COMPANY PROFILE / 宇宙産業
三菱重工業(宇宙事業)
― 日本の基幹ロケット「H3」をまとめる主契約企業。2回の失敗を公式報告書で振り返りながら、飛行を続けている
三菱重工業は、日本の主力ロケットH3の機体開発をまとめる主契約企業(プライムコントラクタ)で、 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と組んで開発・打上げを担っています。 H3はこれまでに9回打ち上げられ、7回成功、2回失敗しています (2026年10月17日時点。JAXAの公表から本稿が集計)。 失敗した2回(2023年3月の試験機1号機、2025年12月の8号機)は、いずれもJAXAが原因究明の報告書を公開しており、 8号機は衛星を載せる部品の接着工程で生じた内部の剥がれが直接原因とされました。 本稿は、三菱重工業全体ではなく宇宙事業に絞り、「何を担い、どこまで確認でき、何が未確定か」を一次情報だけで書きます。
- 30秒でわかる三菱重工業と、宇宙産業での立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 宇宙産業の世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模(宇宙事業に絞って簡潔に)
- 宇宙産業にかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は宇宙産業で何を目指しているか
- 宇宙産業分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる三菱重工業と、宇宙産業での立ち位置
証券コード 7011有価証券報告書の提出会社
探査・有人(従)H3を担う。ISS補給機HTV-Xなども開発
2026年10月20日予定JAXAが2026年8月20日に発表。予定であり未実施
日本のロケット開発は「JAXAが設計を主導し、メーカーが作る」と思われがちですが、H3では三菱重工業が主契約企業として機体開発をまとめ、JAXAが全体システムの開発・重要技術の開発・地上設備を担当する分担です 事実 (JAXAの原因究明報告書による。2014年に開発を開始)。 つまり、H3の成否は国の事業であると同時に、三菱重工業の宇宙事業そのものでもあります。 H3はすでに実用衛星を打ち上げる段階にありますが、試験機1号機(2023年)と8号機(2025年)で失敗し、 どちらもJAXAが原因と再発防止策を報告書にまとめています。 本稿は、その失敗を会社や個人の責任として論じることはせず、公式報告書に書かれた範囲で事実だけを示します。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:法人名は「三菱重工業株式会社」、英文では Mitsubishi Heavy Industries, Ltd.(略称MHI)です。 宇宙事業は社内では「防衛・宇宙セグメント」の「宇宙事業部」が担当しますが、決算で公表される報告セグメントの名前は「航空・防衛・宇宙」で、 宇宙だけの数字は分かれていません。 また、H3ロケットはJAXAと三菱重工業の共同開発で、JAXAは別の組織(国立研究開発法人)です。本稿ではこの2者を区別して書きます。
公式サイト:https://www.mhi.com/jp/(ロゴは公式サイトのヘッダーに掲載された日本語版ロゴを使用)3. 宇宙産業の世界で、この会社はどこにいるか
宇宙産業の会社は、宇宙で何を担うかで4つに分けると整理しやすくなります。 三菱重工業は、ロケットで運ぶ「打ち上げ」が主で、 国際宇宙ステーション(ISS)へ荷物を運ぶ補給機の開発などの「探査・有人・月面」が従です。 衛星や探査機を自社ブランドの商品として販売する会社ではありません。
主契約企業(プライムコントラクタ)は、多数の部品会社の仕事をまとめて、全体として機体を完成させる会社のことです。 H3では三菱重工業が機体全体の開発をまとめ、エンジンの一部や構造部品などの個別の担当は別の会社や機関も担います。 また、H3は積む荷物に合わせて組み合わせ(形態)を変えます。 たとえば22形態は1段目のエンジン(LE-9)2基と固体ロケットブースター(SRB-3)2本、 24形態はエンジン2基とブースター4本、 30形態はブースターなしでエンジン3基だけで離陸する組み合わせです(JAXAの報告書による)。 ロケットの基礎は、本シリーズの技術解説『ロケットの基礎』『ロケットエンジンと推進剤』も参考にしてください。
4. 会社の規模(宇宙事業に絞って簡潔に)
三菱重工業は宇宙以外にも多くの事業を持つ大企業です。 会社全体は次の表だけにとどめ、宇宙に関わる部分は次の章で扱います 事実。
| 指標(連結) | 2023年度(2024年3月期) | 2024年度(2025年3月期) | 2025年度(2026年3月期) |
|---|---|---|---|
| 売上収益(百万円) | 4,657,147 | 4,361,127 | 4,974,168 |
| 事業利益(百万円) | 282,541 | 354,965 | 432,218 |
| 従業員数(人) | 77,697 | 77,274 | 78,793 |
2024年度の金額は、2025年度に非継続事業(物流機器子会社の事業)に分類した部分を除いて、同社が表示し直した値です。 会社全体の事業は本稿の主題ではないので、これ以上は書きません。
| 宇宙に近い開示(2025年度) | 数字 | 注意 |
|---|---|---|
| 宇宙事業の売上・利益 | 非公表 | 「航空・防衛・宇宙」セグメントに合算されて開示される |
| 「航空・防衛・宇宙」セグメントの販売実績 | 1,393,858百万円 | 民間航空機・防衛・宇宙機器の合計。宇宙の割合は不明(セグメント間取引を含む) |
| 同セグメントの従業員(2026年3月31日) | 12,048人 | 臨時従業員1,243人を除く。宇宙だけの人数は非公表 |
| 同セグメントの研究開発費 | 185,418百万円 | 主な研究開発の1つに「H3ロケット」。宇宙だけの金額は非公表 |
上の数字は会社全体、または宇宙以外を含むセグメントの数字です。 H3や宇宙事業だけの売上・利益・投資額は、有価証券報告書に記載がありません 未確定/将来。 本稿は推計もしません。報道などで見かける「H3の事業規模」の数字は、一次情報で確認できないため採用しません。
5. 宇宙産業にかけているリソース
4つの観点(人・金・外部への出資や買収・公的機関との契約)で、確認できたか/できなかったかを示します。 「記載なし」と確認できた点も、重要な事実として表に残します。
| 観点 | 確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | 宇宙を含む「航空・防衛・宇宙」セグメントの従業員は12,048人(連結、2026年3月31日)。宇宙事業部の人数は非公表。H3の打上げは種子島宇宙センターで行われ、MHIは打上げ輸送サービスの提供者として発表している | 事実(宇宙だけの人数は確認できず) |
| 金 | セグメントの研究開発費は185,418百万円で、H3の開発が主な項目に挙がる。H3の開発費・設備投資の金額は非公表。JAXAの宇宙戦略基金(第1期)の採択あり(金額は確認できなかった) | 事実(金額は確認できず) |
| 外部への出資・買収・合弁・売却 | 2026年1月、三井物産が設立した宇宙ベンチャー「日本低軌道社中」に、三菱電機とともに出資(出資額は発表文に記載なし)。宇宙事業に関する買収・売却は確認できなかった | 事実(金額・他の案件は確認できず) |
| 公的機関との契約・連携 | H3の開発(主契約企業としてJAXAと分担)。宇宙戦略基金(2025年1月30日に採択通知、大型極低温推進薬タンクの製造技術)。H3の打上げ(JAXAの発表)。契約額は確認できなかった | 事実(契約額は確認できず) |
主要な機体・製品の状況(2026年10月17日確認)
| 機体・製品 | 種別 | 主要な諸元(公称・条件つき) | 実績 | 段階 |
|---|---|---|---|---|
| H3ロケット | 2段式の基幹ロケット(打上げ) | 直径5.2m。全長は57m(ショートフェアリング)/63m(ロングフェアリング)。打上げ能力は、太陽同期軌道(高度500km)へ4t以上、静止トランスファー軌道へ6.5t以上(ΔV=1,500m/s)(JAXAの諸元) | 9回(成功7、失敗2) | 運用中。8号機失敗の対策中(出典15・16) |
| LE-9(1段目エンジン) | 液体水素・液体酸素のエンジン | 真空中推力1,471kN/基、比推力422秒(JAXAの諸元)。1段目に2基または3基 | H3の飛行で使用 | 運用中 |
| LE-5B-3(2段目エンジン) | 液体水素・液体酸素のエンジン | 真空中推力137kN、比推力448秒(JAXAの諸元) | H3の飛行で使用 | 運用中 |
| SRB-3(固体ロケットブースター) | 固体燃料の補助ロケット | 真空中推力2,300kN/本、比推力283.6秒。装着本数は0・2・4本(JAXAの諸元) | H3の飛行で使用(30形態は不使用) | 運用中 |
| 衛星搭載アダプタ(PSS) | 衛星と2段目をつなぐ構造部品 | 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の表皮とアルミのハニカム芯のサンドイッチ構造。H3用は新規開発 | 8号機の失敗の直接原因となった部品(JAXA報告書) | 対策方式で運用再開(6号機で補修方式を使用) |
| 新型宇宙ステーション補給機(HTV-X) | ISSへの補給機 | MHIは全体システムや与圧モジュールなどを開発してきたと説明(2026年1月の発表)。諸元は本稿では扱わない | 1号機を2025年10月26日にH3 7号機で打上げ、軌道へ投入(JAXA発表) | 運用中 |
| H-IIAロケット | 前世代の基幹ロケット | H3が後継 | 50号機を2025年6月29日に打上げ(MHI発表)。現在の運用状況は確認できなかった | 確認できず |
三菱重工業は、JAXAの宇宙戦略基金(第1期)に「WAAMを用いた軽量かつ低コストな大型極低温推進薬タンクの製造技術研究」で採択されています 事実。 WAAM(ワイヤ・アーク積層造形)は、金属のワイヤを電気アークで溶かしながら一層ずつ積み上げる3Dプリント技術です。 公式の概要は、積層の速度が速い一方で、粉末を使う方式より技術の成熟度が低いため、 (1) 造形品質の安定化、(2) 高強度化、(3) 品質保証、(4) 大型部品の造形が課題だと述べています。 直径1〜2mのドームの試作でサイズによる課題を洗い出す計画です。 ここから読み取れるのは、推進剤タンク(液体水素のように極低温の液体を入れる容器)の製造を、時間と費用の面で減らしたいという狙いです。 なお、これは研究の採択段階の記載で、H3の量産機に使うことを示すものではありません 未確定/将来。
6. これまでの取り組み
H3ロケットの打上げ実績(JAXAの発表による)
| 日付 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2014年 | H3の開発を開始。三菱重工業が主契約企業として機体開発をまとめ、JAXAが全体システム・重要技術・地上設備を担当 | H-IIAの後継として開発(JAXAの報告書) |
| 2018年12月6日 | 英国のインマルサット社とMHIが、H3での打上げについて、民間企業として初の合意を発表。打上げは2022年以降の予定とされた | 当時の発表。現在の状況は確認できなかった |
| 2023年3月7日 | H3試験機1号機の打上げに失敗。2段目エンジンが着火せず、指令破壊信号を送出(JAXA発表) | 初号機の失敗。2023年10月26日に原因究明報告書 |
| 2024年2月17日 | 試験機2号機で初めて打上げに成功 | H3の最初の成功 |
| 2024年7月1日〜2025年2月2日 | 3号機(だいち4号)、4号機(きらめき3号)、5号機(みちびき6号)が連続で成功 | 実用衛星の打上げ段階へ |
| 2025年1月30日 | JAXAの宇宙戦略基金(第1期)に採択(WAAMによる大型極低温推進薬タンクの製造技術) | 製造技術の研究(量産への採用を示すものではない) |
| 2025年6月29日 | H-IIAロケット50号機で「いぶきGW」を打上げ(MHI発表) | H-IIAは50回の打上げ記録 |
| 2025年10月26日 | 7号機で新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)を打上げ、軌道へ投入 | ISS補給の新型機 |
| 2025年12月22日 | 8号機の打上げに失敗。2段目エンジンの2回目の燃焼が立ち上がらず、準天頂衛星「みちびき5号機」を投入できなかった(JAXA発表) | 2回目の失敗。2026年7月23日に原因究明報告書 |
| 2026年1月26日 | 三菱電機とともに、日本低軌道社中へ出資 | ポストISSに向けた体制づくり |
| 2026年4月28日 | 獺祭との「獺祭MOONプロジェクト」第一弾ミッション完了(ISSで清酒の発酵試験)。醸造装置はH3 7号機とHTV-X1で打上げ | H3とHTV-Xの民間利用の例 |
| 2026年5月11日 | 衛星搭載AI物体検知機「AIRIS」が軌道上で船舶の検知に成功 | 宇宙用の部品・システムの実証 |
| 2026年6月12日 | 6号機(30形態の試験機)の打上げに成功。補修方式の部品を搭載 | 8号機失敗後の最初の飛行 |
| 2026年7月29日 | ispaceと、新ランダー「ULTRA」の打上げ輸送サービス契約を締結(2028年の月面着陸ミッション) | 民間の月面ミッションの打上げを受注 |
| 2026年8月11日 | 9号機で準天頂衛星「みちびき7号機」を打上げ、所定の軌道へ投入 | 8号機失敗後の実用衛星の初打上げ |
2回の失敗:公式報告書が述べる原因(要旨)
| 失敗 | JAXA報告書の説明(要旨) | 対策(報告書) |
|---|---|---|
| 試験機1号機 2023年3月7日 | 1段目の燃焼と1段・2段の分離までは計画どおり。2段目エンジンが着火せず。報告書は、原因の候補を3つのシナリオ(点火器の内部の短絡、点火器への通電で生じる過電流、電気系の機器(PSC2)の内部で生じた過電流が二重化されたもう一方の系へ伝わること)に絞り、いずれかが原因になったと評価している(単一の原因には絞り込めていない) | 点火器の絶縁強化・検査強化・部品選別、電気系の保護用の部品(定電圧ダイオード)の除去など |
| 8号機 2025年12月22日 | 衛星搭載アダプタ(PSS)の内部に、製造工程で生じた剥離があった。その剥離が、フェアリング(荷物を覆うカバー)の分離時の衝撃で広がり、PSS全体の破壊に至ったことが直接原因と特定された。剥離の主因は、接着工程で一部の温度が想定より高くなり、その部分の接着強度が下がったこと | 製造済みの部品の剥離を補修する「補修方式」と、接着をやめてボルト等で結合する「ファスナ結合方式」。今後は後者を基本とする |
8号機の報告書は、背後要因として、H3の開発で難度の高い新しい技術(後述)を採用した際に、 局所的な高温化の危険を見つけられなかったことや、試験のあとの内部検査を行わなかったことを挙げています。 一方で、プロジェクトの管理規定や人材育成の制度そのものに不備は認められなかったとも書いています。 本稿は、これをJAXAによる評価として紹介するにとどめ、特定の組織や個人の責任を論じません。
7. 今後の計画
以下はいずれも計画・予定で、達成された事実ではありません 未確定/将来。
予定JAXA発表(2026年8月20日)。予備期間は11月7日まで
宇宙ステーションISSの退役は2030年に予定(日本低軌道社中の発表文)
次はいずれも一次資料に記載がありません 未確定/将来。
H3の年間の打上げ回数の計画/H3の価格(打上げ料金)/H3の宇宙事業の売上・利益の見通し/インマルサットとの2018年の合意の現在の状況/H-IIAの今後の運用/ispaceとの契約金額。 「年○機」「1機○億円」といった数字は報道ベースのものが多く、本稿では採用しません。
8. この会社は宇宙産業で何を目指しているか
ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| H3を国の打上げ手段から民間の商業打上げサービスへ広げようとしている | ispaceとの契約で「国内外の多様な宇宙ミッションを支える」と述べ、JAXAの報告書は「早期に民間主体の打上げ体制に移行する」体制と記している | 推測 |
| 月面輸送の国産の組み合わせ(国産ランダー×国産ロケット)を重視している | ispaceとの発表文で「国産ランダー×国産ロケット」「月面インフラ構築や関連技術領域での協力強化を検討」と述べている | 推測 |
| ISS後の低軌道での事業に参加する準備をしている | 日本低軌道社中への出資と、HTV-Xや「きぼう」で培った技術の活用に言及 | 推測 |
| 打上げ以外の宇宙機器・部品(AIや半導体)にも広げている | AIRISと次世代宇宙用MPU(SOISOC4)の軌道上実証 | 事実(広げる意図は推測) |
| H3の信頼の回復が当面の最優先課題 | 2回の失敗後、JAXAと対策の検証を続け、原因究明報告書に再発防止策を記している | 推測 |
8号機の失敗に関する報告書は、H3のコスト競争力を確保するために、新しい接着方式(オートクレーブを使わないスプライス接着)を採用したと書いています 事実。 従来のH-IIA用の部品はボルト等で結合していましたが、H3では接着に変えています。 そして対策では、実績のあるボルト等による結合方式へ戻すことを基本としました。 ここから本稿は、低価格を目指して新しい製造方式を取り入れたことと、品質の安定のために実績ある方式へ戻したことの間の、バランスを取ることが、 今後のH3の課題だと読みます。 ただし、これは報告書の記述からの解釈で、会社の戦略に関する説明ではありません 未確定/将来。
9. 宇宙産業分野の提携マッピング
10. 提供している技術・製品・サービス
三菱重工業の宇宙事業の中心はH3による打上げ輸送サービスです。 H3の特徴として、JAXAは「柔軟性」「高信頼性」「低価格」の3つの要素をあげています 事実。
| 技術・サービス | 公式資料の説明 | やさしく言うと |
|---|---|---|
| H3による打上げ輸送サービス | 荷物に合わせて、1段目のエンジン数(2基または3基)、ブースターの本数(0・2・4本)、フェアリング(ショート/ロング)を組み合わせる | 荷物の重さや大きさに合わせて、ロケットの構成を変えられる |
| LE-9エンジン(1段目) | 日本独自のエキスパンダー・ブリード・サイクルを採用し、3D造形などの新技術も導入して、高信頼性と低コストの両立を目指す(JAXA) | 液体水素を燃焼室の壁で温めてガスにし、その膨張でターボポンプを回す方式の一種 |
| 新型宇宙ステーション補給機(HTV-X) | MHIがHTV-Xの全体システムや与圧モジュールなどを開発(2026年1月の発表) | ISSに荷物を運ぶ補給船。空気のある「与圧」区画を持つ |
| 次世代宇宙用MPU「SOISOC4」とAI物体検知機「AIRIS」 | JAXAとMHIが開発した宇宙用MPUで衛星上でAIを動かし、画像から船舶を検知。2025年12月14日に打上げた衛星で実証し、2026年5月に成功を発表 | 宇宙の放射線に耐える半導体で、衛星の中でAIを動かす |
| 宇宙用の醸造装置 | 獺祭と共同開発した清酒醸造装置。ISSの日本実験棟で月面重力を模擬した環境で作動 | 宇宙で発酵を進めるための専用の装置 |
| WAAMによるタンク製造の研究 | JAXA宇宙戦略基金で採択(第1期) | 金属の3Dプリントで、大型の燃料タンクを作る技術の研究 |
8号機の失敗で焦点になった部品は、衛星搭載アダプタ(PSS)です。 JAXAの報告書によれば、PSSはCFRP(炭素繊維強化プラスチック)の薄い表皮とアルミのハニカム芯を貼り合わせたサンドイッチ構造で、 H-IIA用と同じ構造ですが、H3用はCFRP材料が違い、パネルのつなぎ目(スプライス)がボルト結合から接着結合に変わりました 事実。
報告書は、競争力の確保のため、オートクレーブ(大きな加圧釜)を使わない方式(OoA)のスプライス接着を採用したと述べています。 製造設備の制約で、積層と接着の工程を別の工場で行う必要があり、スプライスを2分割にしました。 その結果、2つのヒーターに挟まれた部分が局所的に想定より高温になり、接着強度が下がって、内部に剥離が生じたと説明しています。 剥離は、真空中でフェアリング分離の衝撃を受けると広がり、破壊に至り得る、という検証結果も示されています。
素材・製造の面から言えることは、「熱の入り方(温度分布)」が接着の品質を左右するということと、 内部の剥離は外観や強度試験だけでは見つけにくいということです。 報告書も、試験後の非破壊検査や、破壊試験による余裕の確認を確実に実施することを再発防止策に含めています 事実。 複合材の基礎は、本シリーズの技術解説『宇宙用CFRPと複合材料』『軽量構造材料』も参考にしてください。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 打上げの失敗 | H3は9回のうち2回失敗している。公式報告書で原因と対策が示されたが、今後の飛行で対策の効果が確認される段階 | 事実 |
| 対策の確認 | 補修方式のPSSを使った6号機と、その後の9号機はともに成功した。ただし9号機のPSSの方式や、ファスナ結合方式への切り替えの時期と範囲は、本稿の一次資料では確認できなかった | 未確定/将来 |
| 日程の遅れ | 9号機は2026年2月1日の予定から延期され、実際の打上げは2026年8月11日になった(MHIとJAXAの発表) | 事実 |
| 宇宙事業の採算が外部から見えない | 売上・利益・投資額は他の事業と合算で開示され、宇宙事業単独の採算は確認できない | 事実 |
| 民間顧客の獲得 | ispaceの契約は確認できたが、その他の民間契約(2018年のインマルサットとの合意を含む)の現状は確認できなかった | 確認できず |
| 新しい製造方式の導入リスク | 報告書が示すように、新しい製造方式(OoA接着)を採用した部品で、局所的な高温化の危険を事前に見つけられなかった | 事実 |
| 月面・宇宙ステーション関連計画の依存 | ispaceの月面着陸は2028年の計画、ポストISSは民間主導で計画段階。相手の計画の進み方に左右される | 推測 |
12. 用語集
- H3ロケット
- JAXAと三菱重工業が開発した日本の基幹ロケット。H-IIAの後継。
- 主契約企業(プライムコントラクタ)
- 多数の会社の仕事をまとめて、全体を完成させる会社。
- 低軌道(LEO)
- 地上から数百キロメートル上空の軌道。ISSなどが飛ぶ。
- 太陽同期軌道(SSO)
- 地球を南北に回り、同じ地方時に同じ場所の上空を通る軌道。地球観測衛星でよく使う。
- 静止トランスファー軌道(GTO)
- 静止軌道へ向かう途中の細長い軌道。
- フェアリング
- ロケット先端で荷物を覆うカバー。大気を抜けたあとに分離する。
- 衛星搭載アダプタ(PSS)
- 衛星と2段目ロケットをつなぐ構造部品。
- CFRP
- 炭素繊維で強化したプラスチック。軽くて強い。
- ハニカム
- 蜂の巣状の芯材。薄い板ではさむと軽くて曲がりにくい板になる。
- OoA(Out-of-Autoclave)
- 大きな加圧釜(オートクレーブ)を使わずに、複合材を硬化・接着する方式。
- WAAM
- Wire Arc Additive Manufacturing。金属のワイヤをアークで溶かして積み上げる3Dプリント。
- 比推力(Isp)
- 推進剤の使い方の効率を表す値(秒)。エンジンの燃費にあたり、大きいほど少ない推進剤で進める。
- ISS/HTV-X
- 国際宇宙ステーション/日本の新型の補給機。
- 有価証券報告書
- 上場会社が国に提出する年次報告書。監査済みで法的責任を伴う。
13. 出典
- 三菱重工業 有価証券報告書 2025年度(自2025年4月1日 至2026年3月31日。2026年6月24日提出)。売上収益・事業利益・従業員数・セグメント別の従業員数・販売実績・研究開発費。 https://www.mhi.com/jp/finance/library/financial/pdf/2025/2025_04_all.pdf
- JAXA H3ロケット8号機 打上げ失敗の原因究明に係る報告書(2026年7月23日)。H3の開発体制、PSSの構造、直接原因、是正対策、背後要因。 https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3f8/files/H3-f8_report_01.pdf
- JAXA H3ロケット8号機の打上げ失敗に関する対応状況について(2026年7月30日掲載)。 https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3f8/index_j.html
- JAXA H3ロケット試験機1号機 打上げ失敗の原因究明に係る報告書(2023年10月26日)。 https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3-tf1/files/H3-tf1_report_01.pdf
- JAXA H3ロケット試験機1号機の打上げ失敗及び対策本部の設置について(2023年3月7日)。 https://www.jaxa.jp/press/2023/03/20230307-2_j.html
- JAXA H3ロケット試験機2号機の打上げ結果について(2024年2月17日)。 https://www.jaxa.jp/press/2024/02/20240217-1_j.html
- JAXA H3ロケット3号機による先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)の打上げ結果(2024年7月1日)。 https://www.jaxa.jp/press/2024/07/20240701-1_j.html
- JAXA H3ロケット4号機によるXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」の打上げ結果(2024年11月4日)。 https://www.jaxa.jp/press/2024/11/20241104-1_j.html
- JAXA H3ロケット5号機による「みちびき6号機」の打上げ結果(2025年2月2日)。 https://www.jaxa.jp/press/2025/02/20250202-1_j.html
- JAXA H3ロケット7号機による新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)の打上げ結果(2025年10月26日)。 https://www.jaxa.jp/press/2025/10/20251026-1_j.html
- JAXA H3ロケット8号機の打上げ失敗及び対策本部の設置(2025年12月22日)。 https://www.jaxa.jp/press/2025/12/20251222-2_j.html
- JAXA H3ロケット6号機(30形態試験機)の打上げ結果(2026年6月12日)。 https://www.jaxa.jp/press/2026/06/20260612-1_j.html
- JAXA H3ロケット9号機による「みちびき7号機」の打上げ結果(2026年8月11日)。 https://www.jaxa.jp/press/2026/08/20260811-1_j.html
- JAXA H3ロケット10号機による火星衛星探査機(MMX)の打上げ(2026年8月20日。打上げ予定日2026年10月20日)。 https://www.jaxa.jp/press/2026/08/20260820-1_j.html
- JAXA 宇宙輸送技術部門 H3ロケット 諸元(全長・推力・比推力・打上げ能力)。確認日 2026年10月17日。 https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/h3/system.html
- JAXA H3ロケット(プロジェクトページ。H3の3つの要素、プレスリリース一覧)。確認日 2026年10月17日。 https://www.jaxa.jp/projects/rockets/h3/index_j.html
- JAXA 宇宙輸送技術部門 H3ロケット(LE-9の説明)。確認日 2026年10月17日。 https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/h3/
- 三菱重工業・ispace ispaceと三菱重工、H3ロケットによる新ランダー「ULTRA」の打上げ輸送サービス契約を締結(2026年7月29日)。 https://www.mhi.com/jp/news/260729.html
- 三菱重工業ほか 三井物産が設立した宇宙ベンチャー「日本低軌道社中」に対し三菱重工、三菱電機が出資(2026年1月26日)。 https://www.mhi.com/jp/news/26012601.html
- 三菱重工業・獺祭 獺祭と三菱重工、人類初・宇宙空間での清酒醸造試験に成功(2026年4月28日)。 https://www.mhi.com/jp/news/260428.html
- 三菱重工業 次世代宇宙用MPUを活用したオンボードAI物体検知機「AIRIS」が軌道上で船舶検知に成功(2026年5月11日)。 https://www.mhi.com/jp/news/260511.html
- 三菱重工業 H-IIAロケット50号機による「いぶきGW」の打上げ結果について(2025年6月29日)。 https://www.mhi.com/jp/news/250629.html
- 三菱重工業 英インマルサット社と三菱重工、新型基幹ロケットH3での打上げで民間企業と初の合意(2018年12月6日)。 https://www.mhi.com/jp/news/181206.html
- JAXA・三菱重工業 H3ロケット9号機による「みちびき7号機」の打上げ延期(その2)(2026年2月3日)。 https://www.mhi.com/jp/news/260203.html
- JAXA 宇宙戦略基金 採択結果「WAAMを用いた軽量かつ低コストな大型極低温推進薬タンクの製造技術研究」(採択通知・公表日 2025年1月30日)。 https://fund.jaxa.jp/selectedcompany/theme44/
- 三菱重工業 公式サイト(会社概要・ロゴの確認用)。 https://www.mhi.com/jp/
14. 主張と出典の対応表
| 本文の主張 | 区分 | 出典 |
|---|---|---|
| 正式名称、本社所在地、売上収益・事業利益・従業員数(会社全体) | 事実 | 出典1 https://www.mhi.com/jp/finance/library/financial/pdf/2025/2025_04_all.pdf |
| 「航空・防衛・宇宙」セグメントの従業員12,048人、販売実績1,393,858百万円、研究開発費185,418百万円。宇宙単独の数字は記載なし | 事実 | 出典1 https://www.mhi.com/jp/finance/library/financial/pdf/2025/2025_04_all.pdf |
| H3の開発体制(2014年開始、MHIが主契約企業、JAXAが全体システム・重要技術・地上設備)、22形態・24形態・30形態の構成、PSSの構造、直接原因、是正対策、背後要因 | 事実 | 出典2 https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3f8/files/H3-f8_report_01.pdf |
| 8号機の失敗に関する対応状況(報告書の決定と文部科学省の了承) | 事実 | 出典3 https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3f8/index_j.html |
| 試験機1号機の失敗の原因究明(残った3つのシナリオ、対策) | 事実 | 出典4 https://www.jaxa.jp/hq-disclosure/h3-tf1/files/H3-tf1_report_01.pdf |
| 試験機1号機の失敗(2023年3月7日、2段目が着火せず) | 事実 | 出典5 https://www.jaxa.jp/press/2023/03/20230307-2_j.html |
| 試験機2号機の成功(2024年2月17日) | 事実 | 出典6 https://www.jaxa.jp/press/2024/02/20240217-1_j.html |
| 3号機の成功(2024年7月1日、だいち4号) | 事実 | 出典7 https://www.jaxa.jp/press/2024/07/20240701-1_j.html |
| 4号機の成功(2024年11月4日、きらめき3号) | 事実 | 出典8 https://www.jaxa.jp/press/2024/11/20241104-1_j.html |
| 5号機の成功(2025年2月2日、みちびき6号機) | 事実 | 出典9 https://www.jaxa.jp/press/2025/02/20250202-1_j.html |
| 7号機の成功(2025年10月26日、HTV-X1) | 事実 | 出典10 https://www.jaxa.jp/press/2025/10/20251026-1_j.html |
| 8号機の失敗(2025年12月22日、2段目の2回目の燃焼が立ち上がらず) | 事実 | 出典11 https://www.jaxa.jp/press/2025/12/20251222-2_j.html |
| 6号機(30形態試験機)の成功(2026年6月12日) | 事実 | 出典12 https://www.jaxa.jp/press/2026/06/20260612-1_j.html |
| 9号機の成功(2026年8月11日、みちびき7号機) | 事実 | 出典13 https://www.jaxa.jp/press/2026/08/20260811-1_j.html |
| 10号機(MMX)の打上げ予定日(2026年10月20日、予備期間11月7日まで) | 未確定/将来 | 会社の計画であり達成の事実ではない。出典14 https://www.jaxa.jp/press/2026/08/20260820-1_j.html |
| H3の諸元(全長、推力、比推力、打上げ能力) | 事実 | 出典15 https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/h3/system.html |
| H3の3つの要素(柔軟性・高信頼性・低価格) | 事実 | 出典16 https://www.jaxa.jp/projects/rockets/h3/index_j.html |
| LE-9の説明(エキスパンダー・ブリード・サイクル、3D造形) | 事実 | 出典17 https://www.rocket.jaxa.jp/rocket/h3/ |
| ispaceとのULTRAの打上げ輸送サービス契約(2026年7月29日)、2028年のミッション | 事実 | 出典18 https://www.mhi.com/jp/news/260729.html |
| 日本低軌道社中への出資、HTV-Xなどの開発の説明、ISS退役の予定 | 事実 | 出典19 https://www.mhi.com/jp/news/26012601.html |
| 獺祭MOONプロジェクト第一弾の完了、H3 7号機・HTV-X1での輸送 | 事実 | 出典20 https://www.mhi.com/jp/news/260428.html |
| AIRISの軌道上での船舶検知、SOISOC4 | 事実 | 出典21 https://www.mhi.com/jp/news/260511.html |
| H-IIA 50号機の打上げ(2025年6月29日) | 事実 | 出典22 https://www.mhi.com/jp/news/250629.html |
| インマルサットとの2018年の合意(打上げは2022年以降の予定とされた) | 事実 | 出典23 https://www.mhi.com/jp/news/181206.html |
| 9号機の延期(2026年2月1日の予定から、予備期間内の打上げを見送り) | 事実 | 出典24 https://www.mhi.com/jp/news/260203.html |
| 宇宙戦略基金(第1期)への採択(WAAMによる大型極低温推進薬タンク、2025年1月30日) | 事実 | 出典25 https://fund.jaxa.jp/selectedcompany/theme44/ |
| 4類型の区分と図1の位置づけ、H3打上げの成功・失敗の集計と図解の並べ方 | 本稿の計算 | 本稿による整理。企業名は本シリーズの企業から例示 |
| 宇宙事業単独の売上・利益・従業員数・H3の開発費と設備投資 | 未確定/将来 | 有価証券報告書に記載なし。本稿では推計しない(本稿) |
| H3の価格、年間の打上げ計画、契約金額、インマルサット合意の現状、H-IIAの今後の運用 | 未確定/将来 | 一次資料で確認できなかった。報道ベースの数値は採用しない(本稿) |
| H3を民間の商業打上げサービスへ広げようとしているという読み | 推測 | ispaceとの発表文とJAXA報告書の記述からの本稿の解釈(本稿) |
| 月面輸送の国産の組み合わせを重視しているという読み | 推測 | ispaceとの発表文からの本稿の解釈(本稿) |
| ISS後の低軌道事業への参加を準備しているという読み | 推測 | 日本低軌道社中への出資からの本稿の解釈(本稿) |
| H3の信頼の回復が当面の最優先課題という読み | 推測 | 失敗と報告書の内容からの本稿の解釈(本稿) |
| 低価格のための新方式と、実績ある方式へ戻すことの間のバランスが課題という読み | 推測 | 8号機の報告書の記述からの本稿の解釈(本稿) |
| 相手の計画の進み方に左右されるというリスク | 推測 | ispaceの2028年計画とポストISSの計画段階からの本稿の解釈(本稿) |
最終更新:2026年10月17日/Troy Technical
本稿の数値は、三菱重工業の有価証券報告書、JAXAの発表と原因究明報告書、三菱重工業のプレスリリースに基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。H3の打上げの成功・失敗はJAXAの発表の日付と結果によります。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。本稿は防衛事業を含む三菱重工業全体を扱わず、宇宙事業に絞っています。
