COMPANY PROFILE / 水素エネルギー
ジョンソン・マッセイ
― 燃料電池とPEM水電解の「触媒と膜」を、白金族金属の化学とリサイクルから作る素材会社
Johnson Matthey(以下JM)は、自動車の排ガス浄化触媒と白金族金属(PGM)の精錬・リサイクルを主力とする英国の素材・化学会社です。水素に直接関わるのは、 燃料電池と水電解装置の中心部品である触媒層付き電解質膜(CCM)や膜電極接合体(MEA)を作るHydrogen Technologies(水素技術)事業で、2026年3月期の売上は£71 million、連結の売上(金属除く)の約2.8%にとどまります。 同社は2026年3月期に水素技術事業の資産の大半を減損し、2026年7月17日には、低炭素水素のプロセス技術を含むCatalyst Technologies(触媒技術)事業をHoneywellへ売却しました。 本稿は、年次報告書・決算資料・公式プレスリリース・公式の製品ページから、何を確認でき、何を確認できなかったかを整理し、素材技術者の視点で膜・触媒・リサイクルの何が効くかを書きます。
- 30秒でわかるJMと、水素エネルギーでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 水素エネルギーの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- 水素エネルギーにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は水素エネルギーで何を目指しているか
- 水素エネルギー分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集
- 出典
- 主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるJMと、水素エネルギーでの立ち位置
(ジョンソン・マッセイ)創業から200年超と同社が説明。カタカナは本稿の便宜表記
2 Gresham Street年次報告書の連絡先住所(5th Floor, 2 Gresham Street, London EC2V 7AD)
銘柄コード JMAT米国では Level 1 のADR。市場区分は本稿では確認していない
(燃料電池・PEM水電解の部材)PEFCとPEM水電解のCCM・MEAが中心。装置・システムは作らない
CCM・MEA電解ではカソードに白金、アノードにイリジウム(同社の説明)
JMは水素エネルギーの素材供給元として語られますが、会社全体では、水素技術事業は売上の約2.8%の小さな事業です 本稿の計算。 同事業は2026年3月期第4四半期に調整後の営業利益が「損益ゼロの水準(ランレート)」に達した一方、同社は燃料電池と水電解装置の市場の見通しが下がったとして、この事業の資産の大半を減損しました (£88 million、さらに燃料電池触媒に関わるPGM Services側の資産£33 million)事実。 同社の経営陣は、2026年版の需要予測が2025年版より約55%低いと年次報告書に書いています。 一方で、JMは2025年10月に6年間の供給契約を結び、2028/29年度まで「相当の売上を確保」したと説明しています(取引先名は非公表)。 つまり、JMの水素事業は「素材の技術と製造設備は持つが、装置メーカー側の需要が立ち上がるのを待つ段階」にあり、同社自身もこの事業を市場が戻った時に備える選択肢(growth optionality)と位置づけています 未確定/将来。
2. ロゴと社名の表記について

ロゴは同社の公式サイト(matthey.com)のヘッダーで公開されているコーポレートロゴ(「JM」の字と Johnson Matthey の欧文)を、そのまま取得して設置しています。生成画像による再現は行っていません。
表記の注意:社名は Johnson Matthey Plc(略称JM)で、日本語では「ジョンソン・マッセイ」と書かれますが、カタカナ表記は本稿の便宜表記です。 水素に関わる事業は、年次報告書で Hydrogen Technologies(水素技術) と呼ばれる事業部門で、法人としては Johnson Matthey Hydrogen Technologies Limited が子会社として存在します。 2026年7月に売却を完了した Catalyst Technologies(触媒技術) は別の事業部門で、低炭素水素のプロセス技術を含んでいましたが、いまはHoneywellの事業です。 また、PGMの精錬・リサイクルを担う PGM Services も別の事業部門で、燃料電池用触媒の原料金属を供給する側です。
公式サイト:https://matthey.com/3. 水素エネルギーの世界で、この会社はどこにいるか
JMの主たる類型は材料・部品です。扱う方式・用途は、固体高分子形燃料電池(PEFC)とPEM水電解の2つで、アルカリ水電解・AEM水電解・固体酸化物形については、水素技術事業の製品として確認できませんでした。 どの材料・用途が中心かを、同社の資料で確認できた範囲で整理します。
| 材料・用途 | JMでの位置づけ | 確認できた一次情報 | 区分 |
|---|---|---|---|
| 燃料電池用のMEA・CCM(PEFC) | 水素技術事業の中心。年次報告書は事業を「燃料電池と水電解装置の、性能を決める部品(CCMとMEAを含む)」と説明。7層(GDL付)・5層(GDLなしでシール済み)・3層(CCM)から選べると製品ページが説明 | 年次報告書、製品ページ | 事実 |
| PEM水電解用のCCM | 成長を見込む領域だが規模は小さい。2026年3月期の電解装置向けの売上は「倍増したが元が小さい」と同社が説明(戦略的パートナー向けの触媒の増加)。金額は非開示 | 年次報告書、製品ページ | 事実 |
| 燃料電池用触媒の原料(PGM Services) | 別の事業部門。水素技術事業向けの拡張案件のうち、不要になったものを2026年3月期に£33 million減損 | 年次報告書(財務諸表の注記) | 事実 |
| 燃料電池・電解装置のリサイクル | スタック全体からPGMを回収して返却する既存の経路があり、PGMとイオノマーを一緒に再生するHyRefine技術を開発中。実験室規模(5リットル)の実証後、50リットルの試験運転へ進めている段階 | 公式のリサイクルのページ | 事実 |
| 水素製造の触媒・低炭素水素のプロセス技術(Catalyst Technologies) | 2025年5月22日に売却合意、2026年7月17日に売却完了(Honeywell向け、企業価値£1,325 million)。いまはJMの事業ではない | 公式発表(3件) | 事実 |
| 燃料電池システム・電解装置本体、水素の製造・輸送 | 同社の資料では確認できず。JMは部材メーカーで、装置は顧客が作る | ― | 未確定/将来 |
4. 会社の規模
JMは上場企業で、連結の財務は年次報告書で開示されています。会社全体の規模を簡潔に示し、そのうえで水素技術事業のセグメントを別に示します 事実。会計期間は2025年4月〜2026年3月(2025/26年度)で、触媒技術事業は「非継続事業」として分けて表示されています。
| 項目(連結、2026年3月期、継続事業) | 内容 |
|---|---|
| 売上(貴金属を含む) | £12,573 million(前期 £11,022 million)。貴金属の売上が大半で、価格に左右される |
| 売上(貴金属を除く) | £2,555 million(前期 £2,831 million)。クリーンエア£2,123 million、PGM Services £420 million、水素技術£71 million、内部取引の消去△£59 million |
| 営業利益 | 調整後(基礎)£340 million(前期 £299 million)、会計上 £161 million(前期 £454 million、前期は事業売却益を含む) |
| 従業員 | 月平均 10,037人(前期 10,644人)。うち水素技術 368人(前期 432人) |
| 事業の構成 | クリーンエア(自動車の排ガス浄化触媒)、PGM Services(精錬・リサイクル・PGM製品)、水素技術。触媒技術は2026年7月に売却を完了 |
| 本社・上場 | ロンドン(2 Gresham Street)。銘柄コード JMAT。米国ではADR(Level 1) |
| 水素技術事業(セグメント) | 2025年3月期 | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 売上 | £60 million(前期比 15%減) | £71 million(18%増) |
| 調整後(基礎)の営業損益 | 損失 £39 million | 損失 £19 million(上期 損失£18 million、下期 損失£1 million) |
| 会計上の営業損失 | £184 million | £108 million |
| 従業員(月平均) | 432人 | 368人 |
| 連結(金属除く)売上に占める割合 | ― | 約2.8%(本稿の計算 71 ÷ 2,555) |
| 連結従業員に占める割合 | ― | 約3.7%(本稿の計算 368 ÷ 10,037) |
2026年3月期の水素技術事業の売上増(18%)は、同社の説明では主に、燃料電池の顧客との数量コミットメントの変更によって収益として計上された分によるもので、燃料電池部品の販売数量は減っています 事実。 損益の改善(損失£39 millionから£19 million)も、2024/25年度に実施したコスト削減と、この収益計上の増加によるものと同社は説明しています。 また、売上£71 millionの内訳(燃料電池と電解装置の別)は開示されていません。電解装置向けの売上が倍増した(元が小さい)と書くだけです 未確定/将来。
5. 水素エネルギーにかけているリソース
水素技術事業の人員・投資は、年次報告書と決算資料で確認できる範囲が限られます。人・金・外部・大学の4点で、確認できたか/できなかったかを整理します。
| 項目 | 確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人(研究開発拠点・人員) | 水素技術の従業員は月平均368人(2026年3月期)、前期の432人から減少。2024/25年度の発表では、人員を30%超削減したと同社が説明。製造拠点は英国内(公式ページ)、燃料電池のMEA専用工場は英国スウィンドン。研究開発人員の内訳は非公表 | 事実/非公表 |
| 金(研究開発費・設備投資) | グループのR&D費は£140 million(触媒技術を除く、売上(金属除く)の4%)で、「クリーンエアと水素技術で減った」と書くのみ。水素技術単独のR&D費・設備投資額は非開示。2025年5月の発表では、水素技術の設備投資を年£5 million以下とする方針(会社の計画)。減損は2024/25年度に£134 million、2026年3月期に£88 million(加えてPGM Services側£33 million) | 事実/非開示(個別額) |
| 外部への出資・買収・合弁・事業売却 | 2021年7月に英国の破綻した会社Oxis Energyの資産と知的財産を取得(電解用CCM製造の拡張に活用)。2023年1月にPlug Powerと戦略的提携。2023年7月に上海市嘉定区とCCM工場の投資合意。2025年2月にBoschとCCMの共同開発・生産で合意。触媒技術事業をHoneywellへ売却(2026年7月17日完了)。スタートアップへの出資・合弁会社の設立は確認できなかった | 事実/確認できず(出資・合弁) |
| 大学・研究機関・公的資金 | グループ全体で、政府からの外部資金がR&D費から£29 million差し引かれている(2026年3月期。前期は£31 million)。水素技術事業に限った公的資金、NEDOやClean Hydrogen Partnershipなどの個別案件は確認できなかった。ノルウェーのSINTEF発のHystarとはCCM供給で覚書(2021年)、Syensqoとはイオノマーの再生で協力(HyRefine) | 事実/確認できず(個別案件) |
主要プロジェクトの状況
JMは装置メーカーではないため、製造能力に関わる計画が中心です。2023年に発表された計画のうち、現在の状況が公式資料で確認できたものはごくわずかです。
| 案件 | 場所 | 規模 | 段階 | 日付・出典 |
|---|---|---|---|---|
| Plug Powerと共同投資するCCM工場 | 米国 | 5GW(将来10GWへ拡大) | 構想(「2025年に生産開始の見込み」と発表)。2024/25年度の決算は「米国の工場の建設を中止」(£11 million減損)と記述するが、この工場かは書かれていない | 2023年1月31日の共同発表、2025年のFY決算発表 |
| 英国Roystonの新工場(ギガファクトリー) | 英国 | 3GW(既存2GWと合わせ5GW) | 構想。現在の状況は確認できなかった | 2023年1月31日の共同発表 |
| CCM工場(上海市嘉定区) | 中国 | 当初5GW、22,000㎡ | 投資合意(2025年に稼働予定と発表)。2025年2月に中国での燃料電池市場からの撤退を決定(£18 million減損)。2026年3月期の監査報告は「中国市場を短期的に取り込む方向へ集中」と記述。この工場の現状は確認できなかった | 2023年7月12日の発表、2025年・2026年の決算 |
| Oxis Energy旧施設を転用したCCM製造 | 英国(オックスフォード近郊) | 年数万枚のCCM部品(数百MW分) | 取得は完了(2021年7月)。現在の稼働は確認できなかった | 2021年7月28日の発表 |
| HyRefine(CCMのPGMとイオノマーの再生) | 英国・Brimsdown | 5リットル規模から50リットルの試験運転へ | パイロット試験の準備・実施中(時期は公式ページに記載なし) | 公式のリサイクルのページ |
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 1839年・1960年代 | 1839年にウィリアム・グローブが燃料電池を実証した際の白金を供給、1960年代のアポロ計画では電極触媒を供給したと同社が説明 | 燃料電池の素材供給の歴史(同社の説明) |
| 2021年7月 | 破綻したOxis Energy(英国)の資産と知的財産を取得し、電解用CCMの製造拡大に使うと発表 | 電解向けの製造能力の増強 |
| 2021年11月 | ノルウェーのHystar(SINTEF発のスタートアップ)とPEM電解のCCM供給で覚書 | 電解装置メーカーとの開発連携 |
| 2023年1月 | Plug Powerと長期の戦略的提携。JMが触媒・膜・CCMを供給し、米国で5GWのCCM工場を共同投資する構想(「2025年に生産開始の見込み」)。JMは既存の製造能力2GW、Roystonの新工場3GW(計5GW)を計画していた | 大規模な需要を見込んだ増強計画 |
| 2023年7月 | 上海市嘉定区とCCM工場(当初5GW、2025年稼働予定)の投資合意 | 中国での現地生産の計画 |
| 2024/25年度 | 水素技術の人員を30%超削減。£134 millionの減損(米国の工場の建設中止、中国での燃料電池市場からの撤退を含む)。「2023年後半以降、グリーン水素市場の成長が大きく鈍った」と説明。Boschを含む3件の新規提携 | 計画の縮小と顧客の分散 |
| 2025年2月6日 | BoschとCCMの共同開発・生産で合意。JMのCCMはBoschの商用車向け燃料電池パワーモジュールに使われる予定 | 自動車向け燃料電池の部材の長期協力 |
| 2025年5月22日 | 触媒技術事業のHoneywellへの売却に合意(当初の企業価値£1,800 million) | グループを排ガス触媒とPGMに集中 |
| 2025年10月 | 燃料電池・電解装置の大手メーカー(社名非公表)と新たな6年間の供給契約。アジアの定置用燃料電池メーカー(社名非公表)とも確定した取引を合意。合わせて2028/29年度までの売上を確保と同社が説明 | 数量の見通しを確保 |
| 2026年2月23日 | 売却条件を改定(企業価値を£1,325 millionに減額)し、完了期限を延長 | 市場環境の悪化を反映(同社の説明) |
| 2026年3月期 | 水素技術事業が第4四半期に調整後の営業損益ゼロの水準に到達。一方で、需要予測が前年版より約55%低いとして£88 millionを減損し、在庫も£36 million評価減 | 損益は改善したが、資産価値は大きく下方修正 |
| 2026年7月17日 | 触媒技術事業の売却が完了。約£1,000 millionを株主へ還元する計画(特別配当£800 millionと自社株買い£200 million) | 水素の「プロセス技術」側は同社の外へ |
7. 今後の計画
(ブレークイーブン)を見込む同社の見通し。2026/27年度中のキャッシュフローの黒字化も目標
相当の売上を確保2025年10月の6年契約と、アジアの定置用燃料電池メーカーとの合意の合計(金額は非開示)
欧州・中国で中期の成長法制度の確定が必要と同社が説明。燃料電池は中国以外で成長せず
年£250 million以上のフリーCFほかに新PGM精錬所を2027暦年に稼働予定。水素への新規の大型投資計画は確認できず
年次報告書は、水素技術の今後を「効率化を続け、電解装置市場の新しい機会で少しずつ事業を増やす」と書き、 「グリーン水素市場が再び動き出した時に、関係・製品・能力を備えておく」ことを目的に、必要なR&D人員を残すとしています 未確定/将来。 一方で、新たな大型の製造能力の増強計画や、水素技術に向けた新規の買収・出資の計画は、公式資料に記載がありません。
次はいずれも一次資料に記載がありません 未確定/将来。
水素技術事業単独の売上目標・数量(GW)の目標/燃料電池と電解装置の売上の内訳/6年契約の取引先名と契約金額/Royston工場と上海工場の現在の状況/白金・イリジウムの使用量(g/kW や g/MW)の公称値/水素技術事業単独のR&D費と設備投資の実績額/水素技術事業の売却や撤退の計画(同社は売却を発表していません)。
8. この会社は水素エネルギーで何を目指しているか
ここは会社が直接には述べていない部分を含みます。一次情報から読み取れる範囲の推測として、根拠とともに書きます。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| 当面の目標は、水素事業の拡大ではなく、損益とキャッシュフローの均衡である | 年次報告書:2026/27年度の営業損益ゼロとキャッシュフロー黒字化を最優先、R&Dと間接費を削減、設備投資は年£5 million以下の方針(2025年5月) | 事実(会社の方針) |
| 電解装置向けの触媒(特にアノードのイリジウム系)と、戦略的パートナーとの関係を重視している | 年次報告書:電解装置の売上は戦略的パートナー向けの触媒の増加で倍増。「重要なパートナーシップを強化」と記述。製品ページはCCMの主要材料として白金とイリジウムを説明 | 事実(会社の説明) |
| 顧客を少数の大口との長期契約に寄せ、需要変動に備えている | 6年間の供給契約(2025年10月)、Boschとの合意(2025年2月)、Plug Powerとの提携(2023年1月)。取引先名の多くは非公表 | 推測 |
| 水素技術は、グループの成長の柱ではなく、市場が戻った時に使える選択肢として維持する位置づけにある | グループは触媒技術を売却して株主還元と排ガス触媒・PGMへの集中を進める。新PGM精錬所に設備投資を集中(2026/27年度の設備投資は約£230 million)。水素技術は「growth optionality(成長の選択肢)」を維持と記述 | 推測 |
| PGMのリサイクルまで含めた閉じた循環を、水素素材の差別化の軸にしようとしている | 製品ページ:平均70%の再生PGM含有を主張。HyRefine(PGMとイオノマーの再生)を開発。年次報告書:燃料電池・電解装置のスタックのリサイクルにも拡大 | 事実(会社の説明) |
「水素技術は成長の柱というより選択肢」と読む根拠は、お金と経営の資源の配り方です。 年次報告書によれば、2026/27年度のグループの設備投資は約£230 million(従来の約£140 millionから引き上げ)で、その増加は新しいPGM精錬所の完成のためです。 水素技術には、年£5 million以下という投資方針が示されています(2025年5月)。 触媒技術の売却では約£1,000 millionを株主へ還元し、残りは債務削減に使うと同社は説明します。 一方で、水素技術には「2028/29年度まで売上を確保できる長期契約」があり、R&D人員も残すとしています。 この組み合わせから、「大きく投資はしないが、顧客との関係と技術は手放さない」という配分が読み取れます。 これは年次報告書の記述の組み合わせから本稿が読み取った解釈であり、同社が「選択肢」以外の位置づけ(たとえば将来の売却や撤退)を持っているかは、公式資料では確認できません 未確定/将来。
9. 水素エネルギー分野の提携マッピング
JMの関係の特徴は、水素事業の取引先のうち、年次報告書が社名を挙げるものが少ないことです。 2025年10月の6年契約と、アジアの定置用燃料電池メーカーとの合意は、いずれも社名が書かれていません。取引先名を伏せている理由は同社の説明がなく、本稿では推測しません。 これに対して、Plug Power、Bosch、Hystarは同社の公式リリースで提携が確認できます。ただし、Plug Powerが2025年10月の6年契約の相手であるかは、公式資料では確認できません 未確定/将来。
10. 提供している技術・製品・サービス
以下は、同社の公式の製品ページ、公式リリース、年次報告書の記述です。白金族金属の使用量、耐久時間、出力密度、膜の厚さなどの数値は、公開ページに見当たりませんので、性能値は書きません 未確定/将来。
| 製品・サービス | 同社ページの記述(会社の説明) |
|---|---|
| 燃料電池用MEA | 7層(ガス拡散層GDL付き)、5層(GDLなしのシール済みMEA)、3層(CCM)から選べると説明。「社内に触媒と膜の技術と製造を持つMEAの供給者は同社だけ」と主張。英国の複数の拠点で製造し、MEA専用工場は英国スウィンドン。自動車用の品質規格IATF 16949に適合する高速の自動化製造を整備中と説明。2024/25年度にはスウィンドン工場の歩留まりを改善したと報告 |
| セル逆転耐性(CRT)アノード | 燃料欠乏や氷点下の起動で、アノードのカーボンが劣化するのを防ぐための独自のアノード層。水素の酸化反応と酸素発生反応を使ってカーボンを守ると説明(公称。条件・数値は非開示) |
| PEM水電解用CCM | 白金(カソード)とイリジウム(アノード)の触媒を固体膜に塗布。2021年の発表では、同社のCCMは「一般的な商用PEMより薄く、抵抗が低い膜」と説明(具体的な厚さの数値なし)。膜と触媒を社内で作る唯一のCCM供給者と主張 |
| 電解用の周辺材料 | 白金めっき塩(電解装置用部材のめっき向け)などを電解装置用部材として掲載 |
| リサイクル(PGM回収・HyRefine) | スタック全体を処理してPGMを高純度に回収し、返却。製品の再生PGM含有は平均70%と主張。HyRefineは「化学的な処理で、従来のPGM精錬より炭素排出を最大80%削減」「再生金属は一次(採掘)より最大98%低い炭素排出」と説明(同社の主張で、比較条件の詳細は確認していない)。実験室で、回収したPGM触媒が新品と同等の性能を示し、Syensqoとの協力でイオノマーを高い収率で再生できる経路を示したと説明 |
| その他 | 改質ガスから水素を作る燃料プロセッサー用触媒(製品ページに掲載)。製品の詳細は本稿では確認していない |
(1) 電解では、反応の厳しさが左右でまるで違う。 PEM水電解のCCMは、酸性の固体電解質膜の片側(カソード)で水素を作り、反対側(アノード)で水から酸素を作ります。JMの説明では、触媒はカソードが白金、アノードがイリジウムです。 アノードは高い電位と酸性の水に長くさらされるため、一般に、使える触媒材料が限られ、イリジウム系が使われます(本稿の一般的な整理。JMもアノードにイリジウムを使うと説明)。 同社がアノードの触媒を最重要の部材と位置づける背景には、イリジウムが貴重な金属で、使用量が装置の費用と供給量の制約に直結するという事情があると考えられますが、JMの公式資料には使用量(g/MW)が載っておらず、定量的には確認できません 推測。詳しくは、本シリーズの技術解説『白金族金属と触媒』『PEM水電解』を参照してください。
(2) 燃料電池では、「止まる・凍る・燃料が足りなくなる」場面が劣化を決める。 同社は、燃料電池のアノードで、燃料欠乏や氷点下の起動の際にカーボン担体が劣化するのを防ぐCRTアノードを主力製品として挙げます。 自動車用の燃料電池は、起動・停止や負荷変動が頻繁です。触媒の初期活性だけでなく、こうした非定常な運転での耐久性が素材設計の焦点であることを、この製品説明は示しています(数値は非開示)。 また、白金を合金化して質量あたりの活性を高め、白金の使用量を減らす方向の開発も同社は説明しています(具体的な合金組成・性能値は非開示)。
(3) 膜とイオノマーを「社内で作る」ことの意味。 JMは膜を社内で製造し、「入手できる最良のイオノマーと補強材」を選べると説明します。膜の補強材とイオノマーの種類・供給元は、公開資料では確認できません。 電解では、膜が薄いほど抵抗は下がりますが、ガスのクロスオーバー(水素と酸素が膜を越えて混じること)や機械的な強度とのトレードオフがあります。JMが2021年に示した「薄く低抵抗の膜」は、この設計判断の一例ですが、厚さや水素透過の数値は非開示です。 CCMの触媒層の塗布と積層(ラミネート)の工程の歩留まりが、スウィンドン工場の改善項目として報告されているように、素材の性能だけでなく、薄い層を均一に塗る製造技術がコストと品質を決めることも読み取れます。
(4) リサイクルは、素材の「コスト」と「供給安定」の両方に効く。 白金族金属は、製品の価値の大半を占める高価な金属です。使用済みのスタックからPGMを回収して新しい触媒に戻せれば、新規の採掘に頼る量を減らせます。JMは平均70%の再生PGM含有を主張しています。 HyRefineが狙うのは、従来は回収されなかったイオノマーの再生も含めた閉じた循環です。実験室規模(5リットル)の実証を終え、50リットルの試験運転に進む段階で、商業規模の実績はまだない点に注意が必要です 未確定/将来。
フッ素系の膜(PFSA)の規制の動向は、本シリーズの技術解説『フッ素樹脂とPFAS』を参照してください。JMの公式資料では、膜に使うイオノマーの種類や、PFAS規制への対応は確認できません。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 市場の見通しの下方修正 | 同社の需要予測は、2026年版が2025年版より約55%低く、前年(2025年)も2024年第1四半期版より約40%低かった。米国の法制度の不透明さで「一部の顧客が市場から退出」、EUのRED III(再生可能エネルギー指令)の各国での実施が遅れている、と同社が記述 | 事実(会社の説明) |
| 資産の大半の減損 | 2024/25年度に£134 million、2026年3月期に£88 million(加えて燃料電池触媒に関わるPGM Services側の£33 million)。水素技術のCGU(資金生成単位)の固定資産は、土地£3 millionを残してゼロまで評価減。在庫も£36 million評価減 | 事実 |
| 売上の質 | 2026年3月期の売上増は数量コミットメントの変更による収益計上が主因で、燃料電池部品の販売数量は減少。電解装置の売上は倍増したが元が小さい。内訳は非開示 | 事実 |
| 顧客・市場の集中 | 取引先の多くが社名非公表で、少数の大口との長期契約に寄る。自動車用の燃料電池は「中国以外で成長せず」と同社が記述。中国の位置づけは、2025年は燃料電池市場からの撤退、2026年は「中国を短期的に取り込む」と記述が変わっており、現状は確認できない | 事実/確認できず |
| イリジウム・白金の価格と供給 | CCMの主要な触媒材料は白金とイリジウム。価格変動と供給は、製品原価と顧客の装置コストに直結する。JMの公式資料に、使用量やヘッジの方針の記載は確認できず、ここでは一般的な指摘にとどめる | 推測 |
| 競合・顧客の内製化 | 燃料電池や電解装置のメーカーが、MEA・CCMを自社で作る、または他の素材企業から調達する可能性。競合の動向は同社の資料に書かれておらず、本稿は評価しない | 推測 |
| リサイクル技術の商業化 | HyRefineは5リットルの実験室実証から50リットルの試験運転へ進む段階で、商業規模は未実証。炭素削減の数値は同社の主張 | 未確定/将来 |
| グループ全体の方針の変化 | 触媒技術の売却、新PGM精錬所への設備投資、Cormetech(排ガス触媒)の取得合意など、グループの重心は排ガス浄化とPGMにある。水素技術への資源配分は縮小しており、将来の位置づけを同社は確定的には述べていない | 事実/推測 |
| 規制・環境 | 水素の製造・利用に関わる補助や規制の枠組みの確定が遅れると、装置メーカーの投資判断が遅れ、JMの部材需要も遅れる、と同社は説明。個別の制度の内容は本稿では評価しない | 事実(会社の説明) |
12. 用語集
- 白金族金属(PGM)
- 白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムの総称。触媒として使われる高価な金属。
- 触媒層付き電解質膜(CCM)
- 電解質の膜の両面に触媒の層を塗った部品。燃料電池と水電解装置の反応が起こる中心部。
- 膜電極接合体(MEA)
- CCMにガス拡散層(GDL)などを重ねた部品。燃料電池のスタックの基本単位。
- PEM
- プロトン交換膜(固体高分子膜)。水素イオン(プロトン)を通す膜で、PEFCとPEM水電解に使われる。
- PEFC
- 固体高分子形燃料電池。水素と酸素から電気を作る。燃料電池車などに使われる。
- イオノマー
- イオンを通す高分子。膜そのものと、触媒層の中で触媒をつなぐ結着材として使われる。
- アノード/カソード
- 電解では、アノードで酸素が、カソードで水素が発生する。燃料電池ではアノードで水素が反応する。
- セル逆転耐性(CRT)
- 燃料が足りなくなって電位が逆転しても、アノードの劣化を抑える設計。JMの製品名の一部。
- 減損
- 事業や設備の将来の収益見込みが下がった時、帳簿上の価値を切り下げる会計処理。現金の支出ではない。
- 調整後(基礎)営業利益
- JMが、減損や再編費用などを除いて示す営業利益。会計上の営業損益とは別。
- キャッシュフロー黒字化
- JMの定義では、基礎の営業利益に減価償却を足し、設備投資と運転資本の増減を引いた金額がプラスになること。
- メーカー公称/会社の説明
- メーカー自身が示す説明や性能値。試験条件と版が一緒でないと、他の製品と比べられない。

13. 出典
- Johnson Matthey Annual Report and Accounts 2026「Strategic report」(2026年6月8日公開)。事業の概要、CFO報告、水素技術の実績、設備投資、R&D費、気候シナリオ。 https://matthey.com/documents/161599/7603892/JMA017_Strategic-260608.pdf
- Johnson Matthey Annual Report and Accounts 2026「Business units」。Hydrogen Technologies の事業説明と2025/26年度の実績、提携。 https://matthey.com/documents/161599/7603892/JMA017_Business%20units-260608.pdf
- Johnson Matthey Annual Report and Accounts 2026「Financial statements」。セグメント情報、従業員数、減損の注記、重要な監査事項。 https://matthey.com/documents/161599/7603892/JMA017_Financial-260608.pdf
- Johnson Matthey Annual Report and Accounts 2026「Chief Executive Officer’s statement」。触媒技術の売却と戦略の方向性。 https://matthey.com/documents/161599/7603892/JMA017_Chief%20Executive%20Officer%E2%80%99s%20statement-260608.pdf
- Johnson Matthey Annual Report and Accounts 2026「Other information」。連絡先住所、ADR。 https://matthey.com/documents/161599/7603892/JMA017_Other%20Information-260608.pdf
- Johnson Matthey Results for the year ended 31st March 2026(2026年5月28日の決算説明資料)。水素技術のランレート損益ゼロ、減損、セグメント別の売上・営業損益。 https://matthey.com/documents/d/guest/presentation-for-the-year-ended-31st-march-2026-pdf
- Johnson Matthey 2024/25通期決算発表(Announcement FY 2024-25)。水素技術の人員削減、減損、米国の工場の建設中止、中国での燃料電池市場からの撤退、設備投資の方針。 https://matthey.com/documents/161599/3786695/Announcement+FY+2024-25.pdf/b7ffed4d-df93-ed1b-efa5-df27ae99f1eb?t=1769503419751
- Johnson Matthey Agreement to sell Catalyst Technologies business(2025年5月22日の発表)。売却の条件(企業価値£1,800 million)、事業の説明。 https://matthey.com/documents/d/guest/announcement-of-the-agreement-to-sell-catalyst-technologies
- Johnson Matthey Transaction update on Catalyst Technologies sale(2026年2月23日)。条件改定(£1,325 million)、期限延長、還元額。 https://matthey.com/media/2026/transaction-update
- Johnson Matthey Johnson Matthey completes sale of Catalyst Technologies to Honeywell(2026年7月17日)。売却の完了。 https://matthey.com/media/2026/ct-honeywell-completion
- Johnson Matthey/Plug Power Plug Power and Johnson Matthey announce long-term strategic partnership(2023年1月31日)。 https://matthey.com/plug-power-and-johnson-matthey-announce-long-term-strategic-partnership
- Johnson Matthey Johnson Matthey and Bosch agree long-term collaboration on development of zero-emission hydrogen technology(2025年2月6日)。 https://matthey.com/media/2025/jm-bosch-collaboration-hydrogen-tech
- Johnson Matthey Johnson Matthey signs agreement for hydrogen investment in China(2023年7月12日)。 https://matthey.com/4043/johnson-matthey-signs-agreement-for-hydrogen-investment-in-china
- Johnson Matthey JM and Hystar partner to develop next-generation electrolyser technology to accelerate green hydrogen production(2021年11月15日)。 https://matthey.com/news/2021/hystar
- Johnson Matthey Johnson Matthey acquires assets to accelerate green hydrogen scale-up(2021年7月28日)。Oxis Energyの資産取得。 https://matthey.com/news/2021/oxis
- Johnson Matthey Fuel cell components(公式サイト)。MEA・CCMの供給、スウィンドンのMEA工場、歴史。 https://matthey.com/products-and-markets/hydrogen-solutions/fuel-cell-components
- Johnson Matthey Fuel cells technology(公式サイト)。CRTアノード、膜の社内製造、IATF 16949。 https://matthey.com/products-and-markets/hydrogen-solutions/fuel-cell-components/fuel-cells-technology
- Johnson Matthey Membrane electrode assembly(MEA)(公式サイト)。7層・5層・3層の構成。 https://matthey.com/products-and-markets/hydrogen-solutions/fuel-cell-components/fuel-cells-technology/membrane-electrode-assembly-mea
- Johnson Matthey Catalyst coated membrane(CCM)for PEM electrolysis(公式サイト)。白金とイリジウム、CCMの仕組み。 https://matthey.com/products-and-markets/hydrogen-solutions/electrolyser-components/catalyst-coated-membrane-ccm
- Johnson Matthey Electrolyser components(公式サイト)。電解用CCM、白金めっき塩、再生PGM含有。 https://matthey.com/products-and-markets/hydrogen-solutions/electrolyser-components
- Johnson Matthey Hydrogen fuel cell and electrolyser recycling(公式サイト)。PGM回収、HyRefine、Syensqoとの協力。 https://matthey.com/products-and-markets/pgms-and-circularity/pgm-refining-and-recycling/hydrogen-fuel-cell-recycling-and-refining
- Johnson Matthey 投資家向けページ(公式サイト)。銘柄コード JMAT。 https://matthey.com/investors
- Johnson Matthey 公式サイト(ロゴ画像の取得元)。 https://matthey.com/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月6日/Troy Technical
本稿の内容は、JMの年次報告書(2026年版)、通期決算資料、公式の発表、公式の製品ページに基づきます。調査会社の市場推計や報道ベースの数値は使用していません。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。製品の特長は同社の説明であり、性能値の公称値は公開されていません。会社の計画・目標は未確定で、実現を保証するものではありません。本稿は、水素の取扱い・運用、投資の判断について、読者個人に助言するものではありません。