TECHNOLOGY EXPLAINER
電池材料の資源と調達
― 「埋まっている量」より、「だれが掘り、だれが精製し、何が止まりうるか」
電池の材料は、地殻に十分に存在していても、少数の国が掘り、さらに少数の国が精製するために、供給が政策や事故で止まりうる、という形のリスクを持ちます。 この記事では、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、黒鉛、リン、銅の産地を米国地質調査所(USGS)の統計で、精製・加工の集中度を国際エネルギー機関(IEA)の報告で確認し、輸出管理を公布・施行・停止の段階に分けて整理します。価格や価格の予測は扱いません。

- 資源リスクとは何か(3行でつかむ)
- 材料ごとの産地 ― USGS の統計から
- 本稿の計算:上位3か国の割合と、埋蔵量の「年数」
- 精製・加工の集中度 ― 掘る国と精製する国は違う
- 輸出管理と輸出制限 ― 公布・施行・停止の段階
- 材料の選択と資源リスク ― LFP とナトリウムイオンの動機
- 材料ごとの注意点 ― 黒鉛、リン、銅
- 限界と、確認できなかったこと
- 評価・標準の読み方
- 用語集
- 参考資料(一次情報)
- 主張と出典の対応表(監査)
事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=シナリオ、計画、停止中の措置など、実績や効力が確認できていない事項
このほか、材料設計上の読み取りは「解説」として区別しています。推測は太字で示します。法令・措置は、公布(発表)/施行(効力の開始)/停止を区別して書きます。
資源・価格・供給網の数値は、公的機関(USGS、IEA、政府)の統計と報告にもとづきます。調査会社の市場推計、価格の予測、報道だけの数字は使いません。 統計は推定値や概数を含み、改訂されます。特定の国や企業の評価はしません。輸出管理は、各国の政策判断で、政治的な評価はしません。
1. 資源リスクとは何か(3行でつかむ)
- 量より、集中:多くの電池材料で、世界の埋蔵量は生産量の数十年〜数百年分あります(第3章の計算)。問題は、掘る国、精製する国が少数に集中していて、政策や事故で、供給が一度に止まりうることです事実/本稿の計算[参考資料2〜9]
- 掘る国と精製する国は違う:IEA によれば、精製の最大供給国の平均シェアは2025年に70%(2020年は68%)で、ニッケルはインドネシア、他の主要な材料は中国が最大です事実[参考資料9・10]
- 輸出管理が現実になった:IEA は、2025年に集中のリスクが「現実の経済的な打撃として具体化した」としています。輸出管理は、公布されても施行や停止の段階が変わるので、どの段階かを区別して読む必要があります事実[参考資料9・14・15]
「資源が枯渇するか」より、「どの段階が、どの国に集中し、何が止まりうるか」が、電池材料のリスクの形です。 材料の選択(LFP やナトリウムイオンなど)は、その集中を避ける動機の一つです。ただし、選んだ化学系ごとに、別の材料への依存が残ります(本記事による解説)。
2. 材料ごとの産地 ― USGS の統計から
米国地質調査所(USGS)の Mineral Commodity Summaries 2026(2026年2月)から、2025年(推定)の鉱山生産と埋蔵量を抜き出します事実[参考資料1〜8]。単位は材料ごとに異なります。
| 材料(電池での主な位置づけ) | 世界の鉱山生産 2025e | 生産の上位国(生産量) | 世界の埋蔵量 | 埋蔵量の上位国 |
|---|---|---|---|---|
| リチウム(正極・電解質。単位:Li 含有量 t) | 290,000(米国を除く) | オーストラリア 92,000/中国 62,000/チリ 56,000/ジンバブエ 28,000/アルゼンチン 23,000 | 37,000,000 | チリ 9.2 Mt/オーストラリア 8.4 Mt/中国 4.6 Mt/アルゼンチン・米国 各 4.4 Mt |
| ニッケル(高ニッケル系の正極。単位:Ni 含有量 t) | 3,900,000 | インドネシア 2,600,000/フィリピン 270,000/ロシア 200,000/カナダ 140,000/ニューカレドニア 140,000 | >140,000,000 | インドネシア 62 Mt/オーストラリア 25 Mt/ブラジル 16 Mt |
| コバルト(NMC・NCA の正極。単位:Co 含有量 t) | 310,000 | コンゴ民主共和国 230,000/インドネシア 44,000/ロシア 7,700 | 12,000,000 | コンゴ民主共和国 6.0 Mt/オーストラリア 1.7 Mt/インドネシア 0.76 Mt |
| マンガン(NMC などの正極。単位:千 t、マンガン含有量) | 20,000 | 南アフリカ 7,600/ガボン 5,000/ガーナ 2,000/オーストラリア 1,600 | 1,800,000 | オーストラリア 580,000/南アフリカ 550,000/ブラジル 300,000/中国 260,000 |
| 天然黒鉛(負極。単位:t) | 1,800,000 | 中国 1,400,000/マダガスカル 80,000/タンザニア 75,000/ブラジル 65,000/モザンビーク 60,000 | 310,000,000 | 中国 100 Mt/ブラジル 74 Mt/マダガスカル 27 Mt/モザンビーク 25 Mt |
| リン鉱石(LFP のリンの原料。単位:千 t) | 250,000 | 中国 110,000/モロッコ 36,000/米国 20,000/ロシア 14,000/ヨルダン 12,000 | 73,000,000 | モロッコ 50,000,000/中国 3,400,000 |
| 銅(集電体・配線。単位:千 t、Cu 含有量) | 23,000 | チリ 5,300/コンゴ民主共和国 3,200/ペルー 2,700/中国 1,800 | 980,000 | チリ 180,000/オーストラリア 100,000 |
すべて事実(USGS[参考資料2〜8]の表。ニッケルとコバルトなどの小数は丸められている)。埋蔵量は、その時点で経済的に採掘できると判断された量で、資源量(もっと大きい)ではなく、探査や価格で変わります。リチウムの世界計は米国を除く(米国の生産は非公表)。「電池での位置づけ」の列は本記事の整理です。
LFP のリンは、リン鉱石(リン酸塩岩)に由来します。USGS は、リン鉱石を2025年の米国の重要鉱物のリストに追加したと記しています(2025年11月7日の連邦官報)。リン鉱石の用途の大部分は肥料で、米国の産出の95%超が湿式のリン酸などの製造に使われます事実[参考資料7]。 電池向けは、精製したリン酸の品位が要るため、IEA は電池材料の価格の整理の中に「精製リン酸」を含めています[参考資料9]。 つまり LFP は、コバルトとニッケルの依存を避ける代わりに、リン鉱石→リン酸→電池用の精製リン酸という、肥料と競合する別の調達の鎖を使うことになります(本記事による解説)。
3. 本稿の計算:上位3か国の割合と、埋蔵量の「年数」
第2章の表から、2つの指標を計算します本稿の計算。
- 上位3か国の割合:上位3か国の生産量の合計 ÷ 世界計。コバルト(コンゴ民主共和国 74.2%+インドネシア 14.2%+ロシア 2.5%)= 約91%。ニッケル(インドネシア 66.7%+フィリピン 6.9%+ロシア 5.1%)= 約79%。天然黒鉛(中国 77.8%+マダガスカル 4.4%+タンザニア 4.2%)= 約86%。マンガン(南アフリカ 38.0%+ガボン 25.0%+ガーナ 10.0%)= 約73%。リチウム(オーストラリア 31.7%+中国 21.4%+チリ 19.3%)= 約72%。リン鉱石(中国 44.0%+モロッコ 14.4%+米国 8.0%)= 約66%。銅(チリ 23.0%+コンゴ民主共和国 13.9%+ペルー 11.7%)= 約49%
- 埋蔵量 ÷ 2025年の生産量:リチウム 37,000,000 ÷ 290,000 = 約128、ニッケル 140,000,000 ÷ 3,900,000 = 約36(下限)、コバルト 12,000,000 ÷ 310,000 = 約39、マンガン 1,800,000 ÷ 20,000 = 90、天然黒鉛 310,000,000 ÷ 1,800,000 = 約172、リン鉱石 73,000,000 ÷ 250,000 = 292、銅 980,000 ÷ 23,000 = 約43
前提と限界:割合は、USGS の2025年(推定)の表の値で割った値で、USGS の本文の説明と数%異なる場合があります(たとえば天然黒鉛では、本文は「2025年に中国が約82%」としますが、表の2025年の値からは約78%、2024年の値からは約82%になります。本文と表の食い違いなので、どちらが正しいかは断定しません)。 「年数」は、枯渇までの年数の予測ではありません。埋蔵量は探査や価格、技術で増減し、需要も変わるためです。計算が示すのは、「量が足りないというより、産地と精製の集中が問題」という構図だけです。
4. 精製・加工の集中度 ― 掘る国と精製する国は違う
鉱山の生産国と、電池に使う純度に精製する国は、一致しません。IEA の Global Critical Minerals Outlook 2026(2026年)は、次のように整理しています事実[参考資料9・10・11]。
- 精製の集中は上昇した:エネルギー関連の鉱物で、精製の最大供給国の平均シェアは2025年に70%(2020年は68%)。レアアースを除くと72%(2023年は70%)
- 最大供給国は、ニッケルがインドネシア、他の主要な鉱物は中国:この2国が、2023年から2025年の精製供給の増加分の4分の3超を占めた
- ほぼすべての増加が一つの国から:マンガン、ニッケル、黒鉛では、供給増加のほぼすべてが最大供給国から来た
- 黒鉛、マンガンなどは90%超:ガリウム、黒鉛、マンガン、レアアースで、精製の最大供給国である中国が世界の供給の90%超を占める
コバルトについて、USGS は、コンゴ民主共和国が鉱山生産の約73%を占め、中国が精製コバルトの最大の生産国かつ最大の消費国で、その消費は主にリチウムイオン電池産業向けだと記しています[参考資料3]。黒鉛では、米国の負極材料(天然・人造)の輸入は、2025年に中国が55%、インドネシア31%、韓国14%でした[参考資料5]。
鉱山の産出量が足りていても、電池グレードへの精製・加工(炭酸リチウム・水酸化リチウムへの変換、前駆体の合成、黒鉛の球形化・高純度化・被覆など)が足りないと、電池には使えません。IEA は、リチウムの採掘が最大供給国以外で伸びても、正極材料の製造能力が追いつかない場合があると指摘しています(2035年の見通し)未確定/将来[参考資料11]。 素材メーカーにとっては、前駆体・負極材などの中間材料の工程(粉体の合成、焼成、被覆)の能力と、その装置・技術の入手が、実は資源リスクの核心になります(本記事による解説)。次章で見る中国の輸出管理が、鉱石ではなく、正極材料、前駆体、負極材料、製造装置、技術に及んだのは、この点と重なります。
IEA は、基準ケースで、コバルトの2035年の供給不足の見通しが「15%超」から「25%超」に広がるとしています(コンゴ民主共和国の輸出割当の導入による)。銅の2035年の不足の見通しは、約30%から25%に狭まった、とも述べています未確定/将来[参考資料11]。 これは、特定のシナリオにもとづく見通しで、実績ではありません。ここでは、政策の変更が供給の見通しを急に変えうる、という点だけを使います。
5. 輸出管理と輸出制限 ― 公布・施行・停止の段階
輸出管理は、公布(発表)されても、施行日、停止、期限が変わります。確認できた主な措置を、段階を区別して整理します。
| 措置 | 内容(公式資料) | 段階(確認日 2026年10月10日) |
|---|---|---|
| 中国:黒鉛の輸出管理 | 2006年から黒鉛製品に暫定的な輸出管理を実施。2023年12月1日から、高純度・高強度・高密度の人造黒鉛材料と製品、鱗片状天然黒鉛と製品を、許可がなければ輸出できないこととした。商務部は、一部の低感度の黒鉛物項の管理を外した調整だとし、特定の国を対象としないと述べた[16・17] | 施行済み(2023年12月1日から)。確認日時点で、本稿は停止や廃止を確認していない |
| 中国:技術の輸出制限カタログの改訂 | 2025年7月15日に商務部が発表(新華社の報道)。電池の正極材料の製造技術(リン酸鉄リチウムなど)を制限リストに追加し、スポジュメン由来の炭酸リチウムの製造技術などを管理対象に変更した[18] | 改訂は発表済み。施行日の詳細は本稿では確認できなかった |
| 中国:公告2025年第58号 (リチウム電池と人造黒鉛負極材料関連) | 2025年10月9日公布。対象は、重量エネルギー密度300 Wh/kg以上の充放電リチウムイオン電池(セルと組電池)、その製造設備(巻回機、積層機、注液機、化成・分容など)と技術、LFP正極材料(圧縮密度2.5 g/cm³以上かつ156 mAh/g以上)、三元正極の前駆体(ニッケルコバルトマンガン水酸化物、ニッケルコバルトアルミニウム水酸化物)、リチウムリッチのマンガン系正極材料とその製造設備、人造黒鉛負極材料と、人造・天然の混合負極材料、その製造設備(造粒、黒鉛化、被覆)と技術。許可制で、2025年11月8日の施行が予定された[14] | 公布済み。施行は停止中(次の行) |
| 中国:公告2025年第70号 (停止の決定) | 2025年11月7日、公告第55・56・57・58号などの実施を、即日から2026年11月10日まで停止すると決定した。時効状態は「現行有効」[15] | 停止中。停止の期限は2026年11月10日。期限後に再開されるか、延長されるかは確認できなかった未確定/将来 |
| コンゴ民主共和国:コバルトの輸出 | USGS によれば、2025年2月に輸出を一時禁止し、10月に輸出割当に置き換えた。2025年の残りは18,125 t(コバルト含有量)、2026年と2027年は年96,600 t まで(国の戦略備蓄の9,600 t を含む)[3] | 割当制が実施中(USGS の記述)。割当の運用の詳細は確認できなかった |
| ジンバブエ(リチウム)、モザンビーク(黒鉛) | IEA は、他国も新たな制限を導入した例として、ジンバブエのリチウム、モザンビークの黒鉛の貿易制限を挙げる[9] | 措置の内容と段階は、本稿では確認できなかった |
| 米国:中国産の黒鉛負極材料 | USGS によれば、2025年に商務省が予備的な結果として、反ダンピング関税93.50%、相殺関税11.58%〜721.03%(企業により異なる)を設定した[5] | 予備的な措置(最終決定は本稿では確認できなかった) |
すべて事実(各行の参考資料)。日付は公表資料の記載に従う。確認日は2026年10月10日です。
公告第58号は、報道で「中国が電池材料の輸出管理を導入」と伝えられましたが、公式資料によれば、公布の翌月に、施行の前日に停止されています。「導入された」「施行された」「停止中」は別の段階で、確認日時点では「公布済み・停止中」です。停止の期限は2026年11月10日で、期限後の扱いは確認できていません。 この記事の数値や日付は、確認日以降に変わりうるため、実際の判断では、各国政府の最新の公告を確認してください。

6. 材料の選択と資源リスク ― LFP とナトリウムイオンの動機
材料の選択は、性能とコストだけでなく、資源の集中を避ける動機にも動かされます。公的機関の資料で確認できる範囲を整理します事実。
LFP:コバルトを使わない選択が、主流になった
- IEA の Global EV Outlook 2026 によれば、2025年に世界で搭載された電気自動車用電池の55%超が LFP(2024年は約50%)。定置用の蓄電では、世界の設置の90%超が LFPです[参考資料12]
- ニッケルを多く使う化学系は、コバルトの使用量が比較的少なく、LFP はコバルトを含まない[参考資料12]。USGS は、リチウムイオン電池のコバルト含有量は減らされつつあり、鉄とリンを使うコバルトフリーの代替が中国で大きな市場シェアを持つ、と記しています[参考資料3]
- IEA は、LFP の普及で2040年までのコバルト需要が従来の見通しより緩やかになったとします(需要のシナリオ)[参考資料11]未確定/将来
ナトリウムイオン:リチウム価格への備えと、低温性能
- IEA によれば、ナトリウムイオン電池への投資は、寒冷地での性能の向上とリチウム価格の変動への曝露の低減が主な動機です。最新世代は、-40 ℃ でも公称容量の約90%を保てるとされます[参考資料13]
- 制約:最新のセルは最大で約175 Wh/kg、LFP は最大で約205 Wh/kg、NMC は最大で約255 Wh/kg(IEA の記述。セルレベルの上限の目安で、条件の異なる値の比較)[参考資料13]
- 規模:2025年の世界の生産は、リチウムイオンの1%未満。IEA は、現在のリチウム価格の水準では、寒冷地などを除き、ナトリウムイオンが LFP のコストを下回るには至らない、としています[参考資料13]
LFP は、コバルトとニッケルへの依存を外し、代わりにリチウムとリン(精製リン酸)、鉄を使います。ナトリウムイオンはリチウムへの依存を外しますが、エネルギー密度の制約と、規模の小ささがあります。どの化学系も、負極材料や集電体の銅など、別の材料への依存は残ります(本記事による解説)。
設計者にとっては、「どの材料をなくすか」より「どの材料への依存を、どの程度まで許すか」が問いになります。材料メーカーにとっては、顧客がどの化学系を選ぶかで、需要が大きく変わる点が、資源リスクの裏返しです。LFP の正極、ナトリウムイオンの材料は、本シリーズ「正極材料」編、「ナトリウムイオン電池」編、「ハードカーボン負極」編で扱います。
7. 材料ごとの注意点 ― 黒鉛、リン、銅
黒鉛:産地と加工の集中が、いちばん大きい
天然黒鉛の鉱山生産は、中国が圧倒的で(上位3か国で約86%、第3章)、IEA によれば、精製(電池グレードへの加工)でも中国が90%超です[参考資料5・11]。USGS は、人造黒鉛や二次的な人造黒鉛も、電池用途で天然黒鉛と競合する代替だと記しています[参考資料5]。 IEA は、バッテリーグレードの黒鉛の貿易が完全に途絶えた場合、中国国外の川下の生産で年間3,000億ドル超が危険にさらされると試算しています(シナリオの試算)未確定/将来[参考資料9]。黒鉛負極の設計と、天然・人造の使い分けは、本シリーズ「黒鉛負極と電極設計」編で扱います。
リン:電池と肥料が同じ鎖を共有する
リン鉱石は、中国が生産の約44%、モロッコが埋蔵量の約69%を占めます(第2・3章)。電池向けの精製リン酸は、肥料と同じ鎖から分かれて作られます。IEA は、硫黄の供給の混乱が、硫酸の価格を押し上げ、銅、ニッケル、コバルト、リチウムなどの湿式精錬のコストを上げたこと、中国が2026年5月に硫酸の輸出を抑えたことを記しています[参考資料9]。電池材料の精製が、硫酸という「基礎化学品」に依存している点は、資源の統計に出にくいリスクです。
銅:電池の外の需要が主役
銅は、集電体や配線で電池に使われますが、IEA の整理では、送電網などの電力インフラの需要が主役で、銅の2035年の供給不足の見通し(基準ケース)は約25%です[参考資料9・11]未確定/将来。精製は、USGS の表で、中国が世界の精製銅の約48%(14,000千 t ÷ 29,000千 t、本稿の計算)を占めます[参考資料8]。
EU の電池規則が、再生材料の最小割合(コバルト、リチウム、ニッケル)を求めるのは、この集中を薄める狙いと読めます(本記事による解説)。再生材料の規制は、本シリーズ「電池規則とバッテリーパスポート」編、回収の技術は「電池リサイクルと二次利用」編で扱います。
8. 限界と、確認できなかったこと
(1) 統計の性質
USGS の2025年の値は推定で、各国の報告や企業の公表にもとづき、改訂されます。リチウムの世界計は米国を除き、国ごとの生産は一部が推定です。マンガンは、表では「マンガン含有量」、ページ冒頭の単位の説明は「総重量」と、表記が分かれています。本稿は表の見出し(含有量)に従いました。
(2) 精製の国別の数字
IEA の精製の国別の割合の細かい値(材料ごと)は、本稿が取得した本文では確認できず(図に収められている)、最大供給国の平均シェアと、90%超という記述のみを使いました。
(3) 輸出管理
公告第58号の停止の期限(2026年11月10日)後の扱い、技術カタログ改訂の施行日、ジンバブエ・モザンビークの措置の内容、米国の反ダンピング関税の最終決定は、確認できませんでした。
(4) 価格と見通し
価格は扱わず、IEA のシナリオ(供給不足の見通しなど)は、「未確定/将来」として、政策の変更が見通しを変えうるという点にのみ使いました。
(5) 範囲外
鉄、アルミニウム、フッ素(電解質塩)、ナトリウム、硫黄(リチウム硫黄電池)など、他の材料は扱っていません。全固体電池の材料は本シリーズ「全固体電池」分野で扱っています。
- 埋蔵量は生産量の数十〜数百年分ですが(本稿の計算、予測ではない)、鉱山の生産国は少数に集中しています。コバルトはコンゴ民主共和国が約74%、ニッケルはインドネシアが約67%、天然黒鉛は中国が約78%です事実/本稿の計算
- 精製はさらに集中しています。最大供給国の平均シェアは70%(2025年)で、黒鉛、マンガンなどは中国が90%超です事実
- 輸出管理は段階を区別します。中国の黒鉛は2023年12月から施行済み、公告第58号は公布済みだが2026年11月10日まで停止中、コンゴ民主共和国のコバルトは割当制です事実/未確定/将来
- LFP は電気自動車用の55%超、定置用の90%超(2025年)。コバルトを使わない選択が主流になりましたが、リチウム、リン、負極の黒鉛への依存は残ります事実
- ナトリウムイオンはリチウムを使いませんが、2025年の生産はリチウムイオンの1%未満で、エネルギー密度の制約があります事実
9. 評価・標準の読み方
初めて読むときは、「どの数字が大きいか」より先に、次の順番で比較の条件を揃えてください。以下は本記事の編集上の確認手順で、規格が定める合格値や試験条件ではありません。
- ① 何を測ったか
- 埋蔵量、生産量、精製能力、供給集中度。単位と、材料・部品・完成システムのどこを測った値かを確認します。
- ② どの条件か
- 集計年、国別の区分、鉱石か金属か、単位、推計方法。条件が異なる結果は、まず別の結果として読みます。
- ③ 比較で間違えやすい点
- 埋蔵量を年間生産量と混同せず、鉱山と精製の集中を別々に読む
- ④ 規格の役割は何か
- 規格番号・名称・発行年・適用範囲を発行機関の資料で確認します。試験方法、安全性、相互接続、管理体制のどれを扱う規格かを分けて読みます。規格名の記載だけで、試験実施・適合・認証まで済んでいるとは判断しません。
比較を始めるためのメモ:対象/単位/測定条件/試料数とばらつき/比較対象/規格の版/確認できない点を、ひとまとまりで残しましょう。公開概要しか確認できない規格の数値条件や合格基準は、推測して補いません。
10. 用語集
- 埋蔵量(reserves)
- 現時点の技術と経済条件で採掘できると判断された量。資源量より小さく、探査や価格で変わる。
- 資源量(resources)
- 埋蔵量より広い、存在が推定される量。
- 含有量
- 鉱石や製品に含まれる金属そのものの量。総重量とは違う。
- 精製・加工
- 鉱石や濃縮物を、電池に使える純度・形(炭酸リチウム、硫酸ニッケル、球形黒鉛など)にする工程。
- 前駆体
- 正極活物質の原料となる、ニッケル・コバルト・マンガンの水酸化物など。
- 輸出管理
- 特定の物品・技術の輸出に、政府の許可を求める制度。
- 二重用途(dual-use)物項
- 民生用と軍事用の両方に使える物品・技術。中国の輸出管理の対象を表す用語。
- 輸出割当
- 輸出できる量の上限を、国が定める制度。
- MOFCOM
- 中国商務部。輸出管理の公告を発する省庁。
- LFP
- リン酸鉄リチウム。コバルトとニッケルを使わない正極。
- NMC
- ニッケル・マンガン・コバルト酸化物の正極。
- ナトリウムイオン電池
- リチウムの代わりにナトリウムを使う電池。
11. 参考資料(一次情報)
- 米国地質調査所(USGS) "Mineral Commodity Summaries 2026"(2026年2月) — pubs.usgs.gov/publication/mcs2026
- USGS MCS 2026 "Lithium"(PDF) — pubs.usgs.gov
- USGS MCS 2026 "Cobalt"(PDF) — pubs.usgs.gov
- USGS MCS 2026 "Nickel"(PDF) — pubs.usgs.gov
- USGS MCS 2026 "Graphite (Natural)"(PDF) — pubs.usgs.gov
- USGS MCS 2026 "Manganese"(PDF) — pubs.usgs.gov
- USGS MCS 2026 "Phosphate Rock"(PDF) — pubs.usgs.gov
- USGS MCS 2026 "Copper"(PDF) — pubs.usgs.gov
- 国際エネルギー機関(IEA) "Global Critical Minerals Outlook 2026" Executive summary(2026年) — iea.org
- IEA "Global Critical Minerals Outlook 2026" Market overview — iea.org
- IEA "Global Critical Minerals Outlook 2026" Outlook — iea.org
- IEA "Global EV Outlook 2026" Electric vehicle batteries — iea.org
- IEA "Sodium-ion battery momentum grows, but challenges remain"(解説記事) — iea.org
- 中国 商務部・海関総署 公告2025年第58号「リチウム電池と人造黒鉛負極材料関連物項への輸出管理の決定」2025年10月9日(中国語) — mofcom.gov.cn
- 中国 商務部・海関総署 公告2025年第70号「公告第55・56・57・58号などの実施停止の決定」2025年11月7日(中国語) — mofcom.gov.cn
- 中国 商務部 定例記者会見(2023年11月30日)での黒鉛の輸出管理に関する報道官の回答(中国語) — exportcontrol.mofcom.gov.cn
- 中国国務院新聞弁公室(新華社の報道) "Ministry: China's graphite export controls are common practice, not targeted at any country"(2023年12月1日) — english.scio.gov.cn
- 中国国務院新聞弁公室(新華社の報道) "China revises catalog of technologies subject to export controls"(2025年7月16日) — english.scio.gov.cn
12. 主張と出典の対応表(監査)
| 本文の主張 | 根拠 | 区分 |
|---|---|---|
| リチウムの2025年の鉱山生産(世界計 290,000 t〔米国を除く〕、オーストラリア 92,000、中国 62,000、チリ 56,000、ジンバブエ 28,000、アルゼンチン 23,000)と埋蔵量(世界 37,000,000 t、チリ 9.2 Mt、オーストラリア 8.4 Mt、中国 4.6 Mt、アルゼンチン・米国 各 4.4 Mt)。用途の88%が電池 | USGS MCS 2026 Lithium 出典2 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-lithium.pdf | 事実 |
| コバルトの鉱山生産(世界計 310,000 t、コンゴ民主共和国 230,000、インドネシア 44,000、ロシア 7,700)と埋蔵量(12,000,000 t、コンゴ民主共和国 6.0 Mt)。USGS の記述(コンゴ民主共和国の約73%、中国が精製コバルトの最大の生産国かつ消費国、コバルト含有量を減らす動き、鉄とリンを使うコバルトフリー代替)、コンゴ民主共和国の輸出禁止(2025年2月)と割当(18,125 t、2026・2027年は年96,600 t) | USGS MCS 2026 Cobalt 出典3 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-cobalt.pdf | 事実 |
| ニッケルの鉱山生産(世界計 3,900,000 t、インドネシア 2,600,000、フィリピン 270,000、ロシア 200,000、カナダ・ニューカレドニア 各 140,000)と埋蔵量(>140,000,000 t、インドネシア 62 Mt、オーストラリア 25 Mt、ブラジル 16 Mt) | USGS MCS 2026 Nickel 出典4 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-nickel.pdf | 事実 |
| 天然黒鉛の鉱山生産(世界計 1,800,000 t、中国 1,400,000 ほか)と埋蔵量(310,000,000 t、中国 100 Mt ほか)、USGS の記述(2025年に中国が約82%、米国の負極材料輸入の国別割合、反ダンピング関税 93.50% と相殺関税 11.58〜721.03% の予備的な設定、人造黒鉛が電池用途で競合する代替) | USGS MCS 2026 Graphite 出典5 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-graphite.pdf | 事実 |
| マンガンの鉱山生産(世界計 20,000 千 t、南アフリカ 7,600、ガボン 5,000、ガーナ 2,000、オーストラリア 1,600)と埋蔵量(1,800,000 千 t)。表は「マンガン含有量」、ページ冒頭の単位の記載は「総重量」 | USGS MCS 2026 Manganese 出典6 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-manganese.pdf | 事実 |
| リン鉱石の鉱山生産(世界計 250,000 千 t、中国 110,000、モロッコ 36,000、米国 20,000)と埋蔵量(73,000,000 千 t、モロッコ 50,000,000)、2025年の米国の重要鉱物のリストへの追加(2025年11月7日)、米国産の95%超が湿式リン酸などに使われること | USGS MCS 2026 Phosphate Rock 出典7 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-phosphate.pdf | 事実 |
| 銅の鉱山生産(世界計 23,000 千 t、チリ 5,300 ほか)、精製銅の生産(世界計 29,000 千 t、中国 14,000)、埋蔵量(980,000 千 t) | USGS MCS 2026 Copper 出典8 https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2026/mcs2026-copper.pdf | 事実 |
| IEA:精製の最大供給国の平均シェアが2025年に70%(2020年は68%)、レアアースを除くと72%、ニッケルはインドネシア・他は中国が最大、黒鉛・マンガンなどで供給増加のほぼすべてが最大供給国から、黒鉛・マンガンなどで中国が90%超、リチウムの採掘と正極材料の製造能力の不均衡、2025年に集中のリスクが現実になったこと、中国の2025年10月の電池関連の輸出管理の発表、黒鉛貿易の途絶時に年3,000億ドル超の川下の生産が危険にさらされるという試算、硫酸の価格と中国の硫酸輸出の抑制(2026年5月)、精製リン酸が電池材料に含まれること | IEA Global Critical Minerals Outlook 2026 出典9 https://www.iea.org/reports/global-critical-minerals-outlook-2026/executive-summary 出典10 https://www.iea.org/reports/global-critical-minerals-outlook-2026/market-overview 出典11 https://www.iea.org/reports/global-critical-minerals-outlook-2026/outlook | 事実 |
| IEA のシナリオ:コバルトの2035年の供給不足の見通しが「15%超」から「25%超」へ、銅は約30%から25%へ、LFP の普及でコバルト需要の見通しが緩やかになったこと | IEA の基準ケースなどのシナリオであり、実績ではない 出典11 https://www.iea.org/reports/global-critical-minerals-outlook-2026/outlook | 未確定/将来 |
| LFP が2025年の電気自動車用電池の55%超・定置用の90%超であること、ニッケル系はコバルトが少なくLFPは含まないこと。ナトリウムイオンの動機(寒冷地の性能、リチウム価格への備え)、-40 ℃ で公称容量の約90%、エネルギー密度(最大 約175、LFP 約205、NMC 約255 Wh/kg)、2025年の生産がリチウムイオンの1%未満 | IEA Global EV Outlook 2026、IEA 解説記事 出典12 https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2026/electric-vehicle-batteries 出典13 https://www.iea.org/commentaries/sodium-ion-battery-momentum-grows-but-challenges-remain | 事実 |
| 中国 商務部・海関総署 公告2025年第58号の対象物項(300 Wh/kg以上の電池、製造設備と技術、LFP正極材料、三元前駆体、リチウムリッチのマンガン系正極、人造黒鉛と混合負極材料とその設備・技術)、2025年11月8日の施行予定、公告第70号による2026年11月10日までの停止(現行有効) | 中国 商務部・海関総署の公告 出典14 https://www.mofcom.gov.cn/zwgk/zcfb/art/2025/art_79646f0161564975a938fe00fee158d5.html 出典15 https://www.mofcom.gov.cn/zcfb/blgg/gg/2025/art/2025/art_da147202d0934ddebe252772e95ed7b3.html | 事実 |
| 中国の黒鉛の輸出管理(2023年12月1日施行、2006年からの暫定管理の調整)、2025年7月の技術カタログ改訂(正極材料の製造技術、スポジュメン由来の炭酸リチウム製造技術) | 商務部の報道官の回答、新華社の報道 出典16 http://exportcontrol.mofcom.gov.cn/article/gndt/202312/927.html 出典17 http://english.scio.gov.cn/pressroom/2023-12/01/content_116851500.htm 出典18 http://english.scio.gov.cn/m/pressroom/2025-07/16/content_117980520.html | 事実 |
| 公告第58号の停止期限(2026年11月10日)後の扱い、技術カタログ改訂の施行日、ジンバブエ・モザンビークの措置の内容、米国の反ダンピング関税の最終決定 | 本稿の調査範囲でアクセスできた公式資料では確認できなかったため記載していない。確認日以降に変わりうる 出典15 https://www.mofcom.gov.cn/zcfb/blgg/gg/2025/art/2025/art_da147202d0934ddebe252772e95ed7b3.html | 未確定/将来 |
| 上位3か国の割合(コバルト約91%、ニッケル約79%、天然黒鉛約86%、マンガン約73%、リチウム約72%、リン鉱石約66%、銅約49%)、天然黒鉛の中国のシェア(2025年の表から約78%、2024年の表から約82%)、埋蔵量 ÷ 生産量(リチウム約128、ニッケル約36以上、コバルト約39、マンガン90、天然黒鉛約172、リン鉱石292、銅約43)、精製銅の中国のシェア約48% | 本稿の計算。USGS の表の値を、世界計で割った値(割合)または埋蔵量を生産量で割った値。リチウムの世界計は米国を除く。USGS 本文の割合と食い違う場合がある。枯渇までの年数の予測ではない | 本稿の計算 |
| 価格、調査会社の推計、価格の予測、鉄・アルミニウム・フッ素などの材料、IEA の精製の材料別の国別割合の詳細 | 本稿の方針、または公式資料の本文で確認できなかったため記載していない | 解説 |
| 「リン酸鉄の『リン』も資源の話」「材料より電池用の品位が足りない」「化学系の選択は資源リスクの付け替え」「回収・再生は集中を薄める手段」という読み取り。中国の措置が鉱石でなく中間材料・装置・技術に及んだという整理 | 公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各社・各機関が表明した見解ではない | 解説 |
| 図2・図3・図5が公式の図や実データではなく説明のための作図であること。図1と図4がAI生成イメージであること | 本記事による注記 | 解説 |
最終更新:2026年10月10日/出典は公的機関(USGS、IEA、中国商務部・海関総署)の統計・報告・公告に限定しています。価格、価格の予測、調査会社の市場推計は使っていません。統計は推定を含み、措置は変更・停止・再開されうるため、確認日以降の変更は反映していません。 構造の整理や材料設計上の読み取りを含むため、それらは「解説」として出典付きの事実と区別しています。 公告第58号の停止期限後の扱い、技術カタログ改訂の施行日、ジンバブエ・モザンビークの措置の内容、米国の反ダンピング関税の最終決定、IEA の精製の材料別の国別割合の詳細については、確認できなかったため記載していません。 図はすべて説明用の概念図です。図2・図3・図5はベクター作図、図1と図4はAI生成イメージであり、いずれも実際の統計図・鉱山・工場・製品の実物を示すものではありません。