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水素の製造コスト 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

水素の製造コスト
― LCOH(水素の均等化コスト)を自分で組み立てて読む

水素の値段としてよく見る「US$〇〇/kg」は、電力価格だけで決まる数字ではありません。設備費、稼働率、割引率、効率、スタックの寿命が、すべて同じ式の中で効いています。 この記事では、LCOHの式を自分で組み、仮定をすべて書いた基準ケースで感度を確かめたうえで、IEA・IRENA・米国エネルギー省(DOE)・日本の水素基本戦略の数字が何の前提の数字なのかを読み分けます。

構成:IEA、IRENA、DOE、内閣官房(水素基本戦略)の公表資料と査読論文を一次情報として使用/最終更新 2026年10月

水素の製造コストのheroを示す概念画像
図1 概念図(AI生成イメージ)。電力価格と運転状況を見ながら水電解設備を動かす場面を、雰囲気として表現したものです。実在の施設・装置・画面を示すものではありません。
この記事の構成
  1. LCOHとは何か(3行でつかむ)
  2. LCOHの式 ― 分子は費用、分母は水素の量
  3. 構成要素 ― 6つのつまみと、公的資料での扱い
  4. 本稿の計算①:基準ケースの内訳
  5. 本稿の計算②:感度分析 ― どのつまみが効くか
  6. 本稿の計算③:稼働率と電力価格の組み合わせ
  7. 素材技術者の視点①:稼働率が変えるもの
  8. 公的機関の報告値と目標値の読み方
  9. 本稿の式に、公的機関の前提を入れてみる
  10. 素材技術者の視点②:材料の改良はLCOHのどこに効くか
  11. 限界と、確認できなかったこと
  12. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値(仮定はすべて表に書いています)
未確定/将来=計画・目標・シナリオであり、実績が確認できていない事項
このほか、材料の観点での読み取りは「解説」として区別しています。
本記事は水素製造の経済性の仕組みを解説するもので、設備の運転や取り扱い、投資判断についての助言ではありません。水素は可燃性ガスで、取り扱いには法令と規格があります。

1. LCOHとは何か(3行でつかむ)

  • 何を測る数字か:LCOH(levelized cost of hydrogen)は、設備の寿命にわたる総費用を、同じ期間につくる水素の量で割って「1 kgあたり」にならした値です。IEAは、水素の生産コストを「水素1単位をつくるための総支出」とし、電解では電力価格・設備費(CAPEX)・資本コスト・効率・稼働率に左右されると説明しています。商業上のマージンは含まない理論値です事実[参考資料1]
  • 電力だけではない:本稿の基準ケースでは、電力費はLCOHの約40%で、設備費の年価・固定O&M・スタック交換の合計が約60%でした本稿の計算。電力がただでも、非電力分が残ります(第4章)。
  • 数字は条件とセット:DOEの「2026年に2.00 US$/kg」は、電力が0.03 US$/kWh以下で、設備の可用率が90%超という前提の目標です事実[参考資料4]。同じ「US$/kg」でも、IEAの推計、DOEの目標、日本の戦略の「円/Nm3」は物差しが違います(第8章)。

2. LCOHの式 ― 分子は費用、分母は水素の量

LCOHの定義は、年ごとの費用と水素量を割引率で現在価値にそろえ、費用の現在価値の合計 ÷ 水素量の現在価値の合計とするものです。これを、設備費を毎年の定額に直す「年価(資本回収係数 CRF)」で簡単にしたのが、本稿で使う式です。

本稿の式(簡略形)本稿の計算

LCOH = [ CRF × CAPEX + 固定O&M + スタック交換の年価 ] ÷ 年間の水素量 + 電力価格 × 比消費電力
・CRF(資本回収係数)= r(1+r)n ÷ ((1+r)n − 1) (r:割引率、n:設備の寿命〔年〕)
・年間の水素量(1 kWの設備あたり)= 8,760 h × 稼働率 ÷ 比消費電力(kWh/kg)
・比消費電力(kWh/kg)= 水素の低位発熱量(LHV)÷ 効率(LHV基準)。本稿はLHVを33.3 kWh/kgとします(IRENAの「効率65%=51.2 kWh/kg」、DOEの「65%=51 kWh/kg」と整合する値で、両資料の表から逆算したものです)

LCOH(水素の均等化コスト)の式の組み立て(本稿の簡略形) LCOH(US$/kg)= 年間の総費用 ÷ 年間の水素量 分子:年間の費用(US$/kW・年) 分母:年間の水素量(kg/kW・年) ① 設備費の年価 CRF × CAPEX CRF=r(1+r)^n ÷ ((1+r)^n−1) ② 固定のO&M(運転・保守) CAPEX × 3%/年 (IEAの想定に合わせた本稿の仮定) ③ スタック交換の年価 交換費 × 回数を年価に換算 (交換費=CAPEXの20%と仮定) ④ 電力費 電力価格 × 比消費電力 (kWh/kg) 年間の水素量 8,760 h × 稼働率 ÷ 比消費電力(kWh/kg) 例:稼働率50%、52.9 kWh/kg → 82.9 kg/kW・年 (1 kWの電解設備あたり) ※ ①〜③は設備1 kWあたりの年間費用なので、分母(kg/kW・年)で割って1 kgあたりにします。④は最初から1 kgあたりです。 ※ 税・減価償却・インフレ・残存価値・水の費用・圧縮や輸送は含めない簡略形です。割引率rは実質の単一値とします。
図2 概念図(ベクター作図)。LCOHの式の組み立て。分子は設備1 kWあたりの年間費用(①〜③)、分母は同じ設備が1年につくる水素の量です。④の電力費だけは最初から1 kgあたりの単位です。式は本稿の簡略形で、公的機関の評価モデルそのものではありません。

この簡略形が省いているものを先に書いておきます。税、減価償却、インフレ、残存価値、資金調達の構造(自己資本と借入の比率)、水の費用、酸素の販売収入、圧縮・貯蔵・輸送の費用です。割引率は、インフレを除いた実質の単一値として扱います。IEAも、解析では水の費用や酸素の収入を考慮していません[参考資料2]。

ただし、式の簡略さは「LCOHという考え方の限界」でもあります。IEAは、欧州の水素価格指数のひとつ(IBHYX)を、従来のLCOHの方法を超えて、自己資本と借入の別々の収益期待や主要な投資変数を取り込んだプロジェクトファイナンスのモデルで計算している、と紹介しています事実[参考資料1]。LCOHは「費用の目安」であって、事業の採算価格そのものではない、という位置づけです。

LCOHを、風況や電力価格の変動に合わせて運転を最適化する投資家の視点で解析した研究もあります。Glenk と Reichelstein(Nature Energy、2019年)は、ドイツとテキサスを対象に、再生可能エネルギー由来の水素は、特定の用途ではすでに費用面で競争力があり(論文要旨の値は3.23 EUR/kg)、産業規模の供給ではまだだが約10年のうちに変わる見通しで、その水準を2.50 EUR/kgと示しました事実[参考資料7]。この値は2019年時点の見通しで、モデルの前提も本稿とは異なります。推計は時点と前提とともに動く、という例として挙げました。

効率と比消費電力の換算

効率(LHV基準)と比消費電力(1 kgの水素をつくるのに要する電力量)の関係は、上の式のとおり33.3 ÷ 効率です本稿の計算。

効率(LHV基準)比消費電力(kWh/kg)出所と位置づけ
58%57.4IEAが想定する中国製電解槽の効率(2024年)[参考資料2]。換算は本稿
61%55DOEが示す、PEMとアルカリのシステム全体の2022年の状況値(55 kWh/kg、61%)[参考資料4・5]
63%52.9IEAが想定する世界平均の効率(2024年)[参考資料2]。本稿の基準ケース
65%51.2IRENAの2020年の「現在」の想定[参考資料3]。DOEのPEM・アルカリの2022年の状況値は、スタックで51 kWh/kg(65%)[参考資料4・5]
77%43DOEのPEMスタックの最終目標(43 kWh/kg)[参考資料4]。未確定/将来

スタック(セルの積層体)の効率と、整流器やガス処理などを含むシステム全体の効率は別の数字です。DOEは両方を分けて示しています[参考資料4・5]。設備費の基準も資料ごとに違います。IEAは電解槽をUSD/kWe(電気入力)、天然ガス改質などをUSD/kWH2(水素出力)で示しています[参考資料2]。IRENAが紹介する文献には、水素出力のHHV基準のkWあたりで示すものもあります[参考資料3]。

3. 構成要素 ― 6つのつまみと、公的資料での扱い

LCOHを動かす主なつまみは、電力価格、設備費、稼働率、割引率、寿命とスタック交換、効率の6つです。公的資料がそれぞれをどう扱っているかを表にまとめます。

つまみ何を表すか公的資料での扱い
電力価格1 kWhあたりの購入または発電の費用IRENAは、安い電力が競争力のある水素に不可欠で、電解槽の費用低下では高い電力価格を補えないとしています[参考資料3]。IEAの2024年解析は、太陽光の均等化発電費を20〜110 US$/MWh、陸上風力を25〜100 US$/MWhとして扱っています[参考資料1]
設備費(CAPEX)電解槽システム、周辺設備(BoP)、設計・調達・建設(EPC)、予備費の合計IEAの調査では、2024年に中国以外で製造した電解槽の据付費は2,000〜2,600 US$/kW(アルカリ型のみ。設備、ガス処理、プラント補機、EPC、予備費を含む)。中国で製造・設置したものは600〜1,200 US$/kW[参考資料1]。総費用の半分超がEPCと予備費で、立地で決まります[参考資料1]
稼働率1年のうち、定格出力で運転した時間に換算した割合IRENAは、太陽光に直結した電解槽の年間運転時間が通常2,000時間未満になりうるとしています[参考資料3]。IEAの解析は、電解槽の稼働率を再エネ発電設備の設備利用率と同じと置いています[参考資料1]
割引率(資本コスト)投資に求める収益率。高いほど、先払いの設備費が重くなるIEAは資本コストを6〜20%で解析しています[参考資料1]。IRENAの2020年の想定は、「現在の平均」で10%、「最良」で6%です[参考資料3]
寿命とスタック交換設備の使用年数と、劣化したスタックを取り替える頻度IEAはスタック寿命を50,000時間と置いています(最大95,000時間に達しうるが、劣化を考えた経済的な最適寿命から50,000時間を選択)[参考資料2]。DOEの2022年の状況値はPEMで40,000時間、アルカリで60,000時間、目標は80,000時間[参考資料4・5]。IEAは、スタックは総投資の15〜20%としています[参考資料1]
効率投入した電力のうち、水素の持つエネルギーになる割合IEAは2024年の世界平均を63%(LHV)、中国を58%と置いています[参考資料2]。中国製電解槽の効率の低さが、設備費の安さによる利点を一部打ち消す、とIEAは述べています[参考資料1]
その他固定O&M、水、酸素の売却IEAは年間O&Mを設備費の3%と置き、水の費用と酸素の収入は考慮していません[参考資料2]

すべて事実(IEA、IRENA、DOEの公表資料)。IEAの内訳は、解析の前提を示すものであり、特定の事業の実績ではありません。

IEAは別の箇所で、電解槽が水素の均等化コストの55〜65%を占める一方、必要な投資の約60%はEPCで、スタックは総投資の15〜20%にすぎない、としています事実[参考資料1]。この文は前提条件が併記されておらず、本稿の基準ケースと同じ条件かどうかは確認できませんでした。次章の内訳(設備費の年価・O&M・スタック交換の合計が約60%)は、桁としては近いものの、条件が違うので同じ数字として比べることはしません。

4. 本稿の計算①:基準ケースの内訳

基準ケースは、IEAが2024年の解析で使った値を土台に、IEAが与えていない項目(稼働率、電力価格、割引率、寿命)を本稿が仮定して置いたものです。仮定を全部、表1に書きます。実在の特定の事業やメーカーの条件を表すものではありません。

項目基準値根拠・位置づけ
設備費(据付込み)2,300 US$/kWIEAの図3.8・3.10が2024年の「中国以外」に使った値[参考資料1]。IEAの付属資料の範囲は2,000〜2,600 US$/kWe[参考資料2]
効率63%(LHV)= 52.9 kWh/kgIEAの付属資料、2024年の世界平均[参考資料2]。LHVは33.3 kWh/kgと置く(第2章)
稼働率50%(4,380 h/年)本稿の仮定。IEAは設備利用率を太陽光12〜35%、陸上風力30〜53%としている[参考資料1]。太陽光と風力を組み合わせた場合などを想定した中間的な値
電力価格50 US$/MWh本稿の仮定。稼働率によらず一定とする(第6章で限界を述べます)
割引率8%(実質)本稿の仮定。IEAの範囲は6〜20%[参考資料1]
設備の寿命20年本稿の仮定
固定O&M設備費の3%/年IEAの付属資料[参考資料2]
スタック寿命50,000 hIEAの付属資料[参考資料2]。基準では4,380 h/年なので、11年目に1回交換
スタック交換費設備費の20%IEAの「スタックは総投資の15〜20%」[参考資料1]の上限。交換時の価格低下や再利用は見込まない(本稿)
水・酸素含めないIEAも考慮していない[参考資料2]

表1 基準ケースの仮定(すべて本稿の計算の前提。根拠欄の数値自体は事実)。

この仮定で計算すると、CRF(r=8%、n=20年)は0.1019、1 kWの設備が1年につくる水素は 8,760 × 0.5 ÷ 52.9 = 82.9 kgです本稿の計算。ここから各項は次のとおりです。

項計算US$/kg割合
設備費の年価0.1019 × 2,300 ÷ 82.92.8343%
固定O&M0.03 × 2,300 ÷ 82.90.8313%
スタック交換11年目に460 US$/kW(2,300の20%)を割引し、年価にして ÷ 82.90.244%
電力費0.05 US$/kWh × 52.9 kWh/kg2.6440%
合計(LCOH)6.55100%

表2 基準ケースの内訳(本稿の計算)。割合は四捨五入のため合計が100%にならないことがあります。

LCOHの内訳:基準ケースと、条件を変えた3つの例(US$/kg) 設備費の年価 固定O&M スタック交換 電力費 基準ケース 2.83 0.83 2.64 6.55 設備費900・効率58%(中国製の例) 1.20 2.87 4.53 電力20 US$/MWh 2.83 0.83 1.06 4.96 稼働率90% 1.57 2.64 5.06 ※ 値は本稿の計算です。基準ケース以外は、基準ケースから該当の項目だけを変えています(中国製の例は設備費と効率の2項目)。 ※ 小さな区間(スタック交換など)は数値を省略しています。内訳の数値は表1と表2を参照してください。
図3 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。基準ケースと、条件を変えた3つの例のLCOHの内訳。設備費と効率を同時に変えた「中国製の例」は、IEAが2024年に置いた中国の設備費900 US$/kWと効率58%を使った例示で、実在のメーカーや案件の値ではありません[参考資料1・2]。

基準ケースのLCOHは約6.5 US$/kgで、電力費は約40%、残りの約60%は電力以外の費用です本稿の計算。電力が無料でも、この設備と稼働率では約3.9 US$/kgが残ります。覚えておくと便利な換算もあります。電力価格が10 US$/MWh(1 kWhあたり1セント)動くと、LCOHは約0.53 US$/kg動きます(比消費電力52.9 kWh/kgを掛けた値)。

この数字は、IEAが示す範囲の中に入ります。IEAは2022年のエネルギー価格高騰期の再エネ由来水素のコストを、再エネの条件が良い地域で4 US$/kg弱から、条件の乏しい地域で10 US$/kg超までと示しています事実[参考資料1]。ただし本稿の基準ケースは、IEAの推計値の再現ではありません。

5. 本稿の計算②:感度分析 ― どのつまみが効くか

基準ケースから1項目だけを動かし、LCOHがどう変わるかを調べます。動かす範囲は、第3章の公的資料に出てくる値をもとに本稿が決めました。範囲の取り方で順位が変わるので、順位そのものより「どの項目が桁で効くか」を見てください。

項目基準値有利側の値LCOH(US$/kg)不利側の値LCOH(US$/kg)
稼働率(設備利用率)50%90%5.0630%8.96
割引率8%6%6.1520%9.33
電力価格(US$/MWh)50204.96808.13
設備費(US$/kW)2,3009004.172,6007.05
設備の寿命20年30年6.2410年7.61
効率(LHV)63%70%5.8958%7.11
スタック寿命50,000 h80,000 h6.4430,000 h6.82

表3 感度分析(本稿の計算)。基準ケースのLCOHは 6.55 US$/kg。電力価格はUS$/MWh、設備費はUS$/kW。表は変動幅の大きい順。

感度分析:1項目だけを動かしたときのLCOH(US$/kg) 基準ケース 6.55 4 5 6 7 8 9 稼働率(設備利用率) 90% 30% 割引率 6% 20% 電力価格(US$/MWh) 20 80 設備費(US$/kW) 900 2,600 設備の寿命 30年 10年 効率(LHV) 70% 58% スタック寿命 80,000 h 30,000 h LCOH(US$/kg) ※ 棒の左端・右端の数字は、その項目に置いた値です。基準値は稼働率50%・割引率8%・電力50 US$/MWh・設備費2,300 US$/kW・  寿命20年・効率63%・スタック寿命50,000 h です。
図4 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。1項目だけを動かしたときのLCOH。緑は基準より安い側、赤は高い側。動かした範囲は本稿の選択で、稼働率や割引率の範囲は特に広く取っています。実在の事業の不確かさの幅を示すものではありません。

読み取れることは次のとおりです本稿の計算。

  • 稼働率と割引率は、電力価格や設備費と同じ桁で効きます。稼働率を30%にすると約9.0 US$/kg、90%にすると約5.1 US$/kgです。割引率は6%で約6.2、20%で約9.3 US$/kgです。割引率は、IEAが解析した資本コストの範囲(6〜20%)の端まで動かした例です[参考資料1]。
  • 寿命は10年か30年かで、約6.2〜7.6 US$/kg。設備費の年価は、寿命が短いほど急に重くなります(CRF)。
  • スタック寿命は、動かした範囲(30,000〜80,000 h)では約0.4 US$/kgの幅と、他の項目に比べて小さい結果でした。これは、本稿の置いたスタック交換費(設備費の20%)と交換回数に依存します。
  • 効率の5ポイント(63%→58%)は約0.6 US$/kgの差になります。設備費が安くても、効率が低いと電力費で一部を失います(IEAも同じ点を指摘[参考資料1])。

6. 本稿の計算③:稼働率と電力価格の組み合わせ

稼働率と電力価格は、実際の事業では連動します。安い電力は変動しやすい再エネに多く、年間を通じて使える時間が短いからです。基準ケースの他の条件を固定したまま、2つを組み合わせた表を作りました。

稼働率電力 20電力 30電力 50電力 80
20%(1,752 h/年)10.2110.7311.7913.38
30%(2,628 h/年)7.377.908.9610.55
40%(3,504 h/年)5.876.407.469.04
50%(4,380 h/年)4.965.496.558.13
60%(5,256 h/年)4.434.966.027.61
75%(6,570 h/年)3.824.355.416.99
90%(7,884 h/年)3.484.015.066.65

表4 LCOH(US$/kg、本稿の計算)。列の見出しの電力価格の単位はUS$/MWh。設備費2,300 US$/kW、効率63%、割引率8%などは基準ケースのまま。

稼働率とLCOH:電力価格ごと(US$/kg、本稿の計算) 4 6 8 10 12 14 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 稼働率(設備利用率) LCOH 20 US$/MWh 30 US$/MWh 50 US$/MWh 80 US$/MWh 基準ケース 6.55
図5 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。稼働率を横軸に、電力価格4通りのLCOHを描いたもの。稼働率が低いほど設備費の年価が重くなり、曲線が急に立ち上がります。曲線の小さな段差は、スタックの交換回数が変わる点です。電力価格は稼働率によらず一定という本稿の仮定による図で、実際の電力市場や再エネ設備の組み合わせを表すものではありません。

表4から、低い稼働率の領域では電力が安くなっても下がり幅が小さいことが分かります。稼働率20%では、電力を50から20 US$/MWhに下げても約1.6 US$/kg下がるだけで、LCOHは10 US$/kgを超えたままです。逆に稼働率が90%まで上がると、電力費の割合は約52%になります(稼働率30%では約29%)本稿の計算。

この表の限界(電力価格を一定にしている点)

本稿は電力価格を稼働率によらず一定としています。実際には、年間の稼働率を高めるには、電力の追加調達、蓄電、系統からの購入などが要り、平均の電力費が上がる場合があります。IEAは、再エネ設備を最適に過大設計して水素の均等化コストを最小にする、という条件で地域別の解析をしています[参考資料1]。この表を「稼働率を上げれば、この価格で電力が手に入る」と読まないでください。系統と再生可能エネルギーの関係は、本シリーズ『電力グリッドと再エネ』編で詳しく扱います。

7. 素材技術者の視点①:稼働率が変えるもの

水素の製造コストのsupportingを示す概念画像
図6 概念図(AI生成イメージ)。太陽光発電に隣接した水電解設備の場面を、雰囲気として表現したものです。実在の施設・装置・メーカーを示すものではありません。
素材技術者の視点①:同じ材料でも、稼働率で「効く場所」が変わる

稼働率が低い設備では、LCOHの大半が設備費の年価とO&Mです。稼働率30%の場合、電力以外の費用が約6.3 US$/kgで、LCOHの約71%を占めます。ここでは「同じ水素量あたりの設備を安く作る」材料・構造が効きます。

逆に稼働率が高い設備では、電力費が約52%(稼働率90%)まで増え、効率(過電圧)と劣化が効きます。1ポイントの効率向上で電力費が変わり、劣化でスタックを何回取り替えるかも変わるからです。

IRENAは、太陽光だけにつなぐ設備のように運転時間が短い場合、寿命が短くても実際の暦上の寿命は長くなるため、安いが劣化の速い材料を使う選択肢もありうると述べています事実[参考資料3]。反対に、電力価格の高い条件では、効率を優先する必要があります。つまり、「最良の材料」は事業の稼働率と電力価格で変わります(本記事による解説)。

さらに、IRENAは、調整力市場に参加して収益を補うなど運転の仕方を変えると、膜の劣化が速まり交換が増える可能性がある、電流密度を上げると生産量は増えるが劣化も速くなる、とも述べています[参考資料3]。材料の評価は、定常運転の寿命だけでなく、起動停止や負荷変動を含む運転パターンで見る必要があります。

8. 公的機関の報告値と目標値の読み方

公的機関が出す水素のコストの数字は、実績の推計、シナリオ上の見通し、目標、仮定の例示が混ざっています。さらに、どの段階のコストかが違います(図7)。数字を引く前に、次の4つを確認すると取り違えを減らせます。

  1. 何のコストか:製造コスト(LCOH)か、輸入港までの供給コスト(CIF)か、価格指数か、市場価格か
  2. 推計か目標か:2024年の推計か、2030年のシナリオか、政策目標か
  3. 設備費に何が入るか:据付費(EPC)や予備費を含むか。電気入力のkW基準か、水素出力のkW基準か。HHVかLHVか
  4. 電力価格と稼働率の前提:目標が成り立つ条件が付いているか
同じ「1 kgあたりの金額」でも、どの段階のコストかで意味が違う ① 製造コスト (LCOH) 水素1 kgをつくる 総支出の計算値 商業マージンを含まない (IEAの定義) ② 供給コスト (CIF) 輸入港までの費用・ 保険料・運賃を含む 価格条件 (日本の戦略の目標) ③ 価格指数 理論上の市場価値の 目安。実際の取引価格 とは限らない (IEAの説明) ④ 市場価格 実際に成立した取引の値 低排出水素では流動的 な市場がまだなく代表 価格は定めにくい(IEA) DOEの目標「H2 Production Cost」とIEAの生産コストは①の段階の数字です。ただし据付費・電力価格・稼働率の前提が異なります。 日本の「30円/Nm3」は②(CIF)の目標で、①の製造コストと同じ物差しではありません。 ※ 4段階に並べたのは本稿の整理です。矢印は大まかな順序で、各段階の間の差額を示すものではありません。
図7 概念図(ベクター作図)。水素のコストの数字がどの段階のものかを整理した図。①〜④の違いはIEAの説明[参考資料1]、②は日本の水素基本戦略の目標の対象[参考資料6]によります。4段階に並べたのは本稿の整理で、各段階の差額を示すものではありません。
出所数字何の数字か前提・読み方の注意
IEA
Global Hydrogen Review 2025
天然ガス由来(CCUSなし):0.8〜4.6 US$/kg(2024年)製造コストの推計の範囲事実天然ガス価格1.7〜25 US$/MBtu、CO2価格0〜70 US$/t-CO2、資本コスト6〜20%などを含む地域差の範囲。水の費用は含まない[参考資料1]
同上再エネ由来電解:4未満〜10超 US$/kg(2022年)エネルギー価格が高騰した年の推計の範囲事実再エネの条件が良い地域で4弱、乏しい地域で10超。2024年は、再エネ由来の下限(中国)が、天然ガス由来の上限と同程度とされる[参考資料1]
同上2030年、一部地域で2〜4 US$/kg現行政策シナリオ(STEPS)での見通し未確定/将来中国の一部、中東、オーストラリア、米国の一部が対象。資本コスト6〜20%。電解槽の設備費は2030年に中国で675、中国以外で1,600 US$/kWと置く(図3.8・3.10の注記)[参考資料1]
IRENA
Green hydrogen cost reduction(2020年)
「現在の平均」と「最良」の条件を図示解析の条件事実平均:770 US$/kW、65%(LHV)、53 US$/MWh、3,200 h、WACC 10%。最良:130 US$/kW、76%、20 US$/MWh、4,200 h、WACC 6%[参考資料3]。本稿は図の読み値を転記せず、前提だけを示します
DOE
PEM・アルカリ電解の技術目標
製造コスト:2026年に2.00 US$/kg、2031年に1.00 US$/kg目標未確定/将来値は、0.03 US$/kWh以下の安い電力と、90%超の可用率(稼働できる割合)を前提とする。システムの設備費(据付費を含まない)の目標は、PEMで2026年250 US$/kW、最終150 US$/kW[参考資料4]
同上2022年の状況値:PEMで3超 US$/kg、アルカリで2超 US$/kg状況値(DOE自身の分析)事実上の安い電力・高い可用率の条件でも、これが下限。PEMの値はH2NEWコンソーシアムの分析に基づき、DOEのプログラム記録で公表予定とされている[参考資料4・5]
日本
水素基本戦略(2023年6月6日)
水素供給コスト(CIF):2030年に30円/Nm3(約334円/kg)、2050年に20円/Nm3(約222円/kg)政策目標未確定/将来輸入を含めた供給コスト(CIF)の目標で、製造原価(LCOH)ではない。同戦略は、2023年3月のLNG価格を水素供給コストに換算すると24円/Nm3で、目標は近年の化石燃料価格と同等としている。2050年の20円/Nm3は水素発電コストをガス火力以下にする水準[参考資料6]
同上水電解装置の2030年目標:アルカリ型5.2万円/kW、PEM型6.5万円/kW政策目標未確定/将来同戦略は、2019年の水素・燃料電池戦略ロードマップの目標を引用。整流器などの補機を含めた開発を支援するとする。目標の見直しも検討するとしている[参考資料6]

表5 公的機関の主な数字と前提。日本の円とUS$は、本稿では換算していません。

表5から、次のことが読み取れます(本記事による解説)。

  • DOEの目標2.00 US$/kgは、設備費に据付費を含まず、電力も安い前提です。IEAの推計は設備費にEPCと予備費を含みます。同じ「設備費」でも、含むものが違います。
  • DOEは、2022年の状況値でも、安い電力と高い可用率の条件で、PEMは3 US$/kg超、アルカリは2 US$/kg超としています。この「安い電力と高い可用率」は、IEAが示す太陽光・風力の設備利用率(12〜53%)に直結した運転とは大きく異なる条件です[参考資料1]。
  • 日本の「30円/Nm3」は、輸入を含めた供給コストで、製造原価ではありません。国内で電解してつくる場合の目安にそのまま使えるわけではありません。
  • IEAは、低排出水素ではまだ流動的な市場がなく、厳密には「市場価格」と呼べる代表的な価格が定まっていないとしています[参考資料1]。公表される「水素の価格」は、価格指数や個別契約の値の場合があります。
  • IEAは、設備費の低い中国製電解槽を使っても、欧州の再エネ由来の水素では、コスト削減は3〜13%にとどまり、条件によってはLCOHが少し上がる場合もあるとしています。EPCが大きいことと、効率の低さが理由です[参考資料1]。

9. 本稿の式に、公的機関の前提を入れてみる

第8章で見た前提を、本稿の式にそのまま入れてみます。これは公的機関の推計の再現ではなく、前提を変えるとLCOHがどう動くかを確かめるための計算です。各機関は、割引率、据付費、税などの詳しい前提を本稿とは別に置いているため、結果は公表値と一致しません。

ケース設備費比消費電力電力稼働率割引率LCOH(US$/kg)
DOEの2026年PEM目標の条件250 US$/kW(据付費なし)51 kWh/kg30 US$/MWh90%8%1.76
同上で設備費を2倍(据付費を仮に上乗せ)500 US$/kW51 kWh/kg30 US$/MWh90%8%1.99
IRENAの「現在の平均」の条件770 US$/kW51.2 kWh/kg53 US$/MWh3,200 h(36.5%)10%4.53
IRENAの「最良」の条件130 US$/kW43.8 kWh/kg20 US$/MWh4,200 h(47.9%)6%1.04
IEA 2024年の「中国」の設備費と効率(電力等は基準ケース)900 US$/kW57.4 kWh/kg50 US$/MWh50%8%4.53

表6 公的機関の前提を本稿の式に入れた結果(本稿の計算)。寿命20年、O&M 3%/年、スタック交換は設備費の20%(DOE・IRENAの行はスタック寿命80,000 h、IEAの行は50,000 h)。

読み取れることは3つあります本稿の計算。

  • DOEの2.00 US$/kgは、桁としては本稿の式で近い値になります。設備費250 US$/kW(据付費なし)では約1.8 US$/kg、据付費などを仮に含めて2倍にすると約2.0 US$/kgです。DOEの内訳(据付費の扱い、割引率、税など)は確認できなかったため、どの前提で2.00になるのかは本稿では特定していません。
  • IRENAの条件で、「平均」と「最良」の差は約3.5 US$/kg。設備費、電力、効率、稼働時間、資本コストの5つが同時に良い側へ動く効果が重なります。ただし、IRENAの「最良」は、複数の前提を同時に最良側に置いた例示です。
  • 中国製の設備費900 US$/kWでも、効率が58%だと、設備費だけを900にした場合(約4.2 US$/kg)より約0.4 US$/kg高くなります。IEAが述べた、効率の低さが設備費の安さを一部打ち消すという指摘と、向きが一致します[参考資料1]。

10. 素材技術者の視点②:材料の改良はLCOHのどこに効くか

材料の改良(触媒、膜、多孔質輸送層、バイポーラ板、シール)がLCOHに及ぶ経路は、効率(電力費)、耐久(スタック交換)、スタックの製造費(設備費)の3つです。基準ケースで、それぞれを動かした場合の影響を計算しました。

材料側の変化基準ケースからの変更LCOH(US$/kg)変化
過電圧の低減(効率+1ポイント)効率 63% → 64%(LHV)6.44−0.10
スタック寿命の延長50,000 h → 80,000 h(DOEの目標値)6.44−0.10
劣化による電力の増加(逆向き)寿命末期の電圧が10%上がり、期間平均で消費電力が5%増6.68+0.13
スタックの製造費の半減スタックが設備費の20% → 10%、設備費 2,300 → 2,070 US$/kW6.05−0.50
(参考)設備費全体で100 US$/kW減2,300 → 2,200 US$/kW6.38−0.17

表7 材料側の改良の影響(本稿の計算)。他の条件は基準ケース。「劣化」の行は、基準の効率を運転開始時の値と見なし、電圧が直線的に上がる、電流効率は一定、と置いた概算で、DOEの定義(寿命末期の電圧上昇10%)に基づく[参考資料4]。

素材技術者の視点②:「スタックは安くても、LCOHは大きく動かない」ことの意味

IEAは、スタックが総投資の15〜20%にすぎず、投資の約60%はEPCだとしています[参考資料1]。本稿の基準ケースでスタック関連の費用(初期のスタックとその交換)を合算すると約0.97 US$/kg、LCOHの約15%です本稿の計算。スタックの製造費を半分にしても、LCOHは約0.50 US$/kgしか下がりません。膜や触媒のコストダウンだけでは、LCOHの大半は動きません。

それでも材料が重要なのは、材料が効率と耐久を通じて、電力費とスタック交換を動かすからです。DOEの目標表は、PEMスタックの白金族金属の使用量を、2022年の状況値3.0 mg/cm²から、2026年0.5 mg/cm²、最終目標0.125 mg/cm²へ下げること、劣化率を4.8 mV/kh(0.25%/1,000 h)から2.3 mV/kh(0.13%/1,000 h)へ下げること、同じ電流密度での電圧を下げること(2.0 A/cm²を1.9 Vで→3.0 A/cm²を1.8 V、最終的に1.6 V)を目標として並べています未確定/将来[参考資料4]。DOEは、これらの性能・耐久・設備費の目標は、同じスタック・システムで同時に満たす必要があると注記しています[参考資料4]。

さらに、DOEは、白金族金属の削減が性能と耐久を損なってはならない、とも書いています[参考資料4]。IRENAも、より活性の高い触媒(ルテニウムなど)は長期安定性に課題があり、より丈夫でない触媒は溶出しやすい、と述べています[参考資料3]。材料の改良は、1つの項目を良くして別の項目を悪くしていないかを、LCOHという1つの物差しで見直すための道具として使えます(本記事による解説)。

白金族金属の価格がLCOHに及ぼす影響は、本稿では評価していません。貴金属価格の一次資料を本稿の範囲で確認していないためです。

11. 限界と、確認できなかったこと

(1) 本稿の式は、事業の採算を表さない

税、減価償却、資金調達の構造、補助金、残存価値は入っていません。IEAも、生産コストは商業マージンを含まない理論値だと述べています[参考資料1]。日本の水素社会推進法の価格差支援、EUの制度、米国の税額控除などの政策がコストに与える影響は、本稿の範囲外です。

(2) 電力価格を一定としている

第6章で述べたとおり、稼働率と電力価格の関係は単純ではありません。系統と再エネの関係は、本シリーズ『電力グリッドと再エネ』編で扱います。

(3) 公的機関の数値の一部は、本稿が読み取れなかった

  • IRENAの図(2020年の「現在」と「最良」のLCOH)の読み値は、本文に数値の記載を確認できなかったため転記していません。
  • IEAの「電解槽がLCOHの55〜65%」という文の前提条件は、本文中に確認できませんでした。
  • DOEの2026年・2031年目標(2.00・1.00 US$/kg)の内訳(据付費、割引率、税など)は確認できませんでした。DOEの水素製造解析モデル(H2A)の詳細は、本稿では参照していません。
  • 本稿が参照したIEAの付属資料の範囲では、電解槽の寿命(年)や割引率の基準値を確認できなかったため、本稿は寿命20年と割引率8%を本稿の仮定としました。

(4) 日本の国内製造コストの実績は、確認できなかった

日本の水素基本戦略の目標は輸入を含む供給コスト(CIF)です[参考資料6]。国内の電解水素の製造コストの実績値を、本稿は一次資料で確認できていません。

(5) 他の水素源のLCOHは扱わない

天然ガス改質、CCS付き、石炭ガス化などのLCOHは、IEAの範囲を紹介するにとどめました。CCSは本シリーズ『CCS』編で扱います。

この記事のまとめ
  • LCOHは「年間の総費用 ÷ 年間の水素量」です。IEAは、生産コストを商業マージンを含まない理論値として定義しています事実
  • 基準ケースのLCOHは約6.5 US$/kg。電力費は約40%で、残りは設備費の年価・O&M・スタック交換です本稿の計算
  • 稼働率、割引率、電力価格、設備費は、同じ桁で効きます。稼働率30%と90%で約5.1〜9.0 US$/kgです本稿の計算
  • 公的機関の数字は、何のコストか、推計か目標か、設備費に据付費を含むか、電力と稼働率の前提は何か、を確認して読みます。DOEの目標は安い電力と高い可用率が前提、日本の「30円/Nm3」はCIFの目標です事実
  • スタックの費用はLCOHの約15%。材料の改良は、効率と耐久を通じて電力費とスタック交換に効きます本稿の計算

12. 用語集

LCOH
水素の均等化コスト(levelized cost of hydrogen)。寿命にわたる総費用を、同じ期間の水素量で割った1 kgあたりの値。
CAPEX/OPEX
設備投資費/運転費。本稿のCAPEXは、設備、周辺設備、EPC、予備費を含む据付後の費用。
CRF(資本回収係数)
初期投資を寿命と割引率で毎年の定額に直す係数。r(1+r)^n÷((1+r)^n−1)。
割引率(資本コスト、WACC)
投資に求める収益率。将来の費用や水素量を現在価値にそろえるのに使う。
EPC
設計・調達・建設。電解槽の据付費の半分超を占めるとIEAは示す。
BoP(周辺設備)
電解槽本体(スタック)以外の、整流器、ガス処理、冷却、水処理などの設備。
スタック
セルを積層した電解槽の中核部。膜、触媒、輸送層、バイポーラ板からなる。
LHV/HHV
低位/高位発熱量。水蒸気の凝縮熱を含めるかの違い。同じ装置でも基準で効率の数字が変わる。
比消費電力
水素1 kgをつくるのに要する電力量(kWh/kg)。効率の裏返しの値。
稼働率(設備利用率)
1年のうち定格出力で運転した時間に換算した割合。
劣化率(mV/kh)
1,000時間あたりのセル電圧の上昇。上昇が10%になった時点を寿命末期とするのがDOEの定義。
Nm3
標準状態(0℃、1気圧)での気体の体積。水素の場合、1 Nm3は約0.09 kg。
CIF
運賃・保険料込みの貿易条件。日本の水素供給コスト目標の基準。
STEPS
IEAの現行政策シナリオ。公表済みの政策を前提とした見通し。
感度分析
他の条件を固定して1項目だけを動かし、結果の変化を調べる方法。

13. 参考資料(一次情報)

  1. IEA"Global Hydrogen Review 2025"(PDF全文を参照。第3章「Hydrogen production」、「Five key questions」、Box 3.2、図3.8〜3.10・3.15〜3.16。印刷ページ番号:図3.8=p.93、Box 3.2=p.94〜95、図3.9=p.98、EPC・設備費の調査=p.106〜107、中国製電解槽=p.109〜111、「Five key questions」=p.27) — iea.org
  2. IEA"Global Hydrogen Review 2025 Assumptions Annex"(PDF、p.6「Production pathways」) — iea.blob.core.windows.net
  3. IRENA"Green hydrogen cost reduction: Scaling up electrolysers to meet the 1.5°C climate goal"(2020年、PDF。エグゼクティブサマリー図ES1・ES2、p.43「Lifetime aspects」) — irena.org
  4. 米国エネルギー省(DOE)"Technical Targets for Proton Exchange Membrane Electrolysis" — energy.gov
  5. 米国エネルギー省(DOE)"Technical Targets for Liquid Alkaline Electrolysis" — energy.gov
  6. 再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議(内閣官房ホームページ掲載)「水素基本戦略」令和5年6月6日(PDF。「供給コストの低減」〔印刷ページ11〜12〕、水電解装置のコスト目標〔同26〜27〕) — cas.go.jp
  7. Glenk, G. and Reichelstein, S.(Nature Energy)"Economics of converting renewable power to hydrogen" Nature Energy 4, 216–222(2019年、DOI 10.1038/s41560-019-0326-1。論文要旨を参照) — nature.com

14. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
IEAが水素の生産コストを「水素1単位をつくるための総支出」とし、電解では電力価格・CAPEX・資本コスト・効率・稼働率に左右されること、商業マージンを含まない理論値であること。価格指数は理論上の市場価値の目安で、市場価格は実際の取引で成立する値であること(低排出水素ではまだ流動的な市場がなく、代表的な価格を定めにくい)。IBHYX指数が従来のLCOHの方法を超えるプロジェクトファイナンスのモデルで計算されることIEA Global Hydrogen Review 2025(Box 3.2、p.94〜95) 出典1 https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025事実
IEAの解析:天然ガス由来(CCUSなし)の2024年の製造コスト0.8〜4.6 US$/kg(天然ガス価格1.7〜25 US$/MBtu、CO2価格0〜70 US$/t-CO2)。2022年の再エネ由来電解は4 US$/kg弱から10 US$/kg超。2024年の再エネ由来の下限(中国)は天然ガス由来の上限と同程度。2030年(STEPS)に一部地域で2〜4 US$/kg。電解槽設備費は2024年に中国900、中国以外2,300 US$/kW、2030年に675・1,600 US$/kW。資本コスト6〜20%、水の費用は含まず。太陽光・陸上風力の均等化発電費と設備利用率の範囲。電解槽の稼働率は再エネ発電設備と同じIEA Global Hydrogen Review 2025(図3.8〜3.10の注記、p.92〜98) 出典1 https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025事実
IEAの調査:2024年に中国以外で製造した電解槽の据付費2,000〜2,600 US$/kW(アルカリ型のみ、設備・ガス処理・プラント補機・EPC・予備費を含む)、中国で製造・設置したものは600〜1,200 US$/kW。総費用の半分超がEPCと予備費。中国製電解槽は効率の低さが設備費の安さの利点を一部打ち消し、欧州の再エネ由来の水素ではコスト削減が3〜13%、条件によってはLCOHが少し上がるIEA Global Hydrogen Review 2025(p.106〜111、図3.15〜3.16) 出典1 https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025事実
IEAの記述:電解槽が水素の均等化コストの55〜65%を占める一方、投資の約60%はEPC、スタックは総投資の15〜20%。この文の前提条件は併記されていないIEA Global Hydrogen Review 2025(Five key questions、p.27) 出典1 https://www.iea.org/reports/global-hydrogen-review-2025事実
IEAの付属資料:電解の2024年の設備費(世界平均2,000〜2,600 US$/kWe、中国600〜1,200)、効率(世界平均63%、中国58%、LHV基準)、年間O&Mは設備費の3%、スタック寿命50,000時間(最大95,000時間に達しうるが、劣化を考えた経済的な最適寿命から選択)。水の費用と酸素の収入は考慮しないIEA Global Hydrogen Review 2025 付属資料(p.6) 出典2 https://iea.blob.core.windows.net/assets/15673ab3-a86a-4434-bff4-490bb42d3563/GlobalHydrogenReview2025AssumptionsAnnex.pdf事実
IRENAの2020年の報告:電力価格が競争力のある水素に不可欠で、電解槽の費用低下では高い電力価格を補えないこと。「現在の平均」(770 US$/kW、65%LHV、53 US$/MWh、3,200 h、WACC 10%)と「最良」(130 US$/kW、76%、20 US$/MWh、4,200 h、WACC 6%)の条件。太陽光直結の電解槽は年間2,000時間未満の運転になりうること、運転時間が短ければ安いが劣化の速い材料も選びうること、調整力市場への参加や電流密度の引き上げが劣化を速めうること、ルテニウム触媒の長期安定性の課題IRENA Green hydrogen cost reduction(2020年) 出典3 https://www.irena.org/-/media/Files/IRENA/Agency/Publication/2020/Dec/IRENA_Green_hydrogen_cost_2020.pdf事実
DOEのPEM電解の技術目標:2026年に2.00 US$/kg、2031年に1.00 US$/kg。2022年の状況値(スタック51 kWh/kg・65%、システム55 kWh/kg・61%、劣化率4.8 mV/kh、寿命40,000 h、システム設備費〔据付費を含まない〕1,000 US$/kW、白金族金属3.0 mg/cm²)と2026年・最終目標。製造コストは0.03 US$/kWh以下の電力・90%超の可用率を前提とし、状況値の下限は3 US$/kg超。性能・耐久・設備費の目標は同時に満たす必要がある。寿命末期は10%の電圧上昇DOE Technical Targets for PEM Electrolysis 出典4 https://www.energy.gov/eere/fuelcells/technical-targets-proton-exchange-membrane-electrolysis事実未確定/将来
DOEのアルカリ電解の技術目標:2022年の状況値(システム55 kWh/kg・61%、劣化率3.2 mV/kh、寿命60,000 h、システム設備費500 US$/kW、製造コスト2 US$/kg超)と、2026年・最終目標DOE Technical Targets for Liquid Alkaline Electrolysis 出典5 https://www.energy.gov/eere/fuelcells/technical-targets-liquid-alkaline-electrolysis事実未確定/将来
日本の水素基本戦略(2023年6月6日):水素供給コスト(CIF)の目標が2030年に30円/Nm3(約334円/kg)、2050年に20円/Nm3(約222円/kg、水素発電コストをガス火力以下)。2023年3月のLNG価格を換算すると24円/Nm3。水電解装置の2030年目標:アルカリ型5.2万円/kW、PEM型6.5万円/kW(2019年のロードマップによる)水素基本戦略(令和5年6月6日) 出典6 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/saisei_energy/pdf/hydrogen_basic_strategy_kaitei.pdf事実未確定/将来
Glenkらの研究:ドイツとテキサスを対象に、再エネ由来の水素が特定の用途ではすでに競争力があり(3.23 EUR/kg)、約10年で産業規模の供給でも変わる見通し(2.50 EUR/kg)。2019年時点の見通しGlenk and Reichelstein, Nature Energy 4, 216–222(2019年) 出典7 https://www.nature.com/articles/s41560-019-0326-1事実
本稿の式(CRF、年間水素量、比消費電力)、LHV=33.3 kWh/kg(IRENAの65%=51.2 kWh/kg、DOEの65%=51 kWh/kgと整合する逆算)、基準ケースの仮定(表1)、内訳(表2)、感度分析(表3、図4)、稼働率×電力の表(表4、図5)、公的機関の前提を入れた計算(表6)、材料側の改良の影響(表7)、換算(10 US$/MWh=約0.53 US$/kg など)本稿の計算。仮定は表1・表6・表7の注記に明記した。稼働率・電力価格・割引率・寿命は本稿の仮定。DOE・IRENA・IEAの行は、公表された前提だけを式に入れた例示であり、各機関の推計の再現ではない本稿の計算
稼働率の高低による「効く材料」の違い、スタックの費用はLCOHの一部にすぎないという読み取り、公的機関の数字を読むときの4つの確認事項、DOEの目標とIEAの推計では設備費の範囲が異なるという整理、図7の4段階の整理公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各機関が表明した見解ではない解説
IRENAの図の読み値、IEAの「55〜65%」の前提条件、DOEの2.00・1.00 US$/kgの内訳とH2Aモデルの詳細、電解槽寿命・割引率の公的な基準値、日本の国内電解水素の製造コストの実績、白金族金属価格の影響、政策(補助・税額控除)の影響本稿の調査範囲では公開された一次情報で確認できなかった(または扱わなかった)ため記載していない解説
図2・図3・図4・図5・図7が実際の事業の数値ではなく説明のための作図であること。図1・図6がAI生成イメージであること本記事による注記解説

最終更新:2026年10月/出典は一次情報(IEA・IRENA・DOEの公表資料、内閣官房掲載の水素基本戦略、査読論文の要旨)に限定しています。市場調査会社の推計は使っていません。 材料の観点での読み取りは「解説」として出典付きの事実と区別しています。 IRENAの図の読み値、IEAの「55〜65%」の前提条件、DOEの目標の内訳、日本の国内電解水素の製造コストの実績、白金族金属価格の影響は、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 本記事のLCOHの計算は、式と明示した仮定から算出したもので、特定の事業や製品の実績値ではありません。 図はすべて説明用の概念図または本稿の計算図です。図2・図3・図4・図5・図7はベクター作図、図1と図6はAI生成イメージであり、いずれも実際の施設・装置・製品の実物を示すものではありません。