COMPANY PROFILE / 宇宙産業
ispace
― 月への民間輸送に2度挑み、着陸機の統合と「月周回衛星」へ舵を切る日本の会社
ispaceは、月面に荷物(ペイロード)を届ける着陸機と、月面を走る探査車(ローバー)を民間で開発する東京の会社です。 2023年と2025年に月面着陸へ挑戦しましたが、どちらも軟着陸(そっと着地すること)には至りませんでした。 2026年3月には、外部の専門家による検証「7つの提言」を受けて、日米で別々に作っていた着陸機を新型「ULTRA」に統合し、 月を回る衛星で通信・測位サービスを行う構想も発表しました。 本稿では、宇宙でどんな役割を担う会社か、何を投じ、誰と組み、何を目指しているかを、有価証券報告書と会社・政府の公式資料だけで整理します。
- 30秒でわかるispaceと、宇宙産業での立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 宇宙産業の世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- 宇宙産業にかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は宇宙産業で何を目指しているか
- 宇宙産業分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるispaceと、宇宙産業での立ち位置
日本橋本町2026年3月に移転。管制センターは日本橋
衛星・軌道上(従)従は、月周回衛星の構想(実施は未確定)
2028年(会社計画)経産省の認可待ち。未確定/将来
宇宙産業の企業は「ロケットで運ぶ会社」「月や宇宙ステーションへ行く会社」「軌道で衛星やサービスを動かす会社」「宇宙機の部品やシステムを作る会社」に分けると理解しやすくなります(後述の図1)。 ispaceはこのうち「月へ行く会社」で、着陸機を自社で開発し、他の人の荷物を運んで運送料を得るのが事業の核です。 有価証券報告書によると、荷物の運賃は重さ1kgあたりの価格で決め、打ち上げの1〜3年前から代金が入る仕組みです 事実。 つまり、着陸機が完成して実際に着陸するまで、運賃の大半は売上として確定しにくいのが、この会社の特徴です。 そのため決算書では、売上高に加えて、国の補助金(SBIR補助金など)を足した「プロジェクト収益」という参考値も示されています。 このように売上の見かたが少し特殊な点が、ispaceを読むときの最初の注意点です。
2. ロゴと社名の表記について
ロゴは同社の商標です。本稿では生成画像による再現を行わず、公式サイトから取得した画像を img/ispace_logo.svg として設置しています。
表記の注意:社名は小文字の ispace(有価証券報告書の英訳名は ispace, inc.)で、「アイスペース」と読まれます。 米国の子会社は ispace technologies U.S., inc.、欧州(ルクセンブルク)の子会社は ispace EUROPE S.A. で、 米国の契約(NASA)の当事者は米国子会社です。「HAKUTO-R(ハクト・アール)」は、ミッション1・2の技術実証プログラムの名前で、2025年12月に終了が発表されました。
公式サイト:https://ispace-inc.com/3. 宇宙産業の世界で、この会社はどこにいるか
はじめに、この分野で出てくる言葉を2つだけ説明します。 ランダーは、月などの天体にゆっくり降りて着地する宇宙機(着陸機)のことです。 ペイロードは、ロケットや着陸機が運ぶ「荷物」のことで、実験装置、小型の探査車、企業の機器などが入ります。 ispaceは、このランダーを作って他人のペイロードを月へ届ける、いわば月への宅配便の事業者です。
月には空気がなく、パラシュートが使えません。そのため、エンジンの噴射だけで速度を落として、決まった場所に降りる必要があります。 着陸機は、レーザーなどのセンサーで「自分がいま月面からどれだけの高さにいるか」を測りながら降ります。 この高さの測り方に問題が起きると、機体は「もう着いた」と思い込んだり、減速が間に合わなかったりします。 ispaceの2回の挑戦では、1回目はソフトウェアの高度推定、2回目はレーザー測距計という高度センサーの異常が、会社の分析で原因とされています (第6章) 事実。 着陸機の技術の細部は、本シリーズの技術解説「月面探査とアルテミス」と「ロケットエンジンと推進剤」を参照してください。
4. 会社の規模
上場企業なので、規模は法定開示で確認できます 事実。 決算は3月期で、金額は連結・百万円です。
| 指標(百万円) | 2025年3月期 | 2026年3月期 | 2027年3月期(会社予想) |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 4,743 | 3,307 | 3,300 |
| プロジェクト収益(会社の参考値) | 4,971 | 5,890 | 9,000 |
| 営業損失 | (9,795) | (11,580) | (17,700) |
| 親会社株主に帰属する当期純損失 | (11,945) | (8,152) | (13,000) |
| 研究開発費(一般管理費に計上) | 7,731 | 3,929 | ―(開示なし) |
| 総資産 | 27,189 | 47,704 | ― |
| 純資産 | 7,007 | 15,173 | ― |
| 現金及び現金同等物(期末) | 13,117 | 29,690 | ― |
| 従業員(連結) | 2025年3月末 | 2026年3月末 |
|---|---|---|
| 就業人員 | 317 | 333 |
| 臨時雇用者(年間平均) | 18 | 26 |
「プロジェクト収益」は、会計上の売上高に、営業外収入として計上される国の補助金(SBIR補助金など)を足した、会社独自の参考値です 事実。 会社が「政府との契約の会計処理が統一されていないため」と説明しているとおり、監査済みの売上高ではありません。 また、上の2027年3月期は会社の予想で、確定した数字ではありません 未確定/将来。 会社は決算短信で、継続的な営業損失とマイナスの営業キャッシュ・フローがあるため「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせる事象又は状況が存在している」と注記しています。 一方で、対応策を実施していることから「継続企業の前提に関する重要な不確実性は認められない」と判断しているとも書いています 事実。 本稿は投資判断を示すものではなく、会社が書いたとおりに記します。
5. 宇宙産業にかけているリソース
「人・金・外部への投資と買収・公的機関との契約」の4点が、一次情報で確認できたかを表にします。
| リソースの種類 | 確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | 連結333人(2026年3月末)。このうち、ランダーの開発・運用のエンジニアは約200人。拠点は東京(本社、日本橋の管制センター)、米国コロラド州デンバー(米国子会社、ランダー開発)、ルクセンブルク(欧州子会社、ローバー開発)。サウジアラビアにも子会社を設立する手続きを開始 | 事実 |
| 金:研究開発費 | 2026年3月期 3,929百万円(本社1,666、米国子会社1,840、欧州子会社423)。2025年3月期は7,731百万円 | 事実 |
| 金:設備投資 | 2026年3月期 2,070百万円(ソフトウェア投資を含む)。主なものは、月周回衛星サービス(ミッション2.5)とミッション5に関連する通信中継衛星への投資、本社移転 | 事実 |
| 金:資金調達 | 上場後の新株発行は、有報提出時点で累計約598億円(2025年10〜11月の公募増資・第三者割当は最大182億円)。借入は創業以来の累計で約506億円の契約(2026年3月期は三井住友銀行100億円、みずほ銀行50億円)。2026年3月期の財務活動によるキャッシュ・フローは31,447百万円の増加 | 事実 |
| 外部への出資・買収・合弁・売却 | 企業の買収・合弁・事業売却は有報に記載がない。確認できたのは子会社の設立(米国2016年、ルクセンブルク2017年、日本の運用会社2021年、サウジアラビアは設立手続き開始)のみ | 確認できず |
| 公的機関との契約・連携 | NASA(CLPSのCP-12。米国子会社がTeam Draperの一員として採択)、経済産業省のSBIR補助金(120億円の交付決定、2023年12月)、宇宙戦略基金(第1期:月の水資源探査のセンシング。第2期:月極域の高精度着陸)、ESA(MAGPIE)、JAXA(技術支援、2021年のペイロード輸送契約)。金額は上限・見込みであり、確定額・受領済み額とは別(詳細は下の表) | 事実 |
| スタートアップ出資・大学との連携 | 東京科学大学(宇宙戦略基金第1期の代表機関)との業務委託契約、台湾の大学などとのペイロード契約を確認。出資案件としての記載は確認できなかった | 事実(出資は確認できず) |
公的機関の資金の位置づけ(確認日 2026年10月17日)
| 制度・契約 | 内容 | 金額の区分 | 状況 |
|---|---|---|---|
| SBIR補助金(経産省) | 「月面ランダーの開発・運用実証」。ミッション3が対象 | 120億円(交付決定通知書。2023年12月) | 実施期間は原則2027年度。ミッション3が2028年になる見込みで、計画変更は経産省の認可待ち |
| 宇宙戦略基金 第1期 | 「月面の水資源探査技術」。東京科学大学が代表機関、ispaceが中核的連携機関(衛星の開発・打ち上げ輸送・運用を担当) | 支援上限64億円、ispaceが受領する最大額は47億円の見込み(確定ではない) | 2025年4月に採択 |
| 宇宙戦略基金 第2期 | 「月極域における高精度着陸技術」。ミッション4に関連 | 支援上限最大200億円(ステージゲート審査で変動。全額受領は確定していない) | 2026年1月に採択 |
| NASA CLPS CP-12 | Team Draperの一員として採択。米国主導のミッション5 | 契約額は本稿の一次資料で確認できなかった | 打ち上げが2030年へ変更。新しい日程でのCP-12実行はNASAの正式な承認待ち |
| ESA MAGPIE | ローバー開発とペイロード輸送の受託を想定 | ESAがフェーズ2の予算として119億円相当を確保(会社が円換算。契約は今後締結予定) | 契約前 |
主要な機体・ミッション・製品の状況(確認日 2026年10月17日)
| 機体・ミッション | 種別 | 主要な諸元(会社公称) | 実績 | 段階・日付 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| ミッション1(Series 1ランダー) | 月着陸機 | 運搬できるペイロードは全体で約12.43kg(実績) | 2022年12月に打ち上げ。2023年4月26日(日本時間)の着陸シーケンスで、高度約5kmにいたのに機体は高度ゼロと推定し、推進剤が尽きて自由落下したと会社が分析。ミッション1のマイルストーンは8番目(Success 8)まで完了 | 実績(軟着陸に至らず) | 出典1・3 |
| ミッション2(RESILIENCEランダー) | 月着陸機 | 最大30kgのペイロード。実績は10.5kg | 2025年1月に打ち上げ。2025年6月6日(日本時間)の着陸で、レーザー測距計(LRF)の異常により硬着陸となったと会社が分析。ソフトウェア・推進系・電源の異常は否定 | 実績(軟着陸に至らず) | 出典1・4 |
| ミッション2.5 | 月周回衛星(通信用) | 1基。米Argo Space Corp.の宇宙輸送サービスを利用 | ― | 計画(最速2027年。未確定/将来) | 出典1 |
| ミッション3(ULTRAランダー) | 月着陸機 | 最大200kgのペイロード(将来は500kg程度まで拡大を目指す) | 2026年6月から振動試験。試験後に実際に打ち上げる機体の製造に着手予定 | 開発中(2028年を計画。経産省の認可待ち。未確定/将来) | 出典1 |
| ミッション4 | 月着陸機(南極近傍への高精度着陸) | ― | ― | 計画(2029年。未確定/将来) | 出典1 |
| ミッション5(Team Draper Commercial Mission 1) | 月着陸機(NASA契約) | ― | 米国主導。旧ミッション3 | 計画(2030年へ再設定。NASA承認待ち。未確定/将来) | 出典1・2 |
| ローバー TENACIOUS | 月面探査車 | ―(欧州子会社が開発) | ― | 開発中(未確定/将来) | 出典1 |
有価証券報告書で素材・部品に直接触れた記載は多くありません(推進系の合金や構造材の具体名は確認できなかった)。 代わりに、設計思想として次のことが書かれています 事実。 第一に、民生品(COTS品。市販の電子部品など)を活用して低コスト化する方針です。 宇宙では放射線や温度変化で電子部品が壊れやすいので、COTS品の使い方は信頼性と引き換えになります (本シリーズの技術解説「宇宙用半導体とCOTS」「放射線と電子部品」を参照)。 第二に、大きなエンジンを1つ作る代わりに、小型のエンジンを複数使い、ソフトウェアで制御して同じ推力を得るという考え方です。 第三に、ミッション2の失敗を受けて、ベンダー(部品の供給元)の選定の進め方を見直し、試験の設備と時間を増やすという提言が出ています。 小型の機体では1つのセンサー(レーザー測距計)の性能がミッションの成否を握ることがある、というのが2度の失敗から読み取れる教訓で、 材料や部品の評価が、この会社では特に重要な論点です。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2010年9月 | 袴田武史氏が会社の前身(合同会社ホワイトレーベルスペース・ジャパン)を設立。月面探査車の開発と、民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」への参加を目指した | ローバー開発から出発した会社 |
| 2018年 | 「HAKUTO-R」プログラムを立ち上げ、SpaceXのFalcon 9に相乗りして打ち上げる計画を公表 | 着陸機の事業へ |
| 2022年7月 | 米国子会社がTeam Draperの一員としてNASA CLPS CP-12に採択 | NASAの月輸送契約の入り口 |
| 2022年12月 | ミッション1を打ち上げ(フロリダ州ケープカナベラル) | ― |
| 2023年4月 | ミッション1の着陸シーケンス(4月26日、日本時間)。軟着陸には至らず。2023年5月26日の分析で、会社は「高度推定のソフトウェアが想定どおり動かなかったのが最も可能性が高い」と説明(2021年2月の設計審査後に着陸地点を変更したことが影響した要因) | 当局ではなく会社自身の分析。原因は特定され、ミッション2以降に反映と発表 |
| 2023年4月12日 | 東証グロース市場に上場 | 資金調達の手段 |
| 2023年12月 | SBIR補助金に採択(120億円の交付決定通知書) | 国の資金による開発 |
| 2025年1月 | ミッション2を打ち上げ(“SMBC x HAKUTO-R VENTURE MOON”) | ― |
| 2025年6月 | ミッション2の着陸(6月6日、日本時間)。硬着陸。2025年6月24日の分析で、技術的な原因はレーザー測距計(LRF)のハードウェアの異常で、飛行中の性能低下か、もともと想定より低い性能だった可能性が高いと会社が説明 | 1回目はソフトウェア、2回目はハードウェアと、原因が異なる |
| 2025年10〜11月 | 公募増資と第三者割当(最大182億円) | 2度の失敗後も、資金調達は続いた |
| 2025年12月 | 全22社のパートナー契約の満了をもって、HAKUTO-Rプログラムの終了を発表 | ミッション1・2の枠組みの区切り |
| 2026年3月 | 外部専門家の「改善タスクフォース」から「7つの提言」を受領。日米の着陸機モデルを「ULTRA」に統合し、月周回衛星の「ルナ・コネクトサービス」の検討開始を発表。本社を日本橋本町へ移転 | 事業戦略とスケジュールの再設定 |
外部専門家が、システム理論に基づく因果分析(CAST手法)で、失敗の原因を調べました。 提言は3つの階層に分かれます 事実。 運用:地形を見て自分の位置を知る「地形相対航法(TRN)」の導入、着陸の運用で残りの燃料を活用すること。 システム開発:ベンダー選定の改善、試験の資源の増強、故障を見つけて切り離し・回復する仕組み(FDIR)の設計と検証。 経営判断:パートナーとの連携、企業のリスク管理の強化。 会社は後続のミッションで、具体的な改善策を実装すると書いています。 提言の全文は本稿の一次資料には載っていないため、上は有価証券報告書の要約です。
7. 今後の計画
会社は有価証券報告書で、ミッション4以降は年2回のミッション、さらに中長期で年3回を目指す、2030年までに少なくとも5基の自社の月周回衛星を投入する計画だ、と書いています 事実。 これらはいずれも会社の計画であり、開発の遅れ・承認・資金で変わりうるものです 未確定/将来。
次はいずれも、本稿が読んだ一次資料に確定した記載がありません 未確定/将来。
ミッション3〜5の打ち上げ日(月日)/ミッション5のNASA承認の時期/CP-12の契約金額/ ルナ・コネクトサービスの料金と開始時期/JAXAからの技術支援の具体的な内容。 報道に出る日付や金額は、一次資料で確認できないため採用しません。
8. この会社は宇宙産業で何を目指しているか
ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 目標は「着陸の成否に収入が左右される会社」から、月と地球をつなぐ通信・測位のサービスを持つ会社に広がること | 有報が、自社の月周回衛星を使う「ルナ・コネクトサービス」の検討開始と、2030年までに5基の計画を明記している | 事実(会社の方針) |
| 2度の着陸失敗のあと、品質と開発効率を最優先する経営に切り替えた | 外部専門家の「7つの提言」を受け、日米の着陸機を統合した「ULTRA」と、開発組織をCTO直下へ集約する体制を採用 | 事実(会社の方針) |
| 当面の事業は、国の資金(補助金・基金)に支えられた開発という性格が強い | 2026年3月期は、SBIR補助金などが収入の相応の割合を占めたと会社が説明している | 推測 |
| ミッション3が、会社にとって最初の「商業ランダー」の試金石になる | 有報が、ミッション3を「商業ランダーを活用する初のミッション」と位置づけている | 事実 |
有報は、ULTRAランダーについて、RESILIENCEランダーよりも多くの販売可能重量(運べる荷物の量)と売上を計画しているため、 もし問題が起きた場合に、収益への悪影響が大きくなりうると、リスクとして明記しています 事実。 同時に、日米の開発を統合する作業は、設計の統合や部材調達の見直しを伴い、新しいリスクを生みうるとも書いています。 ここから、会社は「大きくして、品質の道を一本化する」賭けに出ていると読むのが自然だと本稿は考えます 未確定/将来。
9. 宇宙産業分野の提携マッピング
10. 提供している技術・製品・サービス
ispaceの収入の元になるのは、ペイロードサービス(荷物の月への輸送)です。 下の図解は、有価証券報告書の説明をもとに、代金が入る流れを本稿が整理したものです。
| 分類 | 内容(会社の説明) | 区分 |
|---|---|---|
| ペイロードサービス | 顧客の荷物を月面または月周回軌道へ運ぶ。会社の基本価格は、ランダー搭載で月面まで1.5百万米ドル/kg、月周回軌道まで0.5百万米ドル/kg、ローバー搭載で3.5百万米ドル/kg(本書提出日時点の会社設定)。会社は「既に確立した価格水準は存在しない」とも書いている | 事実(会社公称) |
| ランダー | RESILIENCE:最大30kg。ULTRA:最大200kg(将来は500kg程度まで)。無人(ロボティクス)ミッションを想定 | 事実(会社公称)。ULTRAは未確定/将来 |
| ローバー | TENACIOUS(欧州子会社が開発)。ESAのMAGPIEで開発・輸送を受託する想定 | 事実(契約は未確定/将来) |
| データサービス | 月面や月周回軌道で取得したデータを提供するサービス。2028年以降に、月面データベースの購読(サブスクリプション)型の提供を想定 | 未確定/将来 |
| 月周回衛星・ルナ・コネクトサービス | 自社の月周回衛星で、月面と月周回で活動する顧客に通信・測位サービスを行う構想。2030年までに少なくとも5基。地球側の地上局の整備が鍵と会社が説明 | 未確定/将来 |
ペイロードサービスでは、荷物ごとに温度・振動・放射線・電力・通信などの条件が違うため、着陸機は荷物の仕様に合わせた調整が必要です。 有価証券報告書は、実際の荷物として、固体電池(日本特殊陶業、ミッション1)、月面用の水電解装置(高砂熱学工業、ミッション2)、微細藻類の培養装置(ユーグレナ、ミッション2)、ラマン分光器・質量分析計(ミッション3以降)などを挙げています 事実。 これらはいずれも、月の昼夜の大きな温度差と放射線の中で動く材料・装置の実証が目的です。 なお、ミッション1の固体電池の運用結果は、本稿の一次資料では確認できませんでした (材料の技術は、本シリーズの技術解説「宇宙環境と材料への影響」「宇宙用電池」を参照)。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 軟着陸の未達 | 2回の挑戦はいずれも軟着陸に至らなかった。次のミッションでの成否が事業の前提になる。保険については、ミッション1は保険金を受領したが、ミッション2は保険責任の範囲外で受領していない | 事実 |
| 継続企業の前提 | 決算短信に「重要な疑義を生じさせる事象又は状況が存在」との注記がある。対応策により「重要な不確実性は認められない」と会社は判断している | 事実 |
| 赤字の継続と拡大見込み | 2026年3月期の営業損失は11,580百万円。2027年3月期の会社予想は17,700百万円の営業損失で、為替差益の剥落やミッション5関連で損失が拡大する見立て | 事実(予想は未確定/将来) |
| 日程の遅れ | ミッション3は当初2027年中で経産省・SBIR事務局と合意していたが、社内計画では2028年。ミッション5は2027年から2030年へ再設定 | 事実 |
| 公的資金への依存と変動 | SBIR補助金と宇宙戦略基金は、収入の相応の割合を占める。宇宙戦略基金の金額はステージゲート審査で変動しうる。計画変更には経産省の認可が必要 | 事実 |
| 新型機への集約リスク | ULTRAは販売可能重量と売上の計画が大きいため、問題が起きたときの収益への悪影響が大きくなりうる。設計統合・調達見直しによる遅延リスクも会社が指摘 | 事実 |
| 資金調達の継続 | 新株発行(累計約598億円)と借入(累計約506億円)に頼って開発を進めている。今後も機動的な調達を検討するとしている | 事実 |
| 顧客からの前払いの扱い | 代金の一部を前払いとし、返金しない方針だが、顧客との契約で、ミッション未達の場合の扱いが条件になる場合がある。ミッション5の契約内容は日程変更に伴い修正予定 | 事実 |
| 月周回衛星事業の不確実性 | 新しい事業領域で、需要や収益性が見込みどおりにならない可能性。初の月周回軌道への輸送では、ミッション1・2とは別の問題が起きうると会社が記載 | 事実 |
12. 用語集
- ランダー
- 月などに軟着陸(そっと着地)する宇宙機。着陸機。
- ペイロード
- 宇宙機が運ぶ荷物。実験装置や探査車など。
- ローバー
- 月面を走って調べる探査車。
- 軟着陸/硬着陸
- 速度を落としてそっと着地するのが軟着陸。速度が落ちきらず衝突に近い着地が硬着陸。
- LRF
- レーザー測距計(Laser Range Finder)。レーザーで距離・高度を測るセンサー。
- CLPS
- Commercial Lunar Payload Services。NASAが民間の着陸機に月への荷物運搬を発注する制度。
- SBIR
- 中小企業の研究開発を国が支援する制度(Small Business Innovation Research)。ここでは経産省の補助金。
- 宇宙戦略基金
- 日本政府が10年間で総額1兆円規模を目指す、宇宙分野の技術開発の基金。
- ステージゲート審査
- 開発の節目ごとに続行の可否や金額を見直す審査。
- 月周回軌道
- 月のまわりを回る軌道。月面と地球の通信の中継に使える。
- プロジェクト収益
- ispaceが示す参考値。売上高に、営業外収入の補助金を足したもの。
- COTS品
- 市販の民生品(Commercial Off-The-Shelf)。宇宙専用品より安い。
- 有価証券報告書
- 上場企業が国に提出する年次の法定開示書類。EDINETで公開される。
13. 出典
- 株式会社ispace 有価証券報告書(第16期、2026年3月期。関東財務局長へ2026年6月25日提出、EDINET書類ID S100YL5W)。事業内容、沿革、ミッション1・2の経過、今後のミッション、資金調達、公的機関の資金、研究開発費、設備投資、従業員、リスク。 https://disclosure2dl.edinet-fsa.go.jp/searchdocument/pdf/S100YL5W.pdf
- 株式会社ispace 2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)(2026年5月15日)。業績、財政状態、2027年3月期の予想、プロジェクト収益の説明、継続企業の前提に関する注記。 https://www.ispace-inc.com/wp-content/uploads/2026/06/2026%E5%B9%B4%EF%BC%93%E6%9C%88%E6%9C%9F-%E6%B1%BA%E7%AE%97%E7%9F%AD%E4%BF%A1%E3%80%94%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9F%BA%E6%BA%96%E3%80%95%EF%BC%88%E9%80%A3%E7%B5%90%EF%BC%89.pdf
- ispace, inc. プレスリリース「ispace Announces Results of the “HAKUTO-R” Mission 1 Lunar Landing」(2023年5月26日)。ミッション1の着陸シーケンスの分析結果。 https://www.ispace-inc.com/2023/05/26/ispace-announces-results-of-the-hakuto-r-mission-1-lunar-landing/
- ispace, inc. プレスリリース「ispace Releases Technical Cause Analysis for HAKUTO-R Mission 2」(2025年6月24日)。ミッション2の着陸シーケンスの分析結果と対策。 https://www.ispace-inc.com/2025/06/24/ispace-releases-technical-cause-analysis-for-hakuto-r-mission-2/
- ispace 公式サイト(ロゴの取得元)。 https://ispace-inc.com/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月17日/Troy Technical
本稿の数値は、株式会社ispaceが関東財務局長へ提出した有価証券報告書、決算短信、会社の公式プレスリリースに基づきます。調査会社の推計値・報道だけの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。株価・評価額・投資判断には触れていません。
