COMPANY PROFILE / ナノテクノロジー
キヤノン
― ナノインプリント・リソグラフィ(NIL)。回路の型をウエハー上の樹脂に「押して」写す、光を使わない露光の方式
キヤノンは、カメラや複合機で知られる日本の会社ですが、本稿が扱うのは半導体製造装置のうち、ナノインプリント・リソグラフィ(NIL)だけです。 NILは、回路パターンを刻んだ型(キヤノンはこれを「マスク」と呼びます)を、ウエハーに塗った樹脂に押し付けて写し取る方式で、光を投影する光学系を通らないため、型の細かいパターンをそのまま再現できると会社は説明しています。 会社の公称(2023年の発売時)では、最小線幅は14 nm(5 nmノード相当)、型の改良が進めば10 nm(2 nmノード相当)が見込まれるとされています(後者は将来の期待)。 2023年10月13日に装置「FPA-1200NZ2C」を発売し、2026年7月の決算説明では、2027年の量産適用に向けて、顧客のウエハーを使った生産検証の段階に移ったと述べています。 一方で、NIL単独の売上・出荷台数・顧客名は開示されていません。 本稿は、ナノ加工の視点(型の精度、樹脂の塗布、位置合わせ、異物)に絞り、一次資料で確認できたことと、確認できなかったことを整理します。
- 30秒でわかるキヤノンと、ナノテクノロジーでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- ナノテクノロジーの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- ナノテクノロジーにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社はナノテクノロジーで何を目指しているか
- ナノテクノロジー分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるキヤノンと、ナノテクノロジーでの立ち位置
NILは、EUVのように光の波長で解像度が決まる方式ではなく、「型の精度」「型と基板の位置合わせ」「異物の管理」で成否が決まる方式です 本稿の計算。 キヤノンの技術ページは、型をウエハーの樹脂に直接押し当てる構造のため、数十nmの転写パターンをnmレベルで下の層と合わせること、型とウエハーの間に挟まる異物(パーティクル)を管理することが課題だと説明しています 事実。 装置は2023年に発売され、2024年にテキサス州のコンソーシアムへ、2026年6月には評価・検証中の顧客へ追加で出荷されました。ただし量産ラインでの採用が始まったかどうかは、参照した資料では確認できません 未確定/将来。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:会社名はキヤノン株式会社(英語表記は Canon Inc.)。「キャノン」ではなく「キヤノン」です。 米国のナノインプリント事業の子会社はCanon Nanotechnologies, Inc.(2014年に、テキサス州AustinのMolecular Imprints, Inc.から社名変更)です。 ロゴ画像は、同社の公式サイトのロゴ用SVGから、「Canon」の図形だけを取り出して単独のSVGにしたものです(元の図形にある「Global」の文字は除きました)。
公式サイト:https://global.canon/3. ナノテクノロジーの世界で、この会社はどこにいるか
4. 会社の規模
キヤノンは大企業のため、会社全体の数字を簡潔に示し、ナノ加工に関わるインダストリアル部門(半導体露光装置など)の数値を中心に扱います。会計年度は暦年で、金額は円です(米国会計基準)。キヤノンは2024年3月に米国SECへ報告義務の終了を届け出ており(Form 15F)、本稿は自社のIR資料を一次情報にします。
| 指標(億円) | 2025年 | 2024年 |
|---|---|---|
| 売上(全社) | 46,247 | 45,098 |
| 営業利益(全社) | 4,554 | 4,449(減損損失の影響を除く) |
| 純利益(全社) | 3,321 | 3,251(同上) |
| 研究開発費(全社) | 3,393 | 3,373 |
| 設備投資(全社) | 2,622 | 2,370 |
| インダストリアル部門の売上 | 3,611 | 3,517 |
| うち 光学機器(半導体・FPDの露光装置など) | 2,564 | 2,534 |
| インダストリアル部門の営業利益 | 625 | 689 |
| 従業員(インダストリアル部門/全社) | 7,757人/165,547人(本稿の計算) | ― |
全社の従業員数は、Annual Reportに載る5つの事業部門別の人数(105,938・13,347・26,367・7,757・12,138)を足した本稿の計算です。
半導体露光装置の販売台数は、2025年が234台、2026年の計画が227台です(2026年7月時点。KrFが70台、i線が157台。会社の見通し) 事実。 この台数には、ナノインプリント装置の台数は含まれて示されていません(台数の内訳は、KrFとi線の2区分のみ)。 2026年上半期のインダストリアル部門は、売上1,452億円(前年同期比−9.1%)、営業利益174億円でした。2026年通期の見通しは売上3,537億円(前年比−2.1%)、営業利益603億円です(2026年7月27日時点) 未確定/将来。
ナノインプリント装置の売上・利益・出荷台数は、参照した資料に独立した数字として開示されていません。 決算説明会資料は、出荷の事実と進捗(たとえば「2026年6月に追加で出荷」)を文章で述べるのみで、台数や金額は書かれていません。 本稿はNIL分を推計しません 未確定/将来。
5. ナノテクノロジーにかけているリソース
| リソース | 一次情報で確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | インダストリアル部門の従業員は7,757人(2025年)。米国のナノインプリント事業は、子会社のCanon Nanotechnologiesと共同で進めており、位置合わせの測定技術などはその連携で開発したと技術ページに記載。NIL担当だけの人員は非公表 | 事実/一部非公表 |
| 金(研究開発・設備投資) | 全社の研究開発費は3,393億円(2025年、売上の7.3%)、設備投資は2,622億円。NIL分は非公表。製造の拠点は、宇都宮光学機器事業所に新工場棟(建設費約380億円、2025年上半期の稼働予定)を建てると2022年10月に発表(半導体露光装置の研究・製造・サービスが対象。NIL単独の能力は記載なし)。稼働の実績は、キヤノンの一次資料で確認できず | 事実/一部非公表 |
| 買収・出資・合弁・売却 | Molecular Imprints, Inc.(米国Austin)を2014年4月18日に完全子会社化し、Canon Nanotechnologies, Inc.に社名変更。キヤノンは2004年にナノインプリントの研究を始め、2009年から同社と大手半導体メーカーとの共同開発を進めていたと説明。取得金額は参照資料で確認できず | 事実/金額は確認できず |
| 大学・研究機関・公的資金 | 装置をTexas Institute for Electronics(TIE)に出荷(2024年9月26日)。TIEはテキサス大学オースティン校が支える半導体コンソーシアムで、州・自治体、企業、国の研究機関などで構成されると説明。研究開発と試作に使う。技術ページに、キヤノン・大日本印刷・キオクシアの取り組みが、環境省が後援する第49回環境賞で優秀賞(2022年)を受けたと記載。公的資金の具体名・金額は確認できず | 事実/助成の詳細は確認できず |
主要な製品・設備の状況
| 製品・設備 | 内容(会社公称) | 段階 | 日付・出典 |
|---|---|---|---|
| FPA-1200NZ2C(NIL半導体製造装置) | 最小線幅14 nm(5 nmノード相当)。重ね合わせ精度4 nm以下。ウエハー300 mm、マスク6インチ、視野26×33 mm | 発売(2023年10月13日) | 2023年10月13日(出典5・6) |
| TIEへの装置出荷 | 研究開発・試作用。TIEはテキサス大学オースティン校が支える半導体コンソーシアム | 出荷(2024年9月26日) | 2024年9月26日(出典7) |
| 大手半導体メーカーへの出荷(社名非公表) | 2026年1月の説明で、顧客が確認した仕様。2026年6月に評価・検証中の顧客へ追加で出荷 | 評価・検証中(量産ラインでの使用は確認できず) | 2026年1月・7月(出典2・3・4) |
| IAP(インクジェット式の適応型平坦化) | NILの技術を平坦化に応用。凹凸を5 nm以下にすると説明(会社公称)。装置の商品化を2027年に目指す | 開発済み・商品化は計画(未確定/将来) | 2026年1月13日(出典8) |
| NILの量産適用 | 2027年の量産適用に向け、実際の製造ラインを想定して顧客のウエハーを使う生産検証の段階。複数の顧客が量産に向けた検証中 | 未確定/将来(会社の説明) | 2026年7月27日(出典3) |
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2004年 | キヤノンがナノインプリントの研究を開始。20 nm未満の高解像度の加工を目標に | 光を使わない方式の探索 |
| 2009年 | Molecular Imprints、大手半導体メーカーとの共同開発を開始(キヤノンの説明)。大日本印刷(DNP)も、東芝(当時)・キヤノンと2009年からNILプロセスの共同開発を始めたと説明 | 装置・型・半導体プロセスの3者の連携 |
| 2014年 | 2月に完全子会社化で合意、4月18日に完了。社名がCanon Nanotechnologiesに | 米国のNIL技術と特許を取り込む |
| 2017年2月23日 | DNPが、NIL用のレプリカ型(複製の型)の製造装置を同年3月から導入し、10 nm級の型の提供を始めると発表 | 型の量産体制の整備 |
| 2022年 | キヤノン・DNP・キオクシアの取り組みが、環境賞で優秀賞(消費電力の削減)。10月に宇都宮で新工場棟を計画と発表 | 省電力の評価と生産体制の準備 |
| 2023年10月13日 | NIL半導体製造装置FPA-1200NZ2Cを発売。NILを使う半導体製造装置の商品化は世界で初めてと会社は説明 | 製品としての市場投入 |
| 2024年3月8日 | 経営戦略説明会で、EUVとの比較(15 nmパターンの形成時。キヤノンの試算):消費電力は0.13(EUVを1.00として−87%)、ウエハー当たりの費用は0.77(−23%) | 省電力・低コストという売り文句の根拠(会社の試算) |
| 2024年9月26日 | TIEにFPA-1200NZ2Cを出荷 | 米国の研究拠点への導入 |
| 2025年12月9日 | DNPが、線幅10 nmのパターンを持つNIL用型を開発したと発表(1.4 nm世代のロジックに相当)。顧客と評価を始め、2027年の量産開始を目指す | 型の側の微細化 |
| 2026年1月13日 | NILの技術を応用した平坦化(IAP)を世界で初めて実用化したと発表 | NILの技術の応用範囲が広がる |
| 2026年7月27日 | 6月に評価中の顧客へ追加の装置を出荷。2027年の量産適用に向け、顧客のウエハーでの生産検証の段階に移ったと説明 | 評価から量産検証へ |
7. 今後の計画
ほかに、一次資料には次の方針と計画が書かれています 未確定/将来。
- 量産に向けた課題:キヤノンの技術者インタビューによると、次の課題は、マスク(型)の寿命を延ばすことと費用を下げること、そして顧客が従来の装置と同じ程度に扱えるようにすることです。パーティクル対策と、ウエハー周辺部(部分的な露光領域)の転写の精度も課題として挙げられています
- 応用の拡大:2023年の発売時に「XR向けのメタレンズなど、数十nmの微細構造を持つ光学素子」への応用を挙げています。2024年9月の事業戦略説明会の資料は、ロジック(配線層)、DRAM、3D-NAND、光学素子(メタレンズなど)を応用先として示しています
- 型の供給:大日本印刷(DNP)は、2027年にNIL用の型の量産開始を目指し、2030年度にNILの売上40億円を目標としています(DNPの計画)
- 半導体露光装置の2026年計画:全体で227台(KrF 70台、i線157台)。NILの台数は示されていません
NILの売上・利益・出荷台数・生産能力・研究開発費/量産ラインで採用を決めた顧客の名前/「大手半導体メーカー」の社名/宇都宮の新工場棟の稼働の実績(キヤノン自身の資料で)/Molecular Imprintsの取得金額/公的資金の具体名・金額。 いずれも、参照した決算資料・ニュースリリース・技術ページ・DNPのリリースに記載がないか、本稿で原文を確認できていません。
8. この会社はナノテクノロジーで何を目指しているか
会社が「目指す」と直接書いている部分と、本稿が読み取った部分を分けます。推測は一次情報から本稿が読み取った解釈です。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| NILを低消費電力・低コストの微細加工として売る | 2023年の発売リリースは、特殊な波長の光源が不要で消費電力を大きく減らせると説明。技術ページは、1回の押印で複雑な2次元・3次元のパターンを作れ、消費電力は先端ロジックの露光の約1/10になりうると記載(比較の条件は明記なし)。経営戦略説明会は、15 nmパターンの形成時でEUVに対し消費電力−87%、ウエハー当たり費用−23%とキヤノンの試算を示す | 事実(会社の説明・試算) |
| 当面はメモリ(3D-NAND、DRAM)などの特定の工程から量産に入る | 応用先として3D-NANDのホール・デュアルダマシン、DRAMのホール/カット工程などの電子顕微鏡写真を示す(出所はキオクシア、キヤノンなど)。2024年の戦略は「大手半導体メーカーを中心に量産プロセスでの活用を促進する」 | 事実(記載)/推測(最初の量産用途の見立て) |
| NILで培った技術を、他の工程(平坦化など)へ広げる | 2026年1月にIAPを発表し、2027年の商品化を目指す。インタビューは、顧客現場の課題(ウエハー表面の凹凸による位置ずれ)を起点にIAPへ応用したと説明 | 事実 |
| 型・半導体プロセスの会社と3者で作り上げる | DNP(型)、キオクシア(半導体の製造技術)、キヤノン(装置)の連携が、環境賞の対象となった。DNPは2009年から共同開発 | 事実(連携の記載)/推測(今後も同じ形で進めるか) |
「当面のNILは、メモリなどの特定の工程から量産に入る」という読みの根拠は、2024年3月の経営戦略説明会の資料です。 応用先として、NANDやDRAMの「ホール」「カット」といった特定の工程の断面写真を、出所つき(キオクシア、キヤノン)で示し、ロジックは配線層(BEOL。テキサス大学の出所)の例にとどまります 事実。 また、会社は「3D単一パターニング(複雑な立体パターンを1回の押印で作る)」を強みに挙げています 事実。 これらから、全層を置き換えるのではなく、型で1回に作れる利点が大きい工程から使われると本稿は読みます。 ただし、どの顧客がどの工程で量産採用を決めたかは、キヤノンの資料に書かれていません 未確定/将来。
9. ナノテクノロジー分野の提携マッピング
参照した資料から確認できるキヤノンのNILに関する主な連携は、DNP(型の製造と、2009年からの共同開発)、キオクシア(半導体の製造技術の側。環境賞を3社で受賞)、Canon Nanotechnologies(米国の子会社として、位置合わせの技術などを共同開発)、TIE(装置の出荷先)です 事実。 「大手半導体メーカー」への出荷は、キヤノンの決算説明会で述べられていますが、社名は書かれていません。 NIL用の樹脂(レジスト)の供給元や、キヤノンが樹脂メーカーと結んでいる個別の契約は、参照した資料に載っていません 未確定/将来。
10. 提供している技術・製品・サービス
本稿が扱うのはナノインプリントの装置と関連技術です(キヤノンの他の露光装置・製品は対象外)。性能の数値は会社の説明であり、条件を添えます。
| 区分 | 公式資料に載っている内容 | 条件・規模・出所 |
|---|---|---|
| NIL半導体製造装置(FPA-1200NZ2C) | 回路パターンを刻んだマスクを、ウエハー上のレジストに「スタンプのように」押して転写。光学系を通らないため、細かいパターンを忠実に再現できる。複雑な2次元・3次元のパターンを1回の押印で形成でき、所有コスト(CoO)を下げる可能性がある | 会社の説明(製品ページ、2023年)。最小線幅14 nm(5 nmノード相当)。性能の条件(スループットなど)は記載なし |
| 装置の主な仕様 | 視野26×33 mm、マスク6インチ、ウエハー300 mm(12インチ)、重ね合わせ精度4 nm以下、本体(W)2,700×(D)6,600×(H)2,830 mm(2ステーション) | メーカー公称(製品ページ)。重ね合わせ精度の測定条件は記載なし |
| 位置合わせ・異物対策 | マスクとウエハーの位置ずれを、モアレパターンを使い、実時間でnmの精度で測る。下層との合わせは、レーザーでウエハーを熱変形させて補正する(DMDで加熱パターンを変える)。装置内の環境制御(高性能フィルター、エアカーテンなど)でパーティクルを抑える | 会社の説明(技術ページ)。定量的な性能値は記載なし |
| 消費電力・費用の試算 | 15 nmパターンの形成時、EUVを1.00として、NILの消費電力は0.13、ウエハー当たりの費用は0.77 | キヤノンの試算(2024年3月8日の説明会資料)。比較対象のEUV装置・工程の条件は明記なし |
| IAP(インクジェット式の適応型平坦化) | インクジェットで光硬化性の材料を、ウエハー表面の凹凸に合わせて滴下し、平らなガラス板を押し当てて平坦にする。300 mmウエハー全面を1回の押印で平坦化し、凹凸を5 nm以下に低減すると説明 | 会社の説明(2026年1月13日)。2027年の商品化を目指す(未確定/将来)。従来のスピン塗布・CMPとの比較は会社の説明 |
キヤノンの技術ページによると、NILの課題の出発点は樹脂の量と位置の制御です。マスクを押し当てたときに樹脂がはみ出さず、マスクの凹凸の大きさや数にかかわらず均一な厚みの樹脂の層ができるように、インクジェットで樹脂を滴下する量と場所を精密に決める技術を開発したと説明しています 事実。 IAPのリリースも、NILの方式は「インクジェットでレジストをウエハーに塗り、パターンを刻んだマスクをスタンプのように押し付ける」と説明し、IAPでは光で固まる材料を、表面の凹凸に合わせて滴下するとしています 事実。 次に、マスクをきれいに引き離すとき、樹脂に写った凸状の微細パターンが変形しないよう、nmレベルで制御する技術を開発したとされます 事実。 樹脂の組成(粘度、硬化の仕組み、収縮、離型のしやすさ)、型の材質、表面処理は、参照した資料には載っていません。 また、型が実際のウエハーと接触するため、型の寿命が課題です。技術者インタビューは、マスクの寿命を延ばし費用を下げることが次の目標だと述べています 事実。 型を作る側では、DNPが線幅10 nmのパターンを持つ型を開発したと発表しています(2025年12月) 事実。 なお、EUVとの比較(消費電力−87%など)は、キヤノンが15 nmのパターンで試算した値で、他方式の性能との優劣を示すものではありません。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| NILの事業規模が外部から見えにくい | 売上・出荷台数・顧客名・生産能力が開示されておらず、「量産適用が進んでいる」という説明を数字で確かめられない | 事実 |
| 量産での検証が続いている | 2026年7月時点でも、顧客のウエハーでの生産検証の段階。量産への採用は2027年を目標とする段階で、採用が決まった事実は確認できない | 未確定/将来 |
| 型(マスク)の寿命と費用 | 型が直接ウエハーに接触する方式のため、寿命の延長と費用の低減が次の課題とキヤノンの技術者が述べる。型の製造は外部(DNPなど)にも依存する | 事実(会社の説明) |
| 異物(パーティクル)と重ね合わせ | 型とウエハーの間に異物が挟まると、デバイスの不良だけでなく型のパターン自体を壊しうる、と技術ページが記載。重ね合わせ精度や、ウエハー周辺部の転写精度も課題として挙げられている | 事実(会社の説明) |
| 半導体投資に左右される | インダストリアル部門は、2026年上半期に売上が前年同期比−9.1%(ディスプレイ製造装置の減収が大きい)。半導体露光装置は、メモリ向けやAI関連の後工程向けが牽引。2026年のi線の販売は減る見込み | 事実 |
| 競合する方式の進展 | EUV露光の側でも、より高い開口数(NA)の装置が出荷されている(ASMLの公表。本シリーズの企業解説「ASML」を参照)。どちらの方式がどの用途で採用されるかは、顧客の判断による。本稿は優劣を述べない | 事実(他社の公表)/推測(今後の競合) |
| 人員・投資の負担 | 全社の研究開発費は3,393億円、設備投資は2,622億円(2025年)。2026年の全社の設備投資計画は2,700億円。NILへの配分は非公表 | 事実 |
12. 用語集
- ナノインプリント・リソグラフィ(NIL)
- 型をウエハー上の樹脂に押し付けて、ナノサイズのパターンを写す方式。本シリーズの技術解説「自己組織化とナノインプリント」を参照。
- マスク(テンプレート)
- 回路パターンを刻んだ型。キヤノンは「マスク」、DNPは「テンプレート」と呼ぶ。
- レジスト(樹脂)
- ウエハー上に塗る樹脂。NILでは型の形に成形され、光で固められる。本シリーズの技術解説「レジストとフォトマスク」を参照。
- インクジェット塗布
- 微小な液滴として樹脂を必要な場所に必要な量だけ置く方法。
- 重ね合わせ精度(オーバーレイ)
- 下の層のパターンと、今回写すパターンのずれの大きさ。
- パーティクル
- 粒子状の異物。NILでは型とウエハーの間に挟まると不良や型の破損につながる。
- nmノード
- 半導体の世代を表す呼び名。線幅そのものとは一致しない(キヤノンの注記)。
- 平坦化
- ウエハー表面の凹凸をなくす工程。IAPはインクジェットとガラス板で行う。
- 3D単一パターニング
- 複雑な立体パターンを、1回の押印で作ること(キヤノンの表現)。
- 所有コスト(CoO)
- 装置の購入・運転・保守などを合わせた、1枚あたりの総費用の考え方。

13. 出典
- Canon 決算短信「Consolidated Financial Results for the Fiscal Year Ended December 31, 2025」(2026年1月29日)。全社の売上・利益・研究開発費、インダストリアル部門の状況。 https://global.canon/en/ir/results/2025/rslt2025e.pdf
- Canon 2025年通期決算説明会資料(2026年1月29日。英語)。インダストリアル部門の売上・営業利益、半導体露光装置の台数、ナノインプリントの進捗。 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/conf2025e-note.pdf
- Canon 2026年第2四半期決算説明会資料(2026年7月27日。日本語)。インダストリアル部門の2026年の見通し、露光装置の台数、ナノインプリントの量産検証の進捗。 https://global.canon/ja/ir/conference/pdf/conf2026q2j-note.pdf
- Canon Canon Annual Report 2025。事業部門別の売上・従業員数、インダストリアルグループの戦略。 https://global.canon/en/ir/annual/canon-annual-report-2025-03.pdf
- Canon ニュースリリース「Nanoimprint lithography semiconductor manufacturing system that covers diverse applications with simple patterning mechanism」(2023年10月13日)。FPA-1200NZ2Cの発売。 https://global.canon/en/news/2023/20231013.html
- Canon 製品ページ「FPA-1200NZ2C」。特徴と仕様(視野、マスク、ウエハー、重ね合わせ精度)。 https://global.canon/en/product/indtech/semicon/fpa1200nz2c.html
- Canon ニュースリリース「Canon delivers FPA-1200NZ2C nanoimprint lithography system for semiconductor manufacturing to the Texas Institute for Electronics」(2024年9月26日)。 https://global.canon/en/news/2024/20240926.html
- Canon ニュースリリース「Canon achieves world first with novel inkjet-based wafer planarization, delivering dramatically smoother wafer surfaces」(2026年1月13日)。 https://global.canon/en/news/2026/20260113-2.html
- Canon 技術ページ「Nanoimprint Lithography」。NILの原理、位置合わせ、パーティクル対策、受賞。 https://global.canon/en/technology/canon-tech/tech/nil/
- Canon 技術者インタビュー「Optimizing Mass Production Lines in Semiconductor Manufacturing」。量産ラインへの最適化、課題。 https://global.canon/en/technology/canon-tech/interview/nanoimprint/
- Canon ニュースリリース「Canon to make Molecular Imprints a wholly owned subsidiary」(2014年2月14日)。ナノインプリント研究の経緯と買収の合意。 https://global.canon/en/news/2014/feb14e.html
- Canon ニュースリリース「Canon completes acquisition of Molecular Imprints」(2014年4月23日)。Canon Nanotechnologies, Inc.への社名変更。 https://global.canon/en/news/2014/apr23e02.html
- Canon ニュースリリース「Canon Utsunomiya Office to install new manufacturing facilities, strengthen manufacturing capacity for semiconductor lithography systems」(2022年10月6日)。 https://global.canon/en/news/2022/20221006-2.html
- Canon 2024 Corporate Strategy Conference「Industrial Group」(2024年3月8日)。ナノインプリントの応用先と、EUVとの消費電力・ウエハー当たり費用の比較(Canonの試算)。 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/housin2024ind-e.pdf
- Canon Industrial Group Business Strategy Conference(2024年9月10日)。ナノインプリントの用途と生産拠点。 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/event2024ind-e.pdf
- Dai Nippon Printing(DNP) ニュースリリース「DNP to Introduce Nanoimprint Replica Template Manufacturing Equipment and Establish Volume Production System for 10nm-Scale Semiconductors」(2017年2月23日)。ToshibaとCanonとの共同開発(2009年から)。 https://www.global.dnp/en/news/detail/2017/02/0223_20166784/
- Dai Nippon Printing(DNP) ニュースリリース「DNP Achieves 10nm Line-pattern resolution on Nanoimprint Template for Cutting-Edge Semiconductors」(2025年12月9日)。 https://www.global.dnp/en/news/detail/2025/12/1209_20177718/
- Canon 公式サイト(ロゴ画像の取得元。サイトのロゴSVGから「Canon」の図形だけを取り出して使用)。 https://global.canon/01cmn/img/common/logo.svg
- SEC(米国証券取引委員会) Canon Inc. の Form 15F(2024年3月7日提出。米国での報告義務の終了を届け出)。EDGARの提出書類。 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/16988/000119312524061282/d810759d15f12b.htm
14. 主張と出典の対応表
| 本文の主張 | 区分 | 出典 |
|---|---|---|
| キヤノン株式会社の本社は東京都大田区下丸子。東京証券取引所ほかに上場(証券コード7751)。米国会計基準。2024年3月7日にForm 15Fで米国での報告義務の終了を届け出 | 事実 | 出典1 https://global.canon/en/ir/results/2025/rslt2025e.pdf 出典19 https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/16988/000119312524061282/d810759d15f12b.htm |
| 2025年の全社:売上4兆6,247億円(2024年4兆5,098億円)、営業利益4,554億円(2024年は減損損失の影響を除いた4,449億円)、純利益3,321億円、研究開発費3,392.88億円(売上の7.3%)、設備投資2,622億円 | 事実 | 出典1 https://global.canon/en/ir/results/2025/rslt2025e.pdf 出典2 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/conf2025e-note.pdf |
| インダストリアル部門:2025年の売上3,611億円(前年比+2.7%)、営業利益625億円、光学機器2,564億円、産業機器1,047億円。2024年は売上3,517億円、営業利益689億円 | 事実 | 出典1 https://global.canon/en/ir/results/2025/rslt2025e.pdf 出典2 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/conf2025e-note.pdf |
| 従業員:インダストリアル部門7,757人。全社は各部門の合計165,547人(105,938+13,347+26,367+7,757+12,138) | 本稿の計算 | 本稿の計算。部門別の人数は出典4。 出典4 https://global.canon/en/ir/annual/canon-annual-report-2025-03.pdf |
| 半導体露光装置の販売台数:2025年234台、2026年の計画227台(KrF 70台、i線157台)。NILの台数は区分に示されていない | 事実 | 出典2 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/conf2025e-note.pdf 出典3 https://global.canon/ja/ir/conference/pdf/conf2026q2j-note.pdf |
| 2026年上半期のインダストリアル部門:売上1,452億円(前年同期比−9.1%)、営業利益174億円。2026年通期の見通し:売上3,537億円(−2.1%)、営業利益603億円(2026年7月27日時点) | 未確定/将来 | 会社の見通し(通期)。上半期は実績。 出典3 https://global.canon/ja/ir/conference/pdf/conf2026q2j-note.pdf |
| FPA-1200NZ2Cは2023年10月13日に発売。NILを使う半導体製造装置の商品化は世界初。最小線幅14 nm(5 nmノード相当)。型の改良により10 nm(2 nmノード相当)が期待される | 事実 | 会社の説明。10 nmは期待であり、実績ではない。 出典5 https://global.canon/en/news/2023/20231013.html 出典6 https://global.canon/en/product/indtech/semicon/fpa1200nz2c.html |
| 装置の仕様:視野26×33 mm、マスク6インチ、ウエハー300 mm、重ね合わせ精度4 nm以下、本体2,700×6,600×2,830 mm(2ステーション) | 事実 | メーカー公称。 出典6 https://global.canon/en/product/indtech/semicon/fpa1200nz2c.html |
| 2024年9月26日にTexas Institute for Electronics(TIE)へFPA-1200NZ2Cを出荷すると発表。TIEは2021年設立、テキサス大学オースティン校が支える半導体コンソーシアム。研究開発と試作に使う | 事実 | 出典7 https://global.canon/en/news/2024/20240926.html |
| 2026年1月:「大手半導体メーカーに出荷した装置の仕様が顧客に確認された」。2026年7月27日:6月に評価・検証中の顧客へ追加で出荷。2027年の量産適用に向け、顧客のウエハーを用いた生産検証の段階。複数の顧客が量産に向けて検証中。今後の追加出荷も予定 | 未確定/将来 | 会社の説明。量産採用の事実は確認できない。 出典2 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/conf2025e-note.pdf 出典3 https://global.canon/ja/ir/conference/pdf/conf2026q2j-note.pdf 出典4 https://global.canon/en/ir/annual/canon-annual-report-2025-03.pdf |
| IAP:インクジェットで光硬化性の材料を滴下し、平らなガラス板で押し、凹凸を5 nm以下に低減。300 mmウエハーの全面を1回で。2027年の商品化を目指す | 未確定/将来 | 会社の説明・計画。 出典8 https://global.canon/en/news/2026/20260113-2.html |
| NILの原理と課題:樹脂の量と位置の制御、マスクの引き離しでのパターンの変形、nmレベルの位置合わせ(モアレ、レーザーによる熱変形)、パーティクル対策。消費電力は先端ロジックの露光の約1/10になりうる(比較条件の記載なし) | 事実 | 会社の説明。 出典9 https://global.canon/en/technology/canon-tech/tech/nil/ |
| 量産に向けた課題:マスクの寿命の延長と費用の低減、ウエハー周辺部の転写、顧客が従来の装置と同様に扱えること | 事実 | 技術者の発言(会社の説明)。 出典10 https://global.canon/en/technology/canon-tech/interview/nanoimprint/ |
| Molecular Imprintsを2014年4月18日に完全子会社化しCanon Nanotechnologies, Inc.に社名変更。研究開始は2004年、2009年から共同開発 | 事実 | 出典11 https://global.canon/en/news/2014/feb14e.html 出典12 https://global.canon/en/news/2014/apr23e02.html |
| 宇都宮に新工場棟を建設する計画。面積は約7万平方メートル、建設費約380億円、2023年後半に着工、2025年上半期に稼働(2022年10月6日の発表。事業の範囲は半導体露光装置の研究・製造・サービス) | 未確定/将来 | 計画であり、稼働の実績はキヤノンの資料で確認できず。 出典13 https://global.canon/en/news/2022/20221006-2.html |
| 経営戦略説明会(2024年3月8日):15 nmパターンの形成時、EUV 1.00に対しNILの消費電力0.13(−87%)、ウエハー当たり費用0.77(−23%)。応用先はNAND、DRAM、ロジック、光学素子 | 事実 | キヤノンの試算(Canon est.)。 出典14 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/housin2024ind-e.pdf |
| 2024年9月10日の説明会:NILの用途と、宇都宮光学機器事業所での生産 | 事実 | 出典15 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/event2024ind-e.pdf |
| DNP:2009年から東芝・キヤノンとNILプロセスを共同開発。2017年3月から複製型の製造装置を導入 | 事実 | 出典16 https://www.global.dnp/en/news/detail/2017/02/0223_20166784/ |
| DNP:2025年12月9日に線幅10 nmのNIL用型を開発(1.4 nm世代のロジックに相当)。2027年の量産開始、2030年度にNIL売上40億円を目指す | 未確定/将来 | DNPの計画。 出典17 https://www.global.dnp/en/news/detail/2025/12/1209_20177718/ |
| キヤノン・DNP・キオクシアの取り組みが、第49回環境賞(2022年)で優秀賞 | 事実 | 出典9 https://global.canon/en/technology/canon-tech/tech/nil/ |
| NILの売上・利益・出荷台数・生産能力・研究開発費、量産採用を決めた顧客名、「大手半導体メーカー」の社名、Molecular Imprintsの取得金額、公的資金の具体名・金額 | 未確定/将来 | 参照した資料に記載なし。確認できず。本稿では推計しない(見通し)。 |
| ロゴ画像は、公式サイトのロゴSVGから「Canon」の図形だけを取り出したもの | 事実 | 出典18 https://global.canon/01cmn/img/common/logo.svg |
| 4類型の区分と企業名の例示 | 本稿の計算 | 本稿による整理。企業名は本シリーズで扱う企業から例示。 |
| 「NILは光の波長ではなく、型の精度・位置合わせ・異物の管理で成否が決まる」という整理 | 本稿の計算 | 本稿の整理。技術ページ・インタビューの課題の説明(出典9・10)からの解釈。 |
| 当面のNILは、型で1回に作れる利点の大きい工程(メモリなど)から量産に入るという読み | 推測 | 経営戦略説明会の応用先の示し方からの本稿の解釈。 出典14 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/housin2024ind-e.pdf 出典15 https://global.canon/en/ir/conference/pdf/event2024ind-e.pdf |
| EUV露光の側でも高NA装置などの開発が進んでいること、NILとの競合の見立て | 推測 | 本稿の解釈。他社の公表内容は本稿では詳述しない(ASMLの企業解説を参照)。 |
最終更新:2026年10月9日/Troy Technical
本稿の数値は、キヤノンの決算短信・決算説明会資料・Annual Report・ニュースリリース・製品/技術ページ、大日本印刷のリリースに基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。装置の性能値(最小線幅・重ね合わせ精度)はメーカー公称、EUVとの比較はキヤノンの試算で、他方式との優劣を示すものではありません。会社の見通し・計画は会社の説明であり、第三者の検証を経たものではありません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。