COMPANY PROFILE / 水素エネルギー
ITMパワー
― 英国で固体高分子形(PEM)電解槽を量産する専業メーカー。標準品を増やしつつ、赤字と決算の遅れを抱える
水素エネルギーの話題でITM Powerの名前が出るのは、PEM(プロトン交換膜)方式の水電解装置に専念し、自社工場で電解スタックから作る英国の専業メーカーだからです。 ドイツのRWEがリンゲンに建てる200MWの水電解設備では、ITMのスタックが使われ、2026年8月4日に最初の水素が顧客に届いたと会社が発表しました(200MWでの商業運転へ立ち上げ中)。 一方で、売上は2025年4月期でも2,600万ポンドと小さく、調整後EBITDAは3,300万ポンドの赤字です。 さらに2026年10月5日、会社は2026年4月期の通期決算の発表を10月後半に延ばすと通知しました(監査人の交代による初年度監査が終わっていないため)。 本稿は、この会社が水素に何を投じ、案件がどの段階にあり、何がまだ確認できないかを、一次資料の範囲で整理します。
- 30秒でわかるITM Powerと、水素エネルギーでの立ち位置
- ロゴと社名の表記について
- 水素エネルギーの世界で、この会社はどこにいるか
- 会社の規模
- 水素エネルギーにかけているリソース
- これまでの取り組み
- 今後の計画
- この会社は水素エネルギーで何を目指しているか
- 水素エネルギー分野の提携マッピング
- 提供している技術・製品・サービス
- この企業が抱えるリスク
- 用語集/出典/主張と出典の対応表
1. 30秒でわかるITMパワーと、水素エネルギーでの立ち位置
Lindeが16.2%Linde UK Holdings No.2 Limited。2025年8月13日時点
(従:水素供給の自社運営)Hydropulseという建設・所有・運営(BOO)事業を2025年に開始
ITM Powerは、PEM方式に絞り、2MW・5MW・20MW・50MWの標準品を自社工場で量産することで受注を増やしてきた会社です 事実。 売上は2023年4月期の520万ポンドから、2025年4月期の2,600万ポンドまで伸びましたが、事業規模はまだ小さく、 会社自身が「工場を埋めている途中のため、固定費が吸収しきれていない」と説明するとおり、損失は続いています。 一方で、手元資金は2025年10月末でも約1億9,800万ポンドあり、2026年4月には英国政府系の投資と補助金(合わせて8,650万ポンド)も加わりました。 そして、最新の通期決算(2026年4月期)はまだ出ていません。本稿の通期の数字は2025年4月期までです 未確定/将来。
2. ロゴと社名の表記について

表記の注意:法人名は ITM Power plcで、「ITM」とも略されます。会社のスタック(電解槽の心臓部)の名称は TRIDENT、製品の名称は NEPTUNE II・NEPTUNE V・POSEIDON・ALPHA 50 などで、いずれもITMの製品ブランドです。 次世代スタックの名称は CHRONOS です。ITMとLinde Engineeringが折半出資していた合弁会社は ITM Linde Electrolysis GmbH(ドイツ・ドレスデン)で、別法人です。 ロゴ画像は同社の公式サイト(itm-power.com)のヘッダーに使われている白抜きのロゴを取得し、濃紺の背景は本稿で付けたものです。
公式サイト:https://www.itm-power.com/3. 水素エネルギーの世界で、この会社はどこにいるか
4. 会社の規模
会計年度は5月から翌年4月まで(2025年4月期=2024年5月〜2025年4月)です。2026年4月期の通期結果は未発表で、会社は2026年10月5日に「10月後半に発表する」と通知しています。 このため、表は2024年4月期・2025年4月期と、2026年4月期の上半期(2025年5月〜10月)です 事実。
| 指標(百万ポンド) | 2024年4月期 | 2025年4月期 | 2026年4月期 上半期(前年同期) |
|---|---|---|---|
| 売上 | 16.5 | 26.0 | 18.0(15.5) |
| 調整後EBITDA | △30.4 | △33.0 | △11.9(△16.8) |
| 税引前損益 | ― | ― | △14.1(△28.8) |
| 営業損失(2025年4月期は特別項目の13.0を含む) | △38.0 | △54.5 | ― |
| 現金 | 230.3 | 207.0 | 197.8(2025年10月31日) |
| 契約済みの受注残 | 79.7 | 145.1 | 152(2026年1月29日) |
調整後EBITDAは会社が使う非法定の指標です。2025年4月期の営業損失に含まれる特別項目13.0百万ポンドは、Lindeとの商業上の紛争の和解金です 事実。 上半期の粗損失(売上総利益のマイナス)は650万ポンドで、会社は「工場コストの吸収不足」が主因と説明しています。 売上の計上方法は、これまで完成基準(引き渡し・試験・試運転などの節目)で、時期の振れが大きいものでした。 会社は2026年にかけて、標準外のNEPTUNE、POSEIDON、ALPHAを進行基準(工事の進み具合に応じた計上)へ移しつつあります。
| 2026年4月期の会社見通し(2026年2月17日・4月9日更新) | 範囲 | 当初の範囲 |
|---|---|---|
| 売上 | 4,000万〜4,300万ポンド | 3,500万〜4,000万ポンド |
| 調整後EBITDA損失 | 2,700万〜2,900万ポンド(変更なし) | 同左 |
| 現金(期末) | 2億1,000万〜2億1,500万ポンド | 1億7,000万〜1億7,500万ポンド |
上の見通しは会社の予想であり、実績ではありません(通期の実績は2026年10月後半の発表待ち)。 現金の見通しの引き上げは、2026年4月に英国政府系のGreat British Energyが行う4,000万ポンドの出資(新株の引受)を織り込んだものです。 また、2026年10月5日の通知は、通期決算の発表時期が、新しい監査人(BDO)による初年度の監査が終わっていないために遅れると述べています。 監査の結果次第で数字が変わる可能性があるため、本稿の2026年4月期の数字は、すべて未確定として扱ってください。
5. 水素エネルギーにかけているリソース
ITM Powerは水素の電解槽に事業が集中しているので、ほとんどの金額は全社の数字がそのまま水素向けです。確認できたこと・できなかったことを分けます。
| リソースの種類 | 一次情報で確認できた内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 人 | 従業員は306人(2025年4月30日。前年308人、前々年359人)。年間の平均は304.6人。拠点はシェフィールド(本社・工場)と、ドイツ(ITM Power Germany、Hydropulseのベルリン事務所)。研究開発や製造に限った人数は非公表 | 事実/一部非公表 |
| 金(研究開発) | 年次報告書の取締役報告で、研究開発に関係する費用は170万ポンド(前年260万ポンド)。このほか開発費の一部は資産計上や在庫計上され、「研究開発費」とは別に扱われる。会社の研究開発の重点は、(1) 量産のための製造工程、(2) セル効率、(3) スタックの寿命と劣化の低減、(4) スケールアップ | 事実 |
| 金(設備投資) | 2026年4月期の上半期は690万ポンド(固定資産450万、開発の無形資産240万)。2026年4月期の通期は1,000万〜1,500万ポンドの見込み(年次報告書の見通し)。次世代スタックCHRONOSの年1GWの製造ラインの投資額は非公表(国の資金は下の行) | 事実/見通し |
| 買収・出資・合弁 | (1) ITM Linde Electrolysis GmbH(ドイツ。Linde Engineeringと50:50の出資。2019年10月設立)は、2024年4月期中に「既存契約は履行するが、新規の仕事は受けない」と決定(年次報告書の記載)。(2) Motive Fuels(Vitolとの合弁)は処分済み(2024年4月期に処分損を計上)。(3) 第1位株主のLindeと、2025年4月期に紛争の和解金1,300万ポンドを支払って解決。(4) 2026年4月にGreat British Energyが4,000万ポンドを出資(新株の引受) | 事実 |
| 大学・研究機関・公的資金 | DESNZ(英国エネルギー安全保障・ネットゼロ省)の補助金4,650万ポンド(2026年4月9日に交付の意向を通知、7月9日に正式に交付)。使途はシェフィールドの1GW/年のCHRONOS製造ライン(触媒塗工膜の製造、電極溶接、特殊コーティング、スタック組立、クリーンルームなど)。大学との連携は、シェフィールド大学や先端製造研究センターと、人材育成・STEM教育で協力すると年次報告書に記載(研究開発の共同研究の具体名は確認できず)。ドイツ鉄道の技術部門DB Systemtechnikとは、2026年6月24日に意向書(LOI)を結び、共同のFEED調査から始める | 事実/一部確認できず |
| スタートアップへの出資 | 資料に記載なし | 確認できず |
主要プロジェクトの状況です。段階は会社の発表の表現のままに整理しています(日付は発表日)。
| 案件 | 場所 | 規模 | 段階 | 日付 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| RWE「GET H2 Nukleus」 | ドイツ・リンゲン | 200MW(100MW×2。ITMとLinde Engineeringが共同で納入) | 1号機(100MW)はITMの担当分の納入・設置が完了。2号機は据付中。2026年8月4日に最初の水素が顧客に届いた(約120kmのパイプラインでMarlの化学パーク向け)。200MWの商業運転は立ち上げ中 | 2026年8月4日 | 出典3・4・8 |
| Shell「REFHYNE II」 | ドイツ・ヴェッセリング | 100MW | 建設中(会社の説明)。計画どおり進行と記載 | 2025年12月4日 | 出典2・4 |
| Yara | ノルウェー・ポルスグルン | 24MW | 竣工式(2025年4月期中) | 2025年8月14日 | 出典2 |
| MorGen Energy「West Wales Hydrogen」 | 英国・ミルフォード・ヘイブン | 20MW(POSEIDON)。水素約2,000トン/年 | 最終投資決定(FID)。10年の長期サービス契約を締結。試運転は2028年を目標(顧客の目標) | 2026年3月11日 | 出典10 |
| Uniper「Humber H2ub」 | 英国 | 120MW(20MW POSEIDON×6) | 電解槽の供給者に選定、FEED契約。英国のHAR2の候補。FIDは確認できず | 2025年8月14日(発表時点) | 出典2・3 |
| Stablegrid「Netzbrücke」 | ドイツ | 30MW(NEPTUNE V)と680MW | 30MW分は顧客がFIDを2026年に見込み、製造枠を確保。680MW分は2026年1月に事前FEED着手、FIDは2028年の見込み | 2025年11月21日 | 出典11 |
| RWE(NEPTUNE V) | ドイツほか | 150MW(30台) | 容量の予約(確定した注文ではない)。2027年までに順次発注の見込み | 2025年9月22日 | 出典12 |
| Protium「Cromarty」 | 英国・スコットランド | 15MW | 戦略的提携。FIDは2026年12月を目標(顧客の目標) | 2026年6月3日 | 出典14 |
このほか、会社は2025年4月期の発表で、アジア太平洋地域の300MW超の案件の供給者に選ばれた(顧客名は非公表)と述べていますが、契約の確定や詳細は確認できませんでした 未確定/将来。
PEM水電解は、一般に陽極の触媒に希少な白金族金属のイリジウムを使います 未確定/将来(一般的な説明で、ITMの製品仕様の記述ではありません)。 ITMは年次報告書で、イリジウムの使用量(担持量)を、2回にわたり各40%減らし、スタックの性能と寿命は維持したと述べています 事実。 また、会社は白金族金属(PGM)の調達方針を設けており、価格と供給の変動を事業のリスクとして管理していると説明しています。 イリジウムは産出量が少ないため、電解槽を何GW規模で作るかを左右する材料です。 ただし、減らした量の絶対値(g/kWなど)、試験の条件、寿命の数値は、確認した資料に載っていませんでした。
6. これまでの取り組み
| 時期 | できごと | 意味 |
|---|---|---|
| 2000年6月/2004年 | ITM Power創業。2004年にロンドン証券取引所のAIMに上場 | 年次報告書の沿革による |
| 2019年10月 | ITM Linde Electrolysis(ドイツ)を設立(Linde Engineeringと50:50) | 大型案件でLindeと組む入口。のち新規受注は停止 |
| 2024年5月 | 5MWのコンテナ型プラントNEPTUNE Vを発売 | 中規模案件向けの標準品 |
| 2025年4月期中 | Shell向けREFHYNE II(100MW)を契約。Yara向け24MWの竣工式。RWEの4MWパイロットを試運転 | 参照実績の積み上げ |
| 2025年6月 | 建設・所有・運営(BOO)事業Hydropulseを開始 | 装置の販売から、水素の供給へ広げる試み |
| 2025年8月14日 | 2025年4月期の結果。売上2,600万ポンド、契約済み受注残1億4,510万ポンド。工場受入試験(FAT)の一発合格率が50%未満から99%へ | 製造品質の改善を会社が強調 |
| 2025年9月22日 | RWEが150MW分(NEPTUNE V・30台)の容量予約 | 追加発注の「予約」。確定注文ではない |
| 2025年10月21日 | 50MWの完成プラントALPHA 50を発売(価格5,000万ユーロ・標準条件) | 大型案件向けの新しい標準品 |
| 2025年11月21日 | Stablegridが計710MWの2案件の供給者にITMを選定 | 系統の混雑緩和(グリッドバランシング)向け |
| 2026年1月15日/29日 | Jürgen Nowicki氏(元Linde Engineering CEO)が会長に就任。上半期の結果を発表(売上1,800万ポンド) | 会長が大株主Linde出身 |
| 2026年2月16〜17日 | 20MWの契約が正式に開始(着手通知)。通期の売上見通しを4,000万〜4,300万ポンドへ引き上げ | 進行基準の採用と案件進捗による |
| 2026年3月11日 | MorGen Energy(英国ウェールズ)の20MW案件が最終投資決定(FID)。10年の長期サービス契約 | 英国HAR1で最初にFIDに達した案件の1つ |
| 2026年4月9日 | Great British Energyが4,000万ポンドを出資。DESNZが補助金4,650万ポンドの交付意向を通知(7月9日に正式交付) | 次世代スタックCHRONOSの年1GW製造ラインの資金 |
| 2026年4月17日/6月3日/24日 | Rheinmetallと協業(Giga PtX)/Protiumと戦略提携/DB Systemtechnikと意向書 | 新しい用途・事業モデルの試み |
| 2026年8月4日 | リンゲンで最初の水素が顧客に届く | 200MWの設備が、実際に水素を送り出した最初の節目 |
| 2026年10月5日 | 2026年4月期の通期決算を10月後半に延ばすと通知(監査人BDOの初年度監査のため) | 通期の数字は確定していない |
7. 今後の計画
上の数字は会社または顧客の目標・見通しであり、実績ではありません 未確定/将来。ほかに、次の計画が公式資料にあります。
- CHRONOS:次世代スタック。開発・検証中で、発売時期は確認できず。年1GWの製造ラインはシェフィールドの既存の施設内に建設する計画(2026年7月9日)
- MorGen West Wales(20MW):試運転は2028年を目標(顧客の目標)
- 英国の補助制度:政府が2026年にHAR3、2028年からHAR4を開始する計画と、会社が上半期報告書に記載(会社が政府の計画として紹介している内容で、政府の公式文書は本稿で未確認)
- Hydropulse:複数の案件を検討中。具体的な稼働案件は確認できず
- Rheinmetall(Giga PtX):最大50MWの小規模な合成燃料プラントを欧州に数百か所つくる構想への協力。初期の協業段階で、契約や数量は確認できず
- DB Systemtechnik:鉄道向けの水素の共同FEED調査(意向書の段階)
2026年4月期の通期実績(監査済みの数字)/CHRONOSの発売時期と性能の公表値/ALPHA 50の受注/Uniper「Humber H2ub」のFID/アジア太平洋の300MW超の案件の詳細/ Hydropulseの具体的な稼働案件と資金調達/大学との共同研究の具体名/製造能力(GW/年)の会社全体の公表値(スタック組立ラインの能力が「2GW超」とされるのみ)。いずれも、確認した資料に記載がありません。
8. この会社は水素エネルギーで何を目指しているか
会社が直接書いている部分と、本稿が読み取った部分を分けます。推測は一次情報から本稿が読み取った解釈です。
| 読み取れること | 根拠となる一次情報 | 区分 |
|---|---|---|
| PEMに専念し、標準品の組み合わせで売る | 2MW(NEPTUNE II)、5MW(NEPTUNE V)、20MW(POSEIDON)、50MW(ALPHA 50)の4つの標準品。2023年にポートフォリオを絞り込んだと会社が記載 | 事実 |
| 大型案件では装置単体より「完成プラント+価格の明示」で売る方向 | ALPHA 50は水・電気だけで30barの高純度水素を出す完成プラントで、価格を5,000万ユーロと明示。会社は他社の同等品より競争力があると主張(本稿は優劣を判断しない) | 事実(会社の主張)/推測(方向) |
| スタックの自社設計・自社製造を守り、次世代で量産に進む | 主要な科学と製造工程を自社で完全に保有していると会社が説明。CHRONOSの年1GW製造ライン(触媒塗工膜、電極溶接、スタック組立)に政府資金 | 事実 |
| 装置の販売に加え、水素の供給(所有・運営)に踏み込む | Hydropulse(BOO)の開始。Protiumとの提携は装置の供給から投資までの枠組みだと、CEOが説明 | 事実/推測(どこまで資産を持つか) |
| 英国とドイツを主戦場とし、防衛・鉄道など新しい用途も試す | 案件の多くが英国HARとドイツ。Rheinmetall、DB Systemtechnikとの協業 | 事実/推測(位置づけ) |
「水素の供給に踏み込む」と読む根拠は、Hydropulseの目的の説明です。 会社は、Hydropulseを、設備投資・運営・技術のリスクを引き受けることで、プロジェクトの資金調達(バンカビリティ)の障壁を下げるものだと説明しています 事実。 つまり、顧客が最終投資決定(FID)に踏み切れない原因を、ITM自身がリスクを持つことで取り除こうとしています。 一方で、ITMの現金は約2億ポンドで、営業損失も続いているため、自社で持てる資産の規模には限りがあるはずです。 このため、本稿は「全面的な自社保有ではなく、案件ごとに外部の投資家(Protiumなど)と組む形が中心になる」と読みます 未確定/将来。会社が述べた方針ではなく、本稿の解釈です。
9. 水素エネルギー分野の提携マッピング
ITM Powerの特徴は、第1位株主のLindeが、同時に共同の納入者であり、かつ過去に紛争の和解金を支払った相手でもある点です 事実。 Lindeが指名した非常勤取締役が1名いて(年次報告書)、2026年1月から会長を務めるJürgen Nowicki氏もLinde Engineeringの元CEOです。 取締役は個々の株主の利害ではなく会社全体の利益のために行動する責任があると、年次報告書は述べています。 Lindeとの関係が今後の案件にどう影響するかは、会社の資料からは確認できません 推測。
10. 提供している技術・製品・サービス
製品の仕様は、会社の公式データシートと発表に載っているものだけを整理します。数値はメーカー公称で、条件と規模が異なる値は並べて優劣をつけません(下の表の消費電力は、システム全体の使用開始時点の値です)。
| 区分 | 公式資料に載っている内容(メーカー公称) | ひとこと |
|---|---|---|
| TRIDENT(2MWスキッド) | PEM。スタック3基、水素36kg/h、出力圧力31bar(g)、運転範囲25〜100%、周囲温度-20〜+40℃、負荷追従は上昇毎秒10%・下降毎秒50%、CE・ASME適合 | スタックの基本単位。ITMは「30bar級のスタック」と説明 |
| NEPTUNE II/V | NEPTUNE IIは自律運転の2MWプラグアンドプレイ。NEPTUNE Vは5MWのコンテナ型の完成プラント(周辺設備を含む)。複数台を接続して大きなプラントにできる | NEPTUNE Vは、発売以来引き合いが強いと会社が説明する中規模品 |
| POSEIDON(20MWモジュール) | PEM。スタック30基、水素360kg/h、出力圧力31bar(g)、運転範囲20〜100%、システム全体の交流電力消費55.9kWh/kg(使用開始時点・水の精製とスタックと周辺設備を含む)、設置面積35×15×7.5m、屋内外に設置可、CE・PED適合 | RWEのリンゲン、Uniper、MorGenの20MW案件で使う単位 |
| ALPHA 50(50MWの完成プラント) | PEM。スタック80基、水素900kg/h、出力圧力30bar(g)、運転範囲12.5〜100%、交流電力消費55.9kWh/kg(同条件)、水素純度は水分・酸素とも5ppm未満(EN 17124・ISO 14687を参照)、設置面積74×35m、屋外設置、価格5,000万ユーロ(標準条件) | 2025年10月に発売。受注は確認できず |
| 次世代スタック CHRONOS | 開発・検証中。会社は、効率の向上とコストの低下を狙うと説明。年1GWの製造ラインを計画 | 性能の公表値は確認できず |
| サービス・水素供給 | 長期サービス契約(MorGenは10年)。Hydropulse(建設・所有・運営)。コンテナ型のNEPTUNEを使った分散型の水素プラント | 収益の中心はまだ装置の販売 |
PEM電解のスタックは、一般に電解質膜、触媒層(陽極にイリジウム、陰極に白金など)、多孔質の輸送層、バイポーラ板、シールで構成されます 未確定/将来(一般的な説明で、ITMの設計の記述ではありません)。 ITMの公式資料から読み取れる素材・工程の手がかりは、(1) CHRONOS製造ラインの投資内容として触媒塗工膜(CCM)の製造、電極の溶接、特殊コーティング、スタック組立、クリーンルームが挙げられていること、 (2) イリジウムの担持量の削減を継続していること、(3) スタックの出力圧力が31bar(g)であること、の3点です 事実。 膜が薄いほど電気抵抗は下がる一方、圧力のかかった運転では水素の透過と機械強度のバランスが問題になります 未確定/将来(一般的な説明)。
なお、データシートの消費電力(55.9kWh/kg)は使用開始時点の値で、運転時間とともに劣化して増える点に注意が必要です。 ITMの資料では、劣化率や寿命の公表値は確認できませんでした。本シリーズの技術解説「PEM水電解」「白金族金属と触媒」も参照してください。
11. この企業が抱えるリスク
| リスク | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 赤字と固定費の吸収 | 2025年4月期の調整後EBITDAは△3,300万ポンド、2026年4月期の上半期も△1,190万ポンド。会社は、工場を埋めきれていないため固定費が吸収できていないと説明(上半期の粗損失650万ポンド) | 事実 |
| 採算が悪い旧契約 | 受注残のうち71%が採算の取れる契約(2026年1月)。残りの旧契約は利益に貢献しないが、引当済みで、今後18か月ほどで売上に計上される見込み | 事実 |
| 決算の遅れ・監査人の交代 | 2026年4月期の通期結果の発表が10月後半へ延期。新しい監査人(BDO)の初年度の監査が終わっていない。年次報告書は株主総会(2026年10月30日)に間に合わない | 事実 |
| 顧客のFIDの遅れ | 会社自身が、市場全体のFIDが当初の見込みより遅れていると述べる。多くの案件が英国やドイツなどの補助制度に依存する | 事実/推測(補助制度への依存度) |
| 確定していない受注 | RWEの150MWは容量の予約、Stablegridの680MWは事前FEED、アジア太平洋の300MW超は詳細非公表。FIDは顧客次第 | 事実 |
| 大株主Lindeとの関係 | Lindeが16.2%を保有し取締役を1名指名。過去に商業上の紛争の和解金1,300万ポンドを支払った。共同の納入者でもある | 事実 |
| 新製品の実績 | CHRONOSは未発売、ALPHA 50は発売直後で受注を確認できず。データシートの値はメーカー公称で、第三者の検証は資料から確認できない | 事実/未確定/将来 |
| 貴金属の価格と供給 | 会社が白金族金属の調達方針を設け、価格と供給の変動をリスクとして管理。イリジウムの使用量を減らす開発を継続 | 事実 |
| 政策の変化 | 会社は米国で、クリーンエネルギー支援策の縮小が課題になると述べ、米国では資産を持たない方針を継続(年次報告書) | 事実 |
| 自社運営(Hydropulse)の資本負担 | 水素の供給を所有・運営する形は、資金を必要とする。外部の投資家と組む場合の条件は確認できない | 推測 |
本稿は企業の概要を整理したもので、水素の取扱い・運用についての助言ではありません。水素の取扱いは、各国の法令・規格・事業者の安全基準に従います。
12. 用語集
- PEM(プロトン交換膜)電解
- 固体高分子の膜を電解質に使う水電解。負荷変動への追従が速いとされる。本シリーズの技術解説「PEM水電解」を参照。
- AIM
- ロンドン証券取引所の新興企業向け市場。
- 調整後EBITDA
- 会社が定義する非法定の利益指標。特別項目などを除く。ITMは損失(マイナス)で示している。
- 完成基準/進行基準
- 売上を、引き渡しなどの節目で一度に計上する方法/工事の進み具合に応じて少しずつ計上する方法。
- HAR(Hydrogen Allocation Round)
- 英国政府が水素製造の案件を選んで支援する公募制度(会社の説明)。HAR1、HAR2のように回を重ねる。
- FID/FEED/LOI/NtP
- 最終投資決定/基本設計/意向書/着手通知(契約の開始を正式に許可する通知)。
- BOO(建設・所有・運営)
- 設備を自社で建て、持ち、運営して、水素や電力を売る事業の形。ITMではHydropulseが担う。
- CCM(触媒塗工膜)
- 電解質膜の両面に触媒層を塗った部材。PEM電解の心臓部。
- PGM(白金族金属)
- 白金、イリジウムなど。PEM電解の触媒に使われる希少な金属。

13. 出典
- ITM Power Annual Report 2025(2025年4月期)。沿革、株主、従業員数、財務、Lindeとの紛争の和解、合弁会社、研究開発の方針、製品の定義、見通し。 https://itm-power-assets.s3.eu-west-2.amazonaws.com/ITM_Power_plc_Annual_Report_2025_Interactive_pdf_2ecea7ebba.pdf
- ITM Power Preliminary Results(2025年8月14日・規制ニュース)。2025年4月期の結果、2026年4月期の当初見通し、事業のハイライト。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/preliminary-results/9051857
- ITM Power Half-year Financial Report(2026年1月29日・規制ニュース)。2026年4月期の上半期の結果、受注残、売上計上方法の変更、案件の進捗。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/half-year-financial-report/9392466
- ITM Power Trading Update(2025年12月4日・規制ニュース)。上半期の速報、リンゲンの進捗。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/trading-update/9274545
- ITM Power FY26 revenue guidance raised(2026年2月17日・規制ニュース)。売上見通しの引き上げ。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/fy26-revenue-guidance-raised-/9433435
- ITM Power GB Energy 40m investment and DESNZ 46.5m grant(2026年4月9日・規制ニュース)。政府系の出資と補助金、CHRONOSの年1GW製造ライン、現金見通し。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/gb-energy-40m-investment-and-desnz-46-5m-grant/9511375
- ITM Power Award of £46.5m DESNZ Grant(2026年7月9日・規制ニュース)。補助金の正式な交付と使途。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/award-of-46-5m-desnz-grant/9659736
- ITM Power First hydrogen from Lingen reaches customer(2026年8月4日・規制ニュース)。リンゲンの最初の水素。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/first-hydrogen-from-lingen-reaches-customer/9702460
- ITM Power Notice of AGM(2026年10月5日・規制ニュース)。株主総会の日程、2026年4月期の結果の発表延期、監査人の交代。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/notice-of-agm/9805355
- ITM Power MorGen Energy 20 MW Project FID and LTSA Signed(2026年3月11日・規制ニュース)。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/morgen-energy-20-mw-project-fid-and-ltsa-signed-/9467989
- ITM Power Selected for 710 MW of energy infrastructure projects in Germany(2025年11月21日・規制ニュース)。Stablegridの2案件。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/selected-for-710-mw-of-projects-in-germany/9248270
- ITM Power Capacity reservation with RWE for 150MW of NEPTUNE V units(2025年9月22日・規制ニュース)。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/150mw-neptune-v-capacity-reservation-with-rwe/9121534
- ITM Power Launch of ALPHA 50(2025年10月21日・規制ニュース)。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/launch-of-alpha-50/9183001
- ITM Power Strategic partnership with Protium(2026年6月3日・規制ニュース)。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/strategic-partnership-with-protium/9598427
- ITM Power ITM and DB Systemtechnik GmbH LOI(2026年6月24日・規制ニュース)。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/itm-and-db-systemtechnik-gmbh-loi/9633211
- ITM Power Strategic collaboration with Rheinmetall(2026年4月17日・規制ニュース)。 https://www.investegate.co.uk/announcement/rns/itm-power--itm/strategic-collaboration-with-rheinmetall/9524975
- ITM Power POSEIDON data sheet(製品データシート)。20MWモジュールの仕様。 https://itm-power-assets.s3.eu-west-2.amazonaws.com/POSEIDON_DATA_SHEET_2_7_2e1f89da3f.pdf
- ITM Power TRIDENT data sheet(製品データシート)。2MWスキッドの仕様。 https://itm-power-assets.s3.eu-west-2.amazonaws.com/TRIDENT_DATA_SHEET_2_1_A_3a03bb3ce7.pdf
- ITM Power ALPHA 50 spec sheet(製品データシート)。50MW完成プラントの仕様と価格。 https://itm-power-assets.s3.eu-west-2.amazonaws.com/14299_ITM_Alpha_Spec_Sheet_1_7_5db44f3d20.pdf
- ITM Power 公式サイト(ロゴ画像の取得元、製品ページ)。 https://www.itm-power.com/
14. 主張と出典の対応表
最終更新:2026年10月6日/Troy Technical
本稿の数値は、ITM Powerの年次報告書、規制ニュース(RNS)、公式データシートに基づきます。調査会社の推計値・報道ベースの数値は使用していません。製品の数値はメーカー公称です。「推測」と記した箇所は、一次情報から本稿が読み取った解釈であり、会社の公表内容ではありません。