INSTITUTION PROFILE / ナノテクノロジー
経済協力開発機構(OECD)
― ナノ材料の「試験方法」と「試験データの相互受理」を加盟国の合意でそろえる政府間機関
OECDはパリに事務局を置く、38か国の政府が参加する政府間機関です。 ナノ材料を許可したり禁止したりする機関ではなく、製造ナノ材料作業部会(WPMN)を通じて、 ナノ材料の試験ガイドライン、評価の手引き、国際的な協調の枠組みをつくります。 最も強い仕組みは、一度の試験を各国が受け入れるデータ相互受理(MAD)です。 ただしOECDの文書には、拘束力のある「決定」と、拘束力のない「勧告」の区別があります。 ナノ材料の安全性試験に関する2013年の理事会文書は勧告で、拘束力はありません。 本稿では、OECDがナノテクノロジーにどこまで影響を持つのかを、権限の種類と届く範囲に絞って整理します。

- 30秒でわかるOECD
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- ナノテクノロジーで何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- データ相互受理の仕組みと、決定・勧告の区別
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる経済協力開発機構(OECD)
OECDには拘束力のある「決定(Decision)」と、拘束力のない「勧告(Recommendation)」があります。 OECD自身が、決定は反対しなかった加盟国に対して法的拘束力があり、勧告には法的拘束力がなく、実施への期待と政治的な約束を表すと説明しています 事実。 ナノ材料の試験に使われる試験ガイドラインは、1981年の理事会決定(データ相互受理の決定)の附属書に位置づけられ、 決定の第1部は、定められた条件で作られたデータを他の参加国が受け入れることを義務づけています 事実。 一方、ナノ材料の安全性の試験・評価について「既存の化学物質規制を、ナノ材料の性質に合わせて使うこと」を求める2013年の理事会文書は、勧告で、拘束力はありません 事実。 どの試験を求めるか、結果をどう判断するかは、各国の規制が決めます。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
ナノテクノロジーの記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分ではナノ材料を作りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. ナノテクノロジーで何をしているか
OECDのナノ材料の作業は、化学物質・バイオ安全の部門が担当し、製造ナノ材料作業部会(WPMN: Working Party on Manufactured Nanomaterials)が中心です。 OECDの資料は、WPMNが2006年から、既存のリスク評価の方法がナノ材料に適しているかを確かめてきたと説明します 事実。 2013年の勧告は、化学品委員会(現在の化学品・バイオ技術委員会、CBC)の下部組織がナノ材料の試験・評価を化学物質の方法に合わせる作業をしてきたと述べています 事実。
| 分野 | 内容(OECDの公式ページ・公表資料) |
|---|---|
| 試験ガイドライン(ナノ材料に特化) |
TG 318 ナノ材料の分散安定性(模擬環境媒体中):2017年10月9日、32ページ TG 124 製造ナノ材料の体積比表面積の決定:2022年6月30日、18ページ TG 125 ナノ材料の粒子径と粒度分布:2023年7月4日、71ページ。1〜1000 nmの粒子と繊維が対象と説明される TG 126 ナノ材料の疎水性指数(親和性測定による):2023年7月4日、19ページ TG 127 ナノ物体とその凝集体・集塊体を含む材料の発じん性の決定:公表ページの日付2026年7月2日、115ページ TG 322 環境中の運命評価のためのナノ材料の溶解度・溶解速度の決定:公表ページの日付2026年7月2日、41ページ |
| ガイダンス文書など | ガイダンス文書317(ナノ材料の水生・底質生態毒性試験)、同318(溶解度・溶解速度)のほか、土壌カラム溶出試験TG 312をナノ材料に使うための手引きなど。健康影響では既存の2つの試験ガイドラインがナノ材料向けに更新されたと記される |
| 公表シリーズ | 「製造ナノ材料およびその他の先端材料の安全性」シリーズ(OECD公式ページの一覧の最新はNo. 115)。このページの報告書はOECDの会員・パートナー向けのONEプラットフォームでのみ閲覧できると記される |
| 安全で持続可能な革新の枠組み | SSIA(Safe(r) and Sustainable Innovation Approach)。開発の早い段階から安全と持続可能性を組み合わせて考え、規制側も備える枠組みとして、OECDが提案している |
| 理事会の勧告 | 2013年9月19日採択の「製造ナノ材料の安全性の試験と評価に関する理事会勧告」(OECD/LEGAL/0400)。既存の化学物質規制の枠組みを、ナノ材料の性質に合わせて使うことを勧める |
※日付とページ数は、OECDのNANOMETのページとTG 127・TG 322の公表ページの表示による。TG 127・TG 322の日付は公表ページの表示で、採択日とは限らない。
OECDはナノ材料について、物質としての形が同じでも、バルク(大きな塊)の物質とは性質が異なる可能性があるため、国際的に標準化された試験方法が必要だと説明しています 事実。 材料メーカーの立場では、TG 125(粒子径)やTG 124(体積比表面積)のような物理化学的性質の試験方法が国際的にそろうと、 同じ試料を測った結果を、複数の国の規制当局へ出すときに話がかみ合いやすくなります。 ただし、これは「どう測るか」の話で、「どの値なら許されるか」はOECDでは決まりません。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | OECDが持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 理事会が決定(反対しなかった加盟国に法的拘束力)と勧告(拘束力なし)を採択する。試験ガイドラインとGLP原則をデータ相互受理(MAD)の仕組みの中で定める | 企業に直接適用される規制、ナノ材料の許可・禁止・登録の権限。ナノ材料の法的な定義(EUなどの法令が決める)。助成や融資(OECD自身が行わないと説明) |
| 地域 | 加盟38か国(EUも参加)。MADには加盟国のほか、アルゼンチン、ブラジル、インド、マレーシア、シンガポール、南アフリカ、タイの7か国が正式参加 | MADや勧告に加わっていない国・地域の法令への直接の影響 |
| 範囲 | 試験方法(ガイドライン)、データの質(GLP)、評価の手引き、国際的な情報共有 | どの試験を求めるか、結果をどう判断するか(各国の規制が決める。MADでも、受け入れた国は結果の解釈を自ら決める) |
| 規模 | 事務局職員3,500人超、委員会等300超(OECD全体)。ナノ材料の作業の一部は、EUの資金によるプロジェクト(NANOMET)が支える | WPMNの委員数・ナノ材料作業の予算は公式ページで確認できなかった |
5. データ相互受理の仕組みと、決定・勧告の区別
OECDの影響力の中心は、データ相互受理(MAD: Mutual Acceptance of Data)です。 1981年5月12日に採択された理事会決定(OECD/LEGAL/0194、2019年9月6日に改正)は、OECD試験ガイドラインとGLP(優良試験所基準)に従って作られた化学品の試験データを、 参加国が評価のために受け入れると定めます。 決定の第1部は法的拘束力があり、第2部は拘束力がなく、試験でガイドラインとGLPを適用するよう勧めています 事実。
MADで他国のデータを受け入れるには、OECDのページによると次の条件がそろう必要があります 事実。
- 試験がOECDの試験ガイドラインとGLP原則に従って行われたこと
- 試験施設が、その国のGLP適合性監視プログラムの査察を受けていること
- そのプログラムが、OECDの評価に成功していること
OECDは、受け入れる側の国は試験を受け入れる義務があるが、結果をどう解釈するかは受け入れ側の裁量だと説明しています。 また、受け入れが義務づけられるのは、対象の製品が各国のGLP監視プログラムの範囲内にある場合に限られます 事実。
・決定(OECD/LEGAL/0194):試験データの受け入れを義務づける。ナノ材料のための試験ガイドラインも、この仕組みの中で使われる。
・勧告(OECD/LEGAL/0400、2013年9月19日採択):加盟国に、既存の化学物質規制を、ナノ材料の性質に合わせて使うことを勧める。試験ガイドラインとGLP原則の適用、試験ガイドラインの更新、ナノ材料の安全データの公開などを勧める。拘束力はない。
・2019年の実施報告では、非加盟のアルゼンチンとブラジルがこの勧告に加わっていると記され、2025年の報告は、実施は全般に進んでいる一方、曝露評価、新規アプローチ手法、先端材料・複合材料の評価に課題があるとしています。次回の報告は2035年に予定されています
事実。
関わっている組織
OECDの公開資料から確認できる関係は次のとおりです 事実。
| 組織 | 確認できる関係 |
|---|---|
| 欧州委員会 | EUの資金によるプロジェクトNANOMET(2020年5月開始の3年間のプロジェクト)が、OECDのナノ材料の試験方法づくりを支えると、OECDのページに記載。2025年のSSIA報告書は、欧州委員会の共同研究センター(JRC)の研究者がプロジェクトの共同リーダーに名を連ねる。ISO/TC 229のリエゾン組織でもOECDと欧州委員会が並ぶ(出典19) |
| ISO(ISO/TC 229) | ISOの委員会ページで、OECDはTC 229のリエゾン組織(カテゴリーA)に挙がる。OECDは試験ガイドライン、ISOは測定・用語の規格という役割の違いがある(本稿の整理) |
| 国連の化学物質関連機関(IOMC) | 勧告の背景情報は、FAO、ILO、UNDP、UNEP、UNIDO、UNITAR、WHO、世界銀行などIOMC(化学物質の適正管理のための国際機関間プログラム)の参加機関との協力で勧告の周知を図ると記す。非加盟のマレーシア、シンガポール、南アフリカ、タイがWPMNの作業に参加していることも、2019年の報告として記される |
| 産業界団体 | 2025年のSSIA報告書の謝辞に、ナノテクノロジー産業協会(NIA)の担当者が共同リーダーとして挙がる。企業名は公式ページからは確認できなかったため、本稿では挙げない |
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 生体試料中のナノ材料の濃度の決定に関する新しいガイダンス文書の案が意見募集中 | OECDの公開意見募集の第1回(2026年10月2日〜11月13日)。このプロジェクトは2021年に英国の提案で試験ガイドライン作業計画に入った | 未確定/将来 |
| 勧告(OECD/LEGAL/0400)の次回の実施報告は2035年に予定 | 勧告の背景情報。附属書の更新はCBCが行える(2023年10月に更新済み) | 未確定/将来 |
| 作業の対象が、製造ナノ材料から「先端材料」へ広がっていく | 公表シリーズの名称が「製造ナノ材料およびその他の先端材料の安全性」になり、2023年に先端材料の作業上の説明を公表。2025年の勧告の報告も、先端材料・複合材料の評価に課題があると記す | 推測 |
| ナノ材料向けの試験ガイドラインの追加は、今後も続く | 2026年に新たにTG 127とTG 322が公表され、ガイダンス文書の案が意見募集に出ている | 推測 |
7. 用語集
- WPMN
- OECDの製造ナノ材料作業部会。ナノ材料の安全性の試験・評価の国際協調を進める。
- MAD(データ相互受理)
- OECDの試験ガイドラインとGLPに従って作ったデータを、参加国が互いに受け入れる仕組み。
- GLP(優良試験所基準)
- 試験施設の組織・運営・記録の品質を定めたOECDの原則。
- 試験ガイドライン(TG)
- OECDが定める、化学品の安全性の試験方法。1981年の決定の附属書に位置づけられる。
- 決定/勧告
- OECD理事会の文書の種類。決定は反対しなかった加盟国に法的拘束力があり、勧告は拘束力がなく実施への期待を表す。
- SSIA
- 安全で持続可能な革新の枠組み。開発の早い段階から安全と持続可能性を組み合わせ、規制側も備える。
8. 出典
- OECD About(1961年設立、組織の概要)。 https://www.oecd.org/en/about.html
- OECD Organisational structure(理事会、300超の委員会等、3,500人超の事務局職員)。 https://www.oecd.org/en/about/organisational-structure.html
- OECD Members and partners(加盟38か国、EUの参加)。 https://www.oecd.org/en/about/members-partners.html
- OECD Budget(財源は加盟国の分担金と任意拠出。助成や融資は行わない)。 https://www.oecd.org/en/about/budget.html
- OECD OECD Legal Instruments: About(決定は拘束力あり、勧告は拘束力なしの説明)。 https://legalinstruments.oecd.org/en/about
- OECD Decision of the Council concerning the Mutual Acceptance of Data in the Assessment of Chemicals(OECD/LEGAL/0194。1981年5月12日採択、2019年9月6日改正。第1部は拘束力あり、第2部は拘束力なし)。 https://legalinstruments.oecd.org/en/instruments/OECD-LEGAL-0194
- OECD Recommendation of the Council on the Safety Testing and Assessment of Manufactured Nanomaterials(OECD/LEGAL/0400。2013年9月19日採択。背景情報と勧告I〜IX、附属書)。 https://legalinstruments.oecd.org/public/doc/298/298.en.pdf
- OECD Nanomaterials and advanced materials(トピックページ。標準化された試験方法の必要性)。 https://www.oecd.org/en/topics/nanomaterials-and-advanced-materials.html
- OECD NANOMET: Towards tailored safety testing methods for nanomaterials(TG 318・124・125・126の日付とページ数、ガイダンス文書、EU資金)。 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/testing-of-chemicals/nanomet.html
- OECD Guidelines for the Testing of Chemicals(試験ガイドラインはMADの決定の不可分の部分。2026年公表のTG 127・TG 322)。 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/testing-of-chemicals/test-guidelines.html
- OECD The Mutual Acceptance of Data (MAD) System(参加国、MADの条件、受け入れの範囲)。 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/testing-of-chemicals/mutual-acceptance-of-data-system.html
- OECD Testing of chemicals(MADの参加国:加盟38か国と非加盟の7か国)。 https://www.oecd.org/en/topics/testing-of-chemicals.html
- OECD Test No. 127: Dustiness determination of materials containing nano-objects and their aggregates and agglomerates(115ページ、公表ページの日付2026年7月2日)。 https://www.oecd.org/en/publications/test-no-127-dustiness-determination-of-materials-containing-nano-objects-and-their-aggregates-and-agglomerates_d862c720-en.html
- OECD Test No. 322: Determination of the Solubility and Dissolution Rate of Nanomaterials for Environmental Fate Assessment(41ページ、公表ページの日付2026年7月2日)。 https://www.oecd.org/en/publications/test-no-322-determination-of-the-solubility-and-dissolution-rate-of-nanomaterials-for-environmental-fate-assessment_693e2680-en.html
- OECD First commenting round on the determination of concentrations of nanomaterials in biological samples for (eco)toxicity studies(意見募集 2026年10月2日〜11月13日)。 https://www.oecd.org/en/events/public-consultations/2026/10/first-commenting-round-on-the-determination-of-concentrations-of-nanomaterials-in-biological-samples-for-ecotoxicity-studies.html
- OECD Publications on the Safety of Manufactured Nanomaterials and Advanced Materials(シリーズの一覧。最新はNo. 115)。 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/nanomaterials-and-advanced-materials/other-reports-on-the-safety-of-manufactured-nanomaterials-and-advanced-materials.html
- OECD Safe(r) and Sustainable Innovation Approach (SSIA): Nano-Enabled and other Emerging Materials。 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/nanomaterials-and-advanced-materials/safer-and-sustainable-innovation-approach-ssia-nano-enabled-and-other-emerging-materials.html
- OECD Safe and sustainable by design tools, integrative systems and platforms for nanomaterials and nano-enabled products(2025年12月。WPMNは2006年から、共同リーダーの所属、先端材料の作業上の説明への言及)。 https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2025/12/safe-and-sustainable-by-design-tools-integrative-systems-and-platforms-for-nanomaterials-and-nano-enabled-products_6285c02d/e411a4b7-en.pdf
- ISO ISO/TC 229 Nanotechnologies(リエゾン組織にOECDと欧州委員会が挙がる)。 https://www.iso.org/committee/381983.html
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月9日/Troy Technical
本稿の数値と文書の状態はOECDの公式サイトとOECD法的文書集の表示(2026年10月9日確認)に基づきます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。