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SAFとe-fuel 技術解説

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TECHNOLOGY EXPLAINER

SAFとe-fuel
― 「ドロップイン」の中身と、合成燃料の算数

持続可能な航空燃料(SAF)は、「いまの航空機・空港設備にそのまま使える」ことを条件に、ジェット燃料の規格のなかに入れられた燃料です。 ただし混ぜてよい量には上限があり、そこにはゴムのシール(Oリング)の膨潤という、材料の理由が関わっています。 水素と CO2 からつくる e-fuel は、1 kg の燃料に約3.1 kg の CO2 と約0.44 kg の水素を要する、という算数から始まります。 本稿は、製造経路、認証規格、混合上限、材料の適合、EU の制度(採択・施行の区別つき)を、公開された一次情報で整理します。

構成:ICAO、ASTM International、欧州連合の法令(官報)と欧州委員会のページ、査読付き論文(Energy & Fuels)、NIST のデータを一次情報として使用/最終更新 2026年10月

SAFとe-fuelのheroを示す概念画像
概念図(AI生成イメージ)。空港で航空機に燃料を補給する場面を雰囲気として表現したものです。実在の航空会社・空港・燃料会社の外観を示すものではありません。
この記事の構成
  1. SAFとe-fuelとは何か(3行でつかむ)
  2. 認証の仕組み ― D7566 と D1655、「ドロップイン」の意味
  3. 製造経路 ― HEFA、FT、ATJ、PtL
  4. 混合上限 ― なぜ50%なのか
  5. 素材技術者の視点①:Oリングのゴムは、燃料の「芳香族」で膨らむ
  6. e-fuel ― 水素とCO2から、1 kgの燃料をつくるには
  7. 素材技術者の視点②:芳香族をどこから持ってくるか
  8. EU の制度 ― ReFuelEU Aviation と RED III(提案・採択・施行の区別)
  9. 課題と、本稿で確認できなかったこと
  10. 用語集/参考資料/出典対応表
本記事の表記ルール

事実=公表資料に記載のある内容(出典リンクあり)
本稿の計算=明示した前提をもとに本記事が算出した値
未確定/将来=計画・提案・目標であり、実績や施行が確認できていない事項
このほか、材料設計上の読み取りは「解説」、根拠が弱いものは推測として区別しています。

この記事の位置づけ

本記事は、SAFとe-fuelの製造経路・規格・材料・制度の解説です。水素は可燃性ガス、航空燃料は引火性の液体で、取扱いには法令と規格があります。 特定の製品や運用方法についての助言ではなく、実際の設計・調達・取扱いは、各国の法令、規格の本文、専門家の確認に従ってください。

1. SAFとe-fuelとは何か(3行でつかむ)

  • SAF:EU の ReFuelEU Aviation 規則は、SAF を合成航空燃料、航空バイオ燃料、再生炭素航空燃料のいずれかと定義しています事実。欧州委員会は、SAF を「ドロップイン」(既存の技術と完全に互換)の航空燃料と説明し、現在最大50%まで混合できる認証を受けているとしています事実。
  • e-fuel:再生可能エネルギーの電力でつくった水素と、回収した CO2 からつくる合成燃料です。EU では「合成航空燃料」=非生物起源の再生可能燃料(RFNBO)のうち、ライフサイクルの排出削減基準を満たし、認証を受けたものと定義されます事実。
  • 材料の目線:混合上限の背景には、石油由来のジェット燃料に含まれる芳香族が、燃料系統のゴム(Oリング)を膨潤させてシールを保つ役目をしている、という事情があります事実。
水素との関係

水素エネルギーの技術解説としては、e-fuel は水素の用途の一つとして登場します。水素の製造は本シリーズ『PEM水電解』編『アルカリ水電解』編など、「グリーン」などの呼び方は『水素の色分けと炭素強度』編、CO2 と水素からつくる燃料は『メタノール』編で扱います。本稿は、航空燃料としての規格・材料・制度に絞ります。

2. 認証の仕組み ― D7566 と D1655、「ドロップイン」の意味

航空燃料の規格には、石油由来の燃料を定める ASTM D1655 と、合成炭化水素を含む燃料を定める ASTM D7566(Standard Specification for Aviation Turbine Fuel Containing Synthesized Hydrocarbons)があります。 ASTM のサイトで確認できる D7566 の適用範囲(スコープ)の要点は、次のとおりです事実。

  • D7566 は、従来の成分と合成の成分からなる航空タービン燃料の製造を対象とする。
  • D7566 の Table 1 の要件をすべて満たして製造・認証・出荷された燃料は、D1655 の要件を満たし、D1655 の燃料として扱われる。重複した試験は不要で、同じデータを両方の適合に使える。出荷後は、D7566 固有の要件は適用されず、再認証は D1655 の Table 1 による。
  • 合成成分を D1655 の燃料などに混ぜる場所は、バッチの起点と見なされ、D7566 の Table 1 の全要件の評価が必要になる。対象となる合成成分は、Annex A1(FT SPK)、A2(HEFA SPK)、A3(SIP)、A4(SPK/A)、A5(ATJ)、A6(CHJ)、A7(HC-HEFA SPK)、A8(ATJ-SKA)。
  • 合成成分とその混合燃料は、Practice D4054 の原則にしたがって評価・承認される。

つまり、D7566 の枠のなかで認証された SAF 混合燃料は、出荷後は通常のジェット燃料(D1655)として同じように扱える、というのが「ドロップイン」の中身です(解説。欧州委員会は、混合された航空燃料は「現行の技術と完全に互換」だと説明しています[参考資料6])。

本稿が確認した範囲と、版について

ASTM のサイトには、D7566-25(2025年12月5日更新の表示)と D7566-26(2026年7月30日更新の表示)のページがあり、いずれも「Historical」の表示がありました。どちらの版が現行か、また規格本文(有料)は、本稿では確認できませんでした。以下の附属書ごとの混合上限は、ICAO のページ[参考資料1]の記載を使います。

3. 製造経路 ― HEFA、FT、ATJ、PtL

ICAO は、承認済みの変換プロセスを一覧にしています(2023年7月時点で、11の変換プロセスが承認、11が評価中)事実。 このうち、よく話題になる4つの経路を、ICAO の記載と ASTM の附属書で整理します。

SAF の主な製造経路(ICAO の整理にもとづく) 原料変換ASTM D7566 と混合上限 HEFAFTATJPtL 植物油・動物油脂・廃食用油 石炭・天然ガス・バイオマス(ICAO の表記) バイオマス由来のエタノール・イソブタノール等 再エネ電力でつくった水素+ 回収した CO2 水素で酸素を除き、異性化して灯油成分に(解説) 合成ガス → FT 合成 →水素化分解・異性化(解説) アルコール → ジェット燃料の成分へ(概略・解説) 合成ガス → FT 合成、またはメタノール → ジェット(MtJ) Annex A2:混合上限 50% Annex A1:50%A4(芳香族入り):50% Annex A5:50%A8(芳香族入り):上限は空欄 FT 経路は A1 の枠組みMtJ は ICAO の表で「評価中」 ※ 原料・附属書・混合上限は ICAO のページ[参考資料1]の記載。「変換」の列の説明と PtL の位置づけは本記事による整理(解説)です。
図1 概念図(ベクター作図)。原料と附属書・混合上限は ICAO[参考資料1]の記載、PtL の扱いは本稿の整理です。PtL の原料である CO2 が、ASTM の附属書の原料としてどう記載されているかは、本稿では確認できませんでした。変換の工程は概略で、実際の反応条件・触媒は示していません。
経路原料(ICAO の記載)ASTM の附属書と混合上限(ICAO の記載)水素との関係(本記事による解説)
HEFA(水素化処理エステル・脂肪酸)植物油、動物油脂、廃食用油D7566 Annex A2:50%水素化処理に水素を使う。原料油脂の量に制約がある
FT(フィッシャー・トロプシュ)石炭、天然ガス、バイオマスAnnex A1:50%。A4(FT-SKA、芳香族の合成を含む):50%合成ガス(CO と H2)から炭化水素をつくる。水素と CO の比が要る
ATJ(アルコール・トゥ・ジェット)バイオマス由来のエタノール、イソブタノール、イソブテンAnnex A5(ATJ-SPK):50%。A8(ATJ-SKA):ICAO の表で上限が空欄水素化の工程を含む
PtL(Power-to-Liquid、e-fuel)ICAO の表には「電力・水素・CO2」の欄はなしFT 経路は A1 の枠組み。MtJ(メタノール・トゥ・ジェット)は ICAO の表で評価中水素が原料そのもの。CO2 の調達が別に要る

原料・附属書・混合上限の列は事実(ICAO のページ[参考資料1])。「水素との関係」の列は本記事による解説です(水素化処理に水素を使うという一般的な化学にもとづくもので、個別の工場の水素の量は本稿では確認していません)。

4. 混合上限 ― なぜ50%なのか

ASTM の附属書ごとの混合上限(ICAO の整理) 従来の燃料に混ぜてよい SAF 成分の最大割合(体積%) 01020304050 混合上限(体積%) D7566 A1 FT-SPK D7566 A2 HEFA-SPK D7566 A3 SIP D7566 A4 FT-SKA(芳香族入り) D7566 A5 ATJ-SPK D7566 A6 CHJ D7566 A7 HC-HEFA-SPK D7566 A8 ATJ-SKA(芳香族入り) D1655 A1 脂肪酸エステルの共処理 D1655 A1 FT 炭化水素の共処理 D1655 A1 HEFA の共処理 50%50%50%50%50% 10%10%5%5%10% ICAO の表に上限の記載なし
図2 概念図(ベクター作図)。各附属書の混合上限は ICAO のページ[参考資料1]の記載値です(青:D7566、緑:D1655 の共処理)。附属書の名称は ICAO の表記で、ASTM の呼称(例:A4 は SPK/A)と異なる場合があります。A8 は上限が表に記載されていません。

上限が50%である理由は、規格の本文(有料)を確認できなかったため、論文の記述で確認します。FAA の資金による研究(Faulhaber ら、Energy & Fuels 2023)は、次のように述べています事実。

  • ASTM の規格は、SAF を従来のジェット燃料との混合で最大50 vol%に制限している。この上限の理由の一つは、Oリングの膨潤を石油系燃料100%の場合と同じ範囲に保つことである。
  • 50 vol%の上限は、従来の燃料の経験範囲の外にある組成のばらつきがもたらすリスクを減らすために設けられたもので、現状では芳香族の最小8 vol%、密度の最小775 kg/m³の要件とたまたま一致している。
  • 現在承認されている7つの SAF 経路のうち6つは、芳香族が低い(0.5 vol%未満)、密度の低い炭化水素の混合物になる。

5. 素材技術者の視点①:Oリングのゴムは、燃料の「芳香族」で膨らむ

素材技術者の読みどころ:芳香族は排出では悪者、シールでは「役者」

同じ論文は、芳香族が不揮発性の粒子(nvPM)の排出とそれによる飛行機雲の影響と結びつけられる一方、ジェット燃料に最小8 vol%が課されているのは、燃料系統のエラストマー(Oリング)の膨潤に、芳香族が主に関わるからだ、と説明しています事実。 パラフィン主体の SAF は芳香族がほとんどなく、そのままではシールが十分に膨潤せず、漏れにつながるおそれがあります。

  • 試験の対象:ASTM D4054 で新しい航空燃料の試験に指定されるOリングは、フッ素ゴム(FKM)、フルオロシリコーン(FVMQ)、アクリロニトリル・ブタジエンゴム(NBR、ニトリルゴム)の三つ。このうちNBR が、燃料の組成の違いに最も敏感で問題になりやすいとされ、この研究は NBR だけを調べている事実。
  • 実例:実運用での記録は少ないが、承認済みの SPK(合成パラフィン系灯油)の初期の試験で、NASA Glenn の試験中に漏れが観察された例がある。また1983年に Kelly 空軍基地で、給油や燃料系統の空にするたびに、Oリングが芳香族への曝露の度合いで膨潤したり収縮したりしうると報告された。膨潤と緩和が繰り返されると、エラストマーの強度に悪影響が出うると論文は述べる事実。
  • 測定の結果:光学ディラトメトリーで、56種の溶剤(SPK に8 vol%加えた39種の純粋な分子、従来燃料14種、SAF の混合成分3種、従来燃料と SAF の混合2種)の NBR の膨潤を測った。膨潤は、分子の体積より密度との間で、より直線的な関係を示した(多環のシクロアルカンを除く)。能動的な成分は40 vol%まで体積に比例して混ぜる(線形ブレンド)ことで膨潤を予測できた。芳香族が8 vol%未満の燃料でも、膨潤を従来燃料の範囲に保てる可能性が示された事実。

ここから読めるのは、混合上限は「燃料の性質」だけでなく「機体側の古いゴムの癖」の問題だということです(本記事による解説)。論文は、この研究が、100%のドロップイン SAF に向けて、分子の性質と濃度から材料との適合を予測する指針になると位置づけています。

SAFとe-fuelのsupportingを示す概念画像
図3 概念図(AI生成イメージ)。燃料に浸したゴムのOリングの膨潤を測る試験の場面を雰囲気として表現したものです。実際の試験装置(光学ディラトメトリー)・試験片・燃料の様子を示すものではありません。

6. e-fuel ― 水素とCO2から、1 kgの燃料をつくるには

e-fuel(PtL)の物質収支は、化学反応式だけで決まる部分があります。ここでは、ジェット燃料の代表的な成分の一つであるドデカン(C12H26)を、実際の燃料の代わりのモデル化合物として使い、CO2 と水素から作る量を計算します。 実際のジェット燃料は多数の成分の混合物で、ドデカン1つで代表できるものではありません。

燃料1 kg(モデル:ドデカン)あたりの物質収支とエネルギー 12 CO2 + 37 H2 → C12H26 + 24 H2O(理想的な化学量論、本稿の計算) CO2 約 3.10 kg水素 約 0.438 kg 合成 燃料 1 kg水 約 2.54 kg (FT またはメタノール経由) CO2 の供給源は別に要る(回収・直接空気回収など) 水素の持つ熱量:約 52.5 MJ(低位発熱量 約 120.0 MJ/kg) 低位発熱量 約 44.5 MJ(ドデカンの気体基準) 副生する水。電解の原料に回せる量の目安にはなる 燃料に残るエネルギー(化学エネルギーのみ) 燃料 44.5 MJ(約85%) 水素 52.5 MJ = 100% 差の約8 MJ は反応で熱として出る分。ここには、電解の電力、CO2 の回収、合成・精製のエネルギーは含みません。 電解の電力は別枠:電力原単位を仮に 50〜55 kWh/kg-H2 と置くと、燃料1 kgあたり約21.9〜24.1 kWh(燃料の熱量は約12.4 kWh)。 ※ 50〜55 kWh/kg-H2 は本稿が置いた仮定で、実測値や出典のある値ではありません。
図4 本稿の計算を含む作図(ベクター作図)。CO2・水素・水の量と熱量はモデル化合物ドデカンでの本稿の計算です(根拠データ:NIST の生成エンタルピー[参考資料9〜11])。実際の工場の収率・エネルギー消費を示すものではありません。電力原単位は仮定です。
本稿の計算

前提:モデル化合物は n-ドデカン(C12H26、分子量170.33)。理想的な化学量論で、反応式 12 CO2 + 37 H2 → C12H26 + 24 H2O が完全に進むとします。低位発熱量は NIST の気体の生成エンタルピー(CO2 −393.51、水 −241.826、ドデカン −290.9 kJ/mol)から求めました事実。

  • 燃料の発熱量:12 × 393.51 + 13 × 241.826 − 290.9 = 7,574.96 kJ/mol ÷ 170.33 g/mol = 約44.5 MJ/kg(気体基準)本稿の計算
  • CO2:12 × 44.01 ÷ 170.33 = 約3.10 kg/kg燃料。水素:37 × 2.016 ÷ 170.33 = 約0.438 kg/kg燃料。水:24 × 18.015 ÷ 170.33 = 約2.54 kg(質量は 3.10 + 0.438 = 3.54 kg = 1 + 2.54 kg で合う)
  • 水素のエネルギー:0.438 kg × 119.96 MJ/kg = 約52.5 MJ。燃料に残る分は 44.5 ÷ 52.5 = 約85%
  • 1トンあたり:燃料1トンに、CO2 約3.1トン、水素 約0.44トン
  • 電解の電力(仮定):電力原単位を 50 kWh/kg-H2 と仮定すると 0.438 × 50 = 約21.9 kWh、55 kWh/kg-H2 なら約24.1 kWh。燃料の持つ熱量 44.5 MJ = 約12.4 kWh に対し、電解だけで約1.8〜2.0倍の電力が要る(燃料の熱量÷電力で約51〜56%)

限界:水素以外の要素(CO2 の回収、圧縮、合成、水素化分解・蒸留、設備の稼働率)は含みません。実際の工程の収率と消費電力は、触媒や方式で変わります。この計算は、物質とエネルギーの上限・下限を押さえるためのもので、コストや実際の効率の予測ではありません。

素材技術者の読みどころ:CO2 と水素の比が、素材の話になる

燃料1トンに CO2 約3.1トンが要る、という数字は、CO2 の調達が「素材の調達」になることを意味します。供給源は、工場の排ガスからの回収や、空気からの直接回収などです(解説。本稿はどの供給源が実際に使われているかの一次情報を確認していません)。 EU の定義では、合成航空燃料は非生物起源の再生可能燃料(RFNBO)で、ライフサイクルの排出削減の基準を満たし認証されたものを指し事実、欧州委員会は SAF のこの区分を「再生可能水素と回収された炭素からの合成燃料」と説明しています事実。 CO2 の出どころと、水素に使う電力の出どころの両方が、制度上の条件になります(第8章)。

7. 素材技術者の視点②:芳香族をどこから持ってくるか

素材技術者の読みどころ:「合成芳香族」の附属書があるのは、シールのためでもある

ICAO の一覧には、芳香族を含む合成成分の附属書が2つあります。Annex A4(非石油由来の軽い芳香族のアルキル化でつくる、芳香族入りの合成灯油。FT-SKA)と、Annex A8(ATJ-SKA、C2〜C5 のアルコール由来)です事実。ASTM の D7566 の適用範囲のなかでも、A4 は「SPK/A」、A8 は「ATJ-SKA」として並んでいます事実。

パラフィン系の SAF に芳香族を足せば、最小8 vol%の要件と、Oリングの膨潤の双方に近づけます。第5章の論文は、芳香族が8 vol%未満でも膨潤を従来燃料の範囲に保てる可能性を示しており、将来、「芳香族の量」ではなく「膨潤という材料の性能」で燃料の品質を管理する考え方があり得ると述べています事実。 これは、仕様を「成分」で決めるか、「機能」で決めるかという、材料規格の古典的な問いです(本記事による解説)。ただし、これが規格に採用されたという情報は、本稿では確認できませんでした。

8. EU の制度 ― ReFuelEU Aviation と RED III(提案・採択・施行の区別)

制度は、提案、採択(公布)、施行(適用開始)を区別して読みます。ここでは、EU の法令の条文を確認した範囲で整理します。確認日は2026年10月です。

制度段階と日付内容(条文で確認できた範囲)
ReFuelEU Aviation
Regulation (EU) 2023/2405
採択・施行済み。2023年10月18日付、官報 2023年10月31日。公布の20日後に発効。2024年1月1日から適用、第4・5・6・8・10条は2025年1月1日から適用航空燃料供給者に、EU 空港で供給する航空燃料に含める SAF の最低割合を義務づける(附属書 I)。合成航空燃料の最低割合を含む。食用・飼料作物由来、パーム脂肪酸蒸留物(PFAD)、パーム・大豆由来、石けんかす由来などの原料の SAF は、最低割合の計算から除外(附属書 IX にある原料を除く)。先進的でない航空バイオ燃料(附属書 IX B 部の原料由来を除く)は、最低割合の達成に最大3%まで。2027年1月1日まで、その後4年ごとに、委員会が規則の適用報告を出し、SAF の定義、最低割合などの改正の必要を評価する
RED III
Directive (EU) 2023/2413
採択済み。2023年10月18日付、官報 2023年10月31日運輸部門で、先進バイオ燃料・バイオガスと RFNBO の合計が、エネルギー供給の 2025年に1%、2030年に5.5%。2030年は、うち少なくとも1ポイントが RFNBO。海上輸送の RFNBO は2030年に1.2%を目指す(努力義務)
RFNBO の製造規則
委任規則 (EU) 2023/1184
採択済み。2023年2月10日付、官報 2023年6月20日。公布の20日後に発効電解でつくる RFNBO の電力を「完全に再生可能」と数える条件。追加性(再エネ設備は燃料設備の稼働の36か月前以降に運転開始、補助を受けていない)、時間的な相関(2029年12月31日までは同じ暦月、2030年1月1日から同じ1時間。加盟国は届出のうえ2027年7月1日から適用可)、地理的な相関(同じ入札ゾーンなど)。系統の電力は、前年の再エネ比率が90%を超える入札ゾーンなどで条件つきで算入できる
スイスの採用採択・施行済み(欧州委員会のページに2026年1月1日からスイスが採用したとの記載)チューリッヒ・ジュネーブ空港の燃料供給者に、最低2%の SAF 混合を義務づけ、2050年に70%まで段階的に引き上げる(同ページの記載)

すべて事実(EUR-Lex の条文[参考資料5・7・8]、欧州委員会のページ[参考資料6])。RFNBO の製造規則を含め、改正や見直しの動きがあるかは、本稿では確認できませんでした(確認日 2026年10月)。

ReFuelEU Aviation の最低割合(附属書 I)

ReFuelEU Aviation:EU 空港で供給する航空燃料の SAF 最低割合 青=SAF 全体、緑=そのうち合成航空燃料(各年の最低割合。2030〜2034年の合成燃料は期間平均の規定も別にある) 020406070 2%6%6%6%20%34%42%70% 0.7%1.2%2.0%5%10%15%35% 2025〜2030〜312032〜3320342035〜2040〜2045〜2050〜 ※ 2030〜31年の合成燃料は期間平均1.2%(各年の最低0.7%)、2032〜34年は期間平均2.0%(各年の最低は2032〜33年が1.2%、2034年が2.0%)。 ※ SAF 全体は2030年から6%、2035年から20%、2040年から34%、2045年から42%、2050年から70%。2025年は合成燃料の最低割合の定めなし。
図5 概念図(ベクター作図)。Regulation (EU) 2023/2405 の附属書 I[参考資料5]の値です。縦軸は0〜70%の目安で、棒の高さは値に比例させています。2030〜2034年の合成燃料は期間平均の規定もあるため、棒は各年の最低割合のみを示します。
読み方の注意

これはEU 空港で供給される航空燃料の義務で、燃料供給者(燃料会社)が負う義務です(第4条)事実。航空会社の義務ではありません(航空会社には、燃料を必要量だけ給油する義務などがあります)。 また、欧州委員会のページは、再生可能水素や低炭素の合成燃料(ライフサイクルの排出削減70%以上)での達成も認められるとしています事実。各年の最低割合が実際に達成されているか、2025年・2026年の実績は、本稿では確認できませんでした。

9. 課題と、本稿で確認できなかったこと

(1) 材料の側の課題は「100%ドロップイン」

ICAO のページは、100%の SAF を航空機で使えるようにする作業が進められていること、共処理の上限を5%から30%に上げる検討があることを記載しています事実。いずれも評価中・進行中の項目で、結果は本稿では確認できませんでした未確定/将来。

(2) e-fuel は物質収支の段階で水素と CO2 を大量に要する

第6章の計算が示すとおり、燃料1トンに水素約0.44トンと CO2 約3.1トンが要ります。水素の電力原単位、CO2 の調達、合成の収率は、本稿では実際の工場のデータを確認できず、仮定にとどまります。

(3) 本稿で確認できなかったこと

  • ASTM D7566 の規格本文(有料)と、各附属書の詳細な要件(芳香族・密度など)、現行版
  • PtL の CO2 が附属書の原料としてどう扱われているか、MtJ の承認状況の最新
  • FT 経路と MtJ 経路の技術・経済の比較(査読論文は存在するが、本稿では本文を確認できなかった)
  • EU の ReFuelEU Aviation の改正・見直しの動き、2025年・2026年の達成状況、RFNBO の製造規則の見直しの動き
  • 日本、米国、英国などの制度(導入目標、補助・税制、義務)
  • HEFA 原料の供給制約や、各経路の実際の製造能力・価格(調査会社の推計は使わない方針のため記載しない)
この記事のまとめ
  • 「ドロップイン」の中身:D7566 で認証された混合燃料は、出荷後は D1655 のジェット燃料として扱える。混合上限は附属書ごとに50%・10%など事実
  • 50%の理由の一つはゴムのシール:芳香族(最小8 vol%)が NBR の O リングの膨潤に主に関わり、パラフィン系 SAF は芳香族が少ない事実
  • e-fuel の収支:燃料1 kgに CO2 約3.10 kg、水素約0.438 kg。水素の熱量の約85%が燃料に残る(化学エネルギーのみ、ドデカンのモデル)本稿の計算
  • EU の制度は採択・施行済み:ReFuelEU は2025年に2%、2030年に6%(合成燃料は期間平均1.2%)、2050年に70%(合成燃料35%)事実
  • 100%ドロップインや共処理上限の引き上げは評価中:結果は確認できなかった未確定/将来

10. 用語集

SAF(持続可能な航空燃料)
EU の定義では、合成航空燃料、航空バイオ燃料、再生炭素航空燃料の総称。
ドロップイン
既存の航空機・燃料設備にそのまま使えること。
ASTM D1655
石油由来のジェット燃料(Jet A、Jet A-1)の規格。
ASTM D7566
合成炭化水素を含む航空タービン燃料の規格。附属書(Annex)ごとに合成成分が承認される。
ASTM D4054
新しい航空燃料・添加剤の承認のための評価の手順。
HEFA
水素化処理エステル・脂肪酸。植物油・動物油脂・廃食用油を水素化して炭化水素にする。
FT(フィッシャー・トロプシュ)
CO と H2 の合成ガスから炭化水素をつくる反応。
ATJ
アルコール・トゥ・ジェット。エタノールなどのアルコールからジェット燃料の成分をつくる。
MtJ
メタノール・トゥ・ジェット。メタノールからジェット燃料の成分をつくる。
PtL/e-fuel
電力(再エネ)でつくった水素と CO2 からつくる液体燃料。
RFNBO
非生物起源の再生可能燃料。EU の RED の定義で、再生可能な電力でつくる水素や、その派生燃料。
SPK/SKA
合成パラフィン系灯油/芳香族入りの合成灯油。
芳香族
ベンゼン環を持つ炭化水素。ジェット燃料には最小8 vol%が課され、Oリングの膨潤に関わる。
NBR(ニトリルゴム)
アクリロニトリル・ブタジエンゴム。航空燃料系統のOリングの試験対象の一つで、燃料の組成に最も敏感。
FKM/FVMQ
フッ素ゴム/フルオロシリコーン。ASTM D4054 でOリングの試験に指定されている。
nvPM
不揮発性の粒子状物質。航空機の排出で、飛行機雲の形成と関わる。

11. 参考資料(一次情報)

  1. ICAO(国際民間航空機関) "SAF Conversion processes"(承認済み・評価中の変換プロセスの表) — icao.int
  2. ASTM International D7566-25 "Standard Specification for Aviation Turbine Fuel Containing Synthesized Hydrocarbons"(適用範囲のみ確認、DOI 10.1520/D7566-25) — store.astm.org
  3. ASTM International D7566-26(同上、2026年7月30日更新の表示) — store.astm.org
  4. Faulhaber, C., Borland, C., Boehm, R., Heyne, J. "Measurements of Nitrile Rubber Absorption of Hydrocarbons: Trends for Sustainable Aviation Fuel Compatibility", Energy & Fuels 37 (13), 9207–9219 (2023), DOI 10.1021/acs.energyfuels.3c00781 — pubs.acs.org
  5. 欧州議会・理事会 Regulation (EU) 2023/2405 "ReFuelEU Aviation", 2023年10月18日、官報 2023年10月31日 — eur-lex.europa.eu
  6. 欧州委員会(Mobility and Transport) "ReFuelEU aviation" — transport.ec.europa.eu
  7. 欧州議会・理事会 Directive (EU) 2023/2413(RED III), 2023年10月18日、官報 2023年10月31日 — eur-lex.europa.eu
  8. 欧州委員会 Delegated Regulation (EU) 2023/1184, 2023年2月10日、官報 2023年6月20日 — eur-lex.europa.eu
  9. NIST Chemistry WebBook, Dodecane(気体の生成エンタルピー) — webbook.nist.gov
  10. NIST Chemistry WebBook, Water(気体の生成エンタルピー) — webbook.nist.gov
  11. NIST Chemistry WebBook, Carbon dioxide(気体の生成エンタルピー) — webbook.nist.gov

12. 主張と出典の対応表(監査)

本文の主張根拠区分
承認済み変換プロセスの一覧(2023年7月時点で11が承認、11が評価中)、各附属書の名称・原料・混合上限(A1 FT 50%、A2 HEFA 50%、A3 SIP 10%、A4 FT-SKA 50%、A5 ATJ-SPK 50%、A6 CHJ 50%、A7 HC-HEFA-SPK 10%、A8 ATJ-SKA は空欄)、D1655 Annex A1 の共処理(脂肪酸エステル5%、FT 炭化水素5%、HEFA 10%)、評価中の MtJ、100% SAF の作業、共処理上限の5%→30%の検討ICAO のページ 出典1 https://www.icao.int/SAF/saf-conversion-processes事実
D7566 の適用範囲:従来の成分と合成の成分からなる航空タービン燃料の製造、Table 1 を満たす燃料は D1655 の燃料として扱われること、附属書 A1〜A8 の名称、Practice D4054 の原則での評価、D7566-25(2025年12月5日更新の表示)ASTM D7566-25 のページ 出典2 https://store.astm.org/d7566-25.html事実
D7566-26 のページが存在し、2026年7月30日更新と表示されること(版の有効性は未確認)ASTM D7566-26 のページ 出典3 https://store.astm.org/d7566-26.html事実
Faulhaber らの論文:SAF は ASTM の規格で最大50 vol%に制限、理由の一つは Oリングの膨潤を従来燃料の範囲に保つこと、50%が最小8 vol%芳香族・最小775 kg/m³密度と一致、承認7経路のうち6つは芳香族0.5 vol%未満、芳香族は nvPM と結びつく一方 Oリングの膨潤に主に関わる、D4054 の指定する FKM・FVMQ・NBR と NBR が最も敏感、NASA Glenn の漏れの例、1983年の Kelly 空軍基地の報告、56種の溶剤での膨潤の測定、密度との直線関係、40 vol%までの線形ブレンド、8 vol%未満の芳香族でも従来範囲を保てる可能性、100%ドロップインへの指針Faulhaber ら 出典4 https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.energyfuels.3c00781事実
ReFuelEU:SAF の定義、合成航空燃料の定義(RFNBO、第29a条(1)の閾値、第30条の認証)、第4条(最低割合、非先進バイオ燃料3%の上限、除外原料)、附属書 I の最低割合、第17条の報告(2027年1月1日まで、以後4年ごと)、官報 2023年10月31日、2024年1月1日適用・第4・5・6・8・10条は2025年1月1日適用Regulation (EU) 2023/2405 出典5 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32023R2405事実
欧州委員会の説明:SAF は混合燃料として現行技術と完全に互換で最大50%まで認証、100%への研究、SAF の定義、合成航空燃料は再生可能水素と回収した炭素からの合成燃料(液体ドロップインのみ)、再生可能水素・低炭素の合成燃料(70%削減)での達成、スイスが2026年1月1日から採用欧州委員会のページ 出典6 https://transport.ec.europa.eu/transport-modes/air/environment/refueleu-aviation_en事実
RED III:運輸部門の先進バイオ燃料・バイオガスと RFNBO の合計が2025年1%・2030年5.5%、うち2030年に RFNBO が1ポイント以上、海上輸送の RFNBO 1.2%(努力)、官報 2023年10月31日Directive (EU) 2023/2413 出典7 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32023L2413事実
委任規則 2023/1184:電解による RFNBO の電力を完全に再生可能と数える条件(追加性の36か月、補助、時間的相関〔2029年末まで暦月、2030年から1時間、2027年7月1日から適用可〕、地理的相関、系統電力の90%の条件)、官報 2023年6月20日、公布の20日後に発効Delegated Regulation (EU) 2023/1184 出典8 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32023R1184事実
ドデカンの気体の生成エンタルピー −290.9 kJ/mol、分子量 170.33NIST Chemistry WebBook(ドデカン) 出典9 https://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?ID=C112403&Units=SI&Mask=1事実
水(気体)の生成エンタルピー −241.826 kJ/molNIST Chemistry WebBook(水) 出典10 https://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?ID=C7732185&Units=SI&Mask=1事実
二酸化炭素の気体の生成エンタルピー −393.51 kJ/molNIST Chemistry WebBook(二酸化炭素) 出典11 https://webbook.nist.gov/cgi/cbook.cgi?ID=C124389&Units=SI&Mask=1事実
ドデカンの低位発熱量(約44.5 MJ/kg、気体基準)、CO2 約3.10 kg・水素約0.438 kg・水約2.54 kg/kg燃料、水素のエネルギー約52.5 MJ、燃料に残る約85%、1トンあたり CO2 約3.1トン・水素約0.44トン、電力原単位を仮に50・55 kWh/kg-H2 としたときの約21.9・24.1 kWh/kg燃料と電力が熱量の約1.8〜2.0倍本稿の計算。モデル化合物はドデカン、理想的な化学量論、低位発熱量は NIST の生成エンタルピー(出典9〜11)から。電力原単位は本稿が置いた仮定本稿の計算
ASTM D7566 の規格本文、各附属書の詳細な要件、PtL の CO2 の附属書上の扱い、MtJ の最新の承認状況、FT と MtJ の比較、ReFuelEU や RFNBO の製造規則の改正の動き、2025・2026年の達成状況、日本・米国・英国の制度、各経路の製造能力・価格本稿の調査範囲では公開された一次情報で確認できなかったため記載していない解説
経路ごとの水素との関係(HEFA の水素化、FT の合成ガス)、「変換」の列の説明、芳香族の附属書がシールのためでもあるという読み、仕様を成分で決めるか機能で決めるかという整理、CO2 の調達が素材の調達になるという読み、図1・図2・図4・図5が模式図であること、図3がAI生成イメージであること公表内容にもとづく本記事の整理・解説。各機関が表明した見解ではない解説

最終更新:2026年10月/出典は一次情報(ICAO、ASTM International のページ、EU の法令と欧州委員会のページ、査読付き論文、NIST のデータ)に限定しています。 材料設計上の読み取りを含むため、それらは「解説」として出典付きの事実と区別しています。 ASTM D7566 の規格本文、PtL の CO2 の附属書上の扱い、MtJ の最新の承認状況、ReFuelEU の改正の動きと達成状況、日本・米国・英国の制度、各経路の製造能力・価格は、公開された一次情報で確認できなかったため記載していません。 e-fuel の計算は、モデル化合物と理想的な化学量論、仮定の電力原単位にもとづく算術で、実際の工場の収率・消費電力・コストの予測ではありません。制度は確認日(2026年10月)時点の記述です。 図1・図2・図4・図5はベクター作図、ヒーロー画像と図3はAI生成イメージであり、いずれも実際の断面写真・顕微鏡像・製品の実物を示すものではありません。