、70%で耐える)。AlF3 被覆 NMC で暴走の開始が約20 ℃ 上がったこと。LiFePO4 は完全に分解しても酸素を出さないという記述Doughty と Roth(2012)
出典1 https://doi.org/10.1149/2.f03122if
事実
3種の18650セルの表(正極、容量、θo、θm、ガス量、CO割合、エネルギー量の記載)。外部加熱は満充電・アルゴン中、NMC の例で約2 ℃/分。130 ℃ のセパレータ溶融の吸熱ピーク。ガスの出どころ(バインダー・リチウムの水素、SEI、溶媒、LiPF6)と、HF を測定していないこと。結論(熱暴走の経過はエネルギー量に強く依存、LFP は電圧とエネルギーが低い)Golubkov ら(2014)
出典2 https://doi.org/10.1039/c3ra45748f
事実
LFP と NCA の18650の結果(θo、θm、ガス量、ガス組成、最小SOC、過充電の影響)。放電したセルは約250 ℃ でも暴走しなかったこと、SOC が上がるほど激しいこと、過充電で onset が約140 ℃ から約65 ℃ まで下がったこと。最大値(NCA 1075 ℃・317 mmol、LFP 448 ℃・61 mmol)。LFP の FePO4 で酸素放出を伴う相転移がXRDで検出されるという記述。大型セルのガス量の未確認Golubkov ら(2015)
出典3 https://doi.org/10.1039/c5ra05897j
事実
熱暴走の連鎖の文献整理(90〜120 ℃ の SEI 分解、約130 ℃ 以上のセパレータ溶融、NMC の分解と酸素放出、200〜260 ℃ の急速反応)Finegan ら(2015)の導入
出典4 https://www.nature.com/articles/ncomms7924
事実
産業界の防火の2つの考え方、LFP の熱安定性の合意、伝熱の3経路と「缶表面は端子の約10倍」「炎ありは炎なしの約9倍」、セル間隔 2 mm、区画化の材料と Lee らの結果、PCM の課題、単独の方法は特定されていないこと、規格の乱用方法が実際を代表しない点と、狙った内部短絡を起こせる信頼できる方法がないことBravo Diaz ら(2020)の総説(引用された研究を含む)
出典5 https://doi.org/10.1149/1945-7111/aba8b9
事実
シリコーンエラストマーが高温でセラミック化して硬い断熱・絶縁層になるという説明、熱暴走で温度が一時的に1,000 ℃ を大きく超えること(メーカーの説明)Wacker の技術解説
出典6 https://www.wacker.com/cms/en-us/products/insights/silicone-battery-safety.html
事実
49 CFR 173.185(a)(1) が UN 38.3 の基準を満たす型を要求すること、記録の保管と試験サマリーの提供。UN 38.3 の試験が T.1〜T.8 の8つで、T.1〜T.5 は同じ電池で順に、T.7 は別の電池、小型二次電池では T.6 と T.8 が不要であること。確認できた試験名(高度模擬、温度、振動、衝撃、外部短絡、過充電)。Transport Canada の調査結果(OEM 4セット合格、第三者20セット中10セット不合格、不合格は振動・外部短絡・過充電)米国連邦規則 49 CFR 173.185、Transport Canada の調査要旨
出典7 https://www.ecfr.gov/current/title-49/subtitle-B/chapter-I/subchapter-C/part-173/subpart-E/section-173.185
出典8 https://tc.canada.ca/en/dangerous-goods/publications/lithium-battery-transport-research/research-summary-evaluation-analysis-substandard-lithium-ion-batteries-383-testing
事実
IEC 62619:2022 の題名、第2版、2022年5月24日発行、定置用と動力用(路上走行車以外)の例示、IEC 62660 など特定用途の規格が優先されることIEC Webstore
出典9 https://webstore.iec.ch/en/publication/64073
事実
UL 9540A の題名、第5版が2025年3月12日付であること、適用範囲の記載(1.1、1.2)、第5版の改訂概要(水素測定、FTIR の任意化、爆燃の考慮)。UL 9540 の題名と位置づけ。UL 9540A の第5版・第6版の違い、セル→モジュール→ユニット→設置の流れ、各階層で評価する内容、NFPA 855 附属書 G.11、爆燃後の状態を NFPA 68 の排気面積設計または筐体の爆発試験で決めることUL 標準カタログ、UL Solutions(事業者の解説)
出典10 https://www.shopulstandards.com/ProductDetail.aspx?productId=UL9540A_5_S_20250312
出典11 https://www.ul.com/thecodeauthority/knowledge/understanding-UL-9540A-NFPA-855
出典17 https://www.ul.com/services/ul-9540a-test-method
事実
GB 38031-2025 の題名、2025年3月28日発布、2026年7月1日実施、GB 38031-2020 に代わること全国標準信息公共服務平台(国家市場監督管理総局)
出典12 https://openstd.samr.gov.cn/bzgk/gb/newGbInfo?hcno=3AB693FAFF5D9716DF61C61D6FD2187A
事実
旧版の「着火・爆発の5分前までに警報」から「不起火・不爆炸(警報は必要)、煙が乗員に害を与えない」への改訂、底部衝撃試験と300回の急速充電サイクル後の外部短絡試験の追加中国政府網(人民日報の転載)
出典14 https://www.gov.cn/lianbo/bumen/202504/content_7019269.htm
事実
GB 38031-2025 のセル試験7項目、熱拡散の要求(不起火・不爆炸、5分以内の警報、煙の記述)、引き金の方法、熱暴走の判定条件(電圧低下25%超または最高動作温度への到達、かつ1 ℃/秒以上で3秒超)、観察の条件(60 ℃ 以下まで、かつ2時間以上)GB 38031-2025 全文
出典15 http://scj.qhd.gov.cn/BAFa08c0dc/New/qhdscjFile/2025-06-24/2d7df285-e7fe-448e-96f2-d9729dc4e618.pdf
事実
NFPA 855 の題名、現行版が2026年版で次が2029年版であること。TIA No. 1852 が CSA/ANSI C800 第9.7節の参照を提案していること、意見募集の締切が2025年10月17日であること、提案の理由NFPA の標準開発ページ、NFPA の暫定修正案
出典13 https://www.nfpa.org/codes-and-standards/nfpa-855-standard-development/855
出典16 https://docinfofiles.nfpa.org/files/AboutTheCodes/855/NFPA_855_Proposed_TIA_1852.pdf
事実
UL 9540A 第6版が2027年1月1日に発効予定であること(UL Solutions の説明)。TIA No. 1852 の採択UL Solutions が将来の発効日を述べている。TIA は提案であり、採択の有無は確認できなかった出典11 https://www.ul.com/thecodeauthority/knowledge/understanding-UL-9540A-NFPA-855未確定/将来
Wh あたりのガス(LFP 14.3、NMC 26.1、LCO/NMC 26.8 mmol/Wh)、1 kWh あたりの体積(約320、約590 L)、1 MWh で約320〜590 m³本稿の計算。ガス量とセルのエネルギー(Golubkov ら2014の記載)の除算、気体1 mol=22.4 L(標準状態)、小型セルの値をそのまま掛け算する前提による。アルゴン中の値で、空気中の燃焼を含まず、設計に使える値ではない本稿の計算
UN 38.3 の T.6 と T.8 の試験名と合否基準、IEC 62619 の試験項目、NFPA 855 の離隔距離や貯蔵エネルギーの上限、規格本文、日本の JIS・UN 規則第100号、個別の事故の原因、LFP の酸素放出の機構、HF の量、大型セルのガス量本稿の調査範囲でアクセスできた一次情報では確認できなかったため記載していない(UNECE のページは自動アクセスが拒否された)解説
「熱暴走は材料の組み合わせの性質」「LFP は燃えないのではなく燃料が少ない」「比較にはエネルギー量が混ざる」「熱を通す材料と通さない材料が同じパックに要る」「UN 38.3 は伝播の試験ではない」「ガスの組成が設置の設計の入力になる」という読み取り。階層による規格の整理(図5)。反応の5段階の並べ方(図2)。「2時間」の読み取り公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各社・各機関が表明した見解ではない解説
図2・図3・図4・図5が実際の観察像・設計図ではなく説明のための作図であること。図1と図6がAI生成イメージであること本記事による注記解説

最終更新:2026年10月10日/出典は一次情報(査読論文、連邦規則、政府・標準化機関の公式ページ、規格団体のページ、メーカーの技術解説)に限定しています。メーカーの説明は「メーカー説明」と明記し、規格本文は有料のため本文を確認できていません。 構造の整理や材料設計上の読み取りを含むため、それらは「解説」として出典付きの事実と区別しています。 UN 38.3 の T.6 と T.8 の詳細、IEC 62619 と UL 9540A と NFPA 855 の本文、日本の JIS、個別の事故の原因、LFP の酸素放出の機構、HF の量、大型セルのガス量については、確認できなかったため記載していません。 規格・規則は改訂されるため、確認日(2026年10月10日)以降の変更は反映していません。 図はすべて説明用の概念図です。図2・図3・図4・図5はベクター作図、図1と図6はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・顕微鏡像・製品の実物を示すものではありません。