INSTITUTION PROFILE / ナノテクノロジー
欧州委員会
― ナノ材料の「定義の勧告」を出し、REACHなどの法令を提案・改正する、EUの執行機関
欧州委員会は、EUの執行機関で、法令の提案、決定の実施、条約の順守の監督、日常の運営を担います。 ナノテクノロジーでは、ナノ材料の定義の勧告(2022/C 229/01)を出し、REACHのナノフォームの規則(2018/1881)を採択し、 EUナノ材料観測所(EUON)に資金を出します。 ただし勧告には法的拘束力がありません。定義が実際に効力を持つかどうかは、個々の法令が定義をどう置くかで決まります。 また、EUONを運営し、REACHの登録を扱うECHA(欧州化学品庁)は欧州委員会とは別の機関です。 本稿では、欧州委員会がナノテクノロジーにどこまで影響を持つのかを、権限の種類と届く範囲に絞って整理します。

- 30秒でわかる欧州委員会
- どんな機関か ― 影響力の「型」
- ナノテクノロジーで何をしているか
- 影響力の範囲(権限と地域)
- 勧告と法令の関係、関わっている組織
- 今後の見通し
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかる欧州委員会
欧州委員会の「勧告」には法的拘束力がありません。EU運営条約第288条は、規則は全体として拘束力を持ち、決定は全体として拘束力を持つ一方、「勧告と意見は拘束力を持たない」と定めています 事実。 ナノ材料の定義の勧告(2022年6月10日付、2022/C 229/01)は、欧州委員会、加盟国、事業者に、この定義を使うことを勧める文書で、前文23は、定義はEUのどの法令の適用範囲も決めず、反映もしないと述べています 事実。 実際に効力を持つのは、個々の法令が自分で置く定義です。たとえばREACHは、2018年の委員会規則で「ナノフォーム」という概念を附属書に書き込み、その定義を2011年の勧告に基づくと明記しています 事実。 勧告を出す側(欧州委員会)と、法令が定義をどう置くかは、分けて読む必要があります。
2. どんな機関か ― 影響力の「型」
ナノテクノロジーの記事に出てくる「機関」は、企業と違って自分ではナノ材料を作りません。 その代わりに、どういう経路で業界に影響を与えるかで4つの型に分けられます。
3. ナノテクノロジーで何をしているか
| 分野 | 内容(一次情報) |
|---|---|
| 定義の勧告 | 2011年10月18日の勧告2011/696/EUを、2022年6月10日の勧告2022/C 229/01が更新した(官報C 229、2022年6月14日)。2022年版は、固体粒子から成る材料で、個数ベースの粒度分布の50%以上が、(a) 1つ以上の外径が1〜100 nm、(b) 細長い形で2つの外径が1 nm未満・他の1つが100 nm超、(c) 板状で1つの外径が1 nm未満・他が100 nm超、のいずれかを満たすものと定める。粒子の外径が2つ以上100 μmを超えるものは分布の算出で除いてよく、体積比表面積が6 m²/cm³未満の材料はナノ材料としない |
| REACHのナノフォーム | 委員会規則(EU)2018/1881(2018年12月3日付、官報L 308、2018年12月4日)が、REACHの附属書I、III、VI〜XIIを改正し、物質の「ナノフォーム」を扱う規定を加えた。2020年1月1日から適用。附属書VIは「ナノフォーム」を、2011年の勧告に基づき、個数ベースの粒度分布の50%以上の粒子で1つ以上の外径が1〜100 nmにある物質の形(フラーレン、グラフェンフレーク、単層カーボンナノチューブは1 nm未満でも対象)と定義し、「類似ナノフォームの集合」の考え方も置く。2020年には、附属書II(安全データシート)も規則(EU)2020/878で更新された |
| 他の法令の定義 | 化粧品規則(EC)No 1223/2009(官報L 342、2009年12月22日)の原文は、「ナノ材料」を「不溶性または生体内で残留しやすく、意図的に製造された、外径または内部構造が1〜100 nmの材料」と定義し、委員会が定義を技術・科学の進歩や国際的に合意された定義に合わせて調整すると定める(第2条3項)。EUONのページは、殺生物性製品規則(BPR)が定義を活性物質と非活性物質に適用して1 nm未満の特定の材料へ広げること、欧州食品安全機関(EFSA)が食品・飼料添加物の文脈で粒度分布にかかわらず製造されたナノ材料だけを扱うことを、定義の使われ方の違いの例に挙げる。化粧品規則の定義がその後改正されたかは確認できなかった |
| 解説と指針 | 勧告の前文は、定義の実施を支える指針を共同研究センター(JRC)が作成し更新するとし(前文8)、JRCがすでに2019年に実施の指針となる2つの報告書を公表したと述べる(前文3) |
| EUナノ材料観測所(EUON) | 2017年に開始。市場と安全面についての客観的で信頼できる情報を集める。欧州委員会が資金を出し、ECHAが運営・維持する(欧州委員会のページ) |
| 研究資金 | EUが資金を出す3年間のプロジェクトNANOMET(2020年5月開始)が、OECDのナノ材料の試験方法づくりを支える(OECDのページ) |
※体積比表面積6 m²/cm³未満の除外は、勧告の1項の末尾にある「ただし」書きによる。
2022年の勧告は、定義を個数ベースの粒度分布にもとづくとし、体積比表面積6 m²/cm³未満は対象外としています。 一方、REACHの附属書VIの「ナノフォーム」は2011年の勧告に基づく文言のまま書かれ、化粧品規則は不溶性・生体内残留性と内部構造を含む別の文言を使っています 事実。 材料メーカーが同じ粉体を複数の規制にかける場合は、粒度分布の測定結果を、各法令の定義の文言に1つずつ当てはめて確認する必要があります。 勧告の定義に当てはまるかどうかと、特定の法令の対象になるかどうかは、別の確認です。
4. 影響力の範囲(権限と地域)
| 観点 | 欧州委員会が持っているもの | 持っていないもの |
|---|---|---|
| 権限 | 法令の提案権(EU条約第17条2項。EUの立法行為は、条約に別段の定めがある場合を除き、委員会の提案に基づいてのみ採択される)。REACHの附属書を改正する委員会規則の採択(規則2018/1881はREACH第131条を根拠にしている)。勧告、指針、研究資金 | 法律の最終採択(通常立法手続では欧州議会と理事会が共同で採択)。勧告の拘束力(条約が拘束力なしと定める)。REACH登録書類の受理・評価(ECHAが担う) |
| 地域 | EU域内市場。REACHは製造者と輸入者に年間1トン超の物質の登録を求めるため、EUへ輸出する他国の企業にも届く | EU域外の国の法令への直接の影響 |
| 範囲 | ナノ材料の定義の推奨、REACHのナノフォーム、情報の整備(EUON) | 「ナノだから許可/禁止」と決める権限。個々の法令の適用範囲(勧告の前文23) |
| 規模 | 委員27人、職員33,000人超、組織56(欧州委員会全体) | ナノテクノロジーだけの担当人数・予算は公式ページで確認できなかった |
REACHの仕組みでは、ECHA(欧州化学品庁)が中心で、データベースの運営、提出された情報の評価の調整、危険有害性情報の公開を行います。 欧州委員会はREACHの規則案や附属書の改正を扱う側です。 EUONは、欧州委員会が資金を出し、ECHAが運営・維持しています。ECHAの権限や職員数は、本稿の対象ではありません 事実。
5. 勧告と法令の関係、関わっている組織
定義の流れは、「用語を供給する標準化機関」「定義を勧める欧州委員会」「定義を自分の文言で置く個々の法令」「適用する事業者と当局」の4段階で読めます。
勧告の前文は、定義の中核となる用語を、既存の標準化された用語(ISO、CEN)に基づかせるとし(前文8)、「粒子」は別のISO規格の定義に沿って定めると述べます(前文15) 事実。
| 組織 | 確認できる関係 |
|---|---|
| ECHA(欧州化学品庁) | REACHの登録・評価の中心となる別の機関。EUONを運営・維持する。欧州委員会の一部ではない |
| 共同研究センター(JRC) | 欧州委員会の研究組織。勧告の前文は、定義の実施の指針をJRCが作成し更新するとする。2025年のSSIA報告書では、JRCの研究者がOECDのプロジェクトの共同リーダーに挙がる |
| OECD | 欧州委員会が資金を出すNANOMETが、OECDの試験方法づくりを支える。OECDと欧州委員会は、ISO/TC 229のリエゾン組織としても並ぶ |
| ISO・CEN | 勧告の前文8が、標準化された用語の参照先として挙げる。ISOの機関解説を参照 |
※企業名は、一次資料で欧州委員会との関係が確認できたものがないため、本稿では挙げない。
6. 今後の見通し
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| REACHの改正の最終的な内容と時期 | 欧州委員会のREACHのページは「現在REACHを改正中」と記す。提案の採択状況は、公式ページから確認できなかった | 未確定/将来 |
| REACHの「ナノフォーム」の定義が、2022年の勧告に合わせて改められるか | 附属書VIは2011年の勧告に基づく文言のまま。JRCの研究者らの2025年の論文は、「ナノフォーム」の定義を更新された勧告に合わせて改めるべきだと述べる(欧州委員会の公式見解ではない)。法令の改正は確認できなかった | 未確定/将来 |
| 化粧品規則の「ナノ材料」の定義の調整 | 第2条3項は、委員会が技術・科学の進歩や国際的に合意された定義に合わせて調整すると定める。その後の改正は確認できなかった | 未確定/将来 |
| 各法令の定義が、時間をかけて2022年の勧告の文言にそろっていく | 勧告の前文22は、新しい科学的証拠や規制経験があれば見直しを検討するとし、前文24は、横断的な法令が定義を置いた場合はその法令が勧告に代わるとする。2011年の勧告は、REACH、BPRなど複数の法令に取り込まれた(欧州委員会のページ) | 推測 |
7. 用語集
- 勧告(Recommendation)
- EUの法的行為の種類の1つ。EU運営条約第288条は拘束力がないと定める。
- 規則(Regulation)
- 全体として拘束力を持ち、全加盟国で直接適用される法的行為。
- ナノフォーム
- REACHの用語。物質のナノスケールの形で、登録時に特性を示す必要がある。
- EUON
- EUナノ材料観測所。2017年開始。欧州委員会が資金を出し、ECHAが運営する情報サイト。
- ECHA
- 欧州化学品庁。REACHの運営の中心となるEUの機関で、欧州委員会とは別。
- JRC
- 欧州委員会の共同研究センター。定義の実施の指針を作成する。
8. 出典
- 欧州委員会 Role(EUの執行機関。法令の提案、決定の実施、条約の順守の監督、運営)。 https://commission.europa.eu/about/role_en
- 欧州委員会 Organisation(委員27人、職員33,000人超、総局・執行機関56)。 https://commission.europa.eu/about/organisation_en
- EU Treaty on European Union(EU条約。第17条:委員会の役割、立法の提案権、任期5年)。 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:12012M/TXT
- EU Treaty on the Functioning of the European Union(EU運営条約。第288条:勧告と意見は拘束力を持たない。第289条:通常立法手続)。 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:12012E/TXT
- 欧州委員会 Commission Recommendation of 10 June 2022 on the definition of nanomaterial (2022/C 229/01)(官報C 229、2022年6月14日。前文3・8・15・22・23・24、1〜4項)。 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32022H0614(01)
- 欧州委員会 Commission Regulation (EU) 2018/1881 of 3 December 2018 amending REACH as regards Annexes I, III, VI, VII, VIII, IX, X, XI, and XII to address nanoforms of substances(官報L 308、2018年12月4日。2020年1月1日から適用。附属書VIのナノフォームの定義)。 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32018R1881
- 欧州議会・EU理事会 Regulation (EC) No 1223/2009 on cosmetic products (recast)(官報L 342、2009年12月22日。第2条1項(k)と3項)。 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32009R1223
- 欧州委員会 REACH Regulation(環境総局のページ。ECHAの役割、年間1トン超の登録、2018/1881と2020/878、「現在REACHを改正中」)。 https://environment.ec.europa.eu/topics/chemicals/reach-regulation_en
- 欧州委員会 Nanomaterials(域内市場総局のページ。2011年の勧告の取り込み、2022年の更新、EUON:2017年開始、資金は欧州委員会、ECHAが運営・維持)。 https://single-market-economy.ec.europa.eu/sectors/chemicals/reach/nanomaterials_en
- EUON(ECHA) Definition of nanomaterial(REACH、殺生物性製品規則、EFSAでの定義の使われ方の違い)。 https://euon.echa.europa.eu/definition-of-nanomaterial
- OECD NANOMET: Towards tailored safety testing methods for nanomaterials(EUが資金を出す3年間のプロジェクト、2020年5月開始)。 https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/testing-of-chemicals/nanomet.html
- OECD Safe and sustainable by design tools, integrative systems and platforms for nanomaterials and nano-enabled products(2025年12月。共同リーダーの所属)。 https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2025/12/safe-and-sustainable-by-design-tools-integrative-systems-and-platforms-for-nanomaterials-and-nano-enabled-products_6285c02d/e411a4b7-en.pdf
- ISO ISO/TC 229 Nanotechnologies(リエゾン組織に欧州委員会とOECDが挙がる)。 https://www.iso.org/committee/381983.html
- 欧州委員会(JRC) Regulatory preparedness for multicomponent nanomaterials: current state, gaps and challenges of REACH(JRCの研究者らによる2025年の論文。公式見解ではない)。 https://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/handle/JRC139140
9. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月9日/Troy Technical
本稿の数値と文書の状態は、欧州委員会の公式サイト(2026年10月9日確認)とEUの官報・条約のテキストに基づきます。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈です。